金20時更新「人生は彼女の物語のなかに」生真面目JKの魂が異世界の絶世の美人王女の肉体に?!運命の恋?逆ハーレム?それどころじゃありません!

なずみ智子

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第4章

ー6ー 過去より絡み合う糸(1)

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 アドリアナ王国 国王ルーカス・エドワルド。
 偉大なる国王の前で、ルーク、ディラン、トレヴァー、アダム、ヴィンセント、ダニエル、フレディの7人が深く頭を垂れ、跪いている光景をレイナは後方よりジェニーとともに見守っていた。
 この広間において、今、まさに正式な宣旨が国王陛下の口より”希望の光を運ぶ者たち7人”に下されようとしている。
 ルーカス・エドワルドの傍らには、第一王子ジョセフ・エドワード、そしてその彼の後方には忠実なる側近の魔導士カールとダリオが控えていた。
 そのほか、今、この広間にいるのはいかにも身分が高そうで、おそらくこの王国の重鎮らしき中年から初老にかけての男性数人と、頑強な肉体をした――といってもトレヴァーほどではないが、揃いも揃って鋭い目つきをし、おそらく年は30才以上で、いかにも階級が高そうな複数の兵士であった。

 もっと多くの者が見守るなかで、宣旨が下されるものだとレイナは想像していたが、この広間にいる者はレイナを含めて20人前後だ。
 この広間に足を踏み入れた時、レイナは重鎮や兵士たちからの視線が、この身に痛いくらいに突き刺さってくるのを感じた。それはこの”マリア王女”が誰をも惹きつける絶世の美貌の持ち主であるからというだけではない。ここにいる者は、アドリアナ王国 第一王女マリア・エリザベスの肉体の中にある魂が、異世界より呼び寄せられた娘のものであることを彼らは知らされているのだ。
 表向きは”マリア王女”は今も病気で臥せっていることになっている。よって、信頼がおけ、口がかたい者たちだけがこの宣旨の場に集められたのだろう。
 だが、人の口に戸は立てられない。いつかは、この城内だけではなく、民たちへも真実が伝わるかもしれないが……

 静まり返った広間に、国王ルーカス・エドワルドの重々しく、威厳のある声が冴え冴えと響き渡る。
 そう声を張りあげているわけでもないが、部屋の後方まで良く通る声質であった。
 ”レイナ”が、国王ルーカス・エドワルドに謁見するのは、これで2回目となる。
 フランシスとネイサンの襲撃(いや、彼らにとっては挨拶のつもりであっただろう)の翌日に、レイナたちは正式に設けられていた国王への謁見を予定通り行った。
 あの1回目の時も、それはそれで緊張したことをレイナは覚えているが、前日のフランシスとネイサンの予期せぬ襲撃という恐怖によって中和されたのだろうか、緊張感や最上級に身分高い者に対する畏怖の念を必要以上に抱くことはなかった。
 むろん、敬う気持ちは今も抱いてはいるが、2回目となる現在は、やや冷静にジョセフとマリアの父であると同時に、一国の王であるルーカス・エドワルドを冷静に観察していた。

 ルーカス・エドワルドの年の頃は、レイナ自身の父と同じく50手前といったところだろうか。
 ジョセフ王子、そしてマリア王女の容姿は、レイナ自身が「王子」「王女」と言われたら、頭に思い描いてしまうような金髪碧眼の麗しき美男美女であったが、彼らの父であるルーカス・エドワルドもまた、レイナが「王様」と言われて思い描いてしまう脳内想像図により近い外見をしていた。

 背はジョセフ王子よりわずかに低く、恰幅は良いが、締まりなく太っているというわけではない。髪は輝くような金髪というわけではなく、濃く重たげな色合いで、年のわりにはたっぷりとはしていたが、ところどころが白くなりかけているのが遠目にも分かった。瞳の色も輝くような青というわけではなく、やや紫がかっている。
 その顔つきは精悍であり、まずまず美男の部類には入るかもしれないが、ジョセフ王子やマリア王女のようにパアッと人目を惹き、その印象を人の心に刻みつけるようなあでやかな美しさではない。
 ジョセフ王子やマリア王女の美貌の成分なるものは、このような場に姿を見せることのない王妃エリーゼ・シエナから受け継がれたのだろうと、レイナは予測づけた。

