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第七章――「黄金海岸の砦、奪われるポルトガルの旗」
第13話(後編)――「砲煙の谷、金砂の山」
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――――――――――――――――――
登場人物
ディエゴ〈30〉(新大陸皇帝アルバロ・デ・モリーナ〈29〉の仮名)
――――――――――――――――――
側女
1人目 ルジア・ロドリゲス〈26〉
リスボンの川沿いの町で育った。父は港の小役人で、船荷の数え方と、帳面の付け方を娘に叩き込んだ。読み書きができることが唯一の持ち物で、結婚相手は船の会計係だったが、海外の熱病で死んだ。未亡人として本国へ戻る途中、ソファラ帰りの船に乗せてもらっていたが、襲撃で捕虜になった。戻っても家はなく、親戚は「厄介者」として扱うと分かっている。
2人目 カタリーナ・デ・アゼヴェード〈32〉
内陸の小さな貴族家の出だが、家は傾いていた。若いころに「体面のため」の縁組で、海外の砦に関わる文書仕事の男に嫁いだ。夫は家に金を入れるが、妻には関心が薄く、彼女は屋敷で「書類の置き場」のように扱われてきた。砦と教会の往復で、署名、印章、通行証、寄付の名簿といった紙の扱いだけは身につけた。今回の航海も、夫の都合で帰国に同乗させられただけで、帰っても夫の家には居場所がない。
3人目 マダレーナ・フェレイラ〈38〉
南部の海辺の町で育ち、若いころから船乗り相手の宿の台所と洗濯場で働いてきた。嫁いだ男は航海の副官だったが、遠征続きで家にいない。彼女は港で暮らしを回し、怪我人の手当、塩漬け肉の管理、真水の配り方まで現場で覚えた。年齢の分だけ、男の虚勢にも、泣き落としにも動かない。今回の船でも、女の客ではなく、船内の食と水の段取りを実際に動かす側にいた。襲撃で夫と縁が切れ、戻っても「敗走の家族」として冷たい目が待つだけだと見ている。
マニカ国の妻妾 ニャシャ〈24〉
肌は深く黒く、瞳の黒が濃い。姿勢と歩みが崩れず、言葉が速く正確だ。状況を読むのが早く、地形と人の心を同時に扱う。腕力も俊敏さも備え、側女たちが束になっても及ばない。
――――――――――――――――――
(1523年5月中旬。マニカ国)
湿った風が谷を渡り、草の匂いに焦げた火薬の匂いが混じっていた。夜明け前の空は白く、低い雲が山の背に張り付いている。ディエゴは丘の縁に立ち、谷の奥の拠点を見下ろした。木と土で組んだ柵が何重にも巡らされ、見張りの影が動く。そこが、最後に残った金の谷の首長たちの寄り場だった。
「邪魔をしたのは、あそこだな。連携して、茂みから矢を打ち、逃げ道に穴を掘り、俺の兵を散らした。今日で終わりにする」
ニャシャは頷いた。目は乾いていて、声は短かった。
「正面から入ると、引き込まれる。矢は木の上からも来る。谷の口に大砲を据えて、まず柵と倉を砕く。煙が出たら、敵は火の側へ寄る。そこへ小砲を回して横から叩く。逃げる道は、川沿いと藪の2本だけだ。そこは先に塞いだ。追うな。寄せて、止めて、捕る」
兵たちは黙って聞いた。革の帯が汗で湿り、火縄の先が赤くくすぶる。誰かが喉を鳴らして唾を飲み、別の誰かが火薬袋の口を指で確かめた。ディエゴは腕を上げ、ゆっくり下ろした。
大砲の点火は、低い音から始まった。火皿の火が走り、次の瞬間、腹の底を殴られたような衝撃が来た。耳の内側が熱くなり、空気が一度潰れてから戻る。砲口から白い煙が噴き、焦げた硫黄の匂いが鼻を刺した。弾は柵の柱を折り、乾いた木片と土の塊が雨のように跳ねた。続けて小砲が鳴り、屋根の上を吹き飛ばした。藁が舞い、土壁が崩れて粉が立つ。谷の底から、怒鳴り声と女の叫び声が一斉に上がった。
