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第7章 ~エマヌエーレ国編~
―110― 奇襲(2) 姿が見えない ~後編~
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喉を押さえたノルマとナザーリオは、地面にドッと倒れ込んだ。
濁った暗赤色の血が、彼女たちの手から湿った大地へととめどなく流れ落ち、染み込んでいく――!
レイナとジェニーの悲鳴が重なり合う。
姿が見えない。だが、奇襲者の声は聞こえていた。
凶器は見えない。だが、二人の魔導士は喉を切り裂かれた。
喉を切り裂かれたとしても、傷の深さや内部までの到達度等によっては必ずしも即死というわけではない。
早い段階で適切な救命措置を受ければ助かる道はある。
しかし、今この時、この世界のこの場所にはそんなことができる設備などあるわけがない。
横向きに倒れ込んだノルマはヒューヒューとかすれゆく息を吐きながら、自身の右手をすぐ近くで倒れ込んでいるナザーリオの喉元へと伸ばした。
ナザーリオの血だらけの喉元に、ノルマの血だらけの手が届いた。
利き手である右手はナザーリオの傷に、そして左手は自身の傷へと。
彼女の両手から、かすかな光が放たれ始める。
それは彼女の命の残り火か?
以前、町中にて瀕死の重傷を負ったトレヴァーを死の淵から引き戻した時と同じように、彼女は自身の十八番である術(チャクラに働きかける術)で自身とナザーリオの救命措置を同時に行おうとしている。
自分の救命を優先しているうちにナザーリオが死出の旅へと赴いてしまうかもしれない。
しかし、ナザーリオの救命を優先している途中で自分が死んでしまっては彼を救うことはできない。
苦し気に呻いたノルマの口からは血が吐き出される。
コポコポと音を立てている喉が焼けるように熱い。
それなのに、手先は冷たくなっていく。
彼女の必死の思いすら凍らせ、二度とその氷が溶けゆくことのない場所に連れて行くがごとく……。
ナザーリオを死なせてはならないし、私も死んではいけない。
私たちが死んだなら、”この娘たち”を守れない――!
ノルマの声なき叫びを知ってか知らずか、姿なき奇襲者が言う。
「へええ、そう来たか? そんな力の使い方? いろんなのがいるなぁ。魔導士にも」
”そう来たか?”という言葉。
もしかしたら、この奇襲者はあえて即死にはならない程度の深さで魔導士たちの喉を切り裂いたのだ。
「悪あがき? これが最後の? いつまでもつかな? せいぜい頑張れ」
奇襲者の笑い声。
姿は見えない。
だが、奴の靴音は聞こえる。
粘り気のある泥にまみれた靴音が……そして、それらが残した靴跡も見える。
姿こそ見えなくとも、こいつが今どこにいるのかは少女たちには分かった。
「わあああああっ!!!」
最初に叫んだのも、そして奴に向かって泥をぶつけたのもレイナだった。
ジェニーもそれに続いた。
少女たちは泣きながら奇襲者に泥をぶつけた。
ビチャッビチャッと幾度もぶつけ続けた。
手だけでなく、顔も服も泥だらけになろうが構うものか。
ノルマとナザーリオの血の色が、彼女たちの脳内で幾度も点滅し、彼女たちの体に煮えたぎるような熱を湧き上がらせていた。
「ちょっ……! 待っ……!」
奇襲者もまさか、非力であり無力でもあるはずの少女たちにこんな原始的な反撃をされるとは想像していなかったようだ。
それに少女たちのこの行動は、目に見える”結果”をもたらし始めた。
見えないはずであった者を泥が見せてくれている。
奴のいる場所を、奴のややひょろりとした体の輪郭を。
「いい加減にしろって! 手加減しないよ! 女だからって! いや、むしろ女だからこそ……」
少女たちに向かって左手をかざし、距離を詰めようとしてきた奇襲者の男。
しかし、その時――
「レイナ!! ジェニー!!」
ルークだ。
騒ぎを聞きつけたのか、異変を察したのか、やや離れた場所にいたはずの彼が剣を手に駆けつけてきたのだ。
何があったのか少女たちに問うている時間はない。
地面に倒れている血だらけの魔導士二人の生死も分からぬが、今は何よりも少女たちが危ない。
泥をビチャビチャに塗りたくられた人形のような奇怪な”何か”が少女たちに襲い掛からんとしているのだから。
「ああ! もう! 来たよ! また!」
奴は苛立たし気にルークに向かって泥だらけの左手をかざした。
ルークとの距離がある一定の距離まで縮まった時、泥がこびりついた奴の唇がニッと歪んだことが分かった。
瞬間、ルークの剣がパキンと真っ二つになった。
武器を一瞬にして破壊されたルークであったが、彼はそのまま奴へと体当たりをくらわせた。
――!!!