 けれども、ルーカス・エドワルドからは、一国の主としての威厳が強く発せられていた。顔立ちや体格うんぬんよりも、彼が放つその何人たりとも侵させないオーラの方が圧倒的に強く眩しいものであった。
 退位した先王より引き継いだ治世は20年と少し、アダムやヴィンセント、ダニエルの話を聞く限り、ルーカス・エドワルドは形だけの国王ではなく、まずまずの賢君であり、民たちからの支持率も割と高い国王であるとのことである。
 古来からの風習や慣例に非常に重きを置き、非常に保守的な考え方の持ち主であるとも、レイナは聞いていた。
 そのような国王が、辿り着けると確証も持てないユーフェミア国へと、この王国の大切な税金を使い、なお戦闘や航海の経験も碌になく、年老いた魔導士1人と若い男とはいえ武勲を上げたこともない6人を向かわせるなんて、前代未聞なことであるだろうと……
 きっと、この宣旨が下るまでには、実際にアポストルからの啓示に立ち会ったジョセフ王子、そしてカールやダリオの働きもあったに違いない。

「……して、そなたたちにユーフェミア国への旅立ちを命じる!」

 国王ルーカス・エドワルドの威厳に満ちた声が、響き渡った。
 その一国の主の命へと、ルークたち7人が見事なまでに揃って答えた声も、この澄み切った空間に響き渡った。
 高い窓から差し込んでいるやわらかな春の光は、ルーカス・エドワルド、そして”希望の光を運ぶ者たち”の、魂の底からの決意であり、忠誠を祝福するがごとく、降り注いでいた。

 ルークたちへと歩み寄ったルーカス・エドワルドは、跪いている7人の左肩へと、一番の年長者であるアダム、そして元貴族のダニエルといった順番で、無言でそっと剣を置いていく――
 その光景にレイナは「?」と思う。
 確かよく似た光景を、レイナは元の世界の映画もしくはドラマで見たことがあるような気がしていた。
 この動作は、任命の意味、それとも誓いの意味があるのか。
 元の世界の歴史の専門的な深い知識はレイナは持っていないし、そもそもここは異世界であるから、元の世界と同じ意味を持つ動作であるとは限らない。これは、どういうことか、とレイナが考え始めた時、7人全員の肩に剣を置き終えたルーカス・エドワルドが「ジョセフよ」と後ろを振り返った。


「そなたも、この者たちに授けよ……」
「しかし、父上……」
 ルーカス・エドワルドから発せられた、その”授けよ”という言葉から、この一連の動作はこれから船に乗り、闇へと包まれしユーフェミア国へと向かう”希望の光を運ぶ者たち”7人への、国王自ら――このアドリアナ王国の民を代表して激励の意を授けることであるだろうとレイナは考えた。
 そして、父王ルーカス・エドワルドからの言葉を受けたジョセフの珍しくためらいがちな態度を見るに、このような場で国王に続き、王子までもが”授ける”といったことは異例であるのだろうとも。

 ルーカス・エドワルドは、表情一つ変えずに、ジョセフの瞳をまっすぐに見て、頷いた。
 自分の血を分けた3人の子供のうち、今というこの時まで、唯一無事に、そしてまともに育った息子へと――

 ジョセフは、ルーカス・エドワルドへと頷き返した。
 そして、彼もまた父の思いを受け継ぐように、ルークたち7人の肩へとそっと剣を置いていく……

 レイナは自分の目頭が熱くなってくるのを感じた。
 涙を流すような場面ではないし、そもそも自分は彼らの旅にジェニーとともに同行するも、実際に国王陛下に引き続き、王子殿下からの激励の意を授けられた主役というわけではなく、まごうことなき脇役である。
 だが、こうして舞台袖からとはいえ、このアドリアナ王国の歴史の1ページに残るであろう、この時を確かに自分の魂は見ているのだ。
 次期アドリアナ王国 国王となるであろうジョセフ・エドワードと、”希望の光を運ぶ者たち”7人に、萌え出づる春の光は、霞みのごとく優しく降り注ぎ、この世のものとも思えぬほど美しく切なく、その光景を浮かび上がらせていた――


 レイナがこぼれ出てしまった涙を人差し指でぬぐったその時、ルーカス・エドワルドと目が合った。
 それはほんの一瞬のことであり、レイナとルーカス以外は誰も気づかなかっただろう。
 レイナはルーカス・エドワルドが”マリア王女”に対して、どこか他人行儀であることも気にかかっていた。いや、実際にルーカス・エドワルドとレイナの魂は他人であるし、れっきとした身分差があるため当然なことであるとも言える。だが、自分の娘の肉体にどこの世界から来たかもしれぬ者の魂が入っているというのに…… 
  
