完璧な淑女の私、女友達と親友夫婦との撮影会で、身も心もとろとろに蕩かされるまで

Yu_mei_mai

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幕間 その一 「観測者の渇望」

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クラシック音楽が静かに流れる喫茶店の二階席。革張りのソファに深く身を沈めたまことの指が、スマートフォンの冷たい画面を滑る。

彼が座るのは、吹き抜けになった一階フロアを見下ろせる、隅の席。ここが、ここ数日の彼の定位置だった。

あの夜、レストランで由美と会ってから、彼の日常は静かに、しかし確実に侵食されていた。

思考の全てが、まるで強い磁力に引かれるように彼女へと向かう。彼の心は、抗う術もなく、由美という存在そのものに捕らわれていた。

まことは無意識にポケットを探り、あの夜に由美から贈られたキーホルダーを手のひらに転がした。

指先で、銀の雄牛の冷たく硬質な輪郭をなぞる。彫りの深い猛々しい顔、力強く湾曲した角、そしてそこに繋がれた小さな革の感触。

その一つ一つを確かめるたび、彼女の白い指が自分の指に触れた瞬間の微かな熱が、ありありと蘇るようだった。

始まりは、些細な好奇心だった。彼女が経営するというギャラリーのサイトを検索した。そこに並ぶ、彼女が選んだであろうアート作品の数々。添えられた彼女自身の言葉。

そこから、過去のインタビュー記事、雑誌の特集、彼女が名を連ねる団体のSNSへと、ネットの海をどこまでも深く潜っていった。

彼女の経歴、好きな作家、そして、この老舗の喫茶店に、仕事の合間、ほぼ毎日同じ時間に現れることまで。

まことは、もはやその情報を知る前の自分には戻れなかった。知れば知るほど渇きは増し、その渇きを癒す方法はただ一つしかなかった。

(楓と雛、二人を心から愛している。その気持ちに嘘はない。だが、由美さんの存在は、それとは全く別の次元で、俺の理性を焼き切っていく。この感情は一体何なんだ…)

カラン、とドアベルが澄んだ音を立てる。まことの心臓が、その音に呼応するように高く跳ねた。彼女だ。

階段の下、いつもの席に、由美が寸分の狂いもなく腰を下ろす。今日は、体の線がしなやかに浮かび上がる、濃紺のニットワンピース。窓から差し込む午後の光が、彼女の輪郭を柔らかく縁取っていた。

凛とした佇まいで、彼女は本を開く。その指先の優雅な動き、ページをめくる微かな音、伏せられた睫毛の長さ。そのすべてが、まことの目には神聖な儀式のように映った。

(今日も、美しい…)

彼は、仕事の資料を確認するふりをして、テーブルの上に置いたスマートフォンをそっと操作する。カメラアプリを起動し、ディスプレイの隅に彼女の姿を捉える。シャッター音は消してある。

数枚撮っては、すぐに画面を切り替える。その手際は、まるで狩人のようだった。少なくとも、彼自身はそう思っていた。

そして、彼だけの聖域へと指を滑らせる。ネットの海を彷徨い、ようやく探し当てた彼女の誕生日をパスコードにした、鍵のかかったフォルダ。

そこには、彼が集めた由美のすべてがあった。ネットの海から拾い上げた、微笑む彼女。インタビューで真剣な眼差しを向ける彼女。そして、ここ数日、この場所から彼自身が撮りためた、無防備な彼女の姿。

珈琲を一口含む。その苦みが、倒錯的な甘美さを引き立てる。彼は画面の中の由美を、まるで指でなぞるかのように、ゆっくりと拡大していく。本に落ちる髪の艶、カップを持つ指の形、微かに開かれた唇の湿り気。

(この表情は、俺だけのものだ。彼女の婚約者はもちろん、俺のすべてを受け入れてくれる楓や雛でさえ、決して見ることのない、一瞬の素顔…)

彼のストーキングは、写真だけにとどまらない。彼女が店を出た後、わざと時間を置いて階下に降り、彼女が座っていた席の残り香を確かめようとしたことさえある。空振りに終わったが、その行為自体が、彼に背徳的な喜びを与えた。

ふと、彼女が顔を上げた。 まことは、心臓が凍るような感覚に襲われ、咄嗟に視線を逸らす。だが、遅かった。彼女の視線は、間違いなく二階の、この場所を捉えていた。

(まさか…気づかれたのか…?)

パニックに陥る彼の思考を、しかし由美の表情がさらに混乱させる。彼女は驚いても、訝(いぶか)しんでもいなかった。ただ、静かに、彼を見つめている。 その唇の端が、ほんの僅かに、誰にも気づかれなかったであろうほど微かに、吊り上がった。

偶然か、それとも——。いや、違う。 
一つの甘美な妄想が、抗いがたい確信に変わっていくのをまことは感じていた。

 彼女は知っている。俺がここにいることを。そうでなければ、あの共犯者のような微笑みの説明がつかない。

だとしたら、なぜ? なぜ、毎日同じ席に? まるで、こちらからよく見えるように… 撮られることを、楽しんでいるとでもいうのか…?

ぞくり、と背筋に官能的な悪寒が走った。恐怖と歓喜が入り混じった、未知の感情。彼はもはや、自分が狩人なのか、それとも、巧みに罠へと誘い込まれている獲物なのか、分からなくなっていた。

彼はもう一度、スマートフォンに目を落とす。今しがた撮った写真。こちらを見上げる、直前の彼女の横顔が写っていた。

(今日の、最高の由美さんが撮れた…)

フォルダに新たな一枚が加わったことに込み上げてくる興奮を隠せず、彼はその高ぶりを鎮めるように、冷めた珈琲を一気に喉へと流し込んだ。
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