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第7章 ~エマヌエーレ国編~
―100― 謎の糸は次々に解かれていく(3) アポストルからの啓示~前編~
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アポストルからの使いの少年・ゲイブの小さな体は、医師ハドリー・フィル・ガイガーによって一通り調べられた。
「見たところ、伝染病の類ではなさそうだ。が、しかし……聞いたところによると、この子どもは闇に包まれているはずのユーフェミア国から現れたらしいし……そこで新種の伝染病や感染症が蔓延していた可能性皆無とは言い切れないな」
チクリと不穏で余計な一言を付け加えたガイガーは、ゲイブに手早く投薬を施し、部屋を出て行った。
おそらく、これから町中へと向かうのだろう。
白髪頭の魔導士による大量殺戮未遂の爪痕は生々しく残っており、アフターケアに、この宿舎の兵士や魔導士たちのかなりの人数が割く必要があった。
全くの無関係の民たちをあれほどの事態に巻き込んでしまった。
直接的な物理攻撃はアダムをはじめとする魔導士たちが防いだものの、もはや世界の終わりかと思うほどのパニックに陥らされることとなった地上での怪我人や急病人が皆無であったわけがない。
さらに、どういう経緯であるのかは分からないが死亡者も出たという話もルークとディランの耳にまで届いていた。
魔導士アーネスト・リコ・コッティネッリが男性一人の遺体を発見したらしい、とも。
その男性の遺体が、自分たちの元親方でありペイン海賊団の形ばかりの大将であったセシル・ペイン・マイルズのものであることはまだ知らされていないため、ルークとディランは犠牲者の死に心を痛めるばかりであった。
そんな彼らの心の内に呼応するかのように、熱に浮かされたゲイブがうわ言を言った。
「お、お姉ちゃんまで死んじゃやだ……いかないで……」
お姉ちゃん”まで”ということは、彼はすでに愛する者を亡くしている、亡くした後であるということだ。
ゲイブの目に涙が浮かんでいるのは、発熱によるものだけではないだろう。
いったい、ユーフェミア国で何が起こっている……いや、何か起こったのか?
それを今の彼から聞き出すのは無理のようだ。
さらには、現在の時間軸にいる彼が今もユーフェミア国で存命中であるとしたら、とうに六十五歳を超えているはずであるとも。
ルークがゲイブの額にそっと手を置いた。
そう簡単に短時間で熱が下がるわけがないも、倒れた彼をこの腕に抱き留めた時と比べると、ほんのわずかばかりであるが快方に向かっているように思われた。
アポストルからの手紙を”受け取った後”であるというのに、過去からの来訪者であるこの少年がかつてないほど長く自分たちの元に留まっている。
人知を超えた存在からの使いであり、天使と見紛うがごとき愛くるしい顔立ちのゲイブは、今まではどこか浮世離れした存在……人外の者に近いような存在のようであった。
だが、こうしてベッドに横たわっている彼を改めて見ていると、自分たちと何ら変わらぬ生身の人間であるということをひしと感じずにはいられなかった。
その時、部屋の扉が二回ノックされ、ジェニーがおずおずと顔を出した。
「あの……準備が整ったとのことです。看病は私が引き継ぎますのでお二人は……」
準備が整った、という言葉にルークとディランは頷きあった。
これから、いよいよアポストルからの次なる啓示を受け取るのだ。
彼ら二人は、倒れ込んだゲイブの手から手紙を受け取りはしたものの、開封はしていなかった。
開封したところで自分たち二人は文字が読めないというのも理由だが、過去三回の経験から予測するに開封して手紙を読んだ後、すぐに手紙は消失してしまうはずだ。
だから、万全の体制を敷いたうえで、次なる道標となる啓示を受け取るべきだと彼らはその場で判断した。
指定された部屋へとルークとディランが到着した時、もうすでに他の者たちは揃っていた。
トレヴァー、アダム、ヴィンセント、ダニエル、フレディ、そして……ミザリー、パトリック、レイナ。
おのが能力と魂を絞り出し全て解放しきったピーターはあの後、昏倒してしまっていた。
耳や鼻、口からの出血も止まり、命には別状はないらしいが、おそらく3日以上は深い眠りにつくのではないかという話であったため、この場にはいない。
アダムがその顔にありありと疲れを滲ませ、傍目にも分かるほどゲッソリとしているのは年齢的なものだけではないだろう。
さらにはトレヴァーも顔色があまり良くない。
治りきっていない傷を庇いながら、他の兵士たちとともにあの現場へと駆け付けてはくれたものの、彼の体もやはりまだ元通りになっているとは言えまい。
なお、過去三回の啓示の場には立ち会っていないも、魔導士ミザリーと兵士隊長パトリックが同席するのは頷ける。
しかし、レイナまでいる。
彼女は確かに過去三回の啓示の全てに立ち会ってはいたものの、彼女はジェニーと同じく非戦闘員であるし、今回のゲイブの出現時には宿舎にいたはずだ。
レイナの性格上、自分から同席を希望するとは考えにくい。
……とすると、何らかの理由で彼女もこの場に必要であると判断されたのか?