 国王であると同時に1人の父親でもあるルーカス・エドワルドもまた、娘・マリアの歪みきった性質を矯正しようとしていたことはレイナも聞いていた。だが、それらも全くの無駄であったことは言うまでもない。
 娘が教育でも直すことなどできない残虐な性質を持って生まれたことや、また娘が快楽を貪る雌として四六時中発情しているなど、親としては筆舌に尽くしがたいことだ。
 あのマリア王女とはいくら向き合ったとしても、最後まで通じ合えることはなかったと思うが、ルーカス・エドワルドは、最終的に娘から目を逸らし続けることを選択したのではないか……

 レイナがよくよく考えると、国王ルーカス・エドワルドだけでなく、自分の前に一切姿を見せない王妃エリーゼ・シエナも、自分たちの子供であるマリア王女のことを、同じく自分たちの子供であるジョセフ王子に任せっきりにしていたのだ。
 親が子供から目を逸らし、または隠れ続けた結果が、マリアの暗殺計画であり、レイナの魂がこの世界へと誘われたことであり、アンバーの死であったのだと――

 レイナが生まれ育った家庭と、ジョセフが生まれ育った家庭は、世界も違えば、風習や身分も全く違う。それにレイナは子供の立場しか家庭というものを経験したことがない。自分が15年の人生で培った物差しのみで物事をはかることは、危険である。
 だが、ジョセフについては、あまりにも幼き頃よりその背に背負うものが多く、また大きすぎたのではないかと思わずにはいられなかった。

 その後、ルーカス・エドワルドがレイナと目を合わすことは一度もなかった。



 59年前、闇へと消えたユーフェミア国の救出に、アドリアナ王国が船を派遣する。
 このことは、瞬く間にアドリアナ王国を駆け巡ったというわけではない。レイナの元の世界のようにテレビやインターネットなどがないこの世界は、リアルタイムで情報が王国中に伝わるなどといったことは皆無に等しい。
 人の口から人の口へと伝わっていく。それにはかなりの日数を要する。ましては、今回の宣旨はいろいろな事情も込み合っており、いずれ民にも正式に周知することにはなるも、現時点では民には極秘とも言えることであり、まずはアドリアナ王国内の貴族階級へとさざ波のごとく、広がっていったのである。

 アドリアナ王国の北方に位置するアリスの町の城にも、その広がりゆくさざ波が届いていた。
 アリスの町の城。
 ”希望の光を運ぶ者たち”の1人、元貴族のダニエル・コーディ・ホワイトの生家である。

 首都シャノンに比べると、まだまだ肌寒さが残るが、吹きゆく風は数日前に比べるとわずかにあたたかく、そしてやわらかくなり始めていた。
 夕陽が沈み始めている今、この城の掃除が念入りに行き届いた廊下を息せき切って、風のごとくバタバタと騒々しく走っているのは、ダニエルの弟・サイモン・ラルフ・ホワイトであった。

 彼は濡れた黒曜石のような黒髪を風になびかせ、父ヘンリー・ドグ・ホワイトと母エヴァ・ジャクリーン・ホワイトのいる部屋のドアをバアンと開けた。
 突如、飛び込んできた息子の姿に目を丸くすると同時に、貴族にはふさわしくない粗野な振るまいを諌めようとした、ヘンリーとエヴァであったが、頬を紅潮させた息子のただならぬ様子にやや面食いもした。
 息を整えようとしている彼の手には、クシャクシャになった紙が握りしめられていた。

 エヴァは口をつけていたカップを、そっと静かにソーサーの上に置く。
「サイモン……一体、どうしたというの?」
「父様も母様もこれをご覧になってください! もしかして、これは兄様のことじゃありませんか?!」
 唾を飛ばさんばかりにまくしたてたサイモンは、手の内に握りしめていた手紙を、バッと両親の前にかざした。
「それって……あなたのご友人からの手紙? そこに一体、何が書かれてあるというの?」
 エヴァは椅子に座ったまま、ピンと伸びた姿勢を崩すことなく、また声の調子を変えることなくサイオンに問う。

 娯楽と呼べるものは数えるほどしかない今のこの時代。
 文字の読み書きができる若い貴族たちの間では、文通なるものがその娯楽の1つであった。サイモンの手にあるのは、彼と同じ貴族の息子とのやり取りの手紙であるだろう。
「……兄様の名前です! 兄様の名前が書いてあるんです! 先日、国王陛下の受け、ユーフェミア国を救う平民たちに兄様がいるようなんです!」

