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第十二話……「今考えればすぐに分かるけど」
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「はい、これが『シン愛しのアイアイ』の台本と原作」
れいさんに渡されたのは、分厚い台本と、原作を二段組で印刷した同じく分厚い紙の束だった。
参考にということで、原作『愛しのアイアイ』の小説化前の『本当のオリジナル』と、それを脚本家した台本も渡された。その二つもやっぱり分厚い。
「まぁ、どっちも読むのは時間がかかるけど、時間を忘れて読めるから、疲れないで読めるよ。
それと、さっきは言わなかったけど、『愛しのアイアイ』は、私達が過去にすでに舞台化したんだよね。原作を見つけてすぐに、有名な舞台脚本家に台本を書いてもらってね」
「ここねちゃんも知っての通り、それで『モダマス』と『ペルソナライズ』は一躍有名になった」
天川くんが割って入って補足した。
「え、もしかして、『ラブユー、ユー』って『愛しのアイアイ』のことなんですか? 確かに今考えればすぐに分かるけど」
「そう。でも、この二つを読んで思った。私達は『愛しのアイアイ』の本当の面白さの十分の一も表現できてなかった。他の劇団なら百分の一だけど。大袈裟でも何でもなく」
私達の観劇デートは百分の一を見せられていたのか……。
「そこで、学校がある二人には関係ないことだけど、『シン愛しのアイアイ』と同時に、平日火曜木曜にそのオリジナルを『愛しのアイアイゼロ』として上演する。
主役二人は『ダブルキャスト』、二人一役ではあるけど、作品が違うから役者の比較にはならないし、それがあったとしても作品の比較や過去の公演との比較に吸収されるから、観客は全体の進化を実感できる。
平日は観に来られない人もいるだろうから、『千秋楽』前の金曜の夜と千秋楽前日当日の午前中にも上演。最後、『大楽』はもちろん、『シン』の方で締める。
『ゼロ』で暗い気持ちになっても、『シン』がそれを癒して、気持ちを前に進めてくれる。二つで一つの公演セットというコンセプトもある。
ちなみに、私がここねちゃんの所在を報告後、このコンセプトを考案してくれたプロデューサーから話しを聞いた時、どうにも引っかかることがあった。それで改めて『シン』と『ゼロ』の二つを読み直すと、あることに気付いて腑に落ちたんだよね。
まぁ、これは二人が読み終わった後に、ゆっくり感想会でも開いて話そうか。役者であっても、演者になる前はただの一読者でただの一ファンだからね。
私達『ペルソナライズ』は全員が作品に対して、自分が一番のファンであり、オタクであると思うぐらい、最大の熱意を持てるように読み込むことを決まりにしてる。
念のために言っておくと、読み込むっていうのは読む回数のことじゃない。理解の深さっていう意味ね。たとえ読む回数が一回でも、深く理解できるのならそれでいい。もちろん、読み合わせ前まで、その理解が間違っていてもいい。
勘違いしちゃいけないのは、読み込んで演技プランを固めるっていう意味じゃないってこと。演技が固まってしまうと、修正するだけで余計な時間がかかってしまうから。あくまで、理解だけ。
ちなみに、これについては、監督やディレクターが存在して、その指示で作品を形にしていくメディアでも同じことが言える。ドラマの俳優やアニメの声優とかね。結局、演者が考えていったプランが無駄になったりするからね。
読み合わせでは一つ一つ確認しながら、みんなで一つの方向を向く。意外に、民主主義的でしょ? だって、観るのは私達『個人』じゃない。言い換えれば、一人の意見で左右されるようなものじゃない。全員で議論して、合意する。まとまらない時は、誰かが間違っているか、原作者または脚本家が表現しきれていないということ。それをそのままにしてしまうと、その齟齬が観客に必ず伝わってしまう。
観客という『集団』、『集合体』を相手にするのなら、その人達が最も幸福であるようにしたい。言わば、『最大観客の最大幸福』。多数決じゃないから、『最大多数の最大幸福』のように少数派が無視されることはない。
これも念のために言っておくと、あくまで、舞台で演じる上でどうかっていう話。原作を大きく変えたりはしないし、良い所は絶対にそのままにする。
メディアによっては、そんな時間もお金もないんだけど、私達は時間をかけてでも最高の舞台を作りたいし、もちろんそれが売れるように考える。
ただ、『ペルソナライズ』は、すでに有名になっているから、あとは観客を失望させないような面白いものを作ればいいだけのフェイズになっている。面白いのになぜか売れないっていう最も大変なフェイズは、おかげさまで過ぎたってことね。
とは言え、手を抜くつもりは毛頭ない。その時その時で、最高の作品を考え、上演し、全てを出し切る。じゃないと、私達の『熱』も入らないからね。
あ……。ここまで語って何だけど、これあの本にほとんど書いてたよね。これを実践したのが、『ラブユー、ユー』、もとい、『愛しのアイアイ』だってことも」
「でも、そこまで細かくは書いてなかったこともあって、語った本人から聞くと、やっぱり違いますね。より理解度が増しました」
「ここねちゃんなら、一回で完璧に理解してそうだけど……。多分、いや、間違いなく、れいさんの『投影』もできるよね」
「私自身がそれを見てみたいけど、また腰を抜かしそうだから止めておくよ。それなら、『アイ』を見て腰を抜かしたい。そこにあの『アイ』がいるんだ……って」
私の答えに天川くんとれいさんが畏怖を抱いているようだったが、もう気にしないことにした。
「話が長くなっちゃったね。ということで、これからよろしく、二人とも」
『はい! よろしくお願いします!』
