15 / 44
出会い編
第十五回 竹葉楼の怪人 一
しおりを挟む
「益徳さん、益徳さん」
「ああ、三娘、三娘……」
「私は益徳さんの元にこれて幸せです」
「それはオイラも同じよ。三娘、お前はまるで天女のようだ。この凡世に落ちたる、美しき聖女──」
二人は抱き合って、熱い、熱い口付けを──。
◇
「わぁ!!」
益徳さんが飛び起きたのは真夜中でございます。回りを見ると兄者さん一家の面々が肘枕でごろ寝。辺りには酒瓶が転がっています。おそらく寝酒からの宴会なのでしょう。
益徳さんは夢と現を行ったり来たりで、胸は大きく高鳴っておりましたが、ようやく気を取り戻して、顔をパンパンと叩いて気合いを入れました。
「はー、オイラとしたことが。何と言う夢を。いけない、いけない。戦場に出んから変な考えに至るんだ。それになんだ、あんな歯の浮くような台詞は。しっかりしろ益徳!」
その辺にある酒瓶を掴むと、まだ中身が入ってるようです。それを一息にあおってまたゴロリとなりました。
「いくらか酒で頭をぼかさなきゃ眠りにつけん。はは。考えてみりゃお嬢ちゃんはまだまだ子どもじゃねぇか。家格だって漢の功臣夏侯嬰の末裔だ。野良犬みてえなオイラと一緒になるなんて、はっ、ないない。あり得ない」
目を瞑るもののなかなかまどろみにおちることが出来ずにあっちに寝返り、こっちに寝返り。ようやくぼんやりと眠りの入り口へと参りますと──。
◇
「益徳さんは私のことお嫌いですの?」
「んなわけあるけィ。口で言われなきゃ分からねぇのかよ。好きに決まってるじゃねぇか」
「本当ですの? 私を傷付けまいと方便でおっしゃってるんじゃなくって?」
「勘弁してくれィ。お前ェはオイラの大事な女房じゃねぇか。さっさと機嫌直しておくんな」
「まぁ嬉しい。あら寝かし付けた子どもも泣きだしてしまったわ。なかなか二人きりになれませんわねェ」
「苦労かけるなぁ三娘よ」
「仕方ないですわよ、好きで苦労を選んだんですから」
「オイラ絶対、出世するよ。それまで我慢してくれ、な?」
「もちろんですわ。まだまだ益徳さんは簡単に死ねないですわよ」
「あたぼうよ。さぁ三娘。こっちを向きな」
「いやだわァ、益徳さんたら」
「へへ。嫌だ、嫌だ言いながら口を突き出してやがる」
そして二人は──……。
◇
「だぁぁぁあああーーー!!」
「うるせーぞ! 益徳!」
またもや跳ね起きた益徳さん。みなさんに怒られたからなのか、寝所を飛び出して行きました。
それから早朝──。
狐の甘夫人が起き出して顔を洗おうと井戸に向かおうとしますと、兄者さんが中庭が見えるところで座って、中央あたりをぼんやりと眺めております。
甘夫人は、微笑みながら兄者さんへと近づいて首筋に抱きつきました。
「うふふ、どうしたの? 旦那さま」
「おう、なんでィ。梅か」
「何を見てらっしゃるの?」
「あれを見てみな」
兄者さんが見ている方向には、益徳さんが逆立ちをしながら腕立て伏せをしております。全身を支えるのは両方の親指と人差し指だけ。汗をだらだらかきながら喘いでおります。しかしまだまだやめる気配はありません。
「あら益徳は何をやってるのよ」
「さてなぁ。憚りに行こうと起きたら、そこからずっとだ。オイラが来てから数えてるんだが、今は三千八百二十七回だ。なんなのかなぁ。あんな益徳初めてだよ」
「へぇ~……、なるほどねぇ」
「どうした。なんか思い当たることがあるのかい」
「これは恋ね」
「益徳が恋? はっはっは!」
「何がおかしいの? 益徳だって立派な男よ?」
「いやぁ、思い出し笑い」
「自分の中に芽生えた恋心を必死で消してるみたいねェ」
「オイラだったら三娘ちゃんなら喜んで嫁に貰うけどなァ」
「あら益徳の意中の人に気付いてたの?」
「あたぼうだよ。何年兄をやってると思ってやがらァ」
「ふふ。可愛い弟だわね」
「まったくだよ」
兄者さんと甘夫人は、益徳さんの行動を微笑ましく見守っておりました。
◇
さて私、三娘はと言いますと……。
「ルンルンラララ。お花さんおはよう! 蝶々さんおはよう! ステキな朝ね!」
イタイくらい浮かれておりました……。
「ちょいと三娘!」
「あら伯母さま! おはようございます! 今日もいい天気ですわね!」
「いや雨が降りそうだけど……?」
「降らない今がいい天気ってことですわ!」
「はぁ、なんかアナタ浮かれてない?」
「分かります? 分かっちゃいます? かァー! 分かりますか! さすが伯母さま!」
「まったく内容がないわね。一体なんだって言うの?」
「実は、彼の許子将の占いで、私と張飛さまは将来を共にするのだとか!」
「はぁ? 許子将は既に亡くなってる地下の人でしょう」
「それが幽鬼となってまで占ってくれたから驚きで」
「何て言われたって言うのよ」
「最初に張飛さまを占いましてですね、あなたは軍事で高位に昇り列侯に封じられます、娘は皇后の位につきますって言われましてね、次に私の人相をみますと、あなたの夫となる人物は軍事で高位に昇り列侯に封じられ、娘は皇后の位につきますって同じ結果だったのです。これは私の夫は張飛さまってことですわ! ですから二人の結婚をお許しください」
「はーん?」
「あ。でもすぐに張飛さまのところに行くわけではないのですよ? 結婚は十四、五歳あたりと言われましたから、その辺までは花嫁修行をしてですねぇ」
「お 黙 ん な さ い!!」
ゴロゴロピカー! 雨が降りそうと思ったら雷ですわ!