「!!!」

 ヘンリーもエヴァも、国王陛下がユーフェミア国へと船を向かわせることは聞いていた。
 自分たちが生まれる前に闇へと消えた国、何度もアドリアナ王国が助けへを派遣したらしいがついに発見することができなかった国、そしてもうすでに人々の記憶から消えつつもある国へと、今ごろになって、それもただの平民を中心にして向かわせるなど……
 保守的な考えであるはずの国王陛下が、一体どういった思い付きでこのような宣旨を下したのか、酔狂なことをなさるものだと、ヘンリーとエヴァは寝室で話してもいたのだ。

 だが、そのユーフェミア国へと向かう平民たちの中に自分たちの息子――それも貴族の身分を捨て、平民の身分へと自ら下った息子が入っているとは……
 せめてもの情けとして、息子・ダニエルには、生活に困らないだけのこの家の財産は持たせてはいた。きっと、彼は今頃、豊富な書庫を誇る図書館がある、リネットの町のどこかにいるはずであるとも。
 幼い頃より、剣や弓を手に野原を駆けまわるよりも、本を手に目を輝かせ何時間も机に向かう方を好んでいた息子であったのだから。

「何かの間違いでしょう? ……あの子が国王陛下の命を受けて、ユーフェミア国へと向かうなんて、そんなこと……」
 誰かを救わんとする雄姿が似合いそうにない息子の顔を思い出したエヴァは、再び優雅なしぐさでカップを手に持ち、口を付けた。
 サイモンにこの手紙を宛てた貴族の息子は、我が家の事情を知っているのは確実だ。侮辱もしくは敵意を持って、わざとあり得ない息子の名を書いて、このホワイト家を混乱させようと――
「単なる同姓同名ではないのか? この王国では、貴族と平民に名前の違いはないからな。平民でも元貴族と同じ名を持つ者はいるだろう?」と、ヘンリーもほてったようなあから顔を、汗もかいてないのにハンカチで拭い、サイモンのなかなか醒めやらぬ興奮を静めるように言う。

「……でもっ、でもでも、これをご覧になってください! 他に6人の者の名が書かれているんですけど、この”ヴィンセント・マクシミリアン・スクリムジョー”って、あのヤリチンのことじゃ……」
 サイモンの口から発せられた”ヤリチン”という下品な言葉に、エヴァは飲んでいた茶を噴き出しそうになった。
「こら」とエヴァに諌められたサイモンは、肩をすくめた。
 
「サイモン……その手紙を見せなさい」
 エヴァは冷静を装い、そのしなやかな白い手をサイモンに差し出した。
 サイモンは興奮のため、握りしめてしまいクシャクシャになった手紙を母へと渡す。ここに名前が書かれている”ダニエル・コーディ・ホワイト”とは、数年前に寂しげな瞳をしたまま、貴族の身分を捨て、この城を去った兄であるに違いない、と。
-
 エヴァは受け取った手紙を机の上で広げ、ヘンリーもそれを覗き込んだ。
 真新しいインクの筆跡が残っているその手紙には、間違いなく自分たちの息子・ダニエルと、この城に一時出入りしていた青年・ヴィンセントの名が書かれていた。
 彼女たちの間に、もしかしたら、本当にこれは自分たちの息子かもしれない、という考えがよぎった。息子・ダニエルは、貴族の身分をすでに捨てているため、生家であるこの家に連絡が来なかっただけのことであると……
 だが、その他に名前が書かれていたロビンソン、ハドソン、ガルシア、タウンゼント、ロゴなどという5人の男の名前には、あまり聞き覚えがなかった。
 いや、正確に言うと、ロビンソン、ハドソン、ガルシア、タウンゼントの4人の名はどこかで聞いたような気がしないでもなかったが、自分たちが知る限り、貴族の中にはそのような名前の男たちはいない。よって、他の5人の男は平民に間違いないだろう。

「……スクリムジョーの名前があるということは、これはうちのダニエルの可能性が高いんじゃないのか?」
 ヘンリーは”うちのダニエル”という言葉を強調し、妻・エヴァの横顔をそっと見やった。
 エヴァは瞬き一つせずに、テーブルの上の手紙を見下ろしていた。
 そして――
「仮に、この者がダニエルであったとしたなら……あの子が武勲をあげることで、我が家が再び取り立ててもらえることにつながるかしら? あの恩知らずな影生者たちを殿下にご紹介いたしましたことで、私たちは顔を潰されましたもの……ぜひ、挽回のチャンスを与えていただきたいものですわ」

