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第二章 出グリューン
2 今後の目標を決めますわ
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悠太の人格を受け入れる決断を下したアリツェは、次に、今後の生活について改めて考えた。具体的には、これからの目標だ。
悠太の記憶から、アリツェは欲していた『霊素』と『精霊術』の知識を、今のこの世界ではありえない水準で手に入れた。もはや、精霊教の教義や研究から学ぶものは何一つない。改めて研究をする必要もない。……この世界の精霊術のレベルが低すぎて、研究したくともできない、と言ったほうが正確ではあるが。
であるならば、今後、伝道師として活動するうえで何に力点を置くべきであるのか。無為に人生を送らないためにも、考える必要があった。
「各地の霊素持ちの方への教育が、わたくしの使命になるのでしょうか」
精霊教の勢力が及んでいない地域はまだまだ多い。そういった地では、『霊素』持ちも、その才能をただ埋もれさせているだけだろう。
埋もれさせているだけであれば、まだいい。知らずに暴発させて、取り返しのつかない事態を引き起こす可能性も、ないとは言えない。
「霊素を持たない人にも、正しい知識を持っていただかなければいけないですわ。霊素持ちへの無用な偏見が生じないように、普及活動も頑張らないといけませんわね」
おぼろげながら、見えてきた。自分が何をなすべきなのか。何を使命にこの世に生を受けたのか。
(ヴァーツラフの奴も言っていたよ。オレが、この世界の住人に、霊素と精霊術の効率的な使い方を教えなけばいけないってね)
やはり、教師――ここでは、伝道師としてだが――こそが転職だったのだと、アリツェは改めて思った。
(っと、そういえば、今のオレ自身の能力ってどうなっているんだろう? アリツェ、ステータスを確認してくれないか?)
「すてーたす……? とは何ですの」
唐突に話題を変えた悠太に、アリツェは戸惑う。聞きなれない言葉に首をかしげた。
(おいおい、オレの記憶にあっただろう? 今の自分の能力について、客観的な数値で確認できるんだ。『ステータス表示』っていう技能才能を持っていないと見られないらしいから、あまり知られていないんだろう)
『ステータス表示』では、他者の技能才能まで覗き見ることはできない。そこまで深く他者の才能を探る能力は、存在しないらしい。なので、自己申告がない限りは、誰が『ステータス表示』の能力を持っているかわからないようだ。巷で『ステータス』があまり知られていない件についても、能力持ちの多くが、その力を隠したがるためだろう。
人間同士を客観的な尺度で測れる能力だ。悪用される可能性もあるし、秘密にしたがるのもわかる。アリツェも、人にむやみに教える気は起こらない。
「そういえばそうでしたわね。ええっと、操作は確か……」
具体的な身体の動きは不要だった。ただ、見たい相手を凝視し『ステータス表示』と念じれば発動した。自身のステータスを見たいときは、目をつぶればいい。
【アリツェ・プリンツォヴァ(カレル・プリンツ)】
12歳 女 人間
HP 250
霊素 450
筋力 35
体力 35
知力 40
精神 45
器用 10
敏捷 35
幸運 80
クラス:精霊使い 15(最大1体の使い魔使役可能)
クラス特殊技能:表示できません
使い魔:ペス(子犬)
出自レベル:表示できません
技能才能:表示できません
(なるほどねぇ。やはり、器用さの成長がひどいことになっているな……)
悠太の言に、アリツェは記憶をたどる。
「たしか、器用さのみ成長速度が最低、でしたわよね」
他の能力はすべて成長速度Aなのに対し、器用さだけはC。それにしても、10は低すぎるだろう。
「わたくし、そんなに不器用でしたかしら?」
自覚はなかった。なので、なおさら、今知った事実にショックを受けた。
(それほど細かい動きが要求されるような作業を、してきたことがなかったんじゃないのか?)
