わたくし悪役令嬢になりますわ! ですので、お兄様は皇帝になってくださいませ!

ふみきり

文字の大きさ
245 / 272
第二十二章 マリエと名乗る少女とともに

1-2 本物のマリエ様ですか?~後編~

しおりを挟む

「間違いない。あれは、さすがに僕も困ったよ」

 ラディムの問いに、マリエは苦々しく顔を歪めている。

「当時のマリエとは結局、ヴァーツラフとしてではなく、記憶喪失の謎めいた女性としてしか、かかわれなかった。正直言って、痛恨だったねぇ」

 視線をラディムから外したマリエは、そのまま窓際へと歩いて移動し、窓枠に手をかけた。

「わざわざ自ら転生をしたっていうのに、その目的を果たせなかったよ」

 マリエは自虐的に笑うと、壁にもたれかかる。窓ガラスにふぅっと息を吹きかけて、指で何やら文字を書き始めた。

 遠目からは、何の意味もなしていない記号のように見える。単に、陰鬱な気分をごまかそうとして、無意識に指を動かしているだけなのだろうと察した。

「目的、ですか? 何か理由がおありになったんですの?」

 マリエの真っ白な小さい指の動きを注視しながら、アリツェは問いかける。

 管理者ヴァーツラフが転生をした理由――。アリツェは、これといって思い浮かばなかった。

 先ほどのマリエからの説明では、元々自らが転生するつもりはなかったらしい。のっぴきならぬ理由ができたと推測できるが、はたして何なのだろうか。

「色々と複雑な事情があるって、さっき言ったよね」

 マリエは視線を窓の外からはずし、身体をアリツェたちへ向け直した。

「実は、アリツェちゃんとラディム殿下の二人に、大きくかかわる話なんだ」

 マリエは苦笑いを浮かべる。

「わたくしたちの、ですか?」

 アリツェは小首をかしげた。

 つまり、アリツェたち自身に関わる話で、ゲーム管理者のヴァーツラフが自ら出向いてまで、何かを成さねばならない事情ができたと。

 現状で考えられるものとしては、悠太と優里菜の人格の転生先が、逆になっていたのではないかという疑い……。

 元々は、男の子のラディムに横見悠太が、女の子のアリツェに片倉優里菜が転生するはずだったが、何らかの手違い――おそらくは、父カレル・プリンツが母ユリナ・ギーゼブレヒトへ施した《祈願》の技能才能の発現のせい――で、ラディムに片倉優里菜の、アリツェに横見悠太の人格が乗り移る結果となった可能性……。

 アリツェがラディムと出会って以来、もしかしたらと心に抱いていた疑問だ。

「まぁ、その点はあとで話すよ」

 マリエは意味深な言葉を発しながらも、核心に触れようとはしなかった。

 自らに関わると言われ、アリツェは大いに気になった。だが、マリエ自身はあとで話すと言っている。食い下がったところで、今は何も語らないだろう。

 ヴァーツラフはかつて、自らが語りたくない話題については、悠太がいくら問い詰めようとも、すべてのらりくらりとはぐらかしていた。転生体であるこのマリエも、きっと同じ行動をとるだろうとは、容易に予測が立つ。

 アリツェは頭を切り替えて、話を先へと進めた。

「今までのお話をまとめますと、今のあなたは、わたくしたちが知るあのマリエさんの記憶と、世界の管理者ヴァーツラフさんの記憶を持っていると」

「その問いに対しては、イエスだね」

 マリエは少しうれしそうに、「理解が早くて、助かるねぇ」などととうそぶく。

「人格は、どちらが主なのですか? それと、記憶を取り戻す前の、ついさっきまでわたくしたちと一戦交えていた、あの幼女マリエの人格は?」

 かつてのアリツェたちのように、目の前のマリエは、かつてのマリエの人格と管理者ヴァーツラフの人格との、二重人格状態になっているのだろうか。それとも、今のアリツェたちのように、二つの人格が融合し、一つにまじりあっているのだろうか。

 また、その身に、幼女マリエの人格は残っているのだろうか。

 ここまでのマリエの反応を見ると、ヴァーツラフとしての人格が表に出ているように、アリツェには感じられた。だが実際のところは、本人に聞いてみなければわからない。幼女マリエの人格についても、不明だ。