え? 夏侯家に雷が? いや違う。伯母さまの声でした。キャー! 怖いですわ!
「何が占いよ! 許子将の幽鬼ですって? 信用できるもんですか! 変な爺さんに担がれたに違いないわ! アンタたちは間抜けな顔をしてるから騙されたのよ!」
「え? でも、でも……」
「でもも、だってもない! そんな話信用しろと言われてしていたら、夏侯家はすぐさま没落、みんな路頭に迷うわよ!」
「だって、間違いありませんわ。許家のかたに聞いてくださいまし!」
「そんなに言うなら、張飛はすぐにでも中郎将になれそうね」
「う。それは……」
「うだつの上がらない居候集団の一人が、諸侯でもなかなかなれない中郎将に? だったらなって貰おうじゃない。そしたら信じてあげるわよ」
「いや急には……」
「あら占いが正しいんじゃなくって? だったらなって貰おうじゃない。話はそれからよ」
「く、くぬぅ……」
「なによ。だったらお灸のほうがいいわけ?」
いやお灸は熱い! なによ。占いを信じれば益徳さんはいつかは軍事の高官に……、それっていつなれるんだろう……。
「ああ、三娘、三娘……」
「私は益徳さんの元にこれて幸せです」
「それはオイラも同じよ。三娘、お前はまるで天女のようだ。この凡世に落ちたる、美しき聖女──」
二人は抱き合って、熱い、熱い口付けを──。
◇
「わぁ!!」
益徳さんが飛び起きたのは真夜中でございます。回りを見ると兄者さん一家の面々が肘枕でごろ寝。辺りには酒瓶が転がっています。おそらく寝酒からの宴会なのでしょう。
益徳さんは夢と現を行ったり来たりで、胸は大きく高鳴っておりましたが、ようやく気を取り戻して、顔をパンパンと叩いて気合いを入れました。
「はー、オイラとしたことが。何と言う夢を。いけない、いけない。戦場に出んから変な考えに至るんだ。それになんだ、あんな歯の浮くような台詞は。しっかりしろ益徳!」
その辺にある酒瓶を掴むと、まだ中身が入ってるようです。それを一息にあおってまたゴロリとなりました。
「いくらか酒で頭をぼかさなきゃ眠りにつけん。はは。考えてみりゃお嬢ちゃんはまだまだ子どもじゃねぇか。家格だって漢の功臣夏侯嬰の末裔だ。野良犬みてえなオイラと一緒になるなんて、はっ、ないない。あり得ない」
目を瞑るもののなかなかまどろみにおちることが出来ずにあっちに寝返り、こっちに寝返り。ようやくぼんやりと眠りの入り口へと参りますと──。
◇
「益徳さんは私のことお嫌いですの?」
「んなわけあるけィ。口で言われなきゃ分からねぇのかよ。好きに決まってるじゃねぇか」
「本当ですの? 私を傷付けまいと方便でおっしゃってるんじゃなくって?」
「勘弁してくれィ。お前ェはオイラの大事な女房じゃねぇか。さっさと機嫌直しておくんな」
「まぁ嬉しい。あら寝かし付けた子どもも泣きだしてしまったわ。なかなか二人きりになれませんわねェ」
「苦労かけるなぁ三娘よ」
「仕方ないですわよ、好きで苦労を選んだんですから」
「オイラ絶対、出世するよ。それまで我慢してくれ、な?」
「もちろんですわ。まだまだ益徳さんは簡単に死ねないですわよ」
「あたぼうよ。さぁ三娘。こっちを向きな」
「いやだわァ、益徳さんたら」
「へへ。嫌だ、嫌だ言いながら口を突き出してやがる」
そして二人は──……。
◇
「だぁぁぁあああーーー!!」
「うるせーぞ! 益徳!」
またもや跳ね起きた益徳さん。みなさんに怒られたからなのか、寝所を飛び出して行きました。
それから早朝──。
狐の甘夫人が起き出して顔を洗おうと井戸に向かおうとしますと、兄者さんが中庭が見えるところで座って、中央あたりをぼんやりと眺めております。
甘夫人は、微笑みながら兄者さんへと近づいて首筋に抱きつきました。
「うふふ、どうしたの? 旦那さま」
「おう、なんでィ。梅か」
「何を見てらっしゃるの?」
「あれを見てみな」
