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第2章――「メキシコ遠征篇 テノチティトランと黄金と神々」
第7話――「六弟ルイスと二番目の妻」
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1519年2月下旬 ポトンチャン、川沿いの仮屋敷。
河畔の町ポトンチャンは、数日前まで血と煙に包まれていたとは思えないほど、次第に落ち着きを取り戻しつつあった。壊れた舟は作り直され、焼け残った家には新しい屋根がかけられ、広場には再びカカオ豆と羽飾りが積み上がっている。
その一角、川を見下ろす小さな土台の上に、モリーナ家の仮屋敷が急ごしらえで建てられていた。柱は現地の木、屋根は椰子の葉であるが、その中央にはスペイン風の椅子と卓が据えられ、アルバロの居室と家族の部屋が布で区切られている。
六弟ルイス・デ・モリーナが、意に反する結婚をさせられたのは、その翌朝のことであった。
ルイスは、もともと恋も結婚も自分で選びたいと思っていた。戦が終われば、いつかは父の知る家の娘と縁組になるのだろうと漠然とは考えていたが、少なくとも相手の顔を見てから決めたいと願っていた。それでも、その望みは戦場の都合の前に押し流された。
広場に再び椅子が並べられ、酋長と長老たちが羽飾りを揺らして座り、スペイン側からはアルバロとイサベルが立ち会った。チャックニクと呼ばれる娘は、酋長の背後から静かに歩み出て、ルイスの横に立たされた。
チャックニクは、美人と呼ぶにはいくぶん骨ばった顔をしていた。鼻は高く大きく、顎はしっかりと前へ出ている。だが黒曜石のような瞳はよく光り、額に巻いた布の下からのぞく額は広く、言葉を待つあいだも周囲を鋭く観察しているのが見て取れた。首には翡翠の飾りが幾重にも巻かれ、腕には貝殻の腕輪が光っている。
酋長が言葉を発し、通訳がそれをスペイン語に移した。娘を差し出す代わりに、港と川とカカオの流れをモリーナ家と分かち合うこと。森奥の親族マヤ族にも、同じ約束を伝えること。
そのあいだ、チャックニクはじっと黙っていたが、ときおり通訳の言い回しに眉をひそめ、父の耳元で一言二言ささやいた。ささやかれたあとで、酋長の言葉が少し長くなり、通訳の口ぶりも変わった。アルバロは、その様子を見ていた。
ルイスは唇を固く結んだまま、チャックニクの横顔を一度だけ見た。彼女の方も、短く視線を返しただけで、何も言わなかった。
儀礼は淡々と進んだ。マントの一部と羽飾りが交換され、杯が回される。スペイン式の教会の式はここではあげられないが、「モリーナ家の六弟の妻」としてチャックニクが扱われることは、双方の前で確認された。
ルイスの胸の中には、言いようのない重さが残った。父でも兄でもなく、自分の意見を聞く者は誰もいないまま、酋長の娘が自分の妻として数えられてしまったからである。
一方、アルバロにとって、この結婚は大変都合の良いことであった。プトゥン人の酋長の娘がモリーナ家に入れば、川筋と森の村々への橋ができる。テノチティトランに向かうカカオの流れを、途中から手の中に入れられる。
それ以上に、チャックニク自身がただの飾りではないことを、彼はすぐに見抜いた。
数日も経たないうちに、チャックニクがマヤ語とナワトル語の両方を流暢に操ることが分かったからである。酋長や長老たちが話す川沿いのマヤ語と、タバスコの商人が使う言葉、テノチティトランから来た使者のナワトル語。そのどれもを聴き分け、意味のずれを笑いながら言い換え、話の流れを滑らかにし直すことができた。
幼い頃から、森のマヤ族や王都の商人たちが家に出入りし、その話を聞いて育ったのだと、人づてに聞いた。耳が良く、音を真似るのが早い女であった。
アルバロは、これを逃す手はないと思った。
「ルイス」
ある日の昼下がり、仮屋敷の一室で、兄は六弟を呼び止めた。
「何でしょう、兄上」
「お前とチャックニクを、我々の食卓に毎日呼ぶ。夕食はここで、私とイサベル、ルイスとチャックニクの4人でとることにする」
ルイスは眉をひそめた。
「兄上、それはいささか……」
「スペイン語を教えるためだ」
