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三章:一戦目【駅の中のアリス】
「いいぜ。」
しおりを挟むドコンッッ!!
派手な音とともに、横一回転して雪人が道場の壁に激突する。
部員たちが固まっていたすぐ横だったため、驚いた女子部員が「キャァ!」と短い悲鳴をあげた。
「……俺の勝ちだね。気が済んだ?山田くん。」
腹に一発。激突時に尾てい骨を強打した雪人は、痛みに顔を歪ませながら声の方向に顔を上げる。
そこには、さっきまで激闘を繰り広げたと思えないほど涼やかな笑みで聞く刀夜が立っていた。
「佐々木先輩が言った通り、「今後この道場には来ない」と約束してくれるかな?」
雪人刀向けての夜の投げかけに、そこにいた部員たちは「聞くだけ無駄だろう」と思う。
こんな傍若無人なことをしでかすようなヤツだ。いくら負けたからって、人の意見なんか聞く耳を持つとは思えなかった。
……が。
「いいぜ。」
(……………………………………はっ???)
あまりにすんなり受け入れた雪人の返答。その場にいた人間が思わず目が点になった。
言った本人の刀夜でさえ、少し驚いている。
だが、雪人の口が続けて動き出した。
「その代わり…。」
続きの冒頭を聞いた部員たちが「ああ、やっぱり。」と思った。受け入れたフリをしただけで、絶対裏があるのだと。
確かにそうなのだが、その裏は更に斜め上をいくものだった。
「お前も、剣道部を辞めるってことでっ♪」
「……………
………………
…………………ハアァァァッッ?!」
( × その場、全員。)
さっきよりも長い間の後、皆が一斉にハモった。そしてそのまま、呆然と開いた口が塞がらなくなった。
雪人は「イタタタッ。」と言いながら上半身を起こす。そこへハッと我に返った刀夜が、大混乱の表情で詰め寄った。
「なっ、何でっ、そうなるッ??!」
「いやだって、お前が剣道部やってちゃ、俺と遊ぶ時間がなくなるだろうがっ。」
「なにを当たり前のことを聞いてるんだ?」と言わんばかりの雪人の顔。真剣に闘い合っていたのを忘れてしまったのように。
「遊ぶって……。」
もう自分は、刀夜のダチかのように。
「俺は…。」
刀夜の言葉が途切れる。チラリと、自分が戦う理由となった部員たちを見る。
皆、刀夜を見る目が少し変わったような気がする。……特に佐々木先輩が。
「剣道部を辞めるわけないじゃないか。」と言ってしまえばいいのに言い切れない。
そこへ雪人が…。
「もう『俺以上に』、剣道部をやる『理由』はないだろっ。」
…と、今の中途半端な刀夜の気持ちを一刀両断するような一言を投げた。
「ッ!?」
突風が胸のなかに吹き込んだ……ような感覚。
大きく見開く刀夜の目。
声には出さないものの、心が決まってしまった。
そこへ…。
ゴンッ!! ゴンッ!!
時間差で鈍く重い音が道場に鳴り響く。
二回なったうちの二回目の方で、刀夜の脳天に激痛が走った。
これは雪人が鳩尾に打ち込んできたときより、もっとずっと痛い。思わずその脳天を押さえて、悶えながら座り込んでしまうほどだ。
雪人も同様に頭を押さえて床の上に転がると、足をジタバタさせて悶絶している。
そんな二人を、特大の怒りマークを点灯させた岩木先生が見下ろしていた。
どうやら二人の脳天の痛みの原因は、岩木先生のゲンコツのようだ。
その岩木先生は、不動明王のような顔で…。
「お前たち。これからすぐに指導室なッ。」
…と言った。
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