敵はすぐに動いた。柵の陰から弓が弧を描いて飛び、葉の影から矢が突き出された。矢は盾に当たって鈍く鳴り、何本かは腕や腿に刺さった。兵が歯を食いしばり、刺さった矢を折って抜く。血が袖を濡らし、鉄の味が口に広がる。敵は逃げるふりをして森へ誘い、回り込んで背を取ろうとしたが、そこにはもう小隊が潜んでいた。草が揺れた瞬間、火縄銃が一斉に光った。乾いた破裂音が続き、煙が薄い霧と混ざって白く広がった。
敵は死にものぐるいだった。木の上に登って矢を落とし、足元の泥に尖った杭を隠し、火のついた草束を投げて煙で視界を奪った。太鼓のような音を鳴らして合図を送り、別の場所で叫んで兵を引きつけた。矢が雨のように来るたび、盾の縁が震え、腕がしびれた。だが、ディエゴ軍は追わなかった。ニャシャの言葉どおり、前へ細く進み、横へ厚く広がり、逃げ道だけを締めていった。木に上がった見張りが手を振り、草の揺れと鳥の飛び方で敵の位置を知らせた。
大砲がもう1発、谷の奥の倉を叩いた。屋根が持ち上がり、黒い煙が立つ。中にあった乾いた木箱が砕け、土間に金色の粉が散った。敵の男たちはそれを守ろうとして集まり、叫びながら槍を振った。そこで小砲が横から火を吹いた。土と木が弾け、男が数人まとめて倒れた。血が土に染み、湿った匂いが強くなる。倒れた仲間を引きずろうとする手が伸び、矢をつがえる手が震えた。
ディエゴは前へ出た。火縄銃の列に短く命じる。
「出てきた奴は足を止めろ。降りるなら捕虜だ。まだ振るうなら、そこで終わりだ」
火縄銃が間を置いて鳴った。煙の向こうで、敵の足が止まり、膝が折れる。泥に顔から突っ込み、呻き声が上がる。だが、なおも突っ込む者がいた。目を剥き、唾を飛ばし、矢をつがえたまま走る。ディエゴの側の兵が槍で受け、押し返す。抵抗が続いた者は、その場で倒された。見せしめのために、兵が声を張り、降りる者と降りない者を分けた。降りた者は縄で縛られ、地面に並ばされた。縄が皮膚に食い込み、息が荒くなる。土埃が口に入り、咳が出た。
拠点の奥から、泣き叫ぶ声が聞こえた。首長の妻たちだった。髪は乱れ、粉塵で頬が白くなり、布が肩からずれていた。幼い子を抱える者もいれば、両手を広げて男たちの前に立つ者もいた。女たちは土に膝をつき、首長の名を叫び、兵の足に縋りついた。声は掠れ、喉が裂けるようだった。誰かが倒れた夫の身体に抱きつき、背中を叩き、起きろと何度も叫んだ。返事はなく、煙の匂いだけが残った。
最後まで抵抗した首長の1人が、焼け落ちた梁の陰から飛び出した。槍先は震え、目は赤く、口から泡が飛ぶ。周囲の者が止めようとしても、振りほどいて突っ込む。ディエゴの兵が火縄銃を構え、短く引き金を引いた。乾いた音が1つだけ鳴り、男は前のめりに倒れた。土が跳ね、血が黒く滲んだ。妻が悲鳴を上げ、地面を叩いて泣き崩れた。別の妻は、喉の奥から細い声を絞り出し、兵の前で額を土に擦りつけた。
戦いが終わると、谷は急に静かになった。遠くで火がパチパチと弾け、煙が低く流れる。耳鳴りの中で、水の音だけがはっきり聞こえた。捕虜たちは縄で繋がれ、首を落として座っている。矢筒は空になり、弓は土に投げ出されていた。
ディエゴは倉の残骸へ入った。足元の土は粉と炭で柔らかく、踏むたびに沈む。壊れた箱の隙間から、金砂がこぼれている。指先で掬うと、重さが掌に乗り、ざらりと冷たい。鼻には火薬と焦げ木の匂い、口には粉塵の苦さが残る。兵が樽を運び、布袋を並べ、秤を出した。皿が沈むたび、兵の目が見開かれ、喉が鳴った。
