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交易都市キャンベルの日常
76品目・王都へ向かう旅と、盗まれたご神体(トン汁と塩おにぎり、沢庵)
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マリアン達が、スペイサイド商会の王都に派遣する隊商交易馬車便の乗合席の予約を取ってくれた。
既に冒険者組合にはそれらしい噂が流れていたものの、今回は一般の乗合馬車が3台連なって向かう為、席の予約についてはスムーズに取れたらしい。
それに便乗してグレンガイルさんも同じ馬車を予約。アベルとミーシャは臨時の護衛として雇われる事になり、晴れて全員で王都へ向かう事が出来るようになった。
しかし、大所帯となりそうな為、俺も出発までの時間は昼と夜の営業の合間には、とにかく料理の仕込みを続けている。
普段作っている煮込み系だけじゃなく、串焼きを始めとした焼き物、果ては即興で作れるようにとフィリーチーズステーキやホットドックの材料まで全て仕込んでストックしておいた。
これについては、ウーガ・トダールからキャンベルに向かった時に、同乗していた商人や冒険者たちに料理を売って欲しいと頼まれたという事もあってね。
それにうちの従業員3人+グレンさん+ひょっとしたらアベルとミーシャも食事を求めてくるかもしれないので、そうなった時のために準備はしておいた。
「それと……これも確認しておかないとなぁ」
あともう一つ。
これはシャットに突っ込まれたんだが、俺が旅をした場合、どうしても怪我人や病人が出る。
偶然だとは思うけれど、シャットにニヤニヤと笑われつつ言われたものだから、こっちとしても心配なのでね。
「ということで、置き薬の補充も完了。追加で色々と補充して貰ったので、ちょいと値段は張ったけれど……備えあれば憂いなしってね」
風邪薬・解熱鎮痛薬・口腔咽喉薬・せき止め・のど清涼剤やうがい薬・胃腸薬に整腸剤。
下痢止め・湿布と殺菌消毒薬・かゆみ止めに皮膚の化膿対応薬・アレルギー対応薬。
まあ、包帯や絆創膏も普段の倍以上は入っているし、体温計と正露丸も追加で購入済み。
普段は使っていないもの迄、更に追加購入した。
「まあ、これだけあれば大丈夫だがねぇ。後は……どうするかねぇ」
王都に向かうにあたって。
もう少し身綺麗にしておいた方がいいと判断。
うちの制服だけじゃなく、おみやげ用の耐油袋やテイクアウトパッケージなども取り扱っているネットストアのカタログを開き、作務衣を追加で購入する事にした。
まあ、こっちの世界の衣類も一度着てみたんだけれど、なんというか俺の肌に合わなかった。
ということで、使えるものは何でも使う。
このネットストアのカタログなら、ある程度の備品も揃うので重宝している。
「……ついでに、シャットとマリアンの制服も用意しておくか」
俺の来ている奴じゃなく、男女兼用の作務衣を色違いで3着ずつ。
あとは前掛けと三角巾帽子も買っておくか。
これは三角巾の形をした帽子でね、被るだけで済むという便利商品。
そういえば、この型録って結構汎用性が高い物が多い。
さすがは『現場を支えるネットストア』という触れ込みだけのことはある。
制服とテイクアウトフード用品、あとは消耗品しか買ってなかったけれどね。
そう思って、何か面白いものでもないかと調べてみたが。
「……バイクも売っているのか。でも、流石に燃料は売ってないからなぁ」
さすがにそこまでは無理だったが、自転車の修理道具は売っているし、電動自転車も販売してある。
まあ、今持っているので十分間に合っているので、別に追加で買う必要もないだろう。
それでなくても、調理用品のメーカーから寸胴やら雪平鍋を大量に追加購入してあったので、蓄えも結構減っている。
