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第7章 ~エマヌエーレ国編~
―115― 奇襲(7) ―暗黒の風に飲まれし者たち 1―
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ピーター・ザック・マッキンタイヤーは、出発前から戦えない状態であるのは明らかであった。
……となると、エマヌエーレ国の魔導士の二人、ノルマ・イメルダ・ロディガーリとナザーリオ・トビア・パッセリの身に何かが起こったということか?
あの二人がやられたとなると、ともにいるはずの少女たちとて無事であるはずがない。
ディランがいる木の位置より、やや下降していったガブリエルはアダムの何ともいえない表情を見て取り、ククッと笑う。
「アダム・ポール・タウンゼント、お前は今、自分の体が二つあればと心底悔やんでいるだろう? でも、お前が想像しているような最悪の事態にはなっちゃいない。それにこっちはこっちでさっき、剣でグサッと一人やられちまったしな」
剣で、ということは今この場にはいない兵士の誰かが、こいつの仲間の一人を倒したということだ。
そういえば、ロビンソンとドーキンズの姿が見えなくなっていると、兵士たちの何人かも気づいていた。
だが、こいつは何を考えている?
悪意と敵意を持って、すでに三人の兵士を殺した者の行動にしては、ちぐはぐにも程がある。
これから始まる戦闘において、アダム・ポール・タウンゼントの集中力を削ぐには、孫娘含む二人の少女の安否を分からぬままにしておいた方が自身にとっても有利なはずだ。
それに、あの灰色の手とこの場には到達していない三人目がすでにやられたとなれば、援軍が来ない限り、後は自分一人だけであると手の内を明かしている。
「それはそうと……お前ら二人も、魔導士ほど難しくて報われない仕事はないと思わないか? 魔導士だからって、何でもできるわけじゃない。犠牲が出たなら役立たずだと非難されたり、状況によっては全ての災いの根源であるかのように迫害されたりもするしな。何より決められたルールで決められた時間内にやりあうなんて万に一つもない。対峙する相手の等級や能力だって千差万別だ。……相手が目に見えない奴だったり、はたまた化け物級だったりすることも無きにしも非ずだ。俺やフランシス・ノア・イーデンみたいにな」
自分たちの誰も知らなかったフランシスのフルネームもガブリエルの口から語られた。
「まあ、あのフランシスについてはさておき、お前たちは”俺”を俺にすんなり返す気は微塵もないということでいいか? 三人の仲間の亡骸を弔って、大貴族のパウロ・リッチ・ゴッティの領地へと行き、豪華な大浴場で湯あみをしてさっぱりするよりも、その泥まみれの汚らしい恰好のまま道草を食うつもりであると……それなら、俺もそのリクエストに応えてやるよ。今から、この森は地獄と化す。”昔の俺”にも相当に怖い思いをさせるけど、こればっかりは仕方ないよな」
ガブリエルが胸の前で両手をスッと組んだ。
攻撃が始まる!
「――皆、散るんじゃ!!!」
アダムの怒声に弾かれ、薄暗い森の中で兵士たちは散り散りとなった。
先刻、三人の兵士を殺した風は大地から発されたものだ。
何人かで一か所に固まっている、あるいは一人であっても一地点に留まっていたなら、風の罠にかかり、空へと飛ばされる確率は高くなる。
散らばって動き続けるしか、自分たちに防御するすべはない。
地上でのこの光景を見たガブリエルは失笑する。
「あのな、さっきと全く同じことをするのは芸がないと思わないか?」
地面が揺れ始めた。
ゴゴゴゴゴゴと音を立て、湿った大地が唸り、草も木も揺れた。
先日、街中でピーターが術を使った時も大地はかすかに揺れてはいたが、あの時よりも遥かに強大な揺れが襲ってくる。
あまりにも激しい揺れに、木から落ちそうになったディランであったも、なんとかしがみつき体勢を戻すことができた。
ディランの様子に気づいたガブリエルがふと上を見上げ、「しっかりと捕まって、見物しとけよ」と言った。
これだけ大地を揺さぶっておきながら、ガブリエルは汗一つかいておらず、平然としたままだ。
「そろそろ、次の段階に行くとするか。まあ……”サミュエル・メイナード・ヘルキャットとやり合った出港前夜と同じく下にいる奴らのうちの二人にはおそらく効かない”だろうが、お前たちに絶望の色ってものを見せてやるよ」
両手を組み直したガブリエル。
大地の揺れは止まった。
だが、散り散りとなった兵士たちはその四方を取り囲まれていた。
ここは森であるというのに、彼らの背丈の五倍以上の高さのある漆黒の波によって。
空から見たなら、彼らはその波によって四方形の中へと閉じ込められてしまった状態だ。
そして、四方の波は彼らを飲み込まんと迫り……!!!