その日の戦利は、金砂と金塊を合わせておよそ160,000グラム、銀はおよそ310,000グラムに達した。さらに首長たちの飾り輪、腕輪、首飾りが山になり、槍の穂先の下からも金の粉が出てきた。ディエゴは黙ってそれを見て、ニャシャへ目を向けた。ニャシャは視線を逸らさず、短く頷いた。彼女の頬には煤が薄く付き、汗が光っていた。
◇ ◇ ◇
[脚注]
〔注1〕タリロ〈28〉。ルヤ川沿いの金の谷を束ねる首長の妻だ。陶器を焼く一族の出で、幼いころから川砂の重さと流れを体で覚えてきた。夫の屋敷では女たちの採り分けを仕切り、砂金の袋を数える役も担っていた。襲撃の日は倉の裏で子を抱え、砲声で耳が塞がり、土埃で喉が焼けたまま縄を掛けられた。
〔注2〕ルテンデ〈35〉。マンウェ川方面の金の谷の首長の妻だ。ムタパ国本拠の縁戚から嫁いだ政治の婚姻で、婚礼の贈り物に牛と鉄器を受け取っている。夫の代わりに人質や贈答の段取りを決めることが多く、道の首長たちとも顔が利いた。抵抗の連携が始まったときも、矢を集める村と食糧を隠す村の名を知っていたため、捕縛後は黙り込んで唇を噛んだ。
〔注3〕ルド〈19〉。サビ川支流の小さな金の谷の首長の妻だ。隣村の首長家から差し出された娘で、嫁入りの時点で「戻れない」立場に置かれていた。夫の屋敷では若さを飾りに使われる一方、帳の中で耳に入る話だけは多かった。弓矢の補給や見張りの交代を夫が口にするたび、数を指で覚えてしまう癖がある。捕えられた直後、泣き声が止まると逆に周囲が不気味に感じられ、声を出せず震えた。
〔注4〕チポ〈30〉。北の峠を押さえる首長の妻だ。森の縁の村で育ち、蜂蜜と薬草の扱いに長けている。夫の屋敷では見張りの食と水を回し、夜番の交代に合わせて火を消す役も担った。矢の毒に使う草の名も知っているが、使い方を口にしたのは一度だけだ。襲撃の瞬間は戸口で子を押し戻し、縄を掛けられるまで土間に爪を立てて踏ん張った。
〔注5〕ファライ〈41〉。南の峠を押さえる首長の妻だ。歳の離れた夫に嫁ぎ、すでに成人した息子が2人いる。峠の通行から得る布と塩を管理し、夫が酒に溺れても家が回るように支えてきた。抵抗が始まると、若者たちの虚勢を煽る言葉を口にしたのは彼女だと噂されている。夫が倒れた後、顔を両手で覆い、土に額を打ちつけて泣いたが、途中から声が枯れて息だけが漏れた。
〔注6〕ニャメンダ〈27〉。上流の渡し場を押さえる首長の妻だ。漁と舟の一族の出で、縄の結びと流れの癖に詳しい。夫の仕事は通行人から小さな税を取ることだが、実際には彼女が舟の順番を決め、渡しの間合いを作っていた。襲撃の日、川の泥が足に吸い付き、逃げようとした女たちが転ぶのを見て叫んだ。捕縛されると、泥にまみれたまま子の名を繰り返し呼んだ。
〔注7〕マサシ〈22〉。下流の渡し場を押さえる首長の妻だ。ソファラへ下る荷を見送りに来た商人たちの言葉を聞いて育ち、スワヒリ語の挨拶とポルトガル語の数詞を少しだけ知っている。夫はそれを誇りにして客の前へ出したが、彼女は値切りの匂いを嫌っていた。抵抗の連絡役として矢筒の受け渡しを一度だけ手伝い、それが後で足枷になった。砲声の後、彼女は泣きながらも口を真一文字に結び、誰にも目を合わせなかった。
〔注8〕ムニャンガ〈34〉。金の量と相場を決める仲介の家の妻だ。父も母も商いの家の出で、布の目方と砂金の量を量る癖が体に染みついている。夫の横で袋の口を縛り、秤皿を磨き、取引の場では黙って相手の手元を見ていた。首長たちが結託すると、彼女は「道が荒れれば商いが死ぬ」と止めたが聞かれなかった。捕縛されたときは、夫の袖を握ったまま離さず、指が白くなるまで震えていた。
