わたくし悪役令嬢になりますわ! ですので、お兄様は皇帝になってくださいませ!

ふみきり

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第十二章 悪役令嬢爆誕

10 ここにも例のメダルがあるだなんて

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 自室に逃げ帰ったアリツェは、そのままベッドに飛び込んだ。慣れないことをしているために、精神的疲労が激しい。

(らちが明かない)

 進展のない状況に、悠太は不満を漏らした。

「ええ、そうですわね」

 事実そのとおりだったので、アリツェもうなずいた。

(そこで、以前クリスティーナがつぶやいていたブツに手を出そうと思う)

「バッグを隠したときに、見られたくなさそうにしていたアレですか?」

 クリスティーナの精霊術でバレてしまったのでそそくさと退散したため、それ以上の詳細はわからない。

(あぁ、それを持ち出して、隠してしまおう)

 確かにあの時のクリスティーナは、バッグに収めていた物を見とがめられなくて安堵している様子だった。であるならば、そのアイテムをこっそりと隠してしまえば、かなりの嫌がらせになると思えた。






 アリツェは風の精霊術で臭いと音を消し、慎重にクリスティーナの部屋に忍び込んだ。部屋には誰もいない。使い魔の猫の姿も、今はなかった。

 アリツェはさっそくバッグを開け、中身を漁った。

(この布に包まれている物でしょうか?)

 黒い布に包まれた円盤状の物体を見つけた。布を外せば、中から金に輝くメダルが姿を現す。

(それっぽいのは他にはないな。よし、とっとと持ち出そう)

 アリツェは悠太の言葉に同意しメダルを掴むと、立ち上がって部屋を去ろうとした。とその時、突然部屋の入口から男の声が響き渡った。

「ちょっと待った!」

「え!?」

 アリツェが慌てて振り向くと、アレシュが仁王立ちになって入り口をふさいでいる。バッグを漁る音で、隠していた気配に気づかれたようだ。一度気付かれてしまえば、姿自体を隠しているわけではないので、見とがめられるのは仕方がない。

「貴様、クリスティーナ様の部屋で何をしている!」

 アレシュはアリツェをにらみつけると、ビシッと指をさした。

「あら、アレシュ様。ごきげんよう」

 動揺する心を悟られないように、アリツェは笑みを浮かべながらアレシュに挨拶をする。

 そんなアリツェの言葉に、アレシュは不機嫌さを隠そうともしていない。大分イライラしている様子だった。

「いえ、少々クリスティーナ様とおしゃべりを楽しもうかと」

 面倒ごとは避けたかったので、アリツェは適当な言い訳でごまかそうと試みる。

「何をバカな……。貴様、さんざんクリスティーナ様に嫌がらせをしているじゃないか。それが、おしゃべりをしにきただと? そんな妄言、いったい誰が信じるものか!」

 アレシュは顔をゆがませ、怒声を上げる。

「オーッホッホッホ! わたくしが信じますわ! 何の問題がございましょうか」

 アレシュに対抗するため、アリツェは懐から扇子を取り出すと、バッと広げて口元にあてながら高笑いを上げた。以前グリューンの街にいたころに、悠太が「悪役令嬢ならこれだな」と言いながら頻繁にやっていたしぐさを真似してみる。

「ふんっ! 大方また、嫌がらせをしに来たのだろう? その手に持っているメダルは何だ。どうせそれも、クリスティーナ様の物なんだろう? 持ち出してどこかに隠すつもりだな!」

 さすがに年下の子供と言えども、アリツェの行動の意図はわかったようだ。まぁ、状況を見れば、それ以外ないとも言えるが……。

「おほほほほっ」

「ごまかしてもダメだっ! さあ、こっちによこせ!」

 笑って適当にあしらおうとアリツェは思ったが、当り前だがアレシュには通じなかった。アレシュは鼻息荒くアリツェに近づいてくる。

「あっ!」

 アレシュがアリツェの手に持つメダルに手をかけようとした瞬間、アリツェは手を滑らせメダルを床に落とした。

(え!?)