――!!!
しかし、その迫りくる大規模な波はピタリと止まった。
アダムだ。
ガブリエルを睨み上げたまま、自身は先ほどの場所から一歩も動かなかったアダムが――兵士たちを逃がし、魔導士である自分こそがあの男と対峙すべきだと腹をくくったアダムが――ガブリエルの攻撃を封じたのだ。
「……へえ、やっぱり凄いモンだな。俺も普通の魔導士というか、普通の人生を送ることになっていたら、とても偉大なる老魔導士アダム・ポール・タウンゼントには勝てやしなかったろう。でも、ここで引き下がったら元も子もないわけで」
ガブリエルが指をパチンと鳴らすやいなや、漆黒の波に亀裂がピシピシと入り始めた。
生じた亀裂は次の亀裂を瞬く間に生み出し、やがて波は粉々に砕け散った。
砕け散った波から噴き出した黒い風が……瞬きよりも早く、一帯を覆いつくした!
咳き込みや呻きとともに、兵士たちは次々と倒れていった。
剛の者の筆頭ともいえるパトリック・イアン・ヒンドリーとて、例外ではなかった。
暗黒の風に飲まれし者たちは、皆、”ほぼ”戦闘不能の状態へと追い込まれてしまった。
ガブリエルの予測通り、たった二人をのぞいては……!
泥の中に膝をつくような体勢でトレヴァーも倒れていた。
冷たさと不快感が服を突き抜け、彼の膝へと伝わってくる。
それだけならまだましであったが、彼がこの森で負った擦り傷や打ち身だけでなく、なんとかふさがっていたはずの腹の傷が壮絶な痛苦とともに脈打ち始めた。
追い打ちには追い打ちを、とでもいうのかトレヴァーの視界までもが真っ暗になった。
いや……真っ暗になったんじゃない!
これは目が……目が見えなくなっている?!
思わず両目に手をやったトレヴァー。
答え合わせのごとく彼の掌に伝わってきたのは、両目からドロリと溢れ出した生暖かい液体の感触であった。
……となると、エマヌエーレ国の魔導士の二人、ノルマ・イメルダ・ロディガーリとナザーリオ・トビア・パッセリの身に何かが起こったということか?
あの二人がやられたとなると、ともにいるはずの少女たちとて無事であるはずがない。
ディランがいる木の位置より、やや下降していったガブリエルはアダムの何ともいえない表情を見て取り、ククッと笑う。
「アダム・ポール・タウンゼント、お前は今、自分の体が二つあればと心底悔やんでいるだろう? でも、お前が想像しているような最悪の事態にはなっちゃいない。それにこっちはこっちでさっき、剣でグサッと一人やられちまったしな」
剣で、ということは今この場にはいない兵士の誰かが、こいつの仲間の一人を倒したということだ。
そういえば、ロビンソンとドーキンズの姿が見えなくなっていると、兵士たちの何人かも気づいていた。
だが、こいつは何を考えている?
悪意と敵意を持って、すでに三人の兵士を殺した者の行動にしては、ちぐはぐにも程がある。
これから始まる戦闘において、アダム・ポール・タウンゼントの集中力を削ぐには、孫娘含む二人の少女の安否を分からぬままにしておいた方が自身にとっても有利なはずだ。
それに、あの灰色の手とこの場には到達していない三人目がすでにやられたとなれば、援軍が来ない限り、後は自分一人だけであると手の内を明かしている。
「それはそうと……お前ら二人も、魔導士ほど難しくて報われない仕事はないと思わないか? 魔導士だからって、何でもできるわけじゃない。犠牲が出たなら役立たずだと非難されたり、状況によっては全ての災いの根源であるかのように迫害されたりもするしな。何より決められたルールで決められた時間内にやりあうなんて万に一つもない。対峙する相手の等級や能力だって千差万別だ。……相手が目に見えない奴だったり、はたまた化け物級だったりすることも無きにしも非ずだ。俺やフランシス・ノア・イーデンみたいにな」
自分たちの誰も知らなかったフランシスのフルネームもガブリエルの口から語られた。
「まあ、あのフランシスについてはさておき、お前たちは”俺”を俺にすんなり返す気は微塵もないということでいいか? 三人の仲間の亡骸を弔って、大貴族のパウロ・リッチ・ゴッティの領地へと行き、豪華な大浴場で湯あみをしてさっぱりするよりも、その泥まみれの汚らしい恰好のまま道草を食うつもりであると……それなら、俺もそのリクエストに応えてやるよ。今から、この森は地獄と化す。”昔の俺”にも相当に怖い思いをさせるけど、こればっかりは仕方ないよな」
ガブリエルが胸の前で両手をスッと組んだ。
攻撃が始まる!