アルバロは、当然のことのように言った。
「お前もマヤ語をもっと覚えろ。チャックニクにはスペイン語を仕込む。通訳を他人任せにするつもりはない。家族の中にひとり、言葉を渡れる者がいれば、交渉の場はずっと楽になる」
イサベルが横から口を挟んだ。
「食卓を共にするのはよい考えだわ。言葉は耳と口で覚えるものですものね」
ルイスは観念したように肩をすくめた。
「分かりました。兄上の命令なら従います」
その夜から、奇妙な4人の食卓が始まった。
最初のあいだは、身振り手振りと単語だけであった。
パンを指さして「パン」、塩をつまんで「サル」、水差しを掲げて「アグア」。チャックニクは真剣な顔でそれを復唱し、自分の言葉で「ハー」「アトル」といった語を返した。
イサベルは、時おり子どもに教えるような口調で言い換えを加えた。ルイスは、覚えたばかりのマヤ語でぎこちなく応じた。
やがて、卓の上は小さな遊び場になった。肉、魚、椅子、窓。指さしたものの名を順に言い合い、間違えた者が杯をひと口飲む。チャックニクは、何度か繰り返すうちに、ほとんど間違えなくなった。目で見たものと言葉が、すぐに結びつく女であった。
ルイスがマヤ語で「食べる」「飲む」を覚えるころには、チャックニクの口からもぎこちない「グラシアス」「シー」が出るようになっていた。
「夫」「妻」という言葉を教えるときには、イサベルが苦笑し、チャックニクの顔にはわずかに影がさした。
ものの1週間も経たないうちに、4人は単語をつなぎ合わせて、簡単な話なら互いの意思疎通ができるようになった。
「この川、上へ、マヤ村、多い」
ある晩、チャックニクが稚拙なスペイン語とマヤ語を交えながら話した。
「船、ここ、カカオ来る。王都へ行く前、ここで止まる」
「なるほど」
アルバロは腕を組んでうなずいた。
「王都テノチティトランへ行くカカオが、いったんポトンチャンで集められるというわけか」
イサベルは横で静かに聞いていたが、時折、チャックニクの言葉を優しく直した。
「『ここに集まる』は、こう言うのよ。『ここに集まってから、王都へ行く』」
チャックニクは素直に繰り返した。耳が良く、舌もよく回る女であった。
そうしているうちに、別の場所ではルイスが身勝手な行動を始めていた。
彼の頭から、市場で見かけた娘イシュタの姿がどうしても離れなかったからである。
カカオを挽く腕のしなやかさ、笑うときにわずかに上がる口元。戦いのあと、水を運んでくれた女たちの中にいた、その娘の顔が、婚礼の儀礼を終えた夜でさえ瞼に浮かんだ。
ルイスは、川沿いの小道や広場の外れを、しばしばひとりで歩き回るようになった。
ある夕暮れ、彼はようやくイシュタの姿を再び見つけた。
河畔の低い木の下で、彼女は水瓶を洗っていた。腰には赤と青の模様の布を巻き、髪を後ろで結っている。
ルイスは足を止めた。
「イシュタ」
スペイン語で呼びかけても通じないと分かっていながら、思わず名を口にしていた。
振り向いた娘の黒い瞳が、一瞬だけ大きくなった。彼女は水瓶を抱え直し、逃げようと身を引いたが、ルイスは慌てて手を広げた。
「待ってくれ。怖がらせるつもりはない」
スペイン語に、覚えたばかりのマヤ語を混ぜる。
「水、ありがとう。戦い、きのう。水、あなた、くれた」
イシュタの眉がわずかに動いた。彼女は首を傾げ、慎重に言葉を選びながらマヤ語で返した。
「あなた、戦った男。川で黒い人たちと前にいた。私たち、水を運んだ」
完全には通じ合わない。それでも、足を止めて言葉を交わすには十分であった。
その日から、ルイスはイシュタを追いかけ回した。市場の片隅、川の浅瀬、豆を挽く石の前。そのたびに、身振り手振りと拙いマヤ語とスペイン語の混じった会話が積み重なった。
やがて、ついには彼は思いを遂げた。
星空の下、川音の聞こえる小さな小屋で、イシュタは逃げようとはしなかった。白い肌の若い男の腕の重さを受け入れ、震えながらも身を預けた。
イシュタにすれば、白人の若く整った顔立ちの男である。しかも、まだ完全ではないとはいえ、言葉もある程度通じる。彼女自身も、この縁が自分と家族の明日の支えになるかもしれないと感じていた。