言われて過去を思い出す。確かに、細かい手作業をした記憶はなかった。
屋敷では侍女がいた。孤児院では、割り当てられていた作業は、子供たちのお守り役だった。だから、繊細な作業を求められるような場面には、これまで遭遇した経験がなかった。
(今後は、繊細な動きを要する作業を、何かしら日課にしたほうがいいかもしれないな。裁縫なり、料理なり)
「裁縫に料理、ですか……。でしたら、料理を覚えたほうが良いかしら? 自分で何も作れなければ、旅先で困る事態になりかねませんわね」
伝道師として各地を旅することになる。野営をする機会も多いだろう。
アリツェ一人ならともかく、当面は先輩伝道師と一緒だ。先輩に料理を作らせておいて、自分はただ見ているだけだなんて、とても通用しないだろうとアリツェは思う。
(その辺が無難かねぇ。味付け自体はそれほど器用さは関係しないだろうし、失敗しても、野菜や肉の切り方で見栄えが悪くなる程度、かな?)
失敗の影響がそれほどないのであれば、実利を考えても、料理の練習をしたほうがいいと思う。
(それに、アリツェには『健啖』もある。このスキルのおかげで、毒さえなければ大抵のものはおいしく食べられるから、たとえ味付けに大失敗しても、問題ないと言えば問題ないかな? 一緒に食べることになる先輩伝道師には、同情するけれど……)
なるべく失敗しないように努力しようと、アリツェは心に誓った。先輩伝道師が料理の不味さで苦しんでいるところに、自分だけ『健啖』でおいしくいただいている……、心苦しいことこの上ないだろう。
「他の能力は、順調に育っているのでしょうか?」
器用さについては、あきらめてコツコツ上げていくしかない。では、それ以外の能力はどうだろうか。アリツェの見立てでは、それほど悪くはないと思うが。
(身体的な部分は、年齢と性別を考えれば普通かやや良い程度、学力や精神面は結構優秀なんじゃないかな。せっかく貴族家に生まれたのに、微妙な環境になってしまったのが、ちょっと惜しいね。『神童』をあまり生かせなかった)
十二歳までの成長速度上昇補正――神童の技能才能を持ってはいたが、貴族としての最低限の教育しか受けられず、また、最後二年間は孤児院生活だったため、お世辞にもその才を活用できていたとは言えなかった。
これが、子爵家の一人娘として大事に育てられていたならば、もっと成長の余地があったはずだ。ダンスなり教養なり、もっと高度な教育を受けられただろう。
(学力や精神面が割とよく伸びたのは、『読解』の技能才能と、ペスと繋がったことによる精神リンクの構築によるのかな)
精神リンクと言えば、アリツェは疑問に思っていた。
「そういえばわたくし、いつの間に、ペスを使い魔にし、精神リンクを交わしていたのでしょうか」
ステータス上は、使い魔にペスが登録されている。だが、アリツェがペスを使い魔にした記憶はない。ただ単に、名前を付けて、ペットとして一緒に連れまわしているだけ、という認識だった。
(いつの間に、というよりもおそらくは、生まれた時から、が正解だと思う)
「どういうことですの?」
意味が分からず、アリツェは首をかしげた。
(ペスを見てオレは気づいた。転生前のオレが従えていた子犬のペスと、まったくの同一個体だ、と)
悠太は確信を持っているのか、断言した。
「では、ペスはもともと悠太様のいらっしゃった世界の住人だと、そういうことですの?」
(オレのいた世界というか、プレイしていたゲームの世界かな。オレの記憶が転生すると同時に、ゲームの世界からこの世界に『転移』してきたのかもしれない。ベースシステムは同じって言っていたから、まぁ無くはないか)
『転移』ということは、ペスは『転生』した悠太と違う、ということだろう。この世界に生まれ落ちた子犬に、前世のペスの記憶が乗っかっているわけではなく、ペスそれ自体が、何らかの力でこの世界に飛ばされてきた、と。
