魔王が死んでいた。

藤田はじめ

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エピローグ

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 魔王が死んだという一種の訃報がギリーの元に届いた。呆気に取られて、ぱさりと新聞を落としていた。人々に選ばれた勇者がついぞ、魔王を討ったらしい。つい先日のことだった。
 つい先日と言えば、不思議なことがあるとギリーは思い出していた。自分が住む村から見える海に、巨大な極彩色の塔が立っていたことだ。水平線に浮かぶその塔は、先日の昼過ぎに急に現れたものだった。
 落とした新聞を取って、中にそれらしき情報が無いかと読みふけるがそれらしきものは一切ない。あの塔は、田舎の村の海に現れた不可思議な塔だと頭の中で整理を付けていたが、それと同時に魔王の言葉を思い出す。
『竜の墓標が現れたなら、君が一番に行ってくれ』という当時から今に至るまで一度たりとも理解できないでいた言葉だ。
 あの塔が龍の墓標だというのだろうか。ギリーはしばらく考えて、そうであるならばいかねばならないとだけ考え、身支度を整え始めた。
 ギリーは元勇者候補であり、単身魔王に挑んだこともあるが、それだけの男である。海辺の村の平凡な家庭に生まれて、勇者にあこがれ、目指しただけの勇者になれなかった凡百の人間である。魔法が使えて、剣が振るえるだけの何の変哲もない男だ。自分だけが持つ一人だけの固有魔法が少し変わっている以外は、何ら普通の男だ。
 それだけの男が、剣を腰に差して、身支度をして家を出る。
 身支度をしたギリーを見るなり家族はぎょっとしてを見るなり「どこへ行くんだい?」と言った。
「魔王が死んだ」
 それだけの短い言葉を残して家を出た。元来放任主義な親はギリーに何も言わなかった。ギリーがどこかに行くというのなら、それでいいというだけの気持ちだった。一人息子が出ていくのは少しばかり困るが、それでもここ数年は居なかったのだから大した変わりはないと考えている。
 残された家族はしばらく首を傾げて、ギリーの言ったことの意味を考えて、魔王の死を祝う準備に戻っていた。
 魔王が死んだ。
 本来であれば喜ばしいことであるのにギリーは釈然としないものを胸中に抱えていた。本当に死んでしまって良かったのかという疑問ばかりだ。魔王の考えを知るギリーにしか、それは理解できていない。
 魔王は世界平和を望んでいたという。それが嘘か誠か、死んだ今ではまるでわからないでいた。
 ギリーにわかることはただ一つ。あの極彩色の塔は恐らく、魔王が言う竜の墓標に間違いないということだった。魔王が死んだのであれば、彼の残した何かがあるはずなのだ。
 村で借りた小さな子船に乗って、ギリーは船を進めた。
 極彩色の塔は異様な雰囲気を垂れ流している。近寄っただけでくらっとしてしまいそうなそれは、ギリーがかつて行った魔王の住居と同じか、それ以上だった。並々ならぬ魔力を帯びた波が揺れて、船が固形のものの上を行くかのようにガタガタと音を立てる。
 ここまでが限界だな、と竜の墓標に少し近づいてギリーは感じ取り、船を降りて波の上に恐る恐る足を乗せた。揺れ動く固形の波はギリーが足を乗せるなり固まったようになり、足場として十分な役割を果たしていた。
 ギリーは海へと立ち、竜の墓標へと歩いていく。後ろで小舟が波に押しつぶされる音が聞こえた。戻ったならば、謝らねばならないと思いながらも歩みを止めずに近づいていく。
 薄気味悪い極彩色の塔は、青空を背に佇んでいる。その在りようがどこかギリーには不気味に思えた。良くないことの兆しにしか見えない。
 魔力で形成された不安定ながらもしっかりとした足場を歩いて竜の墓標へと近づくと、極彩色の塔に似つかわしくない取って付けたような石細工のドアがあった。押すとギイと薄気味悪い音を立ててドアは開いた。
 中は真っ暗闇で何も見えやしない。まるで蛆が走るようなうじゅうじゅという気味の悪い音がするばかりだ。魔法で光をともして中を見ると、極彩色の壁がうじゅうじゅと蠢きながら階段を成していく。
 ギリーはその階段を悪趣味なものだと思いながらも登り、上に登り始めた。一歩進むたびにぐちゃぐちゃと死体でも踏みつけたような嫌な音が響き渡る。それでも一歩ずつ確実に上に進んでいく。誰も居ないこの極彩色の塔を、着実に登っていく。
 登り進めて半刻ほど経った頃、エントランスのような場所に着いた。何もない。代わりに一人の人間が座り込んでいる。これよりも上に続く階段がないので、ギリーはここが最上階かと思って上を見やった。吹き抜けの天井からは青天井が良く見える。しばらく見ていない日の光に目を細めながらも座りこんだ男を見た。
