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第二十一話・顛末はあっけなく、そう、信じられないぐらい

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 休み明け、早朝のニュースで。

 三週間前に起きた、強盗傷害事件の犯人が捕まった。
 容疑者は警察の事情聴取の際に『金を貰ってやった』『リングを手に入れるために協力した』と説明。
 現在は彼に殺人を依頼したと思われる人物の行方を追っています……との事。
 これを見た時、口に咥えていたタバコがぽろりと落ち、胸に当たって火傷したんだけど。

「あっついから!! これが本当の月曜日のアチャチャだわってやかましいわ!!」

 タワワって程は実っていないけど、そこそこにはあるから熱いんだわ。
 火の出ない電子タバコにしたら火傷しないかなぁ。
 でもなぁ、あのフレーバーって、好みが分かれるからなぁ。
 やっぱりタバコは両切りに限るんだけどなぁ……。

「まあ、これで明日花を刺した犯人は捕まったけど、どうも主犯というか計画を立てたいた奴がいるんだよなぁ」

 ニュースの内容から察するに、犯人はわたしと明日花の持っている【R・I・N・G】の情報が欲しくて我が家に侵入。
 物色しているところに明日花が帰宅して、慌てて逃げるために玄関にいた明日花を襲ったという事らしい。
 犯人の自供に基づき背後関係を調査した結果、どうやら彼に指示を出していたという会社員の男性が判明。その男に強盗傷害教唆罪が適用されるかどうかというところで、その会社員の行方が分からなくなったいるらしく。

「……まさか、八つ当たりでこっちに来る可能性……ありそうだわ、とっとと学校に行くことにしますか」

 周りを見渡し、怪しい人影がいないことを確認。
 そのままバイクに跨って、私は大学院にレッツゴー。

「おはようございます」
「よお、おはよう。今日もヨルムンガンド・オンラインにリンクするのかな?」

 助教授が事務的に質問をしてくるので、私は素直に頷く。
 ニュースの件を明日花に教えたいから、今日はできるだけ、ログインし続けたいからね。

「脳科学における、脳波波長と長時間ログインについての実証検分です。では、失礼します」
「しっかりとレポートは提出するように」
「はーい」

 まだ何か言いたそうだけど、私はサーバールームの隣にある控室に移動。
 そこで第二サーバーにヘッドセットを接続し、ヨルムンガンド・オンラインにリンクした。

………
……


──ジジッ、ジッ
 ヨルムンガンド・オンラインにリンクしていると、時折、私のアバターがぶれ始めている。
 でも、この事は小町ちゃんにはまだ、話していない。
 私自身、自分の体のことはよくわかっているから。
 もう、私の体は動かない。
 大量出血、それを止めるための緊急手術。
 血が足りなくなるのを防ぐための輸血と、それによる弊害。
 簡単に説明すると、私の手術は成功した。
 身体は治ったけど、私の心は体から離れている。

 つまり……私は、もうすぐいなくなる。

 今も、少しずつ体が冷たくなるのを感じている。
 外で何が起きているのかなんて、私には分からない。
 でも、小町ちゃんがくる前に、私はやらなくちゃならないことがあるから。
 
 だから、それまで身体よ、持ち堪えて。

「【R・I・N・G】クエストを再開。クエストマップよ、私を儀式の間に連れて行ってください」

 瞬く間に、目の前が白くなっていく。
 そして目の前には、見覚えのある風景。
 
「ここが、儀式の間ですか」

 そう独りごちると、目の前に黒い台座が浮かび上がる。
 高さは1メートルの正方形。
 そこに四角い窪みがあり、明らかに『夜の帳』の台座部分を収めるためのものってわかっちゃう。
 だから、夜の帳を収めて、メイルシュトロームの短剣を引き抜いた。

「【R・I・N・G】クエストの詩篇。その秘密もわかったの。一つ目は、リングを作り出すためのクエスト。夜の帳、この中に、リングが収められている」

【紅き月、白き化粧を纏いて大いなる風に抱かれる。母なる腕が目を覚まし、そして再び眠りにつくまで】

「【R・I・N・G】は、それを手にしたものに願いを叶える……ちがう、願いが詩篇を作り出し、リングを作り出す。私が欲しかったものは、懐かしい島の風景。海の向こうに沈む夕日に、海が紅に染まる光景。草原がタンポポの白い綿毛に包まれる春の景色」

