ずっと君のこと ──妻の不倫

第75話 攻守交代

「フッ」

彩が笑い出す。
西丘は覚悟を決めて自分の人生を悟ったのだと思った。
もしくは心が壊れてしまったのかと。
だが違った。

「元ダンナから何も聞いてないの？　それでも本当に探偵？」
「はぁ？　なんだその口の聞き方は」

「とんだ慌てん坊の寝坊助だわ。私を抱きたいなら好きにすればいい」

西丘は「好きにすればいい」との言葉に思い通りになったと思ったが、話し方が気に入らなかった。

「オイ！　お前はオレの奴隷になるんだよ。なんなんだその口の聞き方は。それともその口を塞いで欲しいのか？」

彩に駆け寄って腕を押さえつけたが、彩は特に抵抗はしなかった。

「私が元ダンナに離婚されて追い出された理由。それは浮気して性病持ちの女になったからよ。分泌液から感染する。アンタが掴んだ手。汗からも感染するのかも」

西丘は驚いて手を放し、その手をズボンに擦り付けながら後ずさった。

「冗談よ。まさか汗から感染するわけない。だけどどう転んだって性交すれば避妊具を付けようが何しようが何かしらで感染する。それでもよければどうぞ。ホテルでも草むらでも車の中でも好きなところですればいいわ。別に死にはしないよ。いや第四期くらいになれば死ぬのかも？」

彩は性病の質を別なものに置き換えたが別に構わないと思った。
この汚らわしい考えの男が目の前から消え去るのならば。

実際のところ、彩のクラミジアは薬によって完治していた。
だが、目の前にいる西丘。
こんな男の自由にされたくない。
その為の捨て身の戦略であった。

「それに、慰謝料も養育費も元の家族が受け取る正当の権利よ！　娘の為に母親なら当然払うわよ。どうぞここにいると報告して頂戴。あなたが金策を心配しなくたって、こっちはどうにかして支払うわよ」

西丘は彩から圧倒的な威圧感を感じた。思わずさらに二歩ほど後退してしまった。

「く、クソ！」

西丘は負け惜しみの言葉を叫びながら、彩に背中を向けて逃げるように去って行った。