「――皆、散るんじゃ!!!」
アダムの怒声に弾かれ、薄暗い森の中で兵士たちは散り散りとなった。
先刻、三人の兵士を殺した風は大地から発されたものだ。
何人かで一か所に固まっている、あるいは一人であっても一地点に留まっていたなら、風の罠にかかり、空へと飛ばされる確率は高くなる。
散らばって動き続けるしか、自分たちに防御するすべはない。
地上でのこの光景を見たガブリエルは失笑する。
「あのな、さっきと全く同じことをするのは芸がないと思わないか?」
地面が揺れ始めた。
ゴゴゴゴゴゴと音を立て、湿った大地が唸り、草も木も揺れた。
先日、街中でピーターが術を使った時も大地はかすかに揺れてはいたが、あの時よりも遥かに強大な揺れが襲ってくる。
あまりにも激しい揺れに、木から落ちそうになったディランであったも、なんとかしがみつき体勢を戻すことができた。
ディランの様子に気づいたガブリエルがふと上を見上げ、「しっかりと捕まって、見物しとけよ」と言った。
これだけ大地を揺さぶっておきながら、ガブリエルは汗一つかいておらず、平然としたままだ。
「そろそろ、次の段階に行くとするか。まあ……”サミュエル・メイナード・ヘルキャットとやり合った出港前夜と同じく下にいる奴らのうちの二人にはおそらく効かない”だろうが、お前たちに絶望の色ってものを見せてやるよ」
両手を組み直したガブリエル。
大地の揺れは止まった。
だが、散り散りとなった兵士たちはその四方を取り囲まれていた。
ここは森であるというのに、彼らの背丈の五倍以上の高さのある漆黒の波によって。
空から見たなら、彼らはその波によって四方形の中へと閉じ込められてしまった状態だ。
そして、四方の波は彼らを飲み込まんと迫り……!!!
――!!!
しかし、その迫りくる大規模な波はピタリと止まった。
アダムだ。
ガブリエルを睨み上げたまま、自身は先ほどの場所から一歩も動かなかったアダムが――兵士たちを逃がし、魔導士である自分こそがあの男と対峙すべきだと腹をくくったアダムが――ガブリエルの攻撃を封じたのだ。
「……へえ、やっぱり凄いモンだな。俺も普通の魔導士というか、普通の人生を送ることになっていたら、とても偉大なる老魔導士アダム・ポール・タウンゼントには勝てやしなかったろう。でも、ここで引き下がったら元も子もないわけで」
ガブリエルが指をパチンと鳴らすやいなや、漆黒の波に亀裂がピシピシと入り始めた。
生じた亀裂は次の亀裂を瞬く間に生み出し、やがて波は粉々に砕け散った。
砕け散った波から噴き出した黒い風が……瞬きよりも早く、一帯を覆いつくした!
咳き込みや呻きとともに、兵士たちは次々と倒れていった。
剛の者の筆頭ともいえるパトリック・イアン・ヒンドリーとて、例外ではなかった。
暗黒の風に飲まれし者たちは、皆、”ほぼ”戦闘不能の状態へと追い込まれてしまった。
ガブリエルの予測通り、たった二人をのぞいては……!
泥の中に膝をつくような体勢でトレヴァーも倒れていた。
冷たさと不快感が服を突き抜け、彼の膝へと伝わってくる。
それだけならまだましであったが、彼がこの森で負った擦り傷や打ち身だけでなく、なんとかふさがっていたはずの腹の傷が壮絶な痛苦とともに脈打ち始めた。
追い打ちには追い打ちを、とでもいうのかトレヴァーの視界までもが真っ暗になった。
いや……真っ暗になったんじゃない!
これは目が……目が見えなくなっている?!
思わず両目に手をやったトレヴァー。
答え合わせのごとく彼の掌に伝わってきたのは、両目からドロリと溢れ出した生暖かい液体の感触であった。
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