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蓮介

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「なぁ、銀司。」
俺は食後のお茶を飲みながら、狭い台所で食事の後片付けをする男の後ろ姿に声をかけた。

「なんだ?蓮介。」
銀司は振り返らずに、返事だけする。

「お前、今日、機嫌悪いだろ?」
やはり振り返らないので、表情はわからないが、一瞬、答えに窮したように、押し黙る。

「そんな事ないぜ。なんで、そう思うんだ?」
しばらく間をおいて、銀司はそう答えた。

「機嫌が悪いっていうより、落ち込んでいる感じか?お前、頼介と喧嘩でもしたのか?」
そう訊くと、今度は間髪入れずに
「頼介は関係ないだろ!」
と、怒鳴られた。

図星か…。

「なぁ、銀司。お前にした事は謝るよ。だけど、お前も俺みたいな奴に構っている場合じゃないだろう?今はもう、俺達は住む世界が違うんだ。R-GUNのGINJIが、こんなくたびれたオッサンの部屋で、茶碗洗っているなんて、ファンが知ったら卒倒するぜ。」

「RAISUKEは、ライヴで歌っただけでも、ファンは卒倒するけどな。」

「話をすり替えるな。何度も言うが、もう俺達は住む世界が違うんだ。俺に構うな。自分の場所に帰れ。」

「俺の場所?どこだ?それは?」

「R-GUNに決まっているだろう。頼介のところだ。」

ここで、初めて銀司は振り返って、俺の顔を直接見た。

「頼介の傍は、お前の居場所じゃないのか?」

そう言った銀司の視線を、俺は受け止めきれず、下を向いた。

「頼介は俺を恨んでいるはずだ。」
「それはお前の勝手な思い込みだ。頼介はお前に会いたがっている。いくら俺がアニキ代わりになっても、結局、アイツはお前を求めていた。いや、実際には、俺は頼介の純粋なアニキ代わりにはなれなかった。俺はアイツの気持ちを踏みにじる想いを隠し持っている。」

「銀司?」

すると、突然、銀司は俺に顔を近付け、深く口唇を重ねてきた。

「銀司!?」

「俺は頼介を傷付ける事はしたくない。この想いを忘れるために、利用させてもらうぞ、蓮介。」

再び口唇を重ねてきた銀司は、妖艶としか言いようがなかった。

‘利用させてもらう’

その言葉で、俺はすべてを理解した。
そして、それに付け込もうと思った。

その晩、俺は銀司が身動きひとつ出来なくなるまで、その体を貪った。
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