シェラドゥルーガは、生きている

ヨシキヤスヒサ

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2.協奏曲、あるいは狂騒曲

2−1

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時、川のごときものれば、どうと流れいでる事もあり。
交わりて、あるいは離れ、朝に澄み、くらきによどむ。
跳ねるものを追うものれば、ただ、水を汲むものもり。
いずれ海へと流れ着けば、川、それをえる時なり。

袁季鮑えんりほう、著
エルヴェシウス、訳
詩集“須臾しゅゆ”より
―――――

 人が、宙に浮いていた。

 二階の窓から見えた光景である。それは下から跳ね上がってきて、そして落ちていった。
 下には練兵場がある。今の時間は、確か“錠前屋じょうまえや”が使っていたはずだった。

「ルキエ伍長かな?」
 落ち着き払った様子で、隣にいたガブリエリが言った。

「そうじゃないかな。あの人、口が悪いからなあ」
 ペルグランにとっても、見慣れた光景だった。

 ご存知、“錠前屋じょうまえや”名物、オーベリソン軍曹の指導である。

 身近な大男であるダンクルベールに匹敵する背丈ながら、筋肉の量であればそれを遥かに凌ぐ、北方アルケンヤールの血を引く巨人である。
 いわゆる南蛮北魔なんばんほくま北魔ほくまの方。今でも多数の紛争、係争を抱える、蛮族の名産地だ。父祖伝来の長柄の斧と、目元を覆うような鉄兜を身に着けたその姿は、まさしく北魔ほくまの再来というべき、恐怖の威容である。
 その屈強な肉体といかめしい顔面とは裏腹に、本人の人となりはまさしく父性の人であり、心優しく、剽軽である。いくらか長い顎髭を、ご家族の皆さまや、仲のいい女性隊員などに三つ編みに結ってもらっているらしく、日によってその結い方がちぐはぐだったり、おしゃまなリボンを付けられたりしている、気のいいお父さん、といった人だった。

 ただしかし、あの“錠前屋じょうまえや”の筆頭下士官である。

 いわゆる特殊部隊。精鋭である。誘拐や立て篭もり事件など、武力以外での解決が困難な状況の対処を目的として設立された、というのがお題目であるが、実際は政変前後での急激な治安悪化により、司法警察局独自の機動戦力が必要となったダンクルベールとセルヴァン両名の判断により急遽設立した、未だ組み立て途中の掘っ建て小屋である。
 隊長を務めるゴフ中尉を筆頭に、強兵という名の乱暴者と問題児が揃い踏みであり、平時でも喧騒が耐えない有り様だった。警察隊という肩書きがついたごろつきだと言われても否定はできない。

 国家憲兵警察隊とは軍隊である。軍隊とは、規律と規則によって制御される暴力装置である。そして現場にてその規則と規律を担うのは、曹長、軍曹などの下士官である。

 立ち返って、“錠前屋じょうまえや”の規律を担うオーベリソン。

 勿論、話が通じる相手であれば父親のように諭すだろうが、相手は何しろ“錠前屋じょうまえや”である。話は通じなければいい方で、胸ぐら掴まれて怒鳴り返されるのが普通なぐらいだ。
 そうすれば本人の言葉を拝借して、道理を諭し、義理人情に訴えかけるべき状況において、それが可能なほどの余裕が与えられていない場合の最適解とは、すなわち腕力、ただひとつになる。
 あの強靭な肉体をふんだんに使った砲弾のような拳骨げんこつが、“錠前屋じょうまえや”を軍隊として一応のかたちを保つ、唯一の規律なのである。

 勿論、突然ぶん殴るようなことはせず、まずは姿勢を正すことを促し、改めるべき部分を説き、相手の復唱と返答を確認したうえで、それでは指導するので用意、と順番を整えてから、ぶん殴る。

 その威力たるや素晴らしく、人の十人分ぐらい吹っ飛んだり、その場でぐるぐると風車みたいに回ったり、あるいは今日のように、空高く打ち上げられたりする。
 最初見た時は戦慄したが、ことの経緯やオーベリソンの人となり、あるいは“錠前屋じょうまえや”の面々の素行不良ぶりを知るうちに、まあ、そりゃそうなるわな、と納得し、今に至る。