 エヴァの一番の心配は、この手紙に書かれている者が自分たちの息子であるかということではなく、自分たちがジョセフ王子の信頼を再び、取り戻せるかとということかであるらしい。
 ヘンリーは思う。
 自分も妻・エヴァも代々軍人の家系に生を受けた。
 だが、数か月前のこのアリスの町の山の麓での悪しき魔導士たちの戦いでは、自分たちは兵を差し出すことしかできず、表立って王子殿下の役には立てなかった。
 あの戦いで死亡したのは女性魔導士1人だけであり、犠牲者は極めて少なかったと判断できるも、まだ悪しき者たちの決着はついていないとのことであった。
 よって、魔導士たちとはまた異なる力を持って、この世に生を受けた「影生者」なる兄妹を知っている1人の兵からの助言を受けた。
 この城に仕えていた兵――ケヴィン・ギャレット・カーシュは、この城に仕えて数年であり、そう素行に問題もなく、際立って優秀というわけでもなかったが、そう劣っているというわけでもない若い兵士であった。
 その彼が連れてきた金髪碧眼の「影生者」たちは、身なりや話し方も、”まともな者”に見え、信頼に値すると思った。
 彼らをジョセフ王子に紹介することで、自分たちが武力のみならず、魔術という点でもこの国の王族に貢献できる――しいては、後継者である息子・サイモンの将来のことも考えてもいた。

 だが、あの「影生者」の兄妹たちは、責務も何も果たさず、金だけを持って行方をくらました。
 約1か月後に、首都シャノンからやってきた、ジョセフ王子の側近であり、双子でも兄弟でもないのに驚くほどに顔も雰囲気も似ている2人の若い男性魔導士より、そのことを聞かされたのだ。

 ヘンリーとエヴァは、即座にケヴィン・ギャレット・カーシュを呼び出し、詰問した。
 カーシュも寝耳に水といった様子で、慌てふためいていた。
 さてどうするべきか、と顔をしかめるヘンリーの横で、エヴァが静かに怒りをふつふつと沸騰させていた。
 大の男であり体格のいいいカーシュも、自分などよりも、エヴァの怒りの方に恐れをなしていることはヘンリーも分かった。
 カーシュに弁解の余地は与えず、即日解雇した。
 しかし、それだけで話が終わらなかった。
 この城内の高価な調度品の幾つかが消え失せていたことが判明したのだ。
 目立つ大きな調度品は消えてはいない。よくよく目をこらして確認したら分かるような、でもかなりの価値がある調度品が魔術のごとく消えているといった具合であった。
 これは、おそらく……

 だが、「影生者」たちに調度品を盗まれたとことよりも、王子殿下――いずれこのアドリアナ王国の国王陛下となる者の信頼を盗まれたことの方が痛手であった。


 ヘンリーは、連れ添って21年になる妻・エヴァの横顔をそっと見やった。
 気が強そうな顔立ちで、研ぎ澄まされたようなどこか冷たい感じの美しさと細い腰つきは、子供を2人産んでも変わらず、30代後半となった今は大人の女にしか出すことのできない色香まで加わっている。 
 自分より10も若く、なおこれほどに美しい女を我が妻とすることができたのは、自分の人生の最も幸せなことの1つであったろうと、ヘンリーは今さらながらに思う。
 本来ならこのアドリアナ王国の王妃となっていても、おかしくない女なのだ。
 20年以上前に、当時は王子の身分であったルーカス・エドワルドの妃――つまりは将来の王妃候補のうちの1人がエヴァであった。
 水面下でのいろいろな小競り合いの結果、ルーカス・エドワルドの妃として選ばれたのは、エヴァより4才ほど年上であり、家系より多くの大臣を輩出し、なお莫大な持参金を持つ貴族の娘であった。
 
 妃争いの勝者であり、現王妃のエリーゼ・シエナは、世にもまれな美貌の王子と王女を1人ずつ産んだものの、第3子を流産して以来、公の場に出ることはなくなった。
 流産だけが原因であるとは限らないが、エリーゼ・シエナの状態は年ごとに悪化しており、「ありゃあ、もう王妃としては駄目だろうな」というのが貴族たちの間での口には出さないものの、一致した見解であった。

 仮にこのエヴァがアドリアナ王国の王妃となっていたなら……
 ヘンリーはエヴァが自分を愛してはいないことは分かっていた。エヴァにとって、このアリスの城の領主の妻であるということが1つの使命であるのだ。
 それほど男ぶりがよいわけでもなく、女心をうずかせるような会話ができるわけでもないことはヘンリーは自分でも分かっていた。だが、エヴァは他所の暇を持て余した貴族の妻のように、こそこそ隠れて美男子と浮気をすることもなく、非常に身持ちはかたかった。エヴァが知っている男は、自分1人だけだろう。
 それに、浮気などしようものなら、まず召使いの女たちからのタレコミが入るだろうが、21年の間、そのようなことは一度もなかった。
 華やかな首都で暮らすこともなく、このような寂しく物悲しさすら、漂ってくるような土地で一生を終えさせてしまうに違いなかったが、懸命に自分が今いる場所で自分の使命を果たそうとしているの女なのだと――
 だから、自分の使命に役立ちそうにない息子の”1人”はいらなかったに違いない。


