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第十六章 王国軍対帝国軍
5 精霊術をお見舞いするのですか?
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国境の森の端で、王国軍と帝国軍のにらみ合いが始まった。布陣している戦力はほぼ同数、互いに相手の出方を探る状況になっている。地の利のある王国軍側も導師部隊の動向がいまだつかめていないため、性急な突撃は避けていた。
結局、冬場の日没の早さも相まって、会戦初日は多少の小競り合いのみで終結した。双方軍を引き、翌日の戦闘の準備に戻っていく。
アリツェはルゥに指示を出し、日中、上空から霊素反応がないかを警戒していた。森の中も含めて近くにそれらしき反応はなかったので、どうやら現時点では、導師部隊は前線に出てきてはいないようだった。
翌日以降も同様に、アリツェは油断なく周囲に目を光らせた。だが、結果は変わらない。正規兵同士の会戦も、今のところは一進一退で、どちらが優勢といった判断が付く段階ではなかった。
優劣のつかない拮抗状態が続き四日が経過したころ、アリツェはフェルディナントに呼ばれ、司令部の天幕を訪れた。
天幕に入ると、フェルディナントはじめ首脳陣とラディム、ドミニクがいた。戦況が膠着しているためか、やや重苦しい雰囲気が漂っている。
ドミニクがアリツェに気づき、片手をあげながら微笑みかけてきたので、アリツェもぱっと笑顔で返す。ラディムにも簡単に挨拶を済ませた後、アリツェはフェルディナントへ向き直った。
「アリツェ、悪いね朝早くから」
フェルディナントがすまなそうに口を開いた。
「今のところ敵軍内に、ザハリアーシュたちの存在は確認できない。悪いが以前話したとおり、一発でかい精霊術をお見舞いしてきてはくれないか?」
ちらりと話の端に上っていた作戦を、フェルディナントは正式に頼み込んできた。
「承知いたしましたわ。一応このような手段を取れますけれど、どれがよいでしょう?」
アリツェはいざというときに備え、事前に三つの案を練っていた。
一.風の精霊術による突風で、敵兵を吹き飛ばして陣形を崩す。
二.地の精霊術で地中にいくつか穴を作り、落とし穴とする。落とし穴にはカモフラージュを施し、敵兵が穴の上を通過すると、地面が陥没し穴に落ちるように調整する。
三.光の精霊術による強烈な光で、一時的に敵兵の目を潰し、視覚を遮断する。
「光の精霊術による目くらましがいいかな? 他の二つは、規模によっては地形に影響が出そうだ」
フェルディナントの懸念も然り、今後の行軍を考えれば、地面が穴だらけになったり、木々が倒壊して道を塞いだりしては面倒だろう。目潰しが一番影響の少ない方法なのは間違いがない。
アリツェはフェルディナントの意見に同意すると、首を縦に振った。
「では行ってまいりますわ。ドミニク、護衛をお願いいたしますわね」
フェルディナントに出立の挨拶をすませ、アリツェは傍らに立つドミニクへと向き直る。
「もちろんだよ、ボクのお姫様」
ドミニクは突然ひざまずくと、アリツェの手を取って甲に口づけをした。
「ちょっ、戦いの前に、おかしな真似は慎んでくださいませ!」
想定外のドミニクの行動に、アリツェは目を丸くした。触れたドミニクの唇の熱を感じ、アリツェはかあっと全身が火照る。この重苦しい雰囲気の中でのドミニクの奇行に、アリツェは何が何やらと一瞬、頭の中が真っ白になった。
「アリツェ、気負いすぎているよ。緊張で体がこわばっている。もっとリラックス、リラックス」
ドミニクは立ち上がると、一転しておどけた表情を浮かべた。どうやら、ドミニクなりの冗談で、アリツェの緊張をほぐそうとしたらしい。
「もう、ドミニクったら……。でも、ありがとうございますわ」
ドミニクの心遣いがアリツェはうれしかった。やり方はともかくとして……。
「アリツェ、くれぐれも無茶はしないでくれ。できればミアとラースも同行させたいのだが……」
ラディムは言葉を濁した。わずかに居心地の悪そうな、微妙な表情を浮かべている。
「お気遣い感謝ですわ、お兄様。ですが、形式的とはいえお兄様が総大将。絶対の身の安全を図らなければなりませんわ。すでに戦端が開かれた以上、ミアとラースは、常にお傍に侍らせておいてくださいませ」
正直に言えば、使い魔の協力は欲しい。使える属性が増えれば、それだけ戦略の幅が広がるからだ。だがそれ以上に、今はラディムの身の安全確保が最優先だった。後方の司令部は安全とはいえ、戦場に変わりはない。何があるかわからない以上、使い魔をラディムから引き離す選択肢は絶対に取れなかった。