 今回はおそらく、ルキエという女性下士官が相手であるので、ある程度の手心は加えているのであろうが、それでもこれぐらいにはなる。

 ちょっと下を覗いてみると、“錠前屋じょうまえや”の面々と、地面にへばりついたルキエ。離れたところでへたり込んだ、ペルグランたちと同期の女性士官ラクロワ。そして慌ててすっ飛んできた衛生救護班班長、サントアンリことチオリエ特任とくにん伍長の姿が見えた。

 ペルグランは、それこそ“錠前屋じょうまえや”を含む各隊員へ福利厚生関連の書類を渡す業務の途中だったので、そのまま階下の練兵場へ向かうため、そのあたりでガブリエリと分かれた。

 はたして練兵場にたどり着いたときには、オーベリソンとアンリがぎゃあぎゃあと言い合いしていた。

「だから、ちゃんと手加減はしたってば。持ち上げるようにして、投げ飛ばすようにしているから、そこまで大きな怪我をしているわけじゃあないだろう?」
「それでもやりすぎです。ルキエは女の子ですよ。女の子に手を挙げる殿方なんて。カスパルおじさま、見損ないました。最低です」
「ルキエもルキエで悪いところがあったから、軍人として、ちゃんとそういうのを直してもらうためには、こういうことも必要なんだよ。なあ、アンリちゃん。俺だって大変なんだ。日に六人も殴っていれば、手も腫れる。どうかこの通りだから、そんなに怒鳴らないでくれよ」

 これもまた、見慣れた光景だった。
 このふたり、同郷である。それもアンリが赤ん坊の頃からの付き合いだそうで、加えてアンリは修道女として、オーベリソンは自警団として、あの凄惨な戦場の中を駆け回った戦友でもある。
 ふたり、同時期に招聘されており、オーベリソンははじめ、辞退を考えていたが、アンリが行くと言ってきかなくなり、それを心配するかたちで着いてきたらしい。そしてアンリの方が強情で、オーベリソンの方はその父親気質もあり、強くは出られない。

「また、カスパルおじさまにアンリちゃん、ですか」
 各位に書類を手渡しながら、ちょっとぼやいた。
「他部署から来た若い士官がラクロワにちょっかいをかけやがったんだよ。俺があしらう前にルキエが噛みついた。やり方がまずくて怪我をさせた。その点を注意したら文句を垂れた。だから指導だ」

 ゴフが、ことの経緯を説明してくれた。

 小柄で華奢、それに気の弱いラクロワのことだ。調子づいた連中に言い詰められて、すくみ上がってしまったのだろう。そういうのは普段、弱いものいじめが大嫌いなゴフの出番だが、ラクロワと仲のいいルキエがそれより先に飛び出したわけだ。気が強く、口の悪い人だ。取っ組み合いの末、怪我をさせて追い散らしたはずだ。
 ここら辺、ゴフはほんとうに上手で、傷を負わせず、それでいてこわい思いをしてもらうようにしてあしらう。喧嘩上手は、気遣いも上手なのだ。

「俺は今から、向こうさんに、謝罪と経緯の説明に行ってくる。ルキエは落ちた際の捻挫ぐらいかな。アンリも来たし、大丈夫だろ。ふたり分、書類は机の上に置いといてくれ」
 かしこまりました、と敬礼し、さてと、ペルグランはへたり込んだままのラクロワを気遣うことにした。

「ラクロワ、落ち着いた?」
「ごめんなさい、ペルグランくん。私が情けないばかりに」
「こわい思いをしたんだから、そこまで思い詰めなくたっていいよ。ちゃんとルキエ伍長にありがとうって言っときなよ?きっと、軍曹にぶん殴られるの覚悟の上で守ってくれたんだからさ」
 素朴なそばかす顔を涙で濡らしながら、ラクロワがのそのそと立ち上がり、へたばったルキエの元に歩いていった。