もっとも、必要なもの以外は購入していないので、全て必要経費ということで。
「おっと、座布団とクッション、備蓄用毛布も購入しておくか」
交易都市からウーガ・トダール、そこからキャンベルへと2度も長旅をしているので、最低限必要なものは仕入れて空間収納に収納しておく。
まあ、俺自身は戦闘要員ではないので、戦う為の道具などは無用。
そんなこんなで、必要なものを一式注文した後は、代金を纏めてカウンターの上に置いておいた。
その翌日には店のホール一杯に荷物が届いていたので、まとめて空間収納に収納しておいた。
そんなこんなで気が付くと、いよいよ明日は出発。
最後の晩餐ではないが、うちの店でお別れパーティ的なものを開いたのだけれど、ディズィとラフロイグ伯爵以外は皆、王都に向かう。
「最後までディズィが駄々をこねていたのには、参ったけれどね」
出来るだけ早くエルフの国に来るようにと、何度も釘を刺されたが。
まあ、こればっかりは確約はできない。
それでも、世界樹とやらを見てみたいという気持ちはあるので、王都でのんびりしたら次の候補地として一番に上げておくことにしよう。
〇 〇 〇 〇 〇
――キャンベル→王都
「……それにしても。かなり揺れるものですねぇ……」
キャンベルを出発して二日。
のんびりとした旅であることは間違いないのだが、今一つ路面がよろしくないらしい。
その理由の一つは、今の季節が雪解けが終わり春が来る中間にあたるため。
この時期はどうしても雨が多くなるらしく、時折、冬の妖精の気まぐれで雪まで降って来るらしい。
それが積もる事無く溶け、道がぬかるむらしい。
「ほんと、ここまで酷いのは久しぶりだにゃ」
「全くですわ。でも、この座布団があれば多少は楽ですから、文句は我慢します」
「別に文句ぐらいは言ってもいいと思うがねぇ」
シャットとマリアン、そしてグレンさんには座布団を貸してある。
ちなみに俺は座布団ではこの馬車の揺れと尻にかかる衝撃に耐えられず、毛布を引っ張り出して折りたたみ、クッションのようにしている。
「それでもです。スペイサイド商会は、あのラッキーエビスでかなりの財を成したというではないですか。それなのに、隊商交易馬車便の馬車にはお金を掛けていないのですよ。大切な荷物を運ぶための馬車に、手を抜くなんて最低だと思いませんか?」
マリアンがプリプリと怒っている。
すると、今の話を聞いていたらしい同乗者の商人が、俺たちに話しかけてきた。
「ああ、そのスペイサイド商会ですけれどね。数週間前にですが、本店に強盗が入ったらしくて。なんでも、神のように祀っていた物が盗まれたとかで大騒動だったそうですよ」
「その話しでしたら、ウーガ・トダールではかなり有名ですよね。そのスペイサイド商会の会長が、ご神体をもう一度手に入れなくてはならないと、必死になっていたそうです。確か、それを商会に持ち込んだ人がいるとかで、その行方を捜しているそうですよ」
「へぇ……そういう事があったのですか」
そりゃあ、大変だなぁと思ったが。
待て、その盗まれたご神体って、ひょっとして『ラッキーエビス』じゃないのか?
だから商売が右肩下がりになって、馬車の手入れまで手が回らなくなったのか。
いや、ひょっとしたら、王都で新たに事業を開始し、損失を埋めるためとか?
「う~む、考えれば考えるほど、頭が痛くなってきたなぁ」
「きっと、スペイサイド商会の会長は必死に誰かを探しているにゃ」
「そうですわね。そのご神体にまつわる話に詳しい方とか、もしくは盗み出した犯人とか。その強盗って、まだ捕まっていないのですか?」
マリアンがそう問いかけていると、商人たちも腕を組んで考え込んでいる。
「その強盗っていうのが、あのファントムらしいからねぇ」
「げげげ、ファントムに狙われたのかにゃ。それはそれは……諦めるしかないにゃあ」
「ふむ、またしてもファントムか……」
んんん?
