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明日からとどいたメール
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●十月五日(木)午後九時●(一回目)
「これって、われながらグッドアイデア!」
そうつぶやいて、私は小さくガッツポーズをした。
暖かな黄色っぽい光につつまれた小さな子ども部屋。まどぎわに置かれた勉強づくえの上には、いつも手放さないタブレットパソコン。その画面には、こんなメールが表示されている。
件名:予定
本文:
作文てい出(朝の会が始まる前に!)
なでなでと図書館へ
パンク修理
濃いえんぴつ(絵を描く用)
エプロン
送信前のメールの文面をもう一度見直しながら、口元がゆるんでしまうのをおさえきれない。私って、もしかして天才かも?なんてね。
私の名前は雨野弓(あまの ゆみ)。小学四年生の、どこにでもいるふつうの女の子、と言いたいのはやまやまだけど、じっさいにはめちゃくちゃドジで、おっちょこちょいで、わすれんぼの女の子。その上、朝が超弱くって、毎朝、本当に目が覚めて頭が回転し始めるのは、通学路をずいぶん歩いて学校が見え始めるころ。だから、わすれ物もしょっちゅう。
そのあまりの多さにあきれた先生は、私に『わすれ物大王』というありがたくないニックネームをつけてくれた。まあ、ランドセルを丸ごとわすれるなんて大技を決められたら、私でもびっくりしちゃうから、先生の気持ちもよく分かる。うんうん。
でも、今回のアイディアで、わすれ物ともグッバイ!どんなすごいアイディアかって?うむ、今回だけ、特別に教えてあげましょう。エジソンも腰を抜かす大発明を!
自分で自分にメールを出すの。前日のうちに。学校に持って行かなきゃいけない物だけじゃなく、その日にしなきゃいけないことなんかもメモして。それを前日のうちに送信しておけば、次の日の朝、メールチェックした時に、そのメールを読むことで、わすれちゃいけないことを思い出すことができるってわけ。
ね、簡単にできて、しかも効果抜群のアイディアでしょ?え?何かの紙にメモしておけば、そんなことをする必要はないですって?もう、いやだなあ。そんな方法、とっくに試してみたわよ。結果?分かり切ってるじゃない。メモを見るのをわすれるか、メモした紙をなくすかのどっちか。満足できる効果は決して上がらなかったの。だいたい、そんな方法でわすれ物がなくなるなら、『わすれ物大王』なんてニックネームをつけられるわけないじゃないの。
でも、この『自分にメール作戦』なら、そんな心配はご無用。なんせ、毎朝の習慣になっているメールチェックをしさえすれば、昨日の自分が思い出させてくれるんだもん。
さて、本文のチェックも終わったし、送信する前にメールアドレスのチェックもしておかなきゃ。よそにメールが送られたんじゃ、またわすれ物しちゃうだけじゃなく、個人情報の流出ってやつになっちゃうもんね。そんなことを考えながら、私はカーソルを左から右へ走らせて、送信先のメールアドレスを確認した。と、その時だ。
「キューン、ワンワン」
とかわいい声で鳴きながら、ちっちゃな茶色い子犬が一ぴき、つむじ風みたいに部屋に走りこんできた。先月、おばあちゃんの家からもらってきたばかりの我が家のペット、小夏だ。小夏はキュンキュンとあまったれた声を出しながら、走りこんできた勢いのままジャンプ!私のひざに飛び乗り、さらに前足を机にかけて、私の顔をぺろぺろとなめまわす。
「こら、小夏。くすぐったいから、ダメだってば」
あばれる小夏をだき上げると、小夏ははげしくしっぽをふりながら体をよじる。かわいい。たまらない。私は小夏をギュッとだきしめた。キュンキュン鳴きながらながら、小夏は私の腕のすきまから顔を出し、さらに私のほっぺたをなめようとする。ぺろぺろぺろんと空振りする、ピンク色の小さな舌。
「わかったから、ちょっと待ちなさい。メール送ったら、すぐ遊んであげるから」
そう言って小夏を床に下ろす。小夏はすぐにでも遊んでもらいたそうに、しっぽをぶんぶんふりながら私を見つめる。そのつぶらなひとみったら!私は横目で彼女を見ながら、急いで送信ボタンを押した。その瞬間!
「あれ?私、これにそっくりなメール、もらったかも?」
そんな直感が私を貫く。
・・・・・・ええと、確かフランス語でデジャブって言うんだっけか?本当は一度も体験したことがないのに、すでにどこかで体験したことのように感じることがあるって、この前マンガで読んだ。
そんな不思議なことが、私の身に起きたっていうの?そう思いながら、受信トレイを開く。ずらっと並んだメールのリストを順番に見ていくと・・・・・・あった、あった、ありました。『予定』って件名のメール。開いてみるとまさにそっくり。
なんだ、デジャブでも何でもない、ただ受信したのをわすれてただけじゃん!心の中で自分につっこむ。もう、さすがわすれ物大王!われながらあっぱれなわすれ力(りょく)。
「ん?あれ?でも、このメール、なんか変だったんだよね・・・・・・何だっけ?」
受信したのは昨日の朝。うん、私の記憶と一致してる(さっきまではすっかりわすれてたけど)。寝ぼけ頭でメールチェックしてて、何だこりゃ、意味わからん、って思ったんだ。で・・・・・・。
「そうだ、思い出した!送信者!」
不思議メールの送信者を見る。そこには『雨野弓』と表示されている。何だ、私じゃん・・・・・・って、ええ?そうだ、昨日の朝もびっくりしたんだった。
だって、私が私にメールを出すってアイディアは、今日思いついたアイディアで、今日初めてやってみたんだもん。これまでに一度だって、私は私にメールを出したことなんてない。
だのに、昨日、私は私からメールをもらってた。何だこりゃ?まるで、今日出したメールが、明日の私じゃなく、昨日の私にとどいたみたいだ。ワケワカラン。
見えないはてなマークにうまって脳みそが止まってる間に、私の手と目は勝手に、さっき送ったメールを調べ始めていた。
「あれ?」
送信先のメールアドレスを調べていたところで、妙なことに気がついた。私のメールアドレスの最後に、よぶんな文字が付け加えられている。
「何よ、この-rって・・・・・・あ、わかった。犯人はお前だな?」
そう言って小夏に目を向ける。さっきメールアドレスの最終チェックをしていた時、小夏がじゃれてひざに乗ってきたのを思い出したんだ。あの時、きっと前足がタブレットに当たって、この奇妙な「-r」って文字がつけられたのね。
「もう、困ったやつめ」
そう言って顔をしかめて見せるが、もちろん小夏は反省したりしない。遊ぶ?みたいな顔をして私を見つめるだけだ。
「もしかして、この『-r』が書き加えられたことが原因で、メールが昨日にとどいちゃったのかな?試しに、もう一通送ってみちゃえ」
件名:実験
本文:
今日は何月何日?
何の気なしに超短いメールを書き、自分のメールアドレスの最後に『-r』を書き加える。送信!・・・・・・の瞬間に思い出した。そうだった。こんな奇妙なメールもとどいてたじゃん!しっかりしろよ、私。確かめるために受信トレイを開いてみると、やっぱりあった。さっきの『予定』という件名のメールの後に、さっき書いたのと全く同じ内容の『実験』という件名のメールが送られてきていた。
でも、さっき受信トレイを調べた時、こんなメールあったっけ?ちょっと首をかしげたものの、そんな疑問は、数秒遅れでやって来た実感の大波にあっけなく飲みこまれてしまった。
そうか!この方法で、私は昨日の私にメールを送れるんだ!わ、わ、わ!どうしよう、どうしよう!とても落ち着いて座ってなんていられない。立ち上がって、わけもなく部屋の中をうろうろと歩き回る。頭の中が空回りしている。最初は「これからどうしたらいいのか」を考えていたはずなのに、こうふんし過ぎて、いつの間にか「どうしよう」という言葉が頭の中で行列を作って、にぎやかにパレードしているのをぼんやりながめている自分に気づく。
いけない、いけない。落ち着かなくちゃ。こうふんし過ぎたせいか、のどがかわいちゃった。私は水を飲もうと、キッチンへ下りた。小夏が足元にじゃれつきながらついてくる。階段を下りる時には、ふんじゃわないかこっちは冷や冷やしながら歩いているのに、本人(犬だから本犬?)はむじゃきにうろちょろうろちょろ。
ようやくたどり着いたキッチンでグラスに水を注いでいると、となりのリビングから、テレビの音が聞こえてくる。父さんはまだ仕事から帰ってくる時間じゃないし、母さんはお風呂で鼻歌を歌っているのが聞こえてくるから、テレビを見てるのは陸兄ちゃんだ。へえ、ふだんはバカばっかりやってるけど、六年生ともなると、ニュースなんて見るんだ。私は感心して、グラスを片手にリビングへ。
すると、ついさっき妹の尊敬を勝ち得かけてた陸兄ちゃんは、ソファに寝ころんで大口を開けて居眠りしていた。どうやら、ドラマを見ているうちに居眠りし始め、寝ているうちにドラマが終わってニュースが始まった、というオチのようだ。実に陸兄ちゃんらしい、心温まるおバカなエピソードをありがとう。
あきれた私がテレビを消そうとリモコンに手を伸ばした時、ニュースを読むアナウンサーの落ち着いた声が、私の耳に飛びこんできた。
「今日午後六時ごろ、田前市下田町にある田村橋を支えるあしがとつぜん折れ、橋がくずれ落ちる事故が起こり、四人が死亡し、八人が重軽傷を負いました」
聞き覚えのある地名にテレビ画面に目を向けると、うわあ、これ、うちのすぐ近所じゃん。っていうか、私、今日、なでなでといっしょにこの近くを通ったよ。時間も、六時ごろだったよ。そういえば、何だか大きな音が聞こえたかも?
「関係者の発表によると、昨日から上陸していた台風の影響で、川上にふった大雨と強風によって山のがけがくずれ、その時に川に落ちてきた大量の土砂と大きな木が川下に流され、橋を支えるあしにげきとつしたしょうげきが原因だったようです」
こわいこわい。そう思う一方で、自分とは一切関係のない話のように感じながら、私はテレビを消した。
すると、その気配に陸兄ちゃんが目を覚ました。
「お、アローか」
アローというのは、陸兄ちゃんが私につけたあだ名だ。私の名前は「弓」だけど、何かに熱中すると周りが全然見えなくなる私は、一度走り出したらどこまで飛んで行くかわからない、「弓」というよりは「矢」だ。英語で言うなら「ボウ」ではなくて「アロー」だ。なんて失礼しちゃうあだ名をつけて、所かまわず話して回ったものだから、今では私のことを「弓」って呼んでくれるのは父さんと母さんくらいで、同級生はおろか、下級生にまで「アロー姉ちゃん」なんて呼ばれる始末。ま、そんなあだ名に三日で慣れて、平気で返事しちゃう私もたいがいなんだろうけれど。
「陸兄ちゃん、テレビつけっぱなしだったよ」
「おお、すまんすまん。お、風呂空いたか?」
「残念でした。今、母さんが入ってるわよ」
「ちぇ、タイミング悪いんでやんの」
「私が母さんと交代したの、ずいぶん前だったから、じきに出るんじゃないかな」
そんなことを話しながらグラスに水を注ぎ、ぐいっと一飲み。うん、ちょっと落ち着いた。陸兄ちゃんはソファに寝そべったまま、私に向かって言う。
「そういやお前、夕方、中村とはでにやり合ったんだって?」
ぐっ。陸兄ちゃん、なんでそんなことまで知ってるのよ?私がムシを決めこんで二階にもどろうとすると、陸兄ちゃんからとどめの一言。
「お前とやり合ったこと、中村が言いふらしてたんだ。島田も大笑いしてたぞ」
島田先パイの耳にまで入っちゃったんだ!私のいかりは一気にふっとう。
「陸兄ちゃんには関係ないでしょ!放っておいてよ!」
ドスドスときょうぼうな足音を立てて階段を上り、自分の部屋に入ると思いっ切りはげしくドアを閉める。バタン!
「弓、もうちょっと静かに歩きなさい。家の中にサイを飼ってるみたいよ」
お風呂場から母さんのお小言。知るもんか!私は勢いよくベッドに飛びこむ。
もう、中村のばかちん!よりにもよって島田先パイに報告しなくてもいいじゃない。今度会ったら、ホッチキスで上と下のくちびるをとめてやるんだから!ホッチキスでとめられた上下の唇を指さしながら、涙目でこっちを見ている中村の姿を思い浮かべて寝返りを打つ。ふん、いい気味だわ。
両手を頭の後で組み、天井をにらみつける。おどけて私との口げんかを再現して見せる中村の顔が浮かぶ。そのとなりには、おかしそうに笑う島田先パイ。くりくりっとした目がとっても優し気でステキ。でも、もう恥ずかしくて顔を合わせられない。ムッキー!ベッドの上で両足をじたばた。四時間前のあの口げんか、無かったことにしたい。もう一度今日をやり直せたら・・・・・・って、そうか、できるかも!
私はベッドからはね起きると、勉強机に向かって座り、タブレットを起動。
件名:落ち着いて!
本文:
中村とけんかしちゃだめ。島田先パイに笑われちゃうよ。
そこまで一気に書いたけど、自分に急ブレーキ。いやいやいや。わかんないから、これ。メールがとどくのは昨日の朝の私に、でしょ?何のことだかチンプンカンプンだよね。一番落ち着かなきゃならないのはあんたじゃないの、私。オーケー、オーケー。送信前に気がつくなんて、立派なもんさ、そうだろ、雨野弓。ようし、いい子だ。両手をタブレットから放して頭の後ろに組み、ゆっくりこっちを向くんだ。って、こっちってどっちよ!いつの間にか脳内に現れたアメリカ映画風の警官に突っ込みを入れる。うん、冷静になれてる。だいじょうぶだ。
「こんなメールがとどいたって気味悪がられるだけで、ましてや明日の自分からのメールだなんて、だれも信じてくれやしないってば」
わざと口に出して自分に言い聞かせながら、さっきのメールはポイ。脳内アメリカ映画警官は、ニカッと笑顔で親指を立てる。
「ええと、やらなきゃいけないことが大変そうなら、一度に全部やろうとしないで、いくつかの部品に分けて、一つずつ片付ける」
夏休みに父さんに教えてもらった、仕事(その時悩んでたのは夏休みの宿題だったんだけど)の上手な片付け方を口に出して思い出しながら、チラッと時計に目をやる。もう九時半が来てる。手早くすませないと、夜ふかししてると母さんがうるさい。
私はメモのアプリを立ち上げると、素早く書き並べた。
【やらなきゃならないことの部品】
1:昨日のできごとを思い出して書き出す
2:1で見つかったできごとのうち、役に立ちそうなものを選んで『予言メール』を送信
3:(ここからは明日の作業)今日のできごとを思い出して書き出す
4:口げんかを防ぐための指示メールを送信
(これとは別に)
・明日から、小さなできごとでもメモしておく(ぎゃあ、苦手分野だ!)
ここまで書いたところで、階段を上がってくる足音。あわててタブレットを引き出しに放り込み、あらかじめ机の上に用意しておいた理科の教科書を開く。ジャストのタイミングでノックの音。返事をすると母さんが顔をのぞかせる。
「あら、めずらしく勉強?」
「うん、理科の研究発表の用意ができてなくて」
母さんは理科ぎらいだからのぞきに来ないだろうとふんだ私の作戦は大当たり。母さんはあくび混じりに言いながらドアを閉める。
「あんまり夜ふかししちゃだめよ。明日、寝坊しちゃうわよ」
ご安心めされい、母上。今この瞬間に寝たとしても、せっしゃ、毎朝と同じように寝坊するのは、火を見るよりも明らかでござる。
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●十月四日(水)午前六時四十分●(二回目)
ピピピッピピピッピピピッピピピッ・・・・・・。
まくら元で鳴るアラーム音。私を夢の世界から引っ張り出そうとしている。
けれど、それくらいで目が覚めれば苦労はない。一度眠りの水面から顔を出しかけた私は、けれども一つ息つぎをすると、再び夢の世界へ沈んでいく。アラーム音が急速に遠ざかって、私は幸せな夢の海にもぐって・・・・・・。
「弓、さっさと起きなさい。またちこくしちゃうわよ!」
母さんの大きな声が聞こえたかと思ったら、もぐっていた布団ががばっと引っぺがされる。寒っ!幸せな眠りの海を泳いでいた私は、一本づりでつり上げられたカツオみたいに、現実という地べたに放り出される。思わず、猫のように体を丸め、小声でていこうする。
「お願い、あと五分だけ・・・・・・」
「だめ、弓がそう言って五分で起きたことなんて、ただの一度もないんだから」
「今回、初の成功を収めるかも・・・・・・」
「だめったら、だめ。さ、早く支度して、朝ご飯に下りてきてちょうだい」
言いながら母さんは東向きの窓のカーテンをサッと開ける。とたんに朝日が差し込んで、まぶしさに少しだけめまいを感じる。思わず目の前にかざした手を引っ張られ、私は強引に起き上がらせられた。
「むにゅう。朝なんか、来なけりゃいいのに」
「何言ってんの。早くしないと、学校に間に合わないわよ」
そう言い残して、母さんは部屋を出て行った。私はふらつきながら勉強机に向かって座り、タブレットを起動するとメールアプリを立ち上げる。毎朝の習慣になっているから、一連の動作は体が勝手にやってくれる。
「ん、何だこりゃ?」
何通かのメールがとどいている、その一通目を開いて、私は首をかしげた。
件名:予定
本文:
作文てい出(朝の会が始まる前に!)
なでなでと図書館へ
パンク修理
濃いえんぴつ(絵を描く用)
エプロン
何のことだかさっぱりわからない。
かすかに心に引っかかった作文も、提出はあさってだから、まだ書いてさえいない。もちろん朝の会が始まる前に提出なんてできないし、その必要もない。
必要ないと言えば、最後に書いてあるエプロンというのが給食のエプロンだとしたら、月曜日に持って行ってるからもちろん今日持って行く必要はないし、今日持って帰ったら明日もあさっても困ってしまう。持って帰るとしたら、どう考えたってあさっての金曜日だ。
何が何だかわからないまま、次のメールを開く。
件名:実験
本文:
今日は何月何日?
はあ?なんじゃこりゃ?だれかのいたずらかと送信者を見てみると、「雨野弓」。私かよ!んなわけないじゃん!やっぱりだれかのいたずらに決定!
あきれながら次のメールを開くと、これも送信者は「雨野弓」。つまり、私本人。まったく、ため息が出ちゃう。
件名:予言メール
本文:
私は十月五日(木)の夜のあなたです。
「予定」「実験」のメールは手ちがいです。ごめんなさい。忘れてください。
さて、このメールは予言のメールです。
十月四日(水)は左のような一日になります。
小畑君はかぜで欠席。
今日の二時間目は小テスト。問題は漢字ドリルの二十二ページ。
昼休みに中村とろうかで正面しょうとつ。
台風でじゅ業は午前中だけ。給食の後、すぐ下校。
夕方、はげしい雷雨。
でも、すぐやんでしょう油。
応えん歌で中村に大笑いされる。
何だ、何だ、何だ?予言メールだって?かんべんしてほしいわよ。こっちはメール読むのに手間取って、ちこくしそうだっつうの!本当に予言なら、私のちこくも予言してみろ。あ、そっか。ほとんど毎日ちこくしてるから、予言の価値ないか。そんなことを考えながら着がえて階段にダッシュ!ぎゃ、すごい寝ぐせ!
「小畑はかぜでお休みだそうだ。今朝、学校に電話があった」
一時間目が始まる前、出席を取りながら四年一組の担任の西池先生が言った。ふうん、昨日は元気にしてたけどな。今朝の冷えこみにやられたのかな。そんなことを考えながら、私は何か引っかかるものを感じていた。『小畑君はかぜで欠席』・・・・・・ええと、何だっけ?私は何に引っかかってるんだ?
そんなことを考えていると、西池先生の声がふって来た。
「そういう事情だから、小畑の作文再提出の期限を一日伸ばして来週の月曜の朝一にしてやることにした。けど、お前は元気なんだから、再提出期限は金曜朝一のままでいいよな、雨野?」
「ええ、いいなあ小畑君。私もかぜひいて休んじゃおうかな」
「だいじょうぶ。昔から何とかはかぜをひかないって言うからな」
「わあ、先生ひどい」
私と先生のやり取りに教室中がわらいに包まれ、細かな引っかかりなど吹っ飛んでしまう。
私は作文のことを考えてため息をついた。先週の国語の時間に書いた作文のお題は『秋の大運動会で感動したこと』。でも、私は運動会で感動した覚えは全くなかった。だから、空がぴっかぴかに晴れて、とてもきれいだったことを書いた後、四行目からは、私が今夢中になっているアニメの今後のストーリーの大予想を書いた。自分ではすごく感動的な最終回を考えられたので、『感動したこと』というお題にかすってるんじゃないかと思ったんだけど、私のせめてものサービスが、先生は気に入らなかったらしく、再提出を指示されてしまった。きっと、美少女主人公が息を引き取るというラストシーンが先生のお気に召さなかったのだろう。西池先生って、女子に甘いからなあ。
しっかし、じゃあどんな作文を書けばいいのだろうか?前作(わっ、エラそう!)は最初の三行しか運動会にふれていなかったのがイカンと先生が言ってたから、今度は最初から最後まで運動会を材料にした感動的なストーリーにしなきゃならない。
そうだ!男と男がほこりをかけて勝負するアクション物なんてどうだろう?こぶしとこぶしで語り合うのは運動会では無理だから・・・・・・そうか、超能力と超能力で語り合うのだ。そうなると、主人公の少年の設定にもひと工夫が必要だろう。地球の文明を調査するために、人間社会にまぎれこんでいる宇宙人。これだ!どうやら、人類の存亡をかけた運動会になりそうだ。全米が泣いた、的な物語。でも、油断してはいけない。まちがっても、主人公に思いをよせ、陰ながら応援する美少女が死んでしまうのは西池先生の好みに合わないからバツ。げ!ってことは、彼女は不死の存在?ゾンビってこと?おいおい、ハードル高いなあ。
そんなことを考えてるうちに一時間目の算数はいつの間にか終わっていた。いつ始まったのかもわからなかったが、エキサイティングな一時間目だった。
「じゃあ、二時間目の最初は漢字テストをします」
チャイムの鳴り終わりを待たず先生がそう言うと、教室にはブーイングがあふれた。
「先生、そんな話、聞いてないよ」
「当たり前だよ。先生、だれにも言ってないからな。抜き打ちテストってやつだよ。いつテストをやってもだいじょうぶって言えるように、日ごろから自主的に練習しとくようにって、いつも言ってただろ?もちろん、運動会が終わって、みんなが油断してるタイミングをねらってテストするんだけどな」
そう言うと、西池先生はいたずらっ子のように舌を出して笑った。教室にあふれていたブーイングのボリュームがさらに上がる。みんな、ひどく意外そうだ。
なのに、私はあまり意外な感じがしない。だからと言って、テストに備えての勉強をしているかと言われると全然なんだけど、なぜだかショックは受けなかった。そんな気がしてた、みたいに不思議なほど落ち着いている。
ま、だからと言って、家で練習もしてない漢字が書けるわけもなく、二十問の問題のうち、何とか答えを書けたのが十五問、そのうち合ってる自信があるのは半分以下っていう見事な負けっぷり。ううん、これ、母さんに見せるのいやだなあ。そんなことを思っていた私の耳に、西池先生の言葉が飛びこんできた。
「よし、じゃあ試しのテストはここまで。今回は、サボってばかりいるとマズいことになる、と君達に感じてもらうことが目的だったんで、テストの結果は成績には入れないことにします。安心したか?」
ニカッと笑う先生。何だ、そういうことか。でも、母さんの小言は短くはなっても、無しにはならないだろうな。私がげんなりしている間にも、先生に指示は続く。
「でも、油断大敵。次のテストは本番にするから、きっちり練習しとくように。今日の漢字テストの問題は、漢字ドリルの二十二ページの問題をそのまま使いました。漢字ドリルをつくえの上に出して、自分で答え合わせしてみろ」
はいはい、二十二ね。漢字ドリルのページをめくりながら、私は思った。そういや、西池先生がいつも力説してたっけ。「阪神タイガースのキャッチャーの背番号は二十二番じゃないとダメ!」だって・・・・・・あれ?これ、今日、二度目だ。私、朝も思った。「はいはい、二十二ね。阪神のキャッチャーね」って。ん?いつだっけ?ええと、まだ寝ぼけてて・・・・・・。
「おい、雨野、ボーっとして、どうした?」
いっけない、先生がぼんやりしていた私に気づいて近寄ってくる。
「あ、いえ、何でも・・・・・・」
「まさか、お前、先生にみとれてた?わかるわあ、先生、男前だもんな」
先生のボケに何人かがツッコむ。
「先生、それはないって」
「先生、鏡、見たことないの?」
リズムのいいツッコミに、教室が笑いに包まれる。私もお腹をかかえて笑っていたんで、さっきの不思議は忘れてしまった。
「校内の先生方にお知らせします。相談したいことがありますので、一時十分にしょく員室にお集まりください」
給食時間の終わり近くに流された校内放送に、もちろん私もピンと来た。台風が近づいてきているのだ。今朝、九州に上陸したと、テレビのニュースで言っていた。黄色いヘルメットとかっぱを着たレポーターが、強い風に吹き飛ばされそうになりながらマイクに向かって何か話しているのを、寝ぼけたまま朝食を食べつつ聞いていた私は、「ああ、それでか」なんて思いながらぼんやりながめていたのを思い出した。
ん?何が「それで」なんだっけ?そんなことを考えているうちにチャイムが鳴り、お昼休みになった。西池先生が時計を見ながら教室を出がけに大きな声で言う。
「お前ら、先生がいないからってけんかはだめだぞ。あと、とつぜんの芸能界デビューも禁止な」
いらないことを言う先生に、女子が反応して見せる。
「先生、男女交さいも禁止?」
「あほぬかすな。もちろんオッケーだ、がんばれよ!」
ガッツポーズで職員室に向かう先生に、みんなが口々に答える。
「先生こそがんばれよ!」
「早く行かないと、ちこくしてクビになるわよ!」
先生を見送ると、みんなわいのわいのとおしゃべりをしながら教室にもどる。
「台風にしては、雨も風も大したことないみたいだけどね」
窓から空を見上げながら、なでなでが言った。
あ、なでなでっていうのはもちろんニックネーム。本名は時田奏(ときた かなで)ちゃん。かなでちゃんだからニックネームがなでなで。お父さんが超有名なオーケストラの指揮者で、娘にも音楽の道に進んでほしいって思いをこめた名前なんだって。なでなでも、お父さんの思いに応えようとコツコツ練習してるから、ピアノもリコーダーも歌も超上手。でも、なでなではフルートが一番好きなんだって。前に聴かせてもらったフルート、確かに素敵な音色だった。
「そうよね。こんなの、ふだんの雨と変わんないわよね」
私も外を見ながら答える。風がないわけじゃないけど、強風ってほどのものかなあ?
「わ、大雨洪水警報と強風警報だってさ」
私達の会話をさえぎるように、男子達がさわいでいる。見れば、テレビをつけて天気予報を見ているようだ。もう、勝手にテレビなんかつけたら、先生に怒られちゃうわよ。
「あ、さっきのチャンネルにもどして!お笑いやってる、お笑い」
もう、まったく!私が子どもっぽい男子達に腹を立てていると、なでなでが私のかたをたたいた。
「あれ?今日、水曜日だよね?アロー、図書委員会の当番、だいじょうぶ?」
「あっ!しまった!」
私は、私はろうかに走り出ながらなでなでに言った。
「なでなで、サンキュー。すっかりわすれてた。ひとっ走り行ってくる」
全速力で図書室へ。
私達の小学校では、四年生から委員会活動に参加することができる。私は図書委員会の活動である図書室のカウンターの仕事を、毎週水曜の昼休みに手伝わせてもらうことになっているんだけど、きれいにわすれてた。さっきの校内放送で司書の先生も職員室に行ってるはずだから、本の貸し出しの手続きは図書委員会が一手に引き受けてるはずなのに。先ぱい、手が足りなくて困ってなきゃいいけど・・・・・・。
そんなことを考えながら、風みたいにろうかを走っていたら、角から飛び出す人影一つ!よけようもなく大げきとつだ!私ははじき飛ばされて床に転びながら、反射的にあやまっていた。
「きゃっ!ごめんなさい!」
「うわっ!いててて・・・・・・」
声のした方に目をやると、しりもちをついているのは五年の中村じゃないか。こいつは五年のくせに、何かと私のやることにからんで文句を言ういやなやつなの。
「ちょっと!角から飛び出すだなんてあぶないじゃないの!」
「お前こそ、アローだからってろうかを走ってもいいってことにはなんないぞ!」
「うるさいわね。今、急いでて、あんたなんかにかまってるひまはないの。ごめんあそばせ、あっかんべえ!」
思いっ切り顔をしかめて立ち上がると、私は再び図書室目がけて走り出した。後で中村が何かわめいているけど、そんなの知るもんですか!
「きゃあ、ぬれたぬれた、びしょぬれだ」
私は玄関に飛びこむと、一直線に洗面所に向かった。ろうかに点々としずくが落ちるが、そんな小さなことにかまってはいられない。洗面所に到着したら、びしょぬれの服を一気にぬいでせんたくかごに放りこみ、バスタオルで上から順に体をふいていく。バスタオルのワシワシ感が気持ちいい。窓から外をのぞいてみると、ものすごい勢いで雨がふっている。ゴロゴロと雷の音も聞こえる。
まったく、今日は変な天気だ。ろうかで中村と正面しょうとつした後、またまた力いっぱいろうかを走って図書室にたどり着いたと思ったら、何分もしないうちにインターホンがかかってきた。
大雨洪水けいほうが出たから、今日の午後の授業はなくなったと聞かされ、大急ぎで図書室のかぎを閉めて、教室で帰り支度をして運動場にかけ出す。けれども、かさをさして周りがよく見えないながら、町内ごとに列に並んでいるうちに、台風の雨はだんだんと勢いがなくなり、家に帰りつくころにはすっかり止んでいた。あれれと空を見上げれば、青空がのぞいている。
おお、これはもうけたと大喜びで近所のひめ公園にくり出して遊んでいると、今度はバケツをひっくり返したようなすごい勢いの雨が突然ふり始め、雷までが鳴り始めた。どのくらいすごい雨だったかって、公園からうちまで、走ればほんの二、三分しかかからないのに、その二、三分で頭のてっぺんからつま先まで、びしょびしょのずぶぬれになってしまったのだから、本当にすごい雨だったのだ。でも、運が良かった。いつも遊んでるもも太郎公園に行ってたら、このおそろしい雷雨の中を、まだ走っているところだろう。本当に運が良かった・・・・・・本当に?
今日の後半をふり返っていた私の脳みそは、ここで急てい止した。・・・・・・なんか、うそが混じってた。自分の部屋で服を着ながら、私は自分の記おくをチェックしていく。
いつもはもも太郎公園で遊ぶ。あっちの方がちょっと遠いけど、広々としてて遊んでて楽しいし、学校の友達もよく来るから。
ひめ公園はせますぎて、ブランコに乗ってくつ飛ばししてたら、公園のとなりの家にくつが飛びこんでしまう。何度かやらかしては、こっそり庭にしのびこんでくつを拾って脱出をくり返してたら、その家のかみなりおやじが私を見るたびに顔をしかめるようになって、何だか行きにくくなってしまったってのもある。
だから、ここんとこしばらくは、いつももも太郎公園で遊んでばかりいた。それなのに、今日に限ってひめ公園へ行く気になったのはなぜだろう?「運が良かった」?本当にそうか?
ちがう、ちがう。そうだ。家を出る時、なぜだか雨がふるんじゃないかと思ったんだ。だから、家のすぐそばのひめ公園で遊ぶ気になったんだ。でも、どうしてそんな風に思ったんだろう?あ!
私はあわててタブレットを起動した。メールアプリを立ち上げて、今朝のメールを表示する。「夕方、はげしい雷雨。」これだ!頭のすみっこの方でこの言葉を思い出して、もも太郎公園へ行かないことにしたんだ。そして、本当にふった。はげしい雷雨が!まさに、予言が当たったんだ!
うわ!うわ!うわ!私は、何とも言えない不気味さを感じながら、「予言のメール」を読み直した。
『小畑君はかぜで欠席。』そうだ。確かに小畑君は休んでた。先生が朝、「かぜで休み」って言ってた。だから、その後「昔から何とかはかぜをひかない」って話になったんだもん。まちがいない。
『今日の2時間目は小テスト。問題は漢字ドリルの二十二ページ。』あ、二十二番!阪神タイガースのキャッチャーの背番号!ここで読んでたんだ。この予言も、ばっちり当たってたんだ。
私は、自分の目がまん丸になっているのを感じた。『昼休みに中村とろうかで正面しょうとつ。』も『台風でじゅ業は午前中だけ。給食の後、すぐ下校。』も『夕方、はげしい雷雨。』も、予言は全て当たってる!ナニコレ?ナニコレ?ナニコレ?メールを読み直し始めた時の不気味さがいつの間にか消え去り、ワクワクが私のむねの中ではね回っている。ちょっと、何これ?すっごい面白いんですけど!
こうふんしながら次の行へ目をやって、とたんにがっかり。『でも、すぐやんでしょう油。』?いや、しょう油って何だよ、しょう油って?はげしい雷雨の代わりにしょう油がふってくるっていうの?それはちょっとありえないでしょ、いくらなんでも。
むねの中のワクワクが一気に冷めてショボーンになって、私がくちびるをとがらせた時、私の部屋のドアがトントンとノックされた。
「弓、いるの?」
母さんの声だ。私はうす暗い部屋でわれに返った。
「はあい、いるよ」
返事と同時くらいにガチャリとドアが開けられる。
「もう、日がくれたら電気ぐらい自分でつけなさい。いないのかと思うじゃない」
そう言って、母さんは入り口わきのスイッチをつける。とたんに部屋が明るくなる。もう、こんなに暗くなってたんだ。何かに集中しちゃうと、周りが全然気にならなくなる、私の悪いくせだ。心の中でぺろりと舌を出す。
「弓、いそがしいとこ悪いんだけど、お使いたのまれてくれない?」
「ええ、やだよ。だって、外、大雨じゃん」
言いながら、部屋の窓を指さす。閉じられた窓は、外からの雷雨にはげしくたたき続けられて・・・・・・ないじゃん!
「弓、あなた、何言ってるの?雷雨は二十分もしないうちにすっかり上がったわよ。私が仕事から帰って来ている時には、全然雨なんてふってなかったもの」
「あら、私ったら、ちっとも気がつかなかったわ」
「もう、弓ったら」
「で、何を買ってきたらいいの?」
「あのね・・・・・・」
「あ、待って!わかった!おしょう油ね!?」
「あら、なんでおしょう油が切れてたの知ってるの?そう、おしょう油を買ってきてほしいの」
「お安いご用、すぐ行くわ」
びっくり、びっくり!『でも、すぐやんでしょう油。』も当たっちゃった。私はスキップしながら近所のスーパーへ。ショボーンになってたワクワクが、むねにもどって来ていた。
鼻歌を歌いながら買い物をすませた私は、いつの間にか大声で歌っていた。私の小学校で昔から運動会のたびに歌われてきた、青組の応援歌。青い猫型ロボットのアニメの主題歌のかえ歌だ。
毎年、運動会では、一年から六年までの一組が赤組、二組が青組と決まっているから、今年は歌えなかった。だけど、おつかいの帰り道に歌うだけなら、赤組の子が青組の応援歌を歌ったっていいじゃない。だって、大好きなんだもん。私はおしょう油のボトルが入ったレジぶくろをぶら下げて、夕焼けの町をスキップでつっきった。
と、後からすごいスピードで自転車に追い抜かれた。気持ちよく大声で歌っていた私は、自転車に全く気づいてなかったため、追い抜いた時にふり向いた自転車の乗り手と、大口を開けた顔で目が合ってしまった。
よりによって、五年の中村だ。
「だあっははははは!」
中村の大わらいが急速に去っていく。大わらいしすぎたせいか、一度ぐらりとバランスをくずしかけ、おわっとか何とか悲鳴を上げつつ何とかバランスを取りもどす。その背中に思いっ切り怒鳴ってやった。
「何よ!応援歌を歌うのが、どうしてそんなにおかしいのよ!」
そんな私の怒りも、中村にはさっぱりとどかない。返事の代わりにリンリンッと二回ベルを鳴らすと、自転車は角を曲がって見えなくなってしまった。もうっ!
あの中村とは、どうにも相性が悪い。私がドジをやらかすと、どういうわけだか決まって近くに中村がいて、私をバカにして大わらいするだけでなく、必ず学校のみんなに言いふらすのだ。ガキっぽいったらありゃしない。性格最悪のおさるさんなのだ。
その中村が、なぜだか島田先パイと仲がいいから不思議だ。
島田先パイは六年生の男子なんだけど、とっても優しい人だ。先月の、運動会のための応援合戦の練習でも、応援団長として下級生に優しい言葉をかけてくれた。チアダンスのタイミングがつかめず苦労していた私にも、コツを教えてくれた。
「だいじょうぶ。君みたいな努力家なら、本番までに必ずマスターできるよ。もしも困ったことになりそうなら、相談に乗るから気軽に声をかけてね」
去りぎわにえがおでこう言い、さりげなくウィンクされて、私は思わずポーっとしてしまった。もうね、サイコーですよ!あとでその話をなでなでにしたら、ほほをうっすら赤くしたなでなでにたずねられた。
「もしかして、むねのおくがキュンってしちゃった?」
「キュン?何それ?」
「いやいや、何でもないの。そっかあ、無キュンかあ」
残念そうな、でも、安心したような、フクザツな表情でなでなではほほえんだの。何だったんだろ、あれ?
なんてことを考えてるうちに、家に帰りついてしまった。島田先パイのことを考えていたからか、いつの間にか中村に対するプンスカはおさまっていた。
「ただいま。うす口しょう油でよかったんだよね?」
「そうよ、ありがとう。急に頼んでごめんね」
「いいって、いいって。四年生なんだもん。このくらいのことはいつでも言って」
買って来たしょう油を母さんに渡すと、私は自分の部屋にもどった。ふと、気づいたことがあったから。
タブレットを起動し、例の『予言のメール』を表示する。その最後の行。やっぱり!『応えん歌で中村に大笑いされる。』って書いてあった。おつかいにいくまでは何のことかわからなかったけれど、これ、さっきの帰り道の出来事のことだったんだ。
私は自分の表情がゆるんでくるのを感じながら、メールの着信を確認した。それらしいメールは見当たらない。
次の予言メールは来るんだろうか?来るとしたら、それはいつ?もしかして、明日の朝とか?
その夜はめずらしいことに、さっさと宿題を終わらせ、いつもより十分早く目覚まし時計をセットして早目にふとんに入った。けれど、むねのドキドキがうるさくて、なかなか寝つけなかった。
●十月五日(木)午前六時三十分●(二回目)
ピピピッピピピッピピピッピピピッ・・・・・・。
まくら元の目覚まし時計にたたき起こされて、寝ぼけまなこを半分ほど開ける。手が自動的に目覚ましのアラームを止める。あれ?いつもより十分も早い時刻だ。目覚まし時計、こわれちゃったかな?ま、いいや。あと十分眠れる。おやすみなさい。
・・・・・・。
・・・・・・?
・・・・・・!
あっぶない!もうちょっとで二度寝するとこだったわ!しっかりしろ、私。予言メールが来てるかもしれないから、それを落ち着いて読むために十分早く起きることにしたんじゃないか。
ベッドから抜け出し、ふらふらしながら勉強机の上のタブレットを起動。と、玄関のドアが閉まる音に続いて、表の道路を遠ざかっていく足音が聞こえた。
そう言えば、昨日の夜、母さんが言ってたっけ。木曜(つまり今日ね)の朝は仕事の都合で特別に早く出かけなきゃならないけど、ねぼうなんかしてちこくしちゃだめよって。はいはい、母さん、あなたのしっかり娘は、もうちゃんと起きてますよ。ちこくの心配なんかしないで、しっかり仕事してらっしゃいな。
そんなことを考えながら、二度ほど顔をペチペチとたたくと、眠気は出ていき、代わりにドキドキがもどってきた。予言のメールは来てるかな?メールの着信を確認。あ、来てる!
件名:さんざんな木曜日をすてきな木曜日にしよう!
本文:
おはよう!昨日の私。
水曜の朝とどいたメールに書かれていた予言が全て当たり、あなたは私の言うことを信じることに決めた。
そうでしょ?
何せ、自分自身のことだもの。あなたの気持ちは手に取るようにわかるの。
そう、私は、あなた。
少しだけ未来のあなたなの。
私はこのメールを、金曜の夜書いています。
不思議よね。
昨日の自分にメールを出せるなんて。
これ、まったくのぐうぜんで昨日の自分にメールを出す方法がわかったの。
どうも、『-r』を自分のメールアドレスの最後に付け加えてメールを出すと、メールを出した日の前日の朝、メールがとどくみたいなのね。
どうしてそんなことが起こるのか、仕組みはさっぱりわかりません。
けど、仕組みなんかわからなくても、ダメダメな木曜日を過ごすはずのあなたを助けることならできるはず。
これからあなたに、今日、どんなことが起こるはずなのかを教えるから、じっくり読んで。
ここまで読んだ私は、いったんメールから顔を上げた。明日の私の親切に大感謝。とっても頼りになるパートナーを手に入れて、勇気がわいてくるのを感じる。『ダメダメな木曜日』になるはずだった今日を変えて見せよう。今日の私と明日の私のチームワークで、大逆転を起こすんだ!メモを取るための手帳とえんぴつを用意して、私はもう一度メールを読み始めた。
まず、朝ご飯について。
母さんがパンを買い足すのをわすれているので、わが家の台所には、パンが二まいしかありません。
しかも、のんびりしていると陸兄ちゃんが二まいとも食べてしまいます。
困った陸兄ちゃん!
そうならないように、メールを読み終わったら、何よりも先に台所へダッシュしてパンを食べてしまいましょう。
二まいのうち、一まいは陸兄ちゃんに残しておいてあげようか?
それとも、二まいとも食べちゃう?
次は忘れ物予報。
図工の時間に使うはずのマジックペン、カバンに入れてないでしょ?
私がそれに気づいたのは学校に着いてからだったけど、あなたはちゃんと持って行くこと。
ついでにテスト予報。
水曜日(つまり、あなたにとっては昨日)にやった漢字テストと全く同じテストをするわ。
水曜のテストでひどい点だったのに、全然おさらいしてないでしょ?
かくしたってダメ。
私はあなたなんだから。
で、私は教室に着いた時に、黒板に書いてあったテスト予告でそれを知ったんだけど、おしゃべりにいそがしくてあんまりまじめに漢字練習しなかったの。
結果は六十点。
西池先生にしかられちゃった。
あなたはそうならないように、せめてチャイムが鳴るまでの時間、集中してまじめに漢字練習してね。
あ、でもね、でもね。
花びんの水かえもやっとくといいよ。
朝の会の後、先生がたずねるの。
「今日、花びんの水をかえてくれたのはだれだ?」って。
恥ずかしそうに手を上げたのは水沢さんだったけど、朝一番に水かえをやっちゃえば、手を上げるのはあなたになるのよ。
かっこいい!
二時間目の理科は、学級園で育てたへちまを取ってかんさつするわ。
そこで、注意して!
私は調子に乗って、ぱさぱさにかわいたヘチマを野球のバット代わりにふり回してたの。
そしたら、中の種が、ばあって飛び散っちゃって、運の悪いことに、飛び散った先には校長先生がいたのよ。
もちろん、お決まりのお説教コース。
あなたは決して、ヘチマにさわらないこと!
