隠れ居酒屋・越境庵~異世界転移した頑固料理人の物語~

呑兵衛和尚

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交易都市キャンベルの日常

69品目・ユウヤ店長、堪忍袋の緒が切れる……が。(鳥天丼、さつまいも天、茄子天、トウキビのかき揚げ)

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 木工所のカーグランドさんと一緒に、酒場まで戻って来たのだが。

 なにやら店内が騒がしい。
 まあ、外に並んでいるのはいつもの常連で、出てくるときには発泡スチロール製の丼を持って出てきているのでマリアンが小出しで販売しているのだろうとは予想が付くのだが。
 急ぎ並んでいるお客の横を通り抜けて店内に入っていくと、貴族らしい男性が二人、カウンター越しにマリアンと話をしている真っ最中。

「あ、ユウヤ店長、おかえりなさい。実は、こちらの方が店長に話があるとかで」

 そうマリアンが話してくれたので、とりあえず入り口の修復はカーグランドさんたちにお任せして、俺はカウンターの中へ。
 煮物を渡すのはカウンターではなく焼き台を挟んで行って貰うことにした。 

「それじゃあ、カークランドさん、修繕をお願いします。マリアンはシャットと一緒に、焼き台側から商品の受け渡しをしてやってくれ」
「はい、畏まりました。それじゃあシャットさんは外に回ってくれますか?」
「了解だにゃ、カウンターの椅子を一つ借りていくにゃ」
「ああ、よろしく頼むよ……と、はじめまして。このユウヤの酒場の店長のユウヤ・ウドウですが、どのようなご用件でしょうか?」
 
 そう告げてみると、目の前の貴族風の男性……一人はまだ20代前半ぐらい、もう一人は40代あたりっていうかんじの、身振りのいい男性がこっちを見る。
 そして年上の方の貴族が、口を開いたのだが。

「成程ねぇ……君がこの酒場で、珍しい料理を作っているのか。では、今日から君は、我がタムドゥ子爵家が出資している商会傘下の一つであるオードリー・トレトゥール(仕出し料理屋)で働くように」
「この俺、サワグラプ・ダムドゥがお前の上司になる。まずは貴様の所持しているレシピの全てと、仕入れ業者のリストを明日までに提出しろ」

 などと、ふざけたことをまくしたてているのだが。
 そもそも、こいつらは一体何者なんだ? 今まで名前も聞いたことが無ければ姿を見た事もない。
 まあ、姿については、俺はずっと店と近所程度にしかうろついていないからなぁ。
 それにしても、この世界の貴族って奴は、一人の人間の自由を勝手に奪っていい存在なのだろうかねぇ……。

「お断りします。そもそも、俺はあんたたちのことを初めて知った、そして知らない奴に仕える気は毛頭ない。いきなりやって来て、傘下の店で働けだのレシピを寄越せだの……ふざけるのも体外にしろ!!」

 思わず怒鳴りつけてやったのだが、その瞬間、貴族二人の顔が真っ青になった。
 心なしかガタガタと震えているのは、まさか俺の声に驚いているのか?

「き、貴様、平民ごときが貴族の命令に逆らうというのか!! 不敬罪としてとらえて牢に入れても構わないのだぞ」
「その不敬罪っていうのが一体なんのか知りませんけれど、そもそもあんたたちを敬う気なんてありませんよ。いきなり来て勝手なことを抜かしている時点で、あんたたちは敬う対象ではありません。この国の貴族に対するルールがどうなのかは俺は知らないが、少なくとも人の人生をそんな命令程度で好き勝手出来る国だっていうのなら、俺は他の国にでも引っ越しますわ」

 ズバッと言い切ったとき、ちょうど酒場の外が騒がしくなっていることに気が付いた。

「ユウヤ店長、外に騎士が集まってきましたが」
「ほら見ろ、貴様の悪行もこれまでだ……外にいる騎士たちよ、この男は貴族に対して暴言を振るった。不敬罪としてとらえるがよい!!」

 そう酒場の外に向かって大声で叫ぶダムドゥ子爵。
 すると修理がまだ始まっていない入り口から、貴族の礼装を身に着けたラフロイグ伯爵が店内に入ってくる。当然、その背後には彼の護衛騎士たちもついているのだが。

「……ほう、貴様はどこの貴族だ? まあいい、この店の店主は、私に対して暴言をはいた。即刻捕らえるように」
「私が何処の貴族か……貴殿は知らないようだが。ああ、お前たちは確か、ダムドゥ子爵家の家長とその長子だったかな? 王国南東の弱小貴族が、他の領主の管理する領都にやって来て偉そうに……」
「なんだと、貴様は何者だ、この俺は国王より王国南東部の港湾施設を持つダムドゥ領を預かっている貴族だぞ!! 地方の田舎貴族風情が、口を慎め!!」
「ああ、やはり南東の辺境か……初めまして、ダムドゥ子爵。私はこのキャンベルを中心に治めているラフロイグというが、ご存じないかね?」

