ほくそ笑む大悪党 アルバロ・デ・モリーナ

ひまえび

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第5章――「湖の鎖、石の秤」

第2話――「石の王冠の朝(後編)」

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 宮殿の奥、窓の少ない広間には、磨かれた黒い石板が据えられている。石板の上には湖の輪郭と堤、防壁、都市と村の位置が刻まれ、その上に木と石で作られた小さな駒が、いくつも並んでいた。

 アルバロは、その地図の前に座っていた。左右には、ナワトル語とカスティーリャ語の両方を読み書きできる書記たちと、徴税官、戦士たちが控えている。

「テスココからの穀物税は」

 アルバロの問いに、ひとりの書記が石の板から視線を上げた。

「先月より1割増しでございます。干ばつもなく、堤の補修も順調とのこと」

「そのぶん、堤番の賃金を遅らせるな」
 アルバロは、湖東の駒を指で押さえながら言った。「堤が崩れれば、税を取る腹も沈む」

 別の男が、巻物をひらきながら口を挟んだ。

「エカテペクからは、人質として若い王子が3人、王女が2人届いております。トラパリスキショチツィン陛下からの書状には、『従順を表として示す』との文言が」

「よろしい。子らは宮殿の学校に入れろ」
 アルバロは頷いた。「ナワトル語もカスティーリャ語も教えろ。いずれ、どちらの言葉でも命令を出せるようにしてやる」

 そこで、年長の書記が咳払いをし、別の木箱から巻物を取り出した。

「もうひとつ、王家財貨の再点検についての報告がございます」

 アルバロは顔を上げた。

「聞こう」

「モクテスマ陛下の宮殿と、先王の旧宮殿からの財貨でございます」
 書記は慎重に言葉を選んだ。「イサベル陛下、テオトラルコ陛下、チャックニク殿、トラパリスキショチツィン殿、それに黒人部隊長ルシア殿の立ち会いのもと、倉庫を封じ、数を改めました。カカオ豆は、袋詰めにしてあるものだけで、およそ1,000万粒。これを、王直属の新しい倉に移し、袋の口にはモリーナ王家の印章を打ち直しております」

 石板の上に置かれた小さな丸い駒が、湖の中央近くにひとつ動かされた。新しい「国庫」の位置を示す印である。

「市中のカカオは締めつけすぎていないな」

「はい。我らが市場用に残す分と、兵の給金として配る分を分けて保管しております。商人たちには、『王が必要なときに貸し出す粒である』と伝えてあります」

 アルバロはわずかに口元を緩めた。

 カカオ豆は、この国の小さな貨幣である。3粒で卵、30粒でウサギ、100粒で1日の人夫。袋と倉を握れば、市場の息の仕方も、兵の胃袋の膨らみ方も、自分の指で調整できる。

「金と銀は」

「金銀宝飾品につきましては」
 書記は、別の巻物をひらいた。「箱がおよそ40。うち金が20、銀と他の金属が20。宝石付きの胸飾りや杯は数百点にのぼります。儀礼に必要なものと、溶かして延べ金・延べ銀にすべきもの、他国への贈り物に残すものとに分けております」

「運び出すあいだ、スペイン人兵は倉に入れていないな」

「はい。ルシア殿と黒人兵、それに選んだアステカ兵のみが鍵を持ち、搬出と見張りをしております」

 アルバロは石板の上に視線を落とした。

 湖上の石の都まるごとが、自分の手でひとつの金庫に組み替えられつつある、と感じていた。カカオの袋は通貨であり、金銀の箱は戦の時間を買う備えである。スペイン王がどれほど怒り狂おうと、ここから兵と艦を動かすには、まずこの粒と金属を見なければならない。

「よろしい」
 彼は静かに言った。「カカオの倉は、火と湿りから遠ざけろ。金と銀は、秤のそばに置け。いずれ、誰にどれだけ見せるか決める日が来る」

 湖西側の報告を読み上げていた男が、慎重に言葉を選んだ。

「オストゥマの砦からは、ペドロ殿下が『山の中で不穏な噂あり』と。南西の村々に、武装した流れ者が出入りしているとのことです」

「ペドロに伝えろ。噂の出どころをひとつだけ潰せ。全部潰すな」
 アルバロは、オストゥマの駒を軽く弾いた。「恐れすぎた村は税を払わなくなる。不安と安心の中間で震えているほうが、よく働く」

 そこまで言い終えると、彼はふと黙り、石板の北側を見つめた。

 北方へ送った四弟マルティンからの正式な報告は、最後に届いてからすでに十数日が過ぎていた。山と谷を越え、「燃える黒い石」を探しに出た弩兵1万と、その指揮官である弟の姿が、この湖のどこにも見えないことを、彼は指先で数えるように意識していた。

 同じように、テワンテペク地峡へ向かったフランシスコとルイスの百人隊からの書状も、次の便がまだ届かない。太平洋の匂いを運ぶ風が、ここまで吹いてくるには、もう少し時間がいるはずであった。

 数を数えるのは癖である、とアルバロは自分に言い聞かせる。弟たちが手に入れてくるはずのものは、北では火と鉄、南では細い首と海である。どちらも、これからスペイン王権と真正面から争うときに、欠けては困る歯車であった。

 ◇ ◇ ◇

 昼前、地図の間の扉の外が騒がしくなった。

 兵がひとり、泥にまみれた若い斥候を引き立てて入ってくる。男は膝をつき、荒い息のまま床に額を擦りつけた。

「どこから来た」

「北の堤からでございます、我が王」
斥候は、ナワトル語で答えた。喉が渇いているのか、声がひび割れていた。「湖の北の端、山並みの見える場所から」

「何を見た」

「黒い煙を」
 男は顔を上げ、目を見開いた。「朝からずっと、細く、高く、空に向かって伸びる煙が。村の竈の煙ではありません。森を焼く火事の煙でもありません。ひとところから立ちのぼり、風が変わっても消えないのです」

 黒い煙、という言葉が、アルバロの耳にゆっくりと沈んだ。

 燃える黒い石。マルティンが手紙に書いていた言葉が、脳裏に浮かぶ。木ではない燃料、雨でもすぐには消えぬ火。鉄を鍛え、砲を何門でも鋳られる火。

「煙は、夜も見えたか」

「昨夜は見えませんでした」
 斥候は首を振った。「今朝、堤を見回るときに初めて。太陽が昇っても消えず、昼近くになっても、まだ細い筋のままです」

 アルバロは立ち上がり、石板の北の端に置いてあった小さな駒に指を伸ばした。

「よろしい」

 指先で駒を一つ、山のふもとを示す位置へと滑らせる。その動きを見ながら、書記が急いで印をつけた。

「もう一組、偵察隊を出せ」
 アルバロは斥候に視線を戻した。「今度は別の道を通れ。日が沈んだあと、山がどう光るか見てこい。煙が夜も消えぬなら、それも報せろ」

 斥候は深くうなずき、また額を床に押しつけた。

 地図の間の窓から差し込む光が、少しだけ傾きはじめていた。テスココ湖の水面は、さきほどよりも強く光を弾き、堤と堤のあいだの水路を行くカヌーの列を、白い筋のように照らしている。

 その向こう、まだ目には見えぬ北の山々のどこかで、黒い煙が空に線を描いているはずであった。

 アルバロは石板から視線を上げ、湖の方向を見据えた。石の王冠の歯は、まだ足りない。北の火と南の海、それから粒と金属で満たされた新しい国庫が揃ったとき、この王冠は本当に自分のものになる、と彼は静かに計算していた。
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