 気が弱いが頭は走る才媛で、あのセルヴァンが欲しがるほど、後方支援に卓越した才覚がある。ダンクルベールは、まずは捜査官として教育を済ませた後、司法警察局へ嫁がせる、という考えのようだ。
 ただどうしてもその背格好とか性格から、男所帯の国家憲兵隊ではちょっかいをかけられやすい。
 自分がぶうたれ小僧だった着任当初から幾分経ち、精神面で余裕ができてきたあたりに、それに気が付いた。だから、同じく同期であるガブリエリとふたりで目を配るようにしていたが、ガブリエリはガブリエリで、あの顔面のこともあり、今度は女性隊員からやっかまれる遠因となりはじめた。仕方がないので、歳近い先輩隊員たちや、ルキエのように、あれと仲のいい女友だちに頼み込んで、ラクロワの面倒を見るようにしていた。
 数少ない同期。いくらかでも力になれるのならば、なってあげたい。

「ルキエのきかん坊ぶりも健在か。どうしたもんだかな」
 ひとしきりが済んでから本部長官執務室に戻ると、おそらくゴフや向こうさんからの話があったであろうダンクルベールが、ぼんやりと天井を眺めていた。

「“錠前屋じょうまえや”設立から、確実に検挙率は上がっています。ある程度の素行不良は、仕方ないかと」
「他部署の人間に怪我をさせるのは流石にまずい。今回は向こうにも落ち度はあるとはいえ、素行についてはもう少し改める必要があるな。セルヴァンに相談してみよう」
「上から順々。それでいいと思います」
 ダンクルベールに珈琲コーヒーを差し出しながら答えた。ダンクルベールはその香りに満足そうな顔をした。
 副官仕事も色々あって、こういったお茶汲みのようなこともひとつにある。男がそんなことをするなんぞ、とは思ったが、家の嗜みと自分の好みもあって、紅茶や珈琲コーヒーを淹れるのは好きなことであった。もの自体は軍の支給品ではあるが、淹れ方ひとつで味は随分変わる。日々、応対する来客や、他部署のお偉方には、自分の名前とあわせて驚かれ、また大いに褒められた。

「そうだ、ペルグラン。出張がある。用意をしなさい」
「はっ。どのような案件でしょう?」
「ヴィジューション。応援要請が来ている」
 ダンクルベールが、応接卓の方に体を動かし、卓に資料を置いた。随分な量があった。


「死体が多すぎる」


 ざっと並べた資料。およそ二十。これがすべて、死体の数。

 顔から血の気が引いていた。

「交通の要衝だ。大きな街道がある。ただまだ整備が追いついておらず、オイル灯の設置数は少ない。憲兵隊の郵便運送局でもよく使う道で、そいつらが早朝、死体を見つけて腰を抜かす、というのがばんばん上がっている」

 この国や、北東の海を渡ったユィズランド連邦において、郵便配達は憲兵、あるいは軍隊の仕事である。
 昔、東の大平原と国境くにざかいを隣するオルリアント辺境伯領が、大平原の駅伝制ジャムチという制度を取り入れたのが、そのはじまりである。
 主要な街道、道路上に、等間隔で宿駅を設置する。各駅には十分な量の馬や鳩、食事、そして寝床が用意されており、民間人であれば安宿として、軍隊としては簡易的な拠点として機能している。緊急時などは、そこに寄る度に馬を替えて、ばんばんと走り継ぐのだ。
 現在でも軍馬の鍛錬や設備の定期点検、あるいは街道沿いの治安維持のために、郵便配達の名目を使ってその制度を保っていた。勿論、利用者からは切手代や運搬料を頂戴するので、国家憲兵隊としては貴重な収入源のひとつでもある。

「下層階級が多い地域だ。冠婚葬祭に金を回せないものが家族の亡骸を棄ててからすつつかせる、ということは、こちらの方でも見る風景だが、困ったことにほとんどが殺しだ。それも手口が違うし、どれもが洗練されている。連続殺人犯は手口を変えない。基本中の基本。バラチエ司祭のときにも、その話はしたはずだ」
「聡明で狡猾な、連続殺人犯ですか」
「支部小隊の人数と人材は不足なしと見ていたが、それでも打つ手なし、だ。だから俺が行く。長くなるだろう」
「その間の本部運営はどうしますか?」
「ウトマンがいる。あいつなら回せる」
 ダンクルベールは、さっと答えた。
 百貨店ひゃっかてんこと捜査一課課長、ウトマン少佐。異名の通り、ひと通りのことを、ひと通り以上にこなせる秀才だ。それぞれ必要に迫られて覚えたこと、と謙遜しているが、とてもそうは思えない。

