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レンタル2・旅行のお供に、内部空間拡張バッグ!

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 魔導レンタルショップ・オールレント。
 大賢者ルーラーが作り出した、さまざまな魔導具をレンタルする店。
 店内にはルーラーが異世界から持ち込んださまざまな魔導具やポーションが陳列されている。
 また、客の望むものが店内にない場合、必要ならばルーラーが2階の工房で調合してくる。
 特によくお客がレンタルするものが、『スキルポーション』と呼ばれている魔法薬。
 
 ルーラーの所有する素材と、庭で育てた植物を原料とした、身体に優しい魔法薬。
 その効果は、『望むスキルを一週間使えるようになる』であり、一週間後には効果とともにそのスキルも消滅する。
 一度に覚えられるスキルはひとつだけ、効果時間内に重複して飲むと副作用が発生するので、滅多な事がない限りはルーラーも販売する事がない。
 それ以外にも、燃料を必要としないランタンとか、収納スペースが拡張されているバッグとか、生活に必要なものが所狭しと並べられている。
 魔法薬以外に特に人気なのは、内部空間を拡張した鞄類。
 正式名称は|収納(ポータル)バッグといい、内部には三メートル立方のスペースが拡張されている。
 また、収納空間での時間経過は現実世界の1/10、温度は空間に収められた温度がそのまま維持されるので、食料などの長距離移動にも重宝されているとか。
 特に海外旅行に向かう人たちが時折やってきては、借りていくことがあるのだが。
 
………
……


「ええっと、千歳から羽田に向かう飛行機が出るまであと三時間。札幌駅からのエアライナーに乗って千歳まで一時間掛からないから楽勝よね」

 重い荷物をゴロゴロと押しながら、加賀見美奈が後ろで疲れ果てている友達に話しかけている。
 彼女と田辺静香、車田由美、鈴木涼子の四人は短大の夏季休暇を使ってアメリカはニューヨークへ旅行に向かう。
 四泊六日のスケジュールで、ブロードウェイ・シアターを始めとしたマンハッタン周辺の観光を楽しむ。
 そしてあわよくば、外国人の彼氏を……と淡い期待を寄せてるせいか、荷物も淡い期待分以上に膨れ上がっている。

「はぁひぁはぁ……だめ、もう無理。もっと荷物を減らしてきたらよかった」
「でも、こっちって空港と方向違うよね? なんでこんなところにきたの?」
「私、みんなにちゃんと説明したよね? 荷物を軽くする方法があるからって」

 なんとか目的地に到着した一同。
 その目の前には、古い洋館のような形の店舗が立っている。
 その看板には!こう書かれていた。

【魔導レンタルショップ・オールレント】

「あ~、ここかぁ」
「確か日本政府公認魔術師のお店だよね? 最初は胡散臭いなぁって思っていたけど、本当に魔法ってあったんだ」
「私の知り合いが、ここに特注の魔導具を作ってもらったとか話していたのよ。それで、試しにネットで検索したんだけどさ……本物だったのよ」

 ルーラーが姿を表してから一年。
 さまざまな方面がルーラーの魔術の検証を行って見たのだが、全て結果は【アンノウン】。
 科学的に立証不可能なため、【魔術は存在しない派】と【魔術存在派】がテレビなどで日夜バトルを繰り返している。
 まあ、それでも魔術は本当に存在するので、ルーラーの店も成り立っている。

「まあ!まずは入ってから考えようよ。その魔術とかにも興味があるからさ」

 笑いながら涼子が扉に手をかけると、ゆっくりと扉を開いて中に入っていく。
 そして遅れてなるものかと、三人も急いで涼子の後を追いかけることとなった。

………
……


「海外に旅行ねぇ……お嬢さん方、一週間以内に戻ってこれるのか?」

 正午少し前。
 今日のランチをどうしようかルーラーが思案していると、店の入り口のチャィムが鳴り響く。
 チラリと商品整理をしている関川ひばりをルーラーは見てみるが、彼女は慌てて入り口へと向かった。
 この時間に予約があるのなら、先にカウンター横の予約台帳を確認しにくるはずだが、真っ直ぐに入り口に向かったのならフリーの客なのだろうなぁと、ルーラーは片眼鏡を外して磨きながら考えている。

 その予想通り、来客はフリー客が四名。
 オールレントにフリーで来る客はそこそこに多いが、大半は魔導具がどんなものか興味があってくる人たち。
 本気で悩んで魔導具を借りにくる客など、それほど多くはない。
 でも、今日の来客は何か目的があるかのような顔をしている。

「いらっしゃいませ。ようこそオールレントへ。本日は何がお探しですか?」

 ひばりが屈託ない笑顔で問いかけると、四人グループの女性の一人が口を開いた。

「あの、こちらで魔法の鞄を借りられるって聞いてきたのですが」
「|収納(ポータル)バッグですね。まずはシステムをご説明しますのでこちらへどうぞ」

 そのまま四人をカウンターまで案内すると、そこからはルーラーの仕事である。
 詳しい話を聞いてみると、この女性たちは四人グループの仲間達で、これからアメリカに旅行に向かうという事で荷物を小さくコンパクトにするためにオールレントへ足を伸ばしてきた。