俺以外はそのファントムっていうのを知っているようだけれど。
そう思ってマリアンの方をちらっと見ると、静かに頷いていた。
「ユウヤ店長は外国の方ですからファントムについてはご存じないと思いますので。簡単に説明しますと神出鬼没であり、狙った獲物は逃さない。殺人を犯したという記録はないようですし、そもそもファントムが狙った盗品って、色々と曰く付きの物が多いのですよ」
「貴族に盗まれた家宝を、ファントムに取り戻してもらったっていう話も聞いたことがあるにゃ」
「ああ、王家に伝えられている宝剣が盗まれた時も、ファントムが取り返したという話ではなかったか?」
義賊……というわけではないか。
「それってつまり、依頼を受けてその正当性があれば盗まれたものも取り返すっていうことなのか?」
「まあ、そういう事もあるっていうぐらいだにゃ。何しろ、ファントムの活動記録は膨大で、最新のものだと……そのご神体泥棒がそうかもしれないにゃ。でも、最初に記録に残っているファントムの活動って、今から200年以上も昔だにゃ」
「はぁ。最低でも200季歳っていうことか。いい年じゃねぇか」
そう考えると、ファントムの正体って人間ではなく長命種のエルフという可能性もあるのか。
はぁ、そんな輩には、狙われたくはないねぇ。
――ガタンッ!!
そんな話をしていると、突然馬車が大きく弾んだ。
そしてバギッという音が後ろから聞こえてきた。
「おいおい、なんの音だよ」
「うわ、後ろの馬車の車軸が折れていますよ。あれじゃあもう走れませんよ?」
「そうなると、どうなるんだ?」
乗合馬車三台のうち、二台に乗客を割りふるとか、そういう感じかねぇ。
「ちょっと狭いけれど、次の停車場まで乗客を割り振って先行させるでしょうね。そして壊れた馬車を修理して合流し、また再開すると思います。結構あるのですよねぇ……ほら」
商人がそう説明していると、後ろの馬車に乗っていた乗客のうち4人が、俺たちの馬車に乗ってきた。そして残り4人が前の馬車に移動し、入れ替わりに馬車を修理できる職人が数名、材料を持って車軸の修理に向かった。
まあ、手際がよく感じるのは、この手の事が日常茶飯事だからだろう。
さすがに、壊れたものが車軸なら『置き薬』で直せるとは思わないからなぁ。
――ガタン
そして馬車がゆっくりと進み始める。
馬車本体に余計な負荷がかからないように、今度は慎重にゆっくりと馬車を進ませている。
「う~にゅ。ユウヤぁ、喉が渇いたから、あたいが買ってきたドライフルーツとお茶を交換して欲しいにゃ」
「別にドライフルーツを寄越さなくても、番茶なら用意してあるから……と、ちょっとすいませんね」
厨房倉庫から番茶の入っているポットと湯飲み茶わんを取り出し、シャットに手渡す。ついでに馬車にいる人数分の湯飲みも用意すると、お盆の上に乗せてシャットの前に。
「このお茶、配っていいにゃ?」
「ああ。別にお茶でお金を取る気はないから安心してください」
「それは助かります……」
車軸が折れた時は、どうなるのか不安であったらしい。
でも、温かい番茶を飲んて、ようやくほっと一息ついたとか。
その数時間後には、無事に停車場まで到着。
急ぎ停車場に丸く馬車の隊列を整えると、数名の職人たちが馬に乗って街道を戻っていく。
おそらくは、修理の補助なのだろう。
「さて、それじゃあ夕飯でも作りますかねぇ」
「賛成だにゃ」
「ちょっと寒くなってきたので、暖かい料理がいいと思いますわ」
「ユウヤ店長、今日も頼むぞ」
まあ、グレンさんの食事については、あらかじめ代金を受け取っているので、この旅の最中の食事についてはこっちで一緒に食べることになっている。
それ以外にも、ミーシャとアベルはやっぱり隊商で配給される食事では足りないらしく、夕食のたびに料理を買いにやってきている。
「今日の料理は……ひいふうみい……と、まあ、人数が人数ですから、出来合いのものでいきますか」
厨房倉庫から取り出したのは、豚汁の入った寸胴と、出来立ての塩おにぎり、そして大根の糠漬けが入っているタッパー。
まあ、豚汁やおにぎりの作り方については、前にも作ったことがあるので割愛。
