私は張飛の嫁ですわ!

家紋武範

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出会い編

第十一回 新兵舎の声 二

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 私たちの行列は、韓兵長を先頭にして、古い兵舎の棟を通り過ぎて奥へ奥へと進んで参りました。

 見えてきたのは木造の木の香りのする新兵舎。たしかに新築。これがいわく付き物件なんてもったいない。
 到着すると、兵士たちはゆっくりと私の輿を地面に下ろしました。益徳さんが手をさしのべてくれたので、その手に捕まって地面に着地、ですわ。

「張郎中、こちらです」
「ふうん。韓兵長、中まで案内してくれ」

「わ、私がでございますか?」
「案内してくれねば、どの辺で声がするのか分からんではないか」

「一番奥の寝所でございます」

 韓兵長は震えながら言うので、益徳さんは呆れてため息をつきました。
 そして輿を担いでいた兵士たちに言います。

「お前らでもいい。誰かその部屋に案内してくれ」

 しかし兵士たちは、そろりそろりと皆さん一様に後退して聞こえない振りをしておりました。

「へ、部屋は案内せずともすぐに分かります」

 と韓兵長が重ねて言いますので、益徳さんはまたまたため息です。

「それが漢の精強な兵士かね。まあいいや。オイラ一人で行ってくらぁ」

 えええ、益徳さん。私にお声掛けは~!? あわてて益徳さんの大きな背中に引っ付きました。

「張飛さま。私は行きます」
「なんだい。お嬢ちゃんは怪異なんて信じてないのかい?」

「え、ええ。もちろん!」

 ウソ。ホントは怖い。でも益徳さんと一緒のほうがいいんだもん。兵長たちが来ないのは不安だし、お化けのウワサは本当なのかも知れないけど、前のネズミもあるし、今回の怪異も大丈夫なのかなぁ。……と思う。

 益徳さんが兵舎の扉を開けると、昼間なのに薄暗い……。そりゃそうです。電気もない時代ですから。
 ひと気がないのがいっそう不気味です。思わず益徳さんにしがみつく力が強くなります。

「お嬢ちゃん。怖いなら外で待っててもいいんだぞ?」
「そんな大丈夫です。張飛さまが一緒ですもの」
『おい……、おい……』

 聞こえたーー!!
 なにそれ。もう? 奥の部屋から声がしますわ。男性の低音ボイス。私は飛び上がって益徳さんの首辺りに抱きついてしまいました。

「おいおい、お嬢ちゃん」
「ち、ち、張飛さま、聞こえました?」

「ああ、本当に何やら聞こえるな。あいつらが恐れるはずだ。誰かいるのかな?」

 誰かって……。きっとお化けに違いありません。でも益徳さんは構わずに奥の部屋の扉を開けました。私は首に抱き付いたまま。
 益徳さんは奥の部屋に入ってお声掛けを致しました。

「おい、誰かいるのか? いるなら出てきやがれ」
「ち、張飛さまは怖くありませんの?」

 と言うと、益徳さんは私に顔を向けて申し訳なさそうに笑いました。

「ああ怖くねぇ。ずっと戦場にいたから感覚が麻痺しちまってるのかもな。そんなだからお嬢ちゃんを危険な目に会わせたら申し訳ねぇ。今からでも韓兵長のところに戻るかい?」

 私はまた益徳さんの首にしがみつきました。

「いいえ、今から戻って途中でお化けが出たりしたらそれこそ怖いですわ。豪傑張飛さまと一緒がいいです」
「はっはっは! お嬢ちゃんは肝が座ってるねぇ!」

 そう言いながら益徳さんは、私を持ち上げて肩車のような姿勢に直しました。

「ほれ。このほうが座りがいいだろ」
「ええ。さすが張飛さまですわ」

 そうした後、益徳さんは声の場所を探ります。

『……い、……おい』
「一体どこから声がしやがる?」

 部屋の中をウロウロと歩き回ると、どうやら部屋の奥の天井からです。てか、この体勢だと私のほうが位置が近いんですけど……。

「張飛さま」
「なんでぇ。お嬢ちゃん」

「私の頭のほうからみたいですの……」
「ほう! でかしたぞ、お嬢ちゃん!」

 益徳さんは、私の肩車をやめて左腕に抱きました。益徳さんの胸に私は倒れる格好です。顔が沸騰しそうですわー!

 益徳さんは天井に顔を向けて声掛けします。

「おい。そこか? 返事をしやがれ」
『……おい。ここだ』

「そこか? どうすればいい」
『たすけてくれ……』

 こわーい! 益徳さんたら、怪異とお話してるぅ!

