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赤と青の螺旋
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外回りの男は照りつける太陽を半ば見上げる。恨めしいが直接見れば目が灼ける。
真夏の太陽は容赦なく大地を熱し、焼かれたアスファルトは下からも男を蒸し上げた。
「こう暑くてはやりきれん」
男は得意先に行く最中に、床屋の看板を見つけた。赤と青の螺旋がクルクルと回る。アゴに触れると汗の濡れた感触と剃り残しのヒゲのザラリとした感触。
「ひとつヒゲでもあたりながら涼んでいくか」
男は、道の横にある床屋に入る。中には初老の小太りな店主。俯き加減で上目遣いに男を見つめた。
「……いらっしゃぁイ」
少しばかりゾッとする。嫌な雰囲気だ。しかし思い直した。これほど暑いのにひんやりさせるとはなかなか面白いサービスだ。
狭い店だ。店主は二つある椅子の入り口から遠い方に男を案内した。首にタオルを巻き、その上に防水加工されたシートを巻き付けた。
「息できますかァ?」
そこは苦しくないか聞くべきだろうとは思ったが、意味は同じだ。
「大丈夫」
鏡の中には男と店主の二人きり。店主は男の首に手を当てたまま。
「今日はどんな感じで」
「ヒゲだけだ。得意先に失礼があってはいかんからな。きれいさっぱり剃ってくれ」
「……へェ~イ」
店主は容器にお湯を注いでカチャカチャ音を立てて泡立てる。狭い店の中をその音だけが支配した。外はあんなに暑かったのに、音もなく、ひんやりとした店内、陰湿っぽい店主に男はため息をついた。
「店主。この店は流行らんだろ」
「…………」
「雰囲気が悪いよ。ここ最近は安いカット専門の店なんかもたくさんある。明るい雰囲気で活気があるよ。技術も同じで安けりゃみんなそっちに行くだろ」
「……ハァ……?」
「はぁじゃないよ。私は営業だ。いろんな土地に行ったり、工夫をしたりして客をとる。キミはここに店をおいているだけで客が来るのを待つばかり。もう少し工夫をしようとは思わないか?」
「……そうおっしゃいますと?」
「何か、面白い話をするとか。美容師なんかは嫌と言うほど話をしてくるぞ?」
「そんなものですか?」
店主は男のアゴに温かいヒゲ剃りクリームをハケで塗り付けながら聞き返した。
「例えば、あの看板だ」
男は表でグルグル回る赤と青の看板に目線を向けた。店主もそちらに目を向ける。
「あの看板がどうかしましたんで?」
「店主はあの意味を知ってるか?」
「……へェ……」
「知らないなら教えてやる。あれは血だ」
「へェ……」
「気のない返事だな。赤は動脈。青は静脈。白は包帯を示すんだ」
「なるほど……」
「そんな分けの分からない看板があるのが床屋なんですと言ってみろ。客だって興味を示すだろ」
「……へェ」
ヒゲをあたり終え、店主は男のアゴと喉周りを蒸しタオルで拭きながら聞いた。
「……お客さんはどうして床屋に血の看板があると思います?」
「ん?」
ゾッとする店主だと男は思った。そういえばテレビで聞きかじったものの、なぜ血の看板なんだろう。
「……お客さん。床屋に血の看板があるのは、昔は外科手術をしたからなんですぜ」
「そ、そうなのか?」
「……ハサミ、……カミソリ、……蒸しタオル。全て医療の流れから来ているんです」
「へ、へぇ……」
店主は男の肩に手を乗せる。
「……マッサージ。こんなことも理髪師は医療の流れですることができます。……どうです。気持ちがいいでしょう」
気味が悪い。しかし座らされ、マッサージをされる。男の目はとろんとしてきてしまっていた。
「……お客さん。床屋の椅子に座りながら整髪されたりマッサージされると眠くなるでしょう。それは麻酔の技術なのです。かのアメリカ初代大統領、ジョージ・ワシントンも我々の医療技術を好んだとされています」
「──そうなのか……アメリカ大統領……も」
「……どうです。お客さん。我々の技術を味わってみませんか? 体の調子がよくなると評判なのですよ……」
「……グゥ」
「うっふっふっふ……」
ピチョン──。
ピチョン──。
水の滴り落ちる音。
ぼぅっとする中、男は目を覚ます。
辺りが暗い。そしてひんやりしている。
「ここは? どこだ?」
見回そうにも男の体は椅子に固定されていた。しかしそばに人の気配がある。
「ここは店の地下室ですよ」
「な、なにをしている!」
店主の声に男は声を上げた。しかし身動きはとれない。
「瀉血ですよ。体に悪い血がたまると病気になる。我々床屋は、こうしてお客さんが寝ている間に施術しているのです」
「血、血を抜いているのか?」
男の腕から粘ついた血が下の容器に落ちて、その音が聞こえる。
ピチョン──。
ピチョン──。
「あ、頭おかしいぞ、貴様!」
「いえいえ。至って普通のサービスです」
「だ、大統領とかどうとか言ってたな」
「ああ。ええ。アメリカ初代大統領、ジョージ・ワシントン。彼は瀉血が好きででしてね。風邪をひいた際に、数度の瀉血を致しました」
「す、数度も血を抜いたら──」
「死にますよ」
「お、おい、やめろ!」
「いえ大丈夫。看板の技術を見せますよ。それにまだ地下倉庫には空きがあります」
「おい──ッ!!」
地上。外ではセミのわしゃわしゃと鳴く中、外回りの男が二人、ハンカチで汗を拭きながら歩いていた。
「まったく。こう暑くちゃやりきれん」
