白梅奇縁譚〜後宮の相談役は、仙術使いでした〜

呑兵衛和尚

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第20卦・意思の疎通と文化の違い

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 侍女たちの相談を受け、白梅は東廠長である洪氏の元へと向かう。
 
 彼女の立場上、相談を受けることはできるものの、それに対する解決策については彼女の独断では行えない案件もある。そのような場合は東廠長の元に向かい、報告をすることになっている。

「……なるほどねぇ。武術訓練に食事の問題、そして言葉の違いとは。緋風フェイフェン妃本人は華国語を話せるので問題はないと思っていましたが。確か、侍女として同行させるものたちにも言葉の壁については解決するようにと親書を送ってあったはずなのですがねぇ」
「では、恐らくですが時間が足りなかったのかと思われます。それ故に、まだ覚えきれていない言葉や単語についてはカタコトになってしまい、意思がうまく伝わらないのかと。通訳を担当している女官でも、分かりずらい言い回しもあったようです」

 白梅の説明に、洪氏も顎に手を当てて考え込む。
 後宮という場所柄、武具の持ち込みは一切禁止されている。
 つまり、武術訓練を行っているということは無手、つまり拳法や徒手格闘技のようなものであろうと推測される。
 そのようなことが行われていると、主上に対しての謀反も疑われるものであるが、後宮の決まりについてまだ熟知していない故の行動であろうと理解もできる。
 だが、それを見逃すほど洪氏も甘くはない。
 
「食事の問題については、ある程度は便宜を図るようにと主上にも命じられています。それについては、私から尚食局に伝えておきます。言葉については……白梅は、北夷の言葉は理解していますか?」

 やっはりそう来たかと、白梅は心の中でベロを出す。
 洪氏や主上の無茶ぶりについては、ここにきてから痛いほど理解している。

「私は仙術により、彼女たちの言葉を意思としてくみ取ることが出来ます。同じように、私は彼女らに意思を伝えることもできますが、言葉については理解していません」
「……んんん? つまり、言葉を交わさずに意思の疎通が行えるということか?」
「有り体に言えば、その通りです。ですが、これは仙気を持つものでもかなり扱いか難しい高等術式です。導引術程度の訓練では、恐らくは不可能でしょう。まあ、私はできますけれど」

 最後の方はドヤ顔だった白梅。
 それには洪氏も苦笑いをしてみるものの、彼女らしか扱えない術では仕方がないと断念するしかなかった。

「そうか。その術を誰かに授けるというのは?」
「仙人でなければ無理ですね。まあ、言葉については、私も多少は通訳としてお力は貸せますけれど、その場合は相談役は当分の間はお休みすることになりますが」
「いや、それはまずい。今の後宮の安寧については、白梅の相談所があって初めて成立しているという部分もある。白梅が来る以前の後宮は、もっと対人関係では陰湿な部分も見えていたらしい。普通に食事に毒を持っていたり、宮が違う者同士でいがみ合ってもいたからな」
「毒……ですか」
「ああ。どこから入手したのか、誰が淹れたのかもわからない。ただ、致命傷となるほどの毒性はなく、腹を下す程度のものが大半だったな」

 そのような陰湿とした後宮は、白梅の相談所が出来てからは大幅に改善されている。
 特に導引術により体内の陰気が拡散してしまっている妃妾や侍女にとっては、いまさら相談所が閉鎖されるなど考えてもいないだろう。
 それほどまでに後宮の中での白梅の立ち位置はしっかりとしたものになっている。

 もっとも、その外見故に、白梅に懸想している女官や侍女も数多く、恋文が届けられたりすると白梅も表面は笑顔で、心は苦虫を嚙み潰したような顔になってはいるのだが。

「それはまあ、私がどうこうというよりも、後宮に勤めている皆さんが気楽に相談をしてくれるからですよ。簡単な助言程度で解決するような相談も多いですし、失せもの程度ならすぐに探し当てていますから」
「そういえば、白梅の特技は占いだったな。一つ、今の後宮の状態について占ってみてくれないか?」

 また無茶ぶりをと白梅は思ったものの、彼女自身もそれには興味があった。
 それではと、白梅は懐から木札を取り出して混ぜ合わせると、それを机の上に積み重ね、一枚ずつ開いていく。

「一枚目は……狼狽する二人の人物……ああ、これは荊軻けいか高漸離こうぜんりですね。いきなりこれが来るということは、主上の暗殺を目論むものがいるということで間違いはないでしょう」

 荊軻(けいか)と高漸離(こうぜんり)の二人は、まだ華大国がこの地に建国する遥か昔、この地に存在していた鵬大国という国の皇帝を暗殺しようとしていた暗殺者である。
 腕のいい暗殺者であったものの、残念ながら皇帝暗殺は失敗に終わったという逸話が残されている。