―――――――――――――――――
挿絵は、『ポルトガル人によるアフリカ沿岸周航』です。
出典は、『講談社現代新書「新書アフリカ史」P253』です。
挿絵は、『アフリカ』です。
出典は、『筑摩書房「大航海時代」ボイス・ペンローズ著。荒尾克己訳。巻末地図。』です。
挿絵は、『アフリカ地図』です。
出典は、『帝国書院編集部編「地歴高等地図」P35』です。
挿絵は、『東アフリカ』です。
出典は、『帝国書院編集部編「地歴高等地図」P40』です。
挿絵は、『トルワ国とムタパ国』です。
出典は、『講談社現代新書〈新書アフリカ史〉P109』です。
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登場人物
ディエゴ〈30〉(新大陸皇帝アルバロ・デ・モリーナ〈29〉の仮名)
――――――――――――――――――
側女
1人目 ルジア・ロドリゲス〈26〉
リスボンの川沿いの町で育った。父は港の小役人で、船荷の数え方と、帳面の付け方を娘に叩き込んだ。読み書きができることが唯一の持ち物で、結婚相手は船の会計係だったが、海外の熱病で死んだ。未亡人として本国へ戻る途中、ソファラ帰りの船に乗せてもらっていたが、襲撃で捕虜になった。戻っても家はなく、親戚は「厄介者」として扱うと分かっている。
2人目 カタリーナ・デ・アゼヴェード〈32〉
内陸の小さな貴族家の出だが、家は傾いていた。若いころに「体面のため」の縁組で、海外の砦に関わる文書仕事の男に嫁いだ。夫は家に金を入れるが、妻には関心が薄く、彼女は屋敷で「書類の置き場」のように扱われてきた。砦と教会の往復で、署名、印章、通行証、寄付の名簿といった紙の扱いだけは身につけた。今回の航海も、夫の都合で帰国に同乗させられただけで、帰っても夫の家には居場所がない。
3人目 マダレーナ・フェレイラ〈38〉
南部の海辺の町で育ち、若いころから船乗り相手の宿の台所と洗濯場で働いてきた。嫁いだ男は航海の副官だったが、遠征続きで家にいない。彼女は港で暮らしを回し、怪我人の手当、塩漬け肉の管理、真水の配り方まで現場で覚えた。年齢の分だけ、男の虚勢にも、泣き落としにも動かない。今回の船でも、女の客ではなく、船内の食と水の段取りを実際に動かす側にいた。襲撃で夫と縁が切れ、戻っても「敗走の家族」として冷たい目が待つだけだと見ている。
マニカ国の妻妾 ニャシャ〈24〉
肌は深く黒く、瞳の黒が濃い。姿勢と歩みが崩れず、言葉が速く正確だ。状況を読むのが早く、地形と人の心を同時に扱う。腕力も俊敏さも備え、側女たちが束になっても及ばない。
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(1523年5月中旬。マニカ国)
湿った風が谷を渡り、草の匂いに焦げた火薬の匂いが混じっていた。夜明け前の空は白く、低い雲が山の背に張り付いている。ディエゴは丘の縁に立ち、谷の奥の拠点を見下ろした。木と土で組んだ柵が何重にも巡らされ、見張りの影が動く。そこが、最後に残った金の谷の首長たちの寄り場だった。
「邪魔をしたのは、あそこだな。連携して、茂みから矢を打ち、逃げ道に穴を掘り、俺の兵を散らした。今日で終わりにする」
ニャシャは頷いた。目は乾いていて、声は短かった。
「正面から入ると、引き込まれる。矢は木の上からも来る。谷の口に大砲を据えて、まず柵と倉を砕く。煙が出たら、敵は火の側へ寄る。そこへ小砲を回して横から叩く。逃げる道は、川沿いと藪の2本だけだ。そこは先に塞いだ。追うな。寄せて、止めて、捕る」