ヘチマ事件まで読んで、私はたまらず吹き出してしまった。校長先生に向かって飛んで行くヘチマの種。大あわてでかけつける西池先生。口をあんぐり開けたまま、ぼうぜんとつっ立っている私の姿を想像する。ゲラゲラゲラ。そりゃあマズいわ。うん、十分注意しよう。メモ帳に「決してヘチマにさわらないこと」とメモし、メールの続きにもどった。
三時間目と四時間目の図工は、カッターナイフで画用紙に穴を開けて、そこに色セロファンをはりつけステンドグラス作り。
私はいつものように、何も考えずに小夏が河原を走ってる絵を作ったの。
ま、作った本人でさえ、それが何の絵なのか分からなくなりそうなデキだったんだけど。
西池先生には「このカエルは、どうして黄色いんだ?」なんて聞かれる始末。
ところが、作品が完成してひまになったもんで、教室をうろついてた私、たまたまなでなでの作品を見て、こしを抜かしかけたわよ!
すっごいおしゃれなの!
小さな穴をたっくさん開けて、そこにいろんな色のセロファンをひとつひとつていねいにはっていくの。
それがもう、何ていうか・・・・・・ダメ!
あの美しさを言葉で表現することなんてできないわ。
あなたも見てごらんなさい。
ため息が出ちゃうから。
でね、でね、でね、ここからがかんじんなの。
私の場合は、作品を完成させてからなでなでの作品に出会ったから、ただただ感心するしかできなかったんだけど、あなたはそれじゃダメ。
まずは、なでなでがどんな作品を作ろうとしてるのか、しっかり見て。
そして、いったいどんなデザインにすれば、見る人にため息をつかせることができちゃうのか、その秘密をつかんでから、自分の作業に取りかかること!
要はパクリよ、パクリ!
いいのよ。
「パクリでもかまわない!」って思えるほど、なでなでの作品は素敵なんだから!
だいじょうぶ。
自分の目で見れば、私が何を言ってるのか、いやでも分かるから。
そして、学校から帰ってから、木曜の最悪の場面をむかえるの。
今日、なでなでと図書館へ行く約束をしてるでしょ?
その帰り道。
中村と会うの。
ぐうぜん。
で、けんかしちゃうの。
かなりはでに。
水曜日に、青組の応援歌をうたってたのを聞かれたじゃない?
あの時のことをからかわれて、頭に来ちゃったのよね。
大声で怒鳴り合って、ギャーギャーわめいた。
それを、あとで島田先パイに話しちゃうの、中村が。
島田先パイが大笑いしてたって、陸兄ちゃんが言ってた。
ふえーん。
恥ずかしいよー。
そんなの、絶対いやでしょ?
だから、あなたは中村の相手をしちゃだめ。
あいつが何を言ってきても、気にしない。
冷静に、完全ムシ。
いいわね?
絶対に相手しちゃダメだからね!
「おおい、アロー?」
陸兄ちゃんの声にふり向くと、すでに学校へ出発するじゅんびがすっかりできている陸兄ちゃんが、戸口に立っている。
「ちょっと、陸兄ちゃん、レディの部屋のドアを開ける時はノックをしてって、いつも言ってるでしょ?」
「したよ、何度も何度もしたよ。でも、お前が全然返事しないもんだから、心配になって開けたんじゃないか。そんなことよりアロー、お前なんでまだそんなかっこうなんだ?今何時だと思ってる?」
「へ?・・・・・・わ、もうこんな時間!?」
陸兄ちゃんに言われて時計を見た私は、おどろいてしまった。
メールを読むのに一生けん命になり過ぎて、時間をわすれていた。もう、いつもなら学校へ出発する時間はとっくの昔に過ぎている。まだパジャマ姿で顔も洗っていなけりゃ歯もみがいてないし、かみは寝起きのくしゃくしゃのまんまで、朝ご飯だって食べてない私は大あわてだ。
「陸兄ちゃん、私着がえるんだから、出ていって」
「はいはい。おれはちこくしたくないから、もう出発するぞ。かぎはいつもんトコ。戸じまりよろしくな」
げ!戸じまりまで私に押し付けんの?もう!一言文句を言ってやりたかったけど、そのよゆうすらない。学校に向かってかけ出す陸兄ちゃんの足音をかすかに聞きながら、私は朝の身支度を始めた。
こりゃあ、たとえパンが残ってたとしても、朝ご飯は抜きだな。それでも、ちこくは確実だけれど。メールには、ちこくするなんて一言も書いてなかったぞ!明日の私に心の中で八つ当たりしながら、私は学校への道をかけ出した。
「おはようございます!おくれてすみません!」
「ちっともおはやくないぞ。おおそうございます、だ、雨野」
教室にかけこんだ私の言葉に返事する西池先生のじょうだんに、クラスのみんなが笑い声をあげる。テスト用紙を配りながら、その笑い声がおさまるのを待って、先生は続けた。
「じゃあ、朝、黒板に書いて予告しておいたように、一時間目の前に漢字テストをするぞ。内容は、昨日の漢字テストとまったく同じだ。昨日の漢字テストでくやしい思いをして、昨日のうちに自主的に漢字練習をしてきた者、その心がけが大事なんだ。遠りょなく、満点取れ」
教室の中の何人かが、無言でガッツポーズしている。自主的に漢字練習をしてきたのだろう。そう言えば、負けずぎらいなメンバーが多いような気がする。私はもちろん、そんなことはしていない。失敗はきれいに水に流して、二秒でわすれることにしている。というか、わすれちゃう。そんなことを考えていた私の心の中をのぞいたみたいに、西池先生は続ける。
「昨日漢字練習をしなかった者でも、朝、黒板を見て漢字テストがあることを知って、自分なりに練習した者は、満点は無理でも、努力した分は点数が良くなるわな。努力が大事だと、先生がいつも言ってるのはこういうことだ。そして」
そこで言葉を切って、西池先生はわざわざ私の正面に立つ。
「ちこくして来ただれかさんは、残念ながら練習時間はゼロでテストにちょうせんすることになってしまう。時間の約束を守らないでいると、いつか必ずそんをするということを思い知りなさい。文句はないな、だれかさん?」
だまってうなずくしかない私。だって、先生の言ってることはまちがっていないもん。
「では、漢字テスト、始め」
先生のかけ声が教室にひびき渡る。けど、何もじゅんびしていない私には、できることは何もなかった。せめて、ちこくさえしなければ、とくやむこと以外は・・・・・・。
二時間目の理科は、理科専門の山田先生に教わっている。その山田先生から、今日はヘチマとその種のかんさつの学習をすると聞いた私は、朝読んだメールを思い出して小さくつぶやいた。
「ヘチマにさわらないこと、ヘチマにさわらないこと」
「うん?どうしたの、アロー?」
そばを歩いていたなでなでの耳に入ってしまったみたい。真っ黒なロングヘアをゆらして、なでなでがふり向く。
「あ、いや、何でもない。ヘチマ、めちゃくちゃ大きくなったなあって」
「そうだね。夏休みに水やりに来た時には、きゅうりくらいの大きさだったのにね」
あんまり近づくと、ついさわりたくなりそうなので、少し遠くから学級園の様子をながめる。元気な男子達がぶちぶちとちぎっているヘチマは、その男子のうでと同じくらい長くて、うでよりもずっと太い。すっかりじゅくして茶色くなっている。ぱさぱさにかわいているのは、今日のじゅ業でかんさつしたかったんで、山田先生が先週のうちにブルーシートをかぶせて、台風だの雷雨だのから守ってくれたおかげだそうだ。
「わあ、これ、なんか音がするで」
ヘチマを手にした男子は里山君。とても足の速い子で、運動会ではリレーのアンカーを任されていた。今はヘチマをふりながら、耳を近づけて聞き入っている。
「そうか、音がするか。何の音だと思う?」
ニコニコというよりはニヤニヤとわらいながら、山田先生が問いかける。
「種じゃ、種の音じゃ」
「そう思うか。でもなあ。しょうこがないとなあ」
先生は、意地の悪いえがおでとぼけてみせる。「自分の意見が正しいと思うてもらいたかったらしょうこを見せろ。しょうこなしじゃあ、先生は動かんぞ」というのが山田先生の口ぐせだ。
「このヘチマを割ってかんさつしたら、しょうこは見つかる。先生、かんさつさせてえな」
里山君は山田先生の前で両手を合わせておがんで見せる。
「おがまれても困るのう。そりゃ、先生だっておにじゃないけえ、一人残らず全員が、一生けん命にかんさつします、言うんなら、かんさつさせてあげるけど、・・・・・・中にはああやって遊んどるような者もおるけえなあ」
そう言いながら先生が目を向けた先には、取れたヘチマでチャンバラして遊んでいる男子が二人。神田と木村だ。いたずら好きで、すばしっこい上に気まぐれな神田についたあだ名はニャンコ。その神田と仲が良く、いつもじゃれ合っている木村のあだながナムサンなのは、彼の家がお寺さんだから。クラス一の大男で、見た目を裏切らない力持ち。だのに、優しい所もあって、クラスの女子の中には彼の隠れファンもいたりするけど、本人にはないしょ。あれで、もうちょっとおっちょこちょいなところが治ったらなあ。
「おい、ニャンコにナムサン、何やってんだよ」
かけよる里山君に、私もついて走った。
「ちょっと、あんたたち、待ちなさいよ」
「わ、アローが来た、アローが来た。にげろ、ヘチマを取られっちまうぞ」
あっかんべえをして、ニャンコとナムサンがかけ出すけど、里山君の足にかなうわけがない。あっさり追いつかれて、ナムサンはつかまってしまう。
「ナムサン、ヘチマをよこしなさいよ!」
里山君にはがいじめにされてジタバタしているナムサンから、ヘチマを取り上げようとする私。でも、ナムサンは逆らってあばれるばかりだ。
「このヘチマはおれのものだ。だれにも渡さないもんね」
「あんた、夏休みの水やり当番サボったくせに、よくそんなことが言えるわね」
「こらこら、お前達、けんかはいかんぞ」
山田先生がかけよってくる。私はナムサンが持っているヘチマを両手でつかみ、思いっ切り引っ張った。グシャ!ヘチマはあっけなく真っ二つに千切れ、中に入っていた種がばっと飛び散る。その飛んで行った先。
「校長先生!」
次々と飛んでくるヘチマの種に目をしばしばさせながら、顔をしかめた校長先生がろうかに立っていた。
二時間目の理科が終わった後、私と里山君ナムサン、ニャンコの四人は、校長室で校長先生のありがたいお説教を聞くはめになった。その場にいた山田先生、たんにんの西池先生もいっしょだ。
決してわざとやったわけではないこと、私はじゅ業中にふざけるナムサン、ニャンコを止めようとしていたことなどを山田先生が説明してくれたおかげで、お説教は十分ほどで終わった。山田先生アイシテル。
けど、西池先生はごきげんななめだった。別に、私に愛されなかったからじゃない。
原因の一つは私の漢字テストの点がひどかったこと。もう一つはこのお説教の時間が原因で、三時間目、四時間目の図工の用意ができず、今日の予定を変えなきゃいけなくなったことだ。
「そんなあ。先生、お願いだから図工しよ。私、いい子になるから」
ようやく終わった漢字練習をてい出しながら、私は先生に甘えてみた。頭の中は、今朝のメールで「ため息が出ちゃうから」とまで書かれていたなでなでの作品が見たくて見たくて、それしか考えられなくなっていた。
「あのなあ、おれは二時間目と三時間目の間の休み時間に、図工じゅんび室にカッターナイフを取りに行く予定にしてたの。それがお前のお説教と漢字練習で予定がくるって・・・・・・」
キーンコーンカーンコーン。先生が言い終わらないうちに三時間目開始の合図のチャイムが鳴り始めた。西池先生は自分のかみの毛をぐしゃぐしゃとかきむしる。
「ああ、もう!とにかく、じゅ業の用意ができなかったから、三時間目と四時間目の図工はあきらめろ。仕方ないじゃないか。おれだって、今日の図工を楽しみにしてたんだぞ」
そう言い捨てると、西池先生は今日のじゅ業の予定が変こうになることを、クラスのみんなに説明し始めた。図工のじゅ業を楽しみにしていた何人かが、不満の声を上げる。
私は仕方なく自分の席に着き、つくえの上に出しっ放しの今朝の漢字テストを見た。三十点。うん、そりゃ、先生がおこるのも無理ない。昨日の今日だもん。休み時間に漢字特訓ぐらい、やらされて当然だろう。
それに理科の時間のアレもマズかった。メールで予告されたから、用心のために、ヘチマにはさわらないって決めたのに。メモまで取ったのに。なんでこう、うまくいかないんだろう。自分で自分に愛想がつきた。もう、知らない!それにしても、なでなでの作品、見たかったなあ。
「こら、アロー、何ぼんやりしてる。社会科、始まってるぞ」
西池先生の声でわれに返り、あわてて周りを見回すと、みんながクスクスわらっている。図工ができなくなったのが私のせいだってことはひみつにしてくれた西池先生に、心の中でお礼を言って、私はじゅ業に集中し直した。
「おおい、応援団長のアロー様じゃないか」
放課後、なでなでといっしょに図書館に行った、その帰り道。
私はふり返る前から「やっぱり現れたか」と顔をしかめていた。中村だ。メールに「絶対に相手しちゃダメだからね!」と書かれていた中村が、やっぱり現れてしまった。
メールで予告してもらっていたので、心のじゅんびはできているつもりだった。でも、中村の顔を見たとたん、すでにいかりがわき上がってきた。今の私の血をポンプで吸い出して温度を計ったら、きっと少しだけいつもより温度が高いんじゃないだろうか。
ならんで歩いていたなでなでが、そっと私の左手をにぎってくる。私はなでなでの方をちらりと見て、かすかにわらって見せ、小さくうなづく。だいじょうぶだよ、なでなで。私、中村なんか、相手にしない。
「おいアロー、今日は歌わないのか?『ゆう勝いいな、できたらいいな』って」
中村がからかうように歌って見せる。おいおい、それ、元の歌が分かんないくらいモゲまくってるんですけど。
私が後からの中村の声をきれいに無視するもんだから、中村は私達を追い抜いて、前に回りこんできた。にくたらしい顔、わざわざ見せないでよ。
「しっかし、昨日のお前の歌、ひっどかったなあ。おれ、にわとりがしめ殺されかけてるのかと思ったよ。まさか、人間の歌声だったなんて、おどろいたぜ」
自分で言ったことがよほど気に入ったのか、ゲラゲラと大わらいする。アホ丸出し。
「何よ」
私が低い声を出したら、なでなでがつかんだ左手に力を入れた。分かってる。分かってるんだけど・・・・・・もう止まらない!
「何よ。あんたに歌がどうこうなんて言ってもらいたくないわ」
言ってるうちに、どんどん頭に血が上って、声のボリュームが大きくなっていくのが自分でもわかる。わかるけど、自分でも止められない。ギャース!
「何だと?どういう意味だよ」
中村の顔が見る見るうちに真っ赤になる。
「何だ、自分でも気づいてるんじゃない。ほら、聞いててあげるから、自分で正直に言ってごらんなさい。『ぼくちゃんの歌は下手くそなんてレベルじゃなくて、おさるさんの鳴き声の方がずっとマシです』って」
食ってかかる私の耳元でなでなでがささやく。
「ちょっと、アロー。言い過ぎだよ、落ち着いて」
「いいのよ、こういうやつにはガツンと言ってやらなきゃわかんないんだから」
中村をにらみつけたまま、私はなでなでに返事した。
「へえ、四年生のくせに、五年生にガツンと言ってくれるんだ。そりゃあうれしいねえ。もっと言ってくれよ、ガツンと。ガツン、ガツン、ガツン、ガツン・・・・・・」
何がうれしいのかさっぱりわからないが、中村はガツン、ガツンと果てしなくくりかえしながら、へらへらとわらっている。
「何がおかしいのよ。近寄らないで、気持ち悪い」
私の言葉を聞いてるんだか聞いていないんだか、中村はガツン、ガツンをまだくり返しながら、私の目の前まで近づいてくる。あまりの不気味さに、私は右手をふり上げた。と、その時。
「おおい、中村じゃん」
自転車に乗って現れたのは、島田先パイだ。中村がふり返って返事をする。
「あ、シーマン。どした?」
「おう、学校、行かね?サッカーしようって、みんなが」
「お、いいっすねえ」
言うなり、中村は学校の方へかけ出した。私とけんかしてたことなんか、すっかりわすれてしまったみたいだ。島田先パイがそれを追って、自転車で私達を追い抜いていく。まるで、つむじ風みたいだ。
「あ・・・・・・」
私は急なできごとについていけない。ただ、ふり上げていた右手をあわてて下す。中村も島田先パイも、見る見るうちに小さくなって、すぐに見えなくなってしまった。
夕焼け空だけが、私達を見下ろしていた。ズンッという低くて重い音が、どこか遠くからかすかに聞こえてきたけれど、今の私にはどうでもいいことだった。
その夜。もう、最悪!結局、今日という日を改造することに失敗してしまった私は、仕上げにリビングで陸兄ちゃんに中村との口げんかのことをからかわれてプッツン!
「陸兄ちゃんには関係ないでしょ!放っておいてよ!」
ドスドスときょうぼうな足音を立てて階段を上り、自分の部屋に入ると思いっ切りはげしくドアを閉める。バタン!!
「弓、もうちょっと静かに歩きなさい。家の中にサイを飼ってるみたいよ」
お風呂場から母さんのお小言。知るもんか!私は勢いよくベッドに飛びこみながら、ふと思いつく。
もしかして、今日をやり直す前の今夜の私も、こうやって陸兄ちゃんにからかわれてきょうぼうになって、母さんにお小言をもらってたりして?
この想像がおかしくて、ふき出してしまう。何とも私らしい行動だこと。ちょっと頭が冷えてくると、今日一日のことを冷静に考えることができるようになってきた。
まず、一つ目。中村と顔を合わせたら、絶対ダメ!とにかく、あいつの顔を見ると怒りをおさえることができない。何かの『のろい』みたいだ。
わかった。きっと私と中村は、人間として生まれてくる前は犬とサルだったんだ。ほら、犬えんの仲って言うんでしょ?そう、きっとあれよ。中村は、絶対サルね。顔もサルっぽいし。だったら、私は犬?ううん、犬かあ・・・・・・そんな風に考えていたら、何者かが私の部屋のドアを外側からひっかく音。クウン、クウンなんて甘えた鼻声も聞こえてくる。
「ほら、入りなさい」
私がベッドから立ち上がり、歩みよってドアを開けてやると、小夏が部屋に飛びこんできた。しっぽをぶんぶんふりながら、私にじゃれついてくる。
「もう、仕方ないなあ」
そう言いながら、私は顔の前まで小夏をだき上げた。いっしょうけんめいに私の鼻をなめる小夏。
「よし、私、犬でいいや。ただし、お前みたいに超キュートなワンワンガール!」
小夏をギュッとだきしめると、小夏は逃げ出そうと大あばれする。それを抱えたまま、もう一度ベッドに飛びこむ。ボウン!ベッドの上でバウンドしながら、私の手を逃れた小夏は私の頭上に回りこみ、そこから私の口の周りをもうれつになめまわす。
子犬が相手の口をなめまわすのは『まだ子どもの私をかわいがって!守って!お世話して!』というアピールらしいけど、今の私には、小夏以外にもう一人、守ってやらなきゃならない相手がいる。まだ今日にたどり着いてない『昨日の私』を守ってやらなくちゃ。
まずは、今夜のうちに昨日の朝の私に最初の予言メールを出す。ぴたり的中の予言メールを読めば、次からのメールにも必ずしたがうことは、だれでもない、私自身が経験ずみだ。
問題は、次の一手。今朝とどいた予言メールは、うまくはたらいてくれなかった。どうしてだろう?その原因をしっかり考えて、明日の夜には、十月五日(木)の朝(つまり今朝)とどくメールを書かなきゃいけない。もちろん、ダメダメな今日を変えることのできるメールを書くんだ。
私は、だれにともなく力強くうなづき、小夏を足元に放して勉強机に向かった。国語のノートの最後のページを開き、今日一日のことをゆっくり思い出しながら、問題点をメモしていく。
◆十月五日(木)のダメな点
・朝、学校にちこくしてしまうことで、あれもこれもうまくいかなくなる
・中村との口げんか、絶対ダメ!でも、あいつの顔見たら頭に血が上って止まんなくなる
自分で書いたメモをにらみながら、うで組みをする。
うん、やっぱり、中村との口げんかが、今日の一番困ることだ。だって、それを島田先パイに知られてしまうなんて、恥ずかし過ぎる。明日、学校で島田先パイに会ったら、どんな顔すればいいのかわかんない。だから、絶対に中村との口げんかは防がなきゃ。
あいつの顔見たら、頭に血が上って止まんなくなって、必ず口げんかになるから、あいつに会わない工夫をしよう。私がどれだけけんかっ早くっても、さすがに会っていない人とはけんかできない。杉田橋を渡らないで、田村橋を渡ることにすれば、中村と会わないから、口げんかにもならないですむ。うん、これだ!
でも、今日一日のことを思い出すと、果たしてうまく家に帰るためのコースを変えて口げんかを防ぐことができるか、不安になってしまう。
だって、『これからこんなイヤなことが起こる』って予言メールを読んで知っているのに、それを防ぐことができなかったんだから。思いもしないことが原因になって、身動きが取れなくなって、あれよあれよと見ているうちに、イヤなことにぶつかってしまうんだもん。
朝、ちこくしたことが原因で、漢字の練習ができなくなって、結果、漢字テストでは、昨日と同じ三十点を取っちゃった。そして、漢字テストで大失敗したことが原因になって、二十分休みに漢字練習をしなきゃいけなくなって、ヘチマのことも重なって、図工ができなくなって・・・・・・ああ、なんだか今日って、ドミノ倒しみたいになってる。
私は大きなため息をついた。腕組みして考える。まず、何としてもちこくを防ごう。あれがけちのつき始めだ。朝一番で、メールを読むのに夢中になったおかげでちこくしちゃったんだから・・・・・・ええと、ええと。
私はああでもない、こうでもないと独り言をもらしながら、今朝の私に読ませるメールの文章を考えた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
●十月五日(木)午前六時三十分●(三回目)
ピピピッピピピッピピピッピピピッ・・・・・・。
目覚まし時計にたたき起こされて、あやうく二度寝しかけるが、ベッドからふらふらと抜け出し、勉強机の上のタブレットを起動しながらいすに座る。玄関のドアが閉まる音と母さんが出かける足音。ほほをたたいて眠気を覚まし、メールの着信を確認。あ、来てる!
件名:六行目まで読んだら出発!
本文:
まず、最初に書いておきます。
このメールを最後まで読んでたら、ちこくしてひどい目にあいます。
明日からとどいたメールを読んでちこくした私が書いてるんだから、まちがいありません。
だから、七行目から後は、学校から帰って来てからすぐ読むことにして、六行目まで読んだら学校に出発してください。
(いろいろあるけど、とりあえず漢字テストの用意、がんばれ)
じゃ、朝読むのはここまで。大急ぎで用意して、ちこくしないように、行ってらっしゃい!
きっと、私の頭の周りをよく見ると、?印がたくさん回っていて、ぼんおどりか何かをおどっているのが見えたんじゃないだろうか。ねぼけた頭をひとふりして、それでも私は眠気を追い払った。
明日の私が今日の私にうそをつくわけがない。くわしい事情はよくわからないが、ちこくするとすごくマズいことになるというのはわかったから、大急ぎで学校へ行くことにしよう。
本当は、メールの続きを今すぐ読みたい気持ちもあったけど、思い切ってタブレットの電源を切り、朝の身支度を始める。まずは、一階に下りて朝ご飯を食べなきゃ。
陸兄ちゃんの部屋の前を通る時、ついでにドアを開けて、大きな声で陸兄ちゃんに声をかけた。
「陸兄ちゃん、私、今日、早目に学校に行かなきゃいけないの。だから、のんびりしてたら置いていくね。かぎはいつもんトコ。戸じまりよろしくね」
あれ?これって、私がいつか、だれかに言われた言葉?気のせいかな?
「ううん、昨日にメールを送ることができても、なかなか思う通りにはいかないみたいだねえ」
学校から急いで帰ってきた私は、玄関から中に入るとそのまま自分の部屋に直行、朝から気になっていたメールの続きを読んだ。それは少々長く、分かりにくいところもあるメールで、登校前の時間にこの文章に読みふけっていたら、なるほど、ちこくしてしまうことはあるかもしれないと思った。それは、こんなメールだった。
件名:六行目まで読んだら出発!
本文:
まず、最初に書いておきます。
このメールを最後まで読んでたら、ちこくしてひどい目にあいます。
明日からとどいたメールを読んでちこくした私が書いてるんだから、まちがいありません。
だから、七行目から後は学校から帰って来てからすぐ読むことにして、六行目まで読んだら学校に出発してください。(いろいろあるけど、とりあえず漢字テストの用意、がんばれ)
じゃ、朝読むのはここまで。大急ぎで用意して、ちこくしないように、行ってらっしゃい!
ここまでは、朝読んだ。続きの部分を読み始める。
お帰りなさい。
この部分を読んでいるということは、現在は放課後だよね?
もしも登校前にこの部分を読んでいるのだとしたら、悪いことは言わないから、すぐに読むのをやめて、学校に行きましょう。ちこくは絶対ダメ!
放課後にこの部分を読み始めたのなら、まずは目覚まし時計を午後四時三十分にセットして。
なでなでと図書館に行く約束をしているでしょ?
それにおくれないためと、帰り道をコントロールする時間を確実に守るためです。
そう、図書館からの帰り道をコントロールしなきゃならないの。
理由はこれからくわしく教えてあげるから、今、読むのをいったんやめて、時計をセットして来て。
正直、ちょっとイラっと来た。けれど、何かに夢中になって時間をわすれ、その結果失敗してしまうという経験を、私は山ほどしてきた。だから、メールを書いている明日の私の心配な気持ちもよく分かる。私は、一つ深呼吸すると、目覚まし時計をセットしてから、再びメールの続きを読み始めた。
お疲れ様。
今日は、ちょっとしんどい一日だったよね?
漢字テスト、少しはマシな点が取れた?
校長先生のお説教、長かったよね。
図工の時間、残念だった?
でも、なでなでの作品を見ることができただけでも、幸運だったんだよ。
もしかしたら、あなたは思っているかもしれません。
こんな一日になると分かってたのに、どうして前もって、
学校に行く前に教えてくれなかったの?って。
でも、あなたにそれを教えても、そううまくはいかないの。
どうしてそんなことがわかるんだって?
朝のメールで色々教えてもらったけど、全然うまくいかなくて、
あなたよりずっとひどい木曜日を私が経験したからです。
だからこそ、今日起こる色んなヤなことについて、
あれも直そう、これも変えようとよくばることをやめることにしました。
ただ一つだけ、どうしてもがまんできない最悪のできごとをなくすこと。
このメールのねらいをそれだけにしぼったのです。
どうか、分かってね。
さて、最悪の出来事とは、これからあなたが中村と口げんかをすることです。
今のままだと、あなたは図書館からの帰り道で中村に会って、
そうとうはでに口げんかをしてしまいます。
今思い出しても頭が痛くなるような、ひどい言葉をあなたは言ってしまうの。
そして、そのことを島田先パイにも知られてしまうの。
そんなの、いやでしょ?
だから、未来を変えましょう。
口げんかを防ぎましょう。
方法は、あります。
「中村に何を言われても、相手にしないこと」ではありません。
それに失敗して、私は口げんかしてしまったんだから。
気が短くてけんかっ早い自分の性格、本当にいやになっちゃう。
でもね、「何を言われても、相手にしない」よりも、
もっともっと確実な方法があるの。
中村に会わなければいいのよ!
ね?なんて素敵なアイディアなのかしら。
いい?
杉田橋を渡って図書館から帰ろうとすると、中村と会って、けんかになるわ。
だから、田村橋を渡って図書館から帰ることにするの。
ちょっと遠回りだけど、
杉田橋を渡らないで、田村橋を渡ることにすれば、中村と会わないですむの。
あいつと会いさえしなければ、口げんかなんて起こさないですむってワケ。
ただ、そのためにはなでなでの説得が必要よね。
その方法をこれから伝えます。
ピピピッピピピッピピピッピピピッ・・・・・・。
私がここまでメールを読み進めた時、目覚まし時計が鳴り始めた。いっけない、四時三十分だ。もう出発しなきゃ。メールの続きを読むのをあきらめて、部屋を飛び出した。なでなでを説得する方法は、走りながら考えることにしよう。
「資料、たくさん見つかってよかったね」
私が小声で話しかけると、なでなではちょっと困った顔で返事した。
「うん。でも、難しい漢字が多くて、ちょっと苦労しそうじゃない?」
「だいじょうぶ。わかるとこだけ読んでいって、難しい漢字のトコは飛ばしちゃえばいいのよ」
「わ、さすがアロー!めちゃくちゃだいたんね」
なでなでは、自分の声のボリュームが上がりすぎていることに気が付いて、手のひらで口をおさえた。
ここは、田前市立図書館。私の家から、自転車だと十分と少しで来ることができる、とても便利な場所だ。今日はなでなでと連れ立って、ちょっと調べものをしに来た。杉田橋や田村橋がかかっている中川の両岸の土手を作った人達のことを調べて、来月の学習発表会で発表することにしたのだ。(研究発表の内容は理科じゃなかったのかって?あれはただの虫よけ。理科ぎらいの母さんを寄せ付けないためのにせ情報よ)
「じゃ、関係のありそうなページをコピーしてもらって来るね。アローも家で読みたいだろうから、二まいずつでいいよね?」
「うん。でも、もうちょっとだけ待って。ええと、このおぼうさんの顔の絵は、発表の時に絶対いるよね。あと、このページも・・・・・・」
「ね、そのお坊様の顔の絵、ちょっとナムサンに似てると思わない?」
なでなでの言葉に、思わず声のボリュームが上がる。
「やっぱりそう思った?絶対似てるよね、この目元なんか特に。もしかして、ご先祖様ってやつだったりして?あっ・・・・・・」
私は自分の声の大きさに気付き、周りを見た。幸いなことに、こっちを見ている人はいない。セーフ。
中川は、このあたりじゃ一番大きな河で、川はばは八十メートルくらいあるんじゃないかな。
でも、むかしは台風のたびに川の水があふれて、川岸に住んでる人達はとっても苦労したらしい。
特に、川上にあるがけがくずれて河に大量のどろや倒れた木が流れこむと、それがものすごい勢いで下流に流れてきて、大変なことになったんだそうだ。
毎年、何人もの人が、おなくなりになったと本に書いてあった。
それはかなわないということで、なんとかいうお坊さんが農民に声をかけて、おとのさまにも手伝ってもらって、土手を作ったんだそうだ。ええと、おぼうさんの名前、なんていったっけな。
「あと、ここと、ここも。うん、私が指をはさんでるページ、全部コピーして」
私は気になるページに一本ずつ指をはさんでいく。ぎりぎり、なんとか十か所で収まった。私はにっこりなでなでに本を差し出すが、なでなでは困り顔。
「アロー、それじゃ本が持てないよ。ちょっと待ってて。メモ用紙をもらってくるから、それを一まいずつページにはさみましょ」
なでなでは一度カウンターのところまで行って、メモ用紙をもらってもどってくる。
「さんきゅ。なでなでがコピーしてる間に、はずれだった本をかたづけておくね。あと、ちょっとかりたい本を別に見つけちゃったんで、それの貸し出し手続きを最後にしてくる」
「分かったわ。じゃ、私がコピーして、コピーし終わった本をかたづけ終わるのと、どっちが早いかきょうそうね」
「ほいほい。ゴールは正面玄関でいい?」
「いいけど、もちろん図書館内で走るのはルールい反だからね」
「言われなくても分かってるってば」
「どうかな?相手がアローだとちょっと心配かも?」
「ああ、なでなで、ひっどおい」
「文句は言わないの。ほら、用意、ドン!」
なでなでの合図にいっしゅんかけ出しかけた私は、自分の失敗に気が付いてぺろっと舌を出して見せた。なでなでがプッとふき出しながら、本をかかえてコピー機の方へ歩き出す。私達の小声のやり取りを、顔見知りの司書のおばさんがにこにこしながらながめている。私は小さく照れわらいを浮かべて、自分の仕事にとりかかった。
「おそいよアロー。心配しちゃったじゃない。どうしちゃったの?」
私が正面玄関にたどり着くと、なでなではとっくのむかしに来ていたようで、ちょっとあきれたように声をかけてきた。
「ごめん、ごめん。貸し出しカウンターで私の前に並んでたおじいさんが、貸出カードをなくしちゃったみたいで、ポケットだの財布の中だの探しても見つからなくって、しまいにはカウンターの上にカバンの中身を全部出して探し始めちゃって、ほっとけないから私も手伝ってたの」
「うわっ、そりゃ大変だったね。カード、見つかった?」
「うん、最後にはカバンの底から出てきて、ひと安心」
「そう、よかったね」
そう言うと、なでなでは図書館のスリッパを脱いで自分のスニーカーにはきかえ始めた。
「あ、なでなで、あのね」
私もくつにはきかえながら、話を切り出す。
「帰り道なんだけど、田村橋を渡って帰らない?」
「うん?田村橋を渡って帰るルートだと、ずいぶん遠回りにならない?どうして突然、そんなこと言い出すの?」
心配していた通り、なでなではけげんそうな表情を浮かべた。
「えっ、あ、うん。そりゃ、そうなんだけどね・・・・・・」
私はちょっと口ごもった。いっしゅん、予言メールのことを話しちゃえば簡単じゃないかな、とか思ったんだ。けど、さすがにちょっと信じてはもらえないよなあ、と思い直した。だって、私となでなでが逆の立場なら、私は絶対信じない。きっと、何かのじょうだんだと思って、大わらいしちゃう。
「私ね、父さんに、田村橋は渡らないように言われてるの。あぶないからって」
なでなではスニーカーのつま先で、玄関の床をとんとんと軽くけってくつを足になじませながら言った。
「アローや私が生まれる前どころか、父さんの父さん、つまりおじいちゃんが子どものころに、田村橋はできたんだって。ところが、その時代の建物を建てる時のきまりって、今のきまりと比べるとずっといいかげんで、あんまりがんじょうじゃない材料を使うこともゆるされてたの。で、田村橋は、そのあまりがんじょうじゃない材料を使って建てられたんだって」
そこまでなでなでの説明を聞いた時、私はふと思い出していた。去年、おじいちゃんが駅前の本屋さんのおじいさんと話していたことを。
なんでも、田村橋を建てる計画が進んでた時、実は国のお金を使って、もっと大きくてがんじょうな、今の杉田橋を建てる話もあって、でも、だからと言って進めてきた計画を簡単にゼロにもどすっていうわけにもいかなくて、ずいぶん街の大人達がもめたのだそうだ。
そして、大の大人が何人も集まって相談して出したけつろんが、杉田橋が建ったら、あまりがんじょうじゃない材料を使ってできている田村橋をこわせばいい、という子どものような考えだったそうだ。
しかも、この話にはもっとがっかりな続きがある。計画に多少のおくれはでたけれど、十年後には国のお金で杉田橋が作られた。よほどのことがない限りびくともしない頑丈な橋だ。
さて、当然、十年前の取り決め通りに田村橋をこわそうか、いつから工事に取りかかろうかという話になる。
ところが、その相談がうまくまとまらない。
下田町商店街の人達が中心の、ずっと昔からこのあたりに住んでいた人達と、街の南に広がっていた田んぼをつぶして作られた大きな大きな住宅街に外から移り住んできた人達の意見がすれちがうって言うか、それぞれのリーダーが相手よりも自分の方がえらいんだってことをみとめさせることに夢中になってしまって、おたがいがみとめあったり、ゆずりあったりって感じじゃなくなってしまったらしい。
結局、田村橋の取りこわしのことは、うやむやのまま。街に住む人たちの安全や安心は、宙ぶらりんになったまま、いつの間にか忘れ去られてしまった。
「だからさ、アロー、私、できたら田村橋を渡りたくないの。そういうわけにはいかないかな?」
なでなでの問いかけに、私は我に返った。
図書館の玄関で、私の親友はちょっぴり首をかしげて私をふり向いている。
うむむむ。でもでも、杉田橋を渡って帰ると、私は中村と大ゲンカしちゃうのよ。まいっちゃったなあ。追いつめられた私は、なでなでの動物好きなトコにつけこむ作戦に出ることにした。ごめんね、なでなで。
「なでなでさ、まだ見てないでしょ?」
「え、なになに?」
「田村橋のちょびっと上流に、カモの夫婦が住み着いてるよね?」
「うんうん。オスは頭が鮮やかなグリーンで、とってもオシャレさんよね。メスの白と茶色の羽も落ち着いてて好きだけど。いつもいっしょに仲良く泳いでるの、何度も見たことがあるわよ」
「あれ?なでなではオスの方がオシャレさんだって思う?私は逆だなあ。メスの地味な色使いが『大人の女』って感じじゃない?」
「あ、それは言えてるかも。ちょっとお姉さん的な?そんなところに目をつけるとは、やるな、アロー」
なでなでが妙なところに反応して、話がちょっとずれていきかけるのを、私はあわてて立て直す。
「それでね、それでね、そのカモの夫婦が、最近、子ガモを連れて泳いでるのよ」
「え、子ガモ?」
「そうなのよ。ちょこまかちょこまか親鳥の後をついて泳いでるの。かわいいったらないわよ。最近って言っても、初めに見たのは運動会前だったから、もう、ちょっと・・・・・・いや、ずいぶん大きくなったわよね。子ガモの成長って速いもんね。今のうちにちゃんと見とかないと、かわいい時期は短いもんね」
私は何とかなでなでの関心を引こうと、くちびるを前に突き出して、カモの顔まねをしておどけて見せる。
「わあ、子ガモ見たい、見たい、見たい」
なでなでがじだんだをふむ。それに調子を合わせる私。
「見たいでしょ、見たいでしょ、見たいでしょ?仕方ないから田村橋渡って帰ろ」
「分かったわよ、子ガモにやられちゃったわ。出発よ」
そう言って、なでなでが自転車置き場の方へ走り出し、私はそれを追いかけながらからかう。
「田村橋はボロくてあぶないんじゃなかったの?」
なでなでは自転車置き場から自転車を引っ張り出しながら、やけくそみたいに答える。
「何よ、今まで何もなかった橋が、私が渡ったらこわれるっていうの?私の体重を心配してくれちゃってるわけ?むしろアローの体重の方が心配なんですけど」
「ああ、それ言っちゃう?」
大声でふざけあいながら、私たちは図書館を出発した。田村橋へ。中村とのみっともない大ゲンカは、無事、さけることができたのだ。バンザイ!
「あいた」
田村橋までたどり着いた私は、思わず言葉をもらした。河はいつもよりもずっとたくさんの水がはげしく流れていて、カモの姿はどこにもなかった。
「ありゃあ、これはいくらなんでも無理ね」
黄土色の水面を見ながら、なでなでも残念そう。自転車を道の端に止めて、カモがいたはずの上流に目を向け、ゴウゴウと音を立てながら流れてくる水を見つめる。
そうだった。水曜日の昨日、台風が通過したんだった。この辺りは大した雨もふらなかったから、なんとなくわすれてしまっていたが、北にそれた台風は、県北、つまり中川の上流に大雨をふらせたのだった。がけくずれが心配されているって天気予報でも言ってたのを、今になって思い出した。
「アロー、これは仕方ないよ。残念だけど、出直そう」
なでなでが、自転車のスタンドを上げながら苦わらいしている。
「うん。カモの親子はきっと今だけどっかにかくれてて、きっともどってきてくれるよね」
「だいじょうぶ。心配ないよ。だから、明日か明後日にでも、もう一度会いに来てみよう」
そんなことを言いながら、私達は自転車をおしながら田村橋を渡った。言葉とは反対に、カモの親子のことが心配で、ずっと水面に目を泳がせながら。
と、のんびり歩いていた私達の耳に、ドーンという大きな音が、上流の方から聞こえてきた。何の音だろう?何か、大きな物と大きな物がぶつかったような、でも、金属的な音ではなかった。
なでなでに目を向けると、なでなでも首をかしげて不安そうに上流を見つめる。私も、なでなでが見ているあたりをのぞきこむ。もう、日が沈んでいて、あたりはうす暗い。ん?なんだあれは?水面が、ぐわっと盛り上がったように見えた。
「ヤバい!なでなで、もどろう!」
私は自転車をユーターンさせて、さっきまでいた岸を目指して自転車を走らせ始めた。なでなでとすれちがいざまに、もう一度さけぶ。
「何してんの、ヤバいって、アレ!」
なでなでが、いっしゅんだけ、まよった。自転車をユーターンさせるか、自転車を放り出して走り出すか。
ああ、もう!どっちでもいいから、すぐ動き出して!今はまようことが一番自分の首をしめるんだって!
ガシャガシャと音を立てて、なでなでが自転車をユーターンさせたのが分かったが、私にはふり返るよゆうなどなかった。上流の方からズズズズッと、小さいけれどおなかの底までひびく、不気味な音が聞こえてきていた。音は、みるみるせまってきている。
私達の他にも、河の異様な気配に気づき、周りを見回したり、耳に手を当てて周囲の音を聞こうとしている人達が現れ始めていた。
そんな人達をかわしながら、私は全力で自転車を飛ばす。何かが、私を内側からつき動かしている。ここにいちゃいけない。岸まで逃げなくちゃ。なぜそう思うのかわからないが、自分の体が、その直感にしたがってやみくもに自転車をこぐのを止められそうもなかった。
横目で上流をちらっと見る。さっきは遠くの方に見えていた、ぐわっと盛り上がった水面がすごい勢いで近づいてきている。どす黒い黄土色の水が、ありえない角度でそそり立っている。そこにつきささっているのは、おもちゃのクリスマスツリー?いや、そうじゃない。十メートルくらいはありそうな杉の大木が、根っこごと何本も流されてきているんだ!
私は、首の後の毛が逆立つのを感じた。そんな!杉の大木がおもちゃのクリスマスツリーに見えてしまう大きさの波だなんて!私は自転車をこぐ足に、さらに力をこめる。「急げ。もう少しで橋を渡り切る」むねの中でさけぶ。そのさなか。
「そうか、わかった」
不思議なほど落ち着いているもう一人の私が、私だけに聞こえる静かな声でささやきかける。
「台風が県北にふらせた大雨で、河の水がふえただけじゃない。大きながけくずれが起きたんだ」
ささやきが指し示す、がまんできないほどのおそろしさにすくみ上りそうになりながら、力の限り自転車のペダルをふみ続ける私と、まるで他人事のように落ち着きはらって、何が起きているのか見通し、ささやき続けるもう一人の私。
「がけくずれによって、水の中に落ちたとんでもない量の土も、大木も、そのまま川の流れに流されてスピードを上げる。土手がない時代には、あちこちであふれ、流れ出すことでいつの間にかにがすことができていた力を全部かかえたまま、全てが流れ落ちてくる。まるで、ハンマーがふり下ろされるみたいに」
ささやきに耳をふさがれたように、私の周りから全ての音が消え去った。ついに土手までもどることができた私は、ほとんど飛び下りるほどの勢いで自転車を乗り捨て、ふり向いた。自転車は背後でガードレールにぶつかったはずだけど、その音も聞こえない。
今や、河の異変に気づき、にげるためにこちらに向かって走っている人達の悲鳴も、少しずつ大きくなっているはずの、せまりくる波の音も、全く聞こえない。
その、水中のような静けさの中で、なでなでがこちらに向かってくる。泣きながら自転車をこいで。くちびるの動きで、何かをさけんでいることは分かるが、その声は私の耳にはとどかない。私の心も、きょうふにこおりついたように動くことができず、なでなでを呼ぶことも思いつくことができないパニックじょうたい。
と、その時、横から走りこんできたおじさんにぶつかられて、なでなでがよろける。自転車が橋の手すりにぶつかり、倒れる。なでなでの体が手すりの向こうへ落ちかける。あぶない!息をのむことしかできない私。
なでなでは手すりにしがみついて、何とか河に転げ落ちずにすんだ。よかった。私は思わずその場にしゃがみこむ。なでなでは手すりの内側に下り、自転車をあきらめて、すぐにこちらに向かって走り始めた。
そうだ、のんびりとしているわけにはいかない。とてつもなく大きな波が、すぐそこまでせまってきているんだもの。がんばって、あと二十メートル!
