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第九章 二人の真実
9 わたくし十三歳になりましたわ
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中央大陸歴八一三年七月――。
真夏の照り付ける日差しの下、二頭の馬が街道を疾走していた。
馬上の二人は、お互いに日差しを避けるため、フードを目深にかぶっていた。陰になり、相手の表情はうかがえない。周囲には、風にあおられ激しく翻るマントの音と、馬の駆ける音だけが響き渡っていた。
「ドミニク様、ミュニホフまではあとどの程度でしょうか?」
アリツェは横を走るドミニクに尋ねた。
「このペースで進めば、夕方には帝都の城壁が見える距離まで近づけると思う」
ドミニクは少し考えこんだ後、答えた。
「どういたしましょうか? このまま、ミュニホフまで駆けてしまいましょうか?」
「いや、今からだと到着が深夜だね。街の門が閉まっている可能性が高い。一つ手前の街で宿を取り、翌朝ミュニホフ入りをしようか」
アリツェの提案にドミニクは首を振った。どうやら、もう少し進んだところに、小さい宿場町があるようだ。そこでの一泊をドミニクは主張した。
アリツェははやる気持ちを抑えきれなかったが、しかし、さすがに敵の本拠地に無策で飛び込むのも危険であるとは、重々承知している。ドミニクの案に、最終的にはうなずいた。
ミュニホフ手前の宿場町に到着すると、アリツェたちはすぐに宿を取った。
必要物資を補給し、宿の食堂で軽い夕食と相成った。空いている隅の席を確保すると、すぐさま女将が注文を取りに来る。
「女将、すまないがこれを買ってきてくれないか?」
注文を済ませた後、ドミニクが女将に何やらメモを渡した。
「何をお願いなさったのですか?」
アリツェは首をかしげた。
「ふふ、秘密さ」
ドミニクはニヤリと笑い、アリツェの問いをはぐらかす。
食い下がって聞こうと思ったが、ちょうど前菜のサラダが運ばれてきてうやむやになった。
「さて、夕食を食べたら、明日に備えてボクの部屋で少し打ち合わせをしよう」
今の件はまたあとで追及してみようとアリツェは思い直し、ドミニクに「わかりましたわ」と答えた。
アリツェは目の前の扉を軽くノックした。
夕食後なので、本来なら悠太の活動時間だったが、ドミニクからアリツェの人格で来てほしいと懇願されたため、夕食に引き続き、そのままアリツェが主になっている。
ちなみに、ドミニクには二重人格の事情は説明済みだった。半年前、初めてオーミュッツ郊外でラディムと出会ったとき、悠太と優里菜の人格が会話をし出したのをドミニクに見られており、どうにもごまかしようがなくなっていたからだ。
最初ドミニクは混乱していたが、やがて、「ああ、なるほど……。確かに思い当たる節が」と呟き、納得したようだった。悠太の悪役令嬢モードと普段のアリツェとのギャップに、元々何やら思うところがあったらしい。
「ドミニク様、よろしいでしょうか?」
少しの間をおいて、中からドミニクの声が聞こえ、扉が開かれる。
「ああ、待っていたよアリツェ。どうぞ」
ドミニクはアリツェを中へと誘導し、ベッドサイドに腰を下ろした。
「さぁ、そこにかけてくれ」
アリツェもドミニクに指示された椅子に腰を掛ける。
「それで、明日なんですが」
落ち着いたところで、アリツェは明日の行動について確認をしようと口を開いた。
「アリツェ、その前に――」
ドミニクは突然立ち上がり、ベッドのそば机に置かれた何かを持って、アリツェに近づいた。
「十三歳の誕生日、おめでとう」
アリツェの前に赤いバラの花束が差し出された。「急なプレゼントで、これくらいしか用意ができなかったけれど」とドミニクは言うが、そもそも、アリツェは誕生日自体祝ってもらえるとは思っていなかった。十分すぎるドミニクの心遣いに、アリツェの顔はかっと熱くなった。
