隠れ居酒屋・越境庵~異世界転移した頑固料理人の物語~

呑兵衛和尚

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王都ヴィターエの日常と

112品目・流行り病も終息しそうで。ようやく夏がやって来る。(鮭とほうれん草のミルクリゾット、チーズ多めで)

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 王城へトマトとチキンのスープ、ショートパスタの二つを届けた翌日。

 いつものように朝一番で届いた食材のチェックを行うと、必要な分の下拵えを終らせて時間停止処理をした後、冷蔵庫へと納めている真っ最中。
 最近の仕込みはほぼルーティンワーク、特に流行り病が沈静化するまでは中華粥をメインで仕込んでいたものの、昨日辺りからは普通の食事も食べたいという要望が届き始めていたので、本日よりドネルケバブを復活させる事にした。
 まあ、既にタレに漬けてある肉を金串にブッ差して、下焼きしておくだけなのだが。
 この下味をつけるための処理が大変でね。
 大体2時間はかっちりと取られてしまうし、漬け込んだからと言ってすぐには使えない。
 という事で、今日使う分は時間加速で味を染み込ませてから金串に刺している。

 そして下焼きを始めた辺りで朝から出かけていたシャットが冒険者組合から戻って来たり、魔法薬を作る為の素材を購入しに行っていたマリアンが戻ってきたりと大忙しである。
 特にマリアンは、市場でうちのメニューに使えそうな食材も吟味して来てくれた。
 という事で、マリアンが買って来てくれた食材を軽く吟味した後、昼営業の仕込みも始める。

「それで、今日は何を仕込んでいるのかにゃ?」
「ふぅん、本日は中華粥ではないのですね。これは……リゾットでしょうか?」
「ああ。ちょいといつものとは毛色が違うがな。まあ、仕上がってからのお楽しみだ」

 という事で、まずは具材の準備から。
 鉄板にクッキングシートを敷いて、そこに半身におろした鮭を乗せてからオーブンで焼く。この時の塩加減は、少な目でさっと。
 こいつは具材となるので、先に味を付けてしまうとリゾットがしょっぱくなってしまうからな。
 次にほうれん草を用意する。
 根元に土を噛んでいることがあるので、大量の水で丁寧に洗った後、大鍋にお湯を沸かす。
 ここに塩を少々と、後は粉末のコンソメを加えてひと煮立ちさせてから、ホウレンソウを茹がく。
 ここで火を入れ過ぎないように、本当に軽くしんなりする程度で。
 前にも説明したが、野菜を茹でるときの目安としては『土の下の根菜類は水から、土の上の葉物は沸騰してから』。

「さて、こいつは具材の仕込みが面倒くさいだけで、材料が揃ったら後は簡単でね」

 大きめのフライパンで生米をさっと炒めた後、牛乳とコンソメスープを加えて米を煮込む。
 この時の火の通り方は9割程度で、ほんの少しだけ米に芯が残る程度。
 牛乳とコンソメスープの比率は……そうだな。
 この街の人達には馴染みがないので、牛乳は風味程度にしておくか。
 という事で、牛乳1:コンソメスープ1という所で。 

「これでも牛乳は少ない方だが……果たして、この街の人に受け入れられるかどうか」

 生米を茹でている間に、具材の仕込みの続きをしますか。
 茹でたほうれん草をよく絞り、大体3センチぐらいに切ってほぐしておく。
 同じく鮭にも火が通ったらオーブンから取り出して身を解す。こっちは少し大きめに。
 そして茹で上がった米の上にほうれん草と鮭を入れてからさっくりと混ぜ合わせた後、仕上げのチーズを加えて混ぜて完成。
 
「今日は、直ぐには時間停止処理はしないで……保温状態を維持しつつ、米に最後の火が通るように」

 蓋をして少し蒸らしておく。
 これで完成なので、あとは厨房倉庫ストレージ経由で、時間停止処理をしておくのだが。
 俺がリゾットを作っているのを眺めている食いしん坊のお嬢さんたちに、さっそく昼前の賄いを出しますかねぇ。

「これが今日の昼のメニュー、酒とほうれん草のミルクリゾットだな。食べる直前に、胡椒を少しだけ掛けるといいアクセントになる」

 要は、カルボナーラのようなものだからなぁ。
 胡椒=黒っぽい=カーボンで、カルボナーラ。
 チーズと黒コショウ、豚頰肉の塩漬けもしくはパンチェッタ。そして鶏卵を使って作るパスタの事を『炭焼きパスタ』と呼んでいてね、それがカルボナーラの起源だったらしい。
 
