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第5章 ~ペイン海賊団編~

―116― 救出(6)~囚われの船~

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 ともにアドリアナ王国の大地を発った兵士たちとの間により深く刻まれた目に見えぬ溝。
 しかし、幸運にも(?)というべきか、ルークは兵士イライジャ・ダリル・フィッシュバーンのおかげで、溝の向こう側にいる一兵士から投げつけられた棘が少し刺さるだけで済んだ。
 当のイライジャも熱い正義感なるものに燃え上がってルークをかばおうとしたわけでもなく、この”囚われの船”を調査中である自分たち兵士のすべきことを優先させるように促しただけであったが。


 本来ならば、いつもルークの隣にいたはずのディランも、同じこの”囚われの船”の中にいた。
 ディランは応急処置は受けたものの、ジムに目潰しをくらった両目の瞼はまだ腫れていたし、同じくジムに殴られまくった顔面も無残なままであった。
 しかし、ディランもジムとほぼ互角に殴りあっていたため、ペイン海賊団の本船へと引き上げたジムの顔面も同じ状態であるだろう。

 ディランも単独行動はとっておらず、複数で――といっても、ペイン海賊団との戦いによって、相当に戦力が削られているため、最低でも2人1組でこの船の中を調べていた。
 今、彼の隣にいるのは、兵士隊長パトリック・イアン・ヒンドリーであった。

 生き残ることができた兵士たちのうち数人からの”棘”なる視線を、ディランもやはり感じずにはいられなかった。
 しかし、パトリックにいたっては、いつものごとく”隙の無い眼差し”をディランとルークに向けてはいたものの、そこに棘は含まれていなかった。

 それもそのはず、兵士隊長パトリック・イアン・ヒンドリーが、ディランとルークをペイン海賊団側のスパイであり、仲間と見なしているなら、とっくに船内の一室に見張り付きで身柄を拘束しているであろう。
 こうして、クリスティーナから返された剣をディランの手に握らせたままにしておくはずがない。


 パトリックと二人一組となって足を進め始めた時、ふとパトリックがディランを振り返った。
「ハドソン……お前とロビンソンが、”あいつら”の仲間でないことは、お前たちの実際の行動で分かった。人間は口よりも行動が全てだからな。現在は救出優先だから、こうしてお前たちも調査に加わらせているが、船へと戻ったらお前たち2人はペイン海賊団の人相書きの確認をまずは行ってもらう」
「はい」
 ディランは神妙な面持ちで頷いた。

 ペイン海賊団は――おそらく主要な(戦闘能力の高い)構成員のみだと思うが、人相書きまで作成され回されていたのだ。
 ジムやルイージは、絶対にその顔面を紙へと写し取られているであろう。それにもしかしたら、エルドレッドの人相書きもあるかもしれない。絵の描き手であったエルドレッドは、描かれる側(しかも人相書き)にもなってしまったのだ。


「それとだな……お前たち2人は今、スクリムジョーやガルシアたちと同じ部屋割りとなっていると思うが、今夜よりお前たちだけはそれぞれ別の部屋で寝泊まりをしてもらう」
「はい、承知いたしました」
 ディランは、再び神妙な面持ちで頷いた。


 今夜よりディランはルークと寝ることはできなくなった。
 それぞれ別々の部屋で、おそらく”ゆるやかな監視”もつけられたうえで、睡眠をとるのだ。

 これは当たり前と言えば当たり前である。
 それにこれほどの事態となった原因の1つは、自分とルークの存在である、とディランも思う。それにもかかわらず、自分とルークに対する処遇(?)としては優しすぎる。
 今現在は、かつてない人手不足――戦力不足の状態となっているがゆえに違いないが、本来なら訓練された兵士たちの男社会というのは、ここまで優しくも甘くもないはずだ。

 パトリックも含め、兵士たちの大半は、ディランとルークの甲板上での行動(戦い)を見て、”海賊たちの何人とは知り合いであった”のは事実だが、奴らの仲間とは判断していない。”一応は”ディランとルークを信じてくれてはいる。
 黒を示していたコインは、彼らの行動によって裏返り、白となったためだ。
 しかし、その白は完全なる白ではない。どこかグレーがかっているに違いないのだ。
 「今は違っていても、結局お前ら2人も”あいつら”と”根っこは同じ”じゃないのか?」と――