 ダニエル・コーディ・ホワイト。
 彼らの長男であり、本来ならこのアリスの城の次期領主となっていた息子。
 ヘンリーとて、彼が可愛くないわけはなく、またエヴァも第一子が待望の男児ということで、産まれた時は非常に喜んでいた。
 だが――彼はこの城の次期領主となるには、あまりにも不適格であった。
 ヘンリーも今は恰幅の良い中年となっているものの、若い頃は他の追随を許さないほどではないが剣や弓を振るえば、周りよりそれなりに歓声があがる腕であった。そして、エヴァの父親も、エヴァの男兄弟もそれぞれ、腕の誉れは高かったにも関わらず……
 ダニエルには、剣を持たせても、弓を持たせても、さっぱりであった。
 もし、ダニエルが自分たちのような軍人系の家系に生まれたのはなく、例えば学者の家などに生まれていたなら、彼の勉強熱心で、何時間も飽きることなく、先人たちが書き記した書物を読み続けることができる、その熱意はプラスとなっていただろう。
 ダニエルの容姿は、父親の自分よりも母親であるエヴァの方の血を多く引き継いだのか、親の目から見ても美しく気品があっていかにも賢げであった。彼の美しさは、次男のサイモンよりも数段上であった。
 反対にサイモンは、気品という点ではダニエルほどではなかったものの、少年らしい天真爛漫さを感じさせる可愛らしい顔立ちであり、武術や馬術に関しては打てば響くような手ごたえを感じることができた。
 エヴァにとって、サイモンは”自分の息子”――このアリスの城の次期領主として、合格であるのだ。
 
 手紙に目を落としたままのエヴァの横顔を見ながら、ヘンリーは思い出していた。ダニエルがまだこの城の嫡男として暮らしていた数年前のことを――


※※※


 夜。
 寝室の鏡の前で、エヴァは静かに長い黒髪を梳かしていた。
 広いベッドの上で先に横たわっていたヘンリーは、妻のほっそりとした後ろ姿と鏡に映る美しい顔を眺めていた。
 その頃のヘンリーは40過ぎであり、エヴァは30過ぎであった。
 当然のことながら、今もある彼らの夫婦生活はその頃もあった。ダニエル、サイモンと二人の子供を産んだ後であるエヴァであったが、まだ子供――それも男児をあと数人は欲しがっていた。
 お産で命を落とす女も大勢おり、エヴァ自身、ダニエル、サイモンともに難産であったが、彼女はまだ子供を欲しがっていた。

 いくら普段は健康であるとはいえ、妻の体のことを考えると、ヘンリー自身も生きた心地もしなくなるようなお産を、愛する妻の身にまた味わわせるのは、酷なことであるとヘンリーは思っていた。
 だが、エヴァなら次も難産であったとしても、例え自分の命を引き換えにしてだって、子供を――アリスの城の礎となる者を産むに違いないとも。彼女のその背中からは、自分の元に輿入れした時と変わらぬ強い覚悟が感じられた。
 ぼおっと妻の後ろ姿を眺めていたヘンリーであったが、鏡ごしに妻と目が合った。

 ほんの数秒ののち、エヴァはそっと口を開いた。
「あなた……あのスクリムジョーの養子については、どう思われます?」
「……ヴィンセントのことか。まあ、ダニエルの話し相手としてはいいんじゃないのか。あまり、度の過ぎた女遊びは教えてほしくはないがな」
 ヘンリーが和ませるために口に出した冗談にも、エヴァは眉一つ動かすことなく、大きなため息をついた。
「お前……ダニエルがあのヴィンセントを”お兄さん”などと呼んで慕っていることが気に入らないのか。まあ、私も身分の低い者をあのように呼ぶのは、このアリスの城の次期領主としてはどうかと思うが、もう昔からのことだからな。そのうち、ダニエルもきちんと区別をつけるだろう」
 エヴァはまたしても、大きなため息をついた。
「あなた……ダニエルが本当にこのアリスの城の次期領主となれるとお思いですか?」


