これ友達から聞いた話なんだけど──

家紋武範

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壁のシミ

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 僕らの学校の近くに、ちょっとしたホラースポットがある。
 大きな空き家の塀に、女性のシミがあるのだ。
 人によれば、そう見えるだけという人もいれば、呪われているから近付かない方がいい、という人もいる。

 そう見えるだけ──。

 だが僕はそうは思わない。それはまるで大きな水槽からこちらを覗き込むように、壁に手をついて観察しているように見えるのだ。

 背格好も、髪の乱れかたも、まさにそれだ。リアルなのだ。まるで壁に封じられてしまったような。

 僕の帰り道にそれがある。幼馴染みの女子は怖がって避けて帰る。僕もそうするよう誘われるがいつも断っていた。

 なぜなら、僕はその壁の女の人に会いたいから。
 幼馴染みの好意はなんとなく分かってはいるが、その気になれない。僕はこの壁の女性のプロポーションがとても気に入っている。惹かれたのだ。
 ただの壁のシミなのに。

 ある日、少しだけ学校から出るのが遅くなった。辺りは暗くなり、人通りも減っていた。

 これはチャンスだと思った。僕の胸はときめいていた。彼女と初めて触れ合えるのだと。

 僕はその壁の前に立つ。そしてまるで水槽からこちらに張り付いているような彼女の手のひらに自信の手のひらを合わす。そして、もう片方の手のひらも──。

 まるで本当に手を合わせている感触だ。ああ、壁に手をついているだけだというのに、この満たされていく感じはどうだ。

 やがて僕は壁の彼女に唇を付き出してキスをした。





「ふう。ようやく出れたわ。ありがとう」

 その声に目を向けると、とても美しい女の人が僕の方を向いていた。まるで壁の中にいたあの人のような……。
 彼女は、僕の荷物を拾って生徒手帳を取り出した。

「ふぅん。山岡涼介りょうすけ君ね。顔はこれで良いかしら?」

 彼女は僕の目の前で僕に変わった。そして家の方へと向かって行く。

 僕は動けなかった。どうやら壁の中にいるらしい。壁の中に──。





 それから数日。僕は相変わらず動けず、目の前の通りを見つめるだけだったが、目の前を『僕』が笑いながら通りすぎる。幼馴染みの玲美れいみを連れて……。

「なんか涼介変わったね?」
「そうかい? 俺は前からそのままさ」

「それ。前は『俺』なんて言わなかったのに」
「そうかな。きっと子どもだったんだな。今はもっと大人になりたいんだろ」

 そう言って玲美の腰に手を伸ばし、キスをする。

「なあ玲美。俺の部屋に行こうか」
「う、うん」


 止めろ。

 止めろ。

 止めろ!

 玲美から手を離せ!


 玲美の手を握る『僕』は、こちらを振り向きながらニヤリと笑った。

「もうじき、この家も壁も老朽化が進んで壊されるらしいよ」
「そうなの? 良かった」

「良かったかい?」
「ええ。もう怖いシミを見なくて済むもの」

「ははは、そうか。俺も良かったよ」

 そう言って二人は去って行く。


 待てよ!

 待てよ!

 僕の身体を返せーー!!
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