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彼女の顔まで7センチメートル
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「おはよー。あ。ミッちゃんもメガネにしたの~。すごくかわいー!」
「うんそうなの。黒板の字全然見えなくて」
「私も。ほら。もうここでノートの字見えないんだから」
「あ~。一緒、一緒~。もうどんどんわるくなっちゃってぇ~」
また始まった。
クラスメイトの目が悪い自慢。
それが一体なんなのか?
そもそも目が悪いのは口に出して威張れることじゃない。
老化の始まりだし、スマホの見過ぎだろ。
それをこれ見よがしに
「わー。全然見えないんだけどぉ~」
じゃねーんだよ。ボケ。
バカ過ぎて草。
目が悪いのなんて本来は隠すべきなんだよ。
なんでそんなヒドいこと言うのかって?
そりゃ俺自身が目が悪いからさ。
障がい者手帳の等級は5級。
中学までは盲学校で勉強していたが晴れて春から一般の高校に進学できた。
中身はみんなと一緒だ。
メガネによる補強でも0.1ほど。
ホントに見えない。事情を知る先生の配慮で黒板近くの席にして貰っている。
だがメガネはいわゆる瓶底。
光にも弱いので若干黒が入れておりサングラスのようだ。
これじゃ、誰も知らない高校でいじられちまう。
それが嫌なので入学と同時に使い捨てのソフトコンタクトに変えた。
見た目にはオレが目が悪いなんて分かりようもないだろう。
だから、そんな幸せな連中の脳天気な目が悪い自慢には心底腹が立った。
そんな負のエネルギーなんて貯めるなって思うだろ?
分かってるよ。
暇なんだ。
盲学校から一人で出て来て誰も知らない。
一人も知り合いがいない。
友だちがいないんだ。
だからついついヒューマンウォッチングと言うか何というか。
しかしわずかながら楽しみがある。友だちとは言えないのだが
「おはよ。国井くん。朝から数学なんて嫌じゃない?」
そう。この隣の席の久田希美……さん。
彼女がチャイムがなり、先生が来るわずかな時間だけ話し掛けてくれる。
それがこのクラスにおいて唯一人と接する時だ。
国井はオレの姓ね。
彼女と話すのは楽しい。
だが、彼女に心を許すことが出来ないでいる。
なぜならクラスのメガネブームは彼女が元凶だからだ。
入学当時、彼女はメガネではなかった。
クラスに彼女が溶け込んだ頃、メガネをするようになり、女どもの『かわいーかわいー』と言う声を皮切りに空前のメガネブームがスタート。
やれ『見えない』だの、『可愛くなった?』だの、『小顔に見える』だの、アイテム一つでオメーの顔の大きさは変わんねーよ。
そんなこんなで、クラスの女子のほとんどがメガネとなった。
その度に目が悪い自慢が聞こえてくる。
確かに久田さんは可愛い。
しかし、メガネをかけなかったときの方がもっと可愛いかったはずだ。
よくは見えてはいないけど。
おそらく顔を10cmくらいまでよればその真価は分かることになるだろう。
そんなある日のことだった。
朝いつものように洗面台に行き、コンタクトを付けようと思ったら在庫が全くなかったのだ。
「あれ~? おかーさん、コンタクトは?」
「え? ないの?」
「ないよ。前に言ってたじゃん」
「うそ。ゴメン。注文してなかった」
「はぁ?」
「しょうがないじゃん。メガネで行きな」
「え? やだよ。コンタクト来るまで休むは」
「バカ言ってんじゃないよ。ズル休みなんかしたらお母さん許さないからね! 私立の高校行くのにどれだけ金かかってると思ってんの! さっさと行ってこい! 行って親孝行の勉強してこい! させて貰ってこい!」
これだ!
話が通じない。
久しぶりに瓶底メガネをとりかけてみた。
最悪。その言葉に尽きる。
いじめの対象になるの間違いなしだよ。
コンタクトより少しだけ補強が上がるのが救いだ。
取りあえず、友だちもいないし目立たなくしとけば大丈夫かも知れない。
オレは気配を消して教室に入っていった。
「あっれ~? どちらさん?」
最悪。お調子者の菊地だ。
ふだん声なんてかけてこない癖してこんな時に……。
「いやぁ、国井だよ」
「国井? そんなヤツクラスにいたっけ~?」
さぁ、とうとう始まりました。
いじめスタート。
今まで目立たなかった存在が、サングラスみてーなメガネかけてきたくれーでマンネリ化した高校生活にスパイス代わりに振りかけてみましょー的な。
「なんでグラサンしてんの?」
うるせー! 菊地!
周りもクスクス笑いやがって!
「いやぁ。実は目が悪くて色が入ってるメガネなんだよ」
……しーん。
なんだ。この静けさ。
「そ、そうなのかよ。早く言ってくれよ」
「そーだよ。だからそんなにメガネ分厚いのか」
あれ? なんか感触がおかしいぞ?