走ってくるなでなでを、声をふりしぼって応援するけれど、周囲の物音も、自分の声さえ聞こえない。ただ、私の視界に二階建ての建物よりももっと高い波が押し寄せる。だめ、間に合わない!?
ドッゴッ!
上流から押し流されてきた大木が、橋げたにぶつかった音を皮切りに、私の耳へ世界の音が押し寄せてくる。
ギッギギギ・・・・・・。
橋全体が、巨大なエネルギーにたえ切れず、ねじれる。まるで、巨人が悲鳴を上げているように。
ドッゴッゴゴゴ!
大木が、とてつもない量のどろが、すさまじいエネルギーをかかえこんだ水が、橋げたに一気におそいかかる。
ダガンッ!
それまでの、どの音とも比べ物にならないほど大きな音がして、ついに橋は最後の時をむかえた。
橋は真ん中あたりで折れ、さらに何本かの橋げたも折れてしまったんだろう。見る間に上流側にかたむいていく。橋の上を逃げまどっていた大人が、子どもが、男の人が、女の人が、自転車の人が、走っていた人が、そして、なでなでが、バランスをくずして上流側に転げてしまう。
手すりの内側に、人間の体が、たまる。その重さにとどめをさされたみたいに、橋がさらにかたむき、河の中に倒れこんでしまう。なでなでは私の目の前で、あばれくるう化け物のような河の流れに飲みこまれ、見えなくなってしまった。
「なでなで!」
水しぶきでびしょびしょになりながら、私は声を限りに親友の名を呼んだ。
「なでなで!なでなで!なでなで!」
けれど、何度呼んでも、なでなでが返事をしてくれることはなかった。もう、二度と、なかった。
私は、涙はかれたりしない、ということを学んだ。
田村橋がくずれ落ちてからパトカーが現場に着くまで、どのくらいの時間がかかったのか、私にはわからない。なでなでを失ったショックでぼうぜんとしていた私は、サイレンを鳴らしてパトカーがやってきたことにも気がつかなかったから。
地面にうずくまっていた私は、私の父さんくらいの年のけいさつ官にだき起こされて、ようやく我に返った。大声でさけびすぎたせいでのどがつぶれて、声が出なくなってしまっていた。口からはヒーヒーという息がもれる音しか出なかった。
私は、そのヒーヒーという音を出しながら、なでなでの姿を求めて、まだあれくるっている河にかけよろうとしたが、おじさんけいさつ官にだき止められた。そのうでからのがれようともがきあばれるわたしのおでこに、熱いしずくがぽたりと落ちてきた。
おどろいて見上げると、おじさんけいさつ官はくちびるをかみしめ、声もなく泣いていた。その涙が、ぽたり、ぽたりと私のおでこに、ほほに落ちてきて、私に、なでなでを永遠に失ってしまったのだと、もう一度気づかせた。止まっていた涙が次から次からあふれてきて、わたしはおじさんけいさつ官にしがみついて、ヒーヒーという音を出しながら、涙を流し続けた。
パトカーで家まで送ってもらい、玄関にむかえに出てきてくれた母さんの涙を見て、また泣いた。
夜もおそくなってから、電話がかかってきて、なでなでの空っぽになった体が海岸で見つかったという知らせを受けて、また泣いた。
父さんにだき上げられ、自分のベッドに入れてもらってからも、ずっと泣いていた。
そして今、いつの間にか泣き疲れて眠ってしまって、夜中にふと目を覚まし、また涙があふれてきているのを感じている。
涙はかれたりしないのだ。
だから、涙を流さなければならなくなる原因を、たたきつぶさなければならない。絶対に。私は、両手のこぶしを固く固く握りしめ、そのこぶしよりもずっと固く決意した。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
●十月五日(木)午前七時十分●(四回目)
「そんな、・・・・・・あんまりだわ!」
三度目のメールの読み直しを終えて、私はつぶやいた。自分が涙ぐんでいることに気づく。
メールの送り主である明日の私は、なでなでが死んでしまったと書いている。その悲げきを起こさないために、協力してほしいとも。悲げきが起こったのは、「彼女にとっての昨日」つまり「十月五日(木)」。そう、今日だ。
ほほに手を当てて、もう一度メールを読み直す。明日の私が求めているのは二点。
一点目は、なでなでが田村橋に行くのを絶対に防ぐこと。元々なでなでには田村橋を渡るつもりがなかったのだから、それほどむずかしいことではないはず、と書きそえられている。そういえば、田村橋は古くてあぶないから、使わないように父さんに言われていると、いつだったかなでなでが話してくれたのを思い出した。
もう一点は、今日、私の身の上にふりかかるたくさんのトラブルについての情報をあきらめてほしいということだった。いろいろな情報をあらかじめ知ることで、今日起こるはずのできごとに思わぬ変化が起こることを防ぎ、なでなでの救出を確実にしたい、と書かれていた。
うん。どんなにつらいことだって、なでなでを失うことに比べたら、そんなの全然大したことじゃない。今日の私の気持ちと、明日の私の気持ちがきちんと重なっていることを確認して、私はタブレットを置き、学校へ行く用意に取りかかった。
「アロー、どうしたの?だいじょうぶ?」
なでなでが心配顔で、私の顔をのぞきこむ。
「あ、うん。だいじょうぶ。なんか、ほこりが目に入ったみたい」
私はあわててごまかした。
いっしょに学校へ行くための待ち合わせ場所は、タコの形のすべり台がある近所の公園。私がそこに行くと、もう、なでなでが待っていた。その顔を見たとたん、私は、また涙ぐんでしまったんだ。なでなでが死んでしまったとしたら、どんなにつらいかとそうぞうして。
「今日も風が強いもんね。昨日の台風の風がまだ残ってるのかしら」
なでなではそう言って、学校への道を歩き出す。
「そうだね。台風はそれたから心配ないって油断すると、痛い目にあうかもしれないよね」
私は、そう自分に言い聞かせながら、なでなでの右にかたをならべた。
朝ごはんに、漢字テスト、ヘチマの種、図工の時間はマジックペンを忘れるし、まったく、ろくでもない一日の前半がようやく終わり。しかも、私ったら、じゅ業中にぼんやり「なでなでが死んでしまったらどんなにつらいか」を考えてしまって、涙なんかこぼしちゃうもんだから、先生にもなでなでにも心配かけちゃって、もう超サイアク。ここからはシャンとしなきゃ。「なでなで救出」って超重要作戦をなしとげなきゃならないんだもん。
なでなでを待ちながら、図書館の正面玄関で、私は両側のほっぺを軽く平手でたたいて自分に気合を入れた。
「あれ、どうしたのアロー?」
コピーしてもらった資料を片手になでなでが現れる。
「あ、いやいや、何でもないよ」
「そう?ならいいけど、今日のアロー、なんだかちょっと変だよ?」
「そうかな?って言うか、私ってふだんからけっこう変だよ」
「あはは、それは言えてるかも」
あわててごまかす私のジョークに、素直に笑いころげるなでなで。ううん、私の大切な親友。絶対死なせはしないからね!
「あ、私、借りたい本を見つけたんだ。ちょっと貸し出し手続きしてくるから、アロー、先に帰って。少し時間がかかるかも」
いやいやいや、それ、あぶなすぎるでしょ。ここで目を離したすきに、「今日は田村橋を渡って帰ろう」なんて気まぐれを起こされちゃたまらない。今日は、なでなでが家にたどりつくまで、べったりとはりついてやるって決めてるんだから。
「わ、ぐうぜん!私も借りたい本があったんだ。いっしょに貸し出し手続きしようよ」
私も急いで館内用スリッパにはきかえ直し、なでなでの背中を追った。そのあと、貸出カードをなくしたおじさんの手伝いをしたり、自分達の貸し出し手続きをしたりで、私達が図書館を出たのは、もうずいぶん日がかたむいてからのことになった。自転車置き場には、私達の自転車だけが残っていた。
「なでなで、帰り道は杉田橋を渡るコースでいいよね?」
私はできるだけさりげなく、なでなでに声をかけた。
「ん?どうして急にそんなこと聞くの、アロー?」
「いや、どうしてってこともないんだけど・・・・・・なんとなく聞いてみただけ」
私はなでなでから目をそらして、ゴニョゴニョとごまかした。そんな私の不自然なたいどに気をとめることもなく、なでなでは自転車のかごに荷物を入れながら言った。
「杉田橋が一番近道になるでしょ。思ったより帰りがおそくなったから、杉田橋を渡ってピューッと帰っちゃおう」
「はいはい、オッケー。杉田橋に向かってゴー!きゃっ、寒!」
図書館を出発した直後に吹いてきた風が意外なほど冷たく感じて、私は上着を着てこなかったことをこうかいした。
ドオンという音がしたのは、ちょうど私達が杉田橋を渡っている時だった。田村橋のある上流の方から、おなかにひびくような低い音が聞こえた。
私は、思わず自転車を止めて、上流の方に目を向けた。メールのことを思い出したからだ。けれど、中川は大きく右にカーブしているし、田村橋はずっと上流なので、もちろんそこから田村橋の様子が見えるなんてことはないんだけど。
「今の音、聞いた?」
私と並んで自転車を走らせていて、私より少しだけブレーキをかけるのがおくれたなでなでが、自転車のわきにおり立ち、ふり向いて私に問いかける。
「うん、ドオンって音でしょ?」
私も自転車からおり、少し前に自転車をおして歩いてなでなでのとなりに行きながら答えた。
「何の音だろ、アロー?」
「わかんない。田村橋がくずれたら、あんな音がする?」
私が最初にそれを思いついたのは、もちろん、朝、予言メールを読んでいたからだ。
「田村橋?ここからずいぶん遠いよ。もし、田村橋からあの音が聞こえたんだとしたら、ものすごい大きな音だったってことだよね」
「そっか。そうだよね・・・・・・」
私達がそんなおしゃべりをしていると、今度は足元の中川から、ゾザザザザッって音が聞こえてきた。おどろいて、橋の手すりから身を乗り出して水面を見る。もう日がくれかけていて、よくは見えない。でも、水面が大きくうねり、波立っている。そう、河なのに大きな波が打ち寄せてきているんだ。
その波に乗って流されてくる大木、へし折れた何かの木材、そして・・・・・・人?波間に流れているそれは、赤いトレーナーを着た小さな子どもに見えた。息をのむ私に、なでなでの声。
「アロー、見た?あれ」
「うん。子どもに見えなかった?」
「うん、見えた。いったい、何が起こったの?」
自分が見たものを信じられず、私達が立ちすくんでいると、今度はいくつものサイレンが聞こえてきた。川ぞいの土手を、消防車や救急車が何台も、下流に向かってすっ飛んでいく。
「アロー!」
「うん、行ってみよう!」
自転車を飛ばした私達が消防車に追いついたのは、もう、日がすっかり沈んだころだった。
うす暗がりの中、土手に人だかりができていて、河原の方を見ながらガヤガヤとさわいでいる。河原には、さっきの消防車や救急車が何台も止められていて、レスキューっていうんだっけ、オレンジの制服を着た人達が、いそがしそうに行きかっている。なんだか、殺気立ったふんいき。
と、河の方でオオとかワアというどよめきが起こり、レスキューの人がびしょぬれの背広姿の男の人を、二人がかりで両側から支えて運んできた。真っ青な顔色の男の人は、いったいどこを見ているのかわからないような、ぼうぜんとした表情のまま、救急車に運び込まれていく。
そういえば、ここに来るまでに、何台もの救急車とすれちがったのを思い出す。なでなでに顔を向けると、目を大きくして、かすかに涙を浮かべている。そのかたがかすかにふるえている。
どんな言葉ではげましたらいいか考えていると、私達のすぐ後でなりゆきを見守っていた男二人の会話が聞こえてきた。
「田村橋が落ちたんだって」
「え、マジ?」
「さっき走ってった救急車の無線を、耳が拾った」
「んじゃ、ここで救助されてる人達って、田村橋を渡ってた人達ってことっすか?」
「たぶんな」
聞いた瞬間、ぐるんってめまい。浅くて速い呼吸。「田村橋はマジで落ちたんだ。あのメールは本当だったんだ」頭の中で大声でさけんでるのは、私自身。メールをうたがってたってわけじゃないけど、ちゃんと実感もなかった私の中で、パチン!とスイッチが入った。
まぶしく、はげしい実感に投げこまれる。私の奥で、ふたつの気持ちがもつれ合う。
ひとつは、事件にまきこまれてしまった人を心配し、気の毒だと思う気持ち。むねがしめつけられるようだ。
けれど、それだけじゃない。もうひとつは、なでなでを死の運命から救出できた!という喜びと、それをやりとげた自分へのほこらしさ、安心感。この場で手を打ってお祝いしたいほどの。
そんなふたつの気持ちにもみくちゃにされて、私はよろよろと野次馬の集団からはなれてしゃがみこむ。とても立ってはいられなかった。
「どうしたのアロー?」
なでなでが心配して、駆け寄ってくれる。それを感じて彼女の肩に伸ばした私の腕はふるえていた。彼女に話しかけようと上げた私の顔は引きつっていた。
「安心して、なでなで。私、やりとげたの」
「え、何、アロー?よく聞こえないよ」
なでなでの聞き返す声が、なぜだか少し遠くに聞こえる。
「なでなで、私、メールをもらったの。明日の私から」
「ん?『明日の私から』?」
「そうなの。簡単には信じられないと思うけど、私、昨日から・・・・・・」
私は、未来の私からメールが来るようになったこと、今朝のメールで、田村橋がこわれるのにまきこまれて、なでなでが死んでしまうかもしれないと知ったこと、そして、そのゆるせない運命から、なでなでを守り切ることができたことを話した。
なでなでは、はじめは信じられない様子だったけど、思ったよりずっとあっさり、私のとんでもない話を信じてくれた。
「ありがとう、アロー。私の命を救ってくれて」
「こんなとんでもない話を信じてくれるの、なでなで?」
「もちろんよ。もしかしたら、どっかにかんちがいが混じってるかもしれない。でも、心から私を救いたいって思ってくれたアローの気持ちが、私は何よりうれしかったの。ありがとう、アロー」
そう言って、なでなでは私をそっとだきしめてくれた。あたたかな涙が次から次からあふれてきてわたしのほほをぬらし、そのしずくがなでなでのかたもぬらした。
「私の方こそ、ありがとう、なでなで。私のこと、信じてくれて」
私はようやく少し落ち着いてきて、なでなでをだきしめ返しながら、お礼を言った。生きていてくれてありがとう、私の大事ななでなで。
「でもね・・・・・・」
そう言うと、なでなでは私の背中に回していた手を私のかたに置いて、そっとおした。ひっついていた私の体となでなでの体は離れて、私の目となでなでの目がぴたりと合った。なでなでは私の目をのぞきこむようにして言った。
「でもね、私、これだけじゃいけないって思うの」
「え、どういうこと?」
私は、なでなでが言っていることの意味が分からなくて、軽く首をかしげた。
「アローが私のことを何よりも大切に思ってくれて、必死で私の命を救ってくれたこと、とっても感謝してる。ありがとう、アロー。でもね、それだけじゃ足りないの」
そう言って、なでなではほほえんだ。ゆっくりと。とてもほこらしげに。
「アローは私のじまんの親友だから」
「えへへ。ありがとう、なでなで。でも、『じまんの親友』はちょっと言い過ぎじゃないかな。きっと、『じまんの親友』はランドセルを丸ごとわすれて学校に行ったり、校長先生にヘチマの種をぶつけたりはしないような気がするよ」
私は、ちょっと照れわらいしながら言った。けれど、なでなではほほえんだ表情のまま、まじめに言った。
「いいえ、アロー、あなたは私のじまんの親友よ。アローは矢。弓ではなく矢。ビューッとどこまででも飛んでいけるエネルギーのかたまり。先生が何と言おうと、周りのみんなが何と言おうと、何度失敗しようと、ねらった的(ルビ:まと)めがけて、一直線に飛んでいく。あなたのその後ろ姿に、私はいつもあこがれていたんだよ」
なでなでが、あんまり一生けん命に話すものだから、置いてけぼりをくらった私はぽっかーん。なでなでは、そんな私のかたをつかんで、前後にぐらぐらとゆらしながら続ける。
「そんな、私にとってあこがれのアローだから、私一人の命を救って終わりじゃ、だめ!お願い。この事故にまきこまれる人達、全員を救って!」
「ちょ、ちょっと待って。落ち着こう、なでなで」
「落ち着こう、ですって?あれを見て!」
そう言うと、なでなでは次々と救急車に運びこまれる人達を指さした。
「アロー、わかる?今は落ち着いてる場合じゃないでしょ?あの人達を救わなきゃ!」
「そんなこと言われたって、私には無理だよ」
「無理なんかじゃないわ。アロー、あなたになら、なんだってできる。現に、私を救ってくれたじゃない」
結局、なでなでの迫力に押し切られて、私はこの事故で死んでしまった人、けがをした人、行方不明になってしまった人達を全員助けると約束してしまった。ええええええっ!
そのあと、私はなでなでの家に寄って、二人で作戦会議をしたの。紅茶を入れてくれたなでなでは、私の前にかわいらしいお花のもようのカップを置きながら、言ったわ。
「紅茶を入れてて、私、グッドアイディアを思いついちゃった」
なでなでの笑顔が、新しいいたずらを思いついたいたずらっ子のように輝いている。
「どんなアイディア?聞かせて聞かせて」
「どうしよっかなあ・・・・・・」
なでなでがわざともったいぶって見せる。私には、なでなでの気づかいがうれしかった。橋が倒れたためにけがをしたり、死んでしまったりするはずの人達を一人残らず全員助ける、だなんて大仕事をしなければならない私を元気づけるために、わざと明るくふるまってくれているんだ。もう、あんたってば、なんて優しい子なの。
そんななでなでの気づかいをむだにしないために、私も明るく言った。
「もう、ケチケチしないで教えてよ。どんなことを思いついたのよ?どんな秘密作戦なのよ?」
「うふふ。聞きたい?じゃあ、教えてあげる。私を引っ張りこむのよ」
「私って、なでなでのこと?もう協力してくれてるじゃないの。私、とっても感謝してるんだよ」
そんなことを言う私の目の前に人差し指を立てて、なでなではそれを左右にふった。
「チッチッチ。おじょうさん、このなでなでのことじゃありませんよ。別の人物です」
「えっ、なでなでじゃないの?」
「いいえ、なでなでのことです。彼女に協力させるのです」
「でも、さっき、なでなでじゃないって言ってたじゃん」
私が口をへの字に曲げると、なでなでは芝居がかった仕草で、自分の胸を親指で指した。
「そう、ここにいるこのなでなでのことじゃありません」
そう言うと、今度は自分を指さしていた右腕をズバッと伸ばした。彼女の伸ばした人差し指の先を見る。そこには、壁かけカレンダー。
「ターゲットは水曜日の私、なでなで。彼女を引っ張りこんで、協力者になってもらうのよ!」
私は、何秒かぽかんとした後、ようやく頭が追いついた。
「なるほど、なでなでにも予言メールのことを教えて、協力してもらうってわけね!」
うなずいたなでなでは、ニヤリと笑った。
「でも、覚悟してよね。私ったら、そうとう疑い深い性格よ。予言メールなんて、そう簡単には信じてくれないはず・・・・・・」
「ぐっ、それはそうよね。なでなでは私とちがって、慎重に行動する方だもんね」
オロオロするばっかりの私をしり目に、なでなではあごをかきながら独り言。
「そうね、確かにひと工夫する必要がありそうね」
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●十月四日(水)午後六時十分●(五回目)
「そっか。アローもあの予言メール通りの水曜日だったってわけね」
なでなでの声は、かすかにふるえていた。雷雨が上がって、窓から見える空は、夕方から夜へと変身し始めていて、いくつか星がまたたきだしている。私は、自分の部屋の勉強づくえの前に座ったまま、私のベッドにこしかけたなでなでにふりむく。
「『アローも』ってことは、なでなでの予言も、やっぱり当たってたってこと?」
「うん、もう気味が悪いくらいバッチリ当たってたの」
そう言って、なでなでは私の勉強づくえに視線を向ける。勉強づくえの上に置いてるタブレットの画面には、今朝来たメールが表示されている。
件名:予言メール
本文:
私は十月五日(木)の夜のあなたです。
このメールは予言のメールです。
朝のうちになでなでにも読ませてあげてください。
十月四日(水)は下のような一日になります。
小畑君はかぜで欠席。
今日の2時間目は小テスト。問題は漢字ドリルの二十二ページ。
昼休みに中村とろうかで正面しょうとつ。
台風でじゅ業は午前中だけ。給食の後、すぐ下校。
夕方、激しい雷雨。
でも、すぐやんでしょう油。
応えん歌で中村に大笑いされる。
ここから先は、なでなでの水曜日。
漢字は百点。
給食時間からずっとグルグル。
初恋は中一。
「『なでなでの水曜日』の予言も、当たってたんだ?」
「うん」
「でもね、なでなで。私の予言もずいぶん分かりにくい予言だけど、なでなでの水曜日の予言は、さらにひどくない?私、ちんぷんかんぷんだよ」
「ごめんね、アロー。この予言、たぶん考えたのは木曜日のアローじゃない気がする」
「え、どういうこと?」
「この分かりにくい予言を書いたの、たぶん私。木曜日の私が予言の言葉を考えて、木曜日のアローに書いてもらったんだと思う」
「んっと?」
私はなでなでの言葉の意味がよくわからず、まいごになりかける。そんな私を見つめながら、なでなでが話を続けた。
「うたがい深い私でも予言を信じることができるように、木曜日の私が、じっくり考えて予言の言葉を考えてるの。順番に説明するね」
そう言って、なでなではタブレットの画面を指さした。
「『漢字は百点。』っていう最初の予言。これはアローが考えてくれた予言なんだと思う」
「どうして?」
「だって、これは予言にならないよ。私、漢字テストはほとんど毎回百点だもん」
うひゃあ。私は何度もまたたいた。私もこんなこと、いつか言ってみたいもんだ。
「そ、それはなんていうか・・・・・・おめでとうさん。じゃあ、その次の『給食時間からずっとグルグル。』ってのは?」
「この予言は、きっと私が考えたんだと思う」
そう言って、なでなでは人差し指をくちびるに当てて、少しの間考えているようだった。が、やがてくちびるをしめらせると、ふたたび話し始めた。
「順番に話すね。まず、今日の給食時間、給食当番だった私の頭の中で、古い歌が流れ始めたの。それが、給食時間が終わっても鳴りやまないで、ずっとくりかえされてたの」
「あ、わかる。そういうことあるよね。どういうわけだか、一つの曲が頭の中で果てしなく自動再生されちゃうの」
「でしょ?今日の私の今日の場合は、『ふえ星人』って曲がグルグルし始めちゃって」
「『ふえ星人』?」
「うん。もともとは、小学生がリコーダーを習い始めたころに、楽しく練習できるように作曲された曲なんだけどね、ちょっと変わった曲なの」
「どんな風に変わってるの?」
「あのね、『シ』だけでできてるの」
「ちょっと待って。『シ』だけでできてるですって?」
私は、すっかりおどろいてしまった。『シ』だけでできてる曲なんて、そんな無茶な。モールス信号じゃないんだから。
「アロー、ちょっと落ち着いて最後まで聞いて。『シ』だけでできてるのはリコーダーパートだけで、ピアノのばんそうは普通なの」
なんだ、そういうことか。私はふき出してしまった。
「もう、そういうことは早く言ってよね」
「ごめん、ごめん」
そう言って、なでなではおがむようなかっこうをした。
「でもね、アロー、私、今日グルグルになったおかげで、フルートを始めたころのワクワクする気持ちを思い出せたの」
なでなでは、むねの前で両手のこぶしを組んで、夢見るような表情になった。
「三才の時にプレゼントされたって言ってたよね?」
「そう。父さんにプレゼントされたフルートを早く吹きたくてうずうずしてた私に、父さんは『シ』の指使いを教えてくれたわ。そして、こう言ったの。『よし、これで父さんといっしょにえんそうするじゅんびができたぞ』って」
父さんの口まねをするなでなで。私はわらってしまった。
「うふふふ。そっか。『シ』だけでできてる曲なら、確かにじゅんびかんりょうよね」
「うん。だから、私はフルートをプレゼントしてもらった十分後には、もう初めての合そうを体験することができたの」
私は、うっとりと思い出にひたるなでなでの幸せそうな顔をながめた。なるほど。新しい楽器を始めるのは、つまんないきそ練習をするためじゃない。えんそうを楽しむためだ。
だから、一秒でも早く、フルートで合奏する楽しい経験を娘に積ませたい、となでなでのお父さんは考えただろう。『ふえ星人』で父さんといっしょにえんそうする楽しさを知ってしまえば、その他のドレミファを覚えるためのきそ練習にだって、力が入るってものだ。
私は、なでなでの父さんの作戦に心の中ではく手した。
けれど、まだわからない部分が残っていた。
「ね、この予言を考えたのがなでなで本人だっていうのは、どうしてそう思うの?」
私の質問に、なでなではにっこりとえがおをうかべた。背中に流していたかみの毛を一束右手ですくい、毛先をながめながら答え始める。
「あのね、もしもアローがこの予言を私に伝えるとしたら、どんな言葉で伝える?」
「ん、そうだなあ・・・・・・」
私は五秒ほど考え込んだ後、ゆっくりと答えた。
「『ふえ星人が頭の中でグルグル』かな」
「そうよね。アローならきっとそう教えてくれる」
毛先をながめるのをやめて、なでなでは私の目をまっすぐに見つめる。なんだか、ちょっと照れくさい。
「じゃ、実験。『ふえ星人が頭の中でグルグル』という言葉で予言を伝えられた私の気持ちになってみて」
「オーケイ。私はなでなで」
目をつむって、私はまほうのじゅもんの続きをとなえる。
「おっちょこちょいの友達に、今朝とどいた予言のメールの話を聞く。『ふえ星人が頭の中でグルグル』ですって」
私のほほが自然にゆるむ。ただし、この喜びは私自身の喜びじゃない。なでなでの喜びだ。なでなでの幸せだ。
「ああ、あの曲!私がフルートで父さんと初めていっしょにえんそうしたあの曲!・・・・・・って、あれ?」
私は、今感じたきみょうな感じにとまどい、つぶっていた目を開け、まゆをひそめた。何だろう、この感じ。何かがちょっとずれてる感じ。でも、その『ちょっと』で、すっかり台無しって感じ。
「ええと、おかしいな。これだと、『給食時間から』じゃなくて『朝から』グルグルになりそうよね?」
なでなでに向けた私の表情がよほどおかしかったんだろう。なでなでがわらい出してしまう。
「そうよね。アローの言う通り、予言のメールに題名が書かれていたら、私は朝からグルグルになってたかもしれない。それだけじゃなく・・・・・・」
「待って、なでなで。自分でたどり着きたいの」
なでなでがこくんとうなづく。私はもういちど目を閉じ、なでなでの気持ちをもう一度なぞり始める。
「そう、それだけじゃない。朝から『ふえ星人』がグルグルになったなでなでは、こう考えるはず。『アローにとどいたメールがきっかけになって、『ふえ星人』がグルグルになった』って。決して『メールの予言が当たった』って感じ方はしないはず!」
ゆっくりと開いた目の先で、両手を組んで私を見つめるなでなでに、私は確かめた。
「そうでしょ、なでなで?」
なでなではゆっくりと二度うなづいてから言った。
「うん、そう考えるにちがいない。木曜の夜の私も、きっと同じ考えにたどり着いたんだと思う。そして、そんなうたがいをいだかせないで、予言のメールをしっかり信じさせるために、予言の言葉からグルグルになる曲の曲名を消したのよ」
私は、軽く口笛なんか吹いちゃう。
「やるな、なでなで。あなたって、本当に考え深い子。感心しちゃうわ」
「ありがとう、アロー。そう言ってもらえると助かるな。私自身は、自分のことを、うたぐり深くてめんどうな性格だなって、ちょっとうんざりしかけてたから。あなたって、ステキね」
「あら、なでなでったら今ごろ気づいたの?私ったらずいぶん前からステキな女の子なのよ」
そう言ってむねをそらせて見せると、なでなでががまんし切れなくてふき出してしまい、それにつられて私もふき出してしまった。
「ねえ、なでなで、最後の予言は当たったの?」
ひとしきり二人でわらった後、私はなでなでの顔を横目で見ながら、さりげなく水を向けた。いや、さりげなくはなかったかもしれない。けど、がまんできなかったんだもん。なでなでは、ひょいとてんじょうに顔を向けて答えた。
「やっぱり、気になる?」
「そりゃあ気になるよ。だって、『初恋は中一。』だよ?気にならないわけないでしょ」
口をとがらせる私に視線をもどしたなでなでは、人差し指を突き付けながら言う。
「だよね!私もすっごい気になったもん」
私は、ちょっとおこったような顔で何度もうなずいた。それほど、気になって気になって仕方なかったんだもん。だけど、なでなではそんな私の様子を見ながら、うすくわらうばかり。
「それがね、アロー、あなたの期待にはとてもこたえられないの。わかってみれば、なあんだってこと、あるでしょ?あれよ、あれ」
そう言って、なでなでは手のひらで自分のほほをなでた。
「実を言うと、私も色々考えたんだよね。『初恋は中一。』っていうの。最初に思いついたのは、私が中一の時に、だれかに初恋をするって意味なのかなってこと」
なでなでの話を聞きながら、私はぶんぶんといきおいよくうなずいた。いきおいがよすぎて、ちょっと頭がクラクラする。そんな私にかまわず、なでなでは続ける。
「でも、それっておかしいよねって気がついたの。だって予言のメールを書いたのは、木曜日の夜のアローで、予言の言葉を考えたのは、同じく木曜日の夜の私でしょ?」
「うん。え、どっかおかしい?」
「ちょっとしっかりしてよ、アロー。木曜日の私達は何年生?」
「え、そりゃ五年生になるのは来年の四月だから・・・・・・あ、そっか!」
「気がついたみたいね。まだ四年生の木曜日の私達が、中一になってからの出来事を知ってるはずがないの」
「おお、なるほどね。ってことは、『初恋は中一。』ってのは、中一の時に初恋に落ちるって意味じゃないわけだ」
「そういうこと。で、そうなると『初恋は中一。』ってのはどういう意味だろうって考えたわよ、じゅ業そっちのけで」
「わあ、いけないんだ。じゅ業中に考え事なんて」
「アローにそんなこと言われても、説得力ないなあ」
「そりゃそうだ。私なんて、集中してじゅ業聞いてる時の方が少ないもんね」
ケラケラとわらいだしてしまう私達。先生ゴメンナサイ。
「でね、思いついたの。初恋の相手が中一なんじゃないかってこと」
なでなでは熱っぽくそう言った。
「おお、三つも年上?なでなでったら、おしゃまさん!」
「アローもそう思う?私も思いついた時、同じこと思ったよ。だって、『初恋は中一。』だもんね。初恋の相手が中一としか考えられないよね。でも、四年生の女の子が、中学一年生の男の子に恋をするなんて、ちょっとじゃなくだいたんだよね!」
「落ち着け、なでなで。なんか、目がうるんでるぞ」
「これが落ち着いていられますかっていうのよ。だって、今日まで私に中一の男子の知り合いなんていなかったのよ。これがどういう意味だか分かる、アロー?」
「ん?どういう意味なの?」
なでなでのいきおいについていけずぼんやりと答える私に、なでなではじれたように両うでをぶんぶん回しながら言いつのる。
「今日、その初恋の相手に出会って、そして恋に落ちるって意味じゃないの!キャー、どうしましょう!」
「キャー、そうなのね、そうなのね!」
いつもと様子のちがうなでなでになんとか追いつこうと、私もテンションを上げる。が、とつじょなでなでは冷めた表情になり、私のかたにぽんっと両手を置いた。
「・・・・・・と、まあ、そんな具合で私は午後を過ごしてたわけ。いつ運命の人にめぐり会うんだろうとドキドキしながら。でも、これがかんちがいだったのよねえ」
さっきまでのこうふんがうそのように消えてなくなったなでなでは、大きなため息をついた。
「っていうか、からかわれたのよね、木曜日の私に」
「ええ、そうなの?」
「うん、きっとそうなの。『初恋は中一。』なんて予言のメールに書いておけば、私がこんな風にまい上がっちゃうことを知ってて、未来の私がからかったのよ」
「ええ、じゃ、『初恋は中一。』はうそだったの?」
私はくちびるをとがらせてなでなでを見た。なでなでは首を横にふり、続けた。
「いいえ、うそではなかったの。まぎらわしかっただけ。今日、雷雨がふったでしょ?」
「うん、ふったふった。わたしびしょぬれになっちゃったもん」
「あの雷雨がふり始めたのが、ちょうど私のピアノのレッスンが終わったタイミングでね、車でむかえに来てくれるように家に電話して、それを待ってたの。いっしょにレッスン受けてる子と、ピアノの先生とおしゃべりしながら」
なでなでの声を背中で聞きながら、私はドアのわきにある電とうのスイッチをオンにした。気がついてみると、部屋はずいぶん暗くなっていた。窓のむこうはすっかり夜空だ。
「いっしょにレッスン受けてる子、美空ちゃんていうんだけど、ちょっとおもしろい子なの」
私は聞きながら、勉強づくえの前に再び座った。なでなでの父さん、母さんは、今日は仕事がいそがしくて、なでなではうちで夕食を食べることになっている。時々そういう日があるので、私もなでなでも慣れっこだ。
「私達、ちょっと前から新しい曲のレッスンを始めたの。ええと、石川たく木って分かる?」
「『ふるさとの なまりなつかし 停車場の 人ごみの中に そをききにゆく』だっけ?」
「わ、しぶいチョイス!」
「図書室の司書の先生が教えてくれたの。なんだか、さびしさをきれいに短歌にする人だよね」
「そうかな?私は、ちょっときびしいトコのある人だったのかなって思うけど。ま、その石川たく木の作った短歌に、こんなのがあるんだ」
そう言うと、なでなではベッドから立ち上がり、両眼を閉じた。胸の前で両手をおたがいに握る。
「『砂山の 砂に腹ばい 初恋の いたみを遠く おもい出づる日』」
静かに目を開き、手をほどいてベッドに腰かけたなでなでは、でも、まだ遠くを見つめているような様子だった。私は、今は話しかけてはいけないような気がして、なでなでの次の言葉を待った。深呼吸をするくらいの時間をおいて、なでなではにっこりわらい、話し始めた。
「この短歌にメロディをつけた人がいるの。越谷達之助って人。その曲をピアノで練習してるの。先生と、美空ちゃんと、私で」
石川たく木の短歌にメロディをつけるって発想が面白いなあ、と思いながら、私は相づち。
「うんうん、それで?」
「うん。美空ちゃんが言ったの。『初恋のいたみって、なんだかこわいね』って・・・・・・」
「『初恋のいたみ』か・・・・・・確かにちょっとこわいかも・・・・・・」
「でしょでしょ?私もちょっと思ったのね。こわいかもなあって。私達って、まだ恋をしたことがなくて、だから恋ってどんなものなのか、よくわからない」
「うん。だれかを特別に好きになることがあるらしい、くらいのことは物語やマンガでぼんやり知っているけれど、自分で感じたことのないことだから、『どのくらいわかってないか』すらわかってない、すごくぼんやりした知らなさっていうか」
「そうそう。なのに、『どうも、胸の奥がキュンとするらしい』みたいなきれっぱしの情報に舞い上がっちゃったり、ときめいちゃったり」
「わあ、なでなでもやっぱりそうなんだ」
「そりゃそうだよ、『初恋』だもん!」
両腕を左右に広げながら、なでなでは強い調子で言った。けれど、その両腕はすぐにだらりと力を失う。
「そうなんだけど、そんな私達が石川たく木の初恋の短歌に出会っちゃうと・・・・・・」
なでなでは、くちびるをとがらせて私の方に視線を飛ばす。私はそれを受け止めきれないで、うす暗い天井を見上げて言う。
「・・・・・・だねえ。『初恋のいたみ』かあ・・・・・・」
なんだか迷子になってしまったような心細い気分で、今度は私がなでなでに視線を飛ばす。すると、意外なことになでなでは私の視線をバッチリ受け止めてくれた。そして、こう言った。
「美空ちゃんとも、こんな話をしてたの。なんだか心細いねって。そうしたら、ピアノの先生の泉先生が、私達のおしゃべりを聞きつけて、話してくれたの。自分の初恋の話を」
私は、以前、なでなでのピアノの発表会に行った時に見かけた、背が高くてほっそりとした、かみの長い女の人の姿を思い出していた。あの人の初恋・・・・・・。
「ねえ、アロー、私達って足りてないの」
なでなでがとつぜんそんなことを言い出すものだから、私はびっくりしてしまった。
「え?まあ、そうかもね。まだ子どもだし」
私の返事に、なでなでは首を横にふった。
「そうじゃないの。大人だとか、子どもだとかの話じゃなくて、私達はまだ半分なんだって」
「半分?なでなで、何のこと?」
私の言葉に答えようとして、でもなでなでは少しの時間、だまって考えこんでた。そして、くしゃっとわらって言った。
「ごめん。本当は私もちゃんとわかってはいないの。でも泉先生はそう教えてくれたの」
「どういうこと?先生はなんて言ってたの、なでなで?」
私がそう聞くと、なでなでは自分の胸に右手をそっと当てて、話し始めた。
「人間はだれでもかたっぽの手ぶくろ。泉先生はそう言ってたの」
「かたっぽの手ぶくろ?」
「そう、かたっぽの手ぶくろ。右手かもしれないし、左手かもしれない。青いかもしれないし、黄色かもしれない。それは人それぞれ。でも、とにかく、みんなかたっぽの手ぶくろなの」
そこまで言うと、なでなでは右手をかたの高さまで上げて、てのひらを私に向けて、五本の指をワキワキと曲げて見せた。そして、また話し始める。
「親指、人差し指、中指、薬指、小指。五本ともそろってるから、これで自分はだいじょうぶって思いこんでる。まさか・・・・・・」
右の手はそのままで、今度は左手をかたの高さまで上げて、てのひらを私に向けて、五本の指をワキワキと曲げて見せる。そうして、しばらく両手で指をワキワキさせると、指をのばしたところで動きを止めて、左右のてのひらをぴたりと合わせた。まるで、何かをお願いしてるみたい。
「まさか、自分とセットになるもう片方の手ぶくろがどこかにあるなんて、思いつきもしないで」
私は、思わずパンと両手を打った。
「分かった!その『もう片方の手ぶくろ』が、恋する相手なのね?」
「その通り。恋をすると、そのことに気づいてしまうんだって。自分ひとりじゃ足りないんだって。必ず、その人といっしょにいなきゃ、足りないんだって」
言いながら、なでなでは合わせていた左右のてのひらの指を開き、たがいをにぎった形にする。私にはそれがだき合う恋人同士に見えてしまって、ほほが熱くなるのを感じた。思わず、独り言をもらす。
「・・・・・・『かたっぽの手ぶくろ』か・・・・・・」
「そう。自分がそうなんだって気がつくのが、初恋ってことなんだって。泉先生がそれを知ったのが、中一の時だったんだって」
「へ?」
変な声が出ちゃった。
「思い出して、私達が何を話していたか。『初恋は中一。』ってそういうことだったの。私達、明日の私にからかわれてたのよ」
十月十四日の夜は、何だかむしむしと湿気が多くて、風の強い夜だった。母さんと一緒になでなでを彼女の家まで送っていった帰り道。私は、どうしてか胸がざわついて、母さんの話にも上の空だった。
●十月五日(木)午前七時五十分●(五回目)
件名:予言メール
本文:
おどろかないでね。
今日、十月五日(木)の夕方五時五十三分、田村橋がくずれ落ちます。
台風が連れてきた雨雲が中川上流で降らせた大雨と、土砂くずれが原因です。
あなた達が何もしなければ、何人もの人達が、あばれくるう中川にのみこまれて、死にます。
この悲しい未来を、なでなでと協力して変えてください。
お願い、あなた達だけが頼りなの。
「ええと、どうしたらいいと思う?」
なでなでの目が、メールを三回読み直したタイミングで、私は声をかけた。いつもと何も変わらないように見える朝の通学路。いつもと変わらない、たいくつな一日が始まることを予感させる風景。でも、今朝、未来の私からとどいた予言のメールは、たいくつと正反対の内容だった。
「ええと・・・・・・」
さすがのなでなでも、ついていけてないって感じ。どこを見ているのかわかんないような表情を私に向ける。そりゃそうだよね。
「なでなで、深呼吸、深呼吸」
「あ、うん」
なでなでがゆっくりと深呼吸する。フルートを趣味とするなでなでの肺活量は、ちょっと人並外れている。六年の男子なんて、相手にならないレベルだ。そのなでなでの深呼吸だもん。一回の「吸ってはいて」が長い長い。となりでながめていた私まで、なんだかちょっと落ち着いてしまった。
「ありがと、アロー。ずいぶん落ち着いた」
そう言ってにっこりわらうなでなでを相手に、まずかくにんする。
「昨日の予言のメールの正確さから考えると、この予言も、きっと的中するんだよね?」
「そうね。むしろ、今日の予言メールに書かれている事故を防ごうと、本気で行動させるために、昨日の予言メールで私達の信用をえることをねらってたんじゃないかしら」
「なるほど、そりゃそうだよね。最初の一通がこれだったら、だれも本気にしないわ」
私は、たははとわらって頭をかく。
「だけど、この事故、どうやって防いだらいいんだろ?なでなでにアイディアあり?」
「今のところないなあ。無理なことを一つずつ、つぶしてみようか」
「オッケイ。まず、台風が来るのを私達が防ぐことは無理だよね?」
「アロー、それたぶん、世界中の人間が束になっても無理だから」
「あ、そかそか」
おしゃべりしながら歩いていると、通学路だから前後に同じ学校の子の姿がふえてくる。でも、まさか私となでなでが、不吉な予言をひっくり返すためのアイディアを出し合ってるなんて、だれも想像できやしないだろう。むふふふふ。
「大雨もきっと同じだよね」
「そうね。百年もしたら、お天気をあやつれる機械なんてのも発明されてるかもしれないけど、今日の夕方までにっていうのは、ちょっと無理よね」
なでなでが天をあおいでため息をつくと、道路の向こう側の歩道を歩いている一年生くらいの男の子が、どうしたんだろうと心配そうに見つめる。やっぱし美人はとくだ。そんないらないことを考えながら、私は話を続けるなでなでを見た。
「がけくずれなら、私達みたいな子どもじゃなく、大人の人達が本気になって、何年もの時間とたくさんのお金をかければ防げるかもしれないけど、明日となると全然無理。ううん、やっぱり手ごわいわねえ」
「同じように、橋がくずれ落ちるのも、防ぎようがないよね」
私達は、ちょっとの間だまりこんでしまった。現実を変えるって宿題は、小学生二人にはちょっときびしすぎるかもしれない。そんなことを思った。
学校が近づいてくる。げた箱のある子ども用玄関には、くつを脱ごうと立ち止まっている子、げた箱にくつを入れようとしている子、立ち止まって何かおしゃべりしている子で大こんざつ。こんな時に学校がくずれ落ちたりしたら大変だ。いったい、どれだけのけが人が出ることやら。もしも、どうしてもくずれ落ちなきゃならないんなら、せめてだれもいない真夜中にしてほしいもんだ。そんなことを考えて、私は気づいた。
「そうか!」
思わず立ち止まった私。後から歩いてきた子がドスンとぶつかった。ごめん。
「なでなで、わかったよ。学校は真夜中にくずれ落ちたらいいのよ」
「えっ⁉」
びっくりしたなでなでがふり向いて私に注目。目が真ん丸になっている。
「アロー、だいじょうぶ?」
「ごめん、ごめん。言い方が悪かった。今のはわすれて」
なでなでに手招きし、こんざつから逃げ出すために、子ども用玄関のわきの花だんの前へ。
「田村橋がくずれ落ちてしまうのは残念だけど、私達子どもじゃ、どうしても防げない。だから、あきらめよう。その代わりに、無人の時にくずれ落ちてもらおう」
なでなでがパチンッと指を鳴らす。
「わかった!田村橋がくずれる時間は分かってるんだから、その時にだれも橋を渡っていないように細工するのね。それなら、きっと不可能なんかじゃないわ」
「でしょでしょ?」
「で、どうやって、あの人通りの多い田村橋を無人にするの?」
「え、あ、いや・・・・・・それはね、それはこれか考えなきゃね」
もう、なでなでったら、私をだれだと思ってるの?天下のアローちゃんよ。そこまで考えないで、無鉄砲にビューッと飛んできたに決まってるじゃないのよ。
「ねえ、先生、おいそがしいトコ悪いんですけど、ちょっと話、聞いてくれませんか?」
教室についた私は、ランドセルを置くやいなや、みんなの宿題に目を通している西池先生に駆け寄り、話しかけた。
「アロー、校舎内は駆け回らないコト」
先生が『先生の思うこわい顔』で注意する。全然こわくないけど、私は頭を下げる。おはようのあいさつみたいなもんだ。
「はい、すみませんでした」
きちんとあやまれば、先生はすぐにいつものやさしい顔にもどって聞いてくれる。
「で、何だ?」
「あの、研究発表なんですけど」
「何だ、お前、まだ逃げ回るつもりか?」
西池先生はまゆ毛の間にしわを寄せて、あきれたような顔をする。
「いえいえ、とんでもない。逆です。私、超いいこと思いついちゃったんです」
「超いいこと?なんだそりゃ?」
「まだ秘密です!」
「秘密だって?おい、また変なこと考えてんじゃないだろうな?」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。もうね、パーフェクト!完ぺきです」
「本当かなあ?心配だなあ?」
先生は言葉とはうらはらに、にやにやとからかうような表情で私を見た。私は心の中で冷や汗。だって、本当は何にも思いついてないんだから。でも、メールの予言を防ぐための作戦会議の時間がどうしてもほしくて、何とかふみとどまる。
「そんなことより、先生、ピンチだよ。分かってる?」
「何のことだよ?」
「台風だよ、台風。へたしたら、昨日みたいに強風けいほうが出て、今日も昼で下校なんてことになるかもしれないよ。ね、なでなで」
私と先生の会話を横で聞いていたなでなでが、会話に入ってくる。
「ええ。先生、強風けいほうのこと、朝食の時に父が言ってたんです。午後のじゅ業が中止になると、ちょっとピンチですよね」
朝ごはんじゃなく朝食。父さんじゃなく父ときた。できる女は一味ちがうね。私の言葉を聞いた時にはのんきな顔してた西池先生、なでなでの言葉に深刻な表情になる。
「そうか。午後に予定してた研究発表の用意の時間がなくなると、昨日予定していたのと合わせて三時間がつぶれることになるなあ。確かにマズいな」
うちのクラスは、学習発表会で自由研究の発表をすることになっているのだけど、これの用意が大幅におくれて、大ピンチになっている。ま、中でも一番おくれてるのは、発表の形も決まってない私のグループなんだけど。今日の午後の二時間が、その研究発表の用意をする時間として予定されていたんだけど、もしもその時間が強風けいほうで吹き飛ぶと、本格的にまずいことになるのだ。(ただし、強風けいほうの話は私となでなでのでたらめで、天気予報でもそんな話は一切してはいないんだけど・・・・・・てへ、ごめんね、先生)
「そうだよ、マズいよ。げきマズだよ」
私は先生の不安をあおった。それに大まじめな顔でなでなでが乗っかる。
「先生、ここは予定を変こうして、一時間目と二時間目に研究発表の用意をしてはいかがでしょう?幸い、一時間目の国語も二時間目の理科も、教科書より速いペースで学習が進んでいますし」
なでなでの具体的なてい案が、先生の背中を力強くおした。
「なるほど、そのセンで行こう」
そう言うが早いか、先生は立ち上がって教室の正面に向かって歩きながら、教室にいる全員に向かって話し始めた。
「みんな、聞いてくれ。今日の予定を変こうします。国語と理科を午後に回し、一時間目と二時間目は、午後に予定していた研究発表の用意の時間にします。先生はこれから理科の山田先生に時間割変更のお願いに行ってくるから、みんなはさっそく研究発表の用意を始めてください」
早口でそう言って、教室を出ていきかけた先生をナムサンが止める。
「先生、黒板に書いてある漢字テストはどうすんの?」
「あれは午後のじゅ業でやろう。今は研究発表の用意が最ゆう先だ」
そう言い残して、今度こそ先生は教室を後にし、しょく員室へ向かってダッシュ!これこれ西池クン、校舎内は駆け回らないコト。
「ううん、田村橋を渡らせない方法ねえ・・・・・・」
私はえんぴつを上くちびると鼻の間にはさみ、うで組みをした。けっこう強引に研究発表の用意のための時間を一、二時間目に引っ張り上げたけど、本当は、先生にちらつかせた『超いいこと』なんて、ちっとも思いついていない。ただ単に、予言メールが本当になるのを防ぐ方法を考える時間が早くほしかっただけだ。研究発表の用意の時間は、グループごとにあちこちで活動することになるので、先生はそれぞれを見回ることになり、そういうよそごとをするには絶好のチャンスなのだ。先生、ごめんね。
「けいさつに知らせる?」
私の問いに、しかし、なでなでの反応はにぶい。
「電話でもかけるの?なんて言うつもり?」
「そりゃ、だから、『今日の夕方田村橋がくずれ落ちるんで、通行止めにしたらどうですか』って・・・・・・」
「それ、本気にしてくれると思う?いたずら電話あつかいされるだけよ」
「そうかな?」
「そうだよ。万が一本気で聞いてくれたとしたら、今度は犯行予告電話になっちゃうし」
「あ、そっか。今日、橋がくずれ落ちるなんて私達以外知らないんだもんね」
「下手するとたいほされちゃうよ」
なでなでがこわい顔で言うもんだから、私はあわてた。
「わわ、ごめんなさい。けいさつにはたよりません。だから、たいほしないで」
「じょうだんよ、たいほなんて」
なでなでがクスッとわらう。安心した私は次なるアイディアをてい案する。
「うわさをばらまくっていうのは?『田村橋にはゆうれいがいて、目が合うとのろわれる』とか」
「今からどうやってうわさをばらまくつもり?橋がくずれ落ちるのは夕方の六時よ。とても間に合わないわ」
「あそっか。ううん」
「それに、そんなうわさが広がったら、そのゆうれいを見てやろうって野次馬が集まって、かえって人が多くなっちゃう」
「あっちゃあ。それ、すごくありそう。特にうちのクラスのバカチン男子達とかね」
話題のバカチン男子達が何かでばか笑いしているのを横目に、何かヒントになるものがないかと教室を見渡す私の目に、理科大好きグループが中川の河原に住む虫の研究発表のためのパネルを描いているのが飛びこんでくる。
「そうだ!あのね・・・・・・」
私はノートのすみっこにこちょこちょと落書きする。
「こんなね、実物大のゴキブリの絵を、プリンターでシールに印刷して、橋にはりつけるっていうのは?ゴキブリでびっしりうめつくされた橋なんて、気持ち悪くて私なら絶対渡らない!」
人差し指を立てて、自信たっぷりに言い放つ私に、けれどなでなでは苦い表情。
「よほどうまく作っても、シールだってのはバレバレじゃないかしら。それに車の人には気づいてももらえないと思うわ」
「ぐぬぬぬ。なかなか手強いのう」
くやしくてくちびるをとがらせていた私は、先生がこちらに歩いてきていることに気づく。マズい、見回りだ。研究発表の用意をしているフリをしなきゃ!