兵たちは黙って聞いた。革の帯が汗で湿り、火縄の先が赤くくすぶる。誰かが喉を鳴らして唾を飲み、別の誰かが火薬袋の口を指で確かめた。ディエゴは腕を上げ、ゆっくり下ろした。
大砲の点火は、低い音から始まった。火皿の火が走り、次の瞬間、腹の底を殴られたような衝撃が来た。耳の内側が熱くなり、空気が一度潰れてから戻る。砲口から白い煙が噴き、焦げた硫黄の匂いが鼻を刺した。弾は柵の柱を折り、乾いた木片と土の塊が雨のように跳ねた。続けて小砲が鳴り、屋根の上を吹き飛ばした。藁が舞い、土壁が崩れて粉が立つ。谷の底から、怒鳴り声と女の叫び声が一斉に上がった。
敵はすぐに動いた。柵の陰から弓が弧を描いて飛び、葉の影から矢が突き出された。矢は盾に当たって鈍く鳴り、何本かは腕や腿に刺さった。兵が歯を食いしばり、刺さった矢を折って抜く。血が袖を濡らし、鉄の味が口に広がる。敵は逃げるふりをして森へ誘い、回り込んで背を取ろうとしたが、そこにはもう小隊が潜んでいた。草が揺れた瞬間、火縄銃が一斉に光った。乾いた破裂音が続き、煙が薄い霧と混ざって白く広がった。
敵は死にものぐるいだった。木の上に登って矢を落とし、足元の泥に尖った杭を隠し、火のついた草束を投げて煙で視界を奪った。太鼓のような音を鳴らして合図を送り、別の場所で叫んで兵を引きつけた。矢が雨のように来るたび、盾の縁が震え、腕がしびれた。だが、ディエゴ軍は追わなかった。ニャシャの言葉どおり、前へ細く進み、横へ厚く広がり、逃げ道だけを締めていった。木に上がった見張りが手を振り、草の揺れと鳥の飛び方で敵の位置を知らせた。
大砲がもう1発、谷の奥の倉を叩いた。屋根が持ち上がり、黒い煙が立つ。中にあった乾いた木箱が砕け、土間に金色の粉が散った。敵の男たちはそれを守ろうとして集まり、叫びながら槍を振った。そこで小砲が横から火を吹いた。土と木が弾け、男が数人まとめて倒れた。血が土に染み、湿った匂いが強くなる。倒れた仲間を引きずろうとする手が伸び、矢をつがえる手が震えた。
ディエゴは前へ出た。火縄銃の列に短く命じる。
「出てきた奴は足を止めろ。降りるなら捕虜だ。まだ振るうなら、そこで終わりだ」
火縄銃が間を置いて鳴った。煙の向こうで、敵の足が止まり、膝が折れる。泥に顔から突っ込み、呻き声が上がる。だが、なおも突っ込む者がいた。目を剥き、唾を飛ばし、矢をつがえたまま走る。ディエゴの側の兵が槍で受け、押し返す。抵抗が続いた者は、その場で倒された。見せしめのために、兵が声を張り、降りる者と降りない者を分けた。降りた者は縄で縛られ、地面に並ばされた。縄が皮膚に食い込み、息が荒くなる。土埃が口に入り、咳が出た。
拠点の奥から、泣き叫ぶ声が聞こえた。首長の妻たちだった。髪は乱れ、粉塵で頬が白くなり、布が肩からずれていた。幼い子を抱える者もいれば、両手を広げて男たちの前に立つ者もいた。女たちは土に膝をつき、首長の名を叫び、兵の足に縋りついた。声は掠れ、喉が裂けるようだった。誰かが倒れた夫の身体に抱きつき、背中を叩き、起きろと何度も叫んだ。返事はなく、煙の匂いだけが残った。
最後まで抵抗した首長の1人が、焼け落ちた梁の陰から飛び出した。槍先は震え、目は赤く、口から泡が飛ぶ。周囲の者が止めようとしても、振りほどいて突っ込む。ディエゴの兵が火縄銃を構え、短く引き金を引いた。乾いた音が1つだけ鳴り、男は前のめりに倒れた。土が跳ね、血が黒く滲んだ。妻が悲鳴を上げ、地面を叩いて泣き崩れた。別の妻は、喉の奥から細い声を絞り出し、兵の前で額を土に擦りつけた。
