わたくし悪役令嬢になりますわ! ですので、お兄様は皇帝になってくださいませ!

ふみきり

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第十一章 婚約

9 婚約破棄されましたわ……

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「アリツェ・プリンツォヴァ! ボクは君との婚約を解消すると、今ここに宣言する!」

 ドミニクの張り上げた声が、王宮のホールに高らかと響き渡った。

 王国内が精霊教で統一されたことを祝うこの宴には、王国各地から名だたる貴族や高位聖職者が駆けつけている。参加者は皆、思い思いに今後の王国の行く末やら、隣国ヤゲル王国との関係やらについて、ああだこうだと談笑を交えつつ話していた。そんな中での、唐突な第二王子ドミニクの宣言だった。

 周囲の喧騒は一気に引け、皆、一斉に声の主であるドミニクを注視する。

 ドミニクのすぐ隣には、白一色の精霊教司祭のローブを身にまとった少女、『聖女』クリスティーナの姿があった。

「ボクはヤゲル王国の王女、また、精霊教の『聖女』でもあるクリスティーナを、新たに婚約者と決めた!」

 ドミニクは腕を伸ばしてクリスティーナの肩をつかむと、そのまま傍らに抱き寄せる。

 クリスティーナは顔を紅潮させて、ドミニクのされるがままになっていた。

「アリツェ、君には失望させられた。クリスティーナへの数々の嫌がらせや、精霊教を捨てて世界再生教に加担し、魔術を使って人心の混乱を図ったこと、すべて、このボクは知っているぞ!」

 ドミニクは蔑んだ視線をアリツェに送ってきた。

 アリツェは泣きたい衝動をぐっとこらえた。ドミニクの糾弾はすべて真実だ。すべては自らの行動の結果。アリツェに、ドミニクを非難する資格はなかった。

 だが、こうして愛する人から否定され、冷めた視線を送られるのは、胸が張り裂ける思いだった。

 ドミニクに抱かれているクリスティーナは、怯えるような表情を浮かべている。だが、僅かに目が笑っているようにも、アリツェには見えた。

「あぁ、今思い出しても恐ろしいです。アリツェに仕組まれた仕打ちのもろもろを思い出すと、今でも私の体は震えが止まりません。怖いですわ、ドミニク様……」

 何をいけしゃあしゃあと言っているんだ、とアリツェは声を張り上げたくなった。そもそも最初に人の婚約者に色目を使ってきたのは、いったい誰だと言うのだ。まぁ、その件を利用して、こうしてドミニクとクリスティーナが結ばれるように仕向けたのは、アリツェ自身であったが。

「かわいそうなクリスティーナ……。大丈夫、あの悪女には二度と手を出させない!」

「あぁ、ドミニク様。私、うれしいです!」

 力強く口にするドミニクに感極まったようで、クリスティーナは目に涙を浮かべていた。

(大した演技ですわ……。将来は、役者にでもおなりになるとよろしいかと、わたくし思いますわ)

 アリツェは冷めた視線をクリスティーナへと送った。

「アリツェ、お前の王国臣民としての資格をはく奪する! 追放だ! 二度と、この王国の地に足を踏み入れるな!」

 ドミニクの宣言に応じて、周囲からは「この悪女め!」やら、「殺されないだけ、王子の慈悲に感謝するんだな」など、言いたい放題の心無い罵声が飛んでくる。アリツェは耳を覆いたくなったが、ここで隙を見せてはだめだった。最後まで勤めをきちんと果たさねばならなかった。

 アリツェはドミニクへの愛情を押し潰し、こうして国のため、世界のために動いた。周囲の誤解を受けるのも厭わず、アリツェはひたすら目的を果たすために、自分を殺した。悪女だなんだと言われようと、意思を貫きとおした。

(すべてはわたくしが望んだこと。これでいいのです。だってわたくしは――)

 込み上げる涙を必死で押しとどめ、アリツェはドミニクを見つめた。好きな人の姿を瞳に映せるのは、これが最後になるだろうから。

(悪役令嬢なのですから……)

 アリツェはこれ以上、抱き合うドミニクとクリスティーナの姿を目に入れられず、二人に背を向けてそのままホールの出口へと進んだ。

 もう二度と、この王都プラガの王宮にくることもないだろう……。

(わたくしはこれから、帝国の人間になるのです。アリツェ・プリンツォヴァは死にましたわ。これからは、アリツェ・ギーゼブレヒトとして、お兄様とともにムシュカ伯爵家で過ごすことになりましょう)

 ホールの出口に差し掛かったところで、再びドミニクの怒鳴り声が聞こえた。

「アリツェ! 渡した金のブローチ、返してもらおうか!」

 ドミニクの指示が飛ぶや、アリツェはホール入り口にいた警備兵に体をつかまれ、強引に胸元からブローチを引きちぎられた。

「な、なにをするのですか! 無礼者!」

 アリツェは突然の仕打ちに、動転しつつも抗議の声を上げた。

「王国の裏切り者に対して、礼を尽くす必要などあるまい!」

 冷たく言い放つドミニクの声が、アリツェの心をえぐる。

(こんな結果が待っていると承知していたうえで、行動をしてきましたわ。でも、実際にこうして警備兵にも辱められるわたくし自身の姿を思うと、心が萎えそうですわ)

 目的を果たした警備兵は、まるでゴミを見るかのような目つきでアリツェをにらみつけて、そのままホールから叩きだした。

「きゃっ!」

 突き飛ばされた衝撃で、アリツェは転倒し、床に這いつくばる。

「あぁ……、なんともみじめですわ……」

 よろよろと立ち上がると、ドレスに付いた埃を手で払い、ホールを背にした。

 アリツェは先ほどまでブローチがついていた胸元に目を落とした。こらえていた涙が、自然と零れ落ちた。ドミニクの婚約者の証であった金のブローチ。それももはや取り上げられ、間もなく、クリスティーナの胸元で輝くことになるのだろう。

(でもこれで、フェイシア王国とヤゲル王国は……)

 アリツェは愛する人の姿を脳裏に思い浮かべて、今後の幸福を祈った。

 選び取ったこの選択肢が間違っていたとは思わない。アリツェは貴族の娘として、己を殺してまで民を護る道を選んだのだ。たとえ自らは裏切り者とそしられようとも。もう王国にはいられなくなったが、今後は王国と連携して動くムシュカ伯爵の下で、王国の民の幸せを願うだけだ。

(さようなら、ドミニク。短い間でしたが、わたくし、本当に楽しく、幸せでしたわ……)

 アリツェは最後にもう一度振り返り、わずかに見えるドミニクの姿を視界にとらえ、微笑んだ。
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