翌日、ルイスは兄と義姉の前に頭を下げることになった。
仮屋敷の一室。アルバロは椅子に腰をかけ、イサベルはその横に立っていた。ルイスは膝をつき、視線を床に落としている。
「兄上、義姉上」
声はかすれていた。
「私は……イシュタという名の娘と関係を持ってしまった。彼女を2番目の妻にしたい。どうか認めてほしい」
イサベルの眉がぴくりと動いた。
「2番目の……妻」
「はい」
ルイスは額を床に擦りつけた。
「チャックニクを蔑ろにするつもりはない。彼女が正妻であることは分かっています。それでも、イシュタのことが忘れられない。愚かだとは分かっているが、それでも……」
アルバロはしばらく黙って弟を見下ろした。
窓の外では、川風が椰子の葉を鳴らしている。
「イサベル」
やがて、彼は横にいる妻に視線を向けた。
「お前はどう思う」
「……簡単に『よい』とは言えません」
イサベルは正直に答えた。
「この土地の掟と、我々の掟は違います。女を二人抱えることが、この先どれほど厄介を生むか、ルイスには想像できていないでしょう」
「それは分かっている」
ルイスは顔を上げようとせずに言った。
「それでも、責任を取りたい。イシュタをただ捨てることはしたくないのです」
アルバロは、短く息を吐いた。
「責任、か」
彼は椅子から立ち上がり、弟の前で足を止めた。
「お前はもう、プトゥン人の酋長の娘の夫だ。今さら『気持ちが変わりました』では済まない。だが、女の身体に手をかけた以上、放り出すことも許されない」
イサベルが、ゆっくりとうなずいた。
「……仕方がないわね」
「認めるしかあるまい」
アルバロは言った。
「ただし、ルイス」
彼は弟の肩に手を置いた。
「チャックニクを正妻として立てることだけは、絶対に忘れるな。それがこの土地との橋であり、酋長との約束である。イシュタは2番目の妻だ。その順序を違えるな」
ルイスは、強くうなずいた。
「はい、兄上。生涯忘れません」
その約束の重さを、彼が本当に理解していたかどうかは別の話であった。
こうして、六弟ルイスは、意に反して迎えたプトゥン人酋長の娘チャックニクに加えて、自ら望んだ2番目の妻イシュタを持つことになった。
その決定が、川の流れだけでなく、森の奥と王都へ続く別の道をも開くことになるとは、まだ誰も知らなかった。
河畔の町ポトンチャンは、数日前まで血と煙に包まれていたとは思えないほど、次第に落ち着きを取り戻しつつあった。壊れた舟は作り直され、焼け残った家には新しい屋根がかけられ、広場には再びカカオ豆と羽飾りが積み上がっている。
その一角、川を見下ろす小さな土台の上に、モリーナ家の仮屋敷が急ごしらえで建てられていた。柱は現地の木、屋根は椰子の葉であるが、その中央にはスペイン風の椅子と卓が据えられ、アルバロの居室と家族の部屋が布で区切られている。
六弟ルイス・デ・モリーナが、意に反する結婚をさせられたのは、その翌朝のことであった。
ルイスは、もともと恋も結婚も自分で選びたいと思っていた。戦が終われば、いつかは父の知る家の娘と縁組になるのだろうと漠然とは考えていたが、少なくとも相手の顔を見てから決めたいと願っていた。それでも、その望みは戦場の都合の前に押し流された。
広場に再び椅子が並べられ、酋長と長老たちが羽飾りを揺らして座り、スペイン側からはアルバロとイサベルが立ち会った。チャックニクと呼ばれる娘は、酋長の背後から静かに歩み出て、ルイスの横に立たされた。
チャックニクは、美人と呼ぶにはいくぶん骨ばった顔をしていた。鼻は高く大きく、顎はしっかりと前へ出ている。だが黒曜石のような瞳はよく光り、額に巻いた布の下からのぞく額は広く、言葉を待つあいだも周囲を鋭く観察しているのが見て取れた。首には翡翠の飾りが幾重にも巻かれ、腕には貝殻の腕輪が光っている。
酋長が言葉を発し、通訳がそれをスペイン語に移した。娘を差し出す代わりに、港と川とカカオの流れをモリーナ家と分かち合うこと。森奥の親族マヤ族にも、同じ約束を伝えること。
そのあいだ、チャックニクはじっと黙っていたが、ときおり通訳の言い回しに眉をひそめ、父の耳元で一言二言ささやいた。ささやかれたあとで、酋長の言葉が少し長くなり、通訳の口ぶりも変わった。アルバロは、その様子を見ていた。