 エヴァの言葉にヘンリーは言葉につまった。
 けれども、順番から言えば、長男のダニエルが自分の後を継ぐ。活発な次男のサイモンはまだ10にもなっていないのだから。
「私……ヴィンセントを見ていると思わずにいられないのです。あの何もかもに優れた者が私たちの息子に生まれなかったのか、ヴィンセントが息子ならよかったのに、と」
「……」
 妻に何と言葉を返していいか分からず、黙ってしまったヘンリー。エヴァはそのまま言葉を続ける。
「どこの馬の骨か分からないあの者ですが、母親としての目線から見ると、理想の息子でございますわ」
「しかし……お前、ヴィンセントが私たちの息子だとしたら、まず髪の色で血のつながりがないことが分かるだろう。それに、今度は隠し子の心配をしなきゃいけなくなる……」
「私が言いたいのは、そういうことではありません!!」

 頓珍漢なヘンリーの答えに、エヴァはピシャリと言い放った。
 艶やかな黒髪を耳へとかきあげたエヴァは振り返った。黒曜石のような、彼女のその瞳はわずかに潤んでいた。
「……あなた……私だって……ダニエルが真面目で心根の優しい子供であることは分かっておりますわ。母親ですもの。ですが、私たちの世界ではそれだけではいけないのです! このままだと、あの子はこの貴族社会では生き残ってはいけません!」
 確かにエヴァの言う通りではあった。
 ”私たちの世界”――貴族社会ではもともとの生まれに加え、その家を存続するだけの才覚や力が必要となる。力無き者は淘汰される。軍人系×軍人系の家系に生まれたにも関わらず、超運動音痴のダニエルにはその力は不足しているのは、明らかだ。

 だが、その彼の近くにいる1人の身分なき者が、誰よりも”力”を持っている。
 ヴィンセント・マクシミリアン・スクリムジョー。
 ヘンリーもエヴァも、ヴィンセントのことは彼がまだ年端のいかない少年であった頃から知っていた。
 ダニエルならびにサイモンの専属教師として雇い入れた老教師・スクリムジョーが連れていた子供である。だが、実の息子などではなく、海よりやってきたなどというおかしなことをスクリムジョーは落ち着き払った真面目な顔で、自分たちに説明していた。
 おそらく難破した船から放り出されたんだとは思うが、素性が知れぬその少年・ヴィンセントは、燃えるような赤毛とこげ茶色の情熱的な瞳で、年にそぐわぬ色気を持つ、誰をも惹きつける素晴らしい美貌であった。そして、それだけではなく、剣技も馬術も瞬く間に習得した。
 何もかもに優れ、神から愛されて生まれてきたとしか思えないヴィンセント・マクシミリアン・スクリムジョーであったが、たった1つ、女に対しては”来るもの拒まず”といった好ましくない点があることは、ヘンリーやエヴァの耳ににこの頃、既に入っていた。

 精通を迎えただろう予測できるの年の頃より、彼は数々の女性と浮名を流していた。
 老教師・スクリムジョーは、ヴィンセントに性教育だけをしなかったか、もしくは性教育をし過ぎたのだろうか、彼は花の間を飛び回る蝶のようにフワフワと飛び回っていた。
 ただ、まだ少年であるヴィンセントは年上好みであるらしく、年下の少女や同じ年頃の少女には手は出さずに、彼より年上のある程度、男を知っているような年齢の女と浮名を流していた。

 エヴァは、ヴィンセントの美しさには目は奪われないわけではなかったが、彼を見るたびその美しさに見惚れるよりも、別のことを考えずにはいられなかったのだ。
 人の上に立つ能力をこれほどまでに持っている者がなぜ、自分の息子に生まれてこなかったのか……と。

 椅子から立ち上がったエヴァは、ヘンリーが横たわるベッドへと静かにそのたおやかな身を滑らせた。

「……生まれる場所を間違えたのですわ。ダニエルもヴィンセントも。それか、ダニエルが娘として生を受けていたなら、また話は違っておりましたのに……」
 宙を見上げたまま、エヴァは呟いた。
 ダニエルが娘であったなら、自分の若さを吸い取るがごとく、年々美しくなる娘に嫉妬を抱いたかもしれないが、娘をホワイト家以上の名家に嫁がせることに尽力していただろうと……

 エヴァの宙を見つめる艶やかな黒い瞳には、輝きが全く感じられず、がらんどうのようであった。
「エヴァ……」
 妻を慰めるため、ヘンリーは彼女を抱き寄せようとしたが、パッと手を振り払われてしまった。
「……今宵はそのような気分にはなれないのです。お許しくださいませ」
 そういって自分に背を向けたエヴァに、ヘンリーは完全に出鼻をくじかれてしまった。



