上 下
1 / 1

あなただけのレイディオのお時間です

しおりを挟む
「はぁ……」

 学校からの帰り道、ため息をついた。陰ながら思いを寄せていた砥川とがわくんが、私の友達の唯南ゆいなと付き合っていたのだ。ダメージが大きかった。そりゃ唯南はかわいいけどさ。よりによってその二人だなんて。
 お陰さまをもちまして成績も芳しくない。唯南とも顔合わせづらいし、今までしていた砥川くんとの挨拶もぎこちなくなってしまった。
 これじゃ二人に今までの思いを知られちゃうかもしれない。ダサ。そんなの嫌だ。

「ん?」

 私はふと足を止めた。

 いつも通りの帰り道のはずなのに。

「あれ、ここって建物あったっけ?」

 見覚えのある町並みのはずなのに、一軒だけ見覚えのない建物がある。家と家の間に、小さく細長いお店。
 古ぼけていて、扉の周りにはびっしりと蔦が張り巡らされている。まるで魔女の家だ。

「あなたの 願い 叶えます? なにこの貼り紙。どうやって叶えるってわけ?」

 扉に小さな窓がついているので、中を覗き込んでみる。そこには、壺やら甲冑やら古そうな地球儀やら。埃を被ったり、蜘蛛の巣がはったりしてる。

「気味が悪い。きっと空き家だわ」

 そう言って退散しようと後ろを振り返ると、そこには私の腰くらいしかない老婆が立っていたので、驚いて小さく悲鳴を上げて固まった。

「ひ!」
「いらっしゃい、お嬢さん。さぁ中へ」

 おばあさんは私の横を通り過ぎて、店のドアを開ける。途端に埃の臭いが鼻を突く。

「こ、ここ、おばあさんのお店?」
「そうだよ。さぁお入り」

 なぜだろう。
 私はその老婆の背中に従うように店の中に。本当はこんな正体の分からない家の中になど入りたくないはずなのに。

 店の中は、まさに魔女の店と言った感じだ。爬虫類や虫の干物がぶら下がり、小瓶には汚い色の液体。こんなものを売り付けられて飲まされたのではたまったものではない。

「さて。どんな願いを?」
「い、いえ。もうおいとましようかと」

「好きな人を親友に取られた? そして成績も下がってきた」
「どうしてそれを?」

「だったらこれだ」

 おばあさんが出してきたのは、ハート型のピンク色したラジオ。前面がスピーカーになっているようだ。
 店の中にあるおどろおどろしい品物とは違ったので安堵した。ピンクの表面はプラスチック製だろう。それを見てホッとした。

「三万円。……と言いたいところだけど学生さんだしね。九割引いて三千円。どう?」
「さ、三千円? 高いですよ。いりません」

「ふふ。今ではスマホでなんでもできちゃうと思ってるだろ? だけどね、これは魔法のラジオ。たったの一局しか繋がってない。それはお嬢さんだけに用意された番組なんだよ」
「そんな馬鹿な。……ピーペイは使えます?」

「もちろん。こっちのQRをスキャンして三千円と入力して」

 なぜ? どうして?
 私はピーペイアプリを立ち上げて三千円を入力し、ラジオを受け取った。

「ふふ。毎度ありぃ。スイッチを入れれば、いつでもお嬢さんだけに聞こえる番組がスタートするよ。さぁ、お行き」
「はい。ありがとうございます」

 私はいつの間にか店の外にいた。しばらく呆然として、店を振り返ると『Closed』の下げ札がある。
 全く意味が分からない。頭の中に大きな疑問符だらけだ。
 そんな気持ちを抱えたまま、私は家路についた。



 家に帰り、自室に入ってすぐ机に向かう。毎日コツコツ積み重ねていかないと希望の大学になんて入れない。
 母に呼ばれて夕食をとり、また勉強。お風呂に入ってまた勉強。気付くと22時30分。深くため息をついた。

「今日はキリがいいしこの辺にしとこうかな?」

 ふとベッドを見ると枕元にハート型のラジオ。

「そっか。さっき帰ってきて放り投げたんだった」

 私はそれを手にとってスマホで写真をとる。その写真から画像検索をかけ、本当はいくらの製品なのか調べようと思った。


 しかし──。


 検索結果はゼロだった。いやまったく別の画像が表示されていた。それもグロい画像ばかりだ。血に染められた部屋や、悪魔崇拝の祭壇、交通事故、セピア色の古い写真には昔の戦争を撮影したもの。

