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レンタル18・走れ!!

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──札幌競馬場。
 今年から、札幌記念はG1に昇格。
 今日はその最初の日。
 この晴れ舞台を見るために、大勢の競馬ファンが集まり、レースが始まるのを今か今かと待ち続けている。
 特に競馬ファンではないルーラーも、朽木と飯田の二人に引っ張られて、現代世界で初めての競馬体験となった。


「……人だらけじゃな。皇龍祭のようじゃよ」
「「皇龍祭?」」
「うむ。年に一度、皇龍が神託を授けるために姿を見せる。そのとき、民が争いもなく平和ですよとアピールするために、国を挙げて盛大に祭りを行うのじゃよ」

 そう告げてから、ルーラーがあちこちの屋台を指差す。
 札幌記念が行われるということで、場外やレース場の中洲には売店だけでなく屋台も並んでいる。

「なるほどなぁ。まあ、俺たちの目的は人混みを楽しむのじゃなく、競馬だからな」
「そうそう。まぁ第一レースも始まっていないけど、今日はじっくりと楽しむことにしようじゃないですか」
「ま、まあ……人混みは苦手なんじゃが……」

 そう困った顔のルーラーを、二人は左右でがっちりと固めて進んでいく。
 間も無く第一レースということで、朽木と飯田はパドックへ向かう。
 そしてどうにか最前列に辿り着くと、どの馬を買うか真剣に眺め始めていた。

「ここで、馬の調子を見るんだよ。朽木さんは昔は競馬にハマりまくって、カミさんにガッチリと財布の紐を握られた方だからさ」
「だから、今はG1レースしか買っていない。今日はルーラーさんの勉強のために、一レースに1000円だけ使って良いって許可をもらってきた!!」
「何じゃ、わしを出しにしてきたのか?」
「まあ、そうともいうが……と、次の馬は……」

 すぐに馬の様子を見る朽木と飯田。
 あまりにも真剣なので、ルーラーも少しだけ付き合うことにしたのだが。

「どれ……アニマルスピーク……」

──ブゥン
 ルーラーは軽く魔術を行使する。

『はぁ。今日はあまり走りたくないんだよなぁ』
『まだ疲労が取れていないんだよ。軽く流す程度でいいよなぁ』
『俺はやるぜ、今日こそトップを飾ってみせる!!』

 すると馬たちの鳴き声が、ルーラーにはしっかりと聞き取れている。
 魔術により、ある程度は動物の意志を人間のように聞き取ることができるようになっているのである。

「ふむ。朽木さんや、あれとあれは無理じゃ。今日は走りそうにないが」
「またまた、ご冗談を。あの二頭は1番人気と2番人気、ガチガチなんだが?」
「それじゃあ、ルーラーさんはどの馬が来ると思うんだ?」

 そう聞かれると、ルーラーは顎に手を当てて馬たちの話に耳を傾けている。

『今日こそ、勝たせてあげるかな!!!!』
『まあ、今日はのんびりと行きたいなぁ』
『鞭入れたら走るのやめる……鞭入れたら走るのやめる……』

 いろいろな声の中から、やる気十分の二頭を指差す。

「あれとあれじゃが」
「「いや、それはない!!」」
「なぜじゃ!!」
「あいつは15番人気、あれは16番人気。来たら大穴間違いなし」
「ふむ、まあ、そこまでいうのなら見てみようではないか」

 パドックを後にして、あらかじめ朽木たちが予約していたB指定席に向かう。
 朽木たちはスマホで馬券を購入しつつ、新聞を眺めている。
 そしてルーラーはというと、途中で買ってきた焼きそばやたこ焼きを広げ、アイテムBOXからティーセットを取り出していた。

──ファーンファファファンファンファーン!!
 そしてスタートゲートに全馬が入ると、一斉にスタート!!

