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義父・聿 夏生 と 義兄・聿 巡壱

聿 夏生と雫の出会い

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ーー…病院内の病室。



「…ッ???…」
(…誰?)

 ベッドの横に座る見知らぬ男性に、バッと反射的に上半身を起こして身構える雫。すると、男性の横から見知った顔が割り込むように現れた。

「雫ちゃん! よかった! 気がついたんだね」

「鮫嶋さん…!」

 鮫嶋だと分かったとたん、ホッと全身の力が一気に抜けた。
 いきなり鮫嶋が雫に向かって「すまなかった!」と、前にあった掛け布団に顔が付きそうなぐらい頭を下げる。
 そして下げたまま…。

「三ヶ月以上、雫ちゃんに怖い思いをさせてしまった。君のお父さんに申し訳がたたない!」

 …と心から謝罪する。

「そんなに謝らないで。鮫嶋さんが助けてくれなかったら、どうなっていたか…」

 本当に、どうなっていたか…。
 雫は自分の首を触った。そこには自分では見えないが、まだくっきり絞められた痕が残っている。
 あの光景を思い出すだけで、今でも絞められているような息苦しさを感じる。

「いや…違うんだ。正確には俺が助けたわけじゃない」

 ここでやっと鮫嶋が頭を上げるが、顔は申し訳なさそうにしかめたままだ。雫は「え?」と聞き返す。

「経緯を説明する前に、雫ちゃんに此方の人を紹介するね」

すると鮫嶋は座っていた位置をずらして、その人を雫から見えやすいようにした。

「改めて。初めまして、雫さん。私は、聿 夏生といいます。貴女のお父さん…冬久さんの知人です」

 そう夏生は自分の胸に右手を当てて、ニコリと微笑んだ。
 年は六十代前半。長頭部の一部に少しだけグレーがかった黒髪が残っているものの、あとはサラサラな白髪を七三に分けている。それと特徴的な丸眼に切れ長な目。顔も体もほっそりと長いイメージだ。
 鏡鮫嶋のときとは違う。「まったく見覚えがない…」。その思いが雫の表情に滲む。
 夏生もそれを汲み取ったようで…。

「知らないのも無理もない。私は最近まで海外にいましたから。それに「知人」といっても最初に貴女のお父さんに会ったのは、貴女のお父さんがまだ学生の頃の話で、最後に会ったのも貴女が生まれる前の話です」

 …と微笑みを絶やさず、ゆっくりした口調で説明する。

「…………お父さんの学生のとき?……ということは、お父さんの先生だった…ですか?」

 オズオズと上目遣いで、思ったことをそのまま口にする雫。それを聞いた横の鮫島が驚き、当の夏生も微笑みを強くした。

「正解です。少しのあいだですが、昔ここ日本で教鞭を取っていたことがありました。その時の生徒に貴女のお父さんがいました。それにしても、よく私の昔の経歴が分かりましたね?」

「…な、なんとなく…。年がお父さんと違い過ぎるし、雰囲気が…」 

 ここで一旦雫の言葉が止まり、視線が夏生の容姿全体を再確認するように見回す。

「…スゴく、先生ぽい」

 なんともフワッとした言い方だが、子供の雫には大人を納得させるほどの説明力はない。
 ただ夏生の体型・口調が、雫のまだ十年そこそこの人生で見知った大人たちの職種という狭い枠ながら、当てはまりそうなのが「先生」だったのだ。
 夏生は、優れた生徒を見つけた教師のような眼差しで雫を見つめる。

「そういう洞察力の鋭いところ、お父さんにソックリですね」

「本当っ?!」

 思わず夏生の、その言葉が嬉しくって声を張上げる雫。
 そして、そんな二人を横で鮫嶋は思った。
 確かに、父親の冬久と娘の雫の思考は似ている。長く刑事の冬久とバディを組んでいた鮫嶋だから、前回の入院時に雫と会話してそれを実感した。
 けれどそれは夏生と冬久にも当てはまった。
 夏生と会ってまだ三日しか経っていないが、その間まるで先輩刑事であった冬久と一緒にいるようだった。
 いや、夏生の言っていることが本当なら、教え子の冬久のほうが夏生に似たということか…。だとすればこの聿 夏生という人間は、尊敬する先輩刑事に多大な影響を与えた人物となる。
 けれど、だからと言って夏生を全面的に信用するわけにはいかなかった。

「…雫ちゃん。自己紹介も終わったところで、本題に入っていいか?」

 打ち解けた二人を見ていた鮫島は、一度目を瞑るとゆっくりを開きながら話を差し込む。
 雫はハッとして「はい」と返事し、夏生も話の主導権を鮫島に返すかのように口をつぐんだ。

「それじゃあ。今回、雫ちゃんが見つかるまでの経緯だが…」

 そう切り出した鮫島の脳裏には、三日前の夜、道の端で雫の家を見上げながら佇む夏生の姿が思い出されていた……。





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