「え? なんで?」

 ひょっとしたら部屋が暗かったからかと思い、今度は机のスタンドの下で撮影したが、結果は同じ。

「なにこれ。本当に既製品?」

 私はプラスチック製のそれをひっくり返したりして調べたが、どこ製造だの型番だのとか一切書かれていない。しかも、電池をいれる場所も調節ツマミも音量すらないのだ。

 ただラジオという認識しかない。

「うっわ。気味悪い」

 スイッチのみ右側についている。それを『ON』のほうに上げてみると、すぐに明るい女性パーソナリティーの声が聞こえてきた。

『はーい、こんばんわ。あなただけのレイディオのお時間です。今日もハッピーな占いをあなたにお届け。パーソナリティーのゴモリーです。この番組は459MHzであなただけにお届けしています』

 その軽快な語り口は、取っつきやすく、私はラジオを持ったままベッドに腰をおろした。

『今日の水瓶座のあなたには素敵な出会いがありました。ラッキーパーソンはおばあさんです』

 どうやら、今日行った店なことを言ってるみたいだとぼんやりと思って聞いていた。

『明日の水瓶座のあなたの運勢は──、ベリーベリーラッキー! 下がっていた成績も元通り! ラッキーアイテムは緑色のえんぴつ。これで成績アップ間違いなし』

「ふーん。緑色のえんぴつか。筆入れに入ってるなぁ」

『じゃ、今日はこの辺で! パーソナリティーのゴモリーでした!』

 そういうと、ラジオはプツリと切れた。電源を見ると『OFF』になっている。『ON』にしようとしたが、固くて上がらなかった。

「ふーん。変なの。明日もう一度試してみよう」

 そう思ってその日は就寝。次の日学校に行き授業が始まると、先生が眉を吊り上げて入ってきた。

「今から先週やったテストを返す。だがガッカリだ。みんな点数が軒並み下がっている。平均点44。中には一桁のヤツもいたぞ? こっちは範囲もピンポイントな部分も教えてるんだ。反省してしっかり勉強しろ!」

 その言葉に、みんな肩をすくめて小さくなった。先生は一人一人名前を読んでテストを返却していく。
 先生の顔をみれば分かりやすい。誰が点数が悪いか一目瞭然だ。

上川かみかわ
「はい」

 私の順番が来た。立ち上がって先生の方に向かうが、怖くて顔を伏せながらだった。先生に近づいてようやく顔を上げる。そこには満面の笑みを浮かべた先生の顔があった。

「よくやったな」

 手渡される答案。見ると大きく「100」の文字。

 ウソでしょ? 百点?

「すげぇな、上川のやつ~」

 点数も見てないのに、クラスのお調子者男子が声を上げる。やっぱりみんな先生の顔を見て判断してるのね。

 私は注目を浴びるのがイヤで、とっとと答案用紙を机の中にしまった。
 そしてウキウキしながら家に帰って再度答案を見て喜んだ。

「すごい、すごーい! みんなが点数低い中、私だけ100てぇーん!」

 答案を抱き締めながら叫ぶ。そしてそのテンションのまま机に向かって勉強を始めようとして、筆入れを開いて思い出した。

「あ。緑色のエンピツ……」

 それを摘まんでしばらく眺める。

「偶然だよね? テストは先週のだし」

 私はベッドの隅に置いてあるハート型のラジオを手に取る。そして昨日は固くて動かなかったスイッチを『ON』にすると、すんなりとそれは動いた。

『はーい! あなただけのレイディオのお時間です。パーソナリティーのゴモリーです。この番組は459MHzであなただけにお届けしています』

「あ。始まった」

 時計を見ると、昨日聞いた時間とは違う時間。しかも、番組が始まるには非常に中途半端な時間帯だった。

『今日はいい点数を取れたみたいね。それもこのハッピーなラジオを聞いたあなたに訪れる幸運。もう一度答案用紙を見てみてよ』

 なんだろう。まるで私に言っているような。でも私は言われるままに答案用紙を手に取って見てみた。

『問5の項目をチェック!』

 見てみると、問5の欄は全て空いていて、先生も気づかずにスルーしている。それ以外の解答欄は全て埋まっており全問正解ではあるものの、実際、これは100点ではない。80点だ。

「あわわわわ。どうしよう?」
『黙ってれば、気付かれないわよ』

 その言葉に私は固まった。ラジオの向こうのパーソナリティーはなぜか笑っているようでゾッとする。

『言ったらクラスの平均はさらに下がる。みんなガッカリするでしょうし、先生はなんでその場で言わなかったと叱るでしょうね』

 見られてる──。

 その感覚に私は部屋を見渡したが、ラジオは続ける。

『これはあなただけにお届けするハッピーなラジオ。明日の水瓶座のあなたはまたまた超ラッキー! 大金を拾ってコスメを好きなだけ買えます。それでおしゃれを楽しんじゃおう!』
「え? ちょっと待ってよ! 何よそれ!」