糠漬けについても、ただ米ぬかに塩を加えて自家製のぬか床を作り、そこに大根を漬けこんだだけ。
もっとも、大根以外にもキュウリやニンジンなども漬け込んでいるが、これは3日ほどで取り出して、時間停止処理を行っている。
そもそも、漬け込んで時間が経過し、乳酸発酵させないとならないので時間停止処理ができるのは完成したものだけ。
最初のうちは、ついうっかり漬けている最中に時間停止処理をして、まったく発酵していないなんてこともあったからね。
「それじゃあ、食べるとしますかねぇ……」
ちらっと周囲の乗客たちを見てみると、大半が隊商交易馬車便に同行している料理人たちが作ったものを購入。また、保存食を齧っている人達も中にはいるのだが、ミーシャやアベルのように俺から購入する人も少なくはない。
たまたま、今日のメニューを見て購入に来なかっただけだろう。
「しかし、なんというか……旅の最中にも、ユウヤ店長の熱々の料理が食べられるとは思ってもいなかったぞ。明日は何を作るのじゃ?」
「そうですねぇ。特に決めてはいないのですけれと、何か豪華にいきたいなぁとは思っています」
実は、明日は焼き肉でもやろうと画策している。
キャンベルの酒場で使っていた鉄板、あれを使って焼き肉でもいいかなぁとは考えていたんだよ。
やっばり、旅のキャンプと言えば成吉思汗だけれど、流石に成吉思汗鍋はそんなに数多く持っていない。
それに手入れも大変なので、旅の最中は使いたくはなくてね。
まあ、明日になってから、また改めてメニューは考えるとしよう。
しかし、ファントムという怪盗といい、馬車の車軸が折れた事と言い。
嫌な予感ではないけれど、気になって仕方がないねぇ。
既に冒険者組合にはそれらしい噂が流れていたものの、今回は一般の乗合馬車が3台連なって向かう為、席の予約についてはスムーズに取れたらしい。
それに便乗してグレンガイルさんも同じ馬車を予約。アベルとミーシャは臨時の護衛として雇われる事になり、晴れて全員で王都へ向かう事が出来るようになった。
しかし、大所帯となりそうな為、俺も出発までの時間は昼と夜の営業の合間には、とにかく料理の仕込みを続けている。
普段作っている煮込み系だけじゃなく、串焼きを始めとした焼き物、果ては即興で作れるようにとフィリーチーズステーキやホットドックの材料まで全て仕込んでストックしておいた。
これについては、ウーガ・トダールからキャンベルに向かった時に、同乗していた商人や冒険者たちに料理を売って欲しいと頼まれたという事もあってね。
それにうちの従業員3人+グレンさん+ひょっとしたらアベルとミーシャも食事を求めてくるかもしれないので、そうなった時のために準備はしておいた。
「それと……これも確認しておかないとなぁ」
あともう一つ。
これはシャットに突っ込まれたんだが、俺が旅をした場合、どうしても怪我人や病人が出る。
偶然だとは思うけれど、シャットにニヤニヤと笑われつつ言われたものだから、こっちとしても心配なのでね。
「ということで、置き薬の補充も完了。追加で色々と補充して貰ったので、ちょいと値段は張ったけれど……備えあれば憂いなしってね」
風邪薬・解熱鎮痛薬・口腔咽喉薬・せき止め・のど清涼剤やうがい薬・胃腸薬に整腸剤。
下痢止め・湿布と殺菌消毒薬・かゆみ止めに皮膚の化膿対応薬・アレルギー対応薬。
まあ、包帯や絆創膏も普段の倍以上は入っているし、体温計と正露丸も追加で購入済み。
普段は使っていないもの迄、更に追加購入した。
「まあ、これだけあれば大丈夫だがねぇ。後は……どうするかねぇ」
王都に向かうにあたって。
もう少し身綺麗にしておいた方がいいと判断。
うちの制服だけじゃなく、おみやげ用の耐油袋やテイクアウトパッケージなども取り扱っているネットストアのカタログを開き、作務衣を追加で購入する事にした。
まあ、こっちの世界の衣類も一度着てみたんだけれど、なんというか俺の肌に合わなかった。
ということで、使えるものは何でも使う。
このネットストアのカタログなら、ある程度の備品も揃うので重宝している。