(そして、アリツェの体は生まれた時から精霊使いの素養を持っていた。最初から一匹の使い魔を従えられるだけの能力を、持っていたんだよ)
この世界に精霊術を普及させる使命を帯びて生まれたアリツェ……。記憶で見たヴァーツラフの思惑を考えるなら、それだけの能力を生まれながらに持っていたとしても、不思議ではないのかもしれない、とアリツェは思った。
(精神リンクが重要な使い魔だ。そのまま、転移したペスが、自らあんたにつながりに行ったのではないか、とオレは睨んでいる)
悠太はそう結論付けた。
精神リンクの大切さを、使い魔との絆の尊さを、他の誰よりも知る悠太だ。実際に、そうなのだろう。
『その通りだワンッ、ご主人。この世界に目を覚ました瞬間に、ご主人の強い霊素を感じたワンッ。すぐに、リンクを結ばせてもらったのだワンッ』
不意に脳裏に響く、十二歳の誕生日を目前に控えた頃に、たった一度だけ聞いた不思議な声。その声と同じだった。
そして、悠太の記憶の中にあるペスの声とも一致する。
「え? え? もしかして、ペスですの?」
アリツェは戸惑いながらも、傍らに座るペスの顔を見つめながら問うた。
『そうだワンッ! 前のご主人の記憶が戻り、精神リンクのつながりが適切な形に変化したから、こうして以前のように言葉を交わせるようになったワンッ』
ペスはうれしそうにしっぽを振った。
精霊言語――悠太の記憶によれば、クラス『精霊使い』の固有能力らしい。
クラス特有の技能なので、本来はアリツェ自身、生まれ落ちたその時から有しているはずだった。実際に、持っていた。
だが、霊素の使い方をまだ理解できていなかったアリツェは、この能力をうまく使えていなかった。
今は悠太の記憶が戻ったため、きちんと使えるようになったようだ。
(久しぶり、ペス。元気そうで何よりだ)
『前のご主人も、元気そうで良かったワンッ!』
久しぶりに心を通じ合わせ、悠太もペスもうれしそうだった。二人の強い絆を感じる。
「わたくしも、早く悠太様の域までリンクを深めてみせますわ!」
アリツェは決意を新たにした。
『そういえばご主人、ご主人は、二人いたりしないですかワンッ?』
ペスが唐突に、おかしなことを聞いてきた。
(二人? オレの人格と、アリツェの人格ってことか?)
悠太の言うとおり、確かに、今、アリツェの中には二人の人格が共存している。二人いる、と言えばそう言えるだろう。
『違うワンッ! ご主人の中の二人のことではないワンッ』
ではいったい、誰のことを話しているのだろうか。アリツェは訝しんだ。
『この世界に転移した時に感じたワンッ。強く精神リンクがつながっている相手を、もう一人』
ペスと繋がる、もう一人の人間の存在。アリツェは目をつぶり、考え込んだ。
アリツェ自身の記憶も、悠太の記憶も、たどっていくが心当たりはない。
「わたくしは兄弟もいない、親にすら捨てられた哀れな娘。該当するような人物は思い浮かびませんわ」
(うーん、わからないなぁ。もしかして、もう一人のテストプレイヤーのことか?)
ぽつりとこぼれた悠太の言葉に、アリツェはふと思った。
「あの、もしかして、なのですが……」
自信はなかったが、それなりに根拠はありそうだと思った考えを、アリツェは披露した。
「そのもう一人のテストプレイヤー様? どなたかは存じ上げませんが、もしかしてこの世界への転生体として、父に悠太様のキャラクター、カレル・プリンツを選択しているのではないでしょうか。それならば、わたくしと同じような能力、才能構成になっていても、何ら不思議ではありませんもの」
(なるほど、その可能性があったか!)
悠太は興奮しだした。
(ってことは、だ。そのテストプレイヤー、オレの知り合いの可能性が限りなく高いな!)
まったく謎だったテストプレイヤーの手がかりを得て、悠太は高揚している。
(よーし、アリツェ! オレたちの今後の目標に、一つ追加だ。もう一人のテストプレイヤーの転生体を、探し出す!!)