戦いが終わると、谷は急に静かになった。遠くで火がパチパチと弾け、煙が低く流れる。耳鳴りの中で、水の音だけがはっきり聞こえた。捕虜たちは縄で繋がれ、首を落として座っている。矢筒は空になり、弓は土に投げ出されていた。
ディエゴは倉の残骸へ入った。足元の土は粉と炭で柔らかく、踏むたびに沈む。壊れた箱の隙間から、金砂がこぼれている。指先で掬うと、重さが掌に乗り、ざらりと冷たい。鼻には火薬と焦げ木の匂い、口には粉塵の苦さが残る。兵が樽を運び、布袋を並べ、秤を出した。皿が沈むたび、兵の目が見開かれ、喉が鳴った。
その日の戦利は、金砂と金塊を合わせておよそ160,000グラム、銀はおよそ310,000グラムに達した。さらに首長たちの飾り輪、腕輪、首飾りが山になり、槍の穂先の下からも金の粉が出てきた。ディエゴは黙ってそれを見て、ニャシャへ目を向けた。ニャシャは視線を逸らさず、短く頷いた。彼女の頬には煤が薄く付き、汗が光っていた。
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[脚注]
〔注1〕タリロ〈28〉。ルヤ川沿いの金の谷を束ねる首長の妻だ。陶器を焼く一族の出で、幼いころから川砂の重さと流れを体で覚えてきた。夫の屋敷では女たちの採り分けを仕切り、砂金の袋を数える役も担っていた。襲撃の日は倉の裏で子を抱え、砲声で耳が塞がり、土埃で喉が焼けたまま縄を掛けられた。
〔注2〕ルテンデ〈35〉。マンウェ川方面の金の谷の首長の妻だ。ムタパ国本拠の縁戚から嫁いだ政治の婚姻で、婚礼の贈り物に牛と鉄器を受け取っている。夫の代わりに人質や贈答の段取りを決めることが多く、道の首長たちとも顔が利いた。抵抗の連携が始まったときも、矢を集める村と食糧を隠す村の名を知っていたため、捕縛後は黙り込んで唇を噛んだ。
〔注3〕ルド〈19〉。サビ川支流の小さな金の谷の首長の妻だ。隣村の首長家から差し出された娘で、嫁入りの時点で「戻れない」立場に置かれていた。夫の屋敷では若さを飾りに使われる一方、帳の中で耳に入る話だけは多かった。弓矢の補給や見張りの交代を夫が口にするたび、数を指で覚えてしまう癖がある。捕えられた直後、泣き声が止まると逆に周囲が不気味に感じられ、声を出せず震えた。
〔注4〕チポ〈30〉。北の峠を押さえる首長の妻だ。森の縁の村で育ち、蜂蜜と薬草の扱いに長けている。夫の屋敷では見張りの食と水を回し、夜番の交代に合わせて火を消す役も担った。矢の毒に使う草の名も知っているが、使い方を口にしたのは一度だけだ。襲撃の瞬間は戸口で子を押し戻し、縄を掛けられるまで土間に爪を立てて踏ん張った。
〔注5〕ファライ〈41〉。南の峠を押さえる首長の妻だ。歳の離れた夫に嫁ぎ、すでに成人した息子が2人いる。峠の通行から得る布と塩を管理し、夫が酒に溺れても家が回るように支えてきた。抵抗が始まると、若者たちの虚勢を煽る言葉を口にしたのは彼女だと噂されている。夫が倒れた後、顔を両手で覆い、土に額を打ちつけて泣いたが、途中から声が枯れて息だけが漏れた。
〔注6〕ニャメンダ〈27〉。上流の渡し場を押さえる首長の妻だ。漁と舟の一族の出で、縄の結びと流れの癖に詳しい。夫の仕事は通行人から小さな税を取ることだが、実際には彼女が舟の順番を決め、渡しの間合いを作っていた。襲撃の日、川の泥が足に吸い付き、逃げようとした女たちが転ぶのを見て叫んだ。捕縛されると、泥にまみれたまま子の名を繰り返し呼んだ。