「……ついでに、シャットとマリアンの制服も用意しておくか」
俺の来ている奴じゃなく、男女兼用の作務衣を色違いで3着ずつ。
あとは前掛けと三角巾帽子も買っておくか。
これは三角巾の形をした帽子でね、被るだけで済むという便利商品。
そういえば、この型録って結構汎用性が高い物が多い。
さすがは『現場を支えるネットストア』という触れ込みだけのことはある。
制服とテイクアウトフード用品、あとは消耗品しか買ってなかったけれどね。
そう思って、何か面白いものでもないかと調べてみたが。
「……バイクも売っているのか。でも、流石に燃料は売ってないからなぁ」
さすがにそこまでは無理だったが、自転車の修理道具は売っているし、電動自転車も販売してある。
まあ、今持っているので十分間に合っているので、別に追加で買う必要もないだろう。
それでなくても、調理用品のメーカーから寸胴やら雪平鍋を大量に追加購入してあったので、蓄えも結構減っている。
もっとも、必要なもの以外は購入していないので、全て必要経費ということで。
「おっと、座布団とクッション、備蓄用毛布も購入しておくか」
交易都市からウーガ・トダール、そこからキャンベルへと2度も長旅をしているので、最低限必要なものは仕入れて空間収納に収納しておく。
まあ、俺自身は戦闘要員ではないので、戦う為の道具などは無用。
そんなこんなで、必要なものを一式注文した後は、代金を纏めてカウンターの上に置いておいた。
その翌日には店のホール一杯に荷物が届いていたので、まとめて空間収納に収納しておいた。
そんなこんなで気が付くと、いよいよ明日は出発。
最後の晩餐ではないが、うちの店でお別れパーティ的なものを開いたのだけれど、ディズィとラフロイグ伯爵以外は皆、王都に向かう。
「最後までディズィが駄々をこねていたのには、参ったけれどね」
出来るだけ早くエルフの国に来るようにと、何度も釘を刺されたが。
まあ、こればっかりは確約はできない。
それでも、世界樹とやらを見てみたいという気持ちはあるので、王都でのんびりしたら次の候補地として一番に上げておくことにしよう。
〇 〇 〇 〇 〇
――キャンベル→王都
「……それにしても。かなり揺れるものですねぇ……」
キャンベルを出発して二日。
のんびりとした旅であることは間違いないのだが、今一つ路面がよろしくないらしい。
その理由の一つは、今の季節が雪解けが終わり春が来る中間にあたるため。
この時期はどうしても雨が多くなるらしく、時折、冬の妖精の気まぐれで雪まで降って来るらしい。
それが積もる事無く溶け、道がぬかるむらしい。
「ほんと、ここまで酷いのは久しぶりだにゃ」
「全くですわ。でも、この座布団があれば多少は楽ですから、文句は我慢します」
「別に文句ぐらいは言ってもいいと思うがねぇ」
シャットとマリアン、そしてグレンさんには座布団を貸してある。
ちなみに俺は座布団ではこの馬車の揺れと尻にかかる衝撃に耐えられず、毛布を引っ張り出して折りたたみ、クッションのようにしている。
「それでもです。スペイサイド商会は、あのラッキーエビスでかなりの財を成したというではないですか。それなのに、隊商交易馬車便の馬車にはお金を掛けていないのですよ。大切な荷物を運ぶための馬車に、手を抜くなんて最低だと思いませんか?」
マリアンがプリプリと怒っている。
すると、今の話を聞いていたらしい同乗者の商人が、俺たちに話しかけてきた。
「ああ、そのスペイサイド商会ですけれどね。数週間前にですが、本店に強盗が入ったらしくて。なんでも、神のように祀っていた物が盗まれたとかで大騒動だったそうですよ」
「その話しでしたら、ウーガ・トダールではかなり有名ですよね。そのスペイサイド商会の会長が、ご神体をもう一度手に入れなくてはならないと、必死になっていたそうです。確か、それを商会に持ち込んだ人がいるとかで、その行方を捜しているそうですよ」
「へぇ……そういう事があったのですか」
そりゃあ、大変だなぁと思ったが。
待て、その盗まれたご神体って、ひょっとして『ラッキーエビス』じゃないのか?