席につくとドヤドヤ人が集まってきていろいろ質問してきた。
面倒くさいので、今まで盲学校にいたことを話すとなぜか大変に盛り上がった。
人と話すのは本来は好きだ。
溶け込むのに時間がかかるだけで。
いつの間にか、オレたちは目の話から離れて普通の雑談を始めていた。
先生の悪口から、ユーチューバーの話までホントに下らない雑談だった。
しかし、それがピタリとやんだ。
会話が止まる。
女子の『可愛い可愛い』の声で中断したのだ。
その声の中心には久田さんがいた。
なんと彼女はあの忌まわしいメガネを外していたんだ。
「もともとメガネ嫌だったの……。コンタクトにしたんだけと……変かな?」
可愛らしい声に男子たちも釘付けになっていた。
オレ一人よく見えないので、早く席に着いてくれと思っていた。
やがてチャイムの音が鳴り、彼女はオレの隣に来た。
「あれ? 国井くん?」
「うん、そうなんだ。実は目が悪くて本来はこんなメガネだったんだ」
「えー! そうなの? 早く言ってよ~!」
「いゃあ。目が悪いなんて恥ずかしくて」
「そんなことない。そんなことないよぉ」
彼女は人格者だった。
席を近づけて自分がとったノートをさりげなく見せてくれた。
実は黒板の文字もよく見えなかったので助かった。
ノートすれすれに顔を近づけて見る姿が滑稽なのか、少しばかりクスリと笑ったが申し訳なさそうに『ごめんなさい』と言っていた。
「気にしなくていいよ。すっごいガツガツしてるみたいだもんね」
「うん。もうかぶりついてるみたいに」
「ははは」
「ふふふ」
授業中に笑ったもんだから先生に二人して咎められちまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
いつの間にかオレたちの仲も接近した。
それは自然な流れだったのかも知れない。
無事にコンタクトも届き、オレたちはニセ裸眼者たちになった。
休みの日に待ち合わせして、買い物に出掛けた。
楽しい二人だけのデート。
彼女はオレが見失わないように優しく手を引いてくれた。
その時、彼女は手を放した。
一陣の突風が吹いて、自分の目を守ったのだ。
「あ~ん。目にゴミが入った~」
「ふふ。大丈夫?」
「国井くん、見て~」
オレは彼女に顔を近づけた。
彼女の顔が急激に赤くなる。
「ちょっ……近いよ」
「だって、分かってるだろ? こうしないと見えないんだ」
顔を近づけた時、なぜか言葉が漏れた。
「あ。可愛い……」
初めてまともに見えた彼女の顔。
みんなは普通に見えてる顔。
焦点が合い、それを味わうことが出来たのだ。
その距離、わずか7センチ。
目のゴミを見て欲しいはずの彼女。
なぜか目を閉じていた。
「うんそうなの。黒板の字全然見えなくて」
「私も。ほら。もうここでノートの字見えないんだから」
「あ~。一緒、一緒~。もうどんどんわるくなっちゃってぇ~」
また始まった。
クラスメイトの目が悪い自慢。
それが一体なんなのか?
そもそも目が悪いのは口に出して威張れることじゃない。
老化の始まりだし、スマホの見過ぎだろ。
それをこれ見よがしに
「わー。全然見えないんだけどぉ~」
じゃねーんだよ。ボケ。
バカ過ぎて草。
目が悪いのなんて本来は隠すべきなんだよ。
なんでそんなヒドいこと言うのかって?
そりゃ俺自身が目が悪いからさ。
障がい者手帳の等級は5級。
中学までは盲学校で勉強していたが晴れて春から一般の高校に進学できた。
中身はみんなと一緒だ。
メガネによる補強でも0.1ほど。
ホントに見えない。事情を知る先生の配慮で黒板近くの席にして貰っている。
だがメガネはいわゆる瓶底。
光にも弱いので若干黒が入れておりサングラスのようだ。
これじゃ、誰も知らない高校でいじられちまう。
それが嫌なので入学と同時に使い捨てのソフトコンタクトに変えた。
見た目にはオレが目が悪いなんて分かりようもないだろう。
だから、そんな幸せな連中の脳天気な目が悪い自慢には心底腹が立った。
そんな負のエネルギーなんて貯めるなって思うだろ?