※※※


 この話にはまだ続きがあったことを、ヘンリーもエヴァも知らなかった。いや、気づいていなかった。扉の向こうで自分たちの今の話を聞いていた者がいたことを。
 それが他ならぬダニエルであったことも。真っ白な顔になったダニエルは唇を噛みしめ、涙をこらえ、自分の寝室へと向かったことも。ベッドへと倒れ込んだ、ダニエルの母譲りの美しい黒い瞳からは、ドッと涙が溢れでたことも。そう、何もかも……
 それから、二年後、ダニエルは自分からアリスの城の嫡男としての身分を捨てた。

 だが、ダニエルの美点というか、彼の純粋な心根は、自分とヴィンセントをどれほど比較されても、自分が愛されて認められてたまらなかった母の心を掴んでいるヴィンセントに、嫉妬や憎しみの矛先を向けることは、全くなかった。
 自分が貴族であっても貴族でなくとも、そしてどこにいたとしても、ダニエルにとってヴィンセントは幼き頃より自分の側にいた、優しい”お兄さん”であることは、それから何年たっても、今というこの時も何ら変わることはなかったのだと。



 宣旨から数日後、レイナはカールとダリオともに、城の廊下を歩いていた。
 この城を出立するまで、まだ1か月と少しの時間がかかる。
 ユーフェミア国への旅立ちの準備は、船の手配に始まり、人員の確保、必要な機関への連絡等、かなりの時間を要する。通販のように、注文して早くて翌日、もしくは2~3日のうちに届いたり、電話やFAX、ネットで交通機関をお手軽に予約して完了というわけではない。
 旅立ちの時までに、ルークたちは城の兵たちからも訓練を受け、レイナはジェニーとともにアダムの講義を受け、時間を有意義に使い、ユーフェミア国への旅立ちに万全を尽くすつもりだ。

 そして、先ほど、レイナはジョセフより呼び出しを受け、彼の元へと行っていた。
 ジョセフの計らいにより、レイナはこの世界で生きるための戸籍を与えられた。
 レイナ・アン・リバーフォローズ。
 これが、この世界においてのレイナの名前となった。
 今、自分が息をしている肉体は、王女マリア・エリザベスのものである。だが、その魂の名は”河瀬レイナ”であり、”レイナ・アン・リバーフォローズ”でもある。
 非常にややこしいが、どこにいても、何と呼ばれたとしても、誰の肉体にいたとしても、自分は自分であることを、魂に刻みこんで生きていかなければならない。

 カール、ダリオを歩調を合わせ、いやもしかしたら彼らが自分に合わせてくれているのかもしれないが、レイナは歩きながら考えていた。
 ユーフェミア国への旅立ちに同行する魔導士の選別も、今、行っている最中であるとジョセフ王子は言っていた。
 彼のその言葉から察するに、ルークたちに同行する魔導士はカールとダリオではないらしい。国王、王妃、王子がいる城内には、おそらく若い魔導士のツートップともいえるカールとダリオを残しておいた方がいいとの意見が上がっているのだろう。
  
 レイナはカールやダリオに当初に言われた通り、この城内においては、必要な時以外は部屋から出ないようにしていた。
 こうして人通りの少ない廊下を歩いていたが、この先の曲がり角に1人の老人が立っていることに気づいた。

 白髪頭で痩せぎすで、知性を感じさせるもどこか神経質そうな顔立ちの老人であった。
 その老人は、カールやダリオが身に着けてる衣服とよく似たデザインの黒衣の身に着けている。
 老人とレイナの目線が合う。
 老人は、ルーカス・エドワルドのようにレイナと目線があっても、すぐに逸らすことはなかった。 
 それどころか、”レイナ”に向かって突き刺すような視線を――

 何人にも消すことなどできやしない憎悪の炎が、その老人の”茶色の瞳”には宿っていた。
 レイナがビクっと飛びあがり、傍らのカールもダリオもその老人の剣幕にハッとした。
 血が滲まんばかりに唇を噛みしめたその老人は、次の瞬間、床を蹴り、”レイナ”に掴みかかってきたのだ!

「!!!!!」

 あまりにも、突然のことにレイナは悲鳴をあげることもできなかった。
 けれども、老人の手が”レイナ”の首や肩に掴みかかるよりも早く、カールとダリオがバッとレイナの前に飛び出て、老人を押さえつけた。

 バランスを崩し、床にドサッと倒れ込だレイナの耳に、カールとダリオの「いけません!」「オスティーン殿!」という声が聞こえた。

 顔を上げたレイナは、”自分”に掴みかかってきたこの老人が誰であるのか――いや、誰の父親であるのかが、すぐに分かった。そして、なぜ”自分”に掴みかかってきたのかも――
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