「……構いませんけれど、でも、その、あなたのお知り合いだったとして、お会いしてどうなさるおつもりですの?」
悠太の願いは、アリツェの願いでもある。アリツェは悠太の申し出を受けることに、吝かではなかった。
しかし、探し出す理由も知りたかった。今のところ、件の情報はまったくない。当てもなく、やみくもに探さねばならない。であるならば、その苦労に見合うだけの根拠が欲しかった。
精霊術普及に全力を注ぐべきところで、その意識を探し人捜索に分散させることになる。果たして、そこまでの価値があるのだろうか、と。
(オレのかつてのパーティーメンバーなら、信用できるし、心強い味方になる。オレたちは、そういった相手を一人でも多く探すべきだ)
「なぜですの?」
根拠としては弱いと、アリツェは思った。
(わからないのかい? オレたちは、貴族に、プリンツ子爵家に、追われる身なんだぞ。今は安全に見えても、いつ何時、どんな危険が襲い来るかわからない。保険は、いくらでもあったほうがいい)
最近穏やかだったので忘れがちだったが、子爵家がアリツェの命、最低でも自由を、奪いたがっている。悠太の言うとおりなのだろう。
(それに、今は関係が悪化しているようだけれど、子爵家が辺境伯家とのつながりを復活させたとき、その辺境伯家もオレたちに害をなそうとする可能性は、無きにしも非ずじゃないか? 子爵家はともかくとして、王家に大きな影響力を持つ辺境伯家を敵に回す事態になれば、とても危険だ)
想像以上に自身の将来を深く考えていた悠太に、アリツェは感心した。と同時に、アリツェはそこまで考えていなかった自分を糾弾したかった。
「わかりましたわ。悠太様のおっしゃるとおりだと、わたくしも思います」
悠太の提案を受け入れ、アリツェは決心した。アリツェ自身も、同じ父を持つ兄弟に会えるかもしれないと想像すると、少し楽しみな気持ちもあった。
「では今後の目標は大きく二つ、精霊術の普及活動と、もう一人のテストプレイヤー転生者の捜索。これで、よいですわね?」
悠太もペスも同意した。
今後は、この二つの方針を前提として、動いていくことになる――。
悠太の記憶から、アリツェは欲していた『霊素』と『精霊術』の知識を、今のこの世界ではありえない水準で手に入れた。もはや、精霊教の教義や研究から学ぶものは何一つない。改めて研究をする必要もない。……この世界の精霊術のレベルが低すぎて、研究したくともできない、と言ったほうが正確ではあるが。
であるならば、今後、伝道師として活動するうえで何に力点を置くべきであるのか。無為に人生を送らないためにも、考える必要があった。
「各地の霊素持ちの方への教育が、わたくしの使命になるのでしょうか」
精霊教の勢力が及んでいない地域はまだまだ多い。そういった地では、『霊素』持ちも、その才能をただ埋もれさせているだけだろう。
埋もれさせているだけであれば、まだいい。知らずに暴発させて、取り返しのつかない事態を引き起こす可能性も、ないとは言えない。
「霊素を持たない人にも、正しい知識を持っていただかなければいけないですわ。霊素持ちへの無用な偏見が生じないように、普及活動も頑張らないといけませんわね」
おぼろげながら、見えてきた。自分が何をなすべきなのか。何を使命にこの世に生を受けたのか。
(ヴァーツラフの奴も言っていたよ。オレが、この世界の住人に、霊素と精霊術の効率的な使い方を教えなけばいけないってね)
やはり、教師――ここでは、伝道師としてだが――こそが転職だったのだと、アリツェは改めて思った。
(っと、そういえば、今のオレ自身の能力ってどうなっているんだろう? アリツェ、ステータスを確認してくれないか?)