「なでなで、私達の強みを生かすのよ」
『君達ひとりひとりの強みを生かせ』っていうのが西池先生の口ぐせだ。とりあえず、それを口にしてみた。けど、先生に背中を向けているなでなでは、てきの接近に気づいていない。
「強み?それって橋と関係あるの?」
「もちろん、もちろん。順を追って説明するね。なでなで、あなたの得意って何?」
「フルート・・・・・・かな」
「そうよね。なでなでのフルートを聞くと、ワクワクしちゃうもん」
私は、先生がせまってきてるぞって目で合図するんだけど、なでなではいっこうに気づいてくれない。
「私のフルートで、橋を渡らなくさせるって言うの?そんなことできるかしら?」
先生は、もうそこまで来ている。大ピンチ!私の心の中で、ヴィーッヴィーッと何かのけいほうが鳴り響く。
「できるわよ!見る人の心を動かすような研究発表、これよ!」
でたらめをわめきたてる私に、先生が声をかける。
「お、アロー、何か熱くなってるな」
「はい、先生。今、なでなでの強みのフルートを研究発表に生かすことってできないかなって話してたんです」
「フルートで研究発表?音楽げき仕立てにするってことか?相変わらずアローはアイディアマンだな」
「ありがとうございます。朝言ってた秘密って、これだったんです!」
むう。これだけデタラメをすらすらと並べられる自分にちょっとあきれながら、私は調子を合わせた。先生は、そんな私をうたがおうともしないで、さらに続ける。
「確か、お前たちの研究テーマは『中川の土手作りの歴史』だったよな。地域開発の歴史はストーリー性もあるし、音楽げきにしやすそうだ。友達の強みを生かそうっていう発想も気に入った」
「歌詞も考えたんです。『中川は あばれ川 毎年のように大水で 田んぼも村も 水びたし』こんなのどうでしょ?」
「うんうん、いいじゃないか」
先生はノリノリだが、置いてけぼりを食ったなでなでは、話についてこられず、ポカーンとしている。何とか彼女を話に引っ張り込まなきゃ。
「そうだ!なでなで、リコーダーでさ、あれふいてみてよ。昨日話してた『ふえ星人』」
「ん、いいけど」
なでなでがロッカーからリコーダーを出してくる間に、先生に『ふえ星人』のことを簡単に説明する。
「この曲なら、研究発表を聞いてるお客さんも、ただ聞くだけじゃなく、えんそうに参加できると思うんですよね」
「なるほど、お客様も参加できる研究発表ってわけだな」
「ですです。研究発表って、聞いてる方はどうしても退屈になっちゃうでしょ?それって、完全に受け身だからだと思うんですよね。でも、自分もえんそうに参加するとなると、退屈なんてふきとんじゃうっていう・・・・・・」
出たとこ勝負のでたらめな説明しているうちに、なでなでがリコーダーを出してきた。なでなでがふく『ふえ星人』に合わせて、私はさっきのその場で作った中川の歌をうたってみる。いくつかうまくいかないところもあったけど、歌詞を少しずつ変えていくと、何とか歌っぽくなった。
この頃になると、私達の周りには、何が始まったんだときょうみを持った他のクラスメイトが集まってきていた。そこで、リコーダーをふく役割を希望者にやってもらい、なでなでには教室のすみに置いてあるオルガンでばんそうをしてもらった。ぐん!と音楽っぽくなる。
「おもしれえじゃん、これ」
いつもの音楽の時間はすみっこで小さくなっているニャンコが、自分のロッカーから持ち出してきたリコーダーを手に、はしゃいだ声を上げる。混ざる気満々だ。
「な、おれ、えらいおしょうさんの役をやりたいんだけど、入れてくれないか?」
おしょうさんがお経をあげる時みたいに両手のひらを合わせたポーズで、ナムサンが私となでなでの顔を見比べながら言い出す。その様子が、図書館の資料の中に見つけた、あのお坊さんの絵にそっくりで、私となでなでは吹き出してしまった。笑っている私達をけげんそうな表情で見返すナムサンには気づかないふりで、私は西池先生に言ってみた。
「先生、私達の研究発表、メンバーをふやしてもかまいませんか?」
にぎやかなことが大好きな西池先生が、勢いに乗った私達の提案を断れるはずがない。
「わかった、お前達の好きなように、ちょっと走り出してみろ。先生は、音楽室の楽器を貸し出してもらえるように、音楽の先生にお願いしてやるから」
スキップし始めそうな足取りで教室を出ていく西池先生の後ろ姿に、ちょっと気の毒なったけど、私は研究発表の打ち合わせに集中した。
結局その時間は、田村橋を渡らせない方法は横に置いといて、音楽げきのセリフや歌の歌詞を考えたり、合そうの練習をしたりで終わってしまった。こんなんで大丈夫かよ?と自分に突っ込みを入れながら、それでも私は、研究発表の準備を思いっ切り楽しんだ。
「『ハーメルンのふえ吹き』って知ってるよね?」
なでなでが話しかけてきたのは、二時間目が終わって図工の用意をしている時だった。突然の問いかけに、私は首をかしげながら答えた。
「うん、笛の上手い男に子ども達がついて行っちゃうって童話でしょ?知ってるけどそれがどうかしたの?」
「あの音楽げきを田村橋の上でやるっていうのはどうかしら?」
「へ?田村橋の上で、『ハーメルンのふえ吹き』の音楽げきをやるの?」
「ちがう、ちがう。『あの音楽げき』っていうのは、さっきまで話してた中川の土手作りのお話の音楽げきよ。あれを田村橋の上でやるの。」
なでなでの言ってることについていけてない私は目をぱちくり。
「ふんふん、それで?」
「で、周りの人にも声かけて、楽器渡して、げきに参加してもらうの。『ふえ星人』なら、飛び入り参加も楽勝だし」
「うんうん、なるほど」
「で、問題の橋がくずれ落ちるはずの時間の少し前に歩き出しちゃうの。そうしたら、飛び入り参加してる人は、ついてくるしかないじゃない。で、そのままみんなを安全な土手まで連れて行っちゃうの。どうかな?」
少しの間、私はぽかんと口を開けて、なでなでの顔を見つめていた。私の視線にたえかねて、なでなでが不安そうに言う。
「ダメかな?」
私は力強く首を振る。
「いや、いいかも知れない。そのアイディア、いただき!」
私は手をたたきながら、何度もジャンプ。なでなでったら、すごいこと思いついちゃうんだから!えらいぞ、えらいぞ。私はなでなでのきれいな黒髪を、わしわしとらんぼうになでた。
私達が盛り上がってると、さっきまでいっしょに音楽げきの練習をしていたメンバーが寄ってきた。
「なになに?また何か新しいアイディア?」
ナムサンが期待をこめてたずねてくる。待ってました!
「今度はね、なでなでが面白いことを思いついたの。路上ライブよ」
「路上ライブ?」
ニャンコの声が裏返る。
「そう。さっき話してた音楽げきを、今日の放課後に、田村橋の上で、通りかかった人達に見てもらうの。で、飛び入り参加もしてもらっちゃう!」
「なるほど、お客さんに見てもらうことで、ぶたいどきょうをつけようってのか」
「それだけじゃないわよ。うまくいけば、町の人達へのせんでんにもなるかも。ね、なでなで?」
「そうそう。飛び入り参加の楽しさを味わっちゃった人が、もう一度って学習発表会に来てくれるかもしれないわ」
「知り合いをさそっていっしょに来てくれる、なんてことも期待できちゃうかも。うわさがうわさを呼んで、的な?」
「おお、すごいすごい。でも、それなら、もっとしっかり練習しなくちゃな」
おしょうさんの長いセリフがなかなか覚えられなくて苦戦していたナムサンが、こぶしを握ってみんなに言った。
夕方、五時三十分。私達は田村橋の上にいた。それぞれが、自分のやりたい楽器を音楽室から借りてきている。なでなでは、自分の家からお気に入りのフルートを持ってきた。
ニャンコは、お客さんが飛び入り参加するための楽器を配る係になったので、アコーディオンやらタンバリンやら鈴やらトライアングルやら、音楽室で借りられるだけの楽器を借りて来て、その大量の楽器を足元に置いている。
土手作りの時、農民達のリーダーとして活やくしたおしょうさんの役に立こうほしたナムサンは、なんと、自分の家からお坊さんであるお父さんが若いころに着ていたけさを着て来ていた。ただし、まだ小学生のナムサンには大き過ぎてだぶだぶだったけれど。
「ナムサン、張り切ってるとこ悪いんだけど、そのかっこうを見てお坊さんだとわかる人は、なかなかいないかもしれないよ」
「そうだよな。どう見ても、坊さんってより、「ようかいだぶだぶ衣」って感じだぜ?」
からかう里山君に負けず、ナムサンが言い返す。
「いいんだよ。見てる人がどう思おうと、おれ自身がなんだかえらいおしょうさんになったような気分になってるんだから、それでいいの!」
むねをはるナムサン。なるほど、役作りってわけね。その背中をなでなでがさすりながら言う。
「げきの中に、ナムサンを『お坊様』って呼ぶセリフもあるから、だいじょうぶ、だいじょうぶ」
わいわいやってたものだから、橋を通る人達が私達を不思議そうに見ている。中には立ち止まってながめている人までいる。小学生が何人も集まって、見慣れない楽器を持ち寄ったり、お坊さんのけさを着て話し込んでいるのだから、そりゃあ、気になるだろう。
私達は、おたがいに目と目で合図を送り合い、いよいよ音楽げきをスタートした。
「これから、自由研究発表のための音楽げき『あばれ中川と旅のお坊様』を始めます。よかったら、見て、参加してください。よろしくお願いします」
私のあいさつに合わせて、みんなでぺこりとおじぎをした。けど、もちろん、周りの人達は何が始まったのか分からず、ぽかんとしていた。この時はまだ。
「毎年のように大水が出て、村も田んぼも水びたし。米はほとんど取れやせん。わしらはうえじにするしかねえ♪」
農民役のニャンコのセリフに、とちゅうからなでなでによるフルートのばんそうが入り、最後は歌になる。その歌にこたえるように、別の役がしゃべりだし、これもとちゅうから歌になる。
こんな不思議なおしばいに、最初はぽかんとしていた周りの人達も、だんだんときょうみを持って見るようになり、近づいてくるようになる。もう、通りがかりじゃない。お客さんだ。そんなお客さんに、自分の出番ではない仲間達が楽器をすすめる。ちょっといっしょにやってみませんか?と。
最初はなかなか引き受けてはもらえなかったけれど、話が進むうちに、げきの中で使ってる曲が全部『ふえ星人』のかえ歌だけ、ってことは音階は『シ』だけだし、リズムも覚えやすいとお客さんにもわかってくる。そうなると、ちょっとやってみようかと、楽器を受け取り参加してくれる人が現れる。
最初は少ない人数だったけど、お客さんから参加者へレベルアップした人がおもしろそうに楽器を鳴らしていたら、ならおれも、私もという人が増え始め、あっと言う間に、飛び入り参加者は数十人になった。
その人数が橋の上でにぎやかにしていれば、そりゃあ目に付く、気になる、寄ってくる。さらに増え続ける参加者に、ついに楽器が足りなくなる始末。仕方がないので手拍子足拍子で参加してもらうことになった。そりゃあもう、にぎやかなこと、にぎやかなこと。
それらのえんそうに合わせて、音楽げきは着々と進んでいく。中川が、毎年のように大水を出して、そのたびに川のそばの田んぼや畑や村が水びたしになり、お米や作物がダメになって、しばしばうえ死にする人が出ることや、もう、すっかりこの土地での生活がいやになり、やけくそになった人達が、自分達より貧しい人達に八つ当たりのらんぼうをしかけるまでが演じられる。
「おれの子どもがうえ死にしたってのに、なんでお前らがのうのうと生きていやがるんだ!」
「そうだ!後からこの村に移り住んできたお前らに、食わせる食いもんなんぞねえ。今すぐにここから出て行ってくれ!」
元からこの村に住んでいたお百しょうさん達が、よそでの苦しいくらしにたえ切れず、この村に移り住んできたお百しょうさん達に石を投げる。なぐる。ける。
「ちょっと待ってくれ!なんで俺達ばかりが責められにゃあならんのだ?俺達だって、中川にえらい目にあわされたのは同じじゃ。かわいい子どもを、食べ物がなくて亡くしたのも同じじゃ!」
「だまれ、だまれ!お前らが村に来んかったら、もしかしたら、大水は起こらんかったかもしれん。よそもんのお前らが村に入り込んだから、中川がお怒りになったのにちがいないわ!」
さらにひどいらんぼうをはたらく人々。その人達を止めたのは、大きな大きな笑い声。
「わっはっはっは。やっとるやっとる。おろかな人間どもが、自分の苦しみをわすれたくて八つ当たりか」
この村にぐうぜん立ち寄った、旅の坊さま。ナムサンが、だぶだぶのけさにうまりそうになりながら、手招きしてお百しょうさん達を呼び集める
「土手を作って大水止めよう♪村と田んぼを守るのじゃ♪」
シャシャシャシャシャーン♪鳴らされる鈴の音。しかし、その音に逆らうように、低い歌声が忍び込む
「土手を作ることを思いついたのが、あんたが最初じゃとでも思うたか?」
「思い上がるなよ、このくそ坊主。何度も何度も試したわ」
「最初は川上の者が思いついた。何をやっとるのかわかっとらん周りの者のからかいの声を無視して、額に汗して土手こしらえた」
「最初の大雨には耐え抜いた。村中の者が手を叩いて喜んだ」
「もうこれで、大水に泣かされんですむいうて、ぴょんぴょんはねてよろこんで、川上の者に感謝したものじゃった」
ピーッ!ピッピッピッピーッ!高く鳴り響く笛の音。続いて、サンバのリズムに合わせて喜びのダンスが爆発する。なでなでが操るキーボードから流れ出る陽気な曲に合わせて。しかし・・・・・・。
「ところがー」
ベートーヴェンの「運命」のメロディに乗った歌が、お祭りムードを押しつぶす。
「ところが、ところが、ところがー」
「ところが、ところが、ところがー」
不吉な歌声が辺りを包む。
「二度目のー大雨ー土手は」
「き・れ・た!」
シーンと静まり返る橋の上。お百しょうさん役のニャンコが一歩前に進み出る。始めは大きな声で語り始めるけれど・・・・・・。
「安心し切っていた村も田んぼも畑も、全て水びたし。何もかもパーだ。川上の者達と顔を合わせると、村人達は顔をしかめるようになった」
語りが進むにしたがって、ニャンコの声はどんどん小さくなっていく。
「次に土手作りに挑戦したのは、一本松の連中だ。山から大きな石をいっぱい持って来て、もう一度土手を作ったのさ。一生懸命に働く彼らを、一番冷ややかにながめていたのは、川上の者達だったってさ」
ニャンコの目は半分閉じて、しまいには暗い声でつぶやくように。
「その土手も、けっきょくは二度目の大雨でくずれちまった。次に挑んだ川下の連中も、その次の三里塚の連中も、やっぱりうまくいかなくて。だめなんだ、俺達は。俺達は、どうやったって、この暴れ川には勝てっこないんだ・・・・・・」
まるで血を吐くようにつぶやくと、ニャンコは口を閉じてうつむいてしまった。ニャンコの言葉に耳を傾けていたみんなも、静まり返ってしまった。耳が痛くなりそうな、そんな沈黙。だれかが鼻をすすり上げる音さえ聞こえる。
・・・・・・と、その沈黙を破ったのは、大太鼓の音だった。ドンドンドン、ドンドンドン、ドンドンドンドンドンドンドン!景気のいい三・三・七拍子に目を向けると、ナムサンが大太鼓を真っ赤な顔で打ち鳴らしている。人一倍体が大きいナムサンが大太鼓を力いっぱい叩いていると、おなかの底まで響き渡るような音が出る。ひとしきり太鼓を打ち鳴らしたあと、ナムサンはニャンコをひたとにらみつけ、大きな声で言った。
「おい、お前。めそめそしてないで、ちょっとここに来てみろ」
「お坊さま、いったい何のご用です?」
そう言いながら、ニャンコはナムサンのわきに歩み寄った。
「おい、お前、わしとすもうを取らんか?」
「すもう?」
「そうじゃ、すもうじゃ。それとも、川下の者はおくびょう者ぞろいで、すもうを取ることもできないのか?」
「何を、言ったな」
頭にきたニャンコは、ナムサンに飛びついた。けれど、相手はクラスで一番体の大きなナムサンだ。あっさり突き飛ばされて、しりもちをついてしまう。
「ふん、物足りんのう。川上の者はおらんか?」
ナムサンが辺りを見回していると
「よし、俺が相手じゃ!」
と里山君が名乗りを上げた。が、ナムサンの前にあえなく敗北。さらに、ナムサンに呼び出され、一本松の者も三里塚の者もナムサンにむしゃぶりついていくが、十秒ももたずに投げ出されてしまう。
「お、おそろしく強い坊さんじゃ」
尻もちをついたまま、四人はくやしそうにナムサンを見上げた。
「どうじゃ、参ったか?今取ったすもうが、お前達がこれまでやってきたことじゃ。これでは、暴れ中川に勝つことなどできはせん。お前達がばらばらにいどみかかっても、それぞれが投げ飛ばされてしまうのが関の山よの」
そう言うと、にたりと笑って見せた。
しりもちをついていた四人が、はっとしたように顔を見合わせる。ニャンコが無言でうなづくと、他の三人もうなづき返し、ワッと同時にナムサンにつかみかかる。里山君はナムサンの右足にすがりつき、ナムサンが足を振ろうが、げんこつでたたこうが、その手を放さない。ナムサンが手を焼いていると、今度は一本松の者が左足に取り付く。これもまた、どんなに振り回しても離れようとしない。
「ええい、放せ、放せ!お前達なんぞに、俺を倒せるものか!」
そう叫ぶナムサンに、今度は三里塚の者が後から忍び寄り、背中から首っ玉にしがみついた。その勢いに、思わずよろけるナムサン。
「いい気になるな。お前なんか、こうだ!」
大きな声で言うと、ニャンコがナムサンの脇腹へ一直線に体当たり。これにはたまらず、バランスをくずしたナムサンは地面に倒れこむ。四人はそれぞれがナムサンの両腕と両足に馬乗りになり、ナムサンを押さえ込んで、声をそろえて言った。
「どうだ、参ったか!」
それまで激しくもがいていたナムサン、その声を聞くと急にもがくのをやめると、大きな声で笑い出した。
「わははははは。そうじゃ、それでいいんじゃ」
おどろいてナムサンを見つめる四人の顔をかわるがわる見つめながら、ナムサンは優しい声でゆっくりと話し始めた。
「お前達はこれまで、勇敢に中川に挑みかかってきた。それは立派な心掛けじゃ。しかしな、大切なことを忘れておった。それが何か、今ならわかるな?」
ナムサンの問いかけに、ニャンコがおずおずと答える。
「みんなで力を合わせること、じゃ」
ニャンコの言葉に、ナムサンは満足そうにうなづく。
「そうじゃ。これまで、お前達はばらばらに中川に立ち向かっておった。それでは、暴れ中川に対して勝ち目はない」
ナムサンの静かな口調に心を許した四人は、それぞれナムサンの腕から、足から降りて、口々に言った。
「そうじゃ、わしらは、村中のみんなで力を合わせようとはせず」
「ばらばらに挑んでいくことしか思いつかなかった」
「その結果、何度やっても中川に歯が立たず」
「しまいにはあきらめて、やけくそになってしまっていた」
ニャンコがぽつりと言う。
「なんと情けないことじゃ」
「そうか?そうでもあるまい?」
ナムサンが自分の両足を引き寄せ、あぐらをかきながらニャンコを見つめる。太陽みたいな優しい笑顔だ。
「人間なんて者は、・・・・・・あれ?」
太陽みたいな笑顔がこわばり、突然、ナムサンがしどろもどろになる。
「あれ?人間なんて者は・・・・・・ナンダッケ?」
大慌てで、周りのみんなにたずねる。しまった!ナムサンのやつ、セリフを忘れてる!
「そんなこと聞かれたって困るよ。みんな、自分のセリフを覚えるだけで精一杯で、ナムサンのセリフまで覚えてるわけないじゃん!」
ニャンコが、ナムサンに負けないほどの大慌てで、小声で答える。
「たしか、ナムサンがいつも西池先生に言われてるみたいなことじゃなかったか?」
「あ、俺もそんな気がした。西池先生が言いそうなことだなあって」
「仕方ない。ナムサン、西池先生になっちゃえ!」
「うへえ、俺が西池先生になんの?」
「いつもお説教してもらって、慣れてるだろ?やっちゃえ、やっちゃえ」
あわただしい小声でのやり取りの後、ナムサンは空を見上げて大きく一つため息をついた。そして、顔を下ろした時には、太陽の笑顔にもどっていた。
「あのな、人間なんて者は、だな」
ん?何だか様子がおかしくない?
「失敗のくり返しじゃ。先生なんて、毎日失敗ばっかりじゃ」
おいおいナムサン、「先生」はマズくない?君は今、「旅のお坊さん」だよ?心の中で突っ込むが、まさか口に出すわけにいかない。
「それでもな、失敗したからいうて、あきらめるわけにもいかんじゃろ?特に、大事なことほど、あきらめるわけにはいかん」
もう完全に「旅のお坊さん」じゃなく「西池先生」になってるけど、意味はだいたい合ってるから、このまま突き進んじゃえ!
「しんどくても、一歩一歩進んでいくしかないんじゃ。楽じゃないけどな。苦しいし不安になることもあるけどな。そんな時、頼りになるのが仲間じゃ。一人で悩むな、みんなを頼れ。クラスの仲間は必ずお前の力になってくれるけん。わかるな、ナムサン」
いや、「ナムサン」はお前自身だし、この時代に「クラスの仲間」ってどうなのよ?
「一人じゃ成しとげられないことでも、みんなが力を合わせれば、きっと何とかなる。先生は、そう信じてる」
すっかり西池先生になり切ってしゃべるナムサンに、ニャンコが素早く助け船を出す。
「そうか!お坊様、川上も川下も、一本松も三里塚も、みんなが力を合わせて、今までよりも立派な土手を作れば、暴れ中川にも負けはせん。そういうことですね!」
「へ、土手?・・・・・・おお、そうじゃったそうじゃった。それじゃよ、それ。それが言いたかったんじゃよ」
突然「旅のお坊様」にもどったナムサンが、腕組みしてやたらとうなづく。
「それで、お坊様、もしかしてお歌をうたいたくなったんじゃありませんか?」
「おお、それな、それ。おぬしはなかなか勘が良いのう」
ナムサンの声になでなでが心の中で胸をなでおろしているのが感じられた。キーボードの前奏に続いて、ナムサンが歌い始める。音楽げきが、元の流れに戻ってきたのだ。
「みんなで力を合わせれば、暴れ川などこわくない♪」
ナムサンの歌を合図に、なでなでが先頭になって、音楽げきの一団が動き出す。もちろん、夢中で見ているお客さんたちもいっしょに歩き出す。おどろいたことに、田村橋の上にいた人達、全員がいっしょになって。ただ一人、私だけがちがう動きをしながら、なでなでに目で合図。そっちは任せたよ。フルートをふきながら、なでなでからも目で合図。そっちもしっかりね。
給食時間になでなでと打ち合わせた通り、私は一人で走り始める。着いたのは、橋から南に百メートルほどの工事現場だ。先月の終わりからずっとアスファルトのしき直し工事をやってるのは、学校の行き帰りに毎日見かけていた。と言っても、今はだれもいない。今日はお天気がいまいちだったから、工事はお休みなのだろう。私は口の中で小さく
「ごめんなさい」
と言って、工事現場でよく見かける立ち入り禁止のかん板を右手に二つ、左手に二つぶら下げる。高さ五十センチくらいの、黄色と黒のしまもようのかん板を持って、田村橋に引き返した。音楽げき軍団がいなくなった橋の上は、すっかり無人になっている。今のうちだ。急げや急げ。私は橋の東と西、二つの入り口を立ち入り禁止の看かん板でふさいでしまった。
東の入り口のわきで一休みしていると、西の入り口に近づいてくる自動車発見。私のむねの奥で、心ぞうがへたくそなダンスをおどり始める。さりげなく、くれかけた夕空を見上げているふりで、ドライバーの顔をぬすみ見る。立ち入り禁止のかん板を見て、スピードを落としたドライバーは、何秒か橋の上を見つめた後、首をかしげただけで、橋を渡るのをあきらめて土手の上の道に曲がっていく。そりゃそうよね。杉田橋まで遠回りすればいいだけのことだもん。わざわざ車をおりて調べるなんてむだ、だれもしないよ。私はむねをなでおろした。
そんな自動車を何台やり過ごしただろう。そろそろメールに書いてあった時刻になるはず。こわいから、橋からはなれたいな。でも、そのすきにだれかが橋を渡り始めるとマズいから、やっぱり打ち合わせ通り最後まで見とどけなきゃだめだよね。なんて私が考えているところへ
「あっれえ?何でここ立ち入り禁止なんだ?」
すっとんきょうな声を上げながら現れたのは、自転車に乗った中村。
「めんどうくさいや。だれも見ていないし、渡っちゃえ」
立ち入り禁止のかん板をけとばしてすきまを作ると、すました顔して橋を渡り始めてしまった。
「中村!あんた、なんてことやってるの?すぐもどりなさい!」
思わずさけんだ私の声に、中村がこっちに目を向ける。
「あれ、だれかと思えばアローじゃん。未来の応援団長、何やってるんだ?」
きんちょう感のかけらもない表情でこちらに向かってくる中村。
「こっちに来ないで。すぐに向こう岸にもどるのよ!」
「そんなこと言わずに、昨日みたいに応援歌聞かせてくれよ。あははは」
カチンと来たが、今はおこってる場合じゃないと思い直す。水面に目をやると、暗い中にも黄土色の水がはげしい勢いで流れているのがわかる。予言メールがうそでないなら、間もなくこの橋はくずれ落ちるのだ。どうする?どうしたらいい?まよっているうちに、中村は橋の真ん中近くまで来ている。
「分かったわ。応援歌でも何でも歌ってあげるから、今すぐこっちの岸に来て!」
「お、マジ?よっしゃ、トップスピード!」
ガシャガシャン。中村の言葉の直後に、変な音がした。中村の自転車が止まる。
「あちゃあ。チェーンが外れちゃったよ。すぐ直すから、ちょっと待っててくれよ」
中村はスタンドを立てて、自転車のわきにしゃがみこむ。
「何のんきなこと言ってるの!」
私がそう言った時、ドーンという大きな音が、上流の方から聞こえてきた。何?上流の方を見る。何だあれ?水面が盛り上がってる!まるで、巨人がむっくりと起き上がったみたい。これが橋をこわしてしまうんだろうか?中村はというと、チェーンの修理にいっしょうけんめいで、さっきの音にも気づかなかったようだ。水面の異変にも。なんてのんきなやつ!このままじゃ大変なことになる。私は、その場にすくんでしまった。ほとんど悲鳴のような声で中村を呼ぶ。
「中村、自転車は放っておいて、今すぐここへ来て!」
「あん?」
私の様子がおかしいことに気がついたんだろう。中村が作業を中断して私の方に顔を向ける。私は上流の方を指さして、さけんだ。
「あれ!あれ!」
上流の水面の盛り上がりは、見る見る近づいて来ている。そこには、大きな大きな杉の木が何本も流されているのが見える。それがおもちゃのクリスマスツリーのように見えるほどの大きな波!
「うわっ、何じゃありゃあ⁉」
声の方に目を向ける。中村が道路にへたりこんでいる。
「早く、こっちへ!」
大声で呼ぶ。けれど、中村はこっちを向いていやいやをするだけ。あまりのおそろしさにパニックを起こしてしまったのだ。
「もう、だらしないんだから!」
気がつくと私は、中村めがけて走り出していた。ちょっと待て、私。無茶だよ。何考えてるの?頭の中で、何人もの私が止めにかかる。橋がこわれるのにまきこまれたら死んじゃうよ。どうして中村なんかのために、私が命をかけなきゃいけないわけ?引き返そう、今ならまだ間に合う。でも、そんな私の中の私の声は、私の足を止められない。なぜなら、私はアローだから。ビューンッと飛んでいく矢のように、私は中村にかけ寄った。
「立って!」
座りこんでいる中村の手を取ると、力いっぱい引っ張って強引に立ち上がらせる。
「シャンとして!すくんでたら死んじゃうんだよ!」
怒鳴りつけても、中村はぼうぜんと立ちつくしたまま、動こうとしない。ええい、仕方ない!思いっきり、中村のほほを引っぱたく。パンッ!という乾いた音がして、中村は一歩後ろによろける。一気に顔に血の気がさして、中村の目に光がもどった。
「すまん。おれ・・・・・・」
「話は後。行くよ!」
中村の手を引いて、走る、走る。横目でちらりと河を見る。二階建ての建物よりももっと高い波が、もう目の前までせまっている。間に合わない?そう思った時、手をグイッと引っ張られた。中村だ。元気を取りもどした中村が、私を追い抜いて、手を引っ張ってくれている。
「もっと速くだ。おれを助けてくれたお前を、死なせやしない!」
グイグイと引っ張られる手。いっしゅんあっけに取られる。けれど、何だか力がわいてきた。ようし、と気合を入れてスピードアップ。中村の手をふりはらい、全力しっ走する。まるで、二人で競走しているみたい。そんなことを考えていると、私の耳が奇妙な音をキャッチする。
ゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・。
上流からおし寄せる大量の水と土砂と大木のすさまじい重さが、低い重い音となって、私達にせまってくる。背中を冷たい汗が伝い落ちる。あと、二十メートル。駆け込まなければならないゴールを見れば、そこに何人もの人影を見つけた。なでなでがいる。ニャンコがいる。ナムサンもいる。里山君もいる。音楽げきのメンバー達が、私を心配してもどってきてくれたんだ。
「アロー、がんばって!」
「もうちょっと。ここまで!」
「急げ、やばいぞ!」
口々に私を応援してくれている。あそこまで。あそこまで、何とかたどりつかなきゃ!けれど、その時、大きな音が橋の下から聞こえてきた。
ドッゴッ!
上流から押し流されてきた大木が、橋げたにぶつかった音だ。そのしゅんかん、橋は大きくゆれ、私達は足を取られる。くっ。転びかけるのを何とかこらえる。
ギッギギギ・・・・・・。
橋全体が、巨大なエネルギーにたえ切れず、ねじれる。まるで、巨大な竜が悲鳴を上げているように。
ドッゴッゴゴゴ!
大木が、とてつもない量のどろが、すさまじいエネルギーをかかえこんだ水が、橋げたに一気におそいかかる。
足元がずっとゆれ続け、それと同時にゆがんでいく。橋がくずれかけている。まずい。間に合わない?私は中村に声をかける。
「飛ぶよ。ヘッドスライディングだ!いち、にの、さん!」
まるで、走りはばとび。いや、最後の姿勢は水泳の飛びこみだ。私はラスト三メートル、空中を飛ぶことを選んだ。
眼下で橋が見る見るくずれ落ちていった。走り続けていたら、あれに巻きこまれていたことだろう。
私の身体は、それこそ矢のように空中を突っ切って、そのままなでなでにぶつかった。飛んできた私の体の勢いを受け止めきれず、後ろに転ぶなでなで。二人でもつれ合いながら、ゴロンゴロンと二回ほど回転して、ゴツンッ!と後ろのガードレールの柱にぶつかって、ようやく私達は止まった。
なでなでともつれ合ったまま、左どなりに目をやると、私達と同じようにナムサンと中村がだんごになっている。
「いてててて」
なんて言ってるところを見ると、中村も無事のようだ。
「アロー、アロー!」
なでなでが私の名を呼びながら、両手で私のほほをはさんで上を向かせ、私の顔をのぞきこむ。その目からは、次々と涙があふれ出し、私のほほに落ちてきた。
「アロー、良かった。もう、だめかと思ったわ。もう、本当に」
「私も思った。間に合わないかもって」
私の言葉に、なでなでは一言一言、ゆっくり区切って答えた。
「でも、あなたは、やりとげたわ」
そして、ゆっくりと立ち上がると、空に向かって大きな声で言った。まるで、自分達の勝利を宣言するみたいに。
「こんなこと、きっとあなたにしかできなかったわ。エネルギーのかたまりみたいなあなたにしか。何ものもおそれず、真っすぐに突っ走っていくことのできるあなたにしか。だって、アローは矢。ビューって飛んで行って、そして、一人残らず救ってくれたのよ!」
「なでなで・・・・・・」
しりもちをついたままの私に向かって、なでなでが腕を差し出し、私が立ち上がるのを手伝ってくれる。手のひらを通じて伝わってくる、なでなでの熱と柔らかさ。
「アロー、もしかして、あっちの世界の私が無理を頼んだんじゃない?だれにもできそうもないことを押し付けたんじゃない?だからあなたはこんな無茶までして・・・・・・。」
そう言って、なでなでは私をぎゅって抱きしめてくれた。
「どうなんだろう?あっちの世界では、そんなこともあったのかもしれないね。こっちの世界の私には、分かりようもないや。えへへへへ」
安心した私は、ひざから急に力が抜けて、目が回ったみたいにふにゃふにゃと、なでなでに全身を預けて、それから・・・・・・それから・・・・・・。
「あれ、ニュース?だれが見てるんだろ?」
キッチンに水を飲みに下りてきた私は、リビングをのぞいてみた。陸兄ちゃんがソファで居眠りしているその横で、テレビがつけっぱなしになっている。
「もう、陸兄ちゃんたら」
そうこぼしながら歩み寄る。
ひざがまだがくがくだ。ひざだけじゃない。体のあっちこっちがひりひり、ずきずき痛む。最後のジャンプの後、なでなでともつれ合って転がった時にどっかにぶつけたんだろう。その時は夢中になってて気がつかなかったのに、今になって痛みだすなんて。
今日は、なんて日だったのだろう。もう、へとへと。こんな日は、もう二度と来てほしくない。一生に一度で十分だ。
そんなことを考えながら、テレビのリモコンでスイッチを切ろうとした私の耳に、ニュースを読むアナウンサーの落ち着いた声が飛びこんできた。
「今日午後六時ごろ、田前市下田町にある田村橋を支えるあしがとつぜん折れ、橋がくずれ落ちる事故が起こりましたが、奇跡的に橋の上にはだれもいなかったため、死亡者も負傷者も出ませんでした」
「うっわ、マジかよ」
ふり向くと、陸兄ちゃんが目を覚ましてテレビ画面に見入っていた。映ってるのは、私と中村が駆け抜けた田村橋。ただし、橋を支えていたあしが真ん中あたりでごきりと折れて、見るも無残にくずれ落ちている。両岸には、たくさんの救急車やパトカー、それに無数の野次馬の群れ。
「けど、あの橋、いつも人通りが多かったのに、今日に限って無人だったなんてな。奇跡って起きるもんなんだなあ」
やたらと感心する陸兄ちゃんに背を向け、私は大きな大きなため息をつきながら自分の部屋へ。
階段を上がりながら、むねの中だけで答える。ちがうよ、陸兄ちゃん。ひとりでに奇跡が起きたんじゃないんだ。なでなでや、ニャンコや、ナムサンや、里山君や、他のクラスメイトや、そして昨日の私や、もしかしたら私が気づいていない、もっともっとたくさんの人達が力を合わせて、何度も何度も失敗しながら、それでもあきらめ切れずに挑戦し続けた、私達が奇跡を起こしたんだ!