「あ……、ドミニク様、ご存知でしたのね」
先ほどドミニクが宿の女将に頼んだものは、どうやらこの花束だったようだ。わざわざアリツェの人格を指定して部屋に呼んだのも、この花束を渡すためだろう。
「当り前さ。でもよかった、誕生日の夜に野宿にならなくて」
ドミニクの言うとおりだった。野宿では、とてもこのような心温まる贈り物は、もらえなかっただろう。
「ふふ、素敵なお花、ありがとうござます」
アリツェは花束に顔を近づけ、スッと香りを嗅いだ。かぐわしさで、アリツェの心はますます浮き立った。
「それと、これも渡しておくよ。帝都では何があるかわからない。はぐれた時のためにね」
ドミニクは胸元をごそごそといじくると、何かを外し、アリツェの手に握らせた。
アリツェがそっと手の平を開くと、一つのブローチが目に入った。おそらくは純金でできている。細工も非常に細かく、一目で高価なものだとわかる。しかもこの意匠、どこかで見たような気がした。はっきりとは思い出せなかったが。
「このブローチ、いつもドミニク様が身につけていらっしゃるものですよね。よろしいのですか?」
ドミニクにとってかなり大切な物のはずだ。はたして、このような物をもらってしまってもいいのだろうか。
「あぁ、むしろ、ぜひ君に受け取ってほしいんだ……」
戸惑うアリツェに、ドミニクはニッコリと微笑んだ。
「……ありがとうございます、ドミニク様」
少し躊躇したものの、アリツェはドミニクの好意を素直に受け止めることにした。
「アリツェ……。ラディムを無事に救出して辺境伯領に戻ったら、君に伝えたいことがある」
一転、ドミニクはいつになく真剣な面持ちで、アリツェを見据える。
「え? は、はい……。わかりましたわ」
突然変わった空気に、アリツェは動揺した。ドミニクの表情に、何やら決意めいたものを感じ取ったからだ。ドミニクはアリツェに、いったい何を告げたいのか。
……ドミニクの言葉を聞くためにも、無事に辺境伯領へ帰れるよう頑張ろう、そうアリツェは誓った。
真夏の照り付ける日差しの下、二頭の馬が街道を疾走していた。
馬上の二人は、お互いに日差しを避けるため、フードを目深にかぶっていた。陰になり、相手の表情はうかがえない。周囲には、風にあおられ激しく翻るマントの音と、馬の駆ける音だけが響き渡っていた。
「ドミニク様、ミュニホフまではあとどの程度でしょうか?」
アリツェは横を走るドミニクに尋ねた。
「このペースで進めば、夕方には帝都の城壁が見える距離まで近づけると思う」
ドミニクは少し考えこんだ後、答えた。
「どういたしましょうか? このまま、ミュニホフまで駆けてしまいましょうか?」
「いや、今からだと到着が深夜だね。街の門が閉まっている可能性が高い。一つ手前の街で宿を取り、翌朝ミュニホフ入りをしようか」
アリツェの提案にドミニクは首を振った。どうやら、もう少し進んだところに、小さい宿場町があるようだ。そこでの一泊をドミニクは主張した。
アリツェははやる気持ちを抑えきれなかったが、しかし、さすがに敵の本拠地に無策で飛び込むのも危険であるとは、重々承知している。ドミニクの案に、最終的にはうなずいた。
ミュニホフ手前の宿場町に到着すると、アリツェたちはすぐに宿を取った。
必要物資を補給し、宿の食堂で軽い夕食と相成った。空いている隅の席を確保すると、すぐさま女将が注文を取りに来る。
「女将、すまないがこれを買ってきてくれないか?」
注文を済ませた後、ドミニクが女将に何やらメモを渡した。
「何をお願いなさったのですか?」
アリツェは首をかしげた。
「ふふ、秘密さ」
ドミニクはニヤリと笑い、アリツェの問いをはぐらかす。
食い下がって聞こうと思ったが、ちょうど前菜のサラダが運ばれてきてうやむやになった。
「さて、夕食を食べたら、明日に備えてボクの部屋で少し打ち合わせをしよう」