兄者さんが見ている方向には、益徳さんが逆立ちをしながら腕立て伏せをしております。全身を支えるのは両方の親指と人差し指だけ。汗をだらだらかきながら喘いでおります。しかしまだまだやめる気配はありません。
「あら益徳は何をやってるのよ」
「さてなぁ。憚りに行こうと起きたら、そこからずっとだ。オイラが来てから数えてるんだが、今は三千八百二十七回だ。なんなのかなぁ。あんな益徳初めてだよ」
「へぇ~……、なるほどねぇ」
「どうした。なんか思い当たることがあるのかい」
「これは恋ね」
「益徳が恋? はっはっは!」
「何がおかしいの? 益徳だって立派な男よ?」
「いやぁ、思い出し笑い」
「自分の中に芽生えた恋心を必死で消してるみたいねェ」
「オイラだったら三娘ちゃんなら喜んで嫁に貰うけどなァ」
「あら益徳の意中の人に気付いてたの?」
「あたぼうだよ。何年兄をやってると思ってやがらァ」
「ふふ。可愛い弟だわね」
「まったくだよ」
兄者さんと甘夫人は、益徳さんの行動を微笑ましく見守っておりました。
◇
さて私、三娘はと言いますと……。
「ルンルンラララ。お花さんおはよう! 蝶々さんおはよう! ステキな朝ね!」
イタイくらい浮かれておりました……。
「ちょいと三娘!」
「あら伯母さま! おはようございます! 今日もいい天気ですわね!」
「いや雨が降りそうだけど……?」
「降らない今がいい天気ってことですわ!」
「はぁ、なんかアナタ浮かれてない?」
「分かります? 分かっちゃいます? かァー! 分かりますか! さすが伯母さま!」
「まったく内容がないわね。一体なんだって言うの?」
「実は、彼の許子将の占いで、私と張飛さまは将来を共にするのだとか!」
「はぁ? 許子将は既に亡くなってる地下の人でしょう」
「それが幽鬼となってまで占ってくれたから驚きで」
「何て言われたって言うのよ」
「最初に張飛さまを占いましてですね、あなたは軍事で高位に昇り列侯に封じられます、娘は皇后の位につきますって言われましてね、次に私の人相をみますと、あなたの夫となる人物は軍事で高位に昇り列侯に封じられ、娘は皇后の位につきますって同じ結果だったのです。これは私の夫は張飛さまってことですわ! ですから二人の結婚をお許しください」
「はーん?」
「あ。でもすぐに張飛さまのところに行くわけではないのですよ? 結婚は十四、五歳あたりと言われましたから、その辺までは花嫁修行をしてですねぇ」
「お 黙 ん な さ い!!」
ゴロゴロピカー! 雨が降りそうと思ったら雷ですわ!
え? 夏侯家に雷が? いや違う。伯母さまの声でした。キャー! 怖いですわ!
「何が占いよ! 許子将の幽鬼ですって? 信用できるもんですか! 変な爺さんに担がれたに違いないわ! アンタたちは間抜けな顔をしてるから騙されたのよ!」
「え? でも、でも……」
「でもも、だってもない! そんな話信用しろと言われてしていたら、夏侯家はすぐさま没落、みんな路頭に迷うわよ!」
「だって、間違いありませんわ。許家のかたに聞いてくださいまし!」
「そんなに言うなら、張飛はすぐにでも中郎将になれそうね」
「う。それは……」
「うだつの上がらない居候集団の一人が、諸侯でもなかなかなれない中郎将に? だったらなって貰おうじゃない。そしたら信じてあげるわよ」
「いや急には……」
「あら占いが正しいんじゃなくって? だったらなって貰おうじゃない。話はそれからよ」
「く、くぬぅ……」
「なによ。だったらお灸のほうがいいわけ?」
いやお灸は熱い! なによ。占いを信じれば益徳さんはいつかは軍事の高官に……、それっていつなれるんだろう……。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
24
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる