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第1話 ライラは悪役令嬢?

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広い石造りの武道場で細剣(レイピア)を構える二人。
長い沈黙息を飲む二人。一人は金髪細身の美丈夫。
もう一人はそれよりも身長高く、筋肉も一回り厚い黒髪の美少年。

緊張に耐えきれなくなったのか美少年は鋭い突きを繰り出す。
しかし、美丈夫の方はそれを待っていたかのようにかわし、胸に剣撃を叩き入れる。

しかし切っ先には歯止めがあった。
美少年の方はのけぞったものの全くの無傷。
二人は大きくため息をついたあと笑い出した。

「はっはっは。また私の勝ちです。王子」
「くそー。今日こそいけると思ったのだが」

「では本日の朝練はこれで終了しましょう。私も家に帰って制服に着替えませんと」
「まったく。たまには制服を持ってきてここで着替えればよかろう。王子専用馬車で一緒に登校できるぞ」

「まさか。身分違いでそのようなこと出来るわけありません」
「身分には充分釣り合いが取れると思うぞ。ロバック将軍ご令嬢」

「ご令嬢? ハッ! ご子息と御呼び下さい!」

私はロバック将軍の後継者、ジン。本当の名前はジンジャー。
父上の三番目の娘として産まれたが、後継者の欲しかった父に男として育てられた。
それ以来のジン。
学校の友人たちは男として見てくれている。
しかし、女とか男とかどうでもいい。
国のために尽くし、親友を守る。
それが私の人としての道だ。

剣術は国一番を自負している。
その結果、王子の剣術指南。
見てくれ、この王宮で剣を下げている男たちの中で一番の剣術を持つのがこの私だ。
王子の剣は私が磨いたのだ。

王子に乞われて早朝よりの剣の稽古。
時間を見計らって城下の屋敷に帰り、汗を拭き、すぐさま学校へと急がねばならない。
学校は貴族ばかりの子供たちの教育の場。
白い石造りの三階建て。門より昇降口までピッチリと石畳が埋められ、中央には豪華な噴水まである。
まぁみんなここを勉学の場所だとは思ってはいない。
将来の伴侶を捜す場だと思っている輩が大半。
そんな色気のあるような場所かね?

「きゃあジンさまだわ!」

黄色い声援に手を振る私の制服は男性用──。
私の中身が女子と知っていてもそれなりに女生徒から人気があるのは複雑な思いだが悪い気はしない。
群がって教室まで行こうと騒ぐのは後輩の将校の息女たち。
同じ将校の娘でもこうして呑気でいられるのは羨ましいかも知れない。
そこに馬車が乗り入れられ、私の横で停められる。
それに驚いて、将校の息女たちは制服のスカートを両手で上げ一礼すると去ってしまった。

馬車の従者は若い男。年齢は私と同じくらいだが、主人の機嫌を損ねまいとせかせかと運転席より飛び降り、後部座席の扉を開け、主人の降り口の邪魔にならないよう、横に跪いた。

そこから現れたのは、かのランドン公爵の四番目のご令嬢ライラ。国一番の麗しき美貌は誰しもが息を飲む。
ライラは私の顔を見てにこやかに微笑むと、馬車の階段を一段ずつ降り、横に跪いている従者を足蹴にした。

「扉を開けるのが遅くてよ。ルミナス。毎日毎日言われていても満足に出来ないのだから。本当に腹が立つわ」
「申し訳ございません、お嬢様!」

謝る従者の頭をまたもヒールのかかとで踏みつけ声を荒げる。

「こんなものでも同じ人間なのだからね。おぞましいったらないわ」
「まあまあその辺にしておきなよライラ」

これが私の親友のライラ。
幼い頃からの付き合いでよい遊び友だちだ。
しかしこうして身分の低いものに対してえげつない行動に出るのは頂けない。
踏みつけられているルミナスにだって少し前はもっと優しかったような気がするが、最近とみにヒドくなった。

「ご覧なさいルミナス。お前の血で靴が汚れたわ」
「も、申し訳ございません、お嬢様」

ルミナスは自分の頭から出る血をそのままにライラの靴を丁寧に磨く。私は呆れて教室に向かうことにした。

「ああん、まってよぅジン」
「やだね。見てられないよ。それで将来民に好かれる王妃になれるのかね」

「あらやだ。好かれるんじゃないわ。民は私を好きにならなくちゃいけないのよ」
「まったく、どういう理論だよ」

この悪友が、先ほど剣の手ほどきをしていたリック王子の婚約者。幼い頃から決められている正妃への道。
我々は幼い頃より遊んだ竹馬の友。将来もこのままの関係なのだろうな。

王と、王妃と、将軍。
固い絆で結ばれた文民統制。
政治と軍事が手を携えていれば、国は上手く行く。
ライラが多少意地悪でも、それが民全体に知れると言うのはよほどのことがなければないはずだ。

「ルミナス。さっさとカバンを持ってついてらっしゃい!」

よほどのことがなければ。
私の隣にライラ。その後ろ、六歩ほど下がってルミナス。
馬車は別の召使いが車庫まで運んでいった。彼はルミナスよりは気楽だろうな。ルミナスはというと、オドオドしながら踏みつけられた頭の血止めをしている。
将来の王妃の護衛もしているのだ。

「ねぇジン。私たちがこうして歩いていたら、他の生徒たちはどう思うかしらね?」
「昔からの親友ってみんな知っているだろ」

「えーやだー。それじゃやだー」
「なんでだよ」

「恋人とか?」

そう言いながら私の腕に自分の腕を絡ませてくる。
知っての通り私は女。男として育てられてはいるもののその気はない。
彼女の腕をクールに振り払う。

「まさか。ライラ嬢には将来を誓った王子殿下がおりますもの」
「なぁんだ。つまんない」

口を尖らせるライラに思わず吹き出す。
そこに、生徒たちのざわめき。後ろを振り返ると三人の護衛に守られたリック王子がにこやかに手を振って現れた。

「ああん。おはようリック」

愛らしい声を上げるライラには先ほどの凶暴な面影はない。
私もライラの横で小さく会釈する。

「やぁリックおはよう。いや殿下、おはようございます」
「よせよジン。いつも通りリックでいいだろ」

「いやぁ将来は君臣だ。今から慣れようと思うが昔のクセがなかなか抜けん」
「そう言うのはもう少し大人になってからでもいいだろ?」

「三つ子の魂だよ。今だって抜けてないのに」

並んで歩く私たちの真ん中に割って入ってくるのはライラ。
そして我々二人の腕に自分の腕を絡ませて、むっつりした顔でわがままを言い出す。

「ちょっと二人とも。主役は私よ? こうしていい男二人の腕を抱いて登校する、王子の婚約者、ランドン公爵の娘、ロバック将軍家のジンとは親友。国一番の幸せ者なんだからね!」
「はは。まったくだ」

ライラに腕を引かれる私と王子。
その後ろに距離をとりながらライラの下男ルミナスが続く。
いつもの風景。人がうらやむ学校最強の三人。
だが風がつらい言葉を運ぶ──。

「ホントにライラ嬢はキレイだけど性格は最悪よね──」

その声に私だけが振り返る。声を発したものは誰か分からない。しかし正直な気持ちなのであろう──。
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