ルイスは唇を固く結んだまま、チャックニクの横顔を一度だけ見た。彼女の方も、短く視線を返しただけで、何も言わなかった。
儀礼は淡々と進んだ。マントの一部と羽飾りが交換され、杯が回される。スペイン式の教会の式はここではあげられないが、「モリーナ家の六弟の妻」としてチャックニクが扱われることは、双方の前で確認された。
ルイスの胸の中には、言いようのない重さが残った。父でも兄でもなく、自分の意見を聞く者は誰もいないまま、酋長の娘が自分の妻として数えられてしまったからである。
一方、アルバロにとって、この結婚は大変都合の良いことであった。プトゥン人の酋長の娘がモリーナ家に入れば、川筋と森の村々への橋ができる。テノチティトランに向かうカカオの流れを、途中から手の中に入れられる。
それ以上に、チャックニク自身がただの飾りではないことを、彼はすぐに見抜いた。
数日も経たないうちに、チャックニクがマヤ語とナワトル語の両方を流暢に操ることが分かったからである。酋長や長老たちが話す川沿いのマヤ語と、タバスコの商人が使う言葉、テノチティトランから来た使者のナワトル語。そのどれもを聴き分け、意味のずれを笑いながら言い換え、話の流れを滑らかにし直すことができた。
幼い頃から、森のマヤ族や王都の商人たちが家に出入りし、その話を聞いて育ったのだと、人づてに聞いた。耳が良く、音を真似るのが早い女であった。
アルバロは、これを逃す手はないと思った。
「ルイス」
ある日の昼下がり、仮屋敷の一室で、兄は六弟を呼び止めた。
「何でしょう、兄上」
「お前とチャックニクを、我々の食卓に毎日呼ぶ。夕食はここで、私とイサベル、ルイスとチャックニクの4人でとることにする」
ルイスは眉をひそめた。
「兄上、それはいささか……」
「スペイン語を教えるためだ」
アルバロは、当然のことのように言った。
「お前もマヤ語をもっと覚えろ。チャックニクにはスペイン語を仕込む。通訳を他人任せにするつもりはない。家族の中にひとり、言葉を渡れる者がいれば、交渉の場はずっと楽になる」
イサベルが横から口を挟んだ。
「食卓を共にするのはよい考えだわ。言葉は耳と口で覚えるものですものね」
ルイスは観念したように肩をすくめた。
「分かりました。兄上の命令なら従います」
その夜から、奇妙な4人の食卓が始まった。
最初のあいだは、身振り手振りと単語だけであった。
パンを指さして「パン」、塩をつまんで「サル」、水差しを掲げて「アグア」。チャックニクは真剣な顔でそれを復唱し、自分の言葉で「ハー」「アトル」といった語を返した。
イサベルは、時おり子どもに教えるような口調で言い換えを加えた。ルイスは、覚えたばかりのマヤ語でぎこちなく応じた。
やがて、卓の上は小さな遊び場になった。肉、魚、椅子、窓。指さしたものの名を順に言い合い、間違えた者が杯をひと口飲む。チャックニクは、何度か繰り返すうちに、ほとんど間違えなくなった。目で見たものと言葉が、すぐに結びつく女であった。
ルイスがマヤ語で「食べる」「飲む」を覚えるころには、チャックニクの口からもぎこちない「グラシアス」「シー」が出るようになっていた。
「夫」「妻」という言葉を教えるときには、イサベルが苦笑し、チャックニクの顔にはわずかに影がさした。
ものの1週間も経たないうちに、4人は単語をつなぎ合わせて、簡単な話なら互いの意思疎通ができるようになった。
「この川、上へ、マヤ村、多い」
ある晩、チャックニクが稚拙なスペイン語とマヤ語を交えながら話した。
「船、ここ、カカオ来る。王都へ行く前、ここで止まる」
「なるほど」
アルバロは腕を組んでうなずいた。
「王都テノチティトランへ行くカカオが、いったんポトンチャンで集められるというわけか」
イサベルは横で静かに聞いていたが、時折、チャックニクの言葉を優しく直した。
「『ここに集まる』は、こう言うのよ。『ここに集まってから、王都へ行く』」
チャックニクは素直に繰り返した。耳が良く、舌もよく回る女であった。
そうしているうちに、別の場所ではルイスが身勝手な行動を始めていた。