「すてーたす……? とは何ですの」
唐突に話題を変えた悠太に、アリツェは戸惑う。聞きなれない言葉に首をかしげた。
(おいおい、オレの記憶にあっただろう? 今の自分の能力について、客観的な数値で確認できるんだ。『ステータス表示』っていう技能才能を持っていないと見られないらしいから、あまり知られていないんだろう)
『ステータス表示』では、他者の技能才能まで覗き見ることはできない。そこまで深く他者の才能を探る能力は、存在しないらしい。なので、自己申告がない限りは、誰が『ステータス表示』の能力を持っているかわからないようだ。巷で『ステータス』があまり知られていない件についても、能力持ちの多くが、その力を隠したがるためだろう。
人間同士を客観的な尺度で測れる能力だ。悪用される可能性もあるし、秘密にしたがるのもわかる。アリツェも、人にむやみに教える気は起こらない。
「そういえばそうでしたわね。ええっと、操作は確か……」
具体的な身体の動きは不要だった。ただ、見たい相手を凝視し『ステータス表示』と念じれば発動した。自身のステータスを見たいときは、目をつぶればいい。
【アリツェ・プリンツォヴァ(カレル・プリンツ)】
12歳 女 人間
HP 250
霊素 450
筋力 35
体力 35
知力 40
精神 45
器用 10
敏捷 35
幸運 80
クラス:精霊使い 15(最大1体の使い魔使役可能)
クラス特殊技能:表示できません
使い魔:ペス(子犬)
出自レベル:表示できません
技能才能:表示できません
(なるほどねぇ。やはり、器用さの成長がひどいことになっているな……)
悠太の言に、アリツェは記憶をたどる。
「たしか、器用さのみ成長速度が最低、でしたわよね」
他の能力はすべて成長速度Aなのに対し、器用さだけはC。それにしても、10は低すぎるだろう。
「わたくし、そんなに不器用でしたかしら?」
自覚はなかった。なので、なおさら、今知った事実にショックを受けた。
(それほど細かい動きが要求されるような作業を、してきたことがなかったんじゃないのか?)
言われて過去を思い出す。確かに、細かい手作業をした記憶はなかった。
屋敷では侍女がいた。孤児院では、割り当てられていた作業は、子供たちのお守り役だった。だから、繊細な作業を求められるような場面には、これまで遭遇した経験がなかった。
(今後は、繊細な動きを要する作業を、何かしら日課にしたほうがいいかもしれないな。裁縫なり、料理なり)
「裁縫に料理、ですか……。でしたら、料理を覚えたほうが良いかしら? 自分で何も作れなければ、旅先で困る事態になりかねませんわね」
伝道師として各地を旅することになる。野営をする機会も多いだろう。
アリツェ一人ならともかく、当面は先輩伝道師と一緒だ。先輩に料理を作らせておいて、自分はただ見ているだけだなんて、とても通用しないだろうとアリツェは思う。
(その辺が無難かねぇ。味付け自体はそれほど器用さは関係しないだろうし、失敗しても、野菜や肉の切り方で見栄えが悪くなる程度、かな?)
失敗の影響がそれほどないのであれば、実利を考えても、料理の練習をしたほうがいいと思う。
(それに、アリツェには『健啖』もある。このスキルのおかげで、毒さえなければ大抵のものはおいしく食べられるから、たとえ味付けに大失敗しても、問題ないと言えば問題ないかな? 一緒に食べることになる先輩伝道師には、同情するけれど……)
なるべく失敗しないように努力しようと、アリツェは心に誓った。先輩伝道師が料理の不味さで苦しんでいるところに、自分だけ『健啖』でおいしくいただいている……、心苦しいことこの上ないだろう。
「他の能力は、順調に育っているのでしょうか?」
器用さについては、あきらめてコツコツ上げていくしかない。では、それ以外の能力はどうだろうか。アリツェの見立てでは、それほど悪くはないと思うが。
(身体的な部分は、年齢と性別を考えれば普通かやや良い程度、学力や精神面は結構優秀なんじゃないかな。せっかく貴族家に生まれたのに、微妙な環境になってしまったのが、ちょっと惜しいね。『神童』をあまり生かせなかった)
