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恩返しに来た鶴が「見ないで」と言った部屋を見せようと仕向けてくる
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ある冬の日。男がその日の仕事を終えて家に帰る途中。農地の中から、なにやら悲痛な叫び声を聞いた。
見ると一羽の鶴が罠にかかっている。気の毒だと思い罠を解いてやると、果たして鶴は大空に舞い上がり、男の頭の上を名残惜しそうに何度も旋回して、やがて飛んでいってしまった。
さてその夜、男がそろそろ寝ようかと思っていると戸を叩くものがいる。
こんな夜更けに誰だろうと思い、引き戸を開けてみると、年の頃は十七、八といった若い女が立っていた。
冬だというのに白く薄い着物を羽織り、肌も雪のように白い。そしてその顔は絶世の美女であった。
「こんばんは。旅のものですが道に迷い難儀をしております。どうか一晩の宿をお貸し願えますでしょうか?」
「ああ、それは大変でしたでしょう。狭い家で貧乏をしております。大したもてなしは出来ませんが、それでよかったらどうぞ」
と言って、女をいろりに誘った。女の名前は“つう”と言った。つうは身体が暖まると、お礼をしたいので機織り機はないかと訪ねてきたので、昔母が使ったものがあると、その部屋に案内した。
「一つお願いがございます」
「なんでございましょう」
「決して部屋の中は覗きませんよう──」
「そんなことですか。お安いご用です」
つうは部屋を覗かないように念を押した。男はそれに従うと、ぎいぎいばったん。機を織る音が聞こえ始めた。
それを子守唄に男はいつしか眠りについた。
次の日に起きると、なんとつうが見事な白色の反物を一反だしてくるではないか。男が驚いているとつうが、
「これを売ってお金に変えてきてください」
というので、男は早速町に行ってそれを売ると、なんと十両の大金となった。
その金で食べ物やお菓子を買って家に帰り、つうに知らせるとつうも大変喜んでいた。
そしてその晩もつうは「決して部屋の中は覗きませんよう」と言って部屋に入ると機織りの音を立て始めた。
男はまたもや眠りについた。
次の日にはまたまた白色の反物である。それを売って十両。男は大喜びだった。
そしてその晩もつうは部屋に入って機を織る──。
そこで男は気づいてしまった。
つうは、なにも機織りの素材となるものをもっていない。どんな手を使ってあの反物を織るのだろう──と。
しかし約束がある。男は気にしないで寝た。
次の日も反物が出来ていた。心なしかつうは痩せたようだった。
その日の晩も、つうは部屋に入って機織りを始める。男は気になって仕方がないが、約束があるので開けるわけにはいかない。
その時であった。つうのいる部屋が光り、機織りをしている鶴のシルエットが障子に写ったではないか!
男は驚いたが、たまたまそう見えただけと思い、部屋を開けようとはしなかった。
次の日も反物が出来ていたので、男は喜んだが、つうがますます痩せたように感じた。
その晩もつうは部屋に入って機織りを始めたようだった。男は痩せたつうが心配でならなかったが、そのうちに部屋の中から声がした。
「あ。やーば」
なんか失敗したような声であった。
「あー、マジ? ちょっとやっちゃ……あー、でもアレか? うーん、あー。ちょ。あー……」
男は失敗の内容が気になって覗きたくなり、そっと部屋に近づくとまた声である。
「あちゃー。ダミだこりゃ」
なんと昭和オバハンみたいな言葉である。こちらは寒々しく感じたもののあちらはなにも感じていないようで、逆にどんな顔して言っているのか戸を開けてみたくなったが、男は我慢した。なんと言っても約束である。
次の日も反物はあったが、別段失敗した様子もなさそうだったので、そのまま売りに出した。
つうはますます痩せ、体調も悪いようだった。
その日の晩。つうの部屋から機織りの音がするものの、すぐに手を止めたようだった。
「あー。マジ今日で徹夜の六連勤。ありえないんですけど。うちの店長、マジ人使いヤバい。マジブラック」
と、高校生バイトのような声だった。
「全然時給もあがんねーし、やってられんわマジ」
こちらは別に使ってるわけでもなく、つうが自発的にやっていることだろうと思い、抗議しようと思った。
