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王都ヴィターエの日常と
第121品目・過去からの来訪者(シャンテ・パンショ・ジュヴレ・シャンベルタン・アン・シャン)
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「お待たせしました。豚の角煮です。横にからしが添えてありますので、お好みでお使いください。辛いので量には気を付けてくださいね」
熱々の角煮が入った器を、白衣の男性さんに差し出す。
すると、角煮を見てほぅ、と感嘆の言葉を呟いている。
つまり、料理がなんであるのか知らずに頼んだ可能性が高いっていう事か。
まあ、それならそれで、別に構いやしない。
口コミで来店する客だって普通にいるのだから。
「はい、ありがとうございます。それでは失礼して……」
フォークで角煮を二つに切り分けてから、そのうちの一つを大胆に頬ばっている。
なかなか、大胆な食べ方をするものだなぁ。
「これは美味しいですね。豚肉がこのように美味しくなるとは、驚きですよ。あ、申し訳ありませんが、ワインをもう一杯だけ頂けませんか?」
「銘柄は、同じものでよろしいでしょうか」
「ええ、お願いします」
「畏まりました。マリアン、同じものをもう一杯、出してくれるか」
「はいっ」
笑顔で返事が返ってきた後、マリアンが奥からワインのボトルとグラスを持ってくる。
そして新しいグラスにワインを注いでから、奥に下がっていく。
「……うんうん。本当に、美味しいですねぇ」
そう告げつつ、楽しそうにワインと食事を楽しんでいると。
ふと、隣に座っていたグレンガイルさんが、司祭さんに話しかけた。
「一つ伺ってよろしいかな……その法衣の胸の紋様と、首から下げている聖印。ひょっとして、カルバルディ聖王国の方ですかな?」
そう問われて、法衣の男性がグレンさんにニコリと笑みを返した。
「ええ、そうですね。私の名前はベルタンと申します。海向こうのカルバルディ聖王国で枢機卿を務めています」
「ほう、カルバルディ聖王国の枢機卿でしたか。これは失礼いたした」
「いえ、今はただの酒飲みの老人ですから」
んんん、老人?
いやいや、何処からどう見ても、せいぜい40代前半っていうところじゃないか。
まだ老人を名乗るには早すぎないか?
「ふむ。では、ユウヤ店長、お近づきの印に、ベルタン枢機卿に一杯、美味いワインを差しあげてくれるか? 聖王国の枢機卿に施す機会なんて、なかなかないからな」
「いえ、この2杯で大丈夫です。しかし、本当にここの料理はおいしいのですね。仕事でこの地にやってきまして、どこか美味しい食べ物がある場所は無いかと考えていた所、この店の角煮は大層美味しいと伺いまして」
「そうでしたか。遠路はるばる、ありがとうございます」
店の料理が美味いと言われると、どうしても嬉しくなってしまう。
これは性分なので仕方が無いか。
「ユウヤ店長。こちらのワインでよろしいですか?」
「ああ、半量だけ頼む」
マリアンが越境庵から持ってきたのは、【ジャンテ・パンショ】。
ジュヴレ・シャンベルタン・アン・シャン(ジュヴレ・シャンベルタン村の名畑)で取れたワインで、果実味の溢れる良いワインだ。
これをワイングラスに定量の半分だけ注ぐと、不思議な顔でベルタン枢機卿がワインをじっと眺めている。
「店主、このワインの名前は?」
「ジャンテ・パンショといいます。私の故郷では シャンテ・パンショ・ジュヴレ・シャンベルタン・アン・シャンと申しまして。ワインの名醸造地であるシュヴレ・シャンベルタンの逸品です」
「ああ……そういうことでしたか……なるほど、今ではこういうワインが作られているのですか」
今では?
それってどういうことだ?
まさかとは思うが、この枢機卿も流れ人なのか?