いつの間にかこうふんしてしまって、私はドスドスと大きな足音を立ててしまっていた。お風呂から母さんの声が飛んでくる。
「弓、もうちょっと静かに歩きなさい。家の中にサイを飼ってるみたいよ」
「これって、われながらグッドアイデア!」
そうつぶやいて、私は小さくガッツポーズをした。
暖かな黄色っぽい光につつまれた小さな子ども部屋。まどぎわに置かれた勉強づくえの上には、いつも手放さないタブレットパソコン。その画面には、こんなメールが表示されている。
件名:予定
本文:
作文てい出(朝の会が始まる前に!)
なでなでと図書館へ
パンク修理
濃いえんぴつ(絵を描く用)
エプロン
送信前のメールの文面をもう一度見直しながら、口元がゆるんでしまうのをおさえきれない。私って、もしかして天才かも?なんてね。
私の名前は雨野弓(あまの ゆみ)。小学四年生の、どこにでもいるふつうの女の子、と言いたいのはやまやまだけど、じっさいにはめちゃくちゃドジで、おっちょこちょいで、わすれんぼの女の子。その上、朝が超弱くって、毎朝、本当に目が覚めて頭が回転し始めるのは、通学路をずいぶん歩いて学校が見え始めるころ。だから、わすれ物もしょっちゅう。
そのあまりの多さにあきれた先生は、私に『わすれ物大王』というありがたくないニックネームをつけてくれた。まあ、ランドセルを丸ごとわすれるなんて大技を決められたら、私でもびっくりしちゃうから、先生の気持ちもよく分かる。うんうん。
でも、今回のアイディアで、わすれ物ともグッバイ!どんなすごいアイディアかって?うむ、今回だけ、特別に教えてあげましょう。エジソンも腰を抜かす大発明を!
自分で自分にメールを出すの。前日のうちに。学校に持って行かなきゃいけない物だけじゃなく、その日にしなきゃいけないことなんかもメモして。それを前日のうちに送信しておけば、次の日の朝、メールチェックした時に、そのメールを読むことで、わすれちゃいけないことを思い出すことができるってわけ。
ね、簡単にできて、しかも効果抜群のアイディアでしょ?え?何かの紙にメモしておけば、そんなことをする必要はないですって?もう、いやだなあ。そんな方法、とっくに試してみたわよ。結果?分かり切ってるじゃない。メモを見るのをわすれるか、メモした紙をなくすかのどっちか。満足できる効果は決して上がらなかったの。だいたい、そんな方法でわすれ物がなくなるなら、『わすれ物大王』なんてニックネームをつけられるわけないじゃないの。
でも、この『自分にメール作戦』なら、そんな心配はご無用。なんせ、毎朝の習慣になっているメールチェックをしさえすれば、昨日の自分が思い出させてくれるんだもん。
さて、本文のチェックも終わったし、送信する前にメールアドレスのチェックもしておかなきゃ。よそにメールが送られたんじゃ、またわすれ物しちゃうだけじゃなく、個人情報の流出ってやつになっちゃうもんね。そんなことを考えながら、私はカーソルを左から右へ走らせて、送信先のメールアドレスを確認した。と、その時だ。
「キューン、ワンワン」
とかわいい声で鳴きながら、ちっちゃな茶色い子犬が一ぴき、つむじ風みたいに部屋に走りこんできた。先月、おばあちゃんの家からもらってきたばかりの我が家のペット、小夏だ。小夏はキュンキュンとあまったれた声を出しながら、走りこんできた勢いのままジャンプ!私のひざに飛び乗り、さらに前足を机にかけて、私の顔をぺろぺろとなめまわす。
「こら、小夏。くすぐったいから、ダメだってば」
あばれる小夏をだき上げると、小夏ははげしくしっぽをふりながら体をよじる。かわいい。たまらない。私は小夏をギュッとだきしめた。キュンキュン鳴きながらながら、小夏は私の腕のすきまから顔を出し、さらに私のほっぺたをなめようとする。ぺろぺろぺろんと空振りする、ピンク色の小さな舌。
「わかったから、ちょっと待ちなさい。メール送ったら、すぐ遊んであげるから」
そう言って小夏を床に下ろす。小夏はすぐにでも遊んでもらいたそうに、しっぽをぶんぶんふりながら私を見つめる。そのつぶらなひとみったら!私は横目で彼女を見ながら、急いで送信ボタンを押した。その瞬間!
「あれ?私、これにそっくりなメール、もらったかも?」
そんな直感が私を貫く。
・・・・・・ええと、確かフランス語でデジャブって言うんだっけか?本当は一度も体験したことがないのに、すでにどこかで体験したことのように感じることがあるって、この前マンガで読んだ。
そんな不思議なことが、私の身に起きたっていうの?そう思いながら、受信トレイを開く。ずらっと並んだメールのリストを順番に見ていくと・・・・・・あった、あった、ありました。『予定』って件名のメール。開いてみるとまさにそっくり。
なんだ、デジャブでも何でもない、ただ受信したのをわすれてただけじゃん!心の中で自分につっこむ。もう、さすがわすれ物大王!われながらあっぱれなわすれ力(りょく)。
「ん?あれ?でも、このメール、なんか変だったんだよね・・・・・・何だっけ?」
受信したのは昨日の朝。うん、私の記憶と一致してる(さっきまではすっかりわすれてたけど)。寝ぼけ頭でメールチェックしてて、何だこりゃ、意味わからん、って思ったんだ。で・・・・・・。
「そうだ、思い出した!送信者!」
不思議メールの送信者を見る。そこには『雨野弓』と表示されている。何だ、私じゃん・・・・・・って、ええ?そうだ、昨日の朝もびっくりしたんだった。
だって、私が私にメールを出すってアイディアは、今日思いついたアイディアで、今日初めてやってみたんだもん。これまでに一度だって、私は私にメールを出したことなんてない。
だのに、昨日、私は私からメールをもらってた。何だこりゃ?まるで、今日出したメールが、明日の私じゃなく、昨日の私にとどいたみたいだ。ワケワカラン。
見えないはてなマークにうまって脳みそが止まってる間に、私の手と目は勝手に、さっき送ったメールを調べ始めていた。
「あれ?」
送信先のメールアドレスを調べていたところで、妙なことに気がついた。私のメールアドレスの最後に、よぶんな文字が付け加えられている。
「何よ、この-rって・・・・・・あ、わかった。犯人はお前だな?」
そう言って小夏に目を向ける。さっきメールアドレスの最終チェックをしていた時、小夏がじゃれてひざに乗ってきたのを思い出したんだ。あの時、きっと前足がタブレットに当たって、この奇妙な「-r」って文字がつけられたのね。
「もう、困ったやつめ」
そう言って顔をしかめて見せるが、もちろん小夏は反省したりしない。遊ぶ?みたいな顔をして私を見つめるだけだ。
「もしかして、この『-r』が書き加えられたことが原因で、メールが昨日にとどいちゃったのかな?試しに、もう一通送ってみちゃえ」
件名:実験
本文:
今日は何月何日?
何の気なしに超短いメールを書き、自分のメールアドレスの最後に『-r』を書き加える。送信!・・・・・・の瞬間に思い出した。そうだった。こんな奇妙なメールもとどいてたじゃん!しっかりしろよ、私。確かめるために受信トレイを開いてみると、やっぱりあった。さっきの『予定』という件名のメールの後に、さっき書いたのと全く同じ内容の『実験』という件名のメールが送られてきていた。
でも、さっき受信トレイを調べた時、こんなメールあったっけ?ちょっと首をかしげたものの、そんな疑問は、数秒遅れでやって来た実感の大波にあっけなく飲みこまれてしまった。
そうか!この方法で、私は昨日の私にメールを送れるんだ!わ、わ、わ!どうしよう、どうしよう!とても落ち着いて座ってなんていられない。立ち上がって、わけもなく部屋の中をうろうろと歩き回る。頭の中が空回りしている。最初は「これからどうしたらいいのか」を考えていたはずなのに、こうふんし過ぎて、いつの間にか「どうしよう」という言葉が頭の中で行列を作って、にぎやかにパレードしているのをぼんやりながめている自分に気づく。
いけない、いけない。落ち着かなくちゃ。こうふんし過ぎたせいか、のどがかわいちゃった。私は水を飲もうと、キッチンへ下りた。小夏が足元にじゃれつきながらついてくる。階段を下りる時には、ふんじゃわないかこっちは冷や冷やしながら歩いているのに、本人(犬だから本犬?)はむじゃきにうろちょろうろちょろ。
ようやくたどり着いたキッチンでグラスに水を注いでいると、となりのリビングから、テレビの音が聞こえてくる。父さんはまだ仕事から帰ってくる時間じゃないし、母さんはお風呂で鼻歌を歌っているのが聞こえてくるから、テレビを見てるのは陸兄ちゃんだ。へえ、ふだんはバカばっかりやってるけど、六年生ともなると、ニュースなんて見るんだ。私は感心して、グラスを片手にリビングへ。
すると、ついさっき妹の尊敬を勝ち得かけてた陸兄ちゃんは、ソファに寝ころんで大口を開けて居眠りしていた。どうやら、ドラマを見ているうちに居眠りし始め、寝ているうちにドラマが終わってニュースが始まった、というオチのようだ。実に陸兄ちゃんらしい、心温まるおバカなエピソードをありがとう。
あきれた私がテレビを消そうとリモコンに手を伸ばした時、ニュースを読むアナウンサーの落ち着いた声が、私の耳に飛びこんできた。
「今日午後六時ごろ、田前市下田町にある田村橋を支えるあしがとつぜん折れ、橋がくずれ落ちる事故が起こり、四人が死亡し、八人が重軽傷を負いました」
聞き覚えのある地名にテレビ画面に目を向けると、うわあ、これ、うちのすぐ近所じゃん。っていうか、私、今日、なでなでといっしょにこの近くを通ったよ。時間も、六時ごろだったよ。そういえば、何だか大きな音が聞こえたかも?
「関係者の発表によると、昨日から上陸していた台風の影響で、川上にふった大雨と強風によって山のがけがくずれ、その時に川に落ちてきた大量の土砂と大きな木が川下に流され、橋を支えるあしにげきとつしたしょうげきが原因だったようです」
こわいこわい。そう思う一方で、自分とは一切関係のない話のように感じながら、私はテレビを消した。
すると、その気配に陸兄ちゃんが目を覚ました。
「お、アローか」
アローというのは、陸兄ちゃんが私につけたあだ名だ。私の名前は「弓」だけど、何かに熱中すると周りが全然見えなくなる私は、一度走り出したらどこまで飛んで行くかわからない、「弓」というよりは「矢」だ。英語で言うなら「ボウ」ではなくて「アロー」だ。なんて失礼しちゃうあだ名をつけて、所かまわず話して回ったものだから、今では私のことを「弓」って呼んでくれるのは父さんと母さんくらいで、同級生はおろか、下級生にまで「アロー姉ちゃん」なんて呼ばれる始末。ま、そんなあだ名に三日で慣れて、平気で返事しちゃう私もたいがいなんだろうけれど。
「陸兄ちゃん、テレビつけっぱなしだったよ」
「おお、すまんすまん。お、風呂空いたか?」
「残念でした。今、母さんが入ってるわよ」
「ちぇ、タイミング悪いんでやんの」
「私が母さんと交代したの、ずいぶん前だったから、じきに出るんじゃないかな」
そんなことを話しながらグラスに水を注ぎ、ぐいっと一飲み。うん、ちょっと落ち着いた。陸兄ちゃんはソファに寝そべったまま、私に向かって言う。
「そういやお前、夕方、中村とはでにやり合ったんだって?」
ぐっ。陸兄ちゃん、なんでそんなことまで知ってるのよ?私がムシを決めこんで二階にもどろうとすると、陸兄ちゃんからとどめの一言。
「お前とやり合ったこと、中村が言いふらしてたんだ。島田も大笑いしてたぞ」
島田先パイの耳にまで入っちゃったんだ!私のいかりは一気にふっとう。
「陸兄ちゃんには関係ないでしょ!放っておいてよ!」
ドスドスときょうぼうな足音を立てて階段を上り、自分の部屋に入ると思いっ切りはげしくドアを閉める。バタン!
「弓、もうちょっと静かに歩きなさい。家の中にサイを飼ってるみたいよ」
お風呂場から母さんのお小言。知るもんか!私は勢いよくベッドに飛びこむ。
もう、中村のばかちん!よりにもよって島田先パイに報告しなくてもいいじゃない。今度会ったら、ホッチキスで上と下のくちびるをとめてやるんだから!ホッチキスでとめられた上下の唇を指さしながら、涙目でこっちを見ている中村の姿を思い浮かべて寝返りを打つ。ふん、いい気味だわ。
両手を頭の後で組み、天井をにらみつける。おどけて私との口げんかを再現して見せる中村の顔が浮かぶ。そのとなりには、おかしそうに笑う島田先パイ。くりくりっとした目がとっても優し気でステキ。でも、もう恥ずかしくて顔を合わせられない。ムッキー!ベッドの上で両足をじたばた。四時間前のあの口げんか、無かったことにしたい。もう一度今日をやり直せたら・・・・・・って、そうか、できるかも!
私はベッドからはね起きると、勉強机に向かって座り、タブレットを起動。
件名:落ち着いて!
本文:
中村とけんかしちゃだめ。島田先パイに笑われちゃうよ。
そこまで一気に書いたけど、自分に急ブレーキ。いやいやいや。わかんないから、これ。メールがとどくのは昨日の朝の私に、でしょ?何のことだかチンプンカンプンだよね。一番落ち着かなきゃならないのはあんたじゃないの、私。オーケー、オーケー。送信前に気がつくなんて、立派なもんさ、そうだろ、雨野弓。ようし、いい子だ。両手をタブレットから放して頭の後ろに組み、ゆっくりこっちを向くんだ。って、こっちってどっちよ!いつの間にか脳内に現れたアメリカ映画風の警官に突っ込みを入れる。うん、冷静になれてる。だいじょうぶだ。
「こんなメールがとどいたって気味悪がられるだけで、ましてや明日の自分からのメールだなんて、だれも信じてくれやしないってば」
わざと口に出して自分に言い聞かせながら、さっきのメールはポイ。脳内アメリカ映画警官は、ニカッと笑顔で親指を立てる。
「ええと、やらなきゃいけないことが大変そうなら、一度に全部やろうとしないで、いくつかの部品に分けて、一つずつ片付ける」
夏休みに父さんに教えてもらった、仕事(その時悩んでたのは夏休みの宿題だったんだけど)の上手な片付け方を口に出して思い出しながら、チラッと時計に目をやる。もう九時半が来てる。手早くすませないと、夜ふかししてると母さんがうるさい。
私はメモのアプリを立ち上げると、素早く書き並べた。
【やらなきゃならないことの部品】
1:昨日のできごとを思い出して書き出す
2:1で見つかったできごとのうち、役に立ちそうなものを選んで『予言メール』を送信
3:(ここからは明日の作業)今日のできごとを思い出して書き出す
4:口げんかを防ぐための指示メールを送信
(これとは別に)
・明日から、小さなできごとでもメモしておく(ぎゃあ、苦手分野だ!)
ここまで書いたところで、階段を上がってくる足音。あわててタブレットを引き出しに放り込み、あらかじめ机の上に用意しておいた理科の教科書を開く。ジャストのタイミングでノックの音。返事をすると母さんが顔をのぞかせる。
「あら、めずらしく勉強?」
「うん、理科の研究発表の用意ができてなくて」
母さんは理科ぎらいだからのぞきに来ないだろうとふんだ私の作戦は大当たり。母さんはあくび混じりに言いながらドアを閉める。
「あんまり夜ふかししちゃだめよ。明日、寝坊しちゃうわよ」
ご安心めされい、母上。今この瞬間に寝たとしても、せっしゃ、毎朝と同じように寝坊するのは、火を見るよりも明らかでござる。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
●十月四日(水)午前六時四十分●(二回目)
ピピピッピピピッピピピッピピピッ・・・・・・。
まくら元で鳴るアラーム音。私を夢の世界から引っ張り出そうとしている。
けれど、それくらいで目が覚めれば苦労はない。一度眠りの水面から顔を出しかけた私は、けれども一つ息つぎをすると、再び夢の世界へ沈んでいく。アラーム音が急速に遠ざかって、私は幸せな夢の海にもぐって・・・・・・。
「弓、さっさと起きなさい。またちこくしちゃうわよ!」
母さんの大きな声が聞こえたかと思ったら、もぐっていた布団ががばっと引っぺがされる。寒っ!幸せな眠りの海を泳いでいた私は、一本づりでつり上げられたカツオみたいに、現実という地べたに放り出される。思わず、猫のように体を丸め、小声でていこうする。
「お願い、あと五分だけ・・・・・・」
「だめ、弓がそう言って五分で起きたことなんて、ただの一度もないんだから」
「今回、初の成功を収めるかも・・・・・・」
「だめったら、だめ。さ、早く支度して、朝ご飯に下りてきてちょうだい」
言いながら母さんは東向きの窓のカーテンをサッと開ける。とたんに朝日が差し込んで、まぶしさに少しだけめまいを感じる。思わず目の前にかざした手を引っ張られ、私は強引に起き上がらせられた。
「むにゅう。朝なんか、来なけりゃいいのに」
「何言ってんの。早くしないと、学校に間に合わないわよ」
そう言い残して、母さんは部屋を出て行った。私はふらつきながら勉強机に向かって座り、タブレットを起動するとメールアプリを立ち上げる。毎朝の習慣になっているから、一連の動作は体が勝手にやってくれる。
「ん、何だこりゃ?」
何通かのメールがとどいている、その一通目を開いて、私は首をかしげた。
件名:予定
本文:
作文てい出(朝の会が始まる前に!)
なでなでと図書館へ
パンク修理
濃いえんぴつ(絵を描く用)
エプロン
何のことだかさっぱりわからない。
かすかに心に引っかかった作文も、提出はあさってだから、まだ書いてさえいない。もちろん朝の会が始まる前に提出なんてできないし、その必要もない。
必要ないと言えば、最後に書いてあるエプロンというのが給食のエプロンだとしたら、月曜日に持って行ってるからもちろん今日持って行く必要はないし、今日持って帰ったら明日もあさっても困ってしまう。持って帰るとしたら、どう考えたってあさっての金曜日だ。
何が何だかわからないまま、次のメールを開く。
件名:実験
本文:
今日は何月何日?
はあ?なんじゃこりゃ?だれかのいたずらかと送信者を見てみると、「雨野弓」。私かよ!んなわけないじゃん!やっぱりだれかのいたずらに決定!
あきれながら次のメールを開くと、これも送信者は「雨野弓」。つまり、私本人。まったく、ため息が出ちゃう。
件名:予言メール
本文:
私は十月五日(木)の夜のあなたです。
「予定」「実験」のメールは手ちがいです。ごめんなさい。忘れてください。
さて、このメールは予言のメールです。
十月四日(水)は左のような一日になります。
小畑君はかぜで欠席。
今日の二時間目は小テスト。問題は漢字ドリルの二十二ページ。
昼休みに中村とろうかで正面しょうとつ。
台風でじゅ業は午前中だけ。給食の後、すぐ下校。
夕方、はげしい雷雨。
でも、すぐやんでしょう油。
応えん歌で中村に大笑いされる。
何だ、何だ、何だ?予言メールだって?かんべんしてほしいわよ。こっちはメール読むのに手間取って、ちこくしそうだっつうの!本当に予言なら、私のちこくも予言してみろ。あ、そっか。ほとんど毎日ちこくしてるから、予言の価値ないか。そんなことを考えながら着がえて階段にダッシュ!ぎゃ、すごい寝ぐせ!
「小畑はかぜでお休みだそうだ。今朝、学校に電話があった」
一時間目が始まる前、出席を取りながら四年一組の担任の西池先生が言った。ふうん、昨日は元気にしてたけどな。今朝の冷えこみにやられたのかな。そんなことを考えながら、私は何か引っかかるものを感じていた。『小畑君はかぜで欠席』・・・・・・ええと、何だっけ?私は何に引っかかってるんだ?
そんなことを考えていると、西池先生の声がふって来た。
「そういう事情だから、小畑の作文再提出の期限を一日伸ばして来週の月曜の朝一にしてやることにした。けど、お前は元気なんだから、再提出期限は金曜朝一のままでいいよな、雨野?」
「ええ、いいなあ小畑君。私もかぜひいて休んじゃおうかな」
「だいじょうぶ。昔から何とかはかぜをひかないって言うからな」
「わあ、先生ひどい」
私と先生のやり取りに教室中がわらいに包まれ、細かな引っかかりなど吹っ飛んでしまう。
私は作文のことを考えてため息をついた。先週の国語の時間に書いた作文のお題は『秋の大運動会で感動したこと』。でも、私は運動会で感動した覚えは全くなかった。だから、空がぴっかぴかに晴れて、とてもきれいだったことを書いた後、四行目からは、私が今夢中になっているアニメの今後のストーリーの大予想を書いた。自分ではすごく感動的な最終回を考えられたので、『感動したこと』というお題にかすってるんじゃないかと思ったんだけど、私のせめてものサービスが、先生は気に入らなかったらしく、再提出を指示されてしまった。きっと、美少女主人公が息を引き取るというラストシーンが先生のお気に召さなかったのだろう。西池先生って、女子に甘いからなあ。
しっかし、じゃあどんな作文を書けばいいのだろうか?前作(わっ、エラそう!)は最初の三行しか運動会にふれていなかったのがイカンと先生が言ってたから、今度は最初から最後まで運動会を材料にした感動的なストーリーにしなきゃならない。
そうだ!男と男がほこりをかけて勝負するアクション物なんてどうだろう?こぶしとこぶしで語り合うのは運動会では無理だから・・・・・・そうか、超能力と超能力で語り合うのだ。そうなると、主人公の少年の設定にもひと工夫が必要だろう。地球の文明を調査するために、人間社会にまぎれこんでいる宇宙人。これだ!どうやら、人類の存亡をかけた運動会になりそうだ。全米が泣いた、的な物語。でも、油断してはいけない。まちがっても、主人公に思いをよせ、陰ながら応援する美少女が死んでしまうのは西池先生の好みに合わないからバツ。げ!ってことは、彼女は不死の存在?ゾンビってこと?おいおい、ハードル高いなあ。
そんなことを考えてるうちに一時間目の算数はいつの間にか終わっていた。いつ始まったのかもわからなかったが、エキサイティングな一時間目だった。
「じゃあ、二時間目の最初は漢字テストをします」
チャイムの鳴り終わりを待たず先生がそう言うと、教室にはブーイングがあふれた。
「先生、そんな話、聞いてないよ」
「当たり前だよ。先生、だれにも言ってないからな。抜き打ちテストってやつだよ。いつテストをやってもだいじょうぶって言えるように、日ごろから自主的に練習しとくようにって、いつも言ってただろ?もちろん、運動会が終わって、みんなが油断してるタイミングをねらってテストするんだけどな」
そう言うと、西池先生はいたずらっ子のように舌を出して笑った。教室にあふれていたブーイングのボリュームがさらに上がる。みんな、ひどく意外そうだ。
なのに、私はあまり意外な感じがしない。だからと言って、テストに備えての勉強をしているかと言われると全然なんだけど、なぜだかショックは受けなかった。そんな気がしてた、みたいに不思議なほど落ち着いている。
ま、だからと言って、家で練習もしてない漢字が書けるわけもなく、二十問の問題のうち、何とか答えを書けたのが十五問、そのうち合ってる自信があるのは半分以下っていう見事な負けっぷり。ううん、これ、母さんに見せるのいやだなあ。そんなことを思っていた私の耳に、西池先生の言葉が飛びこんできた。
「よし、じゃあ試しのテストはここまで。今回は、サボってばかりいるとマズいことになる、と君達に感じてもらうことが目的だったんで、テストの結果は成績には入れないことにします。安心したか?」
ニカッと笑う先生。何だ、そういうことか。でも、母さんの小言は短くはなっても、無しにはならないだろうな。私がげんなりしている間にも、先生に指示は続く。
「でも、油断大敵。次のテストは本番にするから、きっちり練習しとくように。今日の漢字テストの問題は、漢字ドリルの二十二ページの問題をそのまま使いました。漢字ドリルをつくえの上に出して、自分で答え合わせしてみろ」
はいはい、二十二ね。漢字ドリルのページをめくりながら、私は思った。そういや、西池先生がいつも力説してたっけ。「阪神タイガースのキャッチャーの背番号は二十二番じゃないとダメ!」だって・・・・・・あれ?これ、今日、二度目だ。私、朝も思った。「はいはい、二十二ね。阪神のキャッチャーね」って。ん?いつだっけ?ええと、まだ寝ぼけてて・・・・・・。
「おい、雨野、ボーっとして、どうした?」
いっけない、先生がぼんやりしていた私に気づいて近寄ってくる。
「あ、いえ、何でも・・・・・・」
「まさか、お前、先生にみとれてた?わかるわあ、先生、男前だもんな」
先生のボケに何人かがツッコむ。
「先生、それはないって」
「先生、鏡、見たことないの?」
リズムのいいツッコミに、教室が笑いに包まれる。私もお腹をかかえて笑っていたんで、さっきの不思議は忘れてしまった。
「校内の先生方にお知らせします。相談したいことがありますので、一時十分にしょく員室にお集まりください」
給食時間の終わり近くに流された校内放送に、もちろん私もピンと来た。台風が近づいてきているのだ。今朝、九州に上陸したと、テレビのニュースで言っていた。黄色いヘルメットとかっぱを着たレポーターが、強い風に吹き飛ばされそうになりながらマイクに向かって何か話しているのを、寝ぼけたまま朝食を食べつつ聞いていた私は、「ああ、それでか」なんて思いながらぼんやりながめていたのを思い出した。
ん?何が「それで」なんだっけ?そんなことを考えているうちにチャイムが鳴り、お昼休みになった。西池先生が時計を見ながら教室を出がけに大きな声で言う。
「お前ら、先生がいないからってけんかはだめだぞ。あと、とつぜんの芸能界デビューも禁止な」
いらないことを言う先生に、女子が反応して見せる。
「先生、男女交さいも禁止?」
「あほぬかすな。もちろんオッケーだ、がんばれよ!」
ガッツポーズで職員室に向かう先生に、みんなが口々に答える。
「先生こそがんばれよ!」
「早く行かないと、ちこくしてクビになるわよ!」
先生を見送ると、みんなわいのわいのとおしゃべりをしながら教室にもどる。
「台風にしては、雨も風も大したことないみたいだけどね」
窓から空を見上げながら、なでなでが言った。
あ、なでなでっていうのはもちろんニックネーム。本名は時田奏(ときた かなで)ちゃん。かなでちゃんだからニックネームがなでなで。お父さんが超有名なオーケストラの指揮者で、娘にも音楽の道に進んでほしいって思いをこめた名前なんだって。なでなでも、お父さんの思いに応えようとコツコツ練習してるから、ピアノもリコーダーも歌も超上手。でも、なでなではフルートが一番好きなんだって。前に聴かせてもらったフルート、確かに素敵な音色だった。
「そうよね。こんなの、ふだんの雨と変わんないわよね」
私も外を見ながら答える。風がないわけじゃないけど、強風ってほどのものかなあ?
「わ、大雨洪水警報と強風警報だってさ」
私達の会話をさえぎるように、男子達がさわいでいる。見れば、テレビをつけて天気予報を見ているようだ。もう、勝手にテレビなんかつけたら、先生に怒られちゃうわよ。
「あ、さっきのチャンネルにもどして!お笑いやってる、お笑い」
もう、まったく!私が子どもっぽい男子達に腹を立てていると、なでなでが私のかたをたたいた。
「あれ?今日、水曜日だよね?アロー、図書委員会の当番、だいじょうぶ?」
「あっ!しまった!」
私は、私はろうかに走り出ながらなでなでに言った。
「なでなで、サンキュー。すっかりわすれてた。ひとっ走り行ってくる」
全速力で図書室へ。
私達の小学校では、四年生から委員会活動に参加することができる。私は図書委員会の活動である図書室のカウンターの仕事を、毎週水曜の昼休みに手伝わせてもらうことになっているんだけど、きれいにわすれてた。さっきの校内放送で司書の先生も職員室に行ってるはずだから、本の貸し出しの手続きは図書委員会が一手に引き受けてるはずなのに。先ぱい、手が足りなくて困ってなきゃいいけど・・・・・・。
そんなことを考えながら、風みたいにろうかを走っていたら、角から飛び出す人影一つ!よけようもなく大げきとつだ!私ははじき飛ばされて床に転びながら、反射的にあやまっていた。
「きゃっ!ごめんなさい!」
「うわっ!いててて・・・・・・」
声のした方に目をやると、しりもちをついているのは五年の中村じゃないか。こいつは五年のくせに、何かと私のやることにからんで文句を言ういやなやつなの。
「ちょっと!角から飛び出すだなんてあぶないじゃないの!」
「お前こそ、アローだからってろうかを走ってもいいってことにはなんないぞ!」
「うるさいわね。今、急いでて、あんたなんかにかまってるひまはないの。ごめんあそばせ、あっかんべえ!」
思いっ切り顔をしかめて立ち上がると、私は再び図書室目がけて走り出した。後で中村が何かわめいているけど、そんなの知るもんですか!
「きゃあ、ぬれたぬれた、びしょぬれだ」
私は玄関に飛びこむと、一直線に洗面所に向かった。ろうかに点々としずくが落ちるが、そんな小さなことにかまってはいられない。洗面所に到着したら、びしょぬれの服を一気にぬいでせんたくかごに放りこみ、バスタオルで上から順に体をふいていく。バスタオルのワシワシ感が気持ちいい。窓から外をのぞいてみると、ものすごい勢いで雨がふっている。ゴロゴロと雷の音も聞こえる。
まったく、今日は変な天気だ。ろうかで中村と正面しょうとつした後、またまた力いっぱいろうかを走って図書室にたどり着いたと思ったら、何分もしないうちにインターホンがかかってきた。
大雨洪水けいほうが出たから、今日の午後の授業はなくなったと聞かされ、大急ぎで図書室のかぎを閉めて、教室で帰り支度をして運動場にかけ出す。けれども、かさをさして周りがよく見えないながら、町内ごとに列に並んでいるうちに、台風の雨はだんだんと勢いがなくなり、家に帰りつくころにはすっかり止んでいた。あれれと空を見上げれば、青空がのぞいている。
おお、これはもうけたと大喜びで近所のひめ公園にくり出して遊んでいると、今度はバケツをひっくり返したようなすごい勢いの雨が突然ふり始め、雷までが鳴り始めた。どのくらいすごい雨だったかって、公園からうちまで、走ればほんの二、三分しかかからないのに、その二、三分で頭のてっぺんからつま先まで、びしょびしょのずぶぬれになってしまったのだから、本当にすごい雨だったのだ。でも、運が良かった。いつも遊んでるもも太郎公園に行ってたら、このおそろしい雷雨の中を、まだ走っているところだろう。本当に運が良かった・・・・・・本当に?
今日の後半をふり返っていた私の脳みそは、ここで急てい止した。・・・・・・なんか、うそが混じってた。自分の部屋で服を着ながら、私は自分の記おくをチェックしていく。
いつもはもも太郎公園で遊ぶ。あっちの方がちょっと遠いけど、広々としてて遊んでて楽しいし、学校の友達もよく来るから。
ひめ公園はせますぎて、ブランコに乗ってくつ飛ばししてたら、公園のとなりの家にくつが飛びこんでしまう。何度かやらかしては、こっそり庭にしのびこんでくつを拾って脱出をくり返してたら、その家のかみなりおやじが私を見るたびに顔をしかめるようになって、何だか行きにくくなってしまったってのもある。
だから、ここんとこしばらくは、いつももも太郎公園で遊んでばかりいた。それなのに、今日に限ってひめ公園へ行く気になったのはなぜだろう?「運が良かった」?本当にそうか?
ちがう、ちがう。そうだ。家を出る時、なぜだか雨がふるんじゃないかと思ったんだ。だから、家のすぐそばのひめ公園で遊ぶ気になったんだ。でも、どうしてそんな風に思ったんだろう?あ!
私はあわててタブレットを起動した。メールアプリを立ち上げて、今朝のメールを表示する。「夕方、はげしい雷雨。」これだ!頭のすみっこの方でこの言葉を思い出して、もも太郎公園へ行かないことにしたんだ。そして、本当にふった。はげしい雷雨が!まさに、予言が当たったんだ!
うわ!うわ!うわ!私は、何とも言えない不気味さを感じながら、「予言のメール」を読み直した。
『小畑君はかぜで欠席。』そうだ。確かに小畑君は休んでた。先生が朝、「かぜで休み」って言ってた。だから、その後「昔から何とかはかぜをひかない」って話になったんだもん。まちがいない。
『今日の2時間目は小テスト。問題は漢字ドリルの二十二ページ。』あ、二十二番!阪神タイガースのキャッチャーの背番号!ここで読んでたんだ。この予言も、ばっちり当たってたんだ。
私は、自分の目がまん丸になっているのを感じた。『昼休みに中村とろうかで正面しょうとつ。』も『台風でじゅ業は午前中だけ。給食の後、すぐ下校。』も『夕方、はげしい雷雨。』も、予言は全て当たってる!ナニコレ?ナニコレ?ナニコレ?メールを読み直し始めた時の不気味さがいつの間にか消え去り、ワクワクが私のむねの中ではね回っている。ちょっと、何これ?すっごい面白いんですけど!
こうふんしながら次の行へ目をやって、とたんにがっかり。『でも、すぐやんでしょう油。』?いや、しょう油って何だよ、しょう油って?はげしい雷雨の代わりにしょう油がふってくるっていうの?それはちょっとありえないでしょ、いくらなんでも。
むねの中のワクワクが一気に冷めてショボーンになって、私がくちびるをとがらせた時、私の部屋のドアがトントンとノックされた。
「弓、いるの?」
母さんの声だ。私はうす暗い部屋でわれに返った。
「はあい、いるよ」
返事と同時くらいにガチャリとドアが開けられる。
「もう、日がくれたら電気ぐらい自分でつけなさい。いないのかと思うじゃない」
そう言って、母さんは入り口わきのスイッチをつける。とたんに部屋が明るくなる。もう、こんなに暗くなってたんだ。何かに集中しちゃうと、周りが全然気にならなくなる、私の悪いくせだ。心の中でぺろりと舌を出す。
「弓、いそがしいとこ悪いんだけど、お使いたのまれてくれない?」
「ええ、やだよ。だって、外、大雨じゃん」
言いながら、部屋の窓を指さす。閉じられた窓は、外からの雷雨にはげしくたたき続けられて・・・・・・ないじゃん!
「弓、あなた、何言ってるの?雷雨は二十分もしないうちにすっかり上がったわよ。私が仕事から帰って来ている時には、全然雨なんてふってなかったもの」
「あら、私ったら、ちっとも気がつかなかったわ」
「もう、弓ったら」
「で、何を買ってきたらいいの?」
「あのね・・・・・・」
「あ、待って!わかった!おしょう油ね!?」
「あら、なんでおしょう油が切れてたの知ってるの?そう、おしょう油を買ってきてほしいの」
「お安いご用、すぐ行くわ」
びっくり、びっくり!『でも、すぐやんでしょう油。』も当たっちゃった。私はスキップしながら近所のスーパーへ。ショボーンになってたワクワクが、むねにもどって来ていた。
鼻歌を歌いながら買い物をすませた私は、いつの間にか大声で歌っていた。私の小学校で昔から運動会のたびに歌われてきた、青組の応援歌。青い猫型ロボットのアニメの主題歌のかえ歌だ。
毎年、運動会では、一年から六年までの一組が赤組、二組が青組と決まっているから、今年は歌えなかった。だけど、おつかいの帰り道に歌うだけなら、赤組の子が青組の応援歌を歌ったっていいじゃない。だって、大好きなんだもん。私はおしょう油のボトルが入ったレジぶくろをぶら下げて、夕焼けの町をスキップでつっきった。
と、後からすごいスピードで自転車に追い抜かれた。気持ちよく大声で歌っていた私は、自転車に全く気づいてなかったため、追い抜いた時にふり向いた自転車の乗り手と、大口を開けた顔で目が合ってしまった。
よりによって、五年の中村だ。
「だあっははははは!」
中村の大わらいが急速に去っていく。大わらいしすぎたせいか、一度ぐらりとバランスをくずしかけ、おわっとか何とか悲鳴を上げつつ何とかバランスを取りもどす。その背中に思いっ切り怒鳴ってやった。
「何よ!応援歌を歌うのが、どうしてそんなにおかしいのよ!」
そんな私の怒りも、中村にはさっぱりとどかない。返事の代わりにリンリンッと二回ベルを鳴らすと、自転車は角を曲がって見えなくなってしまった。もうっ!
あの中村とは、どうにも相性が悪い。私がドジをやらかすと、どういうわけだか決まって近くに中村がいて、私をバカにして大わらいするだけでなく、必ず学校のみんなに言いふらすのだ。ガキっぽいったらありゃしない。性格最悪のおさるさんなのだ。
その中村が、なぜだか島田先パイと仲がいいから不思議だ。
島田先パイは六年生の男子なんだけど、とっても優しい人だ。先月の、運動会のための応援合戦の練習でも、応援団長として下級生に優しい言葉をかけてくれた。チアダンスのタイミングがつかめず苦労していた私にも、コツを教えてくれた。
「だいじょうぶ。君みたいな努力家なら、本番までに必ずマスターできるよ。もしも困ったことになりそうなら、相談に乗るから気軽に声をかけてね」
去りぎわにえがおでこう言い、さりげなくウィンクされて、私は思わずポーっとしてしまった。もうね、サイコーですよ!あとでその話をなでなでにしたら、ほほをうっすら赤くしたなでなでにたずねられた。
「もしかして、むねのおくがキュンってしちゃった?」
「キュン?何それ?」
「いやいや、何でもないの。そっかあ、無キュンかあ」
残念そうな、でも、安心したような、フクザツな表情でなでなではほほえんだの。何だったんだろ、あれ?
なんてことを考えてるうちに、家に帰りついてしまった。島田先パイのことを考えていたからか、いつの間にか中村に対するプンスカはおさまっていた。
「ただいま。うす口しょう油でよかったんだよね?」
「そうよ、ありがとう。急に頼んでごめんね」
「いいって、いいって。四年生なんだもん。このくらいのことはいつでも言って」
買って来たしょう油を母さんに渡すと、私は自分の部屋にもどった。ふと、気づいたことがあったから。
タブレットを起動し、例の『予言のメール』を表示する。その最後の行。やっぱり!『応えん歌で中村に大笑いされる。』って書いてあった。おつかいにいくまでは何のことかわからなかったけれど、これ、さっきの帰り道の出来事のことだったんだ。
私は自分の表情がゆるんでくるのを感じながら、メールの着信を確認した。それらしいメールは見当たらない。
次の予言メールは来るんだろうか?来るとしたら、それはいつ?もしかして、明日の朝とか?
その夜はめずらしいことに、さっさと宿題を終わらせ、いつもより十分早く目覚まし時計をセットして早目にふとんに入った。けれど、むねのドキドキがうるさくて、なかなか寝つけなかった。
●十月五日(木)午前六時三十分●(二回目)
ピピピッピピピッピピピッピピピッ・・・・・・。
まくら元の目覚まし時計にたたき起こされて、寝ぼけまなこを半分ほど開ける。手が自動的に目覚ましのアラームを止める。あれ?いつもより十分も早い時刻だ。目覚まし時計、こわれちゃったかな?ま、いいや。あと十分眠れる。おやすみなさい。
・・・・・・。
・・・・・・?
・・・・・・!
あっぶない!もうちょっとで二度寝するとこだったわ!しっかりしろ、私。予言メールが来てるかもしれないから、それを落ち着いて読むために十分早く起きることにしたんじゃないか。
ベッドから抜け出し、ふらふらしながら勉強机の上のタブレットを起動。と、玄関のドアが閉まる音に続いて、表の道路を遠ざかっていく足音が聞こえた。
そう言えば、昨日の夜、母さんが言ってたっけ。木曜(つまり今日ね)の朝は仕事の都合で特別に早く出かけなきゃならないけど、ねぼうなんかしてちこくしちゃだめよって。はいはい、母さん、あなたのしっかり娘は、もうちゃんと起きてますよ。ちこくの心配なんかしないで、しっかり仕事してらっしゃいな。
そんなことを考えながら、二度ほど顔をペチペチとたたくと、眠気は出ていき、代わりにドキドキがもどってきた。予言のメールは来てるかな?メールの着信を確認。あ、来てる!
件名:さんざんな木曜日をすてきな木曜日にしよう!
本文:
おはよう!昨日の私。
水曜の朝とどいたメールに書かれていた予言が全て当たり、あなたは私の言うことを信じることに決めた。
そうでしょ?
何せ、自分自身のことだもの。あなたの気持ちは手に取るようにわかるの。
そう、私は、あなた。
少しだけ未来のあなたなの。
私はこのメールを、金曜の夜書いています。
不思議よね。
昨日の自分にメールを出せるなんて。
これ、まったくのぐうぜんで昨日の自分にメールを出す方法がわかったの。
どうも、『-r』を自分のメールアドレスの最後に付け加えてメールを出すと、メールを出した日の前日の朝、メールがとどくみたいなのね。
どうしてそんなことが起こるのか、仕組みはさっぱりわかりません。
けど、仕組みなんかわからなくても、ダメダメな木曜日を過ごすはずのあなたを助けることならできるはず。
これからあなたに、今日、どんなことが起こるはずなのかを教えるから、じっくり読んで。
ここまで読んだ私は、いったんメールから顔を上げた。明日の私の親切に大感謝。とっても頼りになるパートナーを手に入れて、勇気がわいてくるのを感じる。『ダメダメな木曜日』になるはずだった今日を変えて見せよう。今日の私と明日の私のチームワークで、大逆転を起こすんだ!メモを取るための手帳とえんぴつを用意して、私はもう一度メールを読み始めた。
まず、朝ご飯について。
母さんがパンを買い足すのをわすれているので、わが家の台所には、パンが二まいしかありません。
しかも、のんびりしていると陸兄ちゃんが二まいとも食べてしまいます。
困った陸兄ちゃん!
そうならないように、メールを読み終わったら、何よりも先に台所へダッシュしてパンを食べてしまいましょう。
二まいのうち、一まいは陸兄ちゃんに残しておいてあげようか?
それとも、二まいとも食べちゃう?
次は忘れ物予報。
図工の時間に使うはずのマジックペン、カバンに入れてないでしょ?
私がそれに気づいたのは学校に着いてからだったけど、あなたはちゃんと持って行くこと。
ついでにテスト予報。
水曜日(つまり、あなたにとっては昨日)にやった漢字テストと全く同じテストをするわ。
水曜のテストでひどい点だったのに、全然おさらいしてないでしょ?
かくしたってダメ。
私はあなたなんだから。
で、私は教室に着いた時に、黒板に書いてあったテスト予告でそれを知ったんだけど、おしゃべりにいそがしくてあんまりまじめに漢字練習しなかったの。
結果は六十点。
西池先生にしかられちゃった。
あなたはそうならないように、せめてチャイムが鳴るまでの時間、集中してまじめに漢字練習してね。
あ、でもね、でもね。
花びんの水かえもやっとくといいよ。
朝の会の後、先生がたずねるの。
「今日、花びんの水をかえてくれたのはだれだ?」って。
恥ずかしそうに手を上げたのは水沢さんだったけど、朝一番に水かえをやっちゃえば、手を上げるのはあなたになるのよ。
かっこいい!
二時間目の理科は、学級園で育てたへちまを取ってかんさつするわ。
そこで、注意して!
私は調子に乗って、ぱさぱさにかわいたヘチマを野球のバット代わりにふり回してたの。
そしたら、中の種が、ばあって飛び散っちゃって、運の悪いことに、飛び散った先には校長先生がいたのよ。
もちろん、お決まりのお説教コース。
あなたは決して、ヘチマにさわらないこと!