「幼女マリエは……。可哀そうだけれど、消えちゃったかなぁ」

 マリエはわずかに顔を上げ、くりっとした瞳を天井に向けた。

「あの娘、無意識だとは思うけれども、僕たちの人格から知識の断片を取り出せていたようだね。言葉遣いだけは、やたらと大人びているように感じたでしょ?」

 アリツェはこくりと首肯する。

「けれども、精神面は年齢相応。残酷だけれども、ヴァーツラフとかつてのマリエの二つの人格は、六歳の幼女のそれと比較すれば、圧倒的大容量ともいえるからねぇ。あっという間に飲み込まれたよ。今ではもう、完全に取り込まれちゃっている」

 天井を見つめたまま、マリエはゆっくりと目を閉じ、ふうっと大きく息をついた。

「では、今はヴァーツラフさんとかつてのマリエさんの二つの人格が、共存していらっしゃる状態ですの?」

「共存でもないかな。すぐに混じりあって、融合したよ。今の君たちみたいに」

 マリエは閉じていた目を開いた。そのままアリツェの問いに答えつつ、視線を下げていく。

「随分と早いな。転生に問題がなかったクリスティーナでも、人格の融合までにはそれなりに時間がかかっていたはずだが」

 ラディムはうろんな目つきでマリエを見つめている。

「それに、こう言っては何ですが、今のマリエさんの話しぶりや態度を見ておりますと、ヴァーツラフさんの人格がそのまま表れているように感じるのですが……。とても、かつてのマリエさんの人格が、融合しているようには見え――」

「心外だなぁ。ヴァーツラフとマリエは、趣味嗜好もがっちりと合っていたし、とってもスムーズに融合できたんだよ? 確かに口調や態度は、君たちから見ればヴァーツラフを強く思わせるかもしれない。けれど、マリエだってネコをかぶっていただけで、実はヴァーツラフとそう大差がなかったりするんだよね」