そう思っていると、ベルタン枢機卿がワインを一口飲んでから、じっと俺の方を見ている。
「この店の方々は、みなさん常連でしょうか?」
「ええ。そちらのグレンさんの連れの方は初めてですが」
「では、貴方のことについてはご存知という事で……そうですね。店主。私はとある国の流れ人です」
やっぱりか。
それにしても、俺の方をじっと見ていると、気のせいか心の中まで見通されているように感じる。
そして俺の事ではなく、自分が流れ人という話をすることで、俺の正体については周りに気付かれないように配慮してくれているのだろう。
「ある国ですか」
「ええ。フランス王国という国を御存じでしょうか。私はその国の地方にあったクリュニー修道院に勤めていた修道士でして。修道院ではワインの畑の管理を任されていたのです。そこで美味しいワインを作るために試行錯誤を繰り返しているうちに、私はついに最高のワインを作ることが出来たのですが……老いには逆らうことが出来ず亡くなったのでしょう……ですが、目が覚めると、私はこの世界の神の身元に立っていました」
そう淡々と話し始めるベルタン枢機卿。
どうやら枢機卿は、生前の勤勉さと奉仕の心、そして神への献身により、新たな地で生まれ変わることを許されたらしい。
そしてこっちの世界にあるカルバルディ聖王国の貴族の元に生まれ変わると、生前と同様に聖光教会で修行を続けていた。
そしてある日のこと。ジ・マクアレン様が夢の中に現れる、日ごろのベルタンの献身件的神奉仕を認め、司教へ昇格し、そして大司教を経て聖王国でも6人しか存在しない枢機卿へと昇格したらしい。
「なるほど。それじゃあ、このワインとの出会いも運命だったという事ですか」
「このワイン……ですか?」
「ええ。シュヴレ・シャンベルタンは、『修道士ベルタンの畑のある村』という意味合いがありまして。これは、貴方の故郷で作られた、貴方のワインです」
「……そうでしたか……」
これは本当に偶然なのか。
このワインだって、いつものように酒屋に『お勧めのワインを数本入れておいて欲しい』と発注書に書いただけだ。そのうちの一本がこれで、いつものように適温に冷やしておいたら、ベルタン枢機卿が夜にやって来たという事だからな。
「しかし、聖王国の枢機卿が、わざわざ海を越えてこの国に来るというのは、余程の事がないとあり得んのだが。なにか緊急事態でもあったのか?」
「いえ、そういう事ではないのですよ。私が今回、この地を訪れた理由は聖光教会を御威光が届く国の中でも、ここ最近はウィシュケ・ビャハ王国に神の御威光が多く注がれていると伺いまして。それでこの度、調査という名目でこの地を訪れました。そして聖光教会で神と交神していた所、『ユウヤの酒場にいきなさい』『ソーセージと角煮が絶品です』と神託がありまして……」
神託……というか、宣伝活動ですよね。神様、ありがとうございます。
それにしても、この国で神の御威光が多く注がれている……ねぇ。
ふむ、マリアンとシャットが、ジッとこっちを見ているんだが。
多分、この前の神様の宴会の件だろうなぁ。
そういえば、あの話の顛末について、おれは何も聞かされていないんだが。
「それはありがたいですね。神様の神託で勧める絶品料理ですか」
「ええ。そこで色々とお話を伺いまして。本来ならすぐに帰国しなくてはならないのですが、もう暫くこの国に留まるようにと神託を受けましたので。そうそう、本題を忘れるところでした。ジ・マクアレンさまから、言伝を頼まれていたのです」
「言伝ですか?」
「はい。これは神の神託ではなく、神に仕えるものとして、私から伝えなさいと仰せつかってきましたので。アーラック神とティラキート藩王国の顛末についてですが」
そう伝えられたとき、一瞬、空気の質が変わったように感じた。
何というか、ずっしりと重い雰囲気というか。
そんなものが、店内を包んだように感じた。
熱々の角煮が入った器を、白衣の男性さんに差し出す。
すると、角煮を見てほぅ、と感嘆の言葉を呟いている。
つまり、料理がなんであるのか知らずに頼んだ可能性が高いっていう事か。
まあ、それならそれで、別に構いやしない。
口コミで来店する客だって普通にいるのだから。
「はい、ありがとうございます。それでは失礼して……」
フォークで角煮を二つに切り分けてから、そのうちの一つを大胆に頬ばっている。
なかなか、大胆な食べ方をするものだなぁ。
「これは美味しいですね。豚肉がこのように美味しくなるとは、驚きですよ。あ、申し訳ありませんが、ワインをもう一杯だけ頂けませんか?」
「銘柄は、同じものでよろしいでしょうか」
「ええ、お願いします」
「畏まりました。マリアン、同じものをもう一杯、出してくれるか」
「はいっ」
笑顔で返事が返ってきた後、マリアンが奥からワインのボトルとグラスを持ってくる。
そして新しいグラスにワインを注いでから、奥に下がっていく。
「……うんうん。本当に、美味しいですねぇ」
そう告げつつ、楽しそうにワインと食事を楽しんでいると。
ふと、隣に座っていたグレンガイルさんが、司祭さんに話しかけた。
「一つ伺ってよろしいかな……その法衣の胸の紋様と、首から下げている聖印。ひょっとして、カルバルディ聖王国の方ですかな?」
そう問われて、法衣の男性がグレンさんにニコリと笑みを返した。
「ええ、そうですね。私の名前はベルタンと申します。海向こうのカルバルディ聖王国で枢機卿を務めています」
「ほう、カルバルディ聖王国の枢機卿でしたか。これは失礼いたした」
「いえ、今はただの酒飲みの老人ですから」
んんん、老人?
いやいや、何処からどう見ても、せいぜい40代前半っていうところじゃないか。
まだ老人を名乗るには早すぎないか?