しかし障子を開けようと手をかけたとき、またもや部屋の中が発光し、鶴のシルエットが見えた。
男はそれが気になったし、愚痴も気になったが、つうとの約束を思い出してそれを止めた。
次の日の朝、反物は出来上がっていたので、男はつうに言った。
「毎日働くのは辛かろう。休んでいいんだよ?」
しかしつうは手を振って答えた。
「いえ! 主婦に休みはありませんから!」
いやいや、いつから主婦になったんかいとは思ったものの、大丈夫そうな回答だった。
そしてつうは続けた。
「ところで部屋の中が気になりません?」
「そりゃ気にはなるよね」
「ホントですか? なんでつうは機織り続けてるんだろうとか、健康状態はどうなんだろうとか、なんで鶴のシルエットが写るんだろうとかですか?」
「そうだよねー」
「なんかバイトギャルっぽい話し方だなーとか?」
「うん」
「開けないでくださいね」
「ああ約束だからね」
「開けないでっていわれると人ってあけたくなっちゃいますよね?」
「そういうのあるね」
「あー、開けられたら正体ばれちゃうからなー! 正体バレたら出ていかなきゃだからなー!」
「ずいぶん大きい声だね。約束だから開けないよ」
「チッ!」
「?」
正体とか、ますます痩せ細るつうの姿が気になったが、約束なのでさらに開けないことを男は誓った。
その夜。機織りの音が聞こえてくる。しばらくすると、つうの苦しむような声が聞こえてきたのだ。
「く、く、く、苦しい」
男は驚いた。つうは部屋の中で激しくもがいているようだ。
「た、助けて! たぶんアレルギー。この部屋のハウスダストが原因に違いない。こりゃアナフィラキシーショックまっしぐら。喉までがじんましんで腫れ上がり、気道を封鎖しての呼吸困難。死ぬ。マジで死ぬ」
ずいぶん長い説明だなあと思いつつ、大変苦しそうな様子に男は立ち上がって障子の向こうに声をかけた。
「大丈夫?」
「苦しいです」
「じゃ出てきなよ」
「いや苦しくてそこまで行けないっていうか」
「でも話せてるね?」
「いやいや無理矢理。的な」
「約束あるから部屋の中見るわけにいかないんだよ」
「真面目かよ! 緊急時でしょ?」
「そう言って、開けたら『見ましたね』っていうつもりでしょ?」
「………………いや」
「なんか遅れたね」
「ああ、じゃもういいですよーだ! 死んでも知りませんからね!」
「元気そうだけど?」
「ヒドイ男! 男ってこれだもんね」
「悪いけど反物の納入先増えたから」
「……は?」
「だから頑張って!」
「うっわ嫌い。マジで嫌い」
そう言いながらも、つうは反物を朝持ってきた。そして言い放つ。
「私が働いてるんだから、掃除、洗濯、食事の用意等の家事よろしく」
「もちろんだよ。つうは働き者だなぁ」
「マジ一昼夜働くの辛い。肩こった。ちょっと揉んでよ」
「ああいいとも」
いつの間にかのかかあ天下。結婚したわけでもないのに。
「ちょっとひと寝するからね。静かにしててよ」
「ああ。反物売ってくるし、一回外出するよ。買い物もしてくる」
「お前、浮気すんじゃねーぞ?」
「しないよ。つうの髪に似合うかんざしでも買ってこようか?」
「だったらアレだ。鼈甲の櫛。それ買ってこい」
「鼈甲かぁ。高いけどまぁいいか」
「なんで鼈甲にするか分かる?」
「なんで?」
「亀じゃん?」
「うん」
「亀は万年じゃん?」
「うん」
「亀は万年といえば?」
「なにゆうてまんねん?」
「違う!」
「なに?」
「亀は万年といえば、ナントカは千年。ナントカは私に関係あります」
「なんだろ」
「さあ! 時間がありません。あーヤバい! 正体バレたかな? 楽しかったわ。今までありがとう」
「えーと『機織りに専念します』みたいな?」
「バ カ や ろ う!」
「???」
そんな調子が幾日か続き、二人はケンカをしながらも仲良くなっていったので、つうは身ごもり出産した。
男は産まれ出でたものを見て驚愕した。
「う! こ、これは……!」
「あー、タマゴ産んじゃった。タマゴ。こりゃさすがに正体バレたでしょ。正体バレたら出ていかなきゃ。どーもお世話になりました」
「かーわいい! 赤ちゃんてこんなに可愛いんだ! 白くて丸くて。ねえ! よくやったぞ、おつう~」
「バカだコイツ!」