分かってるよ。
暇なんだ。
盲学校から一人で出て来て誰も知らない。
一人も知り合いがいない。
友だちがいないんだ。
だからついついヒューマンウォッチングと言うか何というか。
しかしわずかながら楽しみがある。友だちとは言えないのだが
「おはよ。国井くん。朝から数学なんて嫌じゃない?」
そう。この隣の席の久田希美……さん。
彼女がチャイムがなり、先生が来るわずかな時間だけ話し掛けてくれる。
それがこのクラスにおいて唯一人と接する時だ。
国井はオレの姓ね。
彼女と話すのは楽しい。
だが、彼女に心を許すことが出来ないでいる。
なぜならクラスのメガネブームは彼女が元凶だからだ。
入学当時、彼女はメガネではなかった。
クラスに彼女が溶け込んだ頃、メガネをするようになり、女どもの『かわいーかわいー』と言う声を皮切りに空前のメガネブームがスタート。
やれ『見えない』だの、『可愛くなった?』だの、『小顔に見える』だの、アイテム一つでオメーの顔の大きさは変わんねーよ。
そんなこんなで、クラスの女子のほとんどがメガネとなった。
その度に目が悪い自慢が聞こえてくる。
確かに久田さんは可愛い。
しかし、メガネをかけなかったときの方がもっと可愛いかったはずだ。
よくは見えてはいないけど。
おそらく顔を10cmくらいまでよればその真価は分かることになるだろう。
そんなある日のことだった。
朝いつものように洗面台に行き、コンタクトを付けようと思ったら在庫が全くなかったのだ。
「あれ~? おかーさん、コンタクトは?」
「え? ないの?」
「ないよ。前に言ってたじゃん」
「うそ。ゴメン。注文してなかった」
「はぁ?」
「しょうがないじゃん。メガネで行きな」
「え? やだよ。コンタクト来るまで休むは」
「バカ言ってんじゃないよ。ズル休みなんかしたらお母さん許さないからね! 私立の高校行くのにどれだけ金かかってると思ってんの! さっさと行ってこい! 行って親孝行の勉強してこい! させて貰ってこい!」
これだ!
話が通じない。
久しぶりに瓶底メガネをとりかけてみた。
最悪。その言葉に尽きる。
いじめの対象になるの間違いなしだよ。
コンタクトより少しだけ補強が上がるのが救いだ。
取りあえず、友だちもいないし目立たなくしとけば大丈夫かも知れない。
オレは気配を消して教室に入っていった。
「あっれ~? どちらさん?」
最悪。お調子者の菊地だ。
ふだん声なんてかけてこない癖してこんな時に……。
「いやぁ、国井だよ」
「国井? そんなヤツクラスにいたっけ~?」
さぁ、とうとう始まりました。
いじめスタート。
今まで目立たなかった存在が、サングラスみてーなメガネかけてきたくれーでマンネリ化した高校生活にスパイス代わりに振りかけてみましょー的な。
「なんでグラサンしてんの?」
うるせー! 菊地!
周りもクスクス笑いやがって!
「いやぁ。実は目が悪くて色が入ってるメガネなんだよ」
……しーん。
なんだ。この静けさ。
「そ、そうなのかよ。早く言ってくれよ」
「そーだよ。だからそんなにメガネ分厚いのか」
あれ? なんか感触がおかしいぞ?
席につくとドヤドヤ人が集まってきていろいろ質問してきた。
面倒くさいので、今まで盲学校にいたことを話すとなぜか大変に盛り上がった。
人と話すのは本来は好きだ。
溶け込むのに時間がかかるだけで。
いつの間にか、オレたちは目の話から離れて普通の雑談を始めていた。
先生の悪口から、ユーチューバーの話までホントに下らない雑談だった。
しかし、それがピタリとやんだ。
会話が止まる。
女子の『可愛い可愛い』の声で中断したのだ。
その声の中心には久田さんがいた。
なんと彼女はあの忌まわしいメガネを外していたんだ。
「もともとメガネ嫌だったの……。コンタクトにしたんだけと……変かな?」
可愛らしい声に男子たちも釘付けになっていた。
オレ一人よく見えないので、早く席に着いてくれと思っていた。
やがてチャイムの音が鳴り、彼女はオレの隣に来た。
「あれ? 国井くん?」
「うん、そうなんだ。実は目が悪くて本来はこんなメガネだったんだ」
「えー! そうなの? 早く言ってよ~!」
「いゃあ。目が悪いなんて恥ずかしくて」
「そんなことない。そんなことないよぉ」
彼女は人格者だった。
席を近づけて自分がとったノートをさりげなく見せてくれた。
実は黒板の文字もよく見えなかったので助かった。
ノートすれすれに顔を近づけて見る姿が滑稽なのか、少しばかりクスリと笑ったが申し訳なさそうに『ごめんなさい』と言っていた。
「気にしなくていいよ。すっごいガツガツしてるみたいだもんね」
「うん。もうかぶりついてるみたいに」
「ははは」
「ふふふ」
授業中に笑ったもんだから先生に二人して咎められちまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
いつの間にかオレたちの仲も接近した。
それは自然な流れだったのかも知れない。
無事にコンタクトも届き、オレたちはニセ裸眼者たちになった。
休みの日に待ち合わせして、買い物に出掛けた。
楽しい二人だけのデート。
彼女はオレが見失わないように優しく手を引いてくれた。
その時、彼女は手を放した。
一陣の突風が吹いて、自分の目を守ったのだ。
「あ~ん。目にゴミが入った~」
「ふふ。大丈夫?」
「国井くん、見て~」
オレは彼女に顔を近づけた。
彼女の顔が急激に赤くなる。
「ちょっ……近いよ」
「だって、分かってるだろ? こうしないと見えないんだ」
顔を近づけた時、なぜか言葉が漏れた。
「あ。可愛い……」
初めてまともに見えた彼女の顔。
みんなは普通に見えてる顔。
焦点が合い、それを味わうことが出来たのだ。
その距離、わずか7センチ。
目のゴミを見て欲しいはずの彼女。
なぜか目を閉じていた。
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