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レンタル6・魔法薬の生成と、弟子の修行

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 大賢者ルーラー・ヴァンキッシュ。

 現在、札幌市に居を構えている彼の自宅の敷地内には、およそ地球では見掛けられない植物や動物も多数生息している。
 これらはすべて日本国政府に許可をもらって栽培したり育成しているものであり、魔術によって外界から隔絶することにより胞子や花粉などが敷地外に出ないようにしている。

 その代表的なものが、中庭に聳える世界樹。
 その葉はいかなる傷をも癒し、その滴は死者をも蘇生させる力を持つ。
 だが、条約によりルーラーは、魔術による治療行為については制限されている。
 骨折程度なら五分もあれば治癒し、ステージ4のガンですら一時間ほどの魔術治療により回復する。
 そのような奇跡を起こされると、医者が匙を投げるどころかルーラーを恨む念により匙を捻じ曲げかねない。

 医学を根本からひっくり返す可能性があると言うことで、ルーラーが魔術治療する相手については登録病院からの連絡があったときのみ。
 医療報酬点数は、一般治療の十倍というとんでもない数値が加算されるのだが、副作用もなく確実に治るということで、時折ルーラーの元には連絡が届いている。
 なお、代価を受け取らないと言う理由ならば、ルーラーの判断により簡単な魔術治癒は行って良いという話にはなっているので、出先での緊急事態などでは重宝されたことがあるらしい。

──魔導レンタルショップ・オールレント
「これが、癒しのポーションですか」

 店内のコーヒーコーナーにあるカウンター。
 そこにずらりと並べられているポーションを見て、ひばりは驚きの声をあげている。
 店内でレンタルされている商品にはほぼ制限がないのだが、販売されているものは逐一、ひばりを通して政府の管轄省に登録する決まりがある。
 
「うむ。棚の在庫が少ないから、追加で十本ほど作っておいた。これは登録しておるやつだから、後で並べておいてくれるか?」
「はい。でも、ポーションっでそんなに早く作れるのですか?」

 ひばりの質問。
 朝の開店時間から夕方の閉店まで。
 途中で二階の工房で魔導具を作成しているのは見かけるのだけど、ポーションを作っているのを見たことはない。
 一体、いつ作っているのか、それをひばりは知りたい。

「いつも何も、この程度ならすぐに作れるわ」

──ガチャン
 カウンターの下からシェイカーを取り出し、そこに水を測って注ぐ。
 そこに乾燥して粉末にした世界樹の葉を小さじ一杯加え、蓋をしてよくシェイク。
 あとはコーヒーフィルターで濾して余分なものを取り除くと、青く透き通ったポーションが完成する。

「……と、こんな感じじゃが?」
「やらせてください!! お願いします!!」

 勢いよく手を上げるひばりに、ルーラーは頷きながらカウンターの中に招き入れる。
 そして道具と素材を全て渡すと、ひばりのやり方をじっくりと眺める。
 ひばりも先程のルーラーのやり方を見ていたので、素材の分量を間違えることなくシェイカーに突入。
 勢いよくシェイクして濾過して完成。
 水色のポーションの出来上がりである。

「師匠、私と師匠のでは色が違いますね」
「魔力の混入がうまくいっとらんな。このシェイカーの上下に魔石がついているじゃろ? ここに魔力を通して、振るたびに中で魔力も攪拌する」

 そう説明しつつ、ルーラーはもう一度だけ手本を見せる。
 それをしっかりと確認したのち、ひばりはシェイカーを手に取るが、ルーラーがそれを制する。

「魔力が綺麗に循環するまでは、何度でもやるといい。じゃが、その前に魔力の循環のおさらいじゃな」
「はい。両手を開いて、ゆっくりと体の前で合わせる。体内の中にある【魔力泉】に意識を集中。そこから絞り出すように、魔力経絡に魔力を循環……」

 ルーラーが教えた、魔術の訓練。
 体に魔力を浸透させるための儀式のようなものであり、ルーラーでも毎朝行っているルーティンワークである。
 ここ数日で、ひばりもようやく魔力回路が解放され、魔力泉から魔力が溢れ出すようになってきた。
 【魔力酔い】という、溢れた魔力が体内で澱み体の調子が悪くなる現象が起きるのを防ぐために、ルーラーはひばりの修行過程を一つ進め、魔術師見習いとしての訓練を始めたのである。