だから商売が右肩下がりになって、馬車の手入れまで手が回らなくなったのか。
いや、ひょっとしたら、王都で新たに事業を開始し、損失を埋めるためとか?
「う~む、考えれば考えるほど、頭が痛くなってきたなぁ」
「きっと、スペイサイド商会の会長は必死に誰かを探しているにゃ」
「そうですわね。そのご神体にまつわる話に詳しい方とか、もしくは盗み出した犯人とか。その強盗って、まだ捕まっていないのですか?」
マリアンがそう問いかけていると、商人たちも腕を組んで考え込んでいる。
「その強盗っていうのが、あのファントムらしいからねぇ」
「げげげ、ファントムに狙われたのかにゃ。それはそれは……諦めるしかないにゃあ」
「ふむ、またしてもファントムか……」
んんん?
俺以外はそのファントムっていうのを知っているようだけれど。
そう思ってマリアンの方をちらっと見ると、静かに頷いていた。
「ユウヤ店長は外国の方ですからファントムについてはご存じないと思いますので。簡単に説明しますと神出鬼没であり、狙った獲物は逃さない。殺人を犯したという記録はないようですし、そもそもファントムが狙った盗品って、色々と曰く付きの物が多いのですよ」
「貴族に盗まれた家宝を、ファントムに取り戻してもらったっていう話も聞いたことがあるにゃ」
「ああ、王家に伝えられている宝剣が盗まれた時も、ファントムが取り返したという話ではなかったか?」
義賊……というわけではないか。
「それってつまり、依頼を受けてその正当性があれば盗まれたものも取り返すっていうことなのか?」
「まあ、そういう事もあるっていうぐらいだにゃ。何しろ、ファントムの活動記録は膨大で、最新のものだと……そのご神体泥棒がそうかもしれないにゃ。でも、最初に記録に残っているファントムの活動って、今から200年以上も昔だにゃ」
「はぁ。最低でも200季歳っていうことか。いい年じゃねぇか」
そう考えると、ファントムの正体って人間ではなく長命種のエルフという可能性もあるのか。
はぁ、そんな輩には、狙われたくはないねぇ。
――ガタンッ!!