「とまあ、そんな感じだが……って、はいはい」

 俺がカルボナーラの蘊蓄を垂れている最中に、二人とも皿の中に入っていたリゾットを全て平らげてしまっていた。

「お代わりだにゃあ、とってもうみゃあ」
「ええ。これは何というか、懐かしい味のように感じましたわ。私の故郷では、山羊乳を使った料理が結構ありましたので」
「へぇ……マリアンの故郷というと、どのあたりになるんだ?」
「私の故郷は、海向こうのオーバーホルト遊牧国家の部族の一つですわね。今の国主であるメアリー・ウィンクル・アントワープさまは私の住んでいた部族から中央に嫁いでいった方でして、私も少しの間だけですがお世話になった事があるのです」

 へぇ。
 そいつはまた、随分と奇跡的な出会いだったんだなぁ。
 それなら山羊乳のことも、マリアンがマジックアイテムについて造詣が深いというのも理解できる。
 あの辺りは古代文明の遺跡があるらしいからね。

「そいつはまた、凄いなぁ。だから園遊会のとき、親しそうに話をしていたのか」
「ええ。まさか国主になっているなんて思っても見ていませんでしたけれど。メアリーさまなら、なんとなく納得がいきますわね」
「そういうものかにゃ」
「そういうものなのですわ……と、そろそろ開店準備ですわね。ドネルケバブは、どちらが担当しますか?」

 そうだなぁ。
 今日あたりの気温だと、シャットにはきついかもしれないなぁ。
 体毛があるぶん、熱さには弱いような気がしてきた。

「んんん、ユウヤが何か考えているにゃ。ということで、今日のドネルケバブ担当は、あたいがやるにゃ」
「いいのか? この気温だと、焼き場の前はかなり暑くなるかもしれんぞ」
「その程度なら大丈夫にゃ」
「では、私の飲み物とオーダーの会計を担当しますわ」
「それじゃあ、本日もよろしく」
「「かしこまり!!」」

 さあ、気合を入れてやりますかねぇ。

 〇 〇 〇 〇 〇

「……予想外だった……」

 そう。
 本日の昼営業は、昼2つの鐘が鳴るころに品切れで終了。
 いつもの常連客だけでなく、第二城塞あたりからやってきた貴族の使いの人達が大量購入していったのである。
 どうやら話によると、先日、俺たちが王城に持って行った『チキンとトマトのりスープ』を食べた病人たちが、朝には元気になっていたとかで。
 ローゼス王妃も今朝には熱が引き、食欲も普通に戻っているらしく、越境庵に行きたいと国王陛下に強請っていたとか。
 話は戻すが、そのチキンとトマトのスープの出所について貴族たちがあちこちで聞き込みをした結果、うちの店で作っている料理が病に聞くという所までたどり着いたらしい。
 そんな昨日の今日で突き止めることが出来たのかと尋ねてみた所、もどうやら俺が炊き出しを始めたあたりではもう噂になっていたらしい。
 
「それにしても……なんていったか、あの組合は」
「ん~、寓話管理組合のことかにゃ、情報屋の総称だにゃ……モグモグ」
「そう、その寓話管理組合だけど、よくもまあ、俺のことを事細かく調べているよなぁ」
「でも、越境庵を始め、ユウヤさんの事についての根幹部分はまったく情報が無かったようですわね。モグッ」

 そんな話をしつつ、ちょいと早い賄い飯はドネルケバブを使ったサンドイッチ。
 まあ、フィリーチーズステーキのように、ホットドック用のパンにドネルケバブを挟み、上からとろけるチェダーチーズを掛けているだけ。
 しっかしほんと、このハイカロリーな食事だよなぁ。
 冒険者は体が資本なので、これぐらい食べないと体がもたないとは聞いていたが。
 二人とも休みの人か早朝程度しか、冒険者としての仕事はしていないような気がするのだが。
 まあ、そこには触れない方がいいな。

「それで、今晩はどうするんだ? うちは普通に営業するが」
「とうちゃん達が遊びに来たいっていうので、あたいは仕事するにゃ」
「ふむ。それじゃあ、シャットにはそっちを任せるか。マリアンはどうする?」
「そうですわね……では、私は本日はお休みで、カウンターで飲ませて貰いますわ」

 つまり、テーブル席はシャットが担当し、カウンターの一つはマリアンが座ると。
 残り7席分のお客を俺が担当するだけ、いい所だな。

「それじゃあ、そういう事で」
「では、私はちょっと出かけてきますわ。夕方には戻りますので」
「あたいも、父ちゃん達に話してくるにゃあ」
「ああ、行ってこい行ってこい」

 二人とも、賄いを食べ終わっていきなり店を飛び出していったか。
 本当に、体力お化けだよなぁ。
 おれはちょいと仕込みをしてから、少し仮眠を取ることにしますかねぇ。
 そう思ってノンビリとしていたが、ドアをノックする音で目を覚ましてしまった。
 そして窓から外を見てみると、見た事のない服装の人たちが大勢、店の前にたむろしている。
 どことなく中東風にも感じるようないで立ちだが、ひょっとして藩王国の人達なのか?
 
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