「うむ、ギリギリの量じゃが、問題はない。常に魔力を意識して、体の中で澱まないように循環させる癖をつけると楽になるぞ……と、ふむ、世界樹の粉が切れたか」
「それでしたら、私がとってきます!!」

 棚の袋を手に取って、ひばりが店の勝手口から外に飛びだす。
 それを見送ってから、ルーラーはひばりの作った水色のポーションに魔力を注ぎ直して、普通のポーションに作り替える作業を始めた。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


 世界樹の葉の回収のため、ひばりは中庭の世界樹の下に向かう。
 そこには世界樹の妖精であるワーズと、もう一人。
 この中庭の守護獣が、静かに眠っている。
 起こさないようにソロリソロリと近寄ると、ワーズが先にひばりに気がつき、にっこりと微笑んでいる。

「お弟子さん、どうなさいましたか?」
「ええっとですね。世界樹の葉が切れてしまったので、もらいに来たのですが大丈夫ですか?」
「少々お待ちください」

 ワーズはゆっくりと立ち上がると、頭上に広がる世界樹を眺める。

──ヒラリ
 すると、あちこちの枝から葉が抜け落ちてくる。
 それを地面に落とさないように手に取ると、そこから八枚を選別してひばりに手渡した。

「これが魔法薬用ですね。あとは魔力が少々足りないので、このまま地面に落とします」

 パラッと残りの葉を地面に巻くと、それは光となって地面に吸収されていく。
 魔法薬として使う場合、地面に落ちる前の葉を使用しなくては魔力が消滅してしまう。
 また、枝から勝手に持っていっても、手に取った時点で魔力は拡散する。
 世界樹の葉は、その守護者であるワーズが手にしたものでなくては光となって消えてしまう性質がある。

「助かります。これで、魔法薬が作れます」
「シッ!!あまり大きな声を出すと!」

 慌ててワーズが口元に人差し指を立てるが時遅し。
 傍で眠っていた神獣・フェンリルがゆっくりと目を開けると、ひばりに向かって突進!!

「うわ、うわぁぁぁぁ」
「ワフッ!!」

 体高二メートルの巨大なモフモフ。
 サモエドのような愛嬌のある顔をしているが、れっきとした神獣である。
 それがひばりを押し倒すと、鼻先でゴロゴロと転がされ始めた。

「あうわぁ……や~め~て~」
「わっふわっふ!!」

 敵対心ではなく、ただ純粋に遊んでいる、戯れているだけ。
 だが、側から見ると巨大な犬に転がされている、襲われているように見えなくはない。

「ラグナ、それ以上はダメですよ」
「ワフッ」

 ワーズが嗜めると、ラグナと呼ばれたフェンリルはひばりの襟元を加えて持ち上げ、世界樹の根元へと連れて行く。
 そしてドサッと座り込むと、ひばりを巻き込んで昼寝を始めた。

「ワーズさーん。助けてください」
「本当に、フェルリルが懐く人間なんてそんなにいないのに。よっぽどひばりさんが好きなのでしょうね」
「それは嬉しいのですが、このモフモフに包まれていると……スヤァ」

 突然、ひばりが眠ってしまう。
 フェルリルのモフ毛に安眠効果があるかどうかなとわからないが、ルーラーが呼びに来るまでひばりは眠り続けていたという。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


──翌日。
 朝から来客あり。
 八時の開店直後に、来店予定のお客がやって来る。
 関川が予約票を手に、カウンターのルーラーのもとにやってくるのと、その予約の客が来たのはほぼ同時であった。

「ルーラーさんや、来たぞ!!」
「まずはコーヒーを頼む、俺はミルク多めで砂糖多めな」
「わしはブラックだ」

 誰かと思えば、朽木と飯田の二人である。
 店内に入ってきたかと思うと、オールレントの受付カウンターの横に併設されている喫茶コーナーにどっかりと腰を下ろした。

「なんじゃ、予約の飯田とはお前らのことか。昨日は何を所望なんじゃ?」
「まあまあ、話は一息いれてからだ」

 ひばりが差し出したコーヒーを一口、喉に流し込んでから朽木が口火を切る。

「ルーラーさんの店は、いろいろなポーションを売っているんだろ?」
「まあな、メイン商品が『スキルポーション』、あとは簡単な回復薬程度を扱っておる。店内にあるものならば、購入については国の許可は必要ないからな」