「どこかで涼みたいもんだな」
「あ、床屋です」
「ヒゲでもあたりたいが休憩中らしい」
「ひやー。暑いですね」
「こんなに暑かったら、一人、二人、気が変になってもおかしくないな」
真夏の太陽は容赦なく大地を熱し、焼かれたアスファルトは下からも男を蒸し上げた。
「こう暑くてはやりきれん」
男は得意先に行く最中に、床屋の看板を見つけた。赤と青の螺旋がクルクルと回る。アゴに触れると汗の濡れた感触と剃り残しのヒゲのザラリとした感触。
「ひとつヒゲでもあたりながら涼んでいくか」
男は、道の横にある床屋に入る。中には初老の小太りな店主。俯き加減で上目遣いに男を見つめた。
「……いらっしゃぁイ」
少しばかりゾッとする。嫌な雰囲気だ。しかし思い直した。これほど暑いのにひんやりさせるとはなかなか面白いサービスだ。
狭い店だ。店主は二つある椅子の入り口から遠い方に男を案内した。首にタオルを巻き、その上に防水加工されたシートを巻き付けた。
「息できますかァ?」
そこは苦しくないか聞くべきだろうとは思ったが、意味は同じだ。
「大丈夫」
鏡の中には男と店主の二人きり。店主は男の首に手を当てたまま。
「今日はどんな感じで」
「ヒゲだけだ。得意先に失礼があってはいかんからな。きれいさっぱり剃ってくれ」
「……へェ~イ」
店主は容器にお湯を注いでカチャカチャ音を立てて泡立てる。狭い店の中をその音だけが支配した。外はあんなに暑かったのに、音もなく、ひんやりとした店内、陰湿っぽい店主に男はため息をついた。
「店主。この店は流行らんだろ」
「…………」
「雰囲気が悪いよ。ここ最近は安いカット専門の店なんかもたくさんある。明るい雰囲気で活気があるよ。技術も同じで安けりゃみんなそっちに行くだろ」
「……ハァ……?」
「はぁじゃないよ。私は営業だ。いろんな土地に行ったり、工夫をしたりして客をとる。キミはここに店をおいているだけで客が来るのを待つばかり。もう少し工夫をしようとは思わないか?」
「……そうおっしゃいますと?」
「何か、面白い話をするとか。美容師なんかは嫌と言うほど話をしてくるぞ?」
「そんなものですか?」
店主は男のアゴに温かいヒゲ剃りクリームをハケで塗り付けながら聞き返した。
「例えば、あの看板だ」
男は表でグルグル回る赤と青の看板に目線を向けた。店主もそちらに目を向ける。
「あの看板がどうかしましたんで?」
「店主はあの意味を知ってるか?」
「……へェ……」
「知らないなら教えてやる。あれは血だ」
「へェ……」
「気のない返事だな。赤は動脈。青は静脈。白は包帯を示すんだ」
「なるほど……」
「そんな分けの分からない看板があるのが床屋なんですと言ってみろ。客だって興味を示すだろ」
「……へェ」
ヒゲをあたり終え、店主は男のアゴと喉周りを蒸しタオルで拭きながら聞いた。
「……お客さんはどうして床屋に血の看板があると思います?」
「ん?」
ゾッとする店主だと男は思った。そういえばテレビで聞きかじったものの、なぜ血の看板なんだろう。
「……お客さん。床屋に血の看板があるのは、昔は外科手術をしたからなんですぜ」
「そ、そうなのか?」
「……ハサミ、……カミソリ、……蒸しタオル。全て医療の流れから来ているんです」
「へ、へぇ……」
店主は男の肩に手を乗せる。
「……マッサージ。こんなことも理髪師は医療の流れですることができます。……どうです。気持ちがいいでしょう」
気味が悪い。しかし座らされ、マッサージをされる。男の目はとろんとしてきてしまっていた。
「……お客さん。床屋の椅子に座りながら整髪されたりマッサージされると眠くなるでしょう。それは麻酔の技術なのです。かのアメリカ初代大統領、ジョージ・ワシントンも我々の医療技術を好んだとされています」
「──そうなのか……アメリカ大統領……も」
「……どうです。お客さん。我々の技術を味わってみませんか? 体の調子がよくなると評判なのですよ……」
「……グゥ」
「うっふっふっふ……」
ピチョン──。
ピチョン──。
水の滴り落ちる音。
ぼぅっとする中、男は目を覚ます。
辺りが暗い。そしてひんやりしている。
「ここは? どこだ?」
見回そうにも男の体は椅子に固定されていた。しかしそばに人の気配がある。
「ここは店の地下室ですよ」
「な、なにをしている!」
店主の声に男は声を上げた。しかし身動きはとれない。
「瀉血ですよ。体に悪い血がたまると病気になる。我々床屋は、こうしてお客さんが寝ている間に施術しているのです」
「血、血を抜いているのか?」
男の腕から粘ついた血が下の容器に落ちて、その音が聞こえる。
ピチョン──。
ピチョン──。
「あ、頭おかしいぞ、貴様!」
「いえいえ。至って普通のサービスです」
「だ、大統領とかどうとか言ってたな」
「ああ。ええ。アメリカ初代大統領、ジョージ・ワシントン。彼は瀉血が好きででしてね。風邪をひいた際に、数度の瀉血を致しました」
「す、数度も血を抜いたら──」
「死にますよ」
「お、おい、やめろ!」
「いえ大丈夫。看板の技術を見せますよ。それにまだ地下倉庫には空きがあります」
「おい──ッ!!」
地上。外ではセミのわしゃわしゃと鳴く中、外回りの男が二人、ハンカチで汗を拭きながら歩いていた。
「まったく。こう暑くちゃやりきれん」
「どこかで涼みたいもんだな」
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