 そう丁寧に告げているラフロイグ伯爵。
 すると、ダムドゥ子爵はやや顔を強張らせて何かを考え始めたが、その息子であるサワグラプはラフロイグ伯爵の胸倉をつかんだ。

「ああ、ラフロイグなんて名前はしらねーよ。それよりも、俺はそこにいる料理人に用事があるんだ。関係ないものは、とっととすっこんでいろ!!」

 力いっぱいラフロイグ伯爵を後ろにつき飛ばそうとするが、伯爵はびくりとも動かない。
 そして外から聞こえてくる声……。

(ああ、あの息子、死んだな)
(子爵家も取り潰し確定か……)

 はぁ。
 これはただで済むとは思えないが。
 かといって、俺が口を挟むのはだろだろう。
 すでに平民と貴族の話しではなく、貴族と貴族の話にまで発展している。

「関係無い……か、そんなことはないがねぇ。私はこの店の常連でね、仕事が終わった後に、ここでのんびりと一杯飲むのが好きなんだよ」
「ふん、こんな安酒場に出入りしている時点で、あんたもそうとうな物好きだなぁ……いいか、この店は今日限りで閉店だ、すでに商業組合には閉店届の書類も出してあるし、そもそもこんな潰れそうな建物なんて、わがダムドゥ子爵家にかかれば一晩で更地にもできるっていう事だ。さあ、分かったらとっとと下がれ、そして貴様も早く準備するんだな!!」

――プツッ
 うん。我慢の限界だな。
 こんなに腹が立ったのは、昔、まだ駆け出しの若い衆だったとき以来だ。

「……このクソガキがぁ!! 勝手に人の店の権利を好き勝手にするんじゃねーよ。いいか、俺は何があってもダムドゥ子爵家とかいう糞貴族に従う気はない。うちの家族もそうだ。手を出したらただじゃすまないから覚悟しろ!!」

 怒りに我を忘れで叫んで仕舞った
 だが、俺の罵声を聞いたサワブラプが、震えつつも腰から下げている剣を引き抜いた。

「てめぇ……誰に向かってそんな口をきいていやがる! この俺はダムドゥ子爵家の長男だ、その貴族に逆らった以上は、ただじゃおかな……」

 そこまで呟いた時、サワグラプが硬直した。
 その首筋には、ラフロイグ伯爵が引き抜いた剣がぴったりとあてられている。

「……さて、貴様の言葉では、彼が不敬罪を犯したので連れていく、レシピを寄越せ、仕入れ先を教えろ……だったな。では、ダムドゥ子爵、貴様の息子は、このラフロイグ伯爵に対して不敬を行った。貴族の長子が他の上位貴族に対して不敬を働いた場合、その対処については知っているな……」

 そう丁寧に呟いているラフロイグ伯爵。
 するとダムドゥ子爵も、ようやく目の前に立ち剣を引き抜いている人物が何者なのか、ようやく理解したらしい。

「あ、あなたは……まさかラフロイグ伯爵……ウェールズ騎士団団長であり、王国の左腕と言われている騎士団の長。ジョンストン・ラフロイグ伯爵、違うのです、これは何かの間違いなのです!!」
「ほう。ではその間違いというものを説明して貰おうか。ただし、私が納得しなかったら、貴様の息子の命はない。これは王国貴族法に定められた、上位貴族の責務なのでな。私も立場上、手を抜くようなことはしないので安心したまえ……。この者たちを連れていけ!!」

 そうラフロイグ伯爵が叫ぶと、外で待機している騎士たちがダムドゥ子爵たちを外に連れ出した。
 ようやく一段落したと思ったら、急に力が抜けて来たよ。
 そしてこっちを向いてニイッと笑っているラフロイグ伯爵に、ゆっくりとだが頭を下げた。
 
「ラフロイグ伯爵、ありがとうございます」
「いや、うちの密偵がな。キャンベルに出入りしている他領の商会がよからぬ計画をしているということを突き止めたのだが。手を回そうとしているうちに、すでにここの店が盗賊に襲われてしまったという話を聞いてな。すまない、もう少し早く対処していれば、このようなことにはならなかったのだが」
「いえ、ここで助けてくれただけでもありがたいです。あのままでは、私は切り捨てられていたかもしれませんので」

 そう呟くと、ラフロイグ伯爵は再びニイッと笑って、焼き場の方を指さす。
 そこでは杖を構えて詠唱準備をしていたらしいマリアンと、鎧戸越しにナイフを抜いて構えているシャットの姿があった。

「お前たち……」
「ユウヤ店長、私たちの契約の中には、店長の護衛というものが入っているのもお忘れなくですわ」
「そうだったかにゃ? あ、そうだにゃ!! ユウヤは私たちが護るにゃ!」
「ああ……そうだったな……」