 スキルポーションは、そのものずばり『スキルを得られるポーション』。
 歌が上手くなる、運動が得意になるといったものから始まって、カリスマが高くなる、女性にモテるようになるものまで千差万別。
 ちなみにスキルポーションの効果は飲んでから一週間のみ、効果時間内に複数のポーションを飲んだ場合は副作用が出るのであまりお勧めしない。
 そしてキッカリ一週間でスキルは消滅するので、あまりポーションに頼りすぎるのはよろしくない。

「そう、その回復薬だ。飯田がよ、孫に言われたんだとよ」
「ふむ、何をじゃ?」

 そう問い返すと、飯田が帽子を脱ぐ。
 真っ白な髪のあちこちに隙間が見え隠れしているのが、よく分かる。

「髪が薄くなったんだとさ」
「なあルーラーさん、毛生え薬はないかな?」

 抜け始めて分かる、髪は長い友達。
 漢字からもわかる通り、三本抜いたら長い友になるとは、昔のCMの言葉である。

「ふむ。その程度なら、わしが調合したものよりもひばりの調合の方が効果が弱いからちょうど良いかもな。ひばりや、棚の15番、10番、8番の粉を小匙一つずつ……順番を間違えないように調合してくれるか?」
「はっ、はいっ!!」

 突然話を振られたので、ひばりの声がひっくり返っている。
 普段でも【弱回復ポーション】はひばりが調合してあるのだが、それ以外の、お客に売るためのポーションを作るのは初めてである。

「師匠、触媒水は何を使えば良いのですか?」
「3番樽の、マンドレイクを浸したものを100cc。では、やってみなさい」

 ルーラーの指示を受けて、ひばりが薬の調合を始める。

「ひばりちゃんも、とうとう薬の調合を頼まれるようになったか」
「去年、ここにきた時は随分と堅いお役人さんが来たものだと笑っていたんだがなぁ」
「まだまだじゃが、一応弟子見習いから弟子までは進歩したからな。そのうち中級ポーションまでは任せようかと思っておる」

 朽木たちは、オールレントが開店した時からの常連。
 当然ながら、内閣府から派遣されてきたばかりの関川ひばりには全く経験がない仕事ゆえ、最初は二人からはお役人仕事と笑われていた。
 事実、関川ひばりの所属は『内閣府魔導政策室』であり、直属の上司は『亜門太郎特命大臣(魔導政策)』になる。
 そこからの派遣という形で、ひばりはオールレントの店員を引き受けていたのである。

──シャカシャカ
 ひばりの振るシェイカーの音が、小気味よく響く。
 そして出来たポーションをネイルで濾して、薄緑の『増毛ポーション・弱』が完成した。

「できました!!」

 自信満々にルーラーに差し出すと、ルーラーほ右手を翳して詠唱を始める。

「どれ……ルァナ・ハルト・ミラリィア!」

 それは|鑑定(アプレイズ)と呼ばれている、対象物を鑑定し、その詳細を知る魔術。
 よくある漫画や小説では人に使えるものが多いが、これは対物特化型術式である。

「ふむ、よく仕上がっているな。次からは、このポーションもひばりに任せるとしようか」
「はい!!」

 出来たポーションを小瓶に移し、手書きのラベルを貼り付けて完成。

「ほれ、これを一日一回、三滴を水に溶かして飲むと良い。ゆっくりとじゃが毛根が活性化して生えてくるだろうし、栄養も流れていくから黒々とした髪が戻るじゃろ」
「ありがたい!! 魔法のポーションだっていうから、突然、ボーンって生えてくるとか、手にとってマッサージするのかと思ったよ」
「はっはっはっ。それは効果の高いやつじゃな。わしが調合するとそうなるが、ひばりの調合なら、自然に増えて黒くなっていくから。周りから見ても、それほど驚きはしないじゃろ?」
「へぇ。それなら俺も、薄くなったら頼みに来るか」
「わしがいなくても、ひばりに頼むと良い。という事でひばりや、あと五本調合して、棚に並べておくと良い」

 自分の腕が認められて、ひばりは満足である。
 そしてこの日から、オールレントのポーション棚には新商品として『増毛ポーション・弱』『私が作りました』というラベルが貼られた小瓶が並ぶようになった。
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