五聖戦記

ぽんぽん

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第2話

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「ガラガラガラと~どこへ行こうか、マチルダ商会♪
西で手にしたやっすい物が~、東でキンピカお金に変わる~♪
北のなんでもないガラクタが~、南じゃすんごい宝物~♪」
陽気な歌を口ずさみ、多くの積み荷を曳く馬車群の先頭には、赤い髪を風にたなびかせる美しい女性の姿があった。女商人マチルダ、世界をまたに駆けるマチルダ商会の社長である。
「姉御!もうすぐいつもの村ですぜ!」
王都の西にあるのどかな村。長旅が続く彼女のキャラバンにとって決して上客と言えるところではないが、いつも村民は温かくキャラバンを迎え入れてくれる安息の地であった。そう、安息の地だったのだ。
「なっ!?」
村があるはずの場所は燻る火の粉と死臭が立ち込めていた。
「いったい何があったんだい…」
王都の近くに野党はいない。神域と崇められる森に龍などいない。村が壊滅する理由などないはずである。
「姉御あぶねえ!!」
ヒュッと矢が彼女の眼前を掠める。
(賊かい!?)
盗賊ではなかった。彼女の視線の先には死んだ目をした青年が独りいた。
「…何をしに来た。…ここにはなにもないんだよ。それとも」
「      死人から追い剥ぎにでも来たのか      」
絶望と恨みの込められた言葉に、マチルダ達は一瞬たじろいだ。この村の生き残りだろうか。見たことのある面影があった。
「トーマ、君かい?あたしだよ、マチルダだよ。マチルダ商会の。」
「…マチルダ。あぁ、あ、ああぁ。マチルダさん…。」
青年は膝をつき地に伏して泣き声を洩らした。
「なにがあったんだい。あたしたちでよければ話を聞くよ。」
彼女達は憐れむしかなかった。一人試練に向かった先で砕かれた石碑。見知らぬ異形の獣に襲われた者たち。その獣に襲われ灰塵と化した村。生き残りは青年だけであった。
「…そうかい。そんな悲しいことがね。
お墓は作ったのかい?まだなら、まずはあんたの好きだった村人たちを弔ってやろうじゃないか…。」
彼の絶望と悲しみを拭うことはできない。いまできることはこれくらいだろうと、姉御肌のマチルダは彼に問いかけた。青年は静かに頷いた。

村人の墓を築き終わった頃、日は沈みかける頃、空は赤く燃える。商人たちは夕げの支度を始めていた。青年は思い出したかのように口を開いた。
「…平和だったんだ。試練に行く俺を、心配してくれた、励ましてくれた。幼なじみと誓ったんだ。必ず帰るって。なのに、なのにっ!」
青年は拳を握りしめ、大地に叩きつけた。マチルダはそっと肩に手をやった。
「もっとはやく気付くべきだった!森の主が村の近くに現れるはずがなかったんだ!奴が森の生き物に傷を負わされるはずがないんだ!もっとはやく戻っていれば!村は、村は!
    父様、母様…。」
15才の年で大切なものを全て失った彼に掛ける言葉などなかった。(あんたの命だけは助かったじゃないか)そんな言葉は気休めにしかならない。彼女はよく知っている。ただ抱き締めてやるしかないことを。日はすっかり沈んだ。夕げの支度は終わったようだ。
(まずはトーマに食事をあげよう。そして近くにいてあげよう。この子には暖かみが必要なんだ。)
食事を終えたトーマをマチルダはそっと抱き締めてやった。


太陽が顔を出した。夜明けだ。新しい1日の始まりだ。昨夜に泣き疲れたトーマはまだ寝ている。
「姉御、その坊主はどうするんですかい?」
「放っておくわけにはいかないだろ?こんなに優しい子が、野党になんかなれないし、させたくもないよ。」
トーマが目を覚ますと、キャラバンはすでに出発の準備を終えていた。彼女らには彼女達の旅があるのだ。
「マチルダさん、ありがとうございました。食事ももらって、話を聞いてくれて、それに、一緒にいてくれて。」
嬉しさと照れを隠しながら、トーマは感謝を述べた。
「それであんたはどうするんだい?この焼けた土地に住んでいくのかい?
やめときな、いつか野垂れ死ぬよ。
それよりどうだい?あたしらに付いて、王都まで行かないかい?」
「い、良いんですか?迷惑じゃ…」
「あたしも人手が欲しいんだよ。それに
そんな状態のあんたを放っておくわけにはいかないよ♪」
マチルダは馬上から優しく手を差し出した。トーマはその手を強く握りしめた。
「王都までだよ。そこから先は自分で生きていきな。なに、王都に行けばなんとかなるさ。仕事と住むところなんて余るほどあるよ」
トーマは笑顔とともに大きく頷いた。
「マチルダさん、ありがとうございます。
出発の前にお墓に寄っていいですか?両親とみんなに別れを告げてきます。」

「父様、母様、幼なじみ、みんな、俺はマチルダ商会に付いていって王都に向かいます。
一人で生きていけるように頑張ります。
いつか立派になったらここに村を作ります。
父様に負けない素晴らしい村を。
だから今は安らかに眠ってください。
そして見守ってください、俺の旅路を。」

「別れは済んだかい?じゃあ行くよ!」

村の紡いだ絆が自分を生かしてくれた。未来へと歩かせてくれた。感謝と追悼の思いを胸に、トーマは王都へと向かった。
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