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第4章
君の描く青が好き-5
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「え、待ってた?」
「――あっ、すみません図々しくて」
うっかり口走ってしまい、熱くなった頬を隠すために両手で口元を覆った。
「いや。結衣の本音を聞けたみたいで、嬉しいよ」
そっと先輩の方をうかがうと、さっきまでの翳りはなく、私に向かって優しく微笑んでくれていた。
もっと先輩の笑顔をそばで見ていたいな……
そんな思いが浮かぶ。
ベンチに座る私と蓮先輩の間は、子ども一人分空いていて。もう少し距離を縮めたいのに、その勇気がないのが悲しい。
そんなことをしたら、先輩、驚くだろうな。
嫌われたら困るので、もちろん実行はしない。
『好き』と伝えてみたい気もするけど、今の関係が心地よいから、まだ私だけの秘密だ。
「今度の土曜日、午後から空いてる?」
「午後ですか? 空いてます」
「良かったらピアノのコンサートに行かない? 親からチケットもらってるんだ」
「ピアノ……行ってみたいです」
ピアノのコンサートだなんて、蓮先輩らしくて妄想が広がる。
「音楽を聴いたら、結衣の絵の題材が浮かぶかなと思って」
先輩がそこまで考えてくれているなんて、細やかな気づかいが嬉しい。
「……っていうのは口実で。ただ、僕が結衣を誘いたかっただけなんだよね」
「お誘い嬉しいです……、楽しみにしてますね」
私と同じで、先輩も少しは一緒にいたいと思ってくれているのだろうか。
「僕も楽しみにしてる。――もう暗くなってきたし、帰ろうか」
先に立ち上がった先輩が、私に手を差し出した。
恐る恐る、自分の手を重ねてみる。
――今度は、何も起こらなかった。
動物園のときと違って、過去の嫌な記憶が頭に流れ込んでくることはない。
あれは、単に偶発的な出来事だったのか。
先輩に手を引かれ立ち上がったあと、すぐにその温かい手は離されてしまう。少し寂しく思いながら、先輩の隣に並んだ。
「先輩は……前に忘れられない人がいるって、部活のときに話してましたよね」
「……うん」
「それなのに私と出かけて、大丈夫なんですか? その人に誤解されるかも」
不安に思いながら隣を見上げると、先輩は小さく笑顔を作って私の目を見た。
「それは、もういいんだ。大丈夫だから、結衣は何も気にしないで」
蓮先輩がそう言うなら、忘れられない人の存在はもう、先輩の中に無くなってしまったのだろうか。
それなら……問題ないのかな、私が隣にいても。
先輩がどういうつもりで誘ってくれているのかがわからないから。
しばらくは、そばにいてもいいのかな。
先輩に誰か、好きな人が現れるまで……。
「――あっ、すみません図々しくて」
うっかり口走ってしまい、熱くなった頬を隠すために両手で口元を覆った。
「いや。結衣の本音を聞けたみたいで、嬉しいよ」
そっと先輩の方をうかがうと、さっきまでの翳りはなく、私に向かって優しく微笑んでくれていた。
もっと先輩の笑顔をそばで見ていたいな……
そんな思いが浮かぶ。
ベンチに座る私と蓮先輩の間は、子ども一人分空いていて。もう少し距離を縮めたいのに、その勇気がないのが悲しい。
そんなことをしたら、先輩、驚くだろうな。
嫌われたら困るので、もちろん実行はしない。
『好き』と伝えてみたい気もするけど、今の関係が心地よいから、まだ私だけの秘密だ。
「今度の土曜日、午後から空いてる?」
「午後ですか? 空いてます」
「良かったらピアノのコンサートに行かない? 親からチケットもらってるんだ」
「ピアノ……行ってみたいです」
ピアノのコンサートだなんて、蓮先輩らしくて妄想が広がる。
「音楽を聴いたら、結衣の絵の題材が浮かぶかなと思って」
先輩がそこまで考えてくれているなんて、細やかな気づかいが嬉しい。
「……っていうのは口実で。ただ、僕が結衣を誘いたかっただけなんだよね」
「お誘い嬉しいです……、楽しみにしてますね」
私と同じで、先輩も少しは一緒にいたいと思ってくれているのだろうか。
「僕も楽しみにしてる。――もう暗くなってきたし、帰ろうか」
先に立ち上がった先輩が、私に手を差し出した。
恐る恐る、自分の手を重ねてみる。
――今度は、何も起こらなかった。
動物園のときと違って、過去の嫌な記憶が頭に流れ込んでくることはない。
あれは、単に偶発的な出来事だったのか。
先輩に手を引かれ立ち上がったあと、すぐにその温かい手は離されてしまう。少し寂しく思いながら、先輩の隣に並んだ。
「先輩は……前に忘れられない人がいるって、部活のときに話してましたよね」
「……うん」
「それなのに私と出かけて、大丈夫なんですか? その人に誤解されるかも」
不安に思いながら隣を見上げると、先輩は小さく笑顔を作って私の目を見た。
「それは、もういいんだ。大丈夫だから、結衣は何も気にしないで」
蓮先輩がそう言うなら、忘れられない人の存在はもう、先輩の中に無くなってしまったのだろうか。
それなら……問題ないのかな、私が隣にいても。
先輩がどういうつもりで誘ってくれているのかがわからないから。
しばらくは、そばにいてもいいのかな。
先輩に誰か、好きな人が現れるまで……。
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