「ふむ。では、ユウヤ店長、お近づきの印に、ベルタン枢機卿に一杯、美味いワインを差しあげてくれるか? 聖王国の枢機卿に施す機会なんて、なかなかないからな」
「いえ、この2杯で大丈夫です。しかし、本当にここの料理はおいしいのですね。仕事でこの地にやってきまして、どこか美味しい食べ物がある場所は無いかと考えていた所、この店の角煮は大層美味しいと伺いまして」
「そうでしたか。遠路はるばる、ありがとうございます」
店の料理が美味いと言われると、どうしても嬉しくなってしまう。
これは性分なので仕方が無いか。
「ユウヤ店長。こちらのワインでよろしいですか?」
「ああ、半量だけ頼む」
マリアンが越境庵から持ってきたのは、【ジャンテ・パンショ】。
ジュヴレ・シャンベルタン・アン・シャン(ジュヴレ・シャンベルタン村の名畑)で取れたワインで、果実味の溢れる良いワインだ。
これをワイングラスに定量の半分だけ注ぐと、不思議な顔でベルタン枢機卿がワインをじっと眺めている。
「店主、このワインの名前は?」
「ジャンテ・パンショといいます。私の故郷では シャンテ・パンショ・ジュヴレ・シャンベルタン・アン・シャンと申しまして。ワインの名醸造地であるシュヴレ・シャンベルタンの逸品です」
「ああ……そういうことでしたか……なるほど、今ではこういうワインが作られているのですか」
今では?
それってどういうことだ?
まさかとは思うが、この枢機卿も流れ人なのか?
そう思っていると、ベルタン枢機卿がワインを一口飲んでから、じっと俺の方を見ている。
「この店の方々は、みなさん常連でしょうか?」
「ええ。そちらのグレンさんの連れの方は初めてですが」
「では、貴方のことについてはご存知という事で……そうですね。店主。私はとある国の流れ人です」
やっぱりか。
それにしても、俺の方をじっと見ていると、気のせいか心の中まで見通されているように感じる。
そして俺の事ではなく、自分が流れ人という話をすることで、俺の正体については周りに気付かれないように配慮してくれているのだろう。
「ある国ですか」
「ええ。フランス王国という国を御存じでしょうか。私はその国の地方にあったクリュニー修道院に勤めていた修道士でして。修道院ではワインの畑の管理を任されていたのです。そこで美味しいワインを作るために試行錯誤を繰り返しているうちに、私はついに最高のワインを作ることが出来たのですが……老いには逆らうことが出来ず亡くなったのでしょう……ですが、目が覚めると、私はこの世界の神の身元に立っていました」
そう淡々と話し始めるベルタン枢機卿。
どうやら枢機卿は、生前の勤勉さと奉仕の心、そして神への献身により、新たな地で生まれ変わることを許されたらしい。
そしてこっちの世界にあるカルバルディ聖王国の貴族の元に生まれ変わると、生前と同様に聖光教会で修行を続けていた。
そしてある日のこと。ジ・マクアレン様が夢の中に現れる、日ごろのベルタンの献身件的神奉仕を認め、司教へ昇格し、そして大司教を経て聖王国でも6人しか存在しない枢機卿へと昇格したらしい。
「なるほど。それじゃあ、このワインとの出会いも運命だったという事ですか」
「このワイン……ですか?」
「ええ。シュヴレ・シャンベルタンは、『修道士ベルタンの畑のある村』という意味合いがありまして。これは、貴方の故郷で作られた、貴方のワインです」
「……そうでしたか……」
これは本当に偶然なのか。
このワインだって、いつものように酒屋に『お勧めのワインを数本入れておいて欲しい』と発注書に書いただけだ。そのうちの一本がこれで、いつものように適温に冷やしておいたら、ベルタン枢機卿が夜にやって来たという事だからな。
「しかし、聖王国の枢機卿が、わざわざ海を越えてこの国に来るというのは、余程の事がないとあり得んのだが。なにか緊急事態でもあったのか?」
「いえ、そういう事ではないのですよ。私が今回、この地を訪れた理由は聖光教会を御威光が届く国の中でも、ここ最近はウィシュケ・ビャハ王国に神の御威光が多く注がれていると伺いまして。それでこの度、調査という名目でこの地を訪れました。そして聖光教会で神と交神していた所、『ユウヤの酒場にいきなさい』『ソーセージと角煮が絶品です』と神託がありまして……」
神託……というか、宣伝活動ですよね。神様、ありがとうございます。
それにしても、この国で神の御威光が多く注がれている……ねぇ。
ふむ、マリアンとシャットが、ジッとこっちを見ているんだが。
多分、この前の神様の宴会の件だろうなぁ。
そういえば、あの話の顛末について、おれは何も聞かされていないんだが。
「それはありがたいですね。神様の神託で勧める絶品料理ですか」
「ええ。そこで色々とお話を伺いまして。本来ならすぐに帰国しなくてはならないのですが、もう暫くこの国に留まるようにと神託を受けましたので。そうそう、本題を忘れるところでした。ジ・マクアレンさまから、言伝を頼まれていたのです」
「言伝ですか?」
「はい。これは神の神託ではなく、神に仕えるものとして、私から伝えなさいと仰せつかってきましたので。アーラック神とティラキート藩王国の顛末についてですが」
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そんなものが、店内を包んだように感じた。
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