「どうすれば助けられる? お前さんは天井かい?」
『いいや違う。天井の裏だ』

「そうか、天井裏か」

 益徳さんは、持っていた矛を返して柄尻えじりを天井に向けて、トン、トンと二回つきますと、一枚の天井板から釘が抜けて板が簡単に落ちてきました。
 そのまま背伸びをして、私を左手に抱えていたので右腕のみ伸ばして、天井板に手を掛けたかと思うと、ベリベリと剥がしてしまいました。
 一枚、二枚と床に剥がして投げていきますと、四枚目、ニョロンロンって感じのが私の目の前を通り過ぎて行きました。

「きゃ! 張飛さま!」
「どうしたい? お嬢ちゃん」

 私が指差した床には、白い蛇さんがうねうねと身をくねらせておりました。

「こいつが怪異の正体らしいな」

 益徳さんがそう言うと、白い蛇さんは体勢を立て直して、鎌首を上げて赤い目を益徳さんへと向けました。

『張飛。助かったぞよ』
「あんたは何者だい。妖怪か?」

『何を言う。私は白蛟はくこうと言うのだ。長年の修行の結果、力を持ち、人語が分かるようになっただけだ』
「そのお前さんが、天井裏で何をしてやがったんだ」

『そこだ。私がこの兵舎に入り込み天井裏で休ませて貰おうと思い、しばらく眠っておったら、身体に激痛が走った。見ると身体に釘が打ち付けられておる。もがいて逃げようとするものの、釘には人間の唾液が塗られており、力が出ない。助けを呼んだが、逆に人の気配がなくなり、こうして今まで磔になっていたということだ』

 どうやら、この蛇さんには不思議な力があるようですが、人間の唾液には弱いようです。
 この兵舎を建築した大工さんが、天井板に釘を打っていたとき、抜けなくなるように、釘に唾液を付けて錆びさせようとしたテクニックが蛇さんにとっては仇となったようですわ。

『張飛よ。お陰で助かった。そなたには是非礼がしたい』
「なに、良いってことよ。オイラは礼など要らねぇよ」

『まぁそういうな。そなたは叶えてほしい願いはないか? なんでも言ってみるがよい』
「そんなもんねぇよ」

 あーん。私だったら蛇さんに益徳さんを中郎将にして貰うのにィ。前の黄商家でもそうだったけど、益徳さんって欲がないのよね~。

『では、今したいことはないのか?』
「うーん、そうさな。だったらあれだ。呂布のヤロウをぶちのめしてぇ」

『呂布とな?』
「ああ。敵ながら腕っぷしの強いやつでな。オイラとは互角の腕前なんでぃ。そいつに不覚をとって、今はここで居候の身の上なんだ」

『なるほど戦場での腕前が互角なものなのか』
「そうだ。この燕人張飛さまと互角とは大したヤツだが、性根がよくねぇ。オイラは好きじゃねぇな」

『そうか。では私の力を貸してやろう』
「バカな。畜生の世話になろうとは思わねぇ」

『まぁそういうな。ほんの礼だよ』

 蛇さんは赤い目を光らせて益徳さんを見つめます。あまりの発光に部屋の中が明るくなりました。
 やがてその光りも落ち着き、徐々に目の光りも消えて行きました。

『なるほどな。そなたの内側にまだまだ眠る力がある』
「眠る力?」

『そうだ。それを呼び起こしてやる。そなたの内の力だ。別に遠慮などする必要はない』
「なにを言ってるか分からねぇが、要するに元々のオイラの力ってことだろ?」

『そうだ。では行くぞ?』

 蛇さんの目がまたもや発光しました。ですがそれは一瞬。終わると蛇さんは笑ったような顔をしました。

『終わったぞ』
「なんでぇ。今ので終わりか。まるで変わった気がしねぇや」

『それはそうだ。そもそもそれは、そなたの持っている力だからな』
「ふーん」

『面白い男だ。気に入ったぞ。そなたを見かけたら力を貸してやろう』
「はっ。期待しねぇで待ってるよ」

『はっはっは。では、さらばだ』

 蛇さんは身をくねらせて部屋の角のほうに行くと、薄暗さの中に消えていってしまいました。
 へー……。益徳さんの内なる力か……。それでもこれで怪異を解決したわけよね?

 私たちは兵舎を出ると、韓兵長と兵士たちが不安そうにしてましたが、私たちが無事なことを確認すると、ホッと安心したようでした。

「張郎中!」
「おう韓兵長か。怪異の正体は蛇だったよ」

「まことですか!?」
「ああ、無事に解決だ。もう不思議な声などすまい」

「ああ、なんともありがたい。このことは私から夏侯校尉どのに報告しておきます」
「そうか、宜しく頼む」

 これで事件解決です。その後はいつものように市中を見回りして、益徳さんにお屋敷まで送っていただきました。



 お屋敷に帰った私には楽しみがありました。伯父さまのご帰宅です。
 韓兵長から報告を聞いた伯父さまは、曹操さまにそれを報告して、秩石の加増を頼んでくださるはずなのです。

「おーい。今帰ったぞー」

 言ってるそばから! 私は出迎える伯母さまを追い抜いて、伯父さまをお迎えしました。

「伯父さま! お帰りなさい!」
「おお、三娘。張飛の活躍は韓兵長から聞いたぞ」

 うふふふふ。早速伯父さまに伝わったのですわね。さて秩石はどのくらい上がったかしら? 三十石かしら? それとも五十石? まさか百石では!?

「それで伯父さま! 曹操さまからご加増はございました?」
「加増? まさか。今から検証するのだぞ? 新しく兵士を募り、そやつらを兵舎へと入れしばらく様子を見てからだな。だいたいひと月くらいはかかるだろう。そこからの報告で、さらに加増には手続きがあるから、そう簡単にはいかないよ」

 ズコー! なんですの、その後から説明。えー……これじゃいつになっても出世できないじゃありませんか~。
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