わたくし悪役令嬢になりますわ! ですので、お兄様は皇帝になってくださいませ!

ふみきり

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第十章 皇子救出作戦

3 伯爵様と打ち合わせですわ

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 伯爵家での晩餐会が始まった。

 ドミニクもすでに合流済みで、この場で簡単に伯爵に紹介した。

「君がドミニク殿かね。ザハリアーシュの導師部隊とやりあったと、アリツェ殿から伺ったが」

 ムシュカ伯爵は、じろりと値踏みをするようにドミニクを見遣った。

「ええ、ムシュカ伯爵。彼らのマジックアイテムには少々手こずりましたが、どうやらまだ、本格的な訓練はされていないようでした。簡単な陽動に引っかかってくれたので、こうして、どうにか逃げ出すことに成功しております」

 伯爵の視線に動じることなく、ドミニクは昨夜の状況を説明しだした。

「では、かの部隊が練度を上げる前に、叩いてしまった方がよいな……」

 伯爵は少し考えこんだ後、つぶやいた。

「私もそれには同意ですね。彼らに時間を与えれば、連携の精度が上がって被害が増しますよ。まだ子供なだけあって、教え込めば呑み込みが早そうです。あまり悠長にはしていられないと思います」

 ドミニクは首肯した。

 伯爵はドミニクの的確な意見を耳にして、少し驚いたように見えた。「まだ若いのに、なかなか聡明な男だな」とボソッと口にしたのを、アリツェは聞き逃さなかった。

 ドミニクを高く評価され、なんだかアリツェも心地が良い。

「こちらも挙兵の準備は整い、今、先遣部隊を帝都に向かわせているところだ。到着次第、まずはラディム殿下の救出を行いたい。本格的な交戦は、とにかく殿下の無事を確保してからだ。殿下という大義名分がこちらになければ、事を起こすのは難しいからな」

 現状で、伯爵側は反乱軍との位置づけになる。他国との関係を考えても、皇族という錦の御旗は絶対に必要だった。

「伯爵様。でしたらわたくしたちが再度、宮殿に忍び込もうと思いますの」

 本格的な開戦をしない以上、やはりラディム救出は、少数精鋭で宮殿に忍び込む以外にないとアリツェは思う。

「しかし、一度失敗しているのだろう? 大丈夫なのか?」

 伯爵は頭を振った。

「昨夜は宮殿内部の状況がまったく分からない中での作戦でしたわ。ですが、エリシュカ様の情報があれば、話は別でございます。宮殿内の詳しい位置関係さえわかれば、いかようにでもできる自信がありますわ」

 宮殿の見取りがわからなく、むやみやたらと歩き回ったための昨夜の失敗劇だ。宮殿内の事情をだれよりも知るエリシュカの情報があれば、まったく話は変わってくる。

「併せて、伯爵の先遣隊に宮殿外でうまい具合に陽動をしていただければ、さらに成功率が上がると思いますわ」

 衛兵たちの注意を外に向けられれば、それだけ宮殿内の警戒は緩くなる。ここはぜひとも、伯爵に頑張ってもらいたい部分だった。

「フム……。悪くはない提案だな。エリシュカ、どう思う?」

 満足げに伯爵は首肯し、隣に座るエリシュカに話を振った。

「殿下の救出にお役に立てるのであれば、わたくしの知っている情報は包み隠さず、すべて提供します! アリツェ様、どうか、どうか殿下を助けてください!」

 ここまでおとなしく黙って話を聞いていたエリシュカは、一転、身を乗り出して、強い口調でアリツェに頼み込んだ。真剣な眼差しが、本気でラディムの身を案じているのだとよくわかる。

 アリツェは「お任せくださいまし」と口にすると、力強くうなずいた。

「では、アリツェ殿とドミニク殿の案に、乗ることにしよう。先遣隊が到着次第、あなた方の泊まる宿に連絡をする。その晩に行動開始という形で、よろしいかな?」

「わかりました、よろしくお願いいたしますわ」

 異論はなかったので、アリツェは同意の返事をした。

「本来は我が屋敷に滞在してもらうところなのだが、作戦実行前に我々がお互い関係しているところを、むやみやたらに周囲に知られるわけにもいくまい。すまないな」

「とんでもございませんわ。……こうして、宿代の補助もいただけましたし、ご助力に感謝いたしますわ」

 確かに、作戦前に伯爵と組んでいる件を知られるのは具合が悪い。特に、ザハリアーシュ率いる導師部隊には注意が必要だった。隠密に長けた何らかのマジックアイテムを所持している可能性もある。両者の関係性がばれて、その関係性を逆手に取った罠でも張られたら、たまったものではない。伯爵との接触は最小限にすべきだと、アリツェも思う。