──トン
 夜の帳、その上にメイルシュトロームの刃を当てる。

「潮騒が奏でる音色、そこが私たちの故郷。その自然に抱きしめられて、私たちは朝も夜も、そこで生きていた……それが、そこへの道標が、ここにあるから」

──ストン
 夜の帳が二つに割れる。

【あなたが手にするのは、一つ目の栄光。渦巻く刃、五つの魂が削る命、そこに真実はある。だが、それを手にするのはあなたではない】

「島の命は、海外企業が削ってしまった。でも、それは表向きの光景。島は生きている、私たちの手に戻った時。島は、私たちと共に蘇るから」
 
──シュゥゥゥゥ
 夜の帳が消え、黒曜石の台座には、指輪が生み出されている。
 これが、【R・I・N・G】。
 ヨルムンガンド・オンラインの全てのユーザーが求めた、希望の塊。
 そして、黒曜石の台座には、ゆっくりと文字が浮かび上がった。

【Rise In Never Glorious】

 これが、【R・I・N・G】。
 それを手にしようとしたけど、私は触れられなかった。
 指輪の周りには、結界が生み出されているから。

「そっか。これを生み出すまでが、私の運命。そして、これは、このクエストに誘ってくれた、私を友達として信用してくれた、大切な人が使う……だから、『それを手にするのはあなたではない』なんだね」

 これは、私の最後の願い。
 【R・I・N・G】よ。
 これを、私の代わりに、本田小町に届けてください。
 そして、彼女の願いを、聞いてあげてください。
 できれば、届けるのは10日後。
 
 その時には、全てが終わっているはずだから。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


──大学院・脳科学研究室
 そこには、普段は見慣れない男性が歩いている。
 肩書きは、大学から研究用データを受け取っている大手製薬会社の社員。
 高畑伸一郎、営業二課課長。
 三週間ほど前に起きた傷害致死事件の犯人に指示を出していた男として、警察が捜査を続けている男。
 当然ながら会社に問い合わせても、自宅にも存在せず。
 その行方は分からなかった。

 だが、高畑は、脳科学研究室のある研究棟を歩いている。
 凛とした表情で背筋を伸ばし、いかにも製薬会社のエリート社員であるかのように。
 どの時間、どこを通れば警備の目を誤魔化して入り込むことができるなど、それぐらいの情報は、事件の前に同志であるギルドメンバーからも聞き出していた。

 だから、ここ暫くは本田小町が、この大学院からヨルムンガンド・オンラインにアクセスしていることも知っている。
 今日も研究室に来ていることも、駐車場のバイクを見て確信している。
 それなら、やることは一つだけ。

「……聞こえているな? 綾町。今から本田のキャラクターと接触して、【R・I・N・G】の全ての情報を譲るように伝えろ」

 耳元に手を当てて、小声で呟く。
 スマホは綾町洋子……トリビアのユーザーに繋がっている。

『お、お断りします。私は、もう貴方の脅しになんてのりません』
「脅し? これは交渉だよ。そうそう、例の君のいけない写真、約束通りに処分するために古いパソコンに全て収めてあってね。それを忘れていて、ついうっかり、パソコンを処分するために業者に引き取りをお願いしたんだよ。そうだ、すっかり忘れていたよ」

 小声で呟く高畑。
 その方元に少しだけ、薄らといやらしい笑みが浮かぶ。

『そ、その程度は脅しになりませんよ。初期化する時には中身は確認しないっていうのが常識です』
「まあ、な。でも、電源を入れると、画面一杯にあの写真が出るからなぁ。それに、画面のど真ん中に、一つだけ意味深なフォルダがあったら、どう思う」

 トリビアは言葉を失う。
 そんなものが流出したら。
 いや、そもそも、あの人が彼女を騙していた。
 それを知らなかったどころか、よりによってこの課長に知られるとは。
 それでもどうにか話をして、写真は処分されることになったはずなのに。

「俺から逃げようなんて考えるな。いいか、お前は俺の部下なんだ。とっとと彼女を、ハルナを呼び出せ」

──プッッ
 スマホの電源を切る。
 そして途中の廊下であった、見知った教授と立ち話を少々。
 ゲーム内でトリビアがどこにいるのか知らないが、フレンド画面からハルナを呼び出し、会うだけなら五分程度でいい。
 大切なのは、時間とタイミング。
 あとは、ハルナがリングについての情報を全てトリビアに説明し、もしも実物があったとしたら、それを受け取らせればいい。