『ラッキー路地は、学校の裏門を出ての小さなクリーニング屋がある路地。そのクリーニング屋さんの近くにある電信柱の影を見みるときっとスーパーラッキー!』

 私は怖くて震えた。これは占いなんかじゃない。「指示」だ。ラジオと見せかけて悪魔が指示をしているのだと直感した。

『じゃ、今日はこの辺で! パーソナリティーのゴモリーでした!』

 ラジオは勝手に切れて無音。
 テストもこのラジオの力でねじ曲げられた百点なのかもしれない。
 この占いを聞いてはいけない。





 私は次の日の学校の終わり。裏門に立っていた。あの占いが本当なのかどうなのか、まだ完全に信じられなかったのだ。
 裏門を出て小さいクリーニング屋さんのある裏路地に入る。たしかにそこには電信柱があった。

「電信柱の裏側──」

 私は電信柱に近づいてそっと裏側を見る。そこには大きく膨らんだ茶色い封筒があった。明らかになにか入っている。
 私は辺りを見回した。人はいない。そっと封筒の口を指先で開いてみると、一万円札の塊が見えたのですぐに手を放した。

 きっと何百万、いや何千万のお金が入っているんだと震えが止まらない。それにこれは誰かのお金。私が拾って自分の物にしてなどいけない。

 私は警察に届けるという頭より、怖くなって逃げるという気持ちのほうが強く、思わず駆け出していた。

 整わない気持ちのまま駆け出し、交差点を飛び出したのが行けなかった。

 激しいブレーキ音と、衝突音──。

 私は車にはねられ、フロントガラスにぶつかって、車体の上を転がり後方に落ちた。
 意識などもうなかった。





 目を覚ますと、病院のベッドの上だった。腕には点滴が打たれており、いろんな装置がつけられていた。

「先生! 目を覚ましました! 先生!」

 それは母の声。駆け込んできたのはお医者さん。どうやら私は数日寝ていたようだった。
 体は打撲だけで、それほど大きな怪我ではなかったようだが、意識だけが戻らなかったようだった。
 泣く母。私は助かったことにほっとした。そしてあることを言われた。

 それは事故のあと、警察や救急隊員が見守る中、クリーニング屋さんの電信柱の裏に大金の入った封筒があると話をしたらしい。
 封筒の落とし主は、あんなところを歩いていないのにといいながらも中身が無事であったことを喜び、お礼に一割の謝礼をくれたらしいのだ。
 それが三百万。


 私は数日後に退院したが、ラジオが恐ろしくて部屋に入りたくなかった。
しかし、決心して中に入るとベッドの上にはそれがない。
 母が捨ててくれたのかと思い、ホッとすると、本棚の上からあのパーソナリティーの声。ラジオはいつの間にかそこに移動していた。

『はあい。パーソナリティーのゴモリーです。あなただけのレイディオは459じごくMHzであなただけにお届けしています』

 勝手に話し出した。スイッチも入れてないのに。地獄の言葉に私の顔は真っ青になってしまった。

『占い通りにしないから怪我をしたのよ。これはホンのお仕置き。私の言う通りにしておけば間違いない。あなたは私に従っていればいいのよ』

「だ、誰なの? あなたは!」

『ふふ。そんなことはどうでもいいの。私はあなたを導くものなの。だから言う通りにしなさい。いいわね』

「そ、そんな……」

『明日の水瓶座のあなたは、アンラッキー。ヤケドをします。でもその後、ステキな出会いがあるかも!?』

「……え?」

『じゃ、今日はこの辺で! パーソナリティーのゴモリーでした!』

 ラジオが勝手に切れる。そして明日の予言。

 ヤケドをする──。

 それにゾワリとした。占いの主は占い通りにしないからと、私に生死の境をさ迷わせた。
 ヤケドをしなければこの占いの仕置きにあうのだろう。
 しかしどの程度のヤケドなのだろう。そして出会いとは?
 わからない。占いという漠然としたものに恐怖しかない。どうすればいい。どうすれば──。





 答えのでないまま久しぶりの学校……。懐かしい面々に心配されるものの、私の頭の中は占いのことでいっぱいだ。
 しかし、別段調理実習や、化学の授業があるわけでもなかったので、火を使うものがなくてホッとした。