「では、緋風フェイフェン妃が首謀者なのか?」
「まだ早いですって……二枚目は、手紙を見て涙する老人……ああ、これ、うちのくそじじいですね。では三枚目は……と」

 あっさりと二―枚目の札を机の上に置き、洪氏が何かを言いたそうにしているのを無視して三枚目を開く。

「三人の軍師が並んで書状を認めている? あ、ああ、これは停戦協定もしくは条約の締結を意味していますか。これはまた、難攻不落な札が並ぶものですねぇ」

 ポリポリと頭を掻きつつ、白梅は四枚目を開く。
 
「燃え盛る城門、あ、これ、かなりやばいです。この城門は、華大国を表していますから、かなり危険な状況に追い込まれるっていうことかもしれませんね」
「待て、一体何が……」

 何が起こるというのか? そう洪氏が問い返そうとしたとき、白梅は右手を伸ばして洪氏を制する。
 そして無言のまま最後の一枚を開き、そこに写し出されている絵を見てプッ、と噴き出してしまう。

「舞を踊る妃妾と主上……ああ、なんのことはない、この計画は失敗するのですか。いや、失敗するように誘導する必要がある?」

 札を丁寧に並べて、白梅は意識を集中する。
 5枚の札の並びと繋がりを見るように、じっと札同士の因果を読み解こうとする。
 その雰囲気に、洪氏も言葉を失い白梅を見ていることしかできない。

「暗殺は行われる……いや、できなかった。泣いているくそじじいは手紙を持っている……あ、ああ、なんだ、北夷は私の爺さんを人質にでも取ろうとしているのか。ということは、緋風フェイフェン妃は私の正体を知っている? いや、知ったことにより、私を自陣に引きこもうとするのか」

 だが、白梅の見立てでは二枚目と三枚目の因果は繋がらない。
 
「同盟……私が北夷に就くことにより、主上は北夷と和睦を結ぶ。だが、それは表向きであり、その裏では華大国を滅ぼそうと計画が進んでいる。それが火計であり、この華大国が炎に包まれる……うん、洪氏さま、ちょっとよろしいですか?」
「なんだ、占いの結果が出たのか?」

 その問いかけに白梅は頷く。

「どうやら、私の正体が北夷にばれた挙句、私は人質を取られて北夷に下ることになるようです。そこで計略を企て、華大国は炎に包まれる……という筋書きを、北夷の何物かが計画するようですが……」

 最後の一枚を指さし、白梅はにっこりと笑う。

「その計画は失敗します。緋風フェイフェン妃は主上にほだされてしまい、計画を無視して愛に溺れるかと」

 最後の言葉で、洪氏はホッと胸を撫で降ろす。
 ただ、ここまでの流れはあくまでも占いで見た結果であり、それが実際に実行されるまではどうなるか分からない。
 そして白梅は、一つだけ見落としていた。
 二枚目の涙を流す老人、その表情は悲しみではなく、必死に笑いをこらえているということに。

「つまり、どういうことだ?」
「そうですねぇ……よく分かりません」
「わからないのか!!」
「ええ、だって、私は自分が仙人であることを隠す気はありませんが、大っぴらに言い触れる気もありません。そのような状態で私の正体を知ったとして、どうやって外に連絡を取るというのですか? それと、うちのじじいたちが簡単に人質にされるはずもなく。ゆえに、この計画は破綻し、机上の空論で終わってしまう……というところでしょう」

 木札の一枚目で二人の暗殺者が狼狽しているのは、計画失敗を表しているのだろうと白梅は読み取った。故に、緋風フェイフェン妃についてはそれほど警戒する必要もなく、むしろ早く後宮に馴染ませることにより、暗殺計画などというバカげたものを忘れさせた方がよいと判断した。

「つまり、緋風フェイフェン妃たちが何かを策謀しているものの、それは失敗に終わる可能性があるということか。だが、暗殺を策謀としてるとなると、早いうちに主上に報告する必要があるが」
「まあ、占いの結果ですから。実際に起こるかどうかなんてわかりませんけれど、そもそも、主上の寵愛も受けられない今の状況で、一体だれを暗殺するというのですかねぇ」
「それについては直接問うしかあるまい。だが、白梅の占いの結果だけは何もできないが」
「ですが、対策を練ることは可能かと。ということて、ここから先は洪氏様のお仕事です。私はこれで失礼します

 丁寧に頭を下げる白梅。
 
「わかった。では、白梅はいつも通り、相談役としての職務に戻るよう。また何かあったら、すぐに報告をしてくれると助かる」
「御意」

 深々と礼をして、白梅は東廠長の部屋を後にする。
 そして洪氏は副官や後宮長を呼び出すと、緋風フェイフェン妃についての話を始めることにした。
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