私と天川くんで意識的にハモって、力強い返事をした。
私達なら絶対にできる。そう信じて……。
れいさんに渡されたのは、分厚い台本と、原作を二段組で印刷した同じく分厚い紙の束だった。
参考にということで、原作『愛しのアイアイ』の小説化前の『本当のオリジナル』と、それを脚本家した台本も渡された。その二つもやっぱり分厚い。
「まぁ、どっちも読むのは時間がかかるけど、時間を忘れて読めるから、疲れないで読めるよ。
それと、さっきは言わなかったけど、『愛しのアイアイ』は、私達が過去にすでに舞台化したんだよね。原作を見つけてすぐに、有名な舞台脚本家に台本を書いてもらってね」
「ここねちゃんも知っての通り、それで『モダマス』と『ペルソナライズ』は一躍有名になった」
天川くんが割って入って補足した。
「え、もしかして、『ラブユー、ユー』って『愛しのアイアイ』のことなんですか? 確かに今考えればすぐに分かるけど」
「そう。でも、この二つを読んで思った。私達は『愛しのアイアイ』の本当の面白さの十分の一も表現できてなかった。他の劇団なら百分の一だけど。大袈裟でも何でもなく」
私達の観劇デートは百分の一を見せられていたのか……。
「そこで、学校がある二人には関係ないことだけど、『シン愛しのアイアイ』と同時に、平日火曜木曜にそのオリジナルを『愛しのアイアイゼロ』として上演する。
主役二人は『ダブルキャスト』、二人一役ではあるけど、作品が違うから役者の比較にはならないし、それがあったとしても作品の比較や過去の公演との比較に吸収されるから、観客は全体の進化を実感できる。
平日は観に来られない人もいるだろうから、『千秋楽』前の金曜の夜と千秋楽前日当日の午前中にも上演。最後、『大楽』はもちろん、『シン』の方で締める。
『ゼロ』で暗い気持ちになっても、『シン』がそれを癒して、気持ちを前に進めてくれる。二つで一つの公演セットというコンセプトもある。
ちなみに、私がここねちゃんの所在を報告後、このコンセプトを考案してくれたプロデューサーから話しを聞いた時、どうにも引っかかることがあった。それで改めて『シン』と『ゼロ』の二つを読み直すと、あることに気付いて腑に落ちたんだよね。
まぁ、これは二人が読み終わった後に、ゆっくり感想会でも開いて話そうか。役者であっても、演者になる前はただの一読者でただの一ファンだからね。
私達『ペルソナライズ』は全員が作品に対して、自分が一番のファンであり、オタクであると思うぐらい、最大の熱意を持てるように読み込むことを決まりにしてる。
念のために言っておくと、読み込むっていうのは読む回数のことじゃない。理解の深さっていう意味ね。たとえ読む回数が一回でも、深く理解できるのならそれでいい。もちろん、読み合わせ前まで、その理解が間違っていてもいい。
勘違いしちゃいけないのは、読み込んで演技プランを固めるっていう意味じゃないってこと。演技が固まってしまうと、修正するだけで余計な時間がかかってしまうから。あくまで、理解だけ。
ちなみに、これについては、監督やディレクターが存在して、その指示で作品を形にしていくメディアでも同じことが言える。ドラマの俳優やアニメの声優とかね。結局、演者が考えていったプランが無駄になったりするからね。
読み合わせでは一つ一つ確認しながら、みんなで一つの方向を向く。意外に、民主主義的でしょ? だって、観るのは私達『個人』じゃない。言い換えれば、一人の意見で左右されるようなものじゃない。全員で議論して、合意する。まとまらない時は、誰かが間違っているか、原作者または脚本家が表現しきれていないということ。それをそのままにしてしまうと、その齟齬が観客に必ず伝わってしまう。
観客という『集団』、『集合体』を相手にするのなら、その人達が最も幸福であるようにしたい。言わば、『最大観客の最大幸福』。多数決じゃないから、『最大多数の最大幸福』のように少数派が無視されることはない。
これも念のために言っておくと、あくまで、舞台で演じる上でどうかっていう話。原作を大きく変えたりはしないし、良い所は絶対にそのままにする。
メディアによっては、そんな時間もお金もないんだけど、私達は時間をかけてでも最高の舞台を作りたいし、もちろんそれが売れるように考える。
ただ、『ペルソナライズ』は、すでに有名になっているから、あとは観客を失望させないような面白いものを作ればいいだけのフェイズになっている。面白いのになぜか売れないっていう最も大変なフェイズは、おかげさまで過ぎたってことね。
とは言え、手を抜くつもりは毛頭ない。その時その時で、最高の作品を考え、上演し、全てを出し切る。じゃないと、私達の『熱』も入らないからね。
あ……。ここまで語って何だけど、これあの本にほとんど書いてたよね。これを実践したのが、『ラブユー、ユー』、もとい、『愛しのアイアイ』だってことも」
「でも、そこまで細かくは書いてなかったこともあって、語った本人から聞くと、やっぱり違いますね。より理解度が増しました」
「ここねちゃんなら、一回で完璧に理解してそうだけど……。多分、いや、間違いなく、れいさんの『投影』もできるよね」
「私自身がそれを見てみたいけど、また腰を抜かしそうだから止めておくよ。それなら、『アイ』を見て腰を抜かしたい。そこにあの『アイ』がいるんだ……って」
私の答えに天川くんとれいさんが畏怖を抱いているようだったが、もう気にしないことにした。
「話が長くなっちゃったね。ということで、これからよろしく、二人とも」
『はい! よろしくお願いします!』
私と天川くんで意識的にハモって、力強い返事をした。
私達なら絶対にできる。そう信じて……。
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