 うちのお嬢さんたちは……最高の家族だよ。

「では、急ぎダムドゥ子爵を締め上げて、話を聞くことにしよう。実はここだけでなく、昨晩のうちに6件の食堂や店が強盗に襲われていてな……どの店も、ここ暫くのうちにメキメキと料理の腕を上げているところばかりだった……まあ、ダムドゥ子爵のたくらみについては、これからじっくりと調査するので、安心して欲しい」
「わかりました。こちらとしても、何がなんだかサッパリな部分がありますので……まさかとは思いますが、【優良店舗】の件で狙われた可能性があるのですか?」

 そう問いかけると、ラフロイグ伯爵は頭を左右に振っている。

「いや……そのうえ、【王室ご用達】だ。ユウヤ店長は、アイラ殿下とアイリッシュ殿下に気に入られているではないか。数週間前、王都で貴族院の定例議会が行われたのだが、その時、アイラ殿下が監査として議会に参列していてな。その時の昼食会で、ユウヤ店長の料理をほめていたのだよ」 
「ああ、成程……つまり俺は、体よく巻き込まれたっていう感じですか」
「すまないな……では、詳しいことが分かったら連絡するので……邪魔したな!!」

 そう告げてから、ラフロイグ伯爵が店の人に向かう。
 それを見て、マリアンとシャットもようやく武器を降ろした。

「ふぅ……あの子爵、無茶苦茶だにゃ」
「でも、うちの店以外にも泥棒が入っていると話していましたわよね? それってやっぱり、あの子爵がなにか良からぬことを企んでいたのでしょうねぇ」
「はぁ……何はともあれ、今日は疲れたわ……夜は休んで、ゆっくりするとしますか。二人とも、ありがとうな」
「当然ですわ。私たちは」
「越境庵の従業員ですにゃ」

 ほんと、よくできた娘さんたちだよ。
 それじゃあ、気を取り直して、仕事を再開しますかねぇ。

「シャット、外に並んでいる客に告げてくれ。色々と騒がしくしちまったお礼として、今日は無料で一品、提供するって」
「わかったにゃ」
「それでは、気合入れてがんばりますわ!!」

 そうと決まれば、俺もいくつか寸胴を引っ張り出して、盛り付けを開始しますかねぇ。

 〇 〇 〇 〇 〇

 夕方5つの鐘が鳴る前には、店の扉の修復は完了した。
 ちなみに昼間の店については、いつまでも無料で出しているとキリがないので、午後3時の鐘が鳴った時点で終了。明日からはまた通常営業に戻ることを伝えて、とりあえず状況回復はすることができた。

「それにしても……今回の件は、完全に巻き込まれた感じだよなぁ」
「おそらくだけれど、あのダムドゥ子爵の息の掛かった商会あたりが手を回して、あちこちの酒場を潰して傘下に加えようとしていたに違いないにゃ」
「全く……私利私欲に塗れた貴族なんて、滅んで仕舞えばよいのですわ」
「それについては同感だ。ああいった連中は、ろくなことをやりかねない。かといって、平民で鹿ない俺に何かできる訳でもないのでね。あとはラフロイグ伯爵にお任せするしかないさ」

 そんなことを、賄い飯を食べつつ呟いている。
 ちなみに今日の賄い飯は、ちゃっちゃと終わらせたいので『鳥天丼』だ。
 焼き鳥用に切ってある鶏肉に小麦粉をまぶし、あとはさつと天ぷらにするだけ。
 付け合わせは茄子天とさつまいも天、そしてちょいと久しぶりにトウキビのかき揚げも作ってみた。
 鶏店、茄子天、サツマイモ天については以前も説明した通り。
 ちなみにトウキビは生のものを使用。一度真ん中あたりから横半分に切り、あとは縦に立てた状態で包丁を芯のちょいと外に当てて一気に包丁切り落とすだけ。
 その切り落とした実を、ちょいと硬めの天ぷら生地で混ぜるのだが、コツとしては生地は限りなく少な目。
 できるなら、トウキビが纏まる程度で揚げると、もっさりとせず美味しくしあがる。
 あとはこれを大皿に皆敷を載せた上に盛り付けるだけ。
 つまり。

「今日の天丼はセルフサービスにゃ!!  好きな具材を好きなだけ持っていいにゃ? 」
「ああ、構わんよ」
「そして、こっちに置いてある、あっためられた天丼のタレを掛けて……う~ん、最高ですわ」

 賄い飯というよりも、時間的にはもう晩飯だよなぁ。
 ほら、外からは夕方5つの鐘が響いてくる。

――カランカラーン
 そして店の扉が開くと、グレンさんが入店した。

「そろそろよいかな……と、なんじゃ、賄い飯を食べていたのか」
「ええ、好きな席へどうぞ。まずは何を飲みますか?」

 俺は急ぎカウンターの中へ。
 そしてシャットとマリアンには、もう少しゆっくり食べていいと話をしておく。
 さて、今日もようやく、のんびりとした営業を始められそうだ。  
 
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