春を売るなら、俺だけに

みやした鈴

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【第九話】

独白

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 ズズニーデートから時は流れ、椿の花は艶やかに庭木を彩っていった。
 明日は大学の入試のため、講義は休み。
 そんな休前日、俺は咲の家で彼と一緒に映画を見ながらのんびり過ごしていた。

 泊まりも数度重なると、次第に俺の私物も咲の部屋に増えていった。
 ズズニーにてお揃いで買ったマグカップは勿論、歯ブラシだとか下着、パジャマ、その他諸々。明日は俺の荷物を収納するためのカラーボックスをホームセンターへ買いに行く予定だ。

 映画もエンディングを迎え、エンドロールまで見終わると、咲はテレビの電源を切って、俺に向き直った。
 だから俺も咲の方を見ると、どこか普段とは様子が違い、顔には緊張が漲っている。
 どうしたんだと思い手を取ると、彼の手は小さく震えていた。

「……ねぇ、剛。聞いてくれる?」

 そう呟く声はあまりにも小さく、まるで何かを懺悔するかのような言い方だった。
 だから俺は重くとらえすぎないよう、わざと明るい声を出した。

「おう。どうしたんだ?」

 そのあと、しばらく間があったと思う。
 咲は口を開いては閉じ、長いまつ毛を伏せ、考え込んだ後、静かにこう言った。

「もしかしたら剛は気付いていたかもしれないけど、僕は……自分の身体を開く事でしか価値を感じられなくてさ」

 その言葉に、俺は息を呑む。
 勿論ショックがないと言ったら嘘になる。けれど、その事実は受け入れざるを得ない。
 だってそうやって生きてきた咲の事を、俺は否定したくないから。

「そうだったんだな。正直、薄々そんな予感はしてた」
「あはは。やっぱり? 剛、仲間製薬って知ってる?」
「あぁ。あの超王手薬剤メーカーだろ? それがどうしたんだ?」
「僕はそこの社長の息子でさ。上に二人兄さんがいて、下に一人妹がいる。でも頭も良くないし、運動も出来なかった僕は優秀な兄さん達や末っ子で唯一の女兄妹の妹と比べて、家での居場所が無かったんだ」

 仲間製薬っていえば、この日本で生活していれば、誰だって聞いたことがあるレベルの大手企業だ。
 明治時代から続く、歴史ある由緒正しい家であることは間違いない。
 咲がそんな家の社長令息。信じられない気持ちはあるけれど、そこはかとなく滲む上品さがその事実を裏打ちしている。だからこんなにも、彼の所作は綺麗なのか。

「それは、知らなかったな。なんとなくお坊ちゃんなのかなって言うのは思ってたんだけど、そこまですごいところの出なんて知らなかった」
「できれば他の人には内緒にしておいてね。……居心地が悪かったのは、学校でも同じでさ。寄ってくるのは家の銘柄やお金目的の人ばっかり。友達も恋人も、本当に相手を信頼できることは無かった」
「そっか。……って、恋人が居たことがあるのか?」

 引っかかるべきところはここではないことは分かっている。
 けれど俺はどうしても気になって聞いてみると、咲はシニカルな笑みを浮かべる。
 初期に見たような、自分を嘲るような表情。

「実は、彼女が居たもあってね。けれど、その人の事はひどく傷付けてしまったと思う。告白されたから付き合ってみたけれど、失礼ながら彼女と居て楽しいと思ったことは一度も無かった」
「それは、またすごい大胆な告白だな。けれど、辛いんじゃないか? 恋人と居て楽しいって思えないなんて、苦しいはずだ」
「そう、だったんだよね。それにセックスの時だって、女の身体じゃ全く反応しないんだ。その時、自分は誰の事も愛せないんじゃないかって真剣に悩んだよ。だからこそすぐに別れを告げたんだけど、それでも良いから付き合って欲しいって縋られて。結局卒業までは付き合ったけど、自然破局。本当、申し訳ないことをしたよね」

 俺が咲と同じ立場だったらどうするだろう。勿論、相手との関係は終わらせようとしたはずだ。でも咲は優しいから、縋られたら突き放すことも出来なかったんだよな。きっと。

「咲に彼女がいたなんて、初めて聞いたな。その、ずっと咲は男が好きなんだと思ってた」
「自覚したのはね、大学入学とともに上京してすぐだった。女の人を愛せないなら男の人はどうなんだろうって試してみたんだ。その時、僕は本当に誰でも良くて、いろんな人に抱かれてきた。時折、「お小遣い」なんて言ってお金を渡す人もいてさ。剛が昔僕の財布を気にしてたと思うんだけど、あれも、貰い物」

 そういう咲は淡々としているように見せたいのだろうけど、実際言葉が震えている。
 爪が食い込むほど強く拳を握り込んでいるのが痛々しくて、俺は出来るだけ優しくその手をほどいて、自分のそれと重ねた。

「だからか。どうしてこんなに良いものを持ってるのに、全く執着がないのかなって思ってたんだけど、そういう理由だったんだな」
「……引かないの?」
「そりゃー、ヤキモチは妬くけどさ。今は俺の事だけ見ててくれるって、分かるから」