 アリツェが疑問をさしはさむと、マリエは言葉を遮って、すかさず否定をした。

「本当か? あのマリエは、とても礼儀正しい娘だったぞ?」

 ラディムは不満げな声を漏らす。かつてのマリエをよく知るラディムにとって、目の前のマリエの言葉はとても信じられないのだろう。

 マリエは「はぁーっ」と大きく嘆息をした。

「殿下、何を言っているんだい。初めてマリエと会ったときの様子、覚えていないのかなぁ?」

 マリエの言葉に、ラディムはむっとした表情を浮かべた。

 だが、すぐさま気持ちを切り替えたのだろう、マリエに言われた当時の状況を思い出そうと、小首を何度もかしげている。

「……言われてみれば、私が帝国の皇子と判明する前のマリエは、随分とぶっきらぼうな喋り方をしていたような」

 どうやらマリエの指摘のとおりだったらしい。ラディムはしぶしぶといった感じでうなずいた。

「それが、本来のマリエの姿だったのさ。……彼女と融合している僕が言うのもなんだけれど、君に気に入られようと必死に、言葉遣いを直したんだぞ?」

 マリエは悪戯っぽくラディムに笑いかける。

「そ、そうか……」

 ラディムは困ったように頭を掻いた。どう反応すればよいかが、わからないのだろう。

「ちなみに、なんだけれど――」

 マリエは一旦言葉を区切り、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

「僕は今でも、ラディム殿下のことが好きですからね」

 部屋がしんと静まり返った。

 マリエはただ黙りこくって、ラディムの目をじいっと見つめている。

 すでに人を小馬鹿にした様子はなく、どうやら今の言葉が本気なのだと、アリツェにもわかった。

「……すまない。今の私は、エリシュカしか」

 ラディムはわずかに身をよじり、後ずさりをすると、ためらいがちに頭を振った。

 ラディムとマリエとの間に、なんとも言えない緊張感が漂っている。

 アリツェは眼前の状況を、ハラハラとしながら見守った。

 二人の関係性を考えれば、横からアリツェが口出しをするような問題でもない。今はただ、話の流れに身を任せるのみだ。

 重苦しい時間が流れる――。

 いつまでこの間が続くのだろうかと、アリツェは不安に思い始めた。

「……わかってますって。年齢的にも、今の僕じゃ、もう殿下と釣り合わなくなっちゃっているしね」

 マリエは沈黙を破り、一転して微笑を浮かべた。そのまま、「はいっ、この話はこれで終わり!」と口にし、両手をパンパンと叩く。

 アリツェはほっと胸をなでおろし、肩の力を抜いた。いつの間にか、背中にびっしょりと汗をかいていた。肌に張り付く布が、うっとうしい。

「さて、と。話を元に戻そうかな」

 マリエの言葉を合図に、アリツェは両手で軽く顔を叩いて、凝り固まっていた気持ちを切り替えた。今はもっと、確認すべき問題がたくさんある。

 ラディムやクリスティーナも、表情をきゅっと引き締め直していた。

「ボクの今回の再転生は特殊というか、君たちが転生した時とはちょっと違う点もあるんだ」

 特殊な転生――。アリツェたちとヴァーツラフとは何が違うのか、すぐさま考えを巡らせる。

 このテストプレイのルール上、一度キャラクターが死んだらゲームオーバーになり、強制的に現実世界へと戻されるはずだ。かつてのマリエがアリツェの手によって殺された時点で、ヴァーツラフの人格は現実世界に戻されていなければおかしい。

 だが、その現実世界に戻されるべきヴァーツラフの記憶と人格は、今、こうしてかつてのマリエの記憶や人格とともに、目の前の幼い少女へと受け継がれている。

 どう考えても、アリツェたちの転生とは条件が違う。特殊だ。

 アリツェはマリエの言葉に納得し、首肯した。

「これも、以前話したことがあるよね。ボクがこの世界に直接介入できるのは、三回のみだって」

 マリエは右手を前に突き出し、指を折って三を示す。

「そのように説明を受けましたわ。確か、二回目の介入としてわたくしたちを転生させると」

 アリツェは横見悠太としての過去の記憶を探り、ヴァーツラフから聞かされた世界介入に関する情報を思い出した。

「今回の再転生は、最後に残った三回目の介入として行ったんだ。再びヴァーツラフの人格と記憶を、ゲーム内に出現させるために。……まぁ、かつてのマリエに転生したヴァーツラフの人格が、記憶喪失になりさえしなければ、三回目の介入は不要だったんだけれどなぁ」

 マリエは三を示すために立てていた指を折り曲げて、そのままぎゅっと拳を固めた。少し悔し気に顔を歪めている。

「どうしても、ヴァーツラフの記憶と人格を、この世界に降臨させなければならなくてね。で、ラディム殿下たちとも面識のあるマリエの記憶と器も、このまま捨て置くのは惜しい、活用しない手はないだろうと思って、三回目の介入の一環として彼女のクローンを作ってみたってわけさ。再転生先として、うってつけだからね」

 上げていた右手を下ろし、マリエは肩をすくめる。

「わざわざ貴重な介入回数を消費してまで、再転生をなさったと。……何かあったのですか?」

 ゲーム管理者として、わずかに三回しかできない世界への直接介入を、二回目の世界介入からそれほど間隔もあいていないタイミングで、あえて消費している。

 となれば、この世界にかなり深刻な問題が発生していると考えるのが、自然だろう。

 嫌な予感が頭をもたげ、アリツェは寒気を催した。思わず、身震いをする。

 あまり考えたくはない。考えたくはないが、もしかして、この世界の崩壊に関わる、致命的ななにかがあったのだろうかと邪推する。

 ここ最近の霊素だまりと魔獣の大量発生を鑑みれば、決してあり得ない推論でもない、とアリツェは思う。

「……さっきも言ったように、君たち二人。アリツェちゃんとラディム殿下の誕生が、そもそもの原因さ」

 アリツェとラディムの顔へ、マリエは交互に視線を送った。

 今のマリエの口ぶりからすると、ヴァーツラフの転生の理由は、世界崩壊に関するものではない?

 脳裏に浮かんだのは、先ほども考えを巡らせていた一件。アリツェとラディムとの間におこったと思われる、転生人格の入れ違いの疑いに関してだ。

 アリツェたち双子の誕生と、ヴァーツラフの転生理由と、いったいどのようにつながっていくのだろうか。

「詳しく、お聞かせ願いますか?」

 理由についてはあとで話すとマリエは言っていたが、ここまでの話の流れから、今聞いておかないといけないとアリツェは思った。ここではぐらかされたとしても、ラディムと一緒に食い下がるのみ。

 アリツェはマリエに先を促した――。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】悪役令嬢ですが、元官僚スキルで断罪も陰謀も処理します。

かおり
ファンタジー
異世界で悪役令嬢に転生した元官僚。婚約破棄? 断罪? 全部ルールと書類で処理します。 謝罪してないのに謝ったことになる“限定謝罪”で、婚約者も貴族も黙らせる――バリキャリ令嬢の逆転劇! ※読んでいただき、ありがとうございます。ささやかな物語ですが、どこか少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...