十二歳までの成長速度上昇補正――神童の技能才能を持ってはいたが、貴族としての最低限の教育しか受けられず、また、最後二年間は孤児院生活だったため、お世辞にもその才を活用できていたとは言えなかった。
これが、子爵家の一人娘として大事に育てられていたならば、もっと成長の余地があったはずだ。ダンスなり教養なり、もっと高度な教育を受けられただろう。
(学力や精神面が割とよく伸びたのは、『読解』の技能才能と、ペスと繋がったことによる精神リンクの構築によるのかな)
精神リンクと言えば、アリツェは疑問に思っていた。
「そういえばわたくし、いつの間に、ペスを使い魔にし、精神リンクを交わしていたのでしょうか」
ステータス上は、使い魔にペスが登録されている。だが、アリツェがペスを使い魔にした記憶はない。ただ単に、名前を付けて、ペットとして一緒に連れまわしているだけ、という認識だった。
(いつの間に、というよりもおそらくは、生まれた時から、が正解だと思う)
「どういうことですの?」
意味が分からず、アリツェは首をかしげた。
(ペスを見てオレは気づいた。転生前のオレが従えていた子犬のペスと、まったくの同一個体だ、と)
悠太は確信を持っているのか、断言した。
「では、ペスはもともと悠太様のいらっしゃった世界の住人だと、そういうことですの?」
(オレのいた世界というか、プレイしていたゲームの世界かな。オレの記憶が転生すると同時に、ゲームの世界からこの世界に『転移』してきたのかもしれない。ベースシステムは同じって言っていたから、まぁ無くはないか)
『転移』ということは、ペスは『転生』した悠太と違う、ということだろう。この世界に生まれ落ちた子犬に、前世のペスの記憶が乗っかっているわけではなく、ペスそれ自体が、何らかの力でこの世界に飛ばされてきた、と。
(そして、アリツェの体は生まれた時から精霊使いの素養を持っていた。最初から一匹の使い魔を従えられるだけの能力を、持っていたんだよ)
この世界に精霊術を普及させる使命を帯びて生まれたアリツェ……。記憶で見たヴァーツラフの思惑を考えるなら、それだけの能力を生まれながらに持っていたとしても、不思議ではないのかもしれない、とアリツェは思った。
(精神リンクが重要な使い魔だ。そのまま、転移したペスが、自らあんたにつながりに行ったのではないか、とオレは睨んでいる)
悠太はそう結論付けた。
精神リンクの大切さを、使い魔との絆の尊さを、他の誰よりも知る悠太だ。実際に、そうなのだろう。
『その通りだワンッ、ご主人。この世界に目を覚ました瞬間に、ご主人の強い霊素を感じたワンッ。すぐに、リンクを結ばせてもらったのだワンッ』
不意に脳裏に響く、十二歳の誕生日を目前に控えた頃に、たった一度だけ聞いた不思議な声。その声と同じだった。
そして、悠太の記憶の中にあるペスの声とも一致する。
「え? え? もしかして、ペスですの?」
アリツェは戸惑いながらも、傍らに座るペスの顔を見つめながら問うた。
『そうだワンッ! 前のご主人の記憶が戻り、精神リンクのつながりが適切な形に変化したから、こうして以前のように言葉を交わせるようになったワンッ』
ペスはうれしそうにしっぽを振った。
精霊言語――悠太の記憶によれば、クラス『精霊使い』の固有能力らしい。
クラス特有の技能なので、本来はアリツェ自身、生まれ落ちたその時から有しているはずだった。実際に、持っていた。
だが、霊素の使い方をまだ理解できていなかったアリツェは、この能力をうまく使えていなかった。
今は悠太の記憶が戻ったため、きちんと使えるようになったようだ。
(久しぶり、ペス。元気そうで何よりだ)
『前のご主人も、元気そうで良かったワンッ!』
久しぶりに心を通じ合わせ、悠太もペスもうれしそうだった。二人の強い絆を感じる。
「わたくしも、早く悠太様の域までリンクを深めてみせますわ!」
アリツェは決意を新たにした。
『そういえばご主人、ご主人は、二人いたりしないですかワンッ?』
ペスが唐突に、おかしなことを聞いてきた。
(二人? オレの人格と、アリツェの人格ってことか?)