「よし、良いスタートだ!!」
「そのまま逃げ切れ、そこだ!いや、待て待て、何でお前が頑張る!!」

 叫ぶように馬を応援する朽木たちを他所に、ルーラーはのんびりと馬たちの走り方をみている。

「なるほどなぁ。走るために特化した進化をしておるのか。しかし、ただ走らせて着順を予想するとは、平和で良いのう」
「う、嘘だろ、なんでそこで下がっていくんだ!!」
「うわぁ、本当かよ……」

 二頭の馬が一着争い。
 そのすぐ後ろには、やる気を半ば失って走る1番2番人気の馬たち。
 見事に16番人気が一着、15番人気が二着という結果になった。

 半ばやけくそにハズレ馬券を投げる人もいれば、すぐに次のレースのためにパドックに走るものもいる。

「う、嘘だろ……馬連68000円だって?」
「万馬券どころか、記録じゃないのか?」
「ほら、な。わしの話した通りじゃよ」
「ま、まあ、まぐれってこともある。それよりも次のレースの準備だ」

 まだルーラーの話を信じない朽木と、なるほどなぁと納得しつつついていく飯田。
 そしてルーラーは順調に、第二レース第三レースと、順調に、1番2番を当て続けた。
 素直にルーラーの予想馬券を購入していたら、朽木たちも孫のお土産どころか晩御飯は外食確定であったのだが、そこは勝負師のプライドが許さない。
 悉く負け続け、いよいよ次は『G1札幌記念』である。
 
………
……


──パドック
 今日最高の人だかり。
 その中で、ルーラーたちは札幌記念に出走する馬の様子を見にやってきていた。
 どの馬も気合十分。
 加えて騎手たちも、第一回目のG1札幌記念ということもあり、気合が入りすぎた感じに見えなくもない。

「一番人気はキョクセンモウショウ、二番がキンシャリガール。この鉄板レースに決まっているわ!!」
「いやいや、逃げのピンキーフェローも捨てがたい!!」
 
 なんだかんだと言い争う朽木と飯田。
 その中で、ルーラーは一番最後に入ってきた馬を眺めている。

「あれは?」
「ん、ハリボテブルースか。コーナーの曲がりが上手くなくてなぁ。直線とスタミナは良いんだけど、どうしても外に膨れる癖があってな。そこを克服したら一着は取れるかもしれないが、重賞レースだと良くて四着……まあ、今回も無理だろうさ」
「そうか……」
「まあ、ハリボテブルースにとっては、これがラストラン。せめて上に食い込んでくれると良いがな」

 ラストラン?
 その朽木の言葉に、ルーラーが問い返す。

「まあ、勝てない馬だったからなぁ。オーナーや厩舎としても、もう限界だって見抜いたんだろう?」
「だから、このレースを最後に、引退だってさ」

 そうつぶやくものの、他の馬とはちがう気迫を、ルーラーはハリボテブルースから感じ取る。
 これがラストランなら、全力で走る。
 持てる力を全て使い切る、そんな気迫を感じ取っていた。
  
「それで、ルーラーさんは誰が来ると予想した?」
「ハリボテブルースとノックチャリスじゃな」

 また、とんでもない予想をしたものだと、朽木は頭に手を当てる。
 
「ぜ~ったい来ないわ!!」
「そうか? 勝負の行方はわからんぞ?」
「まあまあ、まずは一旦、席に移動するとしようじゃないか」

 飯田が二人を引っ張るように移動する。
 そして指定席に戻ると、札幌記念が始まるのを今か今かと待ち続けた。

………
……


『夏の札幌にG1が生まれた。今年からG1に昇格した札幌記念、間も無くスタートです。各馬、いつものようにスタートゲートの近くで今か今かと待機状態』
『青山さん、昨日のレースの行方はどうなるでしょうね?』
『一番人気のキョクセンモウショウ、二番人気のキンシャリカールの銀行レースとなるか。それともピンキーフェローの下剋上なるか? この辺り、私にも予想がつきません』
『おっと、各馬一斉にゲートイン。札幌記念スタートしました‼︎』

 実況席からの声が、朽木のスマホから聞こえてくる。

『これは予想外。16番人気のハリボテブルースが大逃げを開始。続いてファイヤービーフ、ジブラ、カウボーイビバップが続きます。キョクセンモウショウは12番、キンシャリカールは13番。これは全くの予想外です』
『キョクセンモウショウはやや出遅れたようですが、どうやらペースを取り戻したようですね』
『グイグイと上がってくるキョクセンモウショウ。そのあとからキンシャリカール、ピンキーフェローも続きます』
『トップは以前、ハリボテブルース!! 二着との差を6馬身に広げます!!!! おおっと大外からキョクセンモウショウ、キンシャリカールが上がってきた!! 2番が大きく入れ替わる!!』