 
 ディランとパトリックは互いに無言のまま、念入りに一部屋一部屋を確認していく……
 しかし、自分たちが”討伐すべき者”も、一縷の望みをかけて探す”保護するべき者”のどちらの気配も、彼らの傷つき治癒しきっていない肌を震わせることはなかった。

 この船の至るところに、”命の残骸”が飛び散っていた。
 犠牲者の死体そのものは海へとゴミのように棄てられたのだと思われるが、床や壁をまだらに染めている血はすでに茶色く変色し、なんと眼球や指、それに”舌先らしき肉の破片”までもが転がっていた。

 彼らの剣を握りしめる手は”怒り”によって強くなっていったが、こうして船の下部へと近づきゆくにつれ、”希望”は蝋燭の炎のごとく揺らめき、今にも消え入りそうであった。

 ”保護するべき者”である女性たち――この囚われの船内に監禁されていた女性たちは、重い閂がかけられた狭い一部屋にてぎゅうぎゅうに押し込められていた。彼女たちを発見した他の兵士グループたちが、パトリックの指示を受け、自分たちの船内へと保護している最中である。
 ”奪って殺せ、殺して奪え”の最凶最悪のスローガンを掲げているペイン海賊団であるが、幸運にもこの船に乗っていた女性たちは”性的に辱められた後”ではなかった。
 言ってはいけないが、あまり若くはなさそうな――というよりも、若い海賊たちの産みの母ぐらいの年齢の女性たちが大半を占めていたからであろう。
 けれども、そんな女性たちを海賊どもが食事を与えて生かしておいたのは間違いなく、裏娼館へと売るためだ。

 命と貞操は無事でも、女性たちの誰もが心に大きな傷を負っている。
 命が助かったからといって平気なわけではない。
 囚われの女性の中でも、一際身分が高い(汚れてはいるけど上等なドレスに身を包んでいた)と予測される、”そっくりな母娘”が「……お願いします! 主人を……主人を探してください!」「お父様を助けてください……っ! ぜ、絶対にっっ……この船内にいるはずです!」と、兵士たちから手渡された救いの水を飲む前に、飢えと渇きでカラカラになっている喉より彼女たちは声を絞り出していた。

 そして、彼女たちの夫であり父、そして”この船の正当な持ち主”の名前も聞いた。
 パウロ・リッチ・ゴッティ。
 エマヌエーレ国の貴族。

 ディランは、そのゴッティの名を聞くのは初めてであったが、パトリックならびに”首都シャノン組”の兵士の数名は、その名に聞き覚えがあるようであった。
 他国の兵士たち(貴族ではない)ですら、その名に聞き覚えがあるとは、もしかしたらゴッティなる貴族は”首都シャノンの城内に式典などで足を踏み入れたことがあった”のかもしれない。たとえ、踏み入れたことがなくとも、”元々は彼の物であった”この船の外観ならび内装をひとたび見たなら、自国においても相当に高い地位と財産を保有していることは明白だ。


 けれども――
 ディランもパトリックも決して口には出さないが、パウロ・リッチ・ゴッティは、もうすでに殺害されていると推測していた。
 獲物の船にいた男は皆殺し、証言すら出来ない赤ン坊ですら皆殺しにする”あいつら”だ。よっぽどの利用価値がない限り、貴族ゴッティを生かしておくことはないはずだとも……

 当のパウロ・リッチ・ゴッティは、トレヴァー、ヴィンセント、フレディの3人に無事救出されたことなどはまだ知らぬディランとパトリックは、なおも”怒り”で押し黙ったまま、さらに足を進めていく。
 本来、この船に乗っていた”罪なき男たち”は皆、囚われの身になることなく殺されてしまっている。しかし、ペイン海賊団の残党がこの船内に潜伏している可能性についてはゼロではない。
 


 ディランとパトリックは、違う部屋の扉に手をかけた。

「!!!!!」

 扉をあけた彼らが見たのは、”悪魔がしでかしたとしか思えない所業の産物”であった。いや、自分たちと同じ人間ではなく、”本物の悪魔”がしでかしたことだと言われた方がまだマシだ。
 なんと、ごく普通の召使い用の部屋だと思われる、この部屋のベッドの上では”2つの生首が接吻しあっていた”のだ!
 どちらも男の生首だ。
 男2人の横顔から見れとれる顔つきから推測するに、おそらくどちらも20代ぐらいであり、年齢的にパウロ・リッチ・ゴッティではないとは思われた。
 彼らの顔立ち自体は若いも、かなり腐敗が進みかけており、彼らの若々しく瑞々しいはずであった頬はどす黒く変色し、今にもドロリと溶け出しそうでああり、耳を澄ませたなら、どこからか聞こえててきている蠅の羽音までもが、ディランとパトリックの鼓膜へと震わせているような気がした。