 胡坐をかいて、まるで何かの修行化のように手を組んだまま動かない男が一人居るだけである。異国から来たような変わった胸元に赤いハートがあしらわれた白いシャツと青いスキニーを履いている。空に浮かぶ雲のように白い肌を持ったその男はギリーの目には奇怪に映った。ギリーが生まれ育ったこの世界では見たことのない類の衣類である。ぼさぼさの深い青色をした髪がはなはだ不気味だった。
 不意に男は、ぱちりと目を開いて青髪の間からギリーを見据えた。
「君、今日は何日だい?」
 男の物言いは、まるで時間旅行をした後のようなものだった。訝しみながらもギリーは「後二月の二十日だ」と答える。
「そうか、そんな月になったか」と男は呟いた。
「お前、何者だ? 俺はお前のような奴を見たことがない」
「うーん、私が何者かという問いは難しいね。でも、この世界では俗にいう竜と言われる存在だよ」
「竜?」とギリーは眉をひそめる。「竜というのは神話の話か、冗談か?」
「まさか」と男は肩をすくめる「私は第七竜、空竜からりゅうというのが正しいかな? エヴゲーニーって言うんだ」と名乗りを上げる。
「第七竜? 竜は六までではないのか?」
「いいや、君たちが忘れているのか、それともあいつらが私のことを隠したのかは知らないけど、正しくは七竜だよ。魔法の元素である火から闇までの六と、加えて何もない、エンプティな空っていうわけで私が第七の竜として存在しているのさ」
 にわかには信じがたいその名乗りにギリーは男を睨みつける。男は平然とした様子で立ち上がって虚空から何かを手に取るような仕草をして、気が付けば手に猫のお面を持っていた。何が起きたのか理解できないでいるギリーをあざけるように猫のお面を被って「ミャウ」とまるで猫の鳴き声を真似たような声を発した。
「お前は、なぜここに居る?」
「君は難しい問いかけが好きみたいだね。僕ちゃんはある男に封印されていたのさ、この竜が眠る墓標と一緒にね。有るから有る、無ければ無い、それだけのことだろう?」
 それだけ言ってエヴゲーニーは「ハハハ」と乾いた笑い声をあげた。
「つまり、お前は魔王に封印されていたということか?」
「ご明察! その通りさ、君たちの言う魔王という男に僕ちゃんは封印されていた。僕ちゃんは一つの世界にしか存在できないし、不確定要素がある世界は統合できないからね……彼が死んで良かったよ」
 魔王に封印されていた存在というだけでもギリーにとっては何かの害があるように感じられて仕方なかった。それが、こんな場所でならば尚のこと。腰に差した剣を握る。エヴゲーニーは猫のお面を被ったまま「ミャウ」と鳴いて話を続ける。
「僕の目的を先に行ってしまおうか、僕は並行世界を束ねることが目的なんだ。もしもともしもを合わせて、魔法を無かったコトに! そしてあいつら六体の竜を擬似的に蘇らせたいのさ、そんなことは言っても君にはわからないだろう?」
 エヴゲーニーが言うことはもっともで、ギリーには何一つとして理解できない。それでも、今のこの世界から魔法を無かったことにするということの危うさは容易に理解できた。魔法があるからこそ成り立っている世界から、魔法を奪わんとしているエヴゲーニーのことを見過ごすことはできない。
 腰に差した剣を居合抜きの要領で抜いて、エヴゲーニーに斬りかかる。それをひょいとかわしてエヴゲーニーは喋る。
「どうしたんだい? 何か癪に触るかい?」
 二回、三回と鋭く剣を振るうもエヴゲーニーには掠りもしない。果てにはかわし終わっては「ハハハ」とギリーを逆撫でるように鳴いてみせた。ギリーは自分の実力では叶わないと理解こそしていた。それでも、魔法を無くすことをギリーは許せなかった。
「魔法がなくなったら、この世界はどうなる? 魔法があるから、今の文明がある! それをお前の都合で奪われて、残った人はどうなる」
 エヴゲーニーは猫のお面を被ったまま、表情は見せない。ただ冷たい声で「なるようになるさ」と言い切った。ギリーはふつふつといら立ちが煮えたぎるのを感じていた。
「そんな無責任なことを言って――」
「それは君に想像力が無いからさ」
 そう言ってエヴゲーニーは手をかざした。ギリーの目には一瞬、白い光が走ったように見えた。眩しさに目を閉じた瞬間、ふわりと浮いたような感覚。目を開けば辺り一面が白色しかない殺風景な世界が広がっている。猫のお面を被ったエヴゲーニーは何処にもいないが、声だけは聞こえる。
「僕ちゃんも空の青色がないと、どうしようもないんだ。統合するのに一つ足りない、持って行かれたらしいね。探しに行く間に君の答えを探すといい」
 勝手なことをつらつらと言うエヴゲーニーに「何の話をしている! 俺と戦え!」とギリーは叫ぶが、返事は帰ってこない。代わりに「ハハハ」と乾いた笑い声が辺りにこだました。
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