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第65話 映画のお誘い
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彩は、鈴に熱があったことなど知らず、その日も独身寮で細やかに動き回っていた。
夕飯の時間に寮に住まう者たちが彩の料理を食べようとこぞって食堂にやって来た。
麻婆豆腐と春雨サラダ、中華スープのメニューに舌つづみを打つ。
「いやー! アヤちゃんはいいお嫁さんになれるよ!」
と事情を知らない男に調子よく叫ばれたが、いいお嫁さんを失脚したことを思い出し、苦笑しながら黙って食器を洗っていた。
そんなこととは知らない男たちは、いい格好をしようと口々に彩を褒め称えた。
「ありがとうございまーす」
彩はそう返すしかなかった。食堂の食器渡しカウンターの前に立ち、彩に話し掛ける男。それは矢間原だった。
「アヤさん、今度映画見に行きません? チケット貰ったんで」
彩は食器を洗いながら断った。
「いえ。いけませんので」
前と同じ返答。しかも他の寮に住まう者たちの前で大胆な誘い。
他の男たちは矢間原の積極的な行動を口を開けて眺めていた。
「そう? 面白いよ。ピッピ船長3」
彩の動きが止まる。そして顔を上げるとそこには矢間原が出したチケットがあった。
名刺サイズほどのチケットだがピッピ船長の顔が大きくデザインされていた。思わずそれを掴み込んでしまう彩。
鷹也の好きだった映画だ。
大学生時代、三度も映画館に足を運んだ作品だった。
もともと悪役だが本編から離れ主役となりスピンオフで宝探しをする映画だ。
コミカルなコメディ映画。子分たちもひと癖もふた癖もあるヤツばかり。そこもこの映画の魅力の一つなのだ。
二人で大笑いしながら見たことを思い出していた。
あまりに食い入るように眺めているので、矢間原はそのままにして食堂の入り口まで来て振り返った。
「アヤさん、それ差し上げますんで」
「あ、ちょっと」
そう言ったが遅かった。矢間原はすでに階段を上っていってしまった。
「これ……どうしよう……。タカちゃんの好きだった映画……」
彩は残された映画のチケットを眺めながらひとりごとを言った後、それをエプロンのポケットにしまい込んでまた食器洗いを始めた。
いかない。別な男となどと。
そう思いながら、ついつい買い物の途中、映画館の前で開演時間を調べている自分がいた。
公開始まったばかりなので、一日に何度も開演時間がある。
いかないと思っていても、うれしそうにフゥとため息を吐いた。
「興味あるみたいですね」
振り返ると矢間原だった。
彩は慌てて取り繕うとしたが、もう取りつくれる状況ではなかった。
赤い顔をしてうつむきながら答えた。
「はい……」
「面白いみたいですよ。前作、前々作よりも」
「前々作は……前の夫と見たんです」
矢間原は驚いた。清楚な男も知らない女だと思っていたが結婚して離婚していたなんて。
「大学時代面白すぎて三回も見ました。彼、大好きだったんですよ」
「へ、へー」
矢間原の頭の中は大混乱。
だが、屈託もなくにこやかに笑う彩に、矢間原も笑い返した。
「そんな私でもよかったら。友達として見てもよいなら、一緒に映画見させてもらいたいです」
「あ、あ、あ、も、もちろん! 一緒に行きましょう!」
「ふふ」
約束は決まり、平日の仕事が終わってから夜に見に行こうと決まった。
その約束は独身寮の男たちにも広まった。
そして、彩がバツイチと言うことも。
だが誰も彩を白い目で見ようとはしなかった。
むしろ、今はフリーだということが分かり、誰にもチャンスがあると、矢間原のようにみんなの前で誘うなら問題ないとデートの計画を練り始めたのであった。
夕飯の時間に寮に住まう者たちが彩の料理を食べようとこぞって食堂にやって来た。
麻婆豆腐と春雨サラダ、中華スープのメニューに舌つづみを打つ。
「いやー! アヤちゃんはいいお嫁さんになれるよ!」
と事情を知らない男に調子よく叫ばれたが、いいお嫁さんを失脚したことを思い出し、苦笑しながら黙って食器を洗っていた。
そんなこととは知らない男たちは、いい格好をしようと口々に彩を褒め称えた。
「ありがとうございまーす」
彩はそう返すしかなかった。食堂の食器渡しカウンターの前に立ち、彩に話し掛ける男。それは矢間原だった。
「アヤさん、今度映画見に行きません? チケット貰ったんで」
彩は食器を洗いながら断った。
「いえ。いけませんので」
前と同じ返答。しかも他の寮に住まう者たちの前で大胆な誘い。
他の男たちは矢間原の積極的な行動を口を開けて眺めていた。
「そう? 面白いよ。ピッピ船長3」
彩の動きが止まる。そして顔を上げるとそこには矢間原が出したチケットがあった。
名刺サイズほどのチケットだがピッピ船長の顔が大きくデザインされていた。思わずそれを掴み込んでしまう彩。
鷹也の好きだった映画だ。
大学生時代、三度も映画館に足を運んだ作品だった。
もともと悪役だが本編から離れ主役となりスピンオフで宝探しをする映画だ。
コミカルなコメディ映画。子分たちもひと癖もふた癖もあるヤツばかり。そこもこの映画の魅力の一つなのだ。
二人で大笑いしながら見たことを思い出していた。
あまりに食い入るように眺めているので、矢間原はそのままにして食堂の入り口まで来て振り返った。
「アヤさん、それ差し上げますんで」
「あ、ちょっと」
そう言ったが遅かった。矢間原はすでに階段を上っていってしまった。
「これ……どうしよう……。タカちゃんの好きだった映画……」
彩は残された映画のチケットを眺めながらひとりごとを言った後、それをエプロンのポケットにしまい込んでまた食器洗いを始めた。
いかない。別な男となどと。
そう思いながら、ついつい買い物の途中、映画館の前で開演時間を調べている自分がいた。
公開始まったばかりなので、一日に何度も開演時間がある。
いかないと思っていても、うれしそうにフゥとため息を吐いた。
「興味あるみたいですね」
振り返ると矢間原だった。
彩は慌てて取り繕うとしたが、もう取りつくれる状況ではなかった。
赤い顔をしてうつむきながら答えた。
「はい……」
「面白いみたいですよ。前作、前々作よりも」
「前々作は……前の夫と見たんです」
矢間原は驚いた。清楚な男も知らない女だと思っていたが結婚して離婚していたなんて。
「大学時代面白すぎて三回も見ました。彼、大好きだったんですよ」
「へ、へー」
矢間原の頭の中は大混乱。
だが、屈託もなくにこやかに笑う彩に、矢間原も笑い返した。
「そんな私でもよかったら。友達として見てもよいなら、一緒に映画見させてもらいたいです」
「あ、あ、あ、も、もちろん! 一緒に行きましょう!」
「ふふ」
約束は決まり、平日の仕事が終わってから夜に見に行こうと決まった。
その約束は独身寮の男たちにも広まった。
そして、彩がバツイチと言うことも。
だが誰も彩を白い目で見ようとはしなかった。
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