シェヘラザードと蜿蜿長蛇

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シェヘラザードに蛇足

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 目を覚ますと、今日は隣に蛇兄さんが居ない。

 うっかり私のことを少し教えてしまったから、蛇兄さんは明治神宮に戻ってしまったのかと思って不安になった。そんな今日は、今までの御伽噺を一人でおさらいして黄昏時を待つことにしよう。

 蛇兄さんの御伽噺は私の知らない世界で溢れていた。だから私はそのセカイをちゃんと味わうために、その中に登場する言葉は全部調べた。それに加えて、私にはみんなが当たり前のように触れてきた昔話を誰かに教えてもらった記憶がない。だからそこから全部自力でやり直した。最初から何となくわかっていたことだったけど、そのことに少し傷ついている自分がいたのも事実。でもみんなが知っているどのお話よりも、蛇兄さんの御伽噺の方が私には魅力的に感じたし、選べない環境で手にした事実より、自分で選んだ事実の方が真実なのだということぐらいは、私にだってもうわかり始めている。負け惜しみの強がりのように、そう自分に言い聞かせながら、そういえば蛇兄さんがジョンレノンの曲をよく口ずさむことがなければ、その音楽に触れることもなかったし、彼の人生にだって興味を持つこともなかったという事実に気付く。そして私は危うく、私にとって大切なモノを何も知らないままで死んでいくところだった。という真実を思い知らされて、ちょっとだけ背中がゾワリとした。

 これまでの私はずっと、このカラダをいくら、誰に、どうやって差し出そうとも、そのせいで間違って呆気なく死んじゃったとしても、それはそれで仕方ないことだと思っていた。それに一度終わってみれば、また最初からやり直せると思い込んでいる節があったし、やり直しになった時には、当たり前に真新しいところから始まるような気もしていたから、終わることに希望さえ抱いていた。蛇兄さんは私のことを叱ったりはしない。でも蛇兄さんの御伽噺は、そんな私のことを何故だかよくゾワリとさせた。

 このゾワリの正体が何なのかはまだよくわからなかったけど、私の知っていることが増える度、忘れかけていたことに気が付く度に、私の背中はちょっとだけゾワリとして、蛇兄さんが抱きしめてくれない分、自分のことをギュッと抱きしめることが癖になる。
 いまだに一人ぼっちのこの部屋はいつもよりも広く感じて、私は出来るだけ小さく丸まってみた。両肩を自分の指でしっかりと握ると、肩に食い込んだ指のカタチが蛇兄さんの細長い指のようだと錯覚する。蛇兄さんが側に居ない時の方が、蛇兄さんの声や息遣いを鮮明に思い出せるのかもしれない。そこにはきっと私の理想や妄想が含まれているから、よりリアルに、私にとっての蛇兄さんを感じることができて、私のカラダの中心は甘く軋んだ。恋をすると触れたくなって、私に触れて欲しくなって、更に奥深くまで繋がりたくなるというのは、私の性欲の所為なのかもしれない。性欲から始まるようなものが私にとっての恋だとするなら、過去の恋愛も全て正しく恋だったし、私はいま蛇兄さんに恋をしている。でも蛇兄さんに対する感情はこれだけではないのだ。

 私は、蛇兄さんになりたい。
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