そんな話をしていると、突然馬車が大きく弾んだ。
そしてバギッという音が後ろから聞こえてきた。
「おいおい、なんの音だよ」
「うわ、後ろの馬車の車軸が折れていますよ。あれじゃあもう走れませんよ?」
「そうなると、どうなるんだ?」
乗合馬車三台のうち、二台に乗客を割りふるとか、そういう感じかねぇ。
「ちょっと狭いけれど、次の停車場まで乗客を割り振って先行させるでしょうね。そして壊れた馬車を修理して合流し、また再開すると思います。結構あるのですよねぇ……ほら」
商人がそう説明していると、後ろの馬車に乗っていた乗客のうち4人が、俺たちの馬車に乗ってきた。そして残り4人が前の馬車に移動し、入れ替わりに馬車を修理できる職人が数名、材料を持って車軸の修理に向かった。
まあ、手際がよく感じるのは、この手の事が日常茶飯事だからだろう。
さすがに、壊れたものが車軸なら『置き薬』で直せるとは思わないからなぁ。
――ガタン
そして馬車がゆっくりと進み始める。
馬車本体に余計な負荷がかからないように、今度は慎重にゆっくりと馬車を進ませている。
「う~にゅ。ユウヤぁ、喉が渇いたから、あたいが買ってきたドライフルーツとお茶を交換して欲しいにゃ」
「別にドライフルーツを寄越さなくても、番茶なら用意してあるから……と、ちょっとすいませんね」
厨房倉庫から番茶の入っているポットと湯飲み茶わんを取り出し、シャットに手渡す。ついでに馬車にいる人数分の湯飲みも用意すると、お盆の上に乗せてシャットの前に。
「このお茶、配っていいにゃ?」
「ああ。別にお茶でお金を取る気はないから安心してください」
「それは助かります……」
車軸が折れた時は、どうなるのか不安であったらしい。
でも、温かい番茶を飲んて、ようやくほっと一息ついたとか。
その数時間後には、無事に停車場まで到着。
急ぎ停車場に丸く馬車の隊列を整えると、数名の職人たちが馬に乗って街道を戻っていく。
おそらくは、修理の補助なのだろう。
「さて、それじゃあ夕飯でも作りますかねぇ」
「賛成だにゃ」
「ちょっと寒くなってきたので、暖かい料理がいいと思いますわ」
「ユウヤ店長、今日も頼むぞ」
まあ、グレンさんの食事については、あらかじめ代金を受け取っているので、この旅の最中の食事についてはこっちで一緒に食べることになっている。
それ以外にも、ミーシャとアベルはやっぱり隊商で配給される食事では足りないらしく、夕食のたびに料理を買いにやってきている。
「今日の料理は……ひいふうみい……と、まあ、人数が人数ですから、出来合いのものでいきますか」
厨房倉庫から取り出したのは、豚汁の入った寸胴と、出来立ての塩おにぎり、そして大根の糠漬けが入っているタッパー。
まあ、豚汁やおにぎりの作り方については、前にも作ったことがあるので割愛。
糠漬けについても、ただ米ぬかに塩を加えて自家製のぬか床を作り、そこに大根を漬けこんだだけ。
もっとも、大根以外にもキュウリやニンジンなども漬け込んでいるが、これは3日ほどで取り出して、時間停止処理を行っている。
そもそも、漬け込んで時間が経過し、乳酸発酵させないとならないので時間停止処理ができるのは完成したものだけ。
最初のうちは、ついうっかり漬けている最中に時間停止処理をして、まったく発酵していないなんてこともあったからね。
「それじゃあ、食べるとしますかねぇ……」
ちらっと周囲の乗客たちを見てみると、大半が隊商交易馬車便に同行している料理人たちが作ったものを購入。また、保存食を齧っている人達も中にはいるのだが、ミーシャやアベルのように俺から購入する人も少なくはない。
たまたま、今日のメニューを見て購入に来なかっただけだろう。
「しかし、なんというか……旅の最中にも、ユウヤ店長の熱々の料理が食べられるとは思ってもいなかったぞ。明日は何を作るのじゃ?」
「そうですねぇ。特に決めてはいないのですけれと、何か豪華にいきたいなぁとは思っています」
実は、明日は焼き肉でもやろうと画策している。
キャンベルの酒場で使っていた鉄板、あれを使って焼き肉でもいいかなぁとは考えていたんだよ。
やっばり、旅のキャンプと言えば成吉思汗だけれど、流石に成吉思汗鍋はそんなに数多く持っていない。
それに手入れも大変なので、旅の最中は使いたくはなくてね。
まあ、明日になってから、また改めてメニューは考えるとしよう。
しかし、ファントムという怪盗といい、馬車の車軸が折れた事と言い。
嫌な予感ではないけれど、気になって仕方がないねぇ。
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都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~
よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】
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職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。
持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。
偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。
「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。
草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。
頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男――
年齢なんて関係ない。
五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!
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