〔注7〕マサシ〈22〉。下流の渡し場を押さえる首長の妻だ。ソファラへ下る荷を見送りに来た商人たちの言葉を聞いて育ち、スワヒリ語の挨拶とポルトガル語の数詞を少しだけ知っている。夫はそれを誇りにして客の前へ出したが、彼女は値切りの匂いを嫌っていた。抵抗の連絡役として矢筒の受け渡しを一度だけ手伝い、それが後で足枷になった。砲声の後、彼女は泣きながらも口を真一文字に結び、誰にも目を合わせなかった。
〔注8〕ムニャンガ〈34〉。金の量と相場を決める仲介の家の妻だ。父も母も商いの家の出で、布の目方と砂金の量を量る癖が体に染みついている。夫の横で袋の口を縛り、秤皿を磨き、取引の場では黙って相手の手元を見ていた。首長たちが結託すると、彼女は「道が荒れれば商いが死ぬ」と止めたが聞かれなかった。捕縛されたときは、夫の袖を握ったまま離さず、指が白くなるまで震えていた。
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挿絵は、『ポルトガル人によるアフリカ沿岸周航』です。
出典は、『講談社現代新書「新書アフリカ史」P253』です。
挿絵は、『アフリカ』です。
出典は、『筑摩書房「大航海時代」ボイス・ペンローズ著。荒尾克己訳。巻末地図。』です。
挿絵は、『アフリカ地図』です。
出典は、『帝国書院編集部編「地歴高等地図」P35』です。
挿絵は、『東アフリカ』です。
出典は、『帝国書院編集部編「地歴高等地図」P40』です。
挿絵は、『トルワ国とムタパ国』です。
出典は、『講談社現代新書〈新書アフリカ史〉P109』です。
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ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
輿乗(よじょう)の敵 ~ 新史 桶狭間 ~
四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】
美濃の戦国大名、斎藤道三の娘・帰蝶(きちょう)は、隣国尾張の織田信長に嫁ぐことになった。信長の父・信秀、信長の傅役(もりやく)・平手政秀など、さまざまな人々と出会い、別れ……やがて信長と帰蝶は尾張の国盗りに成功する。しかし、道三は嫡男の義龍に殺され、義龍は「一色」と称して、織田の敵に回る。一方、三河の方からは、駿河の国主・今川義元が、大軍を率いて尾張へと向かって来ていた……。
【登場人物】
帰蝶(きちょう):美濃の戦国大名、斎藤道三の娘。通称、濃姫(のうひめ)。
織田信長:尾張の戦国大名。父・信秀の跡を継いで、尾張を制した。通称、三郎(さぶろう)。
斎藤道三:下剋上(げこくじょう)により美濃の国主にのし上がった男。俗名、利政。
一色義龍:道三の息子。帰蝶の兄。道三を倒して、美濃の国主になる。幕府から、名門「一色家」を名乗る許しを得る。
今川義元:駿河の戦国大名。名門「今川家」の当主であるが、国盗りによって駿河の国主となり、「海道一の弓取り」の異名を持つ。
斯波義銀(しばよしかね):尾張の国主の家系、名門「斯波家」の当主。ただし、実力はなく、形だけの国主として、信長が「臣従」している。
【参考資料】
「国盗り物語」 司馬遼太郎 新潮社
「地図と読む 現代語訳 信長公記」 太田 牛一 (著) 中川太古 (翻訳) KADOKAWA
東浦町観光協会ホームページ
Wikipedia
【表紙画像】
歌川豊宣, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で
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