 そして高畑は、サーバールームの隣にある控室にやってくる。
 部屋の鍵はナンバー入力式、これもある筋で入手済み。
 彼女一人だけならよし。
 まあ、他の奴がいたら、さっきの教授の名前を出して、部屋から出せばいい。

──ぴっ、ぴっ、ぴっ
 慌てず騒がず、ゆっくりとキーを入力する。
 そして扉が開いた時。
 高畑は、満面の笑みを浮かべた。

 部屋の中には、ヘッドセットを装着したまま、ソファーに座っている本田町子の姿しかなかったから。

………
……



「ん? 司書関係での相談? 資料庫の関係?」
『はい。メッセージではちょっと面倒なので、直接図書室に来て貰えますか?』
「ん、いいよ、ちょっと待っててね」

 アスナがログインしているんだけど、まだ連絡がつかなくて。
 私はたまにやる街中の巡視をしていたんだけどさ。
 そんな感じでウインドショッピングも洒落込んでいたら、トリビアから連絡があってさ。
 そのまま図書館へ向かうことにして。
 五分ほどで到着して中に入ると、いつもとは違う、神妙な顔のトリビアがいたんだよ。

「どうしたの? 何かあったの?」
「え、ええ。実はね、この図書館の新しく追加したい本を探したのよ。ここって、各県の管理している電子図書館ともリンクできるのよね? だから、こういう作品もどうかなって」

 机の上には、幾つもの本が並んでいる。
 さすがは司書スキル所持者、この手の作業は得意なんだよね。
 さて、どんな本なのかと。

『過ちの代償』
『神の加護は変質者~俺はフラッシュマン、全裸なら最強』
『脅迫者は、夜に囁く』
『転生したじゃがいもは、世界に繁殖する』
『悪夢から始まる、伯爵令嬢の憂鬱~目を覚まして、リアルが危険なの~』
『ナーロッパの歴史~世界の車窓から外伝~』

 ふむ、ラノベか。

「それと、実はお願いがあって」

 そう話しつつ、トリビアはいくつかの本を選んで、並べていく。

「ハルナさん、【R・I・N・G】の全ての情報を貰えませんか?」

──トントン
 本の一冊をたたいている。
 タイトルは……なるほど。
 脅されていると。

「悪いが、それはできない。あれは私とアスナの宝物だからね」

 頷きながら告げると、トリビアはすぐに別の本を手に取る。
 そして、そこの文字をなぞって見せると、一言。

「急いで!! 時間がないから」

──パン!!
 頭の右側を叩く。
 すぐさまリンクをカットして目を覚ますと、目の前には私に向かって歩いてくる男が一人。
 その右手には、ナイフが握られていた。

「ちっ、あの女、しくじったな」
「そういうことだよ!!」

 ヘッドセットの縁を掴んで、男に向かって投げつける。
 それを避けようと体をずらした時、私は立ち上がってソファーから離れると、壁についている緊急用ボタンを押す。

──ジリリリリリリリリリリ
 この部屋が、サーバールーム利用者の控室なのは知らなかったのか。
 
「くそっ! この小娘が、貴様が【R・I・N・G】クエストを始めなければ、その情報を俺に寄越していれば、こんなことにはならなかったんだ。どいつもこいつも、俺の邪魔をする!! 俺は、あんな会社で課長が時に甘んじている男じゃない!!」

 叫びながらナイフを振る。
 私はそこから逃げるのが精一杯で、反撃しようなんて無理。
 あとは通報を聞いて誰かが来るのを待つしかない。

──ガチャッ
 すると、扉が開いて助教授がやって来た。
 それに、ほかの生徒や警備員も。

「く、くるな、お前たちまで俺の邪魔をするのか!!」

 叫びつつ刃物を振るけど、多勢に無勢。
 私を人質にしようとして走って来たので、近くにあった丸椅子を持ち上げて投げつけ。怯んだ隙に警備員が取り押さえてゲームセット。

「ふう、緊急通報を聞いてね、間に合ってよかったよ」
「警備室のモニターにも、君が襲われそうな映像が映ったので駆けつけました」
『あ、ありがとうございます!! どうなるかと思って……」

 ヤバい、体が震える。
 まさか自分がこんなことに巻き込まれるなんて、思っても見なかったから。
 そうか、警備室でもモニターしていた……え?

 室内を見渡しても、この部屋には監視カメラは無いはず。
 内部データが漏洩しないようにと、室内の撮影は禁止されているし。
 でも、モニターに映っていた?
 どういうことなんだろう?
 
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