ヘチマ事件まで読んで、私はたまらず吹き出してしまった。校長先生に向かって飛んで行くヘチマの種。大あわてでかけつける西池先生。口をあんぐり開けたまま、ぼうぜんとつっ立っている私の姿を想像する。ゲラゲラゲラ。そりゃあマズいわ。うん、十分注意しよう。メモ帳に「決してヘチマにさわらないこと」とメモし、メールの続きにもどった。
三時間目と四時間目の図工は、カッターナイフで画用紙に穴を開けて、そこに色セロファンをはりつけステンドグラス作り。
私はいつものように、何も考えずに小夏が河原を走ってる絵を作ったの。
ま、作った本人でさえ、それが何の絵なのか分からなくなりそうなデキだったんだけど。
西池先生には「このカエルは、どうして黄色いんだ?」なんて聞かれる始末。
ところが、作品が完成してひまになったもんで、教室をうろついてた私、たまたまなでなでの作品を見て、こしを抜かしかけたわよ!
すっごいおしゃれなの!
小さな穴をたっくさん開けて、そこにいろんな色のセロファンをひとつひとつていねいにはっていくの。
それがもう、何ていうか・・・・・・ダメ!
あの美しさを言葉で表現することなんてできないわ。
あなたも見てごらんなさい。
ため息が出ちゃうから。
でね、でね、でね、ここからがかんじんなの。
私の場合は、作品を完成させてからなでなでの作品に出会ったから、ただただ感心するしかできなかったんだけど、あなたはそれじゃダメ。
まずは、なでなでがどんな作品を作ろうとしてるのか、しっかり見て。
そして、いったいどんなデザインにすれば、見る人にため息をつかせることができちゃうのか、その秘密をつかんでから、自分の作業に取りかかること!
要はパクリよ、パクリ!
いいのよ。
「パクリでもかまわない!」って思えるほど、なでなでの作品は素敵なんだから!
だいじょうぶ。
自分の目で見れば、私が何を言ってるのか、いやでも分かるから。
そして、学校から帰ってから、木曜の最悪の場面をむかえるの。
今日、なでなでと図書館へ行く約束をしてるでしょ?
その帰り道。
中村と会うの。
ぐうぜん。
で、けんかしちゃうの。
かなりはでに。
水曜日に、青組の応援歌をうたってたのを聞かれたじゃない?
あの時のことをからかわれて、頭に来ちゃったのよね。
大声で怒鳴り合って、ギャーギャーわめいた。
それを、あとで島田先パイに話しちゃうの、中村が。
島田先パイが大笑いしてたって、陸兄ちゃんが言ってた。
ふえーん。
恥ずかしいよー。
そんなの、絶対いやでしょ?
だから、あなたは中村の相手をしちゃだめ。
あいつが何を言ってきても、気にしない。
冷静に、完全ムシ。
いいわね?
絶対に相手しちゃダメだからね!
「おおい、アロー?」
陸兄ちゃんの声にふり向くと、すでに学校へ出発するじゅんびがすっかりできている陸兄ちゃんが、戸口に立っている。
「ちょっと、陸兄ちゃん、レディの部屋のドアを開ける時はノックをしてって、いつも言ってるでしょ?」
「したよ、何度も何度もしたよ。でも、お前が全然返事しないもんだから、心配になって開けたんじゃないか。そんなことよりアロー、お前なんでまだそんなかっこうなんだ?今何時だと思ってる?」
「へ?・・・・・・わ、もうこんな時間!?」
陸兄ちゃんに言われて時計を見た私は、おどろいてしまった。
メールを読むのに一生けん命になり過ぎて、時間をわすれていた。もう、いつもなら学校へ出発する時間はとっくの昔に過ぎている。まだパジャマ姿で顔も洗っていなけりゃ歯もみがいてないし、かみは寝起きのくしゃくしゃのまんまで、朝ご飯だって食べてない私は大あわてだ。
「陸兄ちゃん、私着がえるんだから、出ていって」
「はいはい。おれはちこくしたくないから、もう出発するぞ。かぎはいつもんトコ。戸じまりよろしくな」
げ!戸じまりまで私に押し付けんの?もう!一言文句を言ってやりたかったけど、そのよゆうすらない。学校に向かってかけ出す陸兄ちゃんの足音をかすかに聞きながら、私は朝の身支度を始めた。
こりゃあ、たとえパンが残ってたとしても、朝ご飯は抜きだな。それでも、ちこくは確実だけれど。メールには、ちこくするなんて一言も書いてなかったぞ!明日の私に心の中で八つ当たりしながら、私は学校への道をかけ出した。
「おはようございます!おくれてすみません!」
「ちっともおはやくないぞ。おおそうございます、だ、雨野」
教室にかけこんだ私の言葉に返事する西池先生のじょうだんに、クラスのみんなが笑い声をあげる。テスト用紙を配りながら、その笑い声がおさまるのを待って、先生は続けた。
「じゃあ、朝、黒板に書いて予告しておいたように、一時間目の前に漢字テストをするぞ。内容は、昨日の漢字テストとまったく同じだ。昨日の漢字テストでくやしい思いをして、昨日のうちに自主的に漢字練習をしてきた者、その心がけが大事なんだ。遠りょなく、満点取れ」
教室の中の何人かが、無言でガッツポーズしている。自主的に漢字練習をしてきたのだろう。そう言えば、負けずぎらいなメンバーが多いような気がする。私はもちろん、そんなことはしていない。失敗はきれいに水に流して、二秒でわすれることにしている。というか、わすれちゃう。そんなことを考えていた私の心の中をのぞいたみたいに、西池先生は続ける。
「昨日漢字練習をしなかった者でも、朝、黒板を見て漢字テストがあることを知って、自分なりに練習した者は、満点は無理でも、努力した分は点数が良くなるわな。努力が大事だと、先生がいつも言ってるのはこういうことだ。そして」
そこで言葉を切って、西池先生はわざわざ私の正面に立つ。
「ちこくして来ただれかさんは、残念ながら練習時間はゼロでテストにちょうせんすることになってしまう。時間の約束を守らないでいると、いつか必ずそんをするということを思い知りなさい。文句はないな、だれかさん?」
だまってうなずくしかない私。だって、先生の言ってることはまちがっていないもん。
「では、漢字テスト、始め」
先生のかけ声が教室にひびき渡る。けど、何もじゅんびしていない私には、できることは何もなかった。せめて、ちこくさえしなければ、とくやむこと以外は・・・・・・。
二時間目の理科は、理科専門の山田先生に教わっている。その山田先生から、今日はヘチマとその種のかんさつの学習をすると聞いた私は、朝読んだメールを思い出して小さくつぶやいた。
「ヘチマにさわらないこと、ヘチマにさわらないこと」
「うん?どうしたの、アロー?」
そばを歩いていたなでなでの耳に入ってしまったみたい。真っ黒なロングヘアをゆらして、なでなでがふり向く。
「あ、いや、何でもない。ヘチマ、めちゃくちゃ大きくなったなあって」
「そうだね。夏休みに水やりに来た時には、きゅうりくらいの大きさだったのにね」
あんまり近づくと、ついさわりたくなりそうなので、少し遠くから学級園の様子をながめる。元気な男子達がぶちぶちとちぎっているヘチマは、その男子のうでと同じくらい長くて、うでよりもずっと太い。すっかりじゅくして茶色くなっている。ぱさぱさにかわいているのは、今日のじゅ業でかんさつしたかったんで、山田先生が先週のうちにブルーシートをかぶせて、台風だの雷雨だのから守ってくれたおかげだそうだ。
「わあ、これ、なんか音がするで」
ヘチマを手にした男子は里山君。とても足の速い子で、運動会ではリレーのアンカーを任されていた。今はヘチマをふりながら、耳を近づけて聞き入っている。
「そうか、音がするか。何の音だと思う?」
ニコニコというよりはニヤニヤとわらいながら、山田先生が問いかける。
「種じゃ、種の音じゃ」
「そう思うか。でもなあ。しょうこがないとなあ」
先生は、意地の悪いえがおでとぼけてみせる。「自分の意見が正しいと思うてもらいたかったらしょうこを見せろ。しょうこなしじゃあ、先生は動かんぞ」というのが山田先生の口ぐせだ。
「このヘチマを割ってかんさつしたら、しょうこは見つかる。先生、かんさつさせてえな」
里山君は山田先生の前で両手を合わせておがんで見せる。
「おがまれても困るのう。そりゃ、先生だっておにじゃないけえ、一人残らず全員が、一生けん命にかんさつします、言うんなら、かんさつさせてあげるけど、・・・・・・中にはああやって遊んどるような者もおるけえなあ」
そう言いながら先生が目を向けた先には、取れたヘチマでチャンバラして遊んでいる男子が二人。神田と木村だ。いたずら好きで、すばしっこい上に気まぐれな神田についたあだ名はニャンコ。その神田と仲が良く、いつもじゃれ合っている木村のあだながナムサンなのは、彼の家がお寺さんだから。クラス一の大男で、見た目を裏切らない力持ち。だのに、優しい所もあって、クラスの女子の中には彼の隠れファンもいたりするけど、本人にはないしょ。あれで、もうちょっとおっちょこちょいなところが治ったらなあ。
「おい、ニャンコにナムサン、何やってんだよ」
かけよる里山君に、私もついて走った。
「ちょっと、あんたたち、待ちなさいよ」
「わ、アローが来た、アローが来た。にげろ、ヘチマを取られっちまうぞ」
あっかんべえをして、ニャンコとナムサンがかけ出すけど、里山君の足にかなうわけがない。あっさり追いつかれて、ナムサンはつかまってしまう。
「ナムサン、ヘチマをよこしなさいよ!」
里山君にはがいじめにされてジタバタしているナムサンから、ヘチマを取り上げようとする私。でも、ナムサンは逆らってあばれるばかりだ。
「このヘチマはおれのものだ。だれにも渡さないもんね」
「あんた、夏休みの水やり当番サボったくせに、よくそんなことが言えるわね」
「こらこら、お前達、けんかはいかんぞ」
山田先生がかけよってくる。私はナムサンが持っているヘチマを両手でつかみ、思いっ切り引っ張った。グシャ!ヘチマはあっけなく真っ二つに千切れ、中に入っていた種がばっと飛び散る。その飛んで行った先。
「校長先生!」
次々と飛んでくるヘチマの種に目をしばしばさせながら、顔をしかめた校長先生がろうかに立っていた。
二時間目の理科が終わった後、私と里山君ナムサン、ニャンコの四人は、校長室で校長先生のありがたいお説教を聞くはめになった。その場にいた山田先生、たんにんの西池先生もいっしょだ。
決してわざとやったわけではないこと、私はじゅ業中にふざけるナムサン、ニャンコを止めようとしていたことなどを山田先生が説明してくれたおかげで、お説教は十分ほどで終わった。山田先生アイシテル。
けど、西池先生はごきげんななめだった。別に、私に愛されなかったからじゃない。
原因の一つは私の漢字テストの点がひどかったこと。もう一つはこのお説教の時間が原因で、三時間目、四時間目の図工の用意ができず、今日の予定を変えなきゃいけなくなったことだ。
「そんなあ。先生、お願いだから図工しよ。私、いい子になるから」
ようやく終わった漢字練習をてい出しながら、私は先生に甘えてみた。頭の中は、今朝のメールで「ため息が出ちゃうから」とまで書かれていたなでなでの作品が見たくて見たくて、それしか考えられなくなっていた。
「あのなあ、おれは二時間目と三時間目の間の休み時間に、図工じゅんび室にカッターナイフを取りに行く予定にしてたの。それがお前のお説教と漢字練習で予定がくるって・・・・・・」
キーンコーンカーンコーン。先生が言い終わらないうちに三時間目開始の合図のチャイムが鳴り始めた。西池先生は自分のかみの毛をぐしゃぐしゃとかきむしる。
「ああ、もう!とにかく、じゅ業の用意ができなかったから、三時間目と四時間目の図工はあきらめろ。仕方ないじゃないか。おれだって、今日の図工を楽しみにしてたんだぞ」
そう言い捨てると、西池先生は今日のじゅ業の予定が変こうになることを、クラスのみんなに説明し始めた。図工のじゅ業を楽しみにしていた何人かが、不満の声を上げる。
私は仕方なく自分の席に着き、つくえの上に出しっ放しの今朝の漢字テストを見た。三十点。うん、そりゃ、先生がおこるのも無理ない。昨日の今日だもん。休み時間に漢字特訓ぐらい、やらされて当然だろう。
それに理科の時間のアレもマズかった。メールで予告されたから、用心のために、ヘチマにはさわらないって決めたのに。メモまで取ったのに。なんでこう、うまくいかないんだろう。自分で自分に愛想がつきた。もう、知らない!それにしても、なでなでの作品、見たかったなあ。
「こら、アロー、何ぼんやりしてる。社会科、始まってるぞ」
西池先生の声でわれに返り、あわてて周りを見回すと、みんながクスクスわらっている。図工ができなくなったのが私のせいだってことはひみつにしてくれた西池先生に、心の中でお礼を言って、私はじゅ業に集中し直した。
「おおい、応援団長のアロー様じゃないか」
放課後、なでなでといっしょに図書館に行った、その帰り道。
私はふり返る前から「やっぱり現れたか」と顔をしかめていた。中村だ。メールに「絶対に相手しちゃダメだからね!」と書かれていた中村が、やっぱり現れてしまった。
メールで予告してもらっていたので、心のじゅんびはできているつもりだった。でも、中村の顔を見たとたん、すでにいかりがわき上がってきた。今の私の血をポンプで吸い出して温度を計ったら、きっと少しだけいつもより温度が高いんじゃないだろうか。
ならんで歩いていたなでなでが、そっと私の左手をにぎってくる。私はなでなでの方をちらりと見て、かすかにわらって見せ、小さくうなづく。だいじょうぶだよ、なでなで。私、中村なんか、相手にしない。
「おいアロー、今日は歌わないのか?『ゆう勝いいな、できたらいいな』って」
中村がからかうように歌って見せる。おいおい、それ、元の歌が分かんないくらいモゲまくってるんですけど。
私が後からの中村の声をきれいに無視するもんだから、中村は私達を追い抜いて、前に回りこんできた。にくたらしい顔、わざわざ見せないでよ。
「しっかし、昨日のお前の歌、ひっどかったなあ。おれ、にわとりがしめ殺されかけてるのかと思ったよ。まさか、人間の歌声だったなんて、おどろいたぜ」
自分で言ったことがよほど気に入ったのか、ゲラゲラと大わらいする。アホ丸出し。
「何よ」
私が低い声を出したら、なでなでがつかんだ左手に力を入れた。分かってる。分かってるんだけど・・・・・・もう止まらない!
「何よ。あんたに歌がどうこうなんて言ってもらいたくないわ」
言ってるうちに、どんどん頭に血が上って、声のボリュームが大きくなっていくのが自分でもわかる。わかるけど、自分でも止められない。ギャース!
「何だと?どういう意味だよ」
中村の顔が見る見るうちに真っ赤になる。
「何だ、自分でも気づいてるんじゃない。ほら、聞いててあげるから、自分で正直に言ってごらんなさい。『ぼくちゃんの歌は下手くそなんてレベルじゃなくて、おさるさんの鳴き声の方がずっとマシです』って」
食ってかかる私の耳元でなでなでがささやく。
「ちょっと、アロー。言い過ぎだよ、落ち着いて」
「いいのよ、こういうやつにはガツンと言ってやらなきゃわかんないんだから」
中村をにらみつけたまま、私はなでなでに返事した。
「へえ、四年生のくせに、五年生にガツンと言ってくれるんだ。そりゃあうれしいねえ。もっと言ってくれよ、ガツンと。ガツン、ガツン、ガツン、ガツン・・・・・・」
何がうれしいのかさっぱりわからないが、中村はガツン、ガツンと果てしなくくりかえしながら、へらへらとわらっている。
「何がおかしいのよ。近寄らないで、気持ち悪い」
私の言葉を聞いてるんだか聞いていないんだか、中村はガツン、ガツンをまだくり返しながら、私の目の前まで近づいてくる。あまりの不気味さに、私は右手をふり上げた。と、その時。
「おおい、中村じゃん」
自転車に乗って現れたのは、島田先パイだ。中村がふり返って返事をする。
「あ、シーマン。どした?」
「おう、学校、行かね?サッカーしようって、みんなが」
「お、いいっすねえ」
言うなり、中村は学校の方へかけ出した。私とけんかしてたことなんか、すっかりわすれてしまったみたいだ。島田先パイがそれを追って、自転車で私達を追い抜いていく。まるで、つむじ風みたいだ。
「あ・・・・・・」
私は急なできごとについていけない。ただ、ふり上げていた右手をあわてて下す。中村も島田先パイも、見る見るうちに小さくなって、すぐに見えなくなってしまった。
夕焼け空だけが、私達を見下ろしていた。ズンッという低くて重い音が、どこか遠くからかすかに聞こえてきたけれど、今の私にはどうでもいいことだった。
その夜。もう、最悪!結局、今日という日を改造することに失敗してしまった私は、仕上げにリビングで陸兄ちゃんに中村との口げんかのことをからかわれてプッツン!
「陸兄ちゃんには関係ないでしょ!放っておいてよ!」
ドスドスときょうぼうな足音を立てて階段を上り、自分の部屋に入ると思いっ切りはげしくドアを閉める。バタン!!
「弓、もうちょっと静かに歩きなさい。家の中にサイを飼ってるみたいよ」
お風呂場から母さんのお小言。知るもんか!私は勢いよくベッドに飛びこみながら、ふと思いつく。
もしかして、今日をやり直す前の今夜の私も、こうやって陸兄ちゃんにからかわれてきょうぼうになって、母さんにお小言をもらってたりして?
この想像がおかしくて、ふき出してしまう。何とも私らしい行動だこと。ちょっと頭が冷えてくると、今日一日のことを冷静に考えることができるようになってきた。
まず、一つ目。中村と顔を合わせたら、絶対ダメ!とにかく、あいつの顔を見ると怒りをおさえることができない。何かの『のろい』みたいだ。
わかった。きっと私と中村は、人間として生まれてくる前は犬とサルだったんだ。ほら、犬えんの仲って言うんでしょ?そう、きっとあれよ。中村は、絶対サルね。顔もサルっぽいし。だったら、私は犬?ううん、犬かあ・・・・・・そんな風に考えていたら、何者かが私の部屋のドアを外側からひっかく音。クウン、クウンなんて甘えた鼻声も聞こえてくる。
「ほら、入りなさい」
私がベッドから立ち上がり、歩みよってドアを開けてやると、小夏が部屋に飛びこんできた。しっぽをぶんぶんふりながら、私にじゃれついてくる。
「もう、仕方ないなあ」
そう言いながら、私は顔の前まで小夏をだき上げた。いっしょうけんめいに私の鼻をなめる小夏。
「よし、私、犬でいいや。ただし、お前みたいに超キュートなワンワンガール!」
小夏をギュッとだきしめると、小夏は逃げ出そうと大あばれする。それを抱えたまま、もう一度ベッドに飛びこむ。ボウン!ベッドの上でバウンドしながら、私の手を逃れた小夏は私の頭上に回りこみ、そこから私の口の周りをもうれつになめまわす。
子犬が相手の口をなめまわすのは『まだ子どもの私をかわいがって!守って!お世話して!』というアピールらしいけど、今の私には、小夏以外にもう一人、守ってやらなきゃならない相手がいる。まだ今日にたどり着いてない『昨日の私』を守ってやらなくちゃ。
まずは、今夜のうちに昨日の朝の私に最初の予言メールを出す。ぴたり的中の予言メールを読めば、次からのメールにも必ずしたがうことは、だれでもない、私自身が経験ずみだ。
問題は、次の一手。今朝とどいた予言メールは、うまくはたらいてくれなかった。どうしてだろう?その原因をしっかり考えて、明日の夜には、十月五日(木)の朝(つまり今朝)とどくメールを書かなきゃいけない。もちろん、ダメダメな今日を変えることのできるメールを書くんだ。
私は、だれにともなく力強くうなづき、小夏を足元に放して勉強机に向かった。国語のノートの最後のページを開き、今日一日のことをゆっくり思い出しながら、問題点をメモしていく。
◆十月五日(木)のダメな点
・朝、学校にちこくしてしまうことで、あれもこれもうまくいかなくなる
・中村との口げんか、絶対ダメ!でも、あいつの顔見たら頭に血が上って止まんなくなる
自分で書いたメモをにらみながら、うで組みをする。
うん、やっぱり、中村との口げんかが、今日の一番困ることだ。だって、それを島田先パイに知られてしまうなんて、恥ずかし過ぎる。明日、学校で島田先パイに会ったら、どんな顔すればいいのかわかんない。だから、絶対に中村との口げんかは防がなきゃ。
あいつの顔見たら、頭に血が上って止まんなくなって、必ず口げんかになるから、あいつに会わない工夫をしよう。私がどれだけけんかっ早くっても、さすがに会っていない人とはけんかできない。杉田橋を渡らないで、田村橋を渡ることにすれば、中村と会わないから、口げんかにもならないですむ。うん、これだ!
でも、今日一日のことを思い出すと、果たしてうまく家に帰るためのコースを変えて口げんかを防ぐことができるか、不安になってしまう。
だって、『これからこんなイヤなことが起こる』って予言メールを読んで知っているのに、それを防ぐことができなかったんだから。思いもしないことが原因になって、身動きが取れなくなって、あれよあれよと見ているうちに、イヤなことにぶつかってしまうんだもん。
朝、ちこくしたことが原因で、漢字の練習ができなくなって、結果、漢字テストでは、昨日と同じ三十点を取っちゃった。そして、漢字テストで大失敗したことが原因になって、二十分休みに漢字練習をしなきゃいけなくなって、ヘチマのことも重なって、図工ができなくなって・・・・・・ああ、なんだか今日って、ドミノ倒しみたいになってる。
私は大きなため息をついた。腕組みして考える。まず、何としてもちこくを防ごう。あれがけちのつき始めだ。朝一番で、メールを読むのに夢中になったおかげでちこくしちゃったんだから・・・・・・ええと、ええと。
私はああでもない、こうでもないと独り言をもらしながら、今朝の私に読ませるメールの文章を考えた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
●十月五日(木)午前六時三十分●(三回目)
ピピピッピピピッピピピッピピピッ・・・・・・。
目覚まし時計にたたき起こされて、あやうく二度寝しかけるが、ベッドからふらふらと抜け出し、勉強机の上のタブレットを起動しながらいすに座る。玄関のドアが閉まる音と母さんが出かける足音。ほほをたたいて眠気を覚まし、メールの着信を確認。あ、来てる!
件名:六行目まで読んだら出発!
本文:
まず、最初に書いておきます。
このメールを最後まで読んでたら、ちこくしてひどい目にあいます。
明日からとどいたメールを読んでちこくした私が書いてるんだから、まちがいありません。
だから、七行目から後は、学校から帰って来てからすぐ読むことにして、六行目まで読んだら学校に出発してください。
(いろいろあるけど、とりあえず漢字テストの用意、がんばれ)
じゃ、朝読むのはここまで。大急ぎで用意して、ちこくしないように、行ってらっしゃい!
きっと、私の頭の周りをよく見ると、?印がたくさん回っていて、ぼんおどりか何かをおどっているのが見えたんじゃないだろうか。ねぼけた頭をひとふりして、それでも私は眠気を追い払った。
明日の私が今日の私にうそをつくわけがない。くわしい事情はよくわからないが、ちこくするとすごくマズいことになるというのはわかったから、大急ぎで学校へ行くことにしよう。
本当は、メールの続きを今すぐ読みたい気持ちもあったけど、思い切ってタブレットの電源を切り、朝の身支度を始める。まずは、一階に下りて朝ご飯を食べなきゃ。
陸兄ちゃんの部屋の前を通る時、ついでにドアを開けて、大きな声で陸兄ちゃんに声をかけた。
「陸兄ちゃん、私、今日、早目に学校に行かなきゃいけないの。だから、のんびりしてたら置いていくね。かぎはいつもんトコ。戸じまりよろしくね」
あれ?これって、私がいつか、だれかに言われた言葉?気のせいかな?
「ううん、昨日にメールを送ることができても、なかなか思う通りにはいかないみたいだねえ」
学校から急いで帰ってきた私は、玄関から中に入るとそのまま自分の部屋に直行、朝から気になっていたメールの続きを読んだ。それは少々長く、分かりにくいところもあるメールで、登校前の時間にこの文章に読みふけっていたら、なるほど、ちこくしてしまうことはあるかもしれないと思った。それは、こんなメールだった。
件名:六行目まで読んだら出発!
本文:
まず、最初に書いておきます。
このメールを最後まで読んでたら、ちこくしてひどい目にあいます。
明日からとどいたメールを読んでちこくした私が書いてるんだから、まちがいありません。
だから、七行目から後は学校から帰って来てからすぐ読むことにして、六行目まで読んだら学校に出発してください。(いろいろあるけど、とりあえず漢字テストの用意、がんばれ)
じゃ、朝読むのはここまで。大急ぎで用意して、ちこくしないように、行ってらっしゃい!
ここまでは、朝読んだ。続きの部分を読み始める。
お帰りなさい。
この部分を読んでいるということは、現在は放課後だよね?
もしも登校前にこの部分を読んでいるのだとしたら、悪いことは言わないから、すぐに読むのをやめて、学校に行きましょう。ちこくは絶対ダメ!
放課後にこの部分を読み始めたのなら、まずは目覚まし時計を午後四時三十分にセットして。
なでなでと図書館に行く約束をしているでしょ?
それにおくれないためと、帰り道をコントロールする時間を確実に守るためです。
そう、図書館からの帰り道をコントロールしなきゃならないの。
理由はこれからくわしく教えてあげるから、今、読むのをいったんやめて、時計をセットして来て。
正直、ちょっとイラっと来た。けれど、何かに夢中になって時間をわすれ、その結果失敗してしまうという経験を、私は山ほどしてきた。だから、メールを書いている明日の私の心配な気持ちもよく分かる。私は、一つ深呼吸すると、目覚まし時計をセットしてから、再びメールの続きを読み始めた。
お疲れ様。
今日は、ちょっとしんどい一日だったよね?
漢字テスト、少しはマシな点が取れた?
校長先生のお説教、長かったよね。
図工の時間、残念だった?
でも、なでなでの作品を見ることができただけでも、幸運だったんだよ。
もしかしたら、あなたは思っているかもしれません。
こんな一日になると分かってたのに、どうして前もって、
学校に行く前に教えてくれなかったの?って。
でも、あなたにそれを教えても、そううまくはいかないの。
どうしてそんなことがわかるんだって?
朝のメールで色々教えてもらったけど、全然うまくいかなくて、
あなたよりずっとひどい木曜日を私が経験したからです。
だからこそ、今日起こる色んなヤなことについて、
あれも直そう、これも変えようとよくばることをやめることにしました。
ただ一つだけ、どうしてもがまんできない最悪のできごとをなくすこと。
このメールのねらいをそれだけにしぼったのです。
どうか、分かってね。
さて、最悪の出来事とは、これからあなたが中村と口げんかをすることです。
今のままだと、あなたは図書館からの帰り道で中村に会って、
そうとうはでに口げんかをしてしまいます。
今思い出しても頭が痛くなるような、ひどい言葉をあなたは言ってしまうの。
そして、そのことを島田先パイにも知られてしまうの。
そんなの、いやでしょ?
だから、未来を変えましょう。
口げんかを防ぎましょう。
方法は、あります。
「中村に何を言われても、相手にしないこと」ではありません。
それに失敗して、私は口げんかしてしまったんだから。
気が短くてけんかっ早い自分の性格、本当にいやになっちゃう。
でもね、「何を言われても、相手にしない」よりも、
もっともっと確実な方法があるの。
中村に会わなければいいのよ!
ね?なんて素敵なアイディアなのかしら。
いい?
杉田橋を渡って図書館から帰ろうとすると、中村と会って、けんかになるわ。
だから、田村橋を渡って図書館から帰ることにするの。
ちょっと遠回りだけど、
杉田橋を渡らないで、田村橋を渡ることにすれば、中村と会わないですむの。
あいつと会いさえしなければ、口げんかなんて起こさないですむってワケ。
ただ、そのためにはなでなでの説得が必要よね。
その方法をこれから伝えます。
ピピピッピピピッピピピッピピピッ・・・・・・。
私がここまでメールを読み進めた時、目覚まし時計が鳴り始めた。いっけない、四時三十分だ。もう出発しなきゃ。メールの続きを読むのをあきらめて、部屋を飛び出した。なでなでを説得する方法は、走りながら考えることにしよう。
「資料、たくさん見つかってよかったね」
私が小声で話しかけると、なでなではちょっと困った顔で返事した。
「うん。でも、難しい漢字が多くて、ちょっと苦労しそうじゃない?」
「だいじょうぶ。わかるとこだけ読んでいって、難しい漢字のトコは飛ばしちゃえばいいのよ」
「わ、さすがアロー!めちゃくちゃだいたんね」
なでなでは、自分の声のボリュームが上がりすぎていることに気が付いて、手のひらで口をおさえた。
ここは、田前市立図書館。私の家から、自転車だと十分と少しで来ることができる、とても便利な場所だ。今日はなでなでと連れ立って、ちょっと調べものをしに来た。杉田橋や田村橋がかかっている中川の両岸の土手を作った人達のことを調べて、来月の学習発表会で発表することにしたのだ。(研究発表の内容は理科じゃなかったのかって?あれはただの虫よけ。理科ぎらいの母さんを寄せ付けないためのにせ情報よ)
「じゃ、関係のありそうなページをコピーしてもらって来るね。アローも家で読みたいだろうから、二まいずつでいいよね?」
「うん。でも、もうちょっとだけ待って。ええと、このおぼうさんの顔の絵は、発表の時に絶対いるよね。あと、このページも・・・・・・」
「ね、そのお坊様の顔の絵、ちょっとナムサンに似てると思わない?」
なでなでの言葉に、思わず声のボリュームが上がる。
「やっぱりそう思った?絶対似てるよね、この目元なんか特に。もしかして、ご先祖様ってやつだったりして?あっ・・・・・・」
私は自分の声の大きさに気付き、周りを見た。幸いなことに、こっちを見ている人はいない。セーフ。
中川は、このあたりじゃ一番大きな河で、川はばは八十メートルくらいあるんじゃないかな。
でも、むかしは台風のたびに川の水があふれて、川岸に住んでる人達はとっても苦労したらしい。
特に、川上にあるがけがくずれて河に大量のどろや倒れた木が流れこむと、それがものすごい勢いで下流に流れてきて、大変なことになったんだそうだ。
毎年、何人もの人が、おなくなりになったと本に書いてあった。
それはかなわないということで、なんとかいうお坊さんが農民に声をかけて、おとのさまにも手伝ってもらって、土手を作ったんだそうだ。ええと、おぼうさんの名前、なんていったっけな。
「あと、ここと、ここも。うん、私が指をはさんでるページ、全部コピーして」
私は気になるページに一本ずつ指をはさんでいく。ぎりぎり、なんとか十か所で収まった。私はにっこりなでなでに本を差し出すが、なでなでは困り顔。
「アロー、それじゃ本が持てないよ。ちょっと待ってて。メモ用紙をもらってくるから、それを一まいずつページにはさみましょ」
なでなでは一度カウンターのところまで行って、メモ用紙をもらってもどってくる。
「さんきゅ。なでなでがコピーしてる間に、はずれだった本をかたづけておくね。あと、ちょっとかりたい本を別に見つけちゃったんで、それの貸し出し手続きを最後にしてくる」
「分かったわ。じゃ、私がコピーして、コピーし終わった本をかたづけ終わるのと、どっちが早いかきょうそうね」
「ほいほい。ゴールは正面玄関でいい?」
「いいけど、もちろん図書館内で走るのはルールい反だからね」
「言われなくても分かってるってば」
「どうかな?相手がアローだとちょっと心配かも?」
「ああ、なでなで、ひっどおい」
「文句は言わないの。ほら、用意、ドン!」
なでなでの合図にいっしゅんかけ出しかけた私は、自分の失敗に気が付いてぺろっと舌を出して見せた。なでなでがプッとふき出しながら、本をかかえてコピー機の方へ歩き出す。私達の小声のやり取りを、顔見知りの司書のおばさんがにこにこしながらながめている。私は小さく照れわらいを浮かべて、自分の仕事にとりかかった。
「おそいよアロー。心配しちゃったじゃない。どうしちゃったの?」
私が正面玄関にたどり着くと、なでなではとっくのむかしに来ていたようで、ちょっとあきれたように声をかけてきた。
「ごめん、ごめん。貸し出しカウンターで私の前に並んでたおじいさんが、貸出カードをなくしちゃったみたいで、ポケットだの財布の中だの探しても見つからなくって、しまいにはカウンターの上にカバンの中身を全部出して探し始めちゃって、ほっとけないから私も手伝ってたの」
「うわっ、そりゃ大変だったね。カード、見つかった?」
「うん、最後にはカバンの底から出てきて、ひと安心」
「そう、よかったね」
そう言うと、なでなでは図書館のスリッパを脱いで自分のスニーカーにはきかえ始めた。
「あ、なでなで、あのね」
私もくつにはきかえながら、話を切り出す。
「帰り道なんだけど、田村橋を渡って帰らない?」
「うん?田村橋を渡って帰るルートだと、ずいぶん遠回りにならない?どうして突然、そんなこと言い出すの?」
心配していた通り、なでなではけげんそうな表情を浮かべた。
「えっ、あ、うん。そりゃ、そうなんだけどね・・・・・・」
私はちょっと口ごもった。いっしゅん、予言メールのことを話しちゃえば簡単じゃないかな、とか思ったんだ。けど、さすがにちょっと信じてはもらえないよなあ、と思い直した。だって、私となでなでが逆の立場なら、私は絶対信じない。きっと、何かのじょうだんだと思って、大わらいしちゃう。
「私ね、父さんに、田村橋は渡らないように言われてるの。あぶないからって」
なでなではスニーカーのつま先で、玄関の床をとんとんと軽くけってくつを足になじませながら言った。
「アローや私が生まれる前どころか、父さんの父さん、つまりおじいちゃんが子どものころに、田村橋はできたんだって。ところが、その時代の建物を建てる時のきまりって、今のきまりと比べるとずっといいかげんで、あんまりがんじょうじゃない材料を使うこともゆるされてたの。で、田村橋は、そのあまりがんじょうじゃない材料を使って建てられたんだって」
そこまでなでなでの説明を聞いた時、私はふと思い出していた。去年、おじいちゃんが駅前の本屋さんのおじいさんと話していたことを。
なんでも、田村橋を建てる計画が進んでた時、実は国のお金を使って、もっと大きくてがんじょうな、今の杉田橋を建てる話もあって、でも、だからと言って進めてきた計画を簡単にゼロにもどすっていうわけにもいかなくて、ずいぶん街の大人達がもめたのだそうだ。
そして、大の大人が何人も集まって相談して出したけつろんが、杉田橋が建ったら、あまりがんじょうじゃない材料を使ってできている田村橋をこわせばいい、という子どものような考えだったそうだ。
しかも、この話にはもっとがっかりな続きがある。計画に多少のおくれはでたけれど、十年後には国のお金で杉田橋が作られた。よほどのことがない限りびくともしない頑丈な橋だ。
さて、当然、十年前の取り決め通りに田村橋をこわそうか、いつから工事に取りかかろうかという話になる。
ところが、その相談がうまくまとまらない。
下田町商店街の人達が中心の、ずっと昔からこのあたりに住んでいた人達と、街の南に広がっていた田んぼをつぶして作られた大きな大きな住宅街に外から移り住んできた人達の意見がすれちがうって言うか、それぞれのリーダーが相手よりも自分の方がえらいんだってことをみとめさせることに夢中になってしまって、おたがいがみとめあったり、ゆずりあったりって感じじゃなくなってしまったらしい。
結局、田村橋の取りこわしのことは、うやむやのまま。街に住む人たちの安全や安心は、宙ぶらりんになったまま、いつの間にか忘れ去られてしまった。
「だからさ、アロー、私、できたら田村橋を渡りたくないの。そういうわけにはいかないかな?」
なでなでの問いかけに、私は我に返った。
図書館の玄関で、私の親友はちょっぴり首をかしげて私をふり向いている。
うむむむ。でもでも、杉田橋を渡って帰ると、私は中村と大ゲンカしちゃうのよ。まいっちゃったなあ。追いつめられた私は、なでなでの動物好きなトコにつけこむ作戦に出ることにした。ごめんね、なでなで。
「なでなでさ、まだ見てないでしょ?」
「え、なになに?」
「田村橋のちょびっと上流に、カモの夫婦が住み着いてるよね?」
「うんうん。オスは頭が鮮やかなグリーンで、とってもオシャレさんよね。メスの白と茶色の羽も落ち着いてて好きだけど。いつもいっしょに仲良く泳いでるの、何度も見たことがあるわよ」
「あれ?なでなではオスの方がオシャレさんだって思う?私は逆だなあ。メスの地味な色使いが『大人の女』って感じじゃない?」
「あ、それは言えてるかも。ちょっとお姉さん的な?そんなところに目をつけるとは、やるな、アロー」
なでなでが妙なところに反応して、話がちょっとずれていきかけるのを、私はあわてて立て直す。
「それでね、それでね、そのカモの夫婦が、最近、子ガモを連れて泳いでるのよ」
「え、子ガモ?」
「そうなのよ。ちょこまかちょこまか親鳥の後をついて泳いでるの。かわいいったらないわよ。最近って言っても、初めに見たのは運動会前だったから、もう、ちょっと・・・・・・いや、ずいぶん大きくなったわよね。子ガモの成長って速いもんね。今のうちにちゃんと見とかないと、かわいい時期は短いもんね」
私は何とかなでなでの関心を引こうと、くちびるを前に突き出して、カモの顔まねをしておどけて見せる。
「わあ、子ガモ見たい、見たい、見たい」
なでなでがじだんだをふむ。それに調子を合わせる私。
「見たいでしょ、見たいでしょ、見たいでしょ?仕方ないから田村橋渡って帰ろ」
「分かったわよ、子ガモにやられちゃったわ。出発よ」
そう言って、なでなでが自転車置き場の方へ走り出し、私はそれを追いかけながらからかう。
「田村橋はボロくてあぶないんじゃなかったの?」
なでなでは自転車置き場から自転車を引っ張り出しながら、やけくそみたいに答える。
「何よ、今まで何もなかった橋が、私が渡ったらこわれるっていうの?私の体重を心配してくれちゃってるわけ?むしろアローの体重の方が心配なんですけど」
「ああ、それ言っちゃう?」
大声でふざけあいながら、私たちは図書館を出発した。田村橋へ。中村とのみっともない大ゲンカは、無事、さけることができたのだ。バンザイ!
「あいた」
田村橋までたどり着いた私は、思わず言葉をもらした。河はいつもよりもずっとたくさんの水がはげしく流れていて、カモの姿はどこにもなかった。
「ありゃあ、これはいくらなんでも無理ね」
黄土色の水面を見ながら、なでなでも残念そう。自転車を道の端に止めて、カモがいたはずの上流に目を向け、ゴウゴウと音を立てながら流れてくる水を見つめる。
そうだった。水曜日の昨日、台風が通過したんだった。この辺りは大した雨もふらなかったから、なんとなくわすれてしまっていたが、北にそれた台風は、県北、つまり中川の上流に大雨をふらせたのだった。がけくずれが心配されているって天気予報でも言ってたのを、今になって思い出した。
「アロー、これは仕方ないよ。残念だけど、出直そう」
なでなでが、自転車のスタンドを上げながら苦わらいしている。
「うん。カモの親子はきっと今だけどっかにかくれてて、きっともどってきてくれるよね」
「だいじょうぶ。心配ないよ。だから、明日か明後日にでも、もう一度会いに来てみよう」
そんなことを言いながら、私達は自転車をおしながら田村橋を渡った。言葉とは反対に、カモの親子のことが心配で、ずっと水面に目を泳がせながら。
と、のんびり歩いていた私達の耳に、ドーンという大きな音が、上流の方から聞こえてきた。何の音だろう?何か、大きな物と大きな物がぶつかったような、でも、金属的な音ではなかった。
なでなでに目を向けると、なでなでも首をかしげて不安そうに上流を見つめる。私も、なでなでが見ているあたりをのぞきこむ。もう、日が沈んでいて、あたりはうす暗い。ん?なんだあれは?水面が、ぐわっと盛り上がったように見えた。
「ヤバい!なでなで、もどろう!」
私は自転車をユーターンさせて、さっきまでいた岸を目指して自転車を走らせ始めた。なでなでとすれちがいざまに、もう一度さけぶ。
「何してんの、ヤバいって、アレ!」
なでなでが、いっしゅんだけ、まよった。自転車をユーターンさせるか、自転車を放り出して走り出すか。
ああ、もう!どっちでもいいから、すぐ動き出して!今はまようことが一番自分の首をしめるんだって!
ガシャガシャと音を立てて、なでなでが自転車をユーターンさせたのが分かったが、私にはふり返るよゆうなどなかった。上流の方からズズズズッと、小さいけれどおなかの底までひびく、不気味な音が聞こえてきていた。音は、みるみるせまってきている。
私達の他にも、河の異様な気配に気づき、周りを見回したり、耳に手を当てて周囲の音を聞こうとしている人達が現れ始めていた。
そんな人達をかわしながら、私は全力で自転車を飛ばす。何かが、私を内側からつき動かしている。ここにいちゃいけない。岸まで逃げなくちゃ。なぜそう思うのかわからないが、自分の体が、その直感にしたがってやみくもに自転車をこぐのを止められそうもなかった。
横目で上流をちらっと見る。さっきは遠くの方に見えていた、ぐわっと盛り上がった水面がすごい勢いで近づいてきている。どす黒い黄土色の水が、ありえない角度でそそり立っている。そこにつきささっているのは、おもちゃのクリスマスツリー?いや、そうじゃない。十メートルくらいはありそうな杉の大木が、根っこごと何本も流されてきているんだ!
私は、首の後の毛が逆立つのを感じた。そんな!杉の大木がおもちゃのクリスマスツリーに見えてしまう大きさの波だなんて!私は自転車をこぐ足に、さらに力をこめる。「急げ。もう少しで橋を渡り切る」むねの中でさけぶ。そのさなか。
「そうか、わかった」
不思議なほど落ち着いているもう一人の私が、私だけに聞こえる静かな声でささやきかける。
「台風が県北にふらせた大雨で、河の水がふえただけじゃない。大きながけくずれが起きたんだ」
ささやきが指し示す、がまんできないほどのおそろしさにすくみ上りそうになりながら、力の限り自転車のペダルをふみ続ける私と、まるで他人事のように落ち着きはらって、何が起きているのか見通し、ささやき続けるもう一人の私。
「がけくずれによって、水の中に落ちたとんでもない量の土も、大木も、そのまま川の流れに流されてスピードを上げる。土手がない時代には、あちこちであふれ、流れ出すことでいつの間にかにがすことができていた力を全部かかえたまま、全てが流れ落ちてくる。まるで、ハンマーがふり下ろされるみたいに」
ささやきに耳をふさがれたように、私の周りから全ての音が消え去った。ついに土手までもどることができた私は、ほとんど飛び下りるほどの勢いで自転車を乗り捨て、ふり向いた。自転車は背後でガードレールにぶつかったはずだけど、その音も聞こえない。
今や、河の異変に気づき、にげるためにこちらに向かって走っている人達の悲鳴も、少しずつ大きくなっているはずの、せまりくる波の音も、全く聞こえない。
その、水中のような静けさの中で、なでなでがこちらに向かってくる。泣きながら自転車をこいで。くちびるの動きで、何かをさけんでいることは分かるが、その声は私の耳にはとどかない。私の心も、きょうふにこおりついたように動くことができず、なでなでを呼ぶことも思いつくことができないパニックじょうたい。
と、その時、横から走りこんできたおじさんにぶつかられて、なでなでがよろける。自転車が橋の手すりにぶつかり、倒れる。なでなでの体が手すりの向こうへ落ちかける。あぶない!息をのむことしかできない私。
なでなでは手すりにしがみついて、何とか河に転げ落ちずにすんだ。よかった。私は思わずその場にしゃがみこむ。なでなでは手すりの内側に下り、自転車をあきらめて、すぐにこちらに向かって走り始めた。
そうだ、のんびりとしているわけにはいかない。とてつもなく大きな波が、すぐそこまでせまってきているんだもの。がんばって、あと二十メートル!
