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息子
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仕事を終えた帰り道。高校生の息子と道の途中で出会った。私に背を向けて前を歩いていたのだ。
仕事にかまけて余り話もしておらず、年頃もあってなかなか話すということもなくなっていた時期だった。
妻からも手を焼いていると聞いた。このまま息子も大人になって、都会に出て疎遠になってしまうと考えると悔やまれる。
私は少し急ぎ足にして、息子の背中に迫った。
「やあタカユキ」
「ぉ。父さん」
「今帰りか?」
「そーだよ。父さんもお仕事お疲れ様」
久しぶりに話をしたが拍子抜けだ。イライラ気味に返事をされでもするのかもしれないと構えていたが、そうではなかった。まるで純粋な小学生の頃のようだった。
「学校は楽しいか?」
「まあね。友達もいるし。ただ進学校だからついていくのはキツいよ」
「そうか。まあ国立にでも入れれば人生楽になる。それを目指して頑張れよ」
「んだねー……」
少しばかり、返事のトーンが下がったことに気付く。
「どうした?」
「……んー、別に」
「悩みでもあるのか? 言ってみろよ。ひょっとしたら楽になるかも知れんぞ?」
「いやー……」
息子はなかなか言い出せずにいたが、ようやく口を開いた。
「オレ、大学には行きたくない。美容師になりたいんだ」
私は口を開けて固まってしまった。せっかく県内上位の進学校に通いながら大学を目指さないなどもったいないと思ったのだ。
私はこんこんと息子を説得した。息子は同意しながらも、そのうちに下を向いてしまった。
「も、いーよ……」
そして、私の後ろを歩き始める。
私はハッとした。自分の言うことを押し付けて、息子の可能性や希望を殺してしまったのではないかと。
ひどく後悔しながら背中に聞こえる息子のローファーの靴音を聞いていた。そのうちに家に着いたのだ。
息子は三歩ほど後ろにいた。私はそれを確認しながら玄関のドアを開ける。すると──。
「……おかえり」
そこにはぶっきらぼうに「おかえり」というジャージ姿の息子が自室がある二階に行こうとしているところだった。
私は振り返る。だがそこには誰もいなかった。
前を向くと息子は、ゆっくりと階段を登って行く途中だった。
「タカユキ!」
「……なに?」
私は息子を呼び止め、彼に近付いて自分の前髪を弾く。
「父さんの髪型、どう思う?」
「どうって? そりゃダサいよね。若作りするのもいいけど、もう顔に似合ってない。もうちょっと全体的にボリュームを減らせば、清潔感も出るんじゃない?」
そんなことを言って、ニッと笑った。私もそれに合わせて笑う。
こんなにもイキイキとしながら髪の話をするなんて。
おそらく先ほどの息子は、いわゆる生き霊というものだったのかもしれない。言えずに悩んでいた気持ちが私と話に来たのかも……。
さっき、先にそちら側に間違った予行演習をさせて貰ってよかった。これで息子に向き合って、可能性を潰さずに済むかも知れない。
「なあタカユキ。別に大学だけが全てじゃない。お前の人生はお前だけのものだ。進路はお前が決めていいんだぞ?」
「え? ホントに?」
息子は目を丸くしていたので、私はそれに笑顔で頷いた。
「ああ。もしも失敗したっていい。人生は長いんだ。やりたいことをやって、ダメならやり直せばいいんだから」
「……父さん。俺、言い出せないことがあったんだ──」
息子の本当にやりたいことを聞いた。それは数十分前に本人から聞いた話だったが。妻も交えて本気で話を聞いた。妻は少し納得がいかないようだったが、私が息子をプッシュしてやると、ため息をついて了承してくれた。
「私も言って貰ったんだ。君もやって貰うといい」
「ああそう、なら……」
妻は息子に似合う髪型を聞いた。息子は妻に鏡を向けて、髪型を調整する。
「あら。確かに才能はあるみたいね」
「でしょう?」
「ね、これ色変えたらどうかしら?」
「じゃあこのカラーチャート見てみて」
なんて準備のいいやつ。だがこれでいい。思い詰めて、また魂が抜けてしまっても困るしな。