泥だまりに突っ込んだ二人。
上へ下へ、右へ左へと彼らは転がり合う。
傍から見れば、まるでルークが泥の塊と格闘しているように見えた。
しかし……肉弾戦ではルークに軍配があがったようだ。
ルークの背後からのヘッドロックが見事に決まった。
さらに彼は、奴の体に体重をかけ、その左手の動きを自分の足で封じたのだ!
ルーク・ノア・ロビンソンと言えば、冷静さよりも勢いのイメージが強い青年ではあったものの、彼はここに駆け付け、そして剣を折られるまでの数秒間で敵の”利き手”をしっかりと認知していた。
魔導士のことはよく分からないが、こいつの左手から何かが発されるのは間違いない、と。
ルーク自身、自分はそれほど賢くはないと思ってはいたものの、生と死が隣り合わせの状況においてほんの数秒とはいえ敵が見せてきた情報を取りこぼすわけにはいかない、と。
そして、彼は敵そのものを取り逃さないだけの身体能力をも有していた。
さらに追い風が吹いてきた。
その風は、ルークにとっても思いもよらぬ人物によってもたらそうとされていた。
「……ロビンソン! しっかり押さえとけ! グサッといってやらあ!!」
なんと、キース・ギル・ドーキンズだ。
泥だけで相当に笑える姿になっているロビンソンを嘲笑うのは後だと、キースは一応は同僚である青年に助太刀をしにきたのだ。
「わ! わわっ! ちょっ! ちょ、ちょっ! ンなのあり!? やめっ! ……早く来てよ! ガブリエル!!」
仲間らしき者の名前を呼び、必死で暴れる奇襲者。
しかし、ついに奴の眼前へと迫りきたキースは、ルークごと貫くのではないかという勢いで剣を――!!!
濁った暗赤色の血が、彼女たちの手から湿った大地へととめどなく流れ落ち、染み込んでいく――!
レイナとジェニーの悲鳴が重なり合う。
姿が見えない。だが、奇襲者の声は聞こえていた。
凶器は見えない。だが、二人の魔導士は喉を切り裂かれた。
喉を切り裂かれたとしても、傷の深さや内部までの到達度等によっては必ずしも即死というわけではない。
早い段階で適切な救命措置を受ければ助かる道はある。
しかし、今この時、この世界のこの場所にはそんなことができる設備などあるわけがない。
横向きに倒れ込んだノルマはヒューヒューとかすれゆく息を吐きながら、自身の右手をすぐ近くで倒れ込んでいるナザーリオの喉元へと伸ばした。
ナザーリオの血だらけの喉元に、ノルマの血だらけの手が届いた。
利き手である右手はナザーリオの傷に、そして左手は自身の傷へと。
彼女の両手から、かすかな光が放たれ始める。
それは彼女の命の残り火か?
以前、町中にて瀕死の重傷を負ったトレヴァーを死の淵から引き戻した時と同じように、彼女は自身の十八番である術(チャクラに働きかける術)で自身とナザーリオの救命措置を同時に行おうとしている。
自分の救命を優先しているうちにナザーリオが死出の旅へと赴いてしまうかもしれない。
しかし、ナザーリオの救命を優先している途中で自分が死んでしまっては彼を救うことはできない。
苦し気に呻いたノルマの口からは血が吐き出される。
コポコポと音を立てている喉が焼けるように熱い。
それなのに、手先は冷たくなっていく。
彼女の必死の思いすら凍らせ、二度とその氷が溶けゆくことのない場所に連れて行くがごとく……。
ナザーリオを死なせてはならないし、私も死んではいけない。
私たちが死んだなら、”この娘たち”を守れない――!