「代わりといってはなんだが、エリシュカをそちらの宿へ出向かせる。宮殿内の状況等、その際に詳しく聞いてほしい」

「よろしくお願いします、アリツェ様!」

 伯爵に水を向けられたエリシュカは、協力できてさもうれしいとばかりにニッコリと微笑んだ。






 ムシュカ伯爵家の先遣部隊が帝都に到着した。

 アリツェとドミニクの泊まる宿に伯爵からの使者が訪れ、伯爵邸で最終的な作戦の詰めを行うと伝えられた。

 すぐさまアリツェたちは宿を引き払うと、ムシュカ伯爵邸に向かった。

 伯爵邸内には多くの兵が詰めかけており、雑然としている。伯爵家はまだ本格的な交戦は無理なため、なるべく水面下での行動を心がけていた。このため、先遣部隊も伯爵邸内に入りきる程度の規模だった。

 だが、それでも三百名ほどはいた。先遣隊の時点で、プリンツ子爵家の領軍よりも数が多い。この辺りは、さすがに帝国有力貴族といったところだ。伯爵という爵位以上の実力を持っていた。辺境伯クラスの力を持っているのではないかと思われる。

 ムシュカ伯爵と会見したアリツェとドミニクは、夜の作戦について話し合い、次のとおりにまとめた。

一.まず、宮殿正面でムシュカ伯爵家の先遣部隊によって陽動を行う。指揮はムシュカ伯爵が執る。

二.衛兵の注意が宮殿正面に向いたのを確認したら、裏手からアリツェとドミニクが精霊術で身を隠しつつ侵入する。侵入経路は、以前と同じ予定。

三.宮殿内では余計な場所には足を踏み入れず、一直線に地下牢へ向かう。経路はエリシュカから確認済み。

 単純な作戦だったが、結局はあれこれ策を弄するよりも確実だろうと、皆同意した。

「では、日付が変わる頃合いに、私とエリシュカで陽動を始める。すぐさま、君たちは宮殿の裏手に回りたまえ」

 伯爵は隣に立つエリシュカの肩をぐっと抱きながら、悠太たちに指示を送った。

 エリシュカは少し震えているように見える。話を聞く限り、実戦の場に出るのは今回が初めてらしい。伯爵は、そんな娘の不安を取り除こうとしているのだろう。

「わかりましたわ。それで、侵入のタイミングですが、どうすればよいでしょうか。裏手からでは、衛兵の注意がどれほど正面側にひきつけられているのかわかりませんわ」

 時間で決めての突入も、あまりうまい手段ではない。万が一陽動がうまくいかなかった場合、衛兵が宮殿内に多数残ることになり、アリツェたちが発見される危険性が高まるからだ。

「そこで、アリツェ殿の精霊術が使えないか? 遠方との連絡を取れると聞いている。使い魔のどちらかを我々の傍において、使い魔をとおして逐次状況を確認してほしいのだが、可能だろうか」

 伯爵の提案に、アリツェはポンっと手を叩いた。妙案だった。

 精霊使いではない伯爵に、精霊術を活用した作戦を提案されるとは、少々恥ずかしい。あとで悠太にバカにされるかもしれないと、アリツェは少し気をもんだ。

「なるほど……。では、この鳩のルゥを伯爵様の傍に置いておきます。この子は自由に空を飛べますので、万が一私がピンチに陥っても、すぐさま飛んで宮殿内に救援に入れますし、都合がよろしいかと思いますわ」

 アリツェはすぐさま気持ちを切り替え、伯爵の案に同意をした。

 ペスよりはルゥのほうが、伯爵の案での役割をうまくこなせそうだったので、ルゥを伯爵の傍に、ペスはアリツェとともに、との役割分担をした。

「では、その作戦で行こう。……くれぐれも、殿下をよろしく頼む」

「もちろんですわ!」

 神妙に頭を下げる伯爵に、アリツェは元気よく応じた。伯爵に頼まれるまでもない、血のつながった兄を助けるのに、何の躊躇が必要だろうか。

「殿下の救出が成ったら、すぐさま全軍を連れて帝都を離れる。今はまだ、正面から帝国軍とは戦えない。いったん私の領地に引っ込み、プリンツ辺境伯との連携を図って、事を起こしたい」

 ラディム救出がなれば、帝都からの即時の撤退を図る。失敗は許されない。陽動が適うのは今晩限りだ。

 ラディムを助け出せなければ、アリツェたちも伯爵家も、どちらも命の危険が迫る。……身の引き締まる思いだった。

「承知いたしましたわ。お互い、ご武運を!」

 アリツェは伯爵とがっちりと握手を交わした。
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