 殺害後、首を切断したのか、それとも首を切断して殺害したのか、は今となってはもう分からない。
 彼らの首から下は、この部屋に転がっていないので、海へと棄てられてしまったのだろう。
 しかし、極悪非道なペイン海賊団たちは、死者を弄ぶがごとく男同士で接吻させ、玩具に飽きた子供のごとくベッドの上にポンと放置したまま、自分たちはこの狂った船内でたらふく飲み食いしていたのだ。



「…………惨たらしい連中どもだな」
 パトリックが呟いた。
 その呟きは、ディランに対してのものであったのか、はたまた独り言であったのかは分からなかったが、ディランは頷いた。
 

 その惨たらしい連中のうち、”今のところ”ディランが確認できた顔”は3人だけであった。
 他の海賊たちの顔には、見覚えなどないのはもちろん、その背格好や佇まいなどにおいても、ディランとルークに”俺はこいつを知っている&覚えている”と言った記憶の引力を生じさせることはなかったのだ。

 正直、ジムとルイージについては、奴らの少年時代からの性悪さと凶悪さを”身に冷たく浸み込む”ほどに知っている身としては、”さも、ありなん”だ。
 しかし、エルドレッドだけは、奴らとは”当時から”違っていたはずだ。
 だが、どれほど信じたくなくても、自分たちとエルドレッドとの間に培われていた思い出までもが、鏡のごとく粉々に砕け散る寸前であったとしても、あいつもこんなことをする奴らの一員となってしまったという現実を受け入れるしかない。
 目の前の生首接吻はエルドレッドの所業でなくとも、現にエルドレッドは航海士2人を殺害し、甲板での戦闘においても兵士の数名をその弓矢にて射抜いているのだから。


 それに――
 甲板への襲撃そのものには関わってはいなかったが、もう1人、”ディランが知っている者”が、ジムたちの後ろにいる。というか、奴は大将なのだ。
 
 ディランがジムとやりあっていた時、ジムは笑いながら、こう言っていたのだから。
「てめえとルークの生首、親方”にも”手土産として持っていくこととするわ。あのおっさんとも感動の再会ができるぜ。まあ、てめえは死んじまってるけどよ」と。

 さらには――
「ンだよ、その顔? もしかして、思い出の中であのおっさんのこと美化でもしてたってワケかよ? あのおっさん、今も昔も単なる酒浸りのおっさんでしかねえよ。おまけに自分の娘でもおかしくないぐらいの若い女といい年してヤりたがるし、俺たちも正直困ってンだよ」とも……


 酒浸りのおっさん、セシル・ペイン・マイルズ。
 自分とルークが、かつて”親方”と呼んでいた男。 
 ルークもディランも子供だった頃は、奴の厳つい顔面と厳つい肉体というダブルパンチのような迫力によって、とても強大な存在のように見えていたが、”当時でさえ”大人としての綻びを随所に見せていた男。

 その人生の大半を真っ当に――身寄りのない少年たちを集めて、躾けて(?)、職を与えて、食べさせて、周りからも”できた人だ”との評価を受けていたはずの男は、いまや、悪名高きペイン海賊団の頭となっている。
 セシル・ペイン・マイルズの人生は、まるでコインの表と裏のごとく、”一応は善”から”悪”へと裏返ってしまった状態だ。
 しかも、ジムの話や、戦闘中のルイージの「だははっ! やっぱ、あのおっさん、日に日に枯れていっちまってるだろ!!」という言葉から察するに、セシル・ペイン・マイルズは、今も表立って動くことはなく、ジムやルイージ含む若い海賊たちの働きと稼ぎによって、彼らからの搾取か献上であるのかは知らないが、酒をガブガブ飲み、たらふく食いまくっているのだろう。
 そして、若い海賊たちの”手配”によって、”自分の娘であってもおかしくないぐらいに若い娘たち”を幾度も、あの頑強で荒々しい肉体で凌辱し続けてきたのだろうと……
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