ノルマの声なき叫びを知ってか知らずか、姿なき奇襲者が言う。
「へええ、そう来たか? そんな力の使い方? いろんなのがいるなぁ。魔導士にも」
”そう来たか?”という言葉。
もしかしたら、この奇襲者はあえて即死にはならない程度の深さで魔導士たちの喉を切り裂いたのだ。
「悪あがき? これが最後の? いつまでもつかな? せいぜい頑張れ」
奇襲者の笑い声。
姿は見えない。
だが、奴の靴音は聞こえる。
粘り気のある泥にまみれた靴音が……そして、それらが残した靴跡も見える。
姿こそ見えなくとも、こいつが今どこにいるのかは少女たちには分かった。
「わあああああっ!!!」
最初に叫んだのも、そして奴に向かって泥をぶつけたのもレイナだった。
ジェニーもそれに続いた。
少女たちは泣きながら奇襲者に泥をぶつけた。
ビチャッビチャッと幾度もぶつけ続けた。
手だけでなく、顔も服も泥だらけになろうが構うものか。
ノルマとナザーリオの血の色が、彼女たちの脳内で幾度も点滅し、彼女たちの体に煮えたぎるような熱を湧き上がらせていた。
「ちょっ……! 待っ……!」
奇襲者もまさか、非力であり無力でもあるはずの少女たちにこんな原始的な反撃をされるとは想像していなかったようだ。
それに少女たちのこの行動は、目に見える”結果”をもたらし始めた。
見えないはずであった者を泥が見せてくれている。
奴のいる場所を、奴のややひょろりとした体の輪郭を。
「いい加減にしろって! 手加減しないよ! 女だからって! いや、むしろ女だからこそ……」
少女たちに向かって左手をかざし、距離を詰めようとしてきた奇襲者の男。
しかし、その時――
「レイナ!! ジェニー!!」
ルークだ。
騒ぎを聞きつけたのか、異変を察したのか、やや離れた場所にいたはずの彼が剣を手に駆けつけてきたのだ。
何があったのか少女たちに問うている時間はない。
地面に倒れている血だらけの魔導士二人の生死も分からぬが、今は何よりも少女たちが危ない。
泥をビチャビチャに塗りたくられた人形のような奇怪な”何か”が少女たちに襲い掛からんとしているのだから。
「ああ! もう! 来たよ! また!」
奴は苛立たし気にルークに向かって泥だらけの左手をかざした。
ルークとの距離がある一定の距離まで縮まった時、泥がこびりついた奴の唇がニッと歪んだことが分かった。
瞬間、ルークの剣がパキンと真っ二つになった。
武器を一瞬にして破壊されたルークであったが、彼はそのまま奴へと体当たりをくらわせた。
――!!!
泥だまりに突っ込んだ二人。
上へ下へ、右へ左へと彼らは転がり合う。
傍から見れば、まるでルークが泥の塊と格闘しているように見えた。
しかし……肉弾戦ではルークに軍配があがったようだ。
ルークの背後からのヘッドロックが見事に決まった。
さらに彼は、奴の体に体重をかけ、その左手の動きを自分の足で封じたのだ!
ルーク・ノア・ロビンソンと言えば、冷静さよりも勢いのイメージが強い青年ではあったものの、彼はここに駆け付け、そして剣を折られるまでの数秒間で敵の”利き手”をしっかりと認知していた。
魔導士のことはよく分からないが、こいつの左手から何かが発されるのは間違いない、と。
ルーク自身、自分はそれほど賢くはないと思ってはいたものの、生と死が隣り合わせの状況においてほんの数秒とはいえ敵が見せてきた情報を取りこぼすわけにはいかない、と。
そして、彼は敵そのものを取り逃さないだけの身体能力をも有していた。
さらに追い風が吹いてきた。
その風は、ルークにとっても思いもよらぬ人物によってもたらそうとされていた。
「……ロビンソン! しっかり押さえとけ! グサッといってやらあ!!」
なんと、キース・ギル・ドーキンズだ。
泥だけで相当に笑える姿になっているロビンソンを嘲笑うのは後だと、キースは一応は同僚である青年に助太刀をしにきたのだ。
「わ! わわっ! ちょっ! ちょ、ちょっ! ンなのあり!? やめっ! ……早く来てよ! ガブリエル!!」
仲間らしき者の名前を呼び、必死で暴れる奇襲者。
しかし、ついに奴の眼前へと迫りきたキースは、ルークごと貫くのではないかという勢いで剣を――!!!
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