走ってくるなでなでを、声をふりしぼって応援するけれど、周囲の物音も、自分の声さえ聞こえない。ただ、私の視界に二階建ての建物よりももっと高い波が押し寄せる。だめ、間に合わない!?
ドッゴッ!
上流から押し流されてきた大木が、橋げたにぶつかった音を皮切りに、私の耳へ世界の音が押し寄せてくる。
ギッギギギ・・・・・・。
橋全体が、巨大なエネルギーにたえ切れず、ねじれる。まるで、巨人が悲鳴を上げているように。
ドッゴッゴゴゴ!
大木が、とてつもない量のどろが、すさまじいエネルギーをかかえこんだ水が、橋げたに一気におそいかかる。
ダガンッ!
それまでの、どの音とも比べ物にならないほど大きな音がして、ついに橋は最後の時をむかえた。
橋は真ん中あたりで折れ、さらに何本かの橋げたも折れてしまったんだろう。見る間に上流側にかたむいていく。橋の上を逃げまどっていた大人が、子どもが、男の人が、女の人が、自転車の人が、走っていた人が、そして、なでなでが、バランスをくずして上流側に転げてしまう。
手すりの内側に、人間の体が、たまる。その重さにとどめをさされたみたいに、橋がさらにかたむき、河の中に倒れこんでしまう。なでなでは私の目の前で、あばれくるう化け物のような河の流れに飲みこまれ、見えなくなってしまった。
「なでなで!」
水しぶきでびしょびしょになりながら、私は声を限りに親友の名を呼んだ。
「なでなで!なでなで!なでなで!」
けれど、何度呼んでも、なでなでが返事をしてくれることはなかった。もう、二度と、なかった。
私は、涙はかれたりしない、ということを学んだ。
田村橋がくずれ落ちてからパトカーが現場に着くまで、どのくらいの時間がかかったのか、私にはわからない。なでなでを失ったショックでぼうぜんとしていた私は、サイレンを鳴らしてパトカーがやってきたことにも気がつかなかったから。
地面にうずくまっていた私は、私の父さんくらいの年のけいさつ官にだき起こされて、ようやく我に返った。大声でさけびすぎたせいでのどがつぶれて、声が出なくなってしまっていた。口からはヒーヒーという息がもれる音しか出なかった。
私は、そのヒーヒーという音を出しながら、なでなでの姿を求めて、まだあれくるっている河にかけよろうとしたが、おじさんけいさつ官にだき止められた。そのうでからのがれようともがきあばれるわたしのおでこに、熱いしずくがぽたりと落ちてきた。
おどろいて見上げると、おじさんけいさつ官はくちびるをかみしめ、声もなく泣いていた。その涙が、ぽたり、ぽたりと私のおでこに、ほほに落ちてきて、私に、なでなでを永遠に失ってしまったのだと、もう一度気づかせた。止まっていた涙が次から次からあふれてきて、わたしはおじさんけいさつ官にしがみついて、ヒーヒーという音を出しながら、涙を流し続けた。
パトカーで家まで送ってもらい、玄関にむかえに出てきてくれた母さんの涙を見て、また泣いた。
夜もおそくなってから、電話がかかってきて、なでなでの空っぽになった体が海岸で見つかったという知らせを受けて、また泣いた。
父さんにだき上げられ、自分のベッドに入れてもらってからも、ずっと泣いていた。
そして今、いつの間にか泣き疲れて眠ってしまって、夜中にふと目を覚まし、また涙があふれてきているのを感じている。
涙はかれたりしないのだ。
だから、涙を流さなければならなくなる原因を、たたきつぶさなければならない。絶対に。私は、両手のこぶしを固く固く握りしめ、そのこぶしよりもずっと固く決意した。
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●十月五日(木)午前七時十分●(四回目)
「そんな、・・・・・・あんまりだわ!」
三度目のメールの読み直しを終えて、私はつぶやいた。自分が涙ぐんでいることに気づく。
メールの送り主である明日の私は、なでなでが死んでしまったと書いている。その悲げきを起こさないために、協力してほしいとも。悲げきが起こったのは、「彼女にとっての昨日」つまり「十月五日(木)」。そう、今日だ。
ほほに手を当てて、もう一度メールを読み直す。明日の私が求めているのは二点。
一点目は、なでなでが田村橋に行くのを絶対に防ぐこと。元々なでなでには田村橋を渡るつもりがなかったのだから、それほどむずかしいことではないはず、と書きそえられている。そういえば、田村橋は古くてあぶないから、使わないように父さんに言われていると、いつだったかなでなでが話してくれたのを思い出した。
もう一点は、今日、私の身の上にふりかかるたくさんのトラブルについての情報をあきらめてほしいということだった。いろいろな情報をあらかじめ知ることで、今日起こるはずのできごとに思わぬ変化が起こることを防ぎ、なでなでの救出を確実にしたい、と書かれていた。
うん。どんなにつらいことだって、なでなでを失うことに比べたら、そんなの全然大したことじゃない。今日の私の気持ちと、明日の私の気持ちがきちんと重なっていることを確認して、私はタブレットを置き、学校へ行く用意に取りかかった。
「アロー、どうしたの?だいじょうぶ?」
なでなでが心配顔で、私の顔をのぞきこむ。
「あ、うん。だいじょうぶ。なんか、ほこりが目に入ったみたい」
私はあわててごまかした。
いっしょに学校へ行くための待ち合わせ場所は、タコの形のすべり台がある近所の公園。私がそこに行くと、もう、なでなでが待っていた。その顔を見たとたん、私は、また涙ぐんでしまったんだ。なでなでが死んでしまったとしたら、どんなにつらいかとそうぞうして。
「今日も風が強いもんね。昨日の台風の風がまだ残ってるのかしら」
なでなではそう言って、学校への道を歩き出す。
「そうだね。台風はそれたから心配ないって油断すると、痛い目にあうかもしれないよね」
私は、そう自分に言い聞かせながら、なでなでの右にかたをならべた。
朝ごはんに、漢字テスト、ヘチマの種、図工の時間はマジックペンを忘れるし、まったく、ろくでもない一日の前半がようやく終わり。しかも、私ったら、じゅ業中にぼんやり「なでなでが死んでしまったらどんなにつらいか」を考えてしまって、涙なんかこぼしちゃうもんだから、先生にもなでなでにも心配かけちゃって、もう超サイアク。ここからはシャンとしなきゃ。「なでなで救出」って超重要作戦をなしとげなきゃならないんだもん。
なでなでを待ちながら、図書館の正面玄関で、私は両側のほっぺを軽く平手でたたいて自分に気合を入れた。
「あれ、どうしたのアロー?」
コピーしてもらった資料を片手になでなでが現れる。
「あ、いやいや、何でもないよ」
「そう?ならいいけど、今日のアロー、なんだかちょっと変だよ?」
「そうかな?って言うか、私ってふだんからけっこう変だよ」
「あはは、それは言えてるかも」
あわててごまかす私のジョークに、素直に笑いころげるなでなで。ううん、私の大切な親友。絶対死なせはしないからね!
「あ、私、借りたい本を見つけたんだ。ちょっと貸し出し手続きしてくるから、アロー、先に帰って。少し時間がかかるかも」
いやいやいや、それ、あぶなすぎるでしょ。ここで目を離したすきに、「今日は田村橋を渡って帰ろう」なんて気まぐれを起こされちゃたまらない。今日は、なでなでが家にたどりつくまで、べったりとはりついてやるって決めてるんだから。
「わ、ぐうぜん!私も借りたい本があったんだ。いっしょに貸し出し手続きしようよ」
私も急いで館内用スリッパにはきかえ直し、なでなでの背中を追った。そのあと、貸出カードをなくしたおじさんの手伝いをしたり、自分達の貸し出し手続きをしたりで、私達が図書館を出たのは、もうずいぶん日がかたむいてからのことになった。自転車置き場には、私達の自転車だけが残っていた。
「なでなで、帰り道は杉田橋を渡るコースでいいよね?」
私はできるだけさりげなく、なでなでに声をかけた。
「ん?どうして急にそんなこと聞くの、アロー?」
「いや、どうしてってこともないんだけど・・・・・・なんとなく聞いてみただけ」
私はなでなでから目をそらして、ゴニョゴニョとごまかした。そんな私の不自然なたいどに気をとめることもなく、なでなでは自転車のかごに荷物を入れながら言った。
「杉田橋が一番近道になるでしょ。思ったより帰りがおそくなったから、杉田橋を渡ってピューッと帰っちゃおう」
「はいはい、オッケー。杉田橋に向かってゴー!きゃっ、寒!」
図書館を出発した直後に吹いてきた風が意外なほど冷たく感じて、私は上着を着てこなかったことをこうかいした。
ドオンという音がしたのは、ちょうど私達が杉田橋を渡っている時だった。田村橋のある上流の方から、おなかにひびくような低い音が聞こえた。
私は、思わず自転車を止めて、上流の方に目を向けた。メールのことを思い出したからだ。けれど、中川は大きく右にカーブしているし、田村橋はずっと上流なので、もちろんそこから田村橋の様子が見えるなんてことはないんだけど。
「今の音、聞いた?」
私と並んで自転車を走らせていて、私より少しだけブレーキをかけるのがおくれたなでなでが、自転車のわきにおり立ち、ふり向いて私に問いかける。
「うん、ドオンって音でしょ?」
私も自転車からおり、少し前に自転車をおして歩いてなでなでのとなりに行きながら答えた。
「何の音だろ、アロー?」
「わかんない。田村橋がくずれたら、あんな音がする?」
私が最初にそれを思いついたのは、もちろん、朝、予言メールを読んでいたからだ。
「田村橋?ここからずいぶん遠いよ。もし、田村橋からあの音が聞こえたんだとしたら、ものすごい大きな音だったってことだよね」
「そっか。そうだよね・・・・・・」
私達がそんなおしゃべりをしていると、今度は足元の中川から、ゾザザザザッって音が聞こえてきた。おどろいて、橋の手すりから身を乗り出して水面を見る。もう日がくれかけていて、よくは見えない。でも、水面が大きくうねり、波立っている。そう、河なのに大きな波が打ち寄せてきているんだ。
その波に乗って流されてくる大木、へし折れた何かの木材、そして・・・・・・人?波間に流れているそれは、赤いトレーナーを着た小さな子どもに見えた。息をのむ私に、なでなでの声。
「アロー、見た?あれ」
「うん。子どもに見えなかった?」
「うん、見えた。いったい、何が起こったの?」
自分が見たものを信じられず、私達が立ちすくんでいると、今度はいくつものサイレンが聞こえてきた。川ぞいの土手を、消防車や救急車が何台も、下流に向かってすっ飛んでいく。
「アロー!」
「うん、行ってみよう!」
自転車を飛ばした私達が消防車に追いついたのは、もう、日がすっかり沈んだころだった。
うす暗がりの中、土手に人だかりができていて、河原の方を見ながらガヤガヤとさわいでいる。河原には、さっきの消防車や救急車が何台も止められていて、レスキューっていうんだっけ、オレンジの制服を着た人達が、いそがしそうに行きかっている。なんだか、殺気立ったふんいき。
と、河の方でオオとかワアというどよめきが起こり、レスキューの人がびしょぬれの背広姿の男の人を、二人がかりで両側から支えて運んできた。真っ青な顔色の男の人は、いったいどこを見ているのかわからないような、ぼうぜんとした表情のまま、救急車に運び込まれていく。
そういえば、ここに来るまでに、何台もの救急車とすれちがったのを思い出す。なでなでに顔を向けると、目を大きくして、かすかに涙を浮かべている。そのかたがかすかにふるえている。
どんな言葉ではげましたらいいか考えていると、私達のすぐ後でなりゆきを見守っていた男二人の会話が聞こえてきた。
「田村橋が落ちたんだって」
「え、マジ?」
「さっき走ってった救急車の無線を、耳が拾った」
「んじゃ、ここで救助されてる人達って、田村橋を渡ってた人達ってことっすか?」
「たぶんな」
聞いた瞬間、ぐるんってめまい。浅くて速い呼吸。「田村橋はマジで落ちたんだ。あのメールは本当だったんだ」頭の中で大声でさけんでるのは、私自身。メールをうたがってたってわけじゃないけど、ちゃんと実感もなかった私の中で、パチン!とスイッチが入った。
まぶしく、はげしい実感に投げこまれる。私の奥で、ふたつの気持ちがもつれ合う。
ひとつは、事件にまきこまれてしまった人を心配し、気の毒だと思う気持ち。むねがしめつけられるようだ。
けれど、それだけじゃない。もうひとつは、なでなでを死の運命から救出できた!という喜びと、それをやりとげた自分へのほこらしさ、安心感。この場で手を打ってお祝いしたいほどの。
そんなふたつの気持ちにもみくちゃにされて、私はよろよろと野次馬の集団からはなれてしゃがみこむ。とても立ってはいられなかった。
「どうしたのアロー?」
なでなでが心配して、駆け寄ってくれる。それを感じて彼女の肩に伸ばした私の腕はふるえていた。彼女に話しかけようと上げた私の顔は引きつっていた。
「安心して、なでなで。私、やりとげたの」
「え、何、アロー?よく聞こえないよ」
なでなでの聞き返す声が、なぜだか少し遠くに聞こえる。
「なでなで、私、メールをもらったの。明日の私から」
「ん?『明日の私から』?」
「そうなの。簡単には信じられないと思うけど、私、昨日から・・・・・・」
私は、未来の私からメールが来るようになったこと、今朝のメールで、田村橋がこわれるのにまきこまれて、なでなでが死んでしまうかもしれないと知ったこと、そして、そのゆるせない運命から、なでなでを守り切ることができたことを話した。
なでなでは、はじめは信じられない様子だったけど、思ったよりずっとあっさり、私のとんでもない話を信じてくれた。
「ありがとう、アロー。私の命を救ってくれて」
「こんなとんでもない話を信じてくれるの、なでなで?」
「もちろんよ。もしかしたら、どっかにかんちがいが混じってるかもしれない。でも、心から私を救いたいって思ってくれたアローの気持ちが、私は何よりうれしかったの。ありがとう、アロー」
そう言って、なでなでは私をそっとだきしめてくれた。あたたかな涙が次から次からあふれてきてわたしのほほをぬらし、そのしずくがなでなでのかたもぬらした。
「私の方こそ、ありがとう、なでなで。私のこと、信じてくれて」
私はようやく少し落ち着いてきて、なでなでをだきしめ返しながら、お礼を言った。生きていてくれてありがとう、私の大事ななでなで。
「でもね・・・・・・」
そう言うと、なでなでは私の背中に回していた手を私のかたに置いて、そっとおした。ひっついていた私の体となでなでの体は離れて、私の目となでなでの目がぴたりと合った。なでなでは私の目をのぞきこむようにして言った。
「でもね、私、これだけじゃいけないって思うの」
「え、どういうこと?」
私は、なでなでが言っていることの意味が分からなくて、軽く首をかしげた。
「アローが私のことを何よりも大切に思ってくれて、必死で私の命を救ってくれたこと、とっても感謝してる。ありがとう、アロー。でもね、それだけじゃ足りないの」
そう言って、なでなではほほえんだ。ゆっくりと。とてもほこらしげに。
「アローは私のじまんの親友だから」
「えへへ。ありがとう、なでなで。でも、『じまんの親友』はちょっと言い過ぎじゃないかな。きっと、『じまんの親友』はランドセルを丸ごとわすれて学校に行ったり、校長先生にヘチマの種をぶつけたりはしないような気がするよ」
私は、ちょっと照れわらいしながら言った。けれど、なでなではほほえんだ表情のまま、まじめに言った。
「いいえ、アロー、あなたは私のじまんの親友よ。アローは矢。弓ではなく矢。ビューッとどこまででも飛んでいけるエネルギーのかたまり。先生が何と言おうと、周りのみんなが何と言おうと、何度失敗しようと、ねらった的(ルビ:まと)めがけて、一直線に飛んでいく。あなたのその後ろ姿に、私はいつもあこがれていたんだよ」
なでなでが、あんまり一生けん命に話すものだから、置いてけぼりをくらった私はぽっかーん。なでなでは、そんな私のかたをつかんで、前後にぐらぐらとゆらしながら続ける。
「そんな、私にとってあこがれのアローだから、私一人の命を救って終わりじゃ、だめ!お願い。この事故にまきこまれる人達、全員を救って!」
「ちょ、ちょっと待って。落ち着こう、なでなで」
「落ち着こう、ですって?あれを見て!」
そう言うと、なでなでは次々と救急車に運びこまれる人達を指さした。
「アロー、わかる?今は落ち着いてる場合じゃないでしょ?あの人達を救わなきゃ!」
「そんなこと言われたって、私には無理だよ」
「無理なんかじゃないわ。アロー、あなたになら、なんだってできる。現に、私を救ってくれたじゃない」
結局、なでなでの迫力に押し切られて、私はこの事故で死んでしまった人、けがをした人、行方不明になってしまった人達を全員助けると約束してしまった。ええええええっ!
そのあと、私はなでなでの家に寄って、二人で作戦会議をしたの。紅茶を入れてくれたなでなでは、私の前にかわいらしいお花のもようのカップを置きながら、言ったわ。
「紅茶を入れてて、私、グッドアイディアを思いついちゃった」
なでなでの笑顔が、新しいいたずらを思いついたいたずらっ子のように輝いている。
「どんなアイディア?聞かせて聞かせて」
「どうしよっかなあ・・・・・・」
なでなでがわざともったいぶって見せる。私には、なでなでの気づかいがうれしかった。橋が倒れたためにけがをしたり、死んでしまったりするはずの人達を一人残らず全員助ける、だなんて大仕事をしなければならない私を元気づけるために、わざと明るくふるまってくれているんだ。もう、あんたってば、なんて優しい子なの。
そんななでなでの気づかいをむだにしないために、私も明るく言った。
「もう、ケチケチしないで教えてよ。どんなことを思いついたのよ?どんな秘密作戦なのよ?」
「うふふ。聞きたい?じゃあ、教えてあげる。私を引っ張りこむのよ」
「私って、なでなでのこと?もう協力してくれてるじゃないの。私、とっても感謝してるんだよ」
そんなことを言う私の目の前に人差し指を立てて、なでなではそれを左右にふった。
「チッチッチ。おじょうさん、このなでなでのことじゃありませんよ。別の人物です」
「えっ、なでなでじゃないの?」
「いいえ、なでなでのことです。彼女に協力させるのです」
「でも、さっき、なでなでじゃないって言ってたじゃん」
私が口をへの字に曲げると、なでなでは芝居がかった仕草で、自分の胸を親指で指した。
「そう、ここにいるこのなでなでのことじゃありません」
そう言うと、今度は自分を指さしていた右腕をズバッと伸ばした。彼女の伸ばした人差し指の先を見る。そこには、壁かけカレンダー。
「ターゲットは水曜日の私、なでなで。彼女を引っ張りこんで、協力者になってもらうのよ!」
私は、何秒かぽかんとした後、ようやく頭が追いついた。
「なるほど、なでなでにも予言メールのことを教えて、協力してもらうってわけね!」
うなずいたなでなでは、ニヤリと笑った。
「でも、覚悟してよね。私ったら、そうとう疑い深い性格よ。予言メールなんて、そう簡単には信じてくれないはず・・・・・・」
「ぐっ、それはそうよね。なでなでは私とちがって、慎重に行動する方だもんね」
オロオロするばっかりの私をしり目に、なでなではあごをかきながら独り言。
「そうね、確かにひと工夫する必要がありそうね」
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●十月四日(水)午後六時十分●(五回目)
「そっか。アローもあの予言メール通りの水曜日だったってわけね」
なでなでの声は、かすかにふるえていた。雷雨が上がって、窓から見える空は、夕方から夜へと変身し始めていて、いくつか星がまたたきだしている。私は、自分の部屋の勉強づくえの前に座ったまま、私のベッドにこしかけたなでなでにふりむく。
「『アローも』ってことは、なでなでの予言も、やっぱり当たってたってこと?」
「うん、もう気味が悪いくらいバッチリ当たってたの」
そう言って、なでなでは私の勉強づくえに視線を向ける。勉強づくえの上に置いてるタブレットの画面には、今朝来たメールが表示されている。
件名:予言メール
本文:
私は十月五日(木)の夜のあなたです。
このメールは予言のメールです。
朝のうちになでなでにも読ませてあげてください。
十月四日(水)は下のような一日になります。
小畑君はかぜで欠席。
今日の2時間目は小テスト。問題は漢字ドリルの二十二ページ。
昼休みに中村とろうかで正面しょうとつ。
台風でじゅ業は午前中だけ。給食の後、すぐ下校。
夕方、激しい雷雨。
でも、すぐやんでしょう油。
応えん歌で中村に大笑いされる。
ここから先は、なでなでの水曜日。
漢字は百点。
給食時間からずっとグルグル。
初恋は中一。
「『なでなでの水曜日』の予言も、当たってたんだ?」
「うん」
「でもね、なでなで。私の予言もずいぶん分かりにくい予言だけど、なでなでの水曜日の予言は、さらにひどくない?私、ちんぷんかんぷんだよ」
「ごめんね、アロー。この予言、たぶん考えたのは木曜日のアローじゃない気がする」
「え、どういうこと?」
「この分かりにくい予言を書いたの、たぶん私。木曜日の私が予言の言葉を考えて、木曜日のアローに書いてもらったんだと思う」
「んっと?」
私はなでなでの言葉の意味がよくわからず、まいごになりかける。そんな私を見つめながら、なでなでが話を続けた。
「うたがい深い私でも予言を信じることができるように、木曜日の私が、じっくり考えて予言の言葉を考えてるの。順番に説明するね」
そう言って、なでなではタブレットの画面を指さした。
「『漢字は百点。』っていう最初の予言。これはアローが考えてくれた予言なんだと思う」
「どうして?」
「だって、これは予言にならないよ。私、漢字テストはほとんど毎回百点だもん」
うひゃあ。私は何度もまたたいた。私もこんなこと、いつか言ってみたいもんだ。
「そ、それはなんていうか・・・・・・おめでとうさん。じゃあ、その次の『給食時間からずっとグルグル。』ってのは?」
「この予言は、きっと私が考えたんだと思う」
そう言って、なでなでは人差し指をくちびるに当てて、少しの間考えているようだった。が、やがてくちびるをしめらせると、ふたたび話し始めた。
「順番に話すね。まず、今日の給食時間、給食当番だった私の頭の中で、古い歌が流れ始めたの。それが、給食時間が終わっても鳴りやまないで、ずっとくりかえされてたの」
「あ、わかる。そういうことあるよね。どういうわけだか、一つの曲が頭の中で果てしなく自動再生されちゃうの」
「でしょ?今日の私の今日の場合は、『ふえ星人』って曲がグルグルし始めちゃって」
「『ふえ星人』?」
「うん。もともとは、小学生がリコーダーを習い始めたころに、楽しく練習できるように作曲された曲なんだけどね、ちょっと変わった曲なの」
「どんな風に変わってるの?」
「あのね、『シ』だけでできてるの」
「ちょっと待って。『シ』だけでできてるですって?」
私は、すっかりおどろいてしまった。『シ』だけでできてる曲なんて、そんな無茶な。モールス信号じゃないんだから。
「アロー、ちょっと落ち着いて最後まで聞いて。『シ』だけでできてるのはリコーダーパートだけで、ピアノのばんそうは普通なの」
なんだ、そういうことか。私はふき出してしまった。
「もう、そういうことは早く言ってよね」
「ごめん、ごめん」
そう言って、なでなではおがむようなかっこうをした。
「でもね、アロー、私、今日グルグルになったおかげで、フルートを始めたころのワクワクする気持ちを思い出せたの」
なでなでは、むねの前で両手のこぶしを組んで、夢見るような表情になった。
「三才の時にプレゼントされたって言ってたよね?」
「そう。父さんにプレゼントされたフルートを早く吹きたくてうずうずしてた私に、父さんは『シ』の指使いを教えてくれたわ。そして、こう言ったの。『よし、これで父さんといっしょにえんそうするじゅんびができたぞ』って」
父さんの口まねをするなでなで。私はわらってしまった。
「うふふふ。そっか。『シ』だけでできてる曲なら、確かにじゅんびかんりょうよね」
「うん。だから、私はフルートをプレゼントしてもらった十分後には、もう初めての合そうを体験することができたの」
私は、うっとりと思い出にひたるなでなでの幸せそうな顔をながめた。なるほど。新しい楽器を始めるのは、つまんないきそ練習をするためじゃない。えんそうを楽しむためだ。
だから、一秒でも早く、フルートで合奏する楽しい経験を娘に積ませたい、となでなでのお父さんは考えただろう。『ふえ星人』で父さんといっしょにえんそうする楽しさを知ってしまえば、その他のドレミファを覚えるためのきそ練習にだって、力が入るってものだ。
私は、なでなでの父さんの作戦に心の中ではく手した。
けれど、まだわからない部分が残っていた。
「ね、この予言を考えたのがなでなで本人だっていうのは、どうしてそう思うの?」
私の質問に、なでなではにっこりとえがおをうかべた。背中に流していたかみの毛を一束右手ですくい、毛先をながめながら答え始める。
「あのね、もしもアローがこの予言を私に伝えるとしたら、どんな言葉で伝える?」
「ん、そうだなあ・・・・・・」
私は五秒ほど考え込んだ後、ゆっくりと答えた。
「『ふえ星人が頭の中でグルグル』かな」
「そうよね。アローならきっとそう教えてくれる」
毛先をながめるのをやめて、なでなでは私の目をまっすぐに見つめる。なんだか、ちょっと照れくさい。
「じゃ、実験。『ふえ星人が頭の中でグルグル』という言葉で予言を伝えられた私の気持ちになってみて」
「オーケイ。私はなでなで」
目をつむって、私はまほうのじゅもんの続きをとなえる。
「おっちょこちょいの友達に、今朝とどいた予言のメールの話を聞く。『ふえ星人が頭の中でグルグル』ですって」
私のほほが自然にゆるむ。ただし、この喜びは私自身の喜びじゃない。なでなでの喜びだ。なでなでの幸せだ。
「ああ、あの曲!私がフルートで父さんと初めていっしょにえんそうしたあの曲!・・・・・・って、あれ?」
私は、今感じたきみょうな感じにとまどい、つぶっていた目を開け、まゆをひそめた。何だろう、この感じ。何かがちょっとずれてる感じ。でも、その『ちょっと』で、すっかり台無しって感じ。
「ええと、おかしいな。これだと、『給食時間から』じゃなくて『朝から』グルグルになりそうよね?」
なでなでに向けた私の表情がよほどおかしかったんだろう。なでなでがわらい出してしまう。
「そうよね。アローの言う通り、予言のメールに題名が書かれていたら、私は朝からグルグルになってたかもしれない。それだけじゃなく・・・・・・」
「待って、なでなで。自分でたどり着きたいの」
なでなでがこくんとうなづく。私はもういちど目を閉じ、なでなでの気持ちをもう一度なぞり始める。
「そう、それだけじゃない。朝から『ふえ星人』がグルグルになったなでなでは、こう考えるはず。『アローにとどいたメールがきっかけになって、『ふえ星人』がグルグルになった』って。決して『メールの予言が当たった』って感じ方はしないはず!」
ゆっくりと開いた目の先で、両手を組んで私を見つめるなでなでに、私は確かめた。
「そうでしょ、なでなで?」
なでなではゆっくりと二度うなづいてから言った。
「うん、そう考えるにちがいない。木曜の夜の私も、きっと同じ考えにたどり着いたんだと思う。そして、そんなうたがいをいだかせないで、予言のメールをしっかり信じさせるために、予言の言葉からグルグルになる曲の曲名を消したのよ」
私は、軽く口笛なんか吹いちゃう。
「やるな、なでなで。あなたって、本当に考え深い子。感心しちゃうわ」
「ありがとう、アロー。そう言ってもらえると助かるな。私自身は、自分のことを、うたぐり深くてめんどうな性格だなって、ちょっとうんざりしかけてたから。あなたって、ステキね」
「あら、なでなでったら今ごろ気づいたの?私ったらずいぶん前からステキな女の子なのよ」
そう言ってむねをそらせて見せると、なでなでががまんし切れなくてふき出してしまい、それにつられて私もふき出してしまった。
「ねえ、なでなで、最後の予言は当たったの?」
ひとしきり二人でわらった後、私はなでなでの顔を横目で見ながら、さりげなく水を向けた。いや、さりげなくはなかったかもしれない。けど、がまんできなかったんだもん。なでなでは、ひょいとてんじょうに顔を向けて答えた。
「やっぱり、気になる?」
「そりゃあ気になるよ。だって、『初恋は中一。』だよ?気にならないわけないでしょ」
口をとがらせる私に視線をもどしたなでなでは、人差し指を突き付けながら言う。
「だよね!私もすっごい気になったもん」
私は、ちょっとおこったような顔で何度もうなずいた。それほど、気になって気になって仕方なかったんだもん。だけど、なでなではそんな私の様子を見ながら、うすくわらうばかり。
「それがね、アロー、あなたの期待にはとてもこたえられないの。わかってみれば、なあんだってこと、あるでしょ?あれよ、あれ」
そう言って、なでなでは手のひらで自分のほほをなでた。
「実を言うと、私も色々考えたんだよね。『初恋は中一。』っていうの。最初に思いついたのは、私が中一の時に、だれかに初恋をするって意味なのかなってこと」
なでなでの話を聞きながら、私はぶんぶんといきおいよくうなずいた。いきおいがよすぎて、ちょっと頭がクラクラする。そんな私にかまわず、なでなでは続ける。
「でも、それっておかしいよねって気がついたの。だって予言のメールを書いたのは、木曜日の夜のアローで、予言の言葉を考えたのは、同じく木曜日の夜の私でしょ?」
「うん。え、どっかおかしい?」
「ちょっとしっかりしてよ、アロー。木曜日の私達は何年生?」
「え、そりゃ五年生になるのは来年の四月だから・・・・・・あ、そっか!」
「気がついたみたいね。まだ四年生の木曜日の私達が、中一になってからの出来事を知ってるはずがないの」
「おお、なるほどね。ってことは、『初恋は中一。』ってのは、中一の時に初恋に落ちるって意味じゃないわけだ」
「そういうこと。で、そうなると『初恋は中一。』ってのはどういう意味だろうって考えたわよ、じゅ業そっちのけで」
「わあ、いけないんだ。じゅ業中に考え事なんて」
「アローにそんなこと言われても、説得力ないなあ」
「そりゃそうだ。私なんて、集中してじゅ業聞いてる時の方が少ないもんね」
ケラケラとわらいだしてしまう私達。先生ゴメンナサイ。
「でね、思いついたの。初恋の相手が中一なんじゃないかってこと」
なでなでは熱っぽくそう言った。
「おお、三つも年上?なでなでったら、おしゃまさん!」
「アローもそう思う?私も思いついた時、同じこと思ったよ。だって、『初恋は中一。』だもんね。初恋の相手が中一としか考えられないよね。でも、四年生の女の子が、中学一年生の男の子に恋をするなんて、ちょっとじゃなくだいたんだよね!」
「落ち着け、なでなで。なんか、目がうるんでるぞ」
「これが落ち着いていられますかっていうのよ。だって、今日まで私に中一の男子の知り合いなんていなかったのよ。これがどういう意味だか分かる、アロー?」
「ん?どういう意味なの?」
なでなでのいきおいについていけずぼんやりと答える私に、なでなではじれたように両うでをぶんぶん回しながら言いつのる。
「今日、その初恋の相手に出会って、そして恋に落ちるって意味じゃないの!キャー、どうしましょう!」
「キャー、そうなのね、そうなのね!」
いつもと様子のちがうなでなでになんとか追いつこうと、私もテンションを上げる。が、とつじょなでなでは冷めた表情になり、私のかたにぽんっと両手を置いた。
「・・・・・・と、まあ、そんな具合で私は午後を過ごしてたわけ。いつ運命の人にめぐり会うんだろうとドキドキしながら。でも、これがかんちがいだったのよねえ」
さっきまでのこうふんがうそのように消えてなくなったなでなでは、大きなため息をついた。
「っていうか、からかわれたのよね、木曜日の私に」
「ええ、そうなの?」
「うん、きっとそうなの。『初恋は中一。』なんて予言のメールに書いておけば、私がこんな風にまい上がっちゃうことを知ってて、未来の私がからかったのよ」
「ええ、じゃ、『初恋は中一。』はうそだったの?」
私はくちびるをとがらせてなでなでを見た。なでなでは首を横にふり、続けた。
「いいえ、うそではなかったの。まぎらわしかっただけ。今日、雷雨がふったでしょ?」
「うん、ふったふった。わたしびしょぬれになっちゃったもん」
「あの雷雨がふり始めたのが、ちょうど私のピアノのレッスンが終わったタイミングでね、車でむかえに来てくれるように家に電話して、それを待ってたの。いっしょにレッスン受けてる子と、ピアノの先生とおしゃべりしながら」
なでなでの声を背中で聞きながら、私はドアのわきにある電とうのスイッチをオンにした。気がついてみると、部屋はずいぶん暗くなっていた。窓のむこうはすっかり夜空だ。
「いっしょにレッスン受けてる子、美空ちゃんていうんだけど、ちょっとおもしろい子なの」
私は聞きながら、勉強づくえの前に再び座った。なでなでの父さん、母さんは、今日は仕事がいそがしくて、なでなではうちで夕食を食べることになっている。時々そういう日があるので、私もなでなでも慣れっこだ。
「私達、ちょっと前から新しい曲のレッスンを始めたの。ええと、石川たく木って分かる?」
「『ふるさとの なまりなつかし 停車場の 人ごみの中に そをききにゆく』だっけ?」
「わ、しぶいチョイス!」
「図書室の司書の先生が教えてくれたの。なんだか、さびしさをきれいに短歌にする人だよね」
「そうかな?私は、ちょっときびしいトコのある人だったのかなって思うけど。ま、その石川たく木の作った短歌に、こんなのがあるんだ」
そう言うと、なでなではベッドから立ち上がり、両眼を閉じた。胸の前で両手をおたがいに握る。
「『砂山の 砂に腹ばい 初恋の いたみを遠く おもい出づる日』」
静かに目を開き、手をほどいてベッドに腰かけたなでなでは、でも、まだ遠くを見つめているような様子だった。私は、今は話しかけてはいけないような気がして、なでなでの次の言葉を待った。深呼吸をするくらいの時間をおいて、なでなではにっこりわらい、話し始めた。
「この短歌にメロディをつけた人がいるの。越谷達之助って人。その曲をピアノで練習してるの。先生と、美空ちゃんと、私で」
石川たく木の短歌にメロディをつけるって発想が面白いなあ、と思いながら、私は相づち。
「うんうん、それで?」
「うん。美空ちゃんが言ったの。『初恋のいたみって、なんだかこわいね』って・・・・・・」
「『初恋のいたみ』か・・・・・・確かにちょっとこわいかも・・・・・・」
「でしょでしょ?私もちょっと思ったのね。こわいかもなあって。私達って、まだ恋をしたことがなくて、だから恋ってどんなものなのか、よくわからない」
「うん。だれかを特別に好きになることがあるらしい、くらいのことは物語やマンガでぼんやり知っているけれど、自分で感じたことのないことだから、『どのくらいわかってないか』すらわかってない、すごくぼんやりした知らなさっていうか」
「そうそう。なのに、『どうも、胸の奥がキュンとするらしい』みたいなきれっぱしの情報に舞い上がっちゃったり、ときめいちゃったり」
「わあ、なでなでもやっぱりそうなんだ」
「そりゃそうだよ、『初恋』だもん!」
両腕を左右に広げながら、なでなでは強い調子で言った。けれど、その両腕はすぐにだらりと力を失う。
「そうなんだけど、そんな私達が石川たく木の初恋の短歌に出会っちゃうと・・・・・・」
なでなでは、くちびるをとがらせて私の方に視線を飛ばす。私はそれを受け止めきれないで、うす暗い天井を見上げて言う。
「・・・・・・だねえ。『初恋のいたみ』かあ・・・・・・」
なんだか迷子になってしまったような心細い気分で、今度は私がなでなでに視線を飛ばす。すると、意外なことになでなでは私の視線をバッチリ受け止めてくれた。そして、こう言った。
「美空ちゃんとも、こんな話をしてたの。なんだか心細いねって。そうしたら、ピアノの先生の泉先生が、私達のおしゃべりを聞きつけて、話してくれたの。自分の初恋の話を」
私は、以前、なでなでのピアノの発表会に行った時に見かけた、背が高くてほっそりとした、かみの長い女の人の姿を思い出していた。あの人の初恋・・・・・・。
「ねえ、アロー、私達って足りてないの」
なでなでがとつぜんそんなことを言い出すものだから、私はびっくりしてしまった。
「え?まあ、そうかもね。まだ子どもだし」
私の返事に、なでなでは首を横にふった。
「そうじゃないの。大人だとか、子どもだとかの話じゃなくて、私達はまだ半分なんだって」
「半分?なでなで、何のこと?」
私の言葉に答えようとして、でもなでなでは少しの時間、だまって考えこんでた。そして、くしゃっとわらって言った。
「ごめん。本当は私もちゃんとわかってはいないの。でも泉先生はそう教えてくれたの」
「どういうこと?先生はなんて言ってたの、なでなで?」
私がそう聞くと、なでなでは自分の胸に右手をそっと当てて、話し始めた。
「人間はだれでもかたっぽの手ぶくろ。泉先生はそう言ってたの」
「かたっぽの手ぶくろ?」
「そう、かたっぽの手ぶくろ。右手かもしれないし、左手かもしれない。青いかもしれないし、黄色かもしれない。それは人それぞれ。でも、とにかく、みんなかたっぽの手ぶくろなの」
そこまで言うと、なでなでは右手をかたの高さまで上げて、てのひらを私に向けて、五本の指をワキワキと曲げて見せた。そして、また話し始める。
「親指、人差し指、中指、薬指、小指。五本ともそろってるから、これで自分はだいじょうぶって思いこんでる。まさか・・・・・・」
右の手はそのままで、今度は左手をかたの高さまで上げて、てのひらを私に向けて、五本の指をワキワキと曲げて見せる。そうして、しばらく両手で指をワキワキさせると、指をのばしたところで動きを止めて、左右のてのひらをぴたりと合わせた。まるで、何かをお願いしてるみたい。
「まさか、自分とセットになるもう片方の手ぶくろがどこかにあるなんて、思いつきもしないで」
私は、思わずパンと両手を打った。
「分かった!その『もう片方の手ぶくろ』が、恋する相手なのね?」
「その通り。恋をすると、そのことに気づいてしまうんだって。自分ひとりじゃ足りないんだって。必ず、その人といっしょにいなきゃ、足りないんだって」
言いながら、なでなでは合わせていた左右のてのひらの指を開き、たがいをにぎった形にする。私にはそれがだき合う恋人同士に見えてしまって、ほほが熱くなるのを感じた。思わず、独り言をもらす。
「・・・・・・『かたっぽの手ぶくろ』か・・・・・・」
「そう。自分がそうなんだって気がつくのが、初恋ってことなんだって。泉先生がそれを知ったのが、中一の時だったんだって」
「へ?」
変な声が出ちゃった。
「思い出して、私達が何を話していたか。『初恋は中一。』ってそういうことだったの。私達、明日の私にからかわれてたのよ」
十月十四日の夜は、何だかむしむしと湿気が多くて、風の強い夜だった。母さんと一緒になでなでを彼女の家まで送っていった帰り道。私は、どうしてか胸がざわついて、母さんの話にも上の空だった。
●十月五日(木)午前七時五十分●(五回目)
件名:予言メール
本文:
おどろかないでね。
今日、十月五日(木)の夕方五時五十三分、田村橋がくずれ落ちます。
台風が連れてきた雨雲が中川上流で降らせた大雨と、土砂くずれが原因です。
あなた達が何もしなければ、何人もの人達が、あばれくるう中川にのみこまれて、死にます。
この悲しい未来を、なでなでと協力して変えてください。
お願い、あなた達だけが頼りなの。
「ええと、どうしたらいいと思う?」
なでなでの目が、メールを三回読み直したタイミングで、私は声をかけた。いつもと何も変わらないように見える朝の通学路。いつもと変わらない、たいくつな一日が始まることを予感させる風景。でも、今朝、未来の私からとどいた予言のメールは、たいくつと正反対の内容だった。
「ええと・・・・・・」
さすがのなでなでも、ついていけてないって感じ。どこを見ているのかわかんないような表情を私に向ける。そりゃそうだよね。
「なでなで、深呼吸、深呼吸」
「あ、うん」
なでなでがゆっくりと深呼吸する。フルートを趣味とするなでなでの肺活量は、ちょっと人並外れている。六年の男子なんて、相手にならないレベルだ。そのなでなでの深呼吸だもん。一回の「吸ってはいて」が長い長い。となりでながめていた私まで、なんだかちょっと落ち着いてしまった。
「ありがと、アロー。ずいぶん落ち着いた」
そう言ってにっこりわらうなでなでを相手に、まずかくにんする。
「昨日の予言のメールの正確さから考えると、この予言も、きっと的中するんだよね?」
「そうね。むしろ、今日の予言メールに書かれている事故を防ごうと、本気で行動させるために、昨日の予言メールで私達の信用をえることをねらってたんじゃないかしら」
「なるほど、そりゃそうだよね。最初の一通がこれだったら、だれも本気にしないわ」
私は、たははとわらって頭をかく。
「だけど、この事故、どうやって防いだらいいんだろ?なでなでにアイディアあり?」
「今のところないなあ。無理なことを一つずつ、つぶしてみようか」
「オッケイ。まず、台風が来るのを私達が防ぐことは無理だよね?」
「アロー、それたぶん、世界中の人間が束になっても無理だから」
「あ、そかそか」
おしゃべりしながら歩いていると、通学路だから前後に同じ学校の子の姿がふえてくる。でも、まさか私となでなでが、不吉な予言をひっくり返すためのアイディアを出し合ってるなんて、だれも想像できやしないだろう。むふふふふ。
「大雨もきっと同じだよね」
「そうね。百年もしたら、お天気をあやつれる機械なんてのも発明されてるかもしれないけど、今日の夕方までにっていうのは、ちょっと無理よね」
なでなでが天をあおいでため息をつくと、道路の向こう側の歩道を歩いている一年生くらいの男の子が、どうしたんだろうと心配そうに見つめる。やっぱし美人はとくだ。そんないらないことを考えながら、私は話を続けるなでなでを見た。
「がけくずれなら、私達みたいな子どもじゃなく、大人の人達が本気になって、何年もの時間とたくさんのお金をかければ防げるかもしれないけど、明日となると全然無理。ううん、やっぱり手ごわいわねえ」
「同じように、橋がくずれ落ちるのも、防ぎようがないよね」
私達は、ちょっとの間だまりこんでしまった。現実を変えるって宿題は、小学生二人にはちょっときびしすぎるかもしれない。そんなことを思った。
学校が近づいてくる。げた箱のある子ども用玄関には、くつを脱ごうと立ち止まっている子、げた箱にくつを入れようとしている子、立ち止まって何かおしゃべりしている子で大こんざつ。こんな時に学校がくずれ落ちたりしたら大変だ。いったい、どれだけのけが人が出ることやら。もしも、どうしてもくずれ落ちなきゃならないんなら、せめてだれもいない真夜中にしてほしいもんだ。そんなことを考えて、私は気づいた。
「そうか!」
思わず立ち止まった私。後から歩いてきた子がドスンとぶつかった。ごめん。
「なでなで、わかったよ。学校は真夜中にくずれ落ちたらいいのよ」
「えっ⁉」
びっくりしたなでなでがふり向いて私に注目。目が真ん丸になっている。
「アロー、だいじょうぶ?」
「ごめん、ごめん。言い方が悪かった。今のはわすれて」
なでなでに手招きし、こんざつから逃げ出すために、子ども用玄関のわきの花だんの前へ。
「田村橋がくずれ落ちてしまうのは残念だけど、私達子どもじゃ、どうしても防げない。だから、あきらめよう。その代わりに、無人の時にくずれ落ちてもらおう」
なでなでがパチンッと指を鳴らす。
「わかった!田村橋がくずれる時間は分かってるんだから、その時にだれも橋を渡っていないように細工するのね。それなら、きっと不可能なんかじゃないわ」
「でしょでしょ?」
「で、どうやって、あの人通りの多い田村橋を無人にするの?」
「え、あ、いや・・・・・・それはね、それはこれか考えなきゃね」
もう、なでなでったら、私をだれだと思ってるの?天下のアローちゃんよ。そこまで考えないで、無鉄砲にビューッと飛んできたに決まってるじゃないのよ。
「ねえ、先生、おいそがしいトコ悪いんですけど、ちょっと話、聞いてくれませんか?」
教室についた私は、ランドセルを置くやいなや、みんなの宿題に目を通している西池先生に駆け寄り、話しかけた。
「アロー、校舎内は駆け回らないコト」
先生が『先生の思うこわい顔』で注意する。全然こわくないけど、私は頭を下げる。おはようのあいさつみたいなもんだ。
「はい、すみませんでした」
きちんとあやまれば、先生はすぐにいつものやさしい顔にもどって聞いてくれる。
「で、何だ?」
「あの、研究発表なんですけど」
「何だ、お前、まだ逃げ回るつもりか?」
西池先生はまゆ毛の間にしわを寄せて、あきれたような顔をする。
「いえいえ、とんでもない。逆です。私、超いいこと思いついちゃったんです」
「超いいこと?なんだそりゃ?」
「まだ秘密です!」
「秘密だって?おい、また変なこと考えてんじゃないだろうな?」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。もうね、パーフェクト!完ぺきです」
「本当かなあ?心配だなあ?」
先生は言葉とはうらはらに、にやにやとからかうような表情で私を見た。私は心の中で冷や汗。だって、本当は何にも思いついてないんだから。でも、メールの予言を防ぐための作戦会議の時間がどうしてもほしくて、何とかふみとどまる。
「そんなことより、先生、ピンチだよ。分かってる?」
「何のことだよ?」
「台風だよ、台風。へたしたら、昨日みたいに強風けいほうが出て、今日も昼で下校なんてことになるかもしれないよ。ね、なでなで」
私と先生の会話を横で聞いていたなでなでが、会話に入ってくる。
「ええ。先生、強風けいほうのこと、朝食の時に父が言ってたんです。午後のじゅ業が中止になると、ちょっとピンチですよね」
朝ごはんじゃなく朝食。父さんじゃなく父ときた。できる女は一味ちがうね。私の言葉を聞いた時にはのんきな顔してた西池先生、なでなでの言葉に深刻な表情になる。
「そうか。午後に予定してた研究発表の用意の時間がなくなると、昨日予定していたのと合わせて三時間がつぶれることになるなあ。確かにマズいな」
うちのクラスは、学習発表会で自由研究の発表をすることになっているのだけど、これの用意が大幅におくれて、大ピンチになっている。ま、中でも一番おくれてるのは、発表の形も決まってない私のグループなんだけど。今日の午後の二時間が、その研究発表の用意をする時間として予定されていたんだけど、もしもその時間が強風けいほうで吹き飛ぶと、本格的にまずいことになるのだ。(ただし、強風けいほうの話は私となでなでのでたらめで、天気予報でもそんな話は一切してはいないんだけど・・・・・・てへ、ごめんね、先生)
「そうだよ、マズいよ。げきマズだよ」
私は先生の不安をあおった。それに大まじめな顔でなでなでが乗っかる。
「先生、ここは予定を変こうして、一時間目と二時間目に研究発表の用意をしてはいかがでしょう?幸い、一時間目の国語も二時間目の理科も、教科書より速いペースで学習が進んでいますし」
なでなでの具体的なてい案が、先生の背中を力強くおした。
「なるほど、そのセンで行こう」
そう言うが早いか、先生は立ち上がって教室の正面に向かって歩きながら、教室にいる全員に向かって話し始めた。
「みんな、聞いてくれ。今日の予定を変こうします。国語と理科を午後に回し、一時間目と二時間目は、午後に予定していた研究発表の用意の時間にします。先生はこれから理科の山田先生に時間割変更のお願いに行ってくるから、みんなはさっそく研究発表の用意を始めてください」
早口でそう言って、教室を出ていきかけた先生をナムサンが止める。
「先生、黒板に書いてある漢字テストはどうすんの?」
「あれは午後のじゅ業でやろう。今は研究発表の用意が最ゆう先だ」
そう言い残して、今度こそ先生は教室を後にし、しょく員室へ向かってダッシュ!これこれ西池クン、校舎内は駆け回らないコト。
「ううん、田村橋を渡らせない方法ねえ・・・・・・」
私はえんぴつを上くちびると鼻の間にはさみ、うで組みをした。けっこう強引に研究発表の用意のための時間を一、二時間目に引っ張り上げたけど、本当は、先生にちらつかせた『超いいこと』なんて、ちっとも思いついていない。ただ単に、予言メールが本当になるのを防ぐ方法を考える時間が早くほしかっただけだ。研究発表の用意の時間は、グループごとにあちこちで活動することになるので、先生はそれぞれを見回ることになり、そういうよそごとをするには絶好のチャンスなのだ。先生、ごめんね。
「けいさつに知らせる?」
私の問いに、しかし、なでなでの反応はにぶい。
「電話でもかけるの?なんて言うつもり?」
「そりゃ、だから、『今日の夕方田村橋がくずれ落ちるんで、通行止めにしたらどうですか』って・・・・・・」
「それ、本気にしてくれると思う?いたずら電話あつかいされるだけよ」
「そうかな?」
「そうだよ。万が一本気で聞いてくれたとしたら、今度は犯行予告電話になっちゃうし」
「あ、そっか。今日、橋がくずれ落ちるなんて私達以外知らないんだもんね」
「下手するとたいほされちゃうよ」
なでなでがこわい顔で言うもんだから、私はあわてた。
「わわ、ごめんなさい。けいさつにはたよりません。だから、たいほしないで」
「じょうだんよ、たいほなんて」
なでなでがクスッとわらう。安心した私は次なるアイディアをてい案する。
「うわさをばらまくっていうのは?『田村橋にはゆうれいがいて、目が合うとのろわれる』とか」
「今からどうやってうわさをばらまくつもり?橋がくずれ落ちるのは夕方の六時よ。とても間に合わないわ」
「あそっか。ううん」
「それに、そんなうわさが広がったら、そのゆうれいを見てやろうって野次馬が集まって、かえって人が多くなっちゃう」
「あっちゃあ。それ、すごくありそう。特にうちのクラスのバカチン男子達とかね」
話題のバカチン男子達が何かでばか笑いしているのを横目に、何かヒントになるものがないかと教室を見渡す私の目に、理科大好きグループが中川の河原に住む虫の研究発表のためのパネルを描いているのが飛びこんでくる。
「そうだ!あのね・・・・・・」
私はノートのすみっこにこちょこちょと落書きする。
「こんなね、実物大のゴキブリの絵を、プリンターでシールに印刷して、橋にはりつけるっていうのは?ゴキブリでびっしりうめつくされた橋なんて、気持ち悪くて私なら絶対渡らない!」
人差し指を立てて、自信たっぷりに言い放つ私に、けれどなでなでは苦い表情。
「よほどうまく作っても、シールだってのはバレバレじゃないかしら。それに車の人には気づいてももらえないと思うわ」
「ぐぬぬぬ。なかなか手強いのう」
くやしくてくちびるをとがらせていた私は、先生がこちらに歩いてきていることに気づく。マズい、見回りだ。研究発表の用意をしているフリをしなきゃ!