その後も背中に白い羽のある子供がタマゴから孵ったり(大きくなるにつれ羽は消滅)、つうが正体バレぎりぎりのことをした(顔はつうだが身体は鶴。ハロウィンの仮装と思われた)ものの男には通ぜず、最後にはつうも諦め、家族は幸せに暮らしましたとさ。
見ると一羽の鶴が罠にかかっている。気の毒だと思い罠を解いてやると、果たして鶴は大空に舞い上がり、男の頭の上を名残惜しそうに何度も旋回して、やがて飛んでいってしまった。
さてその夜、男がそろそろ寝ようかと思っていると戸を叩くものがいる。
こんな夜更けに誰だろうと思い、引き戸を開けてみると、年の頃は十七、八といった若い女が立っていた。
冬だというのに白く薄い着物を羽織り、肌も雪のように白い。そしてその顔は絶世の美女であった。
「こんばんは。旅のものですが道に迷い難儀をしております。どうか一晩の宿をお貸し願えますでしょうか?」
「ああ、それは大変でしたでしょう。狭い家で貧乏をしております。大したもてなしは出来ませんが、それでよかったらどうぞ」
と言って、女をいろりに誘った。女の名前は“つう”と言った。つうは身体が暖まると、お礼をしたいので機織り機はないかと訪ねてきたので、昔母が使ったものがあると、その部屋に案内した。
「一つお願いがございます」
「なんでございましょう」
「決して部屋の中は覗きませんよう──」
「そんなことですか。お安いご用です」
つうは部屋を覗かないように念を押した。男はそれに従うと、ぎいぎいばったん。機を織る音が聞こえ始めた。
それを子守唄に男はいつしか眠りについた。
次の日に起きると、なんとつうが見事な白色の反物を一反だしてくるではないか。男が驚いているとつうが、
「これを売ってお金に変えてきてください」
というので、男は早速町に行ってそれを売ると、なんと十両の大金となった。
その金で食べ物やお菓子を買って家に帰り、つうに知らせるとつうも大変喜んでいた。
そしてその晩もつうは「決して部屋の中は覗きませんよう」と言って部屋に入ると機織りの音を立て始めた。
男はまたもや眠りについた。
次の日にはまたまた白色の反物である。それを売って十両。男は大喜びだった。
そしてその晩もつうは部屋に入って機を織る──。
そこで男は気づいてしまった。
つうは、なにも機織りの素材となるものをもっていない。どんな手を使ってあの反物を織るのだろう──と。
しかし約束がある。男は気にしないで寝た。
次の日も反物が出来ていた。心なしかつうは痩せたようだった。
その日の晩も、つうは部屋に入って機織りを始める。男は気になって仕方がないが、約束があるので開けるわけにはいかない。
その時であった。つうのいる部屋が光り、機織りをしている鶴のシルエットが障子に写ったではないか!
男は驚いたが、たまたまそう見えただけと思い、部屋を開けようとはしなかった。
次の日も反物が出来ていたので、男は喜んだが、つうがますます痩せたように感じた。
その晩もつうは部屋に入って機織りを始めたようだった。男は痩せたつうが心配でならなかったが、そのうちに部屋の中から声がした。
「あ。やーば」
なんか失敗したような声であった。
「あー、マジ? ちょっとやっちゃ……あー、でもアレか? うーん、あー。ちょ。あー……」
男は失敗の内容が気になって覗きたくなり、そっと部屋に近づくとまた声である。
「あちゃー。ダミだこりゃ」
なんと昭和オバハンみたいな言葉である。こちらは寒々しく感じたもののあちらはなにも感じていないようで、逆にどんな顔して言っているのか戸を開けてみたくなったが、男は我慢した。なんと言っても約束である。
次の日も反物はあったが、別段失敗した様子もなさそうだったので、そのまま売りに出した。
つうはますます痩せ、体調も悪いようだった。
その日の晩。つうの部屋から機織りの音がするものの、すぐに手を止めたようだった。
「あー。マジ今日で徹夜の六連勤。ありえないんですけど。うちの店長、マジ人使いヤバい。マジブラック」
と、高校生バイトのような声だった。
「全然時給もあがんねーし、やってられんわマジ」
こちらは別に使ってるわけでもなく、つうが自発的にやっていることだろうと思い、抗議しようと思った。
しかし障子を開けようと手をかけたとき、またもや部屋の中が発光し、鶴のシルエットが見えた。
男はそれが気になったし、愚痴も気になったが、つうとの約束を思い出してそれを止めた。
次の日の朝、反物は出来上がっていたので、男はつうに言った。