「お前が来てくれたから、これもできるようになった」

 ダンクルベールが、嬉しそうに、にこりと笑った。それを見て、嬉しさと気恥ずかしさで、ペルグランも笑ってしまった。

「あとは、相手がこちらを上回る場合のための鬼札ジョーカーだな」

 鬼札ジョーカー。つまりは、ボドリエール夫人こと、あかき瞳のシェラドゥルーガ。

 かつて文壇を席巻し、熱狂の時代を拓いた女流作家。第三監獄の最奥に座する凶悪殺人犯。そして摩訶不思議な力を操る、人でなし。
 傲慢で残忍、尊大で冷酷。しかし礼節と教養に溢れた智の巨人であり、ダンクルベールの宿敵として、また恩師として、今もなお闇の中で蠢き続ける、正真正銘の化け物である。
 どこまでも頼りになる反面、どこまでも信用ならない。

「連れて行くことはできません」
「そうだ。遠方になるから、連絡も取りづらい。連絡を取っていることがマスメディアに知られるのもまずい。で、だ」
 ダンクルベールがそこまで続けて、のそりと立ち上がった。小さな執務室に対して、その巨躯はあまりに収まりが悪そうだった。

「札遊びをするうえで、忘れてはならないことが、ひとつ」

 ちょっとした言葉遊びのような選び方をして、続ける。

鬼札ジョーカーは必ず、二枚ある」


 ふと、正面に気配を感じた。見やると人がひとり、座っていた。

 小さい男。あかみがさした浅黒い肌。印象としてはそれだけで、どことなく覚えづらいというか、記憶に残らない。そこら辺にいる人、という雰囲気だった。
 先程までいなかったはずだが、突然現れたのか、それでも別段、驚きを感じなかったのが、自分でも不思議だった。
 手枷と猿轡をされていた。それだけは、気になった。

スーリだ。ようやく使う許可が下りた。アルシェのかつての仕事仲間といえば、話が早いかもしらん」

 旧王朝の秘密警察。
 厳密には、名前がないらしい。ただし、そういう組織を旧王朝は抱えていた。政争のための目であり、刃であり、盾である。
 政変の際、捕縛された将校や王族の証言でその詳細が明らかになり、そのほとんどが処断されている。

「こいつは、もと暗殺者。それも神域のだ」
 暗殺者。
 闇の中を駆け回り、生命いのちを奪うものども。謎に満ちた、そして明かされることのない、見えない恐怖。
 それが対面に座した、この小さな男だというのか。

「どうも。鼠のスーリでおま。この度、中尉相当官を頂戴しました。おかげさまで、正規軍人の仲間入りさね」

 またふと、正面を見た。小男がにこにことしながら敬礼を捧げてきた。口調も明るいというか、おちゃらけていた。

 手枷と猿轡は、どこにも見えない。

「暗殺とは気付けない手口。政変後、かつての王族や、組織の重役の証言以外、一切の証拠がない。それぐらいの腕前だ。偽装工作、潜入、変装も熟達以上。特に生存能力だな。こいつはすごいぞ」
 そこまで続けて、ダンクルベールは苦笑いを浮かべた。

「少なくとも俺たちに八回逮捕され、五回は処刑されている。うち一度はこいつ本人として。しかもあの、ムッシュにだ」

 言われて、唖然とした。きっと阿呆面を晒しているところだろう。死んでも生きている人間が、ここにもいたとは。

「こないだ会ったとき、ムッシュのとっつぁん、泡吹いて倒れちゃったや。悪いことしちゃったねえ。あの時はほんとうに色々と気を揉んでくれて、おかげさまで胸張って死ぬことができたよ。神さま、ミュザさま、ムッシュさまだ」
 死んでいるはずの人間がきゃっきゃと笑った。口調はどこまでも軽く、そして底抜けに明るい。