彼の頭から、市場で見かけた娘イシュタの姿がどうしても離れなかったからである。
カカオを挽く腕のしなやかさ、笑うときにわずかに上がる口元。戦いのあと、水を運んでくれた女たちの中にいた、その娘の顔が、婚礼の儀礼を終えた夜でさえ瞼に浮かんだ。
ルイスは、川沿いの小道や広場の外れを、しばしばひとりで歩き回るようになった。
ある夕暮れ、彼はようやくイシュタの姿を再び見つけた。
河畔の低い木の下で、彼女は水瓶を洗っていた。腰には赤と青の模様の布を巻き、髪を後ろで結っている。
ルイスは足を止めた。
「イシュタ」
スペイン語で呼びかけても通じないと分かっていながら、思わず名を口にしていた。
振り向いた娘の黒い瞳が、一瞬だけ大きくなった。彼女は水瓶を抱え直し、逃げようと身を引いたが、ルイスは慌てて手を広げた。
「待ってくれ。怖がらせるつもりはない」
スペイン語に、覚えたばかりのマヤ語を混ぜる。
「水、ありがとう。戦い、きのう。水、あなた、くれた」
イシュタの眉がわずかに動いた。彼女は首を傾げ、慎重に言葉を選びながらマヤ語で返した。
「あなた、戦った男。川で黒い人たちと前にいた。私たち、水を運んだ」
完全には通じ合わない。それでも、足を止めて言葉を交わすには十分であった。
その日から、ルイスはイシュタを追いかけ回した。市場の片隅、川の浅瀬、豆を挽く石の前。そのたびに、身振り手振りと拙いマヤ語とスペイン語の混じった会話が積み重なった。
やがて、ついには彼は思いを遂げた。
星空の下、川音の聞こえる小さな小屋で、イシュタは逃げようとはしなかった。白い肌の若い男の腕の重さを受け入れ、震えながらも身を預けた。
イシュタにすれば、白人の若く整った顔立ちの男である。しかも、まだ完全ではないとはいえ、言葉もある程度通じる。彼女自身も、この縁が自分と家族の明日の支えになるかもしれないと感じていた。
翌日、ルイスは兄と義姉の前に頭を下げることになった。
仮屋敷の一室。アルバロは椅子に腰をかけ、イサベルはその横に立っていた。ルイスは膝をつき、視線を床に落としている。
「兄上、義姉上」
声はかすれていた。
「私は……イシュタという名の娘と関係を持ってしまった。彼女を2番目の妻にしたい。どうか認めてほしい」
イサベルの眉がぴくりと動いた。
「2番目の……妻」
「はい」
ルイスは額を床に擦りつけた。
「チャックニクを蔑ろにするつもりはない。彼女が正妻であることは分かっています。それでも、イシュタのことが忘れられない。愚かだとは分かっているが、それでも……」
アルバロはしばらく黙って弟を見下ろした。
窓の外では、川風が椰子の葉を鳴らしている。
「イサベル」
やがて、彼は横にいる妻に視線を向けた。
「お前はどう思う」
「……簡単に『よい』とは言えません」
イサベルは正直に答えた。
「この土地の掟と、我々の掟は違います。女を二人抱えることが、この先どれほど厄介を生むか、ルイスには想像できていないでしょう」
「それは分かっている」
ルイスは顔を上げようとせずに言った。
「それでも、責任を取りたい。イシュタをただ捨てることはしたくないのです」
アルバロは、短く息を吐いた。
「責任、か」
彼は椅子から立ち上がり、弟の前で足を止めた。
「お前はもう、プトゥン人の酋長の娘の夫だ。今さら『気持ちが変わりました』では済まない。だが、女の身体に手をかけた以上、放り出すことも許されない」
イサベルが、ゆっくりとうなずいた。
「……仕方がないわね」
「認めるしかあるまい」
アルバロは言った。
「ただし、ルイス」
彼は弟の肩に手を置いた。
「チャックニクを正妻として立てることだけは、絶対に忘れるな。それがこの土地との橋であり、酋長との約束である。イシュタは2番目の妻だ。その順序を違えるな」
ルイスは、強くうなずいた。
「はい、兄上。生涯忘れません」
その約束の重さを、彼が本当に理解していたかどうかは別の話であった。
こうして、六弟ルイスは、意に反して迎えたプトゥン人酋長の娘チャックニクに加えて、自ら望んだ2番目の妻イシュタを持つことになった。
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