レイナ自身も、どこか居心地悪そうにその華奢な両肩をさらに狭めて椅子に座っていた。
「お二人はそちらの椅子へとかけてください。ただいまより手紙を開封いたします」
ミザリーに促された。
ミザリーに……とはいっても、ルークやディランとて今のミザリーにはなかなか慣れることができない。
”綺麗目なおねえさま”系へと彼女の外見そのものや声までもが変わってしまっていることが最大の要因だとは思うが、今の彼女からは妙な世慣れ感――酸いも甘いも嚙み分け、世の裏側を見てきた者(クリスティーナ)にだけ醸し出せるもの――を感じずにはいられなかった。
アポストルからの手紙を読み上げる役割は、ヴィンセントへと振り分けられたらしい。
彼が机の上に手紙を広げ、その両サイドより同じく字を読むことができるアダムとパトリックが彼が読み上げる内容に相違がないかをその目で確認する。
ダニエルとミザリーの前には、それぞれ紙とペンが置かれている。
文字起こしは二人体制で行うということか。
傍から見ても緊張していることが分かるダニエルの唇は固く結ばれていた。
一息を吐いたヴィンセントが手紙へと手を触れた。
封が開けられ、彼が手紙を広げるカサカサという音が部屋に大きく響く。
その音は、ここにいる誰もの心臓の鼓動を早めていたであろう。
ついに手紙が机の上へと広げられたが――
「……え? 白紙?」
同じく手紙を見たアダムとパトリックの表情からも、ヴィンセントの言葉が真実であると分かった。
手紙には何も書かれていない?
すぐに開封しなかったことで……時間を置いてしまったことで手紙にあった啓示が消失してしまったとでもいうのか?
誰もが混乱するなか、手紙からふわりと白い湯気のようなものが幾筋も立ち昇り始めた。
まさか、蒸発して消えてしまう?! と誰もが思った時であった。
揺らめく湯気は突然に意志を宿したかのように、”レイナに向かって”目にも止まらぬ速さで飛び掛かっていった。
「――――!!!!!」
飛び掛かったというか、彼女へと突き刺さったという方が正しいかもしれない。
ブチン!!! という肉と肉とがぶつかりあったがごときような凄まじい衝撃音が部屋に響き渡った。
「見たところ、伝染病の類ではなさそうだ。が、しかし……聞いたところによると、この子どもは闇に包まれているはずのユーフェミア国から現れたらしいし……そこで新種の伝染病や感染症が蔓延していた可能性皆無とは言い切れないな」
チクリと不穏で余計な一言を付け加えたガイガーは、ゲイブに手早く投薬を施し、部屋を出て行った。
おそらく、これから町中へと向かうのだろう。
白髪頭の魔導士による大量殺戮未遂の爪痕は生々しく残っており、アフターケアに、この宿舎の兵士や魔導士たちのかなりの人数が割く必要があった。
全くの無関係の民たちをあれほどの事態に巻き込んでしまった。
直接的な物理攻撃はアダムをはじめとする魔導士たちが防いだものの、もはや世界の終わりかと思うほどのパニックに陥らされることとなった地上での怪我人や急病人が皆無であったわけがない。
さらに、どういう経緯であるのかは分からないが死亡者も出たという話もルークとディランの耳にまで届いていた。
魔導士アーネスト・リコ・コッティネッリが男性一人の遺体を発見したらしい、とも。
その男性の遺体が、自分たちの元親方でありペイン海賊団の形ばかりの大将であったセシル・ペイン・マイルズのものであることはまだ知らされていないため、ルークとディランは犠牲者の死に心を痛めるばかりであった。
そんな彼らの心の内に呼応するかのように、熱に浮かされたゲイブがうわ言を言った。
「お、お姉ちゃんまで死んじゃやだ……いかないで……」
お姉ちゃん”まで”ということは、彼はすでに愛する者を亡くしている、亡くした後であるということだ。
ゲイブの目に涙が浮かんでいるのは、発熱によるものだけではないだろう。
いったい、ユーフェミア国で何が起こっている……いや、何か起こったのか?