(これは!?)

 その際に布が完全にめくれ、金のメダルの意匠が目に飛び込んできた。……『龍』が、刻まれていた。

「ん? なんだこのメダルは。……ほう、さすがは聖女様が大切にされているものだ。龍の意匠が刻まれた金のメダルとは、素晴らしいな」

 アレシュはメダルを拾い上げ、掲げながら繁々と眺めた。

(なぜ、クリスティーナ様があのメダルをお持ちで?)

 アリツェは目の前の光景が信じられなかった。まさか、クリスティーナが隠し持っていたアイテムが、アリツェやラディムの持つ『精霊王の証』と同一のものだとは思ってもいなかった。

(わからん。だが、これで聖女の謎はますます深まったぞ。本当に、オレや優里菜と同じ転生者の可能性が出てきたな)

 今のところ、『精霊王の証』は転生者がらみの者のところにしか存在していない。アリツェたちはこのメダルを転生のキーアイテムではないかとにらんでいた。であるならば、このメダルを持つクリスティーナも転生者の可能性が限りなく高くなる。

(どうしましょうか。あとで本人にそれとなく鎌をかけてみますか?)

 悠太を超えるであろう精霊術の実力に、転生のキーアイテムと見込まれる『精霊王の証』まで持っている。クリスティーナ本人に聞かないわけにはいかなかった。

(だな。確かめてみよう。もしかしたら、転生者とわかればまた別の手段が取れるかもしれない。オレの知り合いであれば、無理にアリツェとドミニクの間を裂かなくても、話が済むかもしれないぞ)

(それは朗報ですわ! わたくしも、悪役なんて続けたくありませんわ!)

 悠太の言葉に、アリツェはパッと顔を上げた。もし本当に悠太の知り合いの転生者であるならば、もう心を殺して悪役令嬢を演じる必要がなくなる。今のアリツェにとって、これほどうれしい話はない。

「おい、何を固まっている。何か申し開きはないのか?」

 アレシュは訝し気にアリツェの顔を覗き込んできた。

「オーッホッホッホ! アレシュ様、まだいらっしゃったのですか?」

 だが、今のアリツェにはアレシュに構っている時間はない。早くクリスティーナに事実を確認したくてたまらなかった。心がはやる。結果、アレシュへの扱いがぞんざいになった。

「な、……なんだと?」

 アレシュはアリツェの言葉に衝撃を受けたようで、言葉を詰まらせた。

「わたくし今、大変に忙しいのですわ。お戯れはまた今度でお願いいたしますわ」

 口を半開きにしながら呆然と立つアレシュにアリツェは言い捨てると、さっさとクリスティーナの部屋を後にした。

「ま、まて! アリツェ!」

 アレシュの呼び止める叫び声が聞こえたが、面倒なのでアリツェは無視を決め込んだ。






「問いただしてみましたが……」

(見事にはぐらかされたな)

 クリスティーナへの詰問は不発に終わった。

 アリツェはぐったりと自室のベッドに転がった。精神的な疲労が重なり、もう服を着たままベッドに乗ってもはしたないなどと思う気持ちは吹き飛んでいた。

 何度かあれこれとそれらしい質問をぶつけてはみたものの、クリスティーナからの返事はすべて「何のお話だか、さっぱり分かりません」だった。

「どういたしましょうか?」

(仕方がない、当面は作戦継続だな)

 アリツェの問いに、悠太の非情な答えが返ってくる。

「はぁぁー……、やはり、そうですわよね」

 先ほどまでの喜びが一転、また悪役令嬢を演じる羽目になった。アリツェは枕に顔を押し付け、うんうん唸り声をあげた。

(我慢我慢だ、頑張ろうアリツェ)

 悠太が慰めるが、アリツェは泣きそうだった。人生はなんてままならないんだろうと痛感した……。
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