 朽木、飯田、そしてルーラーも、拳を握って馬群を眺める。
 そして運命のコーナー手前。
 
『キンシャリカールがハリボテブルースを抜いた!!一番キンシャリカール、二番がハリボテブルース‼︎だが、目の前には最終コーナー。ハリボテブルースはここまでか!!』

 実況と同時に、キンシャリカールとハリボテブルースがコーナーに突入。

「「「「「曲がれぇぇぇぇぇぇぇぇ」」」」」

 競馬場の誰もが叫んだ!!
 有終の美ではない。
 このままでも二着に残れる。
 
 そして。

『曲がったぁぁぁぁぁ。ハリボテブルースがコーナーを制した、そして最終コーナーを超えてラストラン!! 最後まで走れ、奇跡を見せろ!!』
『先頭のキンシャリカールとの差は1馬身、まだ間に合う』

 誰もが拳を握る。
 そして最後の直線、ゴール手前。
 ハリボテブルースは、最後の気力を振り絞り、トップで駆け抜けてから……ゆっくりと大外に走り。

 そして止まった。

『そんなバカな……ああ神よ、神よ、なぜ、そのような結末をハリボテブルースに与えた……』
『一着ハリボテブルース!! そして二着はキンシャリカール!!!! だが、ハリボテブルース故障!! 右前足を引き摺っている!!』

 実況、解説の声が競馬場に響く。
 最後のコーナーを曲がり切ったとき、ハリボテブルースの右前足に亀裂が入る。
 そして痛みを耐えながら、最後の直線を駆け抜けて……。

 ゴール直後に、彼の右脚は砕けていた。

「おおお……こんな、こんな事になるとは……」
「ハリボテぇぇぇぇぇぇ!!」

 朽木と飯田も、感無量か悲しみか。
 泣き叫んでいる。
 そして、ハリボテブルースは、騎手に引かれてコースをあとにする。
 片足が砕けてもなお、彼は歩いた。
 最後まで、勝者としてのはじめての威厳を示しつつ。

………
……


──数日後
 ハリボテブルースの有終の美。
 それがニュースで取り上げられている中、ある噂が流れている。
 故障した馬は、安楽死の道しかない。
 かつてのあの凄惨な事件から、あまり表に出てこない事故馬の安楽死。
 そのためか、ハリボテブルースの件でもさまざまな噂が流れている。
 
 もう、安楽死してしまったのか。
 G1勝利後の安楽死という、悲劇を繰り返すのか。
 そんな噂が流れていた。

──十勝、渡会ファーム
 そこの草原を、ハリボテブルースは駆けている。
 勝者の威厳もなく、むしろ普通に走れることが嬉しそうに。

「全く……馬用の回復ポーションなど、作ったのははじめてじゃぞ」
「まあまあ。お陰で、ハリボテブルースは元気になったんだ」
「しかし、これで引退確定か……」

 あのハリボテブルースの事故直後。
 ルーラーの元に、渡会ファームから連絡が届いた。
 それは、ハリボテブルースの怪我の治療のため、ポーションを売ってほしいと。

 あのレースでの本気を見せられたら、ルーラーとしてもハリボテブルースを助けたくなった。
 そこでどうにかポーションを調合し、ハリボテブルースに投与した。
 効果が出るまでの六時間は危険な状態であったものの、無事に峠を越えていまは完治。
 JRAの新規約では、負傷した競走馬が魔法治療を受けた場合、三年間の公式戦出走は認められない。

 結果、ハリボテブルースは引退となったが。

「まあ、走ることが好きな馬のようだし。新しい人生を歩むのも良かろう」

 ルーラーが笑いながらつぶやく。
 その視線の向こうでは、ハリボテブルースが夕陽を浴びながら、駆け抜けていった。
 
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