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番外編1 突然の名前
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私、石田紗菜には先天的な病気があって、幼い頃から薬を飲む生活だった。
それによって病状は進行せず、中学校に上がる頃には快癒と診断を受けた。
だけど、その薬には副作用があったのだ。それは太ることと、毛深くなること。
高等学校に上がる頃には、毛深さはなくなったが、太ってしまった体は痩せることなど難しかった。それは私が怠惰だったのかもしれないけど。
155cmで100kgといえば、どんな体型か想像できるだろうか? まるで釣鐘。大きな体にちょこんと頭。
当然こんな体型では青春など送れない。友だちもいない。自信もない。やる気も出ない。希望もない。私に出来ることは勉強だけ。
どちらかといえば、いじめられっ子だったのだろう。表立っての強烈なのはなかったが、軽いシカトや、持ったプリントを摘ままれて運ばれるなんてことはザラにあった。
湿ってるとか、臭いなんかの暴言もすれ違いざまの男子に言われることもあった。
当然抵抗できるわけもない。その結果、私の性格は暗く、落ち込みやすく、部屋に籠もりがちになった。
そんな私も運良く市役所に就職できた。人の嫌がるお茶くみ、コピー、窓口でのクレーム対応、やれることはなんでもやった。
だけど人間関係。これだけが辛かった。
何もしてないにも関わらず、私のせいにされたり、お前のせいで市民が通路をすれ違えないなんていじわるも言われた。
程度の低いいじめにも、私には抵抗することができず、ただ怖くて震えていた。
バレンタインデー。課内の女性職員たちは男性職員に義理チョコを配っていたが、私には縁がないこと。
そんなことをして、逆にゴミ箱に捨てられたらショックが大きい。気配を消すのが一番いい。
こんな日はとても恨めしい。街中は恋一色で、私だけその雰囲気に入れない。
早く家に帰って、父と酒でも飲もうと思ってたけど、なぜかその日に限って賑やかな居酒屋に。
それは暗い自分に、明るい免疫をつけたかったのかもしれないし、何かに導かれたのかもしれない。
私はカウンターの隅っこに座って、軽く梅酒ロックを飲みつつ食事をとった。
やはりそこは華やかな場所だった。私は、酒に酔ってだらしなくそこに眠ってしまっていた。
「お客さん。困りますよ」
目を覚ますと、男性店員に揺り起こされていた。本当に迷惑そうな顔。
私はどこに行っても居場所がないんだと哀しくなりながら、会計を済ませた。
外に出ると、2月の空気が酔った体に心地よかった。
「はぁ。今日も辛い一日だった。明日は火曜日じゃない。また仕事だわ。早く帰らないと」
普段なら避けて通る、暗い駅までの路地になぜか足を向けている自分がいた。
酔い覚ましをしたかったのか、遠回りをして明日の辛さを誤魔化したかったのかは分からない。
だけどそこには、少し降ってきた雪の中に眠っている男の人がいた。
そのまま寝てしまっては凍死してしまうかもしれない。だからといって、自分が声をかけて、無碍に扱われるのも怖かった。
私は一度そこを通り過ぎる。
雪の上には私の足跡だけ。時計を見れば23時55分だった。
このバレンタインの夜、誰にもチョコを贈らなかった自分が、罵倒されたとしても少しだけ優しさの贈り物をしてあげてもいいんじゃないかと思い聞かせ、その男の人の元へと走った。
「起きて下さい。大丈夫ですか?」
声をかけて揺り起こすものの、その人はいい夢を見ているのか、私の手を弾いてニヤついてまた眠りだした。
若干イラついた私は、さらに声を上げて彼を揺り起こした。
「もしもし! 大丈夫ですか? もしもし!」
すると、その人の目が見開き、私の顔を見るなり叫んだ。
「紗菜!」