それを今の彼から聞き出すのは無理のようだ。
さらには、現在の時間軸にいる彼が今もユーフェミア国で存命中であるとしたら、とうに六十五歳を超えているはずであるとも。
ルークがゲイブの額にそっと手を置いた。
そう簡単に短時間で熱が下がるわけがないも、倒れた彼をこの腕に抱き留めた時と比べると、ほんのわずかばかりであるが快方に向かっているように思われた。
アポストルからの手紙を”受け取った後”であるというのに、過去からの来訪者であるこの少年がかつてないほど長く自分たちの元に留まっている。
人知を超えた存在からの使いであり、天使と見紛うがごとき愛くるしい顔立ちのゲイブは、今まではどこか浮世離れした存在……人外の者に近いような存在のようであった。
だが、こうしてベッドに横たわっている彼を改めて見ていると、自分たちと何ら変わらぬ生身の人間であるということをひしと感じずにはいられなかった。
その時、部屋の扉が二回ノックされ、ジェニーがおずおずと顔を出した。
「あの……準備が整ったとのことです。看病は私が引き継ぎますのでお二人は……」
準備が整った、という言葉にルークとディランは頷きあった。
これから、いよいよアポストルからの次なる啓示を受け取るのだ。
彼ら二人は、倒れ込んだゲイブの手から手紙を受け取りはしたものの、開封はしていなかった。
開封したところで自分たち二人は文字が読めないというのも理由だが、過去三回の経験から予測するに開封して手紙を読んだ後、すぐに手紙は消失してしまうはずだ。
だから、万全の体制を敷いたうえで、次なる道標となる啓示を受け取るべきだと彼らはその場で判断した。
指定された部屋へとルークとディランが到着した時、もうすでに他の者たちは揃っていた。
トレヴァー、アダム、ヴィンセント、ダニエル、フレディ、そして……ミザリー、パトリック、レイナ。
おのが能力と魂を絞り出し全て解放しきったピーターはあの後、昏倒してしまっていた。
耳や鼻、口からの出血も止まり、命には別状はないらしいが、おそらく3日以上は深い眠りにつくのではないかという話であったため、この場にはいない。
アダムがその顔にありありと疲れを滲ませ、傍目にも分かるほどゲッソリとしているのは年齢的なものだけではないだろう。
さらにはトレヴァーも顔色があまり良くない。
治りきっていない傷を庇いながら、他の兵士たちとともにあの現場へと駆け付けてはくれたものの、彼の体もやはりまだ元通りになっているとは言えまい。
なお、過去三回の啓示の場には立ち会っていないも、魔導士ミザリーと兵士隊長パトリックが同席するのは頷ける。
しかし、レイナまでいる。
彼女は確かに過去三回の啓示の全てに立ち会ってはいたものの、彼女はジェニーと同じく非戦闘員であるし、今回のゲイブの出現時には宿舎にいたはずだ。
レイナの性格上、自分から同席を希望するとは考えにくい。
……とすると、何らかの理由で彼女もこの場に必要であると判断されたのか?
レイナ自身も、どこか居心地悪そうにその華奢な両肩をさらに狭めて椅子に座っていた。
「お二人はそちらの椅子へとかけてください。ただいまより手紙を開封いたします」
ミザリーに促された。
ミザリーに……とはいっても、ルークやディランとて今のミザリーにはなかなか慣れることができない。
”綺麗目なおねえさま”系へと彼女の外見そのものや声までもが変わってしまっていることが最大の要因だとは思うが、今の彼女からは妙な世慣れ感――酸いも甘いも嚙み分け、世の裏側を見てきた者(クリスティーナ)にだけ醸し出せるもの――を感じずにはいられなかった。
アポストルからの手紙を読み上げる役割は、ヴィンセントへと振り分けられたらしい。
彼が机の上に手紙を広げ、その両サイドより同じく字を読むことができるアダムとパトリックが彼が読み上げる内容に相違がないかをその目で確認する。
ダニエルとミザリーの前には、それぞれ紙とペンが置かれている。
文字起こしは二人体制で行うということか。
傍から見ても緊張していることが分かるダニエルの唇は固く結ばれていた。
一息を吐いたヴィンセントが手紙へと手を触れた。
封が開けられ、彼が手紙を広げるカサカサという音が部屋に大きく響く。
その音は、ここにいる誰もの心臓の鼓動を早めていたであろう。
ついに手紙が机の上へと広げられたが――
「……え? 白紙?」
同じく手紙を見たアダムとパトリックの表情からも、ヴィンセントの言葉が真実であると分かった。
手紙には何も書かれていない?
すぐに開封しなかったことで……時間を置いてしまったことで手紙にあった啓示が消失してしまったとでもいうのか?
誰もが混乱するなか、手紙からふわりと白い湯気のようなものが幾筋も立ち昇り始めた。
まさか、蒸発して消えてしまう?! と誰もが思った時であった。
揺らめく湯気は突然に意志を宿したかのように、”レイナに向かって”目にも止まらぬ速さで飛び掛かっていった。
「――――!!!!!」
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