悠太の言うとおり、確かに、今、アリツェの中には二人の人格が共存している。二人いる、と言えばそう言えるだろう。
『違うワンッ! ご主人の中の二人のことではないワンッ』
ではいったい、誰のことを話しているのだろうか。アリツェは訝しんだ。
『この世界に転移した時に感じたワンッ。強く精神リンクがつながっている相手を、もう一人』
ペスと繋がる、もう一人の人間の存在。アリツェは目をつぶり、考え込んだ。
アリツェ自身の記憶も、悠太の記憶も、たどっていくが心当たりはない。
「わたくしは兄弟もいない、親にすら捨てられた哀れな娘。該当するような人物は思い浮かびませんわ」
(うーん、わからないなぁ。もしかして、もう一人のテストプレイヤーのことか?)
ぽつりとこぼれた悠太の言葉に、アリツェはふと思った。
「あの、もしかして、なのですが……」
自信はなかったが、それなりに根拠はありそうだと思った考えを、アリツェは披露した。
「そのもう一人のテストプレイヤー様? どなたかは存じ上げませんが、もしかしてこの世界への転生体として、父に悠太様のキャラクター、カレル・プリンツを選択しているのではないでしょうか。それならば、わたくしと同じような能力、才能構成になっていても、何ら不思議ではありませんもの」
(なるほど、その可能性があったか!)
悠太は興奮しだした。
(ってことは、だ。そのテストプレイヤー、オレの知り合いの可能性が限りなく高いな!)
まったく謎だったテストプレイヤーの手がかりを得て、悠太は高揚している。
(よーし、アリツェ! オレたちの今後の目標に、一つ追加だ。もう一人のテストプレイヤーの転生体を、探し出す!!)
「……構いませんけれど、でも、その、あなたのお知り合いだったとして、お会いしてどうなさるおつもりですの?」
悠太の願いは、アリツェの願いでもある。アリツェは悠太の申し出を受けることに、吝かではなかった。
しかし、探し出す理由も知りたかった。今のところ、件の情報はまったくない。当てもなく、やみくもに探さねばならない。であるならば、その苦労に見合うだけの根拠が欲しかった。
精霊術普及に全力を注ぐべきところで、その意識を探し人捜索に分散させることになる。果たして、そこまでの価値があるのだろうか、と。
(オレのかつてのパーティーメンバーなら、信用できるし、心強い味方になる。オレたちは、そういった相手を一人でも多く探すべきだ)
「なぜですの?」
根拠としては弱いと、アリツェは思った。
(わからないのかい? オレたちは、貴族に、プリンツ子爵家に、追われる身なんだぞ。今は安全に見えても、いつ何時、どんな危険が襲い来るかわからない。保険は、いくらでもあったほうがいい)
最近穏やかだったので忘れがちだったが、子爵家がアリツェの命、最低でも自由を、奪いたがっている。悠太の言うとおりなのだろう。
(それに、今は関係が悪化しているようだけれど、子爵家が辺境伯家とのつながりを復活させたとき、その辺境伯家もオレたちに害をなそうとする可能性は、無きにしも非ずじゃないか? 子爵家はともかくとして、王家に大きな影響力を持つ辺境伯家を敵に回す事態になれば、とても危険だ)
想像以上に自身の将来を深く考えていた悠太に、アリツェは感心した。と同時に、アリツェはそこまで考えていなかった自分を糾弾したかった。
「わかりましたわ。悠太様のおっしゃるとおりだと、わたくしも思います」
悠太の提案を受け入れ、アリツェは決心した。アリツェ自身も、同じ父を持つ兄弟に会えるかもしれないと想像すると、少し楽しみな気持ちもあった。
「では今後の目標は大きく二つ、精霊術の普及活動と、もう一人のテストプレイヤー転生者の捜索。これで、よいですわね?」
悠太もペスも同意した。
今後は、この二つの方針を前提として、動いていくことになる――。
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2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
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ファンタジー
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