「え?」
自分の名前を言われて固まる。なんだろうこの人は。普通であれば気持ち悪いと思うかも知れないが、私の中で、運命の人に会ったという気持ちがそれを勝った。
その人は、しばらく辺りをキョロキョロと見回していたが時計を見ると立ち上がった。
「紗菜を探さないと」
「え?」
その人は、紗菜という私と同名の人を探しているようだったが、当然私のことなど眼中にない。
でも私は運命を感じてしまった。駅に向かって走ろうとしている彼を呼び止めたのだ。
「あの!」
「なにか!?」
その言葉はとても素っ気なく、苛立っていることを感じた。だけど私も紗菜だ。彼の探している人とは違うかもしれない。
でも彼が探しているのは私かも──。少しの期待を込めて、私は彼に言い放った。
「あの……。紗菜は私です。石田……紗菜です」
「え? 紗菜?」
その人の目が大きく見開かれるのが分かる。私は、気迫に負けて一歩後ずさってしまったが、彼は大きく手を広げて肉塊のような私を抱きしめてきた。
「え? 紗菜? やった!! やった! 紗菜だ! 紗菜に会えた!!」
正直、頭が混乱した。この人はひょっとしたらストーカーで私のことを調べてここで待ち伏せしたのかもと下世話なことまで頭をかすめたが、頼り甲斐のある胸の中に心地よさを感じていた。
しかし、このままではいけないと、その胸を押したのだ。
「あ、あのう。困ります」
「あ、ご、ゴメン! ……なさい」
本当に謝罪している。でもこんなデブな私の顔をまじまじと観察した後で直立不動の姿勢をとった。
「紗菜さん!」
「あ、は、はい……」
「もしよかったら、今度、デートしてもらえませんか?」
「え? あの……喜んで……」
彼はすぐさまスマホを出してきた。
「あの。連絡先を」
「あ、は、はい」
私は彼に電話番号と、トークアプリのIDを教えた。彼は満足そうに微笑んだ。
「あのぅ、紗菜さん?」
「な、なんでしょう」
「今って彼とかは……」
「そんな。いませんよ」
それにも彼はガッツポーズをとっていた。正直可愛いと思った。
それによって病状は進行せず、中学校に上がる頃には快癒と診断を受けた。
だけど、その薬には副作用があったのだ。それは太ることと、毛深くなること。
高等学校に上がる頃には、毛深さはなくなったが、太ってしまった体は痩せることなど難しかった。それは私が怠惰だったのかもしれないけど。
155cmで100kgといえば、どんな体型か想像できるだろうか? まるで釣鐘。大きな体にちょこんと頭。
当然こんな体型では青春など送れない。友だちもいない。自信もない。やる気も出ない。希望もない。私に出来ることは勉強だけ。
どちらかといえば、いじめられっ子だったのだろう。表立っての強烈なのはなかったが、軽いシカトや、持ったプリントを摘ままれて運ばれるなんてことはザラにあった。
湿ってるとか、臭いなんかの暴言もすれ違いざまの男子に言われることもあった。
当然抵抗できるわけもない。その結果、私の性格は暗く、落ち込みやすく、部屋に籠もりがちになった。
そんな私も運良く市役所に就職できた。人の嫌がるお茶くみ、コピー、窓口でのクレーム対応、やれることはなんでもやった。
だけど人間関係。これだけが辛かった。
何もしてないにも関わらず、私のせいにされたり、お前のせいで市民が通路をすれ違えないなんていじわるも言われた。
程度の低いいじめにも、私には抵抗することができず、ただ怖くて震えていた。
バレンタインデー。課内の女性職員たちは男性職員に義理チョコを配っていたが、私には縁がないこと。
そんなことをして、逆にゴミ箱に捨てられたらショックが大きい。気配を消すのが一番いい。
こんな日はとても恨めしい。街中は恋一色で、私だけその雰囲気に入れない。
早く家に帰って、父と酒でも飲もうと思ってたけど、なぜかその日に限って賑やかな居酒屋に。