「ドミニク、妹を頼んだぞ」
「言われるまでもないさ」
ラディムの鋭い視線に、ドミニクは真剣な眼差しで応えた。
結局、冬場の日没の早さも相まって、会戦初日は多少の小競り合いのみで終結した。双方軍を引き、翌日の戦闘の準備に戻っていく。
アリツェはルゥに指示を出し、日中、上空から霊素反応がないかを警戒していた。森の中も含めて近くにそれらしき反応はなかったので、どうやら現時点では、導師部隊は前線に出てきてはいないようだった。
翌日以降も同様に、アリツェは油断なく周囲に目を光らせた。だが、結果は変わらない。正規兵同士の会戦も、今のところは一進一退で、どちらが優勢といった判断が付く段階ではなかった。
優劣のつかない拮抗状態が続き四日が経過したころ、アリツェはフェルディナントに呼ばれ、司令部の天幕を訪れた。
天幕に入ると、フェルディナントはじめ首脳陣とラディム、ドミニクがいた。戦況が膠着しているためか、やや重苦しい雰囲気が漂っている。
ドミニクがアリツェに気づき、片手をあげながら微笑みかけてきたので、アリツェもぱっと笑顔で返す。ラディムにも簡単に挨拶を済ませた後、アリツェはフェルディナントへ向き直った。
「アリツェ、悪いね朝早くから」
フェルディナントがすまなそうに口を開いた。
「今のところ敵軍内に、ザハリアーシュたちの存在は確認できない。悪いが以前話したとおり、一発でかい精霊術をお見舞いしてきてはくれないか?」
ちらりと話の端に上っていた作戦を、フェルディナントは正式に頼み込んできた。
「承知いたしましたわ。一応このような手段を取れますけれど、どれがよいでしょう?」
アリツェはいざというときに備え、事前に三つの案を練っていた。
一.風の精霊術による突風で、敵兵を吹き飛ばして陣形を崩す。
二.地の精霊術で地中にいくつか穴を作り、落とし穴とする。落とし穴にはカモフラージュを施し、敵兵が穴の上を通過すると、地面が陥没し穴に落ちるように調整する。
三.光の精霊術による強烈な光で、一時的に敵兵の目を潰し、視覚を遮断する。
「光の精霊術による目くらましがいいかな? 他の二つは、規模によっては地形に影響が出そうだ」
フェルディナントの懸念も然り、今後の行軍を考えれば、地面が穴だらけになったり、木々が倒壊して道を塞いだりしては面倒だろう。目潰しが一番影響の少ない方法なのは間違いがない。
アリツェはフェルディナントの意見に同意すると、首を縦に振った。
「では行ってまいりますわ。ドミニク、護衛をお願いいたしますわね」
フェルディナントに出立の挨拶をすませ、アリツェは傍らに立つドミニクへと向き直る。
「もちろんだよ、ボクのお姫様」
ドミニクは突然ひざまずくと、アリツェの手を取って甲に口づけをした。
「ちょっ、戦いの前に、おかしな真似は慎んでくださいませ!」
想定外のドミニクの行動に、アリツェは目を丸くした。触れたドミニクの唇の熱を感じ、アリツェはかあっと全身が火照る。この重苦しい雰囲気の中でのドミニクの奇行に、アリツェは何が何やらと一瞬、頭の中が真っ白になった。
「アリツェ、気負いすぎているよ。緊張で体がこわばっている。もっとリラックス、リラックス」
ドミニクは立ち上がると、一転しておどけた表情を浮かべた。どうやら、ドミニクなりの冗談で、アリツェの緊張をほぐそうとしたらしい。
「もう、ドミニクったら……。でも、ありがとうございますわ」
ドミニクの心遣いがアリツェはうれしかった。やり方はともかくとして……。
「アリツェ、くれぐれも無茶はしないでくれ。できればミアとラースも同行させたいのだが……」
ラディムは言葉を濁した。わずかに居心地の悪そうな、微妙な表情を浮かべている。
「お気遣い感謝ですわ、お兄様。ですが、形式的とはいえお兄様が総大将。絶対の身の安全を図らなければなりませんわ。すでに戦端が開かれた以上、ミアとラースは、常にお傍に侍らせておいてくださいませ」
正直に言えば、使い魔の協力は欲しい。使える属性が増えれば、それだけ戦略の幅が広がるからだ。だがそれ以上に、今はラディムの身の安全確保が最優先だった。後方の司令部は安全とはいえ、戦場に変わりはない。何があるかわからない以上、使い魔をラディムから引き離す選択肢は絶対に取れなかった。
「ドミニク、妹を頼んだぞ」
「言われるまでもないさ」
ラディムの鋭い視線に、ドミニクは真剣な眼差しで応えた。
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