「ふむ……レンタル期間は一週間じゃが大丈夫……かな?」
「日程的には四泊六日なので、レンタル期間中にちゃんと日本に戻ってこれます」
「ふむ」

 美奈がスマホを確認しながら、日程を確認している。
 それなら問題はないだろうということで、ルーラーはひばりに奥から|収納(ポータル)バッグを四つ持ってくるように指示をすると、後ろの棚に丸めて置いてある羊皮紙を手に取り、それを机の上に広げた。

 ルーラーの魔導具レンタルは、この羊皮紙によって行われる。
 これは【|契約の精霊(エンゲージ)】の力が封じられており、この羊皮紙を用いた契約は、エンゲージによって管理される。
 しかも契約は絶対であり、レンタル契約の場合は契約期間が終了した時点でレンタルしたものがオールレントに転送されることになっている。

「この羊皮紙の上に身分を証明するものを置いてもらえるかな? 別々に契約する必要があるので、バッグを借りたいものは全員、同じようにしてもらえると助かるのじゃが」
「は、はい」
「こうするのですね……へぇ、これが羊皮紙ですか」
 
 ルーラーの指示した通りに、女性たちが羊皮紙の上に運転免許証やマイナンバーカードを置いていく。
 そして渡された羽ペンと魔法のインクで署名を行うと、羊皮紙の中央に魔法陣が浮かび上がる。
 その中央には、604800という数字が表示されており、その下にはオールレントの店主であるルーラーの名前と、レンタルした女性の名前が浮かび上がっていた。

「あの、これってなんですか?」
「数字、だよね?」
「なんだろう? レンタル期間とか?」
「おーい、ここっていろんな薬も売っているんだって。美人になる薬もあるのかな?」

 羊皮紙を眺めつつ思案する三人は放っておいて、涼子だけはサインを終えたらとっととカウンターから離れて、隣の棚に並んでいるポーションを繁々と眺めていた。

「この数字はレンタル期間。まあ、残りレンタル時間じゃな。まだカウントダウンは始まっておらぬが、鞄を持って店の外に出るとカウントダウンが始まる。こっちの小さな羊皮紙が控えになるが、ここにも数値が記されているから」

 そう説明してから、ルーラーは契約を終えた女性一人ずつに控えの小さな羊皮紙を手渡すが、その時点で涼子はさらに店の奥にある大型魔導具の棚に向かっていた。

「ん? あの子も呼んでくれるか? ちゃんと契約内容を説明しないといかんから」
「涼子!! レンタル契約の説明だって!!」
「はいはい。今行きますよ~」

 面倒臭そうな顔で戻ってくる女性。
 そして全員が揃ってから、ルーラーはもう一度説明を行っ
た。

 期間内にバッグを戻さないと、バッグが自動的にオールレントに転送されること。
 契約期間内ならば、中に納めてあるものに何かあった場合は【修復の術式】を用いて再生されること。
 契約者とルーラー以外には、内部拡張空間にはアクセスできず、それ以外は普通のバッグと同じであること。
 そして|収納(ポータル)バッグが盗難された場合、収納されたものに対しては何の補償もされないこと。

「……という事で、店を出てからきっかり七日。それまでに戻ってこないと契約は自動完了してしまうから、気をつけるように」
「契約が完了すると?」
「先ほども説明したが、レンタルしたものは自動的にここに戻ってくるから。それだけじゃよ。じゃから、もしも長期になるのなら、追加延長の契約をしておいた方が良い。これは最初の契約である一週間以内に戻ってこれたらキャンセルできるからな」

 注意事項をゆっくりと説明するが、涼子だけは半分ぐらいは聞き流している。
 もう彼女の頭の中はここの不思議な魔導具と、旅行先のニューヨークに旅立っているようだ。
 そして説明が全て終わると、バイトの関川ひばりが全員分のバッグを手に姿を表す。

「こちらが、みなさんのレンタルした|収納(ポータル)バッグです。デザインは少しずつ違いますが、異世界のデザインですので諦めてください」

 そこまで言わんでもという顔で、ルーラーはひばりを見る。
 もっとも、世界最強の大賢者の弱点は、実用性重視の考え方で魔導具を作るので、可愛らしいデザインとか、流行りのデザインなどというものには興味がない。
 結果、学生が学校に持っていくようなディパック型であったり、肩から下げる無地のレザーバックであったり。
 彼女たちもバッグを見て、やや苦笑い。
 それでも日程を考えると洒落にならない着替えや荷物となるのだが、それが機内持ち込み可能な小さなカバンひとつですむのならと、諦めた。

 そして一人一つずつ手に取ると、オールレントを後にした。

──カチッ、カチッ、カチッ
 店内カウンターの後ろにあるレンタル契約書。
 その中にある、彼女たちの契約した羊皮紙がゆっくりとカウントダウンを開始する。

「ひばりくんや、今日の予約客はまだ居たかな?」

 接客なんかよりも、魔導具の開発や新たな魔術の研究をしたいルーラー。
 だが、ひばりは電話の傍らに置いてある予約表を確認す?と。

「一時間後に、魔法の絨毯をレンタルする方が来ますよ?」
「ふぅむ。免許は持っているのか?」
「電話で受付したときはあるという事です。まあ、レンタル契約の時に確認しますので、問題はないかと思いますが」

 それならまあ、問題はないかとルーラーは頷く。
 そして裏に保管してある絨毯の納められている箱を用意すると、ルーラーはコーヒーカウンターに移動して、のんびりとティータイムを楽しむことにした。
 
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