 そのうちに体育の授業となった。私は入院明けということで体操服を着て体育館にて見学。
 男子と女子にコートを分けてバスケットボールをやり始めた。

 それを眺めていたが、しばらくするとボールを追いかけてきた女子がボールに目を奪われ、私に突っ込んできたのだ。その女子は無事だったが、私は体育館の床板の上を滑り、足が火傷のような状態になった。

 回りは大騒ぎだったが、私の頭の中にあの言葉が浮かんでくる。

『ヤケドをします』

 私は呆然とヒリヒリとする足を抱えていた。そのうちに先生が駆け寄って来て怪我の状態を見た。

「うーん。これは保健室に行ったほうがいいな。女子の保健委員は?」
「深谷さんですが、今日は休みでーす」

 そこに、一人の男子が手を上げた。

「俺、保健委員っす」

 それは、同じクラスの町田くんだった。いつも大人しい、控えめなメガネな彼だが、私に手をさしのべてきたので、それを掴んだ。

「うーん。男子だが、まあいいか。頼む」
「はい」

 私は町田くんの肩に寄りかかって保健室までついていくこととなった。

 いつもは大人しい町田くんの顔がとても近くにある。それを見つめると、真剣だし、メガネの奥は凛々しくもあった。

 今まで砥川くんのことばかり思っていたけど、同じクラスにこんな頼り甲斐のある人がいるなんてと思ってハッとした。

『ヤケドをします。でもその後、ステキな出会いがあるかも?』

 ステキな出会い──。
 私はの胸はドキドキと高鳴った。あの恐ろしいラジオの占い。しかし当たっていた。だったらこの町田くんとのことも?



 保健室に到着し、私を抱えたままの町田くんが扉を開ける。

「あれ?」

 町田くんの声に顔を上げると、保健の先生は不在だった。

「仕方ない。先生が来るまで患部を冷やそうか」
「う、うん」

 町田くんが冷やしたタオルを患部に優しく当ててくれた。私たちはその行為が恥ずかしいのかしばらく黙っていたが、そのうちに町田くんが口を開いた。

「上川さん」
「は、はい?」

「この前のケガ、大丈夫なのかな?」
「え? だ、大丈夫で……」

 先日の事故での入院のことだ。気に掛けてくれてなんて嬉しかった。
 町田くんは、それを聞いて微笑んだまま足を冷やしてくれた。そして顔を上げて言ったのだ。

「今度、街に遊びに行きません?」
「あ、は、はい」

「じゃ今週の週末は?」
「あ、う、うん」

 それってデート……。
 すごい。嬉しい。町田くんとちょっとしかいないのに、町田くんのこと好きになってる。
 町田くんは、教室に戻ってから連絡先をメモに書いて寄越してきてくれた。
 なんか全てが急展開。家に帰って部屋に入ると、さっそくスマホでトークメッセージを町田くんに送った。町田くんもそれに返してきてくれて、週末の待ち合わせの時間や場所を決めあった。
 私の胸は高鳴り、スマホを抱いたままベッドに横たわっていると、ラジオから声だった。

『はーい、あなただけのレイディオのお時間よ。今日もハッピーな占いをあなたにお届け。パーソナリティーのゴモリーです。この番組は459MHzであなただけにお届けしています』

 そうだ。ラジオの占い。不気味だったけど全てが当たっている。

『私の言うことを聞いていて良かったと思っているでしょう?』

 そう語り掛けてくる。本当に私だけの番組なんだ。私は答えた。

「うん……。そうだね……」
『私の占いを信じていれば間違いないよ。私はあなたを導くものなんだから』

 そうなのかも知れない。偶然見つけた魔法の道具を売る店で手に入れたラジオなんだ。きっと私の未来を導くものなんだと納得した。
 その後、パーソナリティーは週末デートの服装や持ち物。食べるものやいく場所も占った。おそらくそれから外れればまた罰が来るかもしれない。でも、全て出来なくない内容だったので、事前に町田くんにトークメッセージを送ると、快く受け入れてくれた。

『じゃ、今日はこの辺で! パーソナリティーのゴモリーでした!』

 いつもの別れの挨拶。しかしこの日は、笑顔で終えることが出来た。



 そして週末デート。町田くんと楽しく遊び、最後に薄暗い公園で告白を受け、付き合うことになった。
 町田くんは、真剣な目で真っ直ぐ私を見つめながら言ってくれて、私は完全にこの人じゃなきゃダメ状態だった。

 それからも『あなただけのレイディオ』は、私にとって大事な占いをしてくれ町田くんとの仲もより親密になっていった。
 このころになると『あなただけのレイディオ』が怖いものと言うより、人生を指し示してくれる大事なものになっていた。