「本人を前にしてですが、暗殺者とは思えないぐらい、明るい人ですね」
「んにゃあ。処世術、処世術さ」
 ペルグランが漏らした言葉に、男は頭を振った。

「あんまり言いたかぁないけど、おいらは産まれたときからの奴隷だった。包丁一本渡されて、死んでこいって言われてきた。やってられっかよ。眼の前のこいつ殺してでも生き延びてやる。ただその思いひとっつでしのいできた。そのためならどんな努力でも苦労でも喜んでやってきたよ。ほんとう、政変で全部おじゃんになって、ばんばんざい。もう殺しなんてやらなくて済むんだからね」

 そこまでさらさらと言っていたが、その目は真っ黒だった。光を吸い込む、黒点。
 ひとごろしの目。そう、直感した。

「職業暗殺者。それでも殺しはうんざりだったと」
「そんなもん、いやしないさ。大した稼ぎにはならない。収支はいつだって大赤字だし、何しろリスクが大きすぎる。やるだけ馬鹿をみる仕事だ。皆、小説の読み過ぎだよ」
 真っ黒な目のまま、それはからからと笑い声を上げた。

「教訓となる言葉だ。そのまま面接を続けようか。殺しはひととおりできると聞いていたが、得意科目は?」
「そりゃあ馬だね。轢いてよし、蹴ってよし、振り落としてよし。焼いて食うこともできるから証拠としても残りづらい。万能包丁より万能だ。馬食うのには抵抗あるだろうから、人にはおすすめはしないけどね」
 その答えに、思わず苦笑してしまった。
 確かにこの一帯では馬肉を食する文化はなく、特に軍人や農民からは忌避される傾向が強い。曽祖父たるニコラ・ペルグランの日誌には、戦地で食うものがなく、足の折れた軍馬をほふって喰ったら美味かった、なんて記載があったが、実際はどうなのだろう。

「捜査官として連れて行くことになる。やり方は任せるが、どのように進める?」
「チェックリストを作るのがいいかな?殺しの手口ごとに気を付けるべき点というのがある。それを塗りつぶしていって空白になる欄が証拠になるはずさね。どうじゃろ?」
 ふざけた口調だが、受け答えはしっかりできている。不自然さはない。
「合格。あらためて、ご就職おめでとう。歓迎するよ」
「後で雇用契約書はちょうだいね。ちゃんと確認しないと後々、面倒なことになるから」
「大事なことだな。出立は明後日。諸業務の引き継ぎを済ませて、身を綺麗にしてからの出発だ」
「へい、かしこまり」

 瞬きひとつだった。

 スーリが消えていた。見渡しても、どこにもいない。

「曲者だが、あの通りの性格だ。組み合わせには困らんだろう。アンリエットだけは気がかりだが、境遇を知れば、ある程度の同情は買えるだろうし、あいつも、そのあたりの腹芸はできるはずさ」
「それこそあしでいいんじゃないですか?」
あしはどこまで行っても俺の私兵だ。正規軍人として、密偵、斥候、囮に使える、特殊工作員が欲しかった」

 言った通り、ダンクルベールは、私的に密偵を抱え込んでいる。元来、現場の人であったが、左足を悪くしたから、そのあし代わりである。

「そうだ。行く前に、ウトマンと話をしておきなさい。きっと喜ぶはずだ」
「喜ぶ、ですか」
「ヴィジューションには、あいつの友だちがいるからな」
 ダンクルベールはほんとうに、優しい顔をしていた。

 言われた通り、後ほどウトマンに出張の話をした。確かに嬉しそうにしていた。忙しい中、仕事を折ってまで、色んな話をしてくれた。
 ウトマンの若い頃の話。そしてその同期の、おかしな男の話。ほんとうに面白くて、何度も笑ってしまった。そして、ほんとうに楽しそうだった。

「よろしく言っておいておくれ。私は元気だってね。あいつはきっと、元気だろうけど」
 いつも忙しそうにしているウトマンが、とびきりの笑顔でそう言った。

 泣き虫ヴィルピン。そういうひとがいるそうだ。

(つづく)
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