「なでなで、私達の強みを生かすのよ」
『君達ひとりひとりの強みを生かせ』っていうのが西池先生の口ぐせだ。とりあえず、それを口にしてみた。けど、先生に背中を向けているなでなでは、てきの接近に気づいていない。
「強み?それって橋と関係あるの?」
「もちろん、もちろん。順を追って説明するね。なでなで、あなたの得意って何?」
「フルート・・・・・・かな」
「そうよね。なでなでのフルートを聞くと、ワクワクしちゃうもん」
私は、先生がせまってきてるぞって目で合図するんだけど、なでなではいっこうに気づいてくれない。
「私のフルートで、橋を渡らなくさせるって言うの?そんなことできるかしら?」
先生は、もうそこまで来ている。大ピンチ!私の心の中で、ヴィーッヴィーッと何かのけいほうが鳴り響く。
「できるわよ!見る人の心を動かすような研究発表、これよ!」
でたらめをわめきたてる私に、先生が声をかける。
「お、アロー、何か熱くなってるな」
「はい、先生。今、なでなでの強みのフルートを研究発表に生かすことってできないかなって話してたんです」
「フルートで研究発表?音楽げき仕立てにするってことか?相変わらずアローはアイディアマンだな」
「ありがとうございます。朝言ってた秘密って、これだったんです!」
むう。これだけデタラメをすらすらと並べられる自分にちょっとあきれながら、私は調子を合わせた。先生は、そんな私をうたがおうともしないで、さらに続ける。
「確か、お前たちの研究テーマは『中川の土手作りの歴史』だったよな。地域開発の歴史はストーリー性もあるし、音楽げきにしやすそうだ。友達の強みを生かそうっていう発想も気に入った」
「歌詞も考えたんです。『中川は あばれ川 毎年のように大水で 田んぼも村も 水びたし』こんなのどうでしょ?」
「うんうん、いいじゃないか」
先生はノリノリだが、置いてけぼりを食ったなでなでは、話についてこられず、ポカーンとしている。何とか彼女を話に引っ張り込まなきゃ。
「そうだ!なでなで、リコーダーでさ、あれふいてみてよ。昨日話してた『ふえ星人』」
「ん、いいけど」
なでなでがロッカーからリコーダーを出してくる間に、先生に『ふえ星人』のことを簡単に説明する。
「この曲なら、研究発表を聞いてるお客さんも、ただ聞くだけじゃなく、えんそうに参加できると思うんですよね」
「なるほど、お客様も参加できる研究発表ってわけだな」
「ですです。研究発表って、聞いてる方はどうしても退屈になっちゃうでしょ?それって、完全に受け身だからだと思うんですよね。でも、自分もえんそうに参加するとなると、退屈なんてふきとんじゃうっていう・・・・・・」
出たとこ勝負のでたらめな説明しているうちに、なでなでがリコーダーを出してきた。なでなでがふく『ふえ星人』に合わせて、私はさっきのその場で作った中川の歌をうたってみる。いくつかうまくいかないところもあったけど、歌詞を少しずつ変えていくと、何とか歌っぽくなった。
この頃になると、私達の周りには、何が始まったんだときょうみを持った他のクラスメイトが集まってきていた。そこで、リコーダーをふく役割を希望者にやってもらい、なでなでには教室のすみに置いてあるオルガンでばんそうをしてもらった。ぐん!と音楽っぽくなる。
「おもしれえじゃん、これ」
いつもの音楽の時間はすみっこで小さくなっているニャンコが、自分のロッカーから持ち出してきたリコーダーを手に、はしゃいだ声を上げる。混ざる気満々だ。
「な、おれ、えらいおしょうさんの役をやりたいんだけど、入れてくれないか?」
おしょうさんがお経をあげる時みたいに両手のひらを合わせたポーズで、ナムサンが私となでなでの顔を見比べながら言い出す。その様子が、図書館の資料の中に見つけた、あのお坊さんの絵にそっくりで、私となでなでは吹き出してしまった。笑っている私達をけげんそうな表情で見返すナムサンには気づかないふりで、私は西池先生に言ってみた。
「先生、私達の研究発表、メンバーをふやしてもかまいませんか?」
にぎやかなことが大好きな西池先生が、勢いに乗った私達の提案を断れるはずがない。
「わかった、お前達の好きなように、ちょっと走り出してみろ。先生は、音楽室の楽器を貸し出してもらえるように、音楽の先生にお願いしてやるから」
スキップし始めそうな足取りで教室を出ていく西池先生の後ろ姿に、ちょっと気の毒なったけど、私は研究発表の打ち合わせに集中した。
結局その時間は、田村橋を渡らせない方法は横に置いといて、音楽げきのセリフや歌の歌詞を考えたり、合そうの練習をしたりで終わってしまった。こんなんで大丈夫かよ?と自分に突っ込みを入れながら、それでも私は、研究発表の準備を思いっ切り楽しんだ。
「『ハーメルンのふえ吹き』って知ってるよね?」
なでなでが話しかけてきたのは、二時間目が終わって図工の用意をしている時だった。突然の問いかけに、私は首をかしげながら答えた。
「うん、笛の上手い男に子ども達がついて行っちゃうって童話でしょ?知ってるけどそれがどうかしたの?」
「あの音楽げきを田村橋の上でやるっていうのはどうかしら?」
「へ?田村橋の上で、『ハーメルンのふえ吹き』の音楽げきをやるの?」
「ちがう、ちがう。『あの音楽げき』っていうのは、さっきまで話してた中川の土手作りのお話の音楽げきよ。あれを田村橋の上でやるの。」
なでなでの言ってることについていけてない私は目をぱちくり。
「ふんふん、それで?」
「で、周りの人にも声かけて、楽器渡して、げきに参加してもらうの。『ふえ星人』なら、飛び入り参加も楽勝だし」
「うんうん、なるほど」
「で、問題の橋がくずれ落ちるはずの時間の少し前に歩き出しちゃうの。そうしたら、飛び入り参加してる人は、ついてくるしかないじゃない。で、そのままみんなを安全な土手まで連れて行っちゃうの。どうかな?」
少しの間、私はぽかんと口を開けて、なでなでの顔を見つめていた。私の視線にたえかねて、なでなでが不安そうに言う。
「ダメかな?」
私は力強く首を振る。
「いや、いいかも知れない。そのアイディア、いただき!」
私は手をたたきながら、何度もジャンプ。なでなでったら、すごいこと思いついちゃうんだから!えらいぞ、えらいぞ。私はなでなでのきれいな黒髪を、わしわしとらんぼうになでた。
私達が盛り上がってると、さっきまでいっしょに音楽げきの練習をしていたメンバーが寄ってきた。
「なになに?また何か新しいアイディア?」
ナムサンが期待をこめてたずねてくる。待ってました!
「今度はね、なでなでが面白いことを思いついたの。路上ライブよ」
「路上ライブ?」
ニャンコの声が裏返る。
「そう。さっき話してた音楽げきを、今日の放課後に、田村橋の上で、通りかかった人達に見てもらうの。で、飛び入り参加もしてもらっちゃう!」
「なるほど、お客さんに見てもらうことで、ぶたいどきょうをつけようってのか」
「それだけじゃないわよ。うまくいけば、町の人達へのせんでんにもなるかも。ね、なでなで?」
「そうそう。飛び入り参加の楽しさを味わっちゃった人が、もう一度って学習発表会に来てくれるかもしれないわ」
「知り合いをさそっていっしょに来てくれる、なんてことも期待できちゃうかも。うわさがうわさを呼んで、的な?」
「おお、すごいすごい。でも、それなら、もっとしっかり練習しなくちゃな」
おしょうさんの長いセリフがなかなか覚えられなくて苦戦していたナムサンが、こぶしを握ってみんなに言った。
夕方、五時三十分。私達は田村橋の上にいた。それぞれが、自分のやりたい楽器を音楽室から借りてきている。なでなでは、自分の家からお気に入りのフルートを持ってきた。
ニャンコは、お客さんが飛び入り参加するための楽器を配る係になったので、アコーディオンやらタンバリンやら鈴やらトライアングルやら、音楽室で借りられるだけの楽器を借りて来て、その大量の楽器を足元に置いている。
土手作りの時、農民達のリーダーとして活やくしたおしょうさんの役に立こうほしたナムサンは、なんと、自分の家からお坊さんであるお父さんが若いころに着ていたけさを着て来ていた。ただし、まだ小学生のナムサンには大き過ぎてだぶだぶだったけれど。
「ナムサン、張り切ってるとこ悪いんだけど、そのかっこうを見てお坊さんだとわかる人は、なかなかいないかもしれないよ」
「そうだよな。どう見ても、坊さんってより、「ようかいだぶだぶ衣」って感じだぜ?」
からかう里山君に負けず、ナムサンが言い返す。
「いいんだよ。見てる人がどう思おうと、おれ自身がなんだかえらいおしょうさんになったような気分になってるんだから、それでいいの!」
むねをはるナムサン。なるほど、役作りってわけね。その背中をなでなでがさすりながら言う。
「げきの中に、ナムサンを『お坊様』って呼ぶセリフもあるから、だいじょうぶ、だいじょうぶ」
わいわいやってたものだから、橋を通る人達が私達を不思議そうに見ている。中には立ち止まってながめている人までいる。小学生が何人も集まって、見慣れない楽器を持ち寄ったり、お坊さんのけさを着て話し込んでいるのだから、そりゃあ、気になるだろう。
私達は、おたがいに目と目で合図を送り合い、いよいよ音楽げきをスタートした。
「これから、自由研究発表のための音楽げき『あばれ中川と旅のお坊様』を始めます。よかったら、見て、参加してください。よろしくお願いします」
私のあいさつに合わせて、みんなでぺこりとおじぎをした。けど、もちろん、周りの人達は何が始まったのか分からず、ぽかんとしていた。この時はまだ。
「毎年のように大水が出て、村も田んぼも水びたし。米はほとんど取れやせん。わしらはうえじにするしかねえ♪」
農民役のニャンコのセリフに、とちゅうからなでなでによるフルートのばんそうが入り、最後は歌になる。その歌にこたえるように、別の役がしゃべりだし、これもとちゅうから歌になる。
こんな不思議なおしばいに、最初はぽかんとしていた周りの人達も、だんだんときょうみを持って見るようになり、近づいてくるようになる。もう、通りがかりじゃない。お客さんだ。そんなお客さんに、自分の出番ではない仲間達が楽器をすすめる。ちょっといっしょにやってみませんか?と。
最初はなかなか引き受けてはもらえなかったけれど、話が進むうちに、げきの中で使ってる曲が全部『ふえ星人』のかえ歌だけ、ってことは音階は『シ』だけだし、リズムも覚えやすいとお客さんにもわかってくる。そうなると、ちょっとやってみようかと、楽器を受け取り参加してくれる人が現れる。
最初は少ない人数だったけど、お客さんから参加者へレベルアップした人がおもしろそうに楽器を鳴らしていたら、ならおれも、私もという人が増え始め、あっと言う間に、飛び入り参加者は数十人になった。
その人数が橋の上でにぎやかにしていれば、そりゃあ目に付く、気になる、寄ってくる。さらに増え続ける参加者に、ついに楽器が足りなくなる始末。仕方がないので手拍子足拍子で参加してもらうことになった。そりゃあもう、にぎやかなこと、にぎやかなこと。
それらのえんそうに合わせて、音楽げきは着々と進んでいく。中川が、毎年のように大水を出して、そのたびに川のそばの田んぼや畑や村が水びたしになり、お米や作物がダメになって、しばしばうえ死にする人が出ることや、もう、すっかりこの土地での生活がいやになり、やけくそになった人達が、自分達より貧しい人達に八つ当たりのらんぼうをしかけるまでが演じられる。
「おれの子どもがうえ死にしたってのに、なんでお前らがのうのうと生きていやがるんだ!」
「そうだ!後からこの村に移り住んできたお前らに、食わせる食いもんなんぞねえ。今すぐにここから出て行ってくれ!」
元からこの村に住んでいたお百しょうさん達が、よそでの苦しいくらしにたえ切れず、この村に移り住んできたお百しょうさん達に石を投げる。なぐる。ける。
「ちょっと待ってくれ!なんで俺達ばかりが責められにゃあならんのだ?俺達だって、中川にえらい目にあわされたのは同じじゃ。かわいい子どもを、食べ物がなくて亡くしたのも同じじゃ!」
「だまれ、だまれ!お前らが村に来んかったら、もしかしたら、大水は起こらんかったかもしれん。よそもんのお前らが村に入り込んだから、中川がお怒りになったのにちがいないわ!」
さらにひどいらんぼうをはたらく人々。その人達を止めたのは、大きな大きな笑い声。
「わっはっはっは。やっとるやっとる。おろかな人間どもが、自分の苦しみをわすれたくて八つ当たりか」
この村にぐうぜん立ち寄った、旅の坊さま。ナムサンが、だぶだぶのけさにうまりそうになりながら、手招きしてお百しょうさん達を呼び集める
「土手を作って大水止めよう♪村と田んぼを守るのじゃ♪」
シャシャシャシャシャーン♪鳴らされる鈴の音。しかし、その音に逆らうように、低い歌声が忍び込む
「土手を作ることを思いついたのが、あんたが最初じゃとでも思うたか?」
「思い上がるなよ、このくそ坊主。何度も何度も試したわ」
「最初は川上の者が思いついた。何をやっとるのかわかっとらん周りの者のからかいの声を無視して、額に汗して土手こしらえた」
「最初の大雨には耐え抜いた。村中の者が手を叩いて喜んだ」
「もうこれで、大水に泣かされんですむいうて、ぴょんぴょんはねてよろこんで、川上の者に感謝したものじゃった」
ピーッ!ピッピッピッピーッ!高く鳴り響く笛の音。続いて、サンバのリズムに合わせて喜びのダンスが爆発する。なでなでが操るキーボードから流れ出る陽気な曲に合わせて。しかし・・・・・・。
「ところがー」
ベートーヴェンの「運命」のメロディに乗った歌が、お祭りムードを押しつぶす。
「ところが、ところが、ところがー」
「ところが、ところが、ところがー」
不吉な歌声が辺りを包む。
「二度目のー大雨ー土手は」
「き・れ・た!」
シーンと静まり返る橋の上。お百しょうさん役のニャンコが一歩前に進み出る。始めは大きな声で語り始めるけれど・・・・・・。
「安心し切っていた村も田んぼも畑も、全て水びたし。何もかもパーだ。川上の者達と顔を合わせると、村人達は顔をしかめるようになった」
語りが進むにしたがって、ニャンコの声はどんどん小さくなっていく。
「次に土手作りに挑戦したのは、一本松の連中だ。山から大きな石をいっぱい持って来て、もう一度土手を作ったのさ。一生懸命に働く彼らを、一番冷ややかにながめていたのは、川上の者達だったってさ」
ニャンコの目は半分閉じて、しまいには暗い声でつぶやくように。
「その土手も、けっきょくは二度目の大雨でくずれちまった。次に挑んだ川下の連中も、その次の三里塚の連中も、やっぱりうまくいかなくて。だめなんだ、俺達は。俺達は、どうやったって、この暴れ川には勝てっこないんだ・・・・・・」
まるで血を吐くようにつぶやくと、ニャンコは口を閉じてうつむいてしまった。ニャンコの言葉に耳を傾けていたみんなも、静まり返ってしまった。耳が痛くなりそうな、そんな沈黙。だれかが鼻をすすり上げる音さえ聞こえる。
・・・・・・と、その沈黙を破ったのは、大太鼓の音だった。ドンドンドン、ドンドンドン、ドンドンドンドンドンドンドン!景気のいい三・三・七拍子に目を向けると、ナムサンが大太鼓を真っ赤な顔で打ち鳴らしている。人一倍体が大きいナムサンが大太鼓を力いっぱい叩いていると、おなかの底まで響き渡るような音が出る。ひとしきり太鼓を打ち鳴らしたあと、ナムサンはニャンコをひたとにらみつけ、大きな声で言った。
「おい、お前。めそめそしてないで、ちょっとここに来てみろ」
「お坊さま、いったい何のご用です?」
そう言いながら、ニャンコはナムサンのわきに歩み寄った。
「おい、お前、わしとすもうを取らんか?」
「すもう?」
「そうじゃ、すもうじゃ。それとも、川下の者はおくびょう者ぞろいで、すもうを取ることもできないのか?」
「何を、言ったな」
頭にきたニャンコは、ナムサンに飛びついた。けれど、相手はクラスで一番体の大きなナムサンだ。あっさり突き飛ばされて、しりもちをついてしまう。
「ふん、物足りんのう。川上の者はおらんか?」
ナムサンが辺りを見回していると
「よし、俺が相手じゃ!」
と里山君が名乗りを上げた。が、ナムサンの前にあえなく敗北。さらに、ナムサンに呼び出され、一本松の者も三里塚の者もナムサンにむしゃぶりついていくが、十秒ももたずに投げ出されてしまう。
「お、おそろしく強い坊さんじゃ」
尻もちをついたまま、四人はくやしそうにナムサンを見上げた。
「どうじゃ、参ったか?今取ったすもうが、お前達がこれまでやってきたことじゃ。これでは、暴れ中川に勝つことなどできはせん。お前達がばらばらにいどみかかっても、それぞれが投げ飛ばされてしまうのが関の山よの」
そう言うと、にたりと笑って見せた。
しりもちをついていた四人が、はっとしたように顔を見合わせる。ニャンコが無言でうなづくと、他の三人もうなづき返し、ワッと同時にナムサンにつかみかかる。里山君はナムサンの右足にすがりつき、ナムサンが足を振ろうが、げんこつでたたこうが、その手を放さない。ナムサンが手を焼いていると、今度は一本松の者が左足に取り付く。これもまた、どんなに振り回しても離れようとしない。
「ええい、放せ、放せ!お前達なんぞに、俺を倒せるものか!」
そう叫ぶナムサンに、今度は三里塚の者が後から忍び寄り、背中から首っ玉にしがみついた。その勢いに、思わずよろけるナムサン。
「いい気になるな。お前なんか、こうだ!」
大きな声で言うと、ニャンコがナムサンの脇腹へ一直線に体当たり。これにはたまらず、バランスをくずしたナムサンは地面に倒れこむ。四人はそれぞれがナムサンの両腕と両足に馬乗りになり、ナムサンを押さえ込んで、声をそろえて言った。
「どうだ、参ったか!」
それまで激しくもがいていたナムサン、その声を聞くと急にもがくのをやめると、大きな声で笑い出した。
「わははははは。そうじゃ、それでいいんじゃ」
おどろいてナムサンを見つめる四人の顔をかわるがわる見つめながら、ナムサンは優しい声でゆっくりと話し始めた。
「お前達はこれまで、勇敢に中川に挑みかかってきた。それは立派な心掛けじゃ。しかしな、大切なことを忘れておった。それが何か、今ならわかるな?」
ナムサンの問いかけに、ニャンコがおずおずと答える。
「みんなで力を合わせること、じゃ」
ニャンコの言葉に、ナムサンは満足そうにうなづく。
「そうじゃ。これまで、お前達はばらばらに中川に立ち向かっておった。それでは、暴れ中川に対して勝ち目はない」
ナムサンの静かな口調に心を許した四人は、それぞれナムサンの腕から、足から降りて、口々に言った。
「そうじゃ、わしらは、村中のみんなで力を合わせようとはせず」
「ばらばらに挑んでいくことしか思いつかなかった」
「その結果、何度やっても中川に歯が立たず」
「しまいにはあきらめて、やけくそになってしまっていた」
ニャンコがぽつりと言う。
「なんと情けないことじゃ」
「そうか?そうでもあるまい?」
ナムサンが自分の両足を引き寄せ、あぐらをかきながらニャンコを見つめる。太陽みたいな優しい笑顔だ。
「人間なんて者は、・・・・・・あれ?」
太陽みたいな笑顔がこわばり、突然、ナムサンがしどろもどろになる。
「あれ?人間なんて者は・・・・・・ナンダッケ?」
大慌てで、周りのみんなにたずねる。しまった!ナムサンのやつ、セリフを忘れてる!
「そんなこと聞かれたって困るよ。みんな、自分のセリフを覚えるだけで精一杯で、ナムサンのセリフまで覚えてるわけないじゃん!」
ニャンコが、ナムサンに負けないほどの大慌てで、小声で答える。
「たしか、ナムサンがいつも西池先生に言われてるみたいなことじゃなかったか?」
「あ、俺もそんな気がした。西池先生が言いそうなことだなあって」
「仕方ない。ナムサン、西池先生になっちゃえ!」
「うへえ、俺が西池先生になんの?」
「いつもお説教してもらって、慣れてるだろ?やっちゃえ、やっちゃえ」
あわただしい小声でのやり取りの後、ナムサンは空を見上げて大きく一つため息をついた。そして、顔を下ろした時には、太陽の笑顔にもどっていた。
「あのな、人間なんて者は、だな」
ん?何だか様子がおかしくない?
「失敗のくり返しじゃ。先生なんて、毎日失敗ばっかりじゃ」
おいおいナムサン、「先生」はマズくない?君は今、「旅のお坊さん」だよ?心の中で突っ込むが、まさか口に出すわけにいかない。
「それでもな、失敗したからいうて、あきらめるわけにもいかんじゃろ?特に、大事なことほど、あきらめるわけにはいかん」
もう完全に「旅のお坊さん」じゃなく「西池先生」になってるけど、意味はだいたい合ってるから、このまま突き進んじゃえ!
「しんどくても、一歩一歩進んでいくしかないんじゃ。楽じゃないけどな。苦しいし不安になることもあるけどな。そんな時、頼りになるのが仲間じゃ。一人で悩むな、みんなを頼れ。クラスの仲間は必ずお前の力になってくれるけん。わかるな、ナムサン」
いや、「ナムサン」はお前自身だし、この時代に「クラスの仲間」ってどうなのよ?
「一人じゃ成しとげられないことでも、みんなが力を合わせれば、きっと何とかなる。先生は、そう信じてる」
すっかり西池先生になり切ってしゃべるナムサンに、ニャンコが素早く助け船を出す。
「そうか!お坊様、川上も川下も、一本松も三里塚も、みんなが力を合わせて、今までよりも立派な土手を作れば、暴れ中川にも負けはせん。そういうことですね!」
「へ、土手?・・・・・・おお、そうじゃったそうじゃった。それじゃよ、それ。それが言いたかったんじゃよ」
突然「旅のお坊様」にもどったナムサンが、腕組みしてやたらとうなづく。
「それで、お坊様、もしかしてお歌をうたいたくなったんじゃありませんか?」
「おお、それな、それ。おぬしはなかなか勘が良いのう」
ナムサンの声になでなでが心の中で胸をなでおろしているのが感じられた。キーボードの前奏に続いて、ナムサンが歌い始める。音楽げきが、元の流れに戻ってきたのだ。
「みんなで力を合わせれば、暴れ川などこわくない♪」
ナムサンの歌を合図に、なでなでが先頭になって、音楽げきの一団が動き出す。もちろん、夢中で見ているお客さんたちもいっしょに歩き出す。おどろいたことに、田村橋の上にいた人達、全員がいっしょになって。ただ一人、私だけがちがう動きをしながら、なでなでに目で合図。そっちは任せたよ。フルートをふきながら、なでなでからも目で合図。そっちもしっかりね。
給食時間になでなでと打ち合わせた通り、私は一人で走り始める。着いたのは、橋から南に百メートルほどの工事現場だ。先月の終わりからずっとアスファルトのしき直し工事をやってるのは、学校の行き帰りに毎日見かけていた。と言っても、今はだれもいない。今日はお天気がいまいちだったから、工事はお休みなのだろう。私は口の中で小さく
「ごめんなさい」
と言って、工事現場でよく見かける立ち入り禁止のかん板を右手に二つ、左手に二つぶら下げる。高さ五十センチくらいの、黄色と黒のしまもようのかん板を持って、田村橋に引き返した。音楽げき軍団がいなくなった橋の上は、すっかり無人になっている。今のうちだ。急げや急げ。私は橋の東と西、二つの入り口を立ち入り禁止の看かん板でふさいでしまった。
東の入り口のわきで一休みしていると、西の入り口に近づいてくる自動車発見。私のむねの奥で、心ぞうがへたくそなダンスをおどり始める。さりげなく、くれかけた夕空を見上げているふりで、ドライバーの顔をぬすみ見る。立ち入り禁止のかん板を見て、スピードを落としたドライバーは、何秒か橋の上を見つめた後、首をかしげただけで、橋を渡るのをあきらめて土手の上の道に曲がっていく。そりゃそうよね。杉田橋まで遠回りすればいいだけのことだもん。わざわざ車をおりて調べるなんてむだ、だれもしないよ。私はむねをなでおろした。
そんな自動車を何台やり過ごしただろう。そろそろメールに書いてあった時刻になるはず。こわいから、橋からはなれたいな。でも、そのすきにだれかが橋を渡り始めるとマズいから、やっぱり打ち合わせ通り最後まで見とどけなきゃだめだよね。なんて私が考えているところへ
「あっれえ?何でここ立ち入り禁止なんだ?」
すっとんきょうな声を上げながら現れたのは、自転車に乗った中村。
「めんどうくさいや。だれも見ていないし、渡っちゃえ」
立ち入り禁止のかん板をけとばしてすきまを作ると、すました顔して橋を渡り始めてしまった。
「中村!あんた、なんてことやってるの?すぐもどりなさい!」
思わずさけんだ私の声に、中村がこっちに目を向ける。
「あれ、だれかと思えばアローじゃん。未来の応援団長、何やってるんだ?」
きんちょう感のかけらもない表情でこちらに向かってくる中村。
「こっちに来ないで。すぐに向こう岸にもどるのよ!」
「そんなこと言わずに、昨日みたいに応援歌聞かせてくれよ。あははは」
カチンと来たが、今はおこってる場合じゃないと思い直す。水面に目をやると、暗い中にも黄土色の水がはげしい勢いで流れているのがわかる。予言メールがうそでないなら、間もなくこの橋はくずれ落ちるのだ。どうする?どうしたらいい?まよっているうちに、中村は橋の真ん中近くまで来ている。
「分かったわ。応援歌でも何でも歌ってあげるから、今すぐこっちの岸に来て!」
「お、マジ?よっしゃ、トップスピード!」
ガシャガシャン。中村の言葉の直後に、変な音がした。中村の自転車が止まる。
「あちゃあ。チェーンが外れちゃったよ。すぐ直すから、ちょっと待っててくれよ」
中村はスタンドを立てて、自転車のわきにしゃがみこむ。
「何のんきなこと言ってるの!」
私がそう言った時、ドーンという大きな音が、上流の方から聞こえてきた。何?上流の方を見る。何だあれ?水面が盛り上がってる!まるで、巨人がむっくりと起き上がったみたい。これが橋をこわしてしまうんだろうか?中村はというと、チェーンの修理にいっしょうけんめいで、さっきの音にも気づかなかったようだ。水面の異変にも。なんてのんきなやつ!このままじゃ大変なことになる。私は、その場にすくんでしまった。ほとんど悲鳴のような声で中村を呼ぶ。
「中村、自転車は放っておいて、今すぐここへ来て!」
「あん?」
私の様子がおかしいことに気がついたんだろう。中村が作業を中断して私の方に顔を向ける。私は上流の方を指さして、さけんだ。
「あれ!あれ!」
上流の水面の盛り上がりは、見る見る近づいて来ている。そこには、大きな大きな杉の木が何本も流されているのが見える。それがおもちゃのクリスマスツリーのように見えるほどの大きな波!
「うわっ、何じゃありゃあ⁉」
声の方に目を向ける。中村が道路にへたりこんでいる。
「早く、こっちへ!」
大声で呼ぶ。けれど、中村はこっちを向いていやいやをするだけ。あまりのおそろしさにパニックを起こしてしまったのだ。
「もう、だらしないんだから!」
気がつくと私は、中村めがけて走り出していた。ちょっと待て、私。無茶だよ。何考えてるの?頭の中で、何人もの私が止めにかかる。橋がこわれるのにまきこまれたら死んじゃうよ。どうして中村なんかのために、私が命をかけなきゃいけないわけ?引き返そう、今ならまだ間に合う。でも、そんな私の中の私の声は、私の足を止められない。なぜなら、私はアローだから。ビューンッと飛んでいく矢のように、私は中村にかけ寄った。
「立って!」
座りこんでいる中村の手を取ると、力いっぱい引っ張って強引に立ち上がらせる。
「シャンとして!すくんでたら死んじゃうんだよ!」
怒鳴りつけても、中村はぼうぜんと立ちつくしたまま、動こうとしない。ええい、仕方ない!思いっきり、中村のほほを引っぱたく。パンッ!という乾いた音がして、中村は一歩後ろによろける。一気に顔に血の気がさして、中村の目に光がもどった。
「すまん。おれ・・・・・・」
「話は後。行くよ!」
中村の手を引いて、走る、走る。横目でちらりと河を見る。二階建ての建物よりももっと高い波が、もう目の前までせまっている。間に合わない?そう思った時、手をグイッと引っ張られた。中村だ。元気を取りもどした中村が、私を追い抜いて、手を引っ張ってくれている。
「もっと速くだ。おれを助けてくれたお前を、死なせやしない!」
グイグイと引っ張られる手。いっしゅんあっけに取られる。けれど、何だか力がわいてきた。ようし、と気合を入れてスピードアップ。中村の手をふりはらい、全力しっ走する。まるで、二人で競走しているみたい。そんなことを考えていると、私の耳が奇妙な音をキャッチする。
ゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・。
上流からおし寄せる大量の水と土砂と大木のすさまじい重さが、低い重い音となって、私達にせまってくる。背中を冷たい汗が伝い落ちる。あと、二十メートル。駆け込まなければならないゴールを見れば、そこに何人もの人影を見つけた。なでなでがいる。ニャンコがいる。ナムサンもいる。里山君もいる。音楽げきのメンバー達が、私を心配してもどってきてくれたんだ。
「アロー、がんばって!」
「もうちょっと。ここまで!」
「急げ、やばいぞ!」
口々に私を応援してくれている。あそこまで。あそこまで、何とかたどりつかなきゃ!けれど、その時、大きな音が橋の下から聞こえてきた。
ドッゴッ!
上流から押し流されてきた大木が、橋げたにぶつかった音だ。そのしゅんかん、橋は大きくゆれ、私達は足を取られる。くっ。転びかけるのを何とかこらえる。
ギッギギギ・・・・・・。
橋全体が、巨大なエネルギーにたえ切れず、ねじれる。まるで、巨大な竜が悲鳴を上げているように。
ドッゴッゴゴゴ!
大木が、とてつもない量のどろが、すさまじいエネルギーをかかえこんだ水が、橋げたに一気におそいかかる。
足元がずっとゆれ続け、それと同時にゆがんでいく。橋がくずれかけている。まずい。間に合わない?私は中村に声をかける。
「飛ぶよ。ヘッドスライディングだ!いち、にの、さん!」
まるで、走りはばとび。いや、最後の姿勢は水泳の飛びこみだ。私はラスト三メートル、空中を飛ぶことを選んだ。
眼下で橋が見る見るくずれ落ちていった。走り続けていたら、あれに巻きこまれていたことだろう。
私の身体は、それこそ矢のように空中を突っ切って、そのままなでなでにぶつかった。飛んできた私の体の勢いを受け止めきれず、後ろに転ぶなでなで。二人でもつれ合いながら、ゴロンゴロンと二回ほど回転して、ゴツンッ!と後ろのガードレールの柱にぶつかって、ようやく私達は止まった。
なでなでともつれ合ったまま、左どなりに目をやると、私達と同じようにナムサンと中村がだんごになっている。
「いてててて」
なんて言ってるところを見ると、中村も無事のようだ。
「アロー、アロー!」
なでなでが私の名を呼びながら、両手で私のほほをはさんで上を向かせ、私の顔をのぞきこむ。その目からは、次々と涙があふれ出し、私のほほに落ちてきた。
「アロー、良かった。もう、だめかと思ったわ。もう、本当に」
「私も思った。間に合わないかもって」
私の言葉に、なでなでは一言一言、ゆっくり区切って答えた。
「でも、あなたは、やりとげたわ」
そして、ゆっくりと立ち上がると、空に向かって大きな声で言った。まるで、自分達の勝利を宣言するみたいに。
「こんなこと、きっとあなたにしかできなかったわ。エネルギーのかたまりみたいなあなたにしか。何ものもおそれず、真っすぐに突っ走っていくことのできるあなたにしか。だって、アローは矢。ビューって飛んで行って、そして、一人残らず救ってくれたのよ!」
「なでなで・・・・・・」
しりもちをついたままの私に向かって、なでなでが腕を差し出し、私が立ち上がるのを手伝ってくれる。手のひらを通じて伝わってくる、なでなでの熱と柔らかさ。
「アロー、もしかして、あっちの世界の私が無理を頼んだんじゃない?だれにもできそうもないことを押し付けたんじゃない?だからあなたはこんな無茶までして・・・・・・。」
そう言って、なでなでは私をぎゅって抱きしめてくれた。
「どうなんだろう?あっちの世界では、そんなこともあったのかもしれないね。こっちの世界の私には、分かりようもないや。えへへへへ」
安心した私は、ひざから急に力が抜けて、目が回ったみたいにふにゃふにゃと、なでなでに全身を預けて、それから・・・・・・それから・・・・・・。
「あれ、ニュース?だれが見てるんだろ?」
キッチンに水を飲みに下りてきた私は、リビングをのぞいてみた。陸兄ちゃんがソファで居眠りしているその横で、テレビがつけっぱなしになっている。
「もう、陸兄ちゃんたら」
そうこぼしながら歩み寄る。
ひざがまだがくがくだ。ひざだけじゃない。体のあっちこっちがひりひり、ずきずき痛む。最後のジャンプの後、なでなでともつれ合って転がった時にどっかにぶつけたんだろう。その時は夢中になってて気がつかなかったのに、今になって痛みだすなんて。
今日は、なんて日だったのだろう。もう、へとへと。こんな日は、もう二度と来てほしくない。一生に一度で十分だ。
そんなことを考えながら、テレビのリモコンでスイッチを切ろうとした私の耳に、ニュースを読むアナウンサーの落ち着いた声が飛びこんできた。
「今日午後六時ごろ、田前市下田町にある田村橋を支えるあしがとつぜん折れ、橋がくずれ落ちる事故が起こりましたが、奇跡的に橋の上にはだれもいなかったため、死亡者も負傷者も出ませんでした」
「うっわ、マジかよ」
ふり向くと、陸兄ちゃんが目を覚ましてテレビ画面に見入っていた。映ってるのは、私と中村が駆け抜けた田村橋。ただし、橋を支えていたあしが真ん中あたりでごきりと折れて、見るも無残にくずれ落ちている。両岸には、たくさんの救急車やパトカー、それに無数の野次馬の群れ。
「けど、あの橋、いつも人通りが多かったのに、今日に限って無人だったなんてな。奇跡って起きるもんなんだなあ」
やたらと感心する陸兄ちゃんに背を向け、私は大きな大きなため息をつきながら自分の部屋へ。
階段を上がりながら、むねの中だけで答える。ちがうよ、陸兄ちゃん。ひとりでに奇跡が起きたんじゃないんだ。なでなでや、ニャンコや、ナムサンや、里山君や、他のクラスメイトや、そして昨日の私や、もしかしたら私が気づいていない、もっともっとたくさんの人達が力を合わせて、何度も何度も失敗しながら、それでもあきらめ切れずに挑戦し続けた、私達が奇跡を起こしたんだ!
いつの間にかこうふんしてしまって、私はドスドスと大きな足音を立ててしまっていた。お風呂から母さんの声が飛んでくる。
「弓、もうちょっと静かに歩きなさい。家の中にサイを飼ってるみたいよ」
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