 そう言ったのは、半分は願いだった。
 今こうしてともに過ごしているのに、俺以外の相手が居たらどうしよう。
 そんな悪い事は考えないようにしたいからこそ、その言葉を肯定してほしかった。

「勿論! 剛と過ごすようになって、君のことが気になり始めてから、そういうことはやめた。クリスマスに男の人と歩いていたのは、どうしても君のことが忘れることができなくて、他の人で試してみようと思ってしまったんだけど……あのままホテルに行ったとしても、剛以外の人には抱かれたくないって拒否していたかもしれない」
「そーじゃないと困るって」

 咲はその言葉にびくりと震えた。
 これから俺に怒られると思ったのだろう。だから俺はそんなことしないと言わんばかりに、丁寧に彼の事を抱きしめた。

「確かに、咲は過去に色々あったのかもしれない。けど大事なのは今と未来だろ? これから先、咲が自分を傷つける為に誰かと無理やり関係を持たなくたっていい。俺が、誰よりも一番咲のことを必要として、お前のことを丸ごと愛するから」

 そう言えば、咲は俺の胸に頭を埋め、腰に腕を回しながら甘えるように頬ずりをする。

「あー……こんなはずじゃなかったんだけどな」
「どういうことだ?」
「最初は『男同士の恋愛について教えて欲しい』なんていう君を揶揄うだけのつもりだったのに、今じゃ、そんな未来が欲しいって、剛を欲張ってしまうようになっちゃったから」
「いいじゃん、それで。俺は最初からこうなると思ってたし。これから先は俺しか見ないで。俺も咲しか見ないから」

 な? と笑いかけると、気が付けば俺は咲に唇を奪われていた。
 深いものじゃなくて、確かめるような軽いキス。
 けれどおでこへの口づけは一か月以上ぶりで、俺は驚いてしまった。

「それなら、俺も言わないといけないことがあるな」
「なに? なんでも聞かせて」

 それはずっと咲には隠していた、俺が人を抱けなくなっていた原因について。

「俺って、さ。エッチな事とかって、将来をずっと添い遂げる人としかしちゃいけないと思ってたんだ。古い価値観だって笑われても良い」
「笑う事なんかしないよ。けど、そればっかりは剛に悪い事をしちゃったかな」
「悪い事? なんでだ?」
「だって、ずっと大切にしていた君の価値観を壊してしまったわけでしょ? しかも、僕の興味本位で」
「最初はそりゃあ悩んだよ。自分の思ってた事と正反対のことをしちゃったって」

 ごくりと咲は息を呑む。そんなに真剣に受け止めてくれるなんて思ってなくて、だからこそ次の言葉が言い辛くなってしまう。

「……俺、高二のころさ。付き合ってた彼女に無理やり既成事実を作られそうになったんだ。ずっと俺は『万が一』が起こってしまったとき、責任が取れないのが怖かった。だから今まで付き合ってた人はいたけど、誰とも肉体関係は結んでなかった」
「うん。君は責任感が強い人だから、もし子供が出来てしまったときに、自分を犠牲にしてでも責任を取ろうとしてしまうんだろうね」
「それが、相手の気に障ったんだろうな。薬まで盛られて、目が覚めたときには全裸の彼女が俺の上に跨ろうとしてたんだ。その時は怖くて仕方なくて逃げたし、恋愛もそれっきりしてなかった。正直に言って、女をまともに見れるようになったのも、大学に入ってからなんだ」

 こんな事、今まで誰にも打ち明けたことは無かった。
 無理やりされそうになったという話は高校では広まっていたものの、自分から改まって口に出すことは無い。今までも、これからも無いと思っていた。

 けれど、咲が自分の隠したい弱さを俺に見せてくれたんだ。俺も、そんな咲に隠し事はしたくなかった。

「ごめん。僕は君にそんな過去があるなんて知らずに、軽率に肉体関係を持とうとしてしまって」
「嫌なら前みたいに逃げれば良かったんだ。でも咲からは逃げられなかったんだ。咲と初めてシた時、不思議だけど嫌悪感が無かった」
「それって、ただ僕に流されただけじゃなくて?」
「いや。流された訳じゃない。今こうなってみてよく分かったんだ。俺は最初から咲に惹かれていた。気付いていなかったけど、心の底では、ずっと咲と一緒にいたいって思ってたのかなって。それが全ての答えなのかもしれないな。だから、咲」

 大きく息を吐いて、咲の頬に手を添え、顔を上げさせた。
 先ほどまで浮かんでいた孤独はなりを潜め、しっかりとした芯を持って俺を射抜いてくる。

「なあに?」
「俺と、付き合ってください」
「……うん、そうだね。責任、取らなきゃいけないもんね?」
「って事は――」
「僕も、君が好きだよ。こちらこそ、ふつつかものですがよろしくお願いします」

 そういうと、どちらからともなく唇を重ねていた。
 恋人同士になって、初めてのキスはいつもよりずっとずっと甘く感じて、それだけで脳がしびれていくようだった。

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