今の件はまたあとで追及してみようとアリツェは思い直し、ドミニクに「わかりましたわ」と答えた。
アリツェは目の前の扉を軽くノックした。
夕食後なので、本来なら悠太の活動時間だったが、ドミニクからアリツェの人格で来てほしいと懇願されたため、夕食に引き続き、そのままアリツェが主になっている。
ちなみに、ドミニクには二重人格の事情は説明済みだった。半年前、初めてオーミュッツ郊外でラディムと出会ったとき、悠太と優里菜の人格が会話をし出したのをドミニクに見られており、どうにもごまかしようがなくなっていたからだ。
最初ドミニクは混乱していたが、やがて、「ああ、なるほど……。確かに思い当たる節が」と呟き、納得したようだった。悠太の悪役令嬢モードと普段のアリツェとのギャップに、元々何やら思うところがあったらしい。
「ドミニク様、よろしいでしょうか?」
少しの間をおいて、中からドミニクの声が聞こえ、扉が開かれる。
「ああ、待っていたよアリツェ。どうぞ」
ドミニクはアリツェを中へと誘導し、ベッドサイドに腰を下ろした。
「さぁ、そこにかけてくれ」
アリツェもドミニクに指示された椅子に腰を掛ける。
「それで、明日なんですが」
落ち着いたところで、アリツェは明日の行動について確認をしようと口を開いた。
「アリツェ、その前に――」
ドミニクは突然立ち上がり、ベッドのそば机に置かれた何かを持って、アリツェに近づいた。
「十三歳の誕生日、おめでとう」
アリツェの前に赤いバラの花束が差し出された。「急なプレゼントで、これくらいしか用意ができなかったけれど」とドミニクは言うが、そもそも、アリツェは誕生日自体祝ってもらえるとは思っていなかった。十分すぎるドミニクの心遣いに、アリツェの顔はかっと熱くなった。
「あ……、ドミニク様、ご存知でしたのね」
先ほどドミニクが宿の女将に頼んだものは、どうやらこの花束だったようだ。わざわざアリツェの人格を指定して部屋に呼んだのも、この花束を渡すためだろう。
「当り前さ。でもよかった、誕生日の夜に野宿にならなくて」
ドミニクの言うとおりだった。野宿では、とてもこのような心温まる贈り物は、もらえなかっただろう。
「ふふ、素敵なお花、ありがとうござます」
アリツェは花束に顔を近づけ、スッと香りを嗅いだ。かぐわしさで、アリツェの心はますます浮き立った。
「それと、これも渡しておくよ。帝都では何があるかわからない。はぐれた時のためにね」
ドミニクは胸元をごそごそといじくると、何かを外し、アリツェの手に握らせた。
アリツェがそっと手の平を開くと、一つのブローチが目に入った。おそらくは純金でできている。細工も非常に細かく、一目で高価なものだとわかる。しかもこの意匠、どこかで見たような気がした。はっきりとは思い出せなかったが。
「このブローチ、いつもドミニク様が身につけていらっしゃるものですよね。よろしいのですか?」
ドミニクにとってかなり大切な物のはずだ。はたして、このような物をもらってしまってもいいのだろうか。
「あぁ、むしろ、ぜひ君に受け取ってほしいんだ……」
戸惑うアリツェに、ドミニクはニッコリと微笑んだ。
「……ありがとうございます、ドミニク様」
少し躊躇したものの、アリツェはドミニクの好意を素直に受け止めることにした。
「アリツェ……。ラディムを無事に救出して辺境伯領に戻ったら、君に伝えたいことがある」
一転、ドミニクはいつになく真剣な面持ちで、アリツェを見据える。
「え? は、はい……。わかりましたわ」
突然変わった空気に、アリツェは動揺した。ドミニクの表情に、何やら決意めいたものを感じ取ったからだ。ドミニクはアリツェに、いったい何を告げたいのか。
……ドミニクの言葉を聞くためにも、無事に辺境伯領へ帰れるよう頑張ろう、そうアリツェは誓った。
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