「毎日働くのは辛かろう。休んでいいんだよ?」
しかしつうは手を振って答えた。
「いえ! 主婦に休みはありませんから!」
いやいや、いつから主婦になったんかいとは思ったものの、大丈夫そうな回答だった。
そしてつうは続けた。
「ところで部屋の中が気になりません?」
「そりゃ気にはなるよね」
「ホントですか? なんでつうは機織り続けてるんだろうとか、健康状態はどうなんだろうとか、なんで鶴のシルエットが写るんだろうとかですか?」
「そうだよねー」
「なんかバイトギャルっぽい話し方だなーとか?」
「うん」
「開けないでくださいね」
「ああ約束だからね」
「開けないでっていわれると人ってあけたくなっちゃいますよね?」
「そういうのあるね」
「あー、開けられたら正体ばれちゃうからなー! 正体バレたら出ていかなきゃだからなー!」
「ずいぶん大きい声だね。約束だから開けないよ」
「チッ!」
「?」
正体とか、ますます痩せ細るつうの姿が気になったが、約束なのでさらに開けないことを男は誓った。
その夜。機織りの音が聞こえてくる。しばらくすると、つうの苦しむような声が聞こえてきたのだ。
「く、く、く、苦しい」
男は驚いた。つうは部屋の中で激しくもがいているようだ。
「た、助けて! たぶんアレルギー。この部屋のハウスダストが原因に違いない。こりゃアナフィラキシーショックまっしぐら。喉までがじんましんで腫れ上がり、気道を封鎖しての呼吸困難。死ぬ。マジで死ぬ」
ずいぶん長い説明だなあと思いつつ、大変苦しそうな様子に男は立ち上がって障子の向こうに声をかけた。
「大丈夫?」
「苦しいです」
「じゃ出てきなよ」
「いや苦しくてそこまで行けないっていうか」
「でも話せてるね?」
「いやいや無理矢理。的な」
「約束あるから部屋の中見るわけにいかないんだよ」
「真面目かよ! 緊急時でしょ?」
「そう言って、開けたら『見ましたね』っていうつもりでしょ?」
「………………いや」
「なんか遅れたね」
「ああ、じゃもういいですよーだ! 死んでも知りませんからね!」
「元気そうだけど?」
「ヒドイ男! 男ってこれだもんね」
「悪いけど反物の納入先増えたから」
「……は?」
「だから頑張って!」
「うっわ嫌い。マジで嫌い」
そう言いながらも、つうは反物を朝持ってきた。そして言い放つ。
「私が働いてるんだから、掃除、洗濯、食事の用意等の家事よろしく」
「もちろんだよ。つうは働き者だなぁ」
「マジ一昼夜働くの辛い。肩こった。ちょっと揉んでよ」
「ああいいとも」
いつの間にかのかかあ天下。結婚したわけでもないのに。
「ちょっとひと寝するからね。静かにしててよ」
「ああ。反物売ってくるし、一回外出するよ。買い物もしてくる」
「お前、浮気すんじゃねーぞ?」
「しないよ。つうの髪に似合うかんざしでも買ってこようか?」
「だったらアレだ。鼈甲の櫛。それ買ってこい」
「鼈甲かぁ。高いけどまぁいいか」
「なんで鼈甲にするか分かる?」
「なんで?」
「亀じゃん?」
「うん」
「亀は万年じゃん?」
「うん」
「亀は万年といえば?」
「なにゆうてまんねん?」
「違う!」
「なに?」
「亀は万年といえば、ナントカは千年。ナントカは私に関係あります」
「なんだろ」
「さあ! 時間がありません。あーヤバい! 正体バレたかな? 楽しかったわ。今までありがとう」
「えーと『機織りに専念します』みたいな?」
「バ カ や ろ う!」
「???」
そんな調子が幾日か続き、二人はケンカをしながらも仲良くなっていったので、つうは身ごもり出産した。
男は産まれ出でたものを見て驚愕した。
「う! こ、これは……!」
「あー、タマゴ産んじゃった。タマゴ。こりゃさすがに正体バレたでしょ。正体バレたら出ていかなきゃ。どーもお世話になりました」
「かーわいい! 赤ちゃんてこんなに可愛いんだ! 白くて丸くて。ねえ! よくやったぞ、おつう~」
「バカだコイツ!」
その後も背中に白い羽のある子供がタマゴから孵ったり(大きくなるにつれ羽は消滅)、つうが正体バレぎりぎりのことをした(顔はつうだが身体は鶴。ハロウィンの仮装と思われた)ものの男には通ぜず、最後にはつうも諦め、家族は幸せに暮らしましたとさ。
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