これ友達から聞いた話なんだけど──

家紋武範

文字の大きさ
45 / 76

逢魔が時

しおりを挟む
 私の会社は、少し田舎にあって無人駅からは何もない道をただひたすら歩く必要があった。
 途中にあるのは、防風林に覆われた農家の大きな家と、古びた神社だけ。道は舗装されているから歩くには困らないものの、風景と言えば、神社と農家と田んぼだけだった。

 その農家の母屋は遠くだが、離れには隠居のお婆ちゃんがいるようで、防風林にそこだけ囲まれてなく、窓からいつもお婆ちゃんがにこやかに笑ってくれる。
 とても可愛らしいお婆ちゃんで、小さいお体で腰を曲げて小部屋を掃除したり、お菓子を食べたりしていた。
 私たちはたまに挨拶したり、天気のお話をするような間柄になっていた。



 さて私の退社時間は同じだが、季節によって明るさは変わる。薄暗いときは視界も悪くなる。

 その日、帰り道を急いでいると神社の前でたくさんの人だかりがあった。
 しかしそれは遠目にも現代の人の服装ではないし、顔にはお面のようなものを被っている。

 ヤバい──。

 見てはいけないものかもしれない。
 それは神事を行うようなことをしている。祭壇を設け、神主や巫女もいるようだけど、私が知っているそれとは大きく違うことが分かった。

 その神主は、私を見つけると指差し、お面が笑っているように見えた。それにゾッとしていると、素早く走ってきた和装の男たちに捕らえられてしまったのだ。

 いましめがキツい。これが魔物というものではないか? 私は担がれて神社の階下にある祭壇の前に連れてこられてしまった。

 神主がなにやら知らない言葉で、紙に書かれた言葉を読み上げている。
 雰囲気で分かった。私は捧げ物として殺されてしまうのだと。

 抵抗しようと身をよじっても、押さえつける男の力が強い。
 助けを呼ぼうにも、そこには農家と小さいお婆ちゃんしかいない。私が叫んだとて農家の母屋には届かないかも──。

 しかしそんなこと言ってられない。私は渾身の力を込めて「助けて!」と叫ぶと、お婆ちゃんの小部屋の窓が開いたかと思うと、そこにお婆ちゃんが顔を出して私を見つけると笑顔を見せた。

 だが、私が押さえられているのが分かると、真っ青になって震えだした。

 ああ、お婆ちゃん。どうか、母屋の人を呼んできてくださいと声に出そうとした時だった。

 お婆ちゃんは、杖を片手に窓からピョイと飛びだ来たかと思うと、シャカシャカと杖を使いながら小走りにこちらにやってきた。

 私は内心、お婆ちゃんが来ても、被害が増えるだけだと思っていたが違った。
 周りの魔物たちは一斉に怯んで、私を押さえる力も弱くなったのだ。

 お婆ちゃんは「こりゃ! こりゃ!」と言いながら魔物たちに杖を振り上げて打ち据えて行く。
 それをまんべんなく。魔物たちは、空間の裂け目に一人、また一人と消えていった。

 残されたのは私とお婆ちゃんだけ。晩秋の寒い風が、汗をかいた身体に冷たく染み込んで行く。

 私は立ち上がってお婆ちゃんにお礼を言った。お婆ちゃんは「お友達を助けただけだから、気にしなくていい」といつもの気さくな感じで言ってくれた。



 その日は帰ったが、次の日は休みだったので、お婆ちゃんに美味しいお菓子を買ってもう一度お礼を言おうと、デパートで和菓子を買って、農家の門をくぐり、母屋に挨拶に行った。

「あのう。すいません」
「はい? どなた様で?」

「私は小暮と申しまして、この先の会社で事務員をしています。いつもご隠居さんとは挨拶をする仲でしたが、昨日は思いがけずご隠居さんにお助け頂きましたので、お礼を言いに上がりました」

 と言うと、小母さんは困った顔をした。

「すいません。うちには隠居してるものはおりません。何かの間違いでは?」

 と返すので、私は驚いてしまった。

「い、いえ。では敷地に縁者のお婆さんが居られますか? あの防風林のところにある離れなのですが」

 すると、小母さんはため息をついて、古いカギを持ってきて離れまで連れていってくれたが、そこまで篠の林になっており、笹の露で衣服は濡れてしまうほどだった。

 つまり、誰もこちらに来る人はいないのだ。

 離れにたどり着くと小母さんは建て付けの悪い引き戸を開けてくれたが、中は薄暗く、冷たい空気が漂っていた。そして話し出した。

「ここは昔の母屋でね、古くなったので誰も住んでないんですよ」

 私は放心状態に陥ってしまったが、小母さんは続けた。

「私が嫁いだ時に、昔ここに住んでいたって曾祖父がおっしゃってましたよ。ここにはおかっぱ頭の女の子の座敷わらしがいるって。ひょっとしたら、その座敷わらしさんなのかねぇ……」





 それから、幾日かが経ったが、あの離れは色を失ったようにボロ小屋になっていってしまった。
 でもここを通る度に、またお婆ちゃんの座敷わらしが顔を出して、「おはよう」と言ってくれるのではないかと──、毎日期待しながら、窓辺にお菓子を供えている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

女子切腹同好会

しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。 はたして、彼女の行き着く先は・・・。 この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。 また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。 マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。 世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

意味がわかると怖い話

邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き 基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。 ※完結としますが、追加次第随時更新※ YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*) お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕 https://youtube.com/@yuachanRio

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...