それは暗い自分に、明るい免疫をつけたかったのかもしれないし、何かに導かれたのかもしれない。
私はカウンターの隅っこに座って、軽く梅酒ロックを飲みつつ食事をとった。
やはりそこは華やかな場所だった。私は、酒に酔ってだらしなくそこに眠ってしまっていた。
「お客さん。困りますよ」
目を覚ますと、男性店員に揺り起こされていた。本当に迷惑そうな顔。
私はどこに行っても居場所がないんだと哀しくなりながら、会計を済ませた。
外に出ると、2月の空気が酔った体に心地よかった。
「はぁ。今日も辛い一日だった。明日は火曜日じゃない。また仕事だわ。早く帰らないと」
普段なら避けて通る、暗い駅までの路地になぜか足を向けている自分がいた。
酔い覚ましをしたかったのか、遠回りをして明日の辛さを誤魔化したかったのかは分からない。
だけどそこには、少し降ってきた雪の中に眠っている男の人がいた。
そのまま寝てしまっては凍死してしまうかもしれない。だからといって、自分が声をかけて、無碍に扱われるのも怖かった。
私は一度そこを通り過ぎる。
雪の上には私の足跡だけ。時計を見れば23時55分だった。
このバレンタインの夜、誰にもチョコを贈らなかった自分が、罵倒されたとしても少しだけ優しさの贈り物をしてあげてもいいんじゃないかと思い聞かせ、その男の人の元へと走った。
「起きて下さい。大丈夫ですか?」
声をかけて揺り起こすものの、その人はいい夢を見ているのか、私の手を弾いてニヤついてまた眠りだした。
若干イラついた私は、さらに声を上げて彼を揺り起こした。
「もしもし! 大丈夫ですか? もしもし!」
すると、その人の目が見開き、私の顔を見るなり叫んだ。
「紗菜!」
「え?」
自分の名前を言われて固まる。なんだろうこの人は。普通であれば気持ち悪いと思うかも知れないが、私の中で、運命の人に会ったという気持ちがそれを勝った。
その人は、しばらく辺りをキョロキョロと見回していたが時計を見ると立ち上がった。
「紗菜を探さないと」
「え?」
その人は、紗菜という私と同名の人を探しているようだったが、当然私のことなど眼中にない。
でも私は運命を感じてしまった。駅に向かって走ろうとしている彼を呼び止めたのだ。
「あの!」
「なにか!?」
その言葉はとても素っ気なく、苛立っていることを感じた。だけど私も紗菜だ。彼の探している人とは違うかもしれない。
でも彼が探しているのは私かも──。少しの期待を込めて、私は彼に言い放った。
「あの……。紗菜は私です。石田……紗菜です」
「え? 紗菜?」
その人の目が大きく見開かれるのが分かる。私は、気迫に負けて一歩後ずさってしまったが、彼は大きく手を広げて肉塊のような私を抱きしめてきた。
「え? 紗菜? やった!! やった! 紗菜だ! 紗菜に会えた!!」
正直、頭が混乱した。この人はひょっとしたらストーカーで私のことを調べてここで待ち伏せしたのかもと下世話なことまで頭をかすめたが、頼り甲斐のある胸の中に心地よさを感じていた。
しかし、このままではいけないと、その胸を押したのだ。
「あ、あのう。困ります」
「あ、ご、ゴメン! ……なさい」
本当に謝罪している。でもこんなデブな私の顔をまじまじと観察した後で直立不動の姿勢をとった。
「紗菜さん!」
「あ、は、はい……」
「もしよかったら、今度、デートしてもらえませんか?」
「え? あの……喜んで……」
彼はすぐさまスマホを出してきた。
「あの。連絡先を」
「あ、は、はい」
私は彼に電話番号と、トークアプリのIDを教えた。彼は満足そうに微笑んだ。
「あのぅ、紗菜さん?」
「な、なんでしょう」
「今って彼とかは……」
「そんな。いませんよ」
それにも彼はガッツポーズをとっていた。正直可愛いと思った。
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