ソウルウォーク ★魔都

神嘗 歪

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三章:一戦目【駅の中のアリス】

「黙って見ていろ。」

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無言で見ていた岩木先生は、そんな真竹に「黙って見ていろ」とでも言うように、自らの口に人差し指を当てた。

「っ…?」

刀夜が怒られないことにホッとするも、いつもならこういったいざこざを速攻で止めにはいるはずの岩木先生が、複雑な表情を浮かべたまま押し黙る姿に真竹は不安を覚える。

(……でも。)

真竹は岩木先生から刀夜に視線を戻した。

(こんな先輩、初めて見る。……先生も戸惑っているのかもしれない…。)

その刀夜は…。



「山田くん…。本当に剣道部に『何しに来たの?』『何がしたいの?』」

膝をついた雪人を見下ろす刀夜。今度は手など伸ばさない。あの柔らかい笑みも無い。ただただ冷たく無表情で問う。

けれど雪人はそれに答える代わりに落とした竹刀に手を伸ばし、拾って反撃しようとした………が。

「ッ!」

掴んだ竹刀、刀夜に向けられたその先が小刻みに震えている…。雪人の顔が更なる痛みに歪む…。良く見れば雪人の右手首が赤く腫れ上がっている。

先ほど刀夜は股を攻撃する前に、雪人の右手首を叩き落とした。あれは雪人の懐に入り、股の攻撃を通すためのものだと思っていたが、どうやらスピードや力を殺すだけではなく、たった一手で攻撃力すらも封じたようだ。

たぶん今の雪人は、竹刀を持つのもやっとの状態だろう。

だがこんなときでも、雪人は不敵な笑みを浮かべた。

「その問い、そのままそっくり返すぜ岡田。お前こそ、何で『本気でもねぇ、剣道をやってんだ?』」

雪人の問い返しに、無表情だった刀夜の顔が動揺に揺らいだ。

「………俺は、本気だッ!」

刀夜の心の中に燻る残り火に、雪人という『煽り』という風が吹き込む。チラチラ赤く点滅する程度の燃え残りが、煽られることで火の形を形成しつつある。

「…へ~ぇ。」

すると雪人は、腫れた右手から左手に竹刀を瞬時に持ち変えた。そして痛む右足ではなく、こちらも左足で短距離走のスタートダッシュのように踏み込むと、刀夜の左胸目掛けて突きを打ち込むッ。

右足の踏み込みから比べればスピードは劣る。けど、それをカバーするだけの全力の馬鹿力を左足にかけた。

だが……どう足掻いても、やはりその攻撃は正規なモノと比べれば遅い…。目を細め、雪人の攻撃を捉えた刀夜。

後退しながら体を捻って避けようとした刀夜だったが…。

「ッ。」

……みぞおちに激痛が走った。

あの時の雪人の不意打ちが、まだ皮膚奥深くにある臓器に蓄積されているような重い痛み。体が強張る。そのことで少しだけ体の捻りが遅れた。

雪人の竹刀の先は、狙った左胸……とはいかなかったものの肩を鋭くかすめる。

どうやら、動きを弱体化させたのは雪人も同じだったようだ。

そこから二人の打ち合いの開始となった。

雪人は足が片方やられたことにより、防御を捨て力業による攻撃重視。反対に刀夜はその力業を受け流しながらも、スキあらばすぐに攻撃に転じる。

この闘い、一見刀夜が圧勝に見える。ただ受け流されているその雪人の攻撃も、もう一度まともに食らえば、すぐさま状況は逆転するだろう。

……一瞬でも気が抜けない。

周りの部員たちは、その凄まじい攻防に止めることも加勢することもできない。

呆然と見る集団のなかで、真竹がある『異変』に気づく。
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