週末、私は息子に言われた通りに美容室でセットして貰うと、確かに似合っている。言うほどのことがある。ふふ。
仕事にかまけて余り話もしておらず、年頃もあってなかなか話すということもなくなっていた時期だった。
妻からも手を焼いていると聞いた。このまま息子も大人になって、都会に出て疎遠になってしまうと考えると悔やまれる。
私は少し急ぎ足にして、息子の背中に迫った。
「やあタカユキ」
「ぉ。父さん」
「今帰りか?」
「そーだよ。父さんもお仕事お疲れ様」
久しぶりに話をしたが拍子抜けだ。イライラ気味に返事をされでもするのかもしれないと構えていたが、そうではなかった。まるで純粋な小学生の頃のようだった。
「学校は楽しいか?」
「まあね。友達もいるし。ただ進学校だからついていくのはキツいよ」
「そうか。まあ国立にでも入れれば人生楽になる。それを目指して頑張れよ」
「んだねー……」
少しばかり、返事のトーンが下がったことに気付く。
「どうした?」
「……んー、別に」
「悩みでもあるのか? 言ってみろよ。ひょっとしたら楽になるかも知れんぞ?」
「いやー……」
息子はなかなか言い出せずにいたが、ようやく口を開いた。
「オレ、大学には行きたくない。美容師になりたいんだ」
私は口を開けて固まってしまった。せっかく県内上位の進学校に通いながら大学を目指さないなどもったいないと思ったのだ。
私はこんこんと息子を説得した。息子は同意しながらも、そのうちに下を向いてしまった。
「も、いーよ……」
そして、私の後ろを歩き始める。
私はハッとした。自分の言うことを押し付けて、息子の可能性や希望を殺してしまったのではないかと。
ひどく後悔しながら背中に聞こえる息子のローファーの靴音を聞いていた。そのうちに家に着いたのだ。
息子は三歩ほど後ろにいた。私はそれを確認しながら玄関のドアを開ける。すると──。
「……おかえり」
そこにはぶっきらぼうに「おかえり」というジャージ姿の息子が自室がある二階に行こうとしているところだった。
私は振り返る。だがそこには誰もいなかった。
前を向くと息子は、ゆっくりと階段を登って行く途中だった。
「タカユキ!」
「……なに?」
私は息子を呼び止め、彼に近付いて自分の前髪を弾く。
「父さんの髪型、どう思う?」
「どうって? そりゃダサいよね。若作りするのもいいけど、もう顔に似合ってない。もうちょっと全体的にボリュームを減らせば、清潔感も出るんじゃない?」
そんなことを言って、ニッと笑った。私もそれに合わせて笑う。
こんなにもイキイキとしながら髪の話をするなんて。
おそらく先ほどの息子は、いわゆる生き霊というものだったのかもしれない。言えずに悩んでいた気持ちが私と話に来たのかも……。
さっき、先にそちら側に間違った予行演習をさせて貰ってよかった。これで息子に向き合って、可能性を潰さずに済むかも知れない。
「なあタカユキ。別に大学だけが全てじゃない。お前の人生はお前だけのものだ。進路はお前が決めていいんだぞ?」
「え? ホントに?」
息子は目を丸くしていたので、私はそれに笑顔で頷いた。
「ああ。もしも失敗したっていい。人生は長いんだ。やりたいことをやって、ダメならやり直せばいいんだから」
「……父さん。俺、言い出せないことがあったんだ──」
息子の本当にやりたいことを聞いた。それは数十分前に本人から聞いた話だったが。妻も交えて本気で話を聞いた。妻は少し納得がいかないようだったが、私が息子をプッシュしてやると、ため息をついて了承してくれた。
「私も言って貰ったんだ。君もやって貰うといい」
「ああそう、なら……」
妻は息子に似合う髪型を聞いた。息子は妻に鏡を向けて、髪型を調整する。
「あら。確かに才能はあるみたいね」
「でしょう?」
「ね、これ色変えたらどうかしら?」
「じゃあこのカラーチャート見てみて」
なんて準備のいいやつ。だがこれでいい。思い詰めて、また魂が抜けてしまっても困るしな。
週末、私は息子に言われた通りに美容室でセットして貰うと、確かに似合っている。言うほどのことがある。ふふ。
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