『今日のあなたはアンラッキー。デート中に事故で大切な人を失います』

「え?」

 ある日の占い。しばしの絶句だった。『あなただけのレイディオ』のいつもの予言。絶対に間違わない神の声。
 大切な人……、それって……。

「ま、ま、ま、町田くんのこと?」
『じゃ、今日はこの辺で! パーソナリティーのゴモリーでした!』

 終わった。いつものようにその後は無言。何も言わないし答えようとしない。
 スイッチを入れ直しても、叩いても揺すっても、押し黙ったままなのだ。

 時計を見ると、デートの時間だ。私はラジオをバッグに押し込んで、待ち合わせの場所へと急いだ。ひょっとしたらなにかのタイミングで話し出すかも知れないからだ。

 しかしデートは今まで通り普通だった。
 町田くんは優しい。私はたっぷり彼に甘える。彼も甘い言葉を囁いてくる。
 いつものデートにラジオも時を忘れ遊び尽くした。

「今日も楽しかったね」
「そうだねー」

 私たちは歩道橋の上で夕暮れに点り始める街の灯を眺めていた。
 誰もこない歩道橋の上にしゃがみこんで私たちはキスをした。そして互いに名残惜しく唇を離し合う。

「じゃまた学校でね」
「うん。トークメッセージも送るね」

「うん。待ってる」

 私と町田くんは手を繋ぎ合う。町田くんは、ギリギリまで私の家の近くまで送ってくれるのだ。

 その時気付いた。

『デート中に事故で大切な人を失います』

 デート中! それはもうすぐ終わる。そしたら占いは外れるんだ。それは私の故意ではない。私にはおそらく罰がないはずだ。
 終われ、終われ。早く終われ。

「じゃあここで……。ね」

 彼が寂しく言ったその時だった。明らかに反対車線を走ってくる自動車が見えた。

「町田く──」
「え?」

 その車はブレーキ音も出さずに、町田くんの後ろにあった塀に激突して止まった。
 車は大破している。私はガタガタと震えていた。

「うえー! マジか!」

 町田くんは、私に覆い被さり後ろを振り向いて叫んだ。
 私は町田くんに抱き付いて、後方に飛び退いて危機を免れていたのだ。

 しかし怖い。私は占いの運命を避けたのだ。これにはラジオからの罰が下ることが間違いない。

「どうしたの? 上川さん」

 町田くんはそういうけど、怖くて動けない。私はあの悪魔のようなラジオに制裁を受ける。

「しっかりしてよ! 助かったんだよ?」

 私の目から涙がこぼれる。そして彼に言ったのだ。恐ろしいラジオの存在を──。

「そ、そうか……。そのラジオの占い? 予言? それが上川さんを苦しめるんだね?」
「そ、そうなの。町田くんの事故を避けたからきっと私には大きな罰がやってくるわ」

「そのラジオは?」
「こ、ここに……」

 私はバッグからラジオを取り出すと、町田くんはそれを鷲掴みにし、もう片方の手で私の腕をつかんで大通りに出た。
 そして大型トレーラーが来ると、そのタイヤの下にラジオを投げ込んだのだ。

「あ!!」

 私が叫ぶと同時にラジオはたくさんの大きなタイヤに潰されて粉々になっていった。
 それを町田くんは微笑みながら眺めてこう言った。

「事故で大切な人を失う。だろ? 上川さんはもう、そのパーソナリティーの声を聞くことは出来ないよ。人生を指し示してくれる人。つまりは大切な人だろ? 占い通りになったんだ」
「え?」

 私たちはしばらくその大通りを眺めていたが、粉々になったピンク色の破片はどこにもなくなっていた。
 そして私はなんの罰も受けなかった。



 町田くんが言ったことは本当で、私の日常は戻ってきた。

「占いなんかに頼る必要はないよ。自分たちで未来を創るから人生は楽しいんじゃないか」

 うん。たしかにそうだ。
 私は町田くんの言葉に大きく頷いた。














◇ ◇ ◇


 会社帰りのOL。彼女はため息をつきながら歩いていた。

「はあ……。毎日会社との往復。なんのための人生なんだろう」

 重い足取りのままの家路。草むらになにか光るものを見つけた。

「なんだこれ。ラジオ……かな? スイッチは……」

 しかしそのラジオは勝手に喋り出す。

『はーい。あなただけのレイディオのお時間です。今日もハッピーな占